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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
83/222

82:ネックルート

 ルースと軍事同盟を結ぶと云う事は、其れが知られればシナンガルを正面切って敵に回すことになる。

 しかし、ガーインにはもう後は無いと云うのが、部族長達の一致した意見であった。

 その部族長を一気にまとめ上げたのが、『指導者』ことヴェチェスラフ・ヴォリンである。


 二月二十一日、ルースとガーインの軍事同盟は無事に日の目を見る。


 その晩は、直径三十メートルはあるバザールテントが立てられ、その中で同盟締結のパーティーが華やかに行われた。

 地球で云うアラビア風の持てなしに巧達は大いに満足する。

 料理も肉にせよ魚にせよ非常に薫り良く味付けされているが、それも当然。

 ラキオシアの胡椒に加え、地元特産の果実が隠し味となって幾らでも腹に収まってしまいそうだ。


 また余興の出し物として出された剣舞などは、正しくペルシャを思わせるそれであり、驚きを隠せない巧達にガーインの人々は自分たちの文化が認められたことを誇って上機嫌であった。

 その中で“ルース軍からも何か芸が出来るなら見たい”とガーインの人々が言ってきた。

 どうやら、お目当ては憎っくきバラカを半殺しの目に遭わせたルースのようだ。

 期待に満ちた目が注がれる。

 どうするかという話になり、結局はルースが例のアシストスーツ姿で表れ中央の大テーブルの下に潜ると、三百キロは有りそうなテーブルがルースの頭上まで浮いた。

 これには会場中が拍手喝采であった。


 また、巧もガーインの人々に腰の綱廣(つなひろ)に目を付けられてしまい、何故か試し切りを披露することになる。

 父、穣から習っていたもので未だ成功したことはなかったが、この星でなら刀身の速度を上げられると見込んで空中にスカーフを投げて貰う。


 巧は背中を丸め、左腰と右肩に意識を集中する。

 僅かに屈んだ状態から背筋をまっすぐに伸ばすという単純且つ最速の動作によって抜き払われた綱廣は、水平に切っ先を払うことでスカーフを見事、二つに切り分けた。

 切り裂いたと云うより、元から二つのスカーフであったかのような鮮やかな切り口に誰もが驚く。

 切っ先三寸(九,〇九センチ)のみ使用した、巧自身も驚く会心の出来であった。 

 少しの冷や汗を掻きながらも、こうして和やか且つ賑やかに夜は更けていく。



 翌朝からは急ぎ出発の準備に入る。

 四月にはシナンガルのフェリシアへの侵攻が予想される。

 いや、早まることすら有り得るのだ。

 前線基地造りは急がなくてはならない。

 宿酔ふつかよいの桐野が少々頼りないが、急ぎ準備を進めていく。

 因みに、石岡と桜田は酒に関しては共に『ザル』であった。

 上官三名は何事にも警戒の必要があり、巧のみが最低限、ガーインの人々からの杯を受ける形であった為、こちらも被害は軽い。


 バルコヌス半島の北側にアスタルト砂漠を隔てる小高い山々がある。

 地元の人々はバルコヌス山塊(さんかい)と呼んでいる。

 砂漠側は弧を描くように四百五十キロの距離を置いて丁度、旧ルース領からガーインへと一直線のルートである。

 しかも砂漠側山肌という事は北向きであり、南側からの厳しい日差しを避けて行動することが出来る。

 山裾(やますそ)であるだけ有って、夏冬を問わずアスタルト砂漠の僅かな水分が作り出す雲は流れていく内にこの山塊を越えられず、ある程度の水を麓に与えてくれる。

 この山塊から少しずつ砂漠の緑化を進めることが可能かも知れない。


 唯、やはり砂漠に面した土地に入植するのには勇気が要るのだ。

 現在は放置されているが、ルースの独立計画が成功した暁には、此の土地の開拓にもバルコヌス半島から人手を廻すことが約束された。


 万一奴隷達が嫌がるようならば、地球人が一時的に重機を持ち込んでも良い。

 案外その方が開発した土地に関わる争いが起きなくて良いかも知れぬとも思う。

 兎も角、それはそれとしても話し合いは一応に合意を得たのだ。

 後は二千五百メートル級の滑走路を得られる土地を選定して貰い、基礎的な土地の(なら)しだけでもして貰う。


 現在、国防空軍で使用されている最大の輸送機は四十トン迄の資材を輸送可能な大型輸送機C-2Wであり、その足回りは未舗装滑走路への着陸にも十数回なら耐えられると言われている。


 舗装資材も機体に積み込むことにして、まずは決定した土地を整地する事をガーイン側に優先させてもらう事になる。

 当然、その件はヴェチェスラフ・ヴォリンこと『ヴェティ』に任せるとして、問題になるのは巧達の今後の行動である。


 ラキオシアに向かうべきか、急ぎポルカに戻るべきかここが悩む処であった。

 少々、時期的に中途半端なのだ。


 事実、不戦日の三月一日までも後七日はある。

 南部の魔獣駆除は順調であり、ライン山脈へはAS―31が四機、及びAH(コブラ)三十機の配備が進んでいる。

 いきなり翼飛竜が現れた所で、南部戦線における画像認識のデータも揃っている以上、ASにせよコブラにせよ一機で最大三十頭以上の翼飛竜を相手に出来る。

 仮にシナンガルの翼飛竜が南部の魔獣並みに進化しているとしても、魔術師達との連携は既に確立しているのだ。


 スゥエンとの盟約についても第十三連隊からの三十二名が上手くやってくれるであろう。

 こちらも特に問題は無い。


 シエネに至っては巧の提案で新しくシエネ城塞の改修が行われ始めた。

 現状でもいきなり大軍が現れた所で、前回のような苦戦には絶対に(おちい)りはしまい。


 となると、今は情報を集める時期である。

 何よりもルースの部下達とも連絡を取りたい。

 旧ルース領に向かう事も計画するのだが問題が多すぎる。

 可能だろうかと巧は考えをまとめていく。


 小さな問題は何とかなった。

 現地の服装や身元の証明である。

 服装はガーインで揃え、身分証はルースがシエネに居る際にバロネットを通じて現地の部下達がルースの新しい身分証を作り上げていた。

 新しい部下も連れて帰るであろう可能性も考えて、男女数十人分に及ぶ身分証も持ち込んでいたのだ。


 だが先だっての通り、ルースの元へは子供だけが集められていたため、その身分証の使い道が無くルースも持て余していた。

 そこへガーイン行きの話が出たので、一応使えるかも知れないと彼はそれを持ってきていたのだ。


 巧達は全員が黒目黒髪であり、桜田や桐野にしても髪の毛は栗色、瞳の色は茶色だが、充分にシナンガル人の範疇である。

 その点は巧達の外観は瞳の色を除けばシナンガル人によく似ていた。

 尤もシナンガル人とて皆が皆、瞳が金色という訳ではなく、金髪碧眼の者も居ないではない。ルナールなどが其の一例だ。

 服装は準備できたし、翻訳機も目立たないように幾らでも工夫できた。


 だが大きな問題は残る。

 まず、当然ながら三十式は使えない。

 最大行動距離が八百キロしかないのだ。

 ルーファンショイ南部で闘った時は、国境まで七百キロ少々であり予備の燃料まで積んでいた。

 しかし、今回はバルコヌス山塊を迂回するだけで往復九百キロである。

 これでは如何に燃費の良い三十式と云え、どうしようもない。


 もうひとつ、更に厄介な問題がある。

 実はアスタルト砂漠南部には近年、大型の魔獣が現れるという。

 はっきりしているのは二種類、一種類はガーインの平野部近くまでは来るものの、砂漠からは余り離れて行動しないため、今の処、被害は少ないが全く無い訳でも無い。

 この十年で三百名以上が犠牲になっているという。

 大きさは最大三メートル程、姿は地球で言う処の角のない甲虫(カブトムシ)にそっくりであるという。

 砂の中に潜り、夜間に平野部に現れては集落を襲う。

 

 実はノーゾドと比べ、ガーインが部族対立をしておらず指導者を冠して都市国家となりつつあるのはこの甲虫の存在が大きい。

 虫の活動により砂地が広がれば人間同士の争いどころではない。

 かといってシナンガルやノーゾドの人間とは価値観が違いすぎて共生は難しい。

 となれば、団結して新国家を建設していくしかなかったのだ。


 先の部族間会議において新国家としてガーインが纏まろうとした折に初代の指導者はヴォリン以外の別の部族から選ばれる事になっていた。

 しかし海賊行為を奨励し、他部族に対しても高圧的であった最大部族の族長、即ちヴェチェスラフ・ヴォリンの父親は其れを認めず、下手をすればガーインという小さな半島内で戦争が勃発する所であったのだ。


 会議の最終日を迎える前の晩、ヴェティは父を殺し其の首を持って翌日の会議場に現れ、父親の首を自らの頭上に掲げると堂々と宣言した。


「ガーインの脅威はまず一つは取り払われた。

 新しき指導者がこの地に平穏をもたらすことを祈る」


 ヴェチェスラフ・ヴォリン、僅か十二歳の頃の事であった。

 それから七年経ち、新しい指導者にそのヴェティが選ばれる。

 ラキオシアの統一に新時代の風を感じたガーインの人々は指導者選挙を要求し、初代の指導者も自ら高齢である事を理由にこれに応じた。

 こうして、ヴェティの時代が始まったのである。



甲虫(カブトムシ)ねぇ?」

 隊員の誰もが悩み顔である。

 甲虫は速度があると怖い。 

 バイク乗りが安いバイザーにヒビを入れたなどという話も聞く。


「飛びはしないようですが、肉食というか生き物の体液なら何でも吸い取ってしまうらしいです。 

 獲物がなければ樹木にまで手を出しますので立ち枯れが増えています」

 ヴェティがそう言うと桜田がギャーと叫んだ。


 その姿を見て桐野が、OSV106を担いで、

「先任、大丈夫ですよ。 虫の一匹や二匹!」と銃を叩く。

『OSV106』

 OSV96から発展したロシア製の最新式狙撃銃である。

 外観は殆ど変わらないが、連射性と打撃力に向上が見られる。

 専用の十二,七装甲貫通弾を用いれば二キロ先の装甲車ですら撃破できる。

 M2のように総重量六十キロという訳では無い物の、それでも十三キロ弱の重量は桐野の体にはやや重過ぎに感じられるが、『取り回す銃じゃないんで関係ないですよ』と彼女は気にせずに担ぎ歩いている。

 下手をすれば腰撓(こしだ)めで撃ちかねない気軽さだ。

 幾らこの世界が〇,八Gとはいえあの反動には耐えられないと思うのだが?

 何事にせよ確かにこの銃に掛かれば甲虫ぐらいなら、どれ程巨大でも一撃であろう。


 何故此処にあるのか? 其れはさっぱり分からない。 

 二兵研の倉庫に無いものは無いのであろうか?

 其れよりも何よりもNATOには同口径で、より装弾数が多いM82系列や口径は七,六二ミリで対物銃ではないが、軽い上に破壊力のあるM-110系があるではないか、何をすき好んで重い旧東側の銃を使うのだ?



 OSVはさておき、問題はもう一種類の魔獣である。

 これも虫型であるらしいが見た者は少ない。

 サンドワームと呼ばれ、砂に潜った巨大なミミズだがムカデだかの様な虫だという。

 姿がはっきりしないのは見た者達が殆ど死んでいること、逃げ切った者も山塊に這い上がるのに精一杯であった為、落ち着いて姿を確認が出来ていないのだとか。


 甲虫やサンドワームが出て以来は山塊の縁を通ってのルース領に入り込んでの交易や、或いはあちらから奴隷が逃げてくるのが一際難しくなった。

 過去にガーインに逃げ込んできた奴隷達は総じて大人しいという。

 協力し合わなければ生き残れなかった逃避行において、力の理論が薄れてしまったようだ。

 或いは元からそのような人間だからこそ、協力し合って旅をしようと考えることになったのかも知れない。

 (いず)れにせよ、そのように温厚な性質の人々であるならばガーインとしては砂漠の開拓のために逃亡奴隷の流入はある程度は受け入れたいとも思っていたのだが、それも止まった(まま)だ。

 という訳で、調査がてらに山塊を進む。


 (ふもと)には三十式すら通れる程に整備された道もあるというので馬車を用意して貰い、それを使って移動する事になった。

 道はサンドワームと甲虫を恐れて使われていないだけなのだが、このままでは廃れて仕舞うであろう事もガーインとしては不安であり、巧達に掛ける彼らの期待は大きく、準備にも協力的である。


 しかしルース領まで馬車で片道七日は掛かる。

 となると現地での活動も含め、この場に戻るのが三月十日から十五日頃である。

 シナンガルの侵攻に間に合うのであろうか、其処が問題だ。


 ヴェレーネにガーインでの合意成功の報告がてらに、その件について相談した所、シナンガルの商人達の中には老後の亡命のためフェリシアのスパイになっているものも多く、そこからある程度の情報が得られているという。


「二月の四日に何らかの会議が開かれたようね。

 その後の動きから見て侵攻作戦の会議と断言できるわ。

 部隊編成や糧秣準備に最低でもふた月は掛かるでしょう。 

 冬場の計画を放棄した様ですから、春にならないと大きな動きはないと考えるわ。

 早まる可能性が有るとすれば小規模なものでしょうから、旧来の防衛体制で十分対応できる事になります。安心して情報収集してきなさい」


 それでも心配なら帰りはオスプレイを飛ばせると言ってきた。

 補助タンクを付けても航続距離は四千キロしかないではないか、“帰りはどうするのだ”と聞くと、帰りの燃料は帆船で先に運ばせると返事が返って来た。 

 オベルンにも既に運ばせてある為、船が間に合わなくとも問題は無いとも付け加えられる。

 なるほど、此処までの距離が推定直線で二千四百キロ強である。

 それならば何とかなるであろう。


 ヴェレーネは『重要なのは連携のための通信体勢だ』と言う。

 巧にも異存はないが、其れをどう確立するのか尋ねると、せめてルース領とガーインまででもリアルタイムで交信できるように大型の水晶球を山沿いに埋め込んでリレー出来る様にして欲しいのだと言ってきた。


 その後、前進基地が出来れば無線機をガーインにも置くことが出来る。

 その為の水晶球と魔力の元になる魔石も桜田に大量に持たせてあるのだそうであり、準備の周到さに驚かされた。

 が、此処まで来ると曹長の立場がないではないか、と巧は少しばかり山崎が不憫(ふびん)になる。


「おい、山崎。お前は帰ったら大佐に少し抗議した方が良いぞ。

 俺に会うまでの指揮官はお前だったんだからな」

 巧がそう言うと、

「あの女は『政治将校』みたいなものですから……」

 そう返した山崎が桜田を見る顔は何かを諦めたようでもあり、過去に桜田を廊下に投げ出した時とは力関係が逆転しているとばかりに、「か細い声」でもあった。


 兎も角、準備を終えた二月二四日、巧達はバルコヌス山塊へと入り込んでいく。

 馬車は予備を含め、またキャラバンとして四台である。

 巧達の移動にガーインの人々が乗り合いを希望してきたのだ。

 最初は十台の希望であったが万一の際にとても守りきれないとして、今回は諦めて貰い、台数、商人共に数を絞った。 

 それでも余分な馬車二台、商人五名は多い。

インディから回復系の魔術師も二名借りており、ルースを含めて八名を守りながらの旅になる。

 だが、巧達の中に馬車を扱える者はいない。

 辛うじてルースぐらいであろう。 

 御者を捜すに当たって、この程度は認めざるを得なかった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 最後尾の馬車から降りて巧は二十キロおきに魔法石と水晶玉(スパエラ)を埋め込んでいく。

 目印になるように、近くの樹に赤くスプレーを掛け地球のアラビア数字でナンバリングしていった。

 これを見ても樹を怪しむことはあっても、土に問題があるとは考え難いであろう。

 何より山塊の峯を越えて北側にシナンガル兵がやってくることがまずあり得ないのだという。

 ルース領の端からガーインへの裏道がある事を知っているものは少なく、何より出入り口は普通では通り抜けられないのだそうだ。


「どういう事だい?」

 と尋ねる巧にルースは

「行ってみてからのお楽しみだよ。状況に変化があったら申し訳ないんで、確約は出来無いのさ」

 とウインクを添えて返した。


 しかし、二日目には実際に二メートル程の甲虫が本当に出たのには驚いた。

 砂漠側の林からのそり、と云う感じで出てきて先頭の馬車に襲いかかろうとしたのである。

 動きは思いの外、(にぶ)かったため四八式でも十分対応できたのは助かったが、慌てた石岡がマガジン二つを一気に空にしてしまう。

「新兵か! お前は!」

 と釘を刺したのだが、その後に側面から現れた甲虫に対して石岡の上官に当たる山崎、岡崎までも同じ事をしてしまい、

「俺が悪かった。あれは最初は誰でも慌ててしまう物の様だ」

 と巧は石岡に謝る羽目になった。


 甲虫は頭を吹き飛ばされても暫くは六本の足を動かし続ける程の生命力を見せた。

 また、吹き飛ばされた各部から妙な匂いがする。

 動きが鈍いのは、砂の中が主な生息域であって本来の生息域ではない地上では足や目が上手く機能しないためのようだ。

 過去の被害も夜が多かったと聞いた事を思い出す。

 此処は樹が多く、薄暗いため昼でも活動しやすかったのであろう。


 ともあれ、死体は足に縄を付けた上で木に滑車を取り付けて砂漠側に押しやった。

 魔獣であれば甲殻内の肉は消えてしまう可能性が高いが、万が一、腐敗して帰り道を塞がれては堪らない。


 男性兵士と対局に桐野は落ち着いたもので三二年式九ミリ拳三~四発で片を付けていた。

 しかし一日に一匹から二匹のペースで現れる。

 これでも小型のものであり、三メートルクラスが出たなら、九ミリ弾では対応不可能であろう。

 単純計算だが体長が一,五倍違えば体格は五倍以上の大きさになる。

 外殻の装甲度合いも相当に高まると考えて良い。

 砂漠に近付く最北部に行くにつれ夜は危険である。 

 夜間警戒について手順を練り直す。


 考え(よう)が無礼ではあるが、巧としては連隊だった頃に古館少尉、いや死後『中尉』に昇進した彼に率いられていた『第四小隊』の二の舞は御免なのだ。

 申し訳なくも、教訓にさせて貰う事にしている。


 出発前に模擬手榴弾を準備をさせ、全員が目をつぶって暗闇でも扱えるか確認はしてあった。 

 桜田ですら合格していたが、意外とこの女『やる時はやる』から困る、と巧は複雑な気分である。


 夜間戦闘の手順通りに行動するように全員に注意を入れる。

 桐野にも夜間はOSV106を据え置くように指示を入れた。

 昆虫型とは云え魔獣を侮ってはならない。 

 いや、昆虫型の方が筋力、防御力、生命力の全てがヘルムボア以上に強いとも考えられるのだ。


 それにしても、これでは確かに交流路としての機能は死んでいると言うしかない。

 水晶球(スパエラ)がガーインの人々にとっても何らかの役に立てばよいのだが、と思う。

 ガーインもノーゾドと同じく魔法士、魔術師は数が少ない。

 二百には足りないであろう。千人に一人程度しか居ないのだ。

 今回、食料の保存と医療に関わる魔術師もインディファティガブルからの借り出しになった。

 今後、魔法士、魔術師など砂漠開拓の援護となれる者を半島に派遣できればいいのだが、と思ったものの()ぐさま、其れがこの世界のルールを自分で作り替えようとしていることだと気付いて恥ずかしくなる。


 その様なことを考えつつ巧は、ふと思い出した疑問をルースに尋ねた。

「なあ、ルースさん。 魔法士や魔術師になる条件ってなんだい?」

 

 巧の言葉にルースは首をかしげると、

「それが分かってりゃあ、今頃ノルン大陸はシナンガルの天下だろ。

 誰も知らない。いや、もしかしたらフェリシアの王宮は知ってるかもな。

 俺に言えることは、遺伝と天性の才能に依ってしか魔法士は生まれないってことさ」

 そう言う。


 なるほど、ルースの言う通りである。

 フェリシアが魔法王国としてあの少数の国民数で他国の支配を受けなかったのは、過去には今以上に魔法力の差に開きがあったと聞いた事があったではないか。

 だが何か、引っかかるのだ。

 何だろうか?


 巧の真剣な顔付きに引きずられたのか、ルースまで一生懸命考え始めた。

 それから、『あっ!』と小さな叫び声を上げる。


 無線で繋がっていた全員が驚いて彼に問い掛ける程に唐突なものであった。

『なんでも無い』と言うルースに、先行警戒(ポイントマン)の岡崎が、

「驚かさんで下さい」と言う。 

 彼は一番先頭の馬車の御者の隣に座り、警戒を請け持っているのだ。


「どうしたんだい?」

 尋ねる巧にルースは、

「あくまで昔話だし、大きな声では言いたくないんだがね」

 と言って無線を切ると話し始めた。

 巧の無線から話の半分は()れるのだが、それでも自分の口から漏らしたくは無かったのであろう。


「六十年程前にルーインという科学者が同じ事に疑問を持った。

 と言うより、皆持っては居たんだが此奴(こいつ)の凄い所は、死んだ魔法士を切り刻んで体の部分をひとつひとつ調べていったんだ」

 

 その話を聞いて、巧は少しばかり胸焼けがしたが聞き続けることにする。

 無線の向こうでは耳の良い桜田までもが騒がしい。 

 巧は山崎に指揮を任せて自分の無線を(しばら)くは受信のみに切り変えた。


 ルースの話は続く。

「六ヶ国戦乱の最中もその点は問題になったんだろうな、というか其の時に同じ事をした奴が居ただろう事は証拠が残ってる」

「証拠?」

「首輪だよ」

 (いぶか)しむ巧に対してルースは右手の親指と人差し指で首を囲う様にして見せた。


 言われて巧も思い出す。

 ティーマもそうであったが、奴隷農園で救出した人々の中の獣人や魔術師など、魔法を使える人たちには確かに首輪が着けられていた。

 但し、首輪は実にお粗末な代物であり、単に首に針を打ち込むだけの物であった。

 長さは延髄まで達するものであったが、魔法を使える人々の首の傷は化膿した様子も見せず、首輪を外すと一月ほどで綺麗に傷も消えたことも記憶に残る。


「つまり、魔法の秘密は首にある、と」

 尋ねる巧に対してルースは、

「半分正解で半分はよく分からない」

 そう言って両手を肩の辺りまで上げて掌を上に向ける。


「なんだいそりゃ?」

「つまり普通の人間の首に針を打ち込めば、痛みでのたうち回って動けなくなるか場合によっては死ぬだろうが、魔法師以上の存在ならば魔法が使えなくなるだけだって事さ」

「実験でもして突き止めたのかな?」

「知らんよ」

 ルースはぶっきらぼうに言い切ったが、続いた言葉はやるせないという感情が込められていた。

「唯、昔話で魔法士と思われて首輪を付けさせられた奴隷が死んだってのは聞くね」


 こうなると巧としてはもう少し理論的に知っておきたい。

「魔法士の首の骨と普通の人間の首の骨を、その何とかって学者は比較したんだろ?

 何か分かったのかな?」


 巧の言葉にルースは首を横に振りつつ答える。

「ルーインな! いや彼も結局は違いは一つしか見つけられなかった。

 其れも彼と言うより彼の娘だな。見つけたのは」

「何を見つけたんだ?」

「風化しないんだよ。いや、してはいるんだろうが、遅いようだ」

「どういう事だい?」


 ルーインにはタオジェという娘がいた。

 彼女は父親が死んで二十年以上経って後、つまり今から二十年程前に父親の研究品の整理をしていた処、ある事に気付く。

 サンプルとなった魔法士の首の骨が殆ど劣化していないのだ。

 同じ状態で保管されていた常人の骨は完全に黄ばんでぼろぼろになっていたにも関わらず、である。


 此処からルーイン・タオジェは一つの仮説を立てる。

 魔法士は兎も角、魔術師ともなると骨は他の部分の骨も普通の人間と同じように黄ばんでも、五十年近く経ってもまだしっかりとしてもいる。

 つまり、魔法士、魔術師というものは生まれついて、『首の骨』に何らかの特殊な力を持って生まれてきたことに間違いはない。


 彼女は其処から以下の仮設を導き出した。


 仮説一 

 魔法を使える者が針を打ち込まれても生きていられるが魔法が使えなくなる理由は、その力が『生きる事』に使われるようになり、魔法にまで力を廻す余裕が無くなる。


 仮説二

 この力が無いものが常人、弱いがある者が魔法士、強い者が魔術師、となる。


 仮説三

 これらの力の量は生まれつきのものであり、変化はない。

 技能を覚えて使いこなすことに差があるだけである。


 仮説四

 魔力は遺伝する。力の強い魔術師からこそ強い魔術師が生まれやすい。


「この仮説はシナンガル内部では魔法に関する基本として、今や重宝されている」

 そう言ってからルースは首を横に振り、

「そのお陰で、魔法士同士が望まれない婚姻を強制されているというね」

 そう言って息を吐いた。


 巧は暫く考えていたが、

「仮説一、二と四は分かるんだ。まあ、間違っていないだろうね。だが、」

「だが?」

 ルースが不思議な顔をする。

「仮説三はどうかな?」

「生まれつきで変化しないって奴かい」

 ルースの言葉に巧は頷く。

「ルーファンの南で三十式が堀を飛び越えただろ。覚えてるかい?」

「忘れるかよ。死ぬかと思ったぜ!」

「あの時の土魔法な。あれ、魔法士が魔術師に成長して跳躍台を(こしら)えたんだぜ」 

 トレの活躍を差す巧の言葉にルースは目が点になった。

「マジかよ!」

「大まじめだよ」

「それ、教えてくれよ!」

 ルースは食いついてくるが巧は手を振り払った。


「そりゃ、不味い」

「何で?」

「あんたの国だって何時フェリシアの敵国になるか分からないんだぜ」

「じゃあ、最初(はな)っから創らせるなよ!」

 ルースの怒鳴り声が静かな街道に響き渡り、岡崎が一瞬顔を(しか)める。

 魔獣を呼び込むことを恐れているのだ。


「そりゃそうだな。 だが何にせよ、俺の一存じゃあ無理だ。 

 次の通信でヴェレーネに訊いてくれ」

 巧の言葉に“分かった”と言いつつもふて腐れるルースに素直に申し訳ない気持ちにもなる。

 アンフェアな気がして来たのだ。そこで、

「申し訳ない。いい話が聞けたので借りにしておく」と曖昧ながらも礼を言ったところ、ルースは直ぐさま機嫌を直した。


 しかし『首の骨』と言えば、二兵研の繰根(くるね)院長もフェリシア人の首の骨を求めていた。


 彼女がこの事実に気付いているとしたなら拙い。

 地球に『魔法』が持ち込まれるかも知れないのだ。

 地球の電子顕微鏡技術でなら、もしかするとこの世界では発見できなかった新たな発見があるかも知れないではないか。

 繰根院長の好奇心は危険だ。世界を変えかねない。


 巧の中に不安が広がっていく、同時に彼女に対する不信感までも。



サブタイトルは、首、と言うことでロシア初のプロSF作家、アレクサンドル・ヴェリヤーエフの『パウエル教授の首』から頂きました。

問題点の『ネック』と引っかけてみた、しょーもない駄洒落です。


ヴェリヤーエフは子供の頃読みました。

凄い怖かった記憶がありますが、もう一度読んでみたいな、と今回のサブタイトル探しで思うようになりました。

因みに、E・ハミルトンのキャプテン・フューチャー、シリーズに出て来る『サイモン教授』は絶対にヴェリヤーエフの影響だと思うんですが、どうでしょう?


最後に蛇足とは思いますが、

話の中で山崎曹長が桜田伍長のことを『政治将校』と言いました。

これは旧ソ連などの共産圏での制度で置かれた将校です。

政治部、つまり内閣(書記長ってやつですね)から直接任命された将校で、軍の司令官、隊の指揮官の見張りを行い、罷免権も持っていました。 

場合によって銃殺許可まで有ったとか聞きますね。

シビリアンコントロールとは云え凄まじいシステムです。 

近年のロシアでも再び配置を計画しているという噂もあります。


山崎は、その物騒な存在に桜田を例えた訳です。

どんだけ危険人物扱いなんだかと、自分で書いてて思います。


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