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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
89/222

88:語れよ、真実と共に(前編)

かなめん様より「レビュー」を頂きました。

かなり高く評価して下さったレビューであり、気恥ずかしくも嬉しさが勝ります。

此の場に於いても深く御礼申し上げます。

 三月一日、シエネ議員会館四階


 女王専用通信室でヴェレーネは何度目かの溜息を吐いた。

「そろそろ、答えてくれても良いんじゃないかしら?」


『君の気持ちは分かる。 

 だが、ランセは竜だ。 ビストラントの判断を優先させなくてはならないんだよ』


「そこが一番分からない言葉なのよ」


『其処とは?』

『セム』はいつもの気楽な口調ではない。

 かなりヴェレーネに気を遣いながらも、同時に重要な点を漏らさないようにも注意していたのだが限界があったようだ。


「あなたは、ランセは無事だろうと言ったわね」


『そうだね』


「カレシュも問題無いであろうとも」


『それが?』


「ランセの力が他の魔獣の追随(ついづい)を許さない。 そのような意味なら分かるのよ」


『それで?』


「其処をはっきりさせないのはずるいわね」


『……』

『セム』は答えない。

 それはそうだ。ランセが無敵だというならば、何故、今の様な状態になっているのだ?

 彼に答えようは在るまい。


「ビストラントとは、どの様な土地なの?」

 結局、答えを求めるのを諦めたのか、それとも彼の韜晦に手を焼いたのか、ヴェレーネは質問を変える。


『君、知ってるだろ?』

 やっと『セム』はおどけた調子に戻った。

 自分がヘマをした事に彼女はようやく気付いてくれた様だ、とほくそ笑んでいるのだが、それはおくびにも出さない。


『セム』は管理地区の防衛を最優先させる。

 しかし、その意味が従来とは違う意味となってきている事にも気がついている。

 唯、彼は自分で『その変更』を決める事は出来ない。

 彼を構成する要因が外部から『それ』を放棄させる、或いは方向転換させると云う形でしか彼に決定を許さない。


 となれば後は、『人が求めるなら』という条件付きでだが、情報を与え彼らが成長することで自分に指示を与えるだけの能力を養って貰うしかないのだ。


 情報を無条件に与えてはいけない。

 しかし、正確な情報と判断を元に『人間』が彼に命令する事は『規則』に準じた行為だと判定は下された。

 後、一歩ではある。


 ヴェレーネの中の『人間』としての部分に頑張って貰うしかない。



「私がビストラントについて『知っている』ですって?」


『うん』


「知らないわ」


『そんな馬鹿な事、どうして言うのさ?』


「“知らされている”と“知っている”、違いがありすぎると思わない?」


『おおっと、何故それを!』

 スピーカーからは何時にも増して、おどけると言う以上に人をからかうかの様な機械音声(こえ)が響く。


「いい加減にしなさいな……」

 対する彼女の声は、その声量とは裏腹に“怒号”と形容しても仕過ぎではない口調であった。

 いつもの余裕のある掛け合いではない。

 ヴェレーネの怒りは本物である。


 いや、だからこそ『セム』にはそれが好ましい状況であった。


『じゃあ、聴こうか。君の疑問と不満って奴を』



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 巧の安否が知りたい。

 そこから始まった『セム』との会話ではあったが、最初に確認すべきは、カレシュとランセについてだった。


 デフォート城塞南部頂上部に設置されたJTPSと呼ばれるSバンド、ミリ波を使ったレーダーによっても、ランセが南に向かったとの通信が事実である事は分かった。

 しかし、航空管制機(AWACS)や通信衛星との連携を行う通常のレーダー使用方法ではない。


 地平線五五キロの向こうにランセが消えた時、彼らの行き先を計る方法は完全に無くなったのだ。

 せめて、F-3DやC-2Wなど空中でレーダー波を中継できる機体が存在したならば、数百キロの追跡は可能であったであろうが、無い物ねだりをしてもどうしようもない。


 後はガーインに巧達が戻り次第、救出作戦を立て、カレシュを回収するしかないのだ。

 予定からかなり遅れるが、今の処シナンガル側に動きはない。

 それだけが好条件であった。


 いや、ひとつだけシナンガル側に変化が見られた。

 開墾が済んだ国境沿いに苗が植えられたのだ。 

『麻』である事が分かった。


 麻は成長が早い。

 植えた時には十センチにも満たなかった背丈が僅か六日間で二十センチを越えている。

 百日もあれば三メートルには達すると言われている植物だと知り、中央作戦本部としては警戒を強めざるを得ない。


 勿論、デフォート城塞上部から見れば麻畑の後方は丸見えである。

 しかし、これ以上麻が密集するようなら後方は兎も角として、その畑の内部で何が起きているのか知る術はないだろう。

 城塞から北西二十キロ程の地点には丘がある。

 其の後方が物資の集積所になっている事は、今回の二度の攻勢のみならず、過去の小競り合いの際からも、よく知られている。


 別段中世の技術で不可能なことではない為、地球でも戦術としてはよく使われていたが、仮に丘の影から麻畑までトンネルを掘られた場合どうなるだろうか?


「どうもならない」

「何も変わらない」と言う意見もある。


 なるほど、実際そうである。

 麻畑に大軍が現れたとしても、そこからラインまでは更に二キロの距離があるのだ。

 結局、大軍はその姿を(さら)すしかない。


 そのような事は相手も分かっているのではないか?

 では、あの麻畑は何を隠すための物だというのであろうか?

 其処が分からない。

 何事にせよ、葉が広がり長さ十キロ、奥行き一キロ、即ち千ヘクタールの土地が全て隠れてしまうのに後、一月程。

 万全を期すならもう一月は必要である、とスパイの報告書にはあった。


 しかしそれは『シナンガルの侵攻は四月』という言葉において、月の初めか終わりかの違いでしかない。


 侵攻が四月中に行われる事は確定のようだ。

 最速として四月一日を目処に対策を立てなくては成るまい。


 あの麻の影に隠れるものは『何か』

 これを知る事が、中央司令部の今の最優先使命である。

 巧が戻ってくるにしても情報無しで作戦を立てろ、等と無茶を言う訳にはいかない。

 

 勿論、出来得るならば畑の目的も含めて彼の頭脳に頼りたかった。

 だがカレシュの遭難が知られた時、ヴェレーネは彼の帰還を無闇に急がせる事も出来なくなった、と勘違いをしてしまったのだ。


 カレシュは放置、巧は早期に帰国工作では兵に差異を付けるようでどうにも士気に関わる。

 そう考えたのである。


 カレシュは元敵国人とはいえ、岩国の救出、空軍の護衛、場合によっては戦車隊への応援と各部隊からの信頼は篤い。

 下手をすれば、准尉如きで中央司令部の構成員に指名されている巧の方が、(ごく)一部からではあるが不評を買っている程である。


 そう、ほんの極一部である以上、その意見は無視しても良いのだが、ヴェレーネはギリギリまで待つ事にした。

 池間としては手遅れになるのを恐れているのだが、彼女はどうしても自分が巧を『特別扱い』しているように感じられるのだ。

 実際、そうであったが、昔の彼女ならば「必要なら何でもやる」というのがモットーであった以上、周りの目など気にも掛けなかったであろう。

 だが、今は何故かそれを認めたくない。

 自分でも困っていた。


 彼女の考えに変化が起きているのは『巧を軍で孤立させたくない』と云う、馬鹿げて個人的な理由なのだから。


 だが、それは杞憂である。


 巧は意外な事に人望が厚い。

 特に二兵研、一般兵からのものがそうである。


 未だ二兵研においてもカグラの存在が秘匿されていた頃、オーファンをボロボロにして整備兵に苦情を言われても、平身低頭だけで決して言い訳をしなかった。

 怒鳴りつけて仕事を進めさせても何ら問題は無かったにも関わらずである。


 兵と下士官の間には天地の差がある。


 将官と尉官処の騒ぎではない。

 にもかかわらず、巧は軍に於いて兵を『人』として常に扱ってきたのだ。

 数ヶ月後には尉官に昇進するであろう事が明確になっていてもそれは変わらない。


 彼の渾名『リパー』は、そのAS格闘戦の凄まじさから一部の整備兵の間では一時は尊崇の呼称であった。

 (しか)して、その由来と其処から来る結末を知った兵士が巧に詫びを入れに行った事もある。 


 だが、その度に彼は、

「悪意のない言葉にはこっちも悪意は持てないよ。ただ、交信の時だけは勘弁な!」

 と笑うだけであったのだ。


 あれだけの悲惨な過去を、まるで無かったかのように……。


 

 そのように信頼のある人物である上に実績もある。

 ならば、一部のひねくれ者の陰口など無視して、彼に対して『その信頼と実績』に合わせた扱いをしても「おかしい」などとは誰も感じはしまい。


 だが、彼女は不思議と意地になっている。


 副司令が個人に片寄せているように感じさせるのも良くない、などと自分の中で理由を一生懸命に探していた。


 一生懸命に探さねば理由が見つけられぬと云うならば、其れこそ探さなければ良いだけではないか。



 結局、彼女の葛藤(かっとう)は池間の一言、いや怒号で終わりを告げた。

「さっさと『参謀長』を会議に出席、いや、連絡だけでも取れるようにしてくれ!」

 彼は一般兵すら多数作業中のヘリハンガーにおいて彼女を怒鳴りつける程に苦情を呈したのだ。

『剃刀』の怒号を聞いた者など初めてだったのではないのだろうか? 


 だが池間のこの行為により、ヴェレーネは堂々と『参謀長』の回収を陸軍第2騎兵中隊に命じる事が出来るようになったのである。


「少佐は上官に対する口の利き方がなっていないわね!」

 (など)と言いながらも、その口調の浮かれ具合は隠しようも無く、しばらくの間ではあるが彼女がその姿を見せる度に兵達は笑いを堪えるのに苦労することになった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 騎兵(ヘリ)一個中隊はAH-2S、三個小隊の九機から成る。

 その中でも第二騎兵隊は、池間の命で諜報に特化した中隊である。

 その他、救難に特化した第十二騎兵中隊までも整備されつつもある。


 第二騎兵隊の特色、それは航続距離と電子戦、及び情報収集のためのカメラの多数搭載である。

 指向性のガンマイクも積み込んでおり、ヘリの騒音をカットして集音する事まで可能だ。


 この中隊は情報を扱うという特性からか参謀長の巧とは特に馬が合う連中ばかりである。

 彼を半島から呼び戻す事が決まった時から出撃命令を『今や遅し』、とばかりに待ち構えていた。


 何よりも彼らは十二中隊を差し置いて、カレシュの捜索にも志願したが、地勢の問題からそれが認められない。

 ならば、急がば回れで巧に知恵を出させろという下心もあったのだ。


 阿呆の集団ではあるが、若く可愛らしい女の子の問題ならば相当に知恵が回るようである。

 池間の怒鳴り声を基地内に広めたのも池間の考えをよく分かっていた彼らだったようであり、池間としては、“(いず)れ、彼らに一杯奢らねば”等と考えている。


 命令拝領ももどかしいとばかりに、山代(やましろ)少尉麾下の第二中隊第一小隊は準備を整え終えていた。

 不可侵域を避けて、デフォート城塞北部から直接アスタルト砂漠を突っ切るコースを取る事になる。


 三月四日、三機のAH-2Sに陸戦輸送機オスプレイを加えて第二騎兵中隊第一小隊はシエネを飛び立つ。


「タキシング」

「離陸許可求む」

 凄まじい轟音が響き渡り、インカムに通信が飛び交う。


「離陸後四十秒以内に隊長機を中心にAフォーメーション」

「オスプレイの皆さんは、ちょいとケツが痛くなるぜ!」

「お前らと違って雑誌が読める分、マシだよ!」

「規定物以外のモノを持ち込んだ今の奴をシートに縛り付けとけよ!」


 彼らが巧達と合流するまでは僅かながらも紆余曲折があったのだが、それは又、別の話として語られる事になる。





サブタイトルの元ネタは漫画家、岡崎二郎氏のアフター0シリーズより「語れよ真空の中で」からです。

氏の作品は「漫画と馬鹿にする無かれ」であり、正確な科学理論とファンタジーの見事な融合が成されています。 そして時に社会理論までも。

理想とする作家さんの1人であります。

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