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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
8/222

7:地球から11,000光年

 宇宙は九次元であるという説と十一次元であるという説がある。(二五次元以上という学者もいるが、それは一端、置く)

 時間を次元に換算するかどうかで、意見が分かれているのだろうか?


 仮に十一次元であるとするなら残り我々の宇宙以外の六つの宇宙が、ビッグバンと同時に生まれ、その次元の中心から、均等に同じ量子・粒子の運動が起きたはずである。

 つまり、仮説上の基本として七つの宇宙は全て同じ構造をしていると言える。

 (数については不明確なためあくまで仮説とさせて貰う)


 では、我々の住む宇宙以外の残りの六つの宇宙は何処にあるのか?


 現在の仮説の中で一番有力な説が、折りたたまれていてこの宇宙からは知覚できない。

 と云うものである。

 話している方もよく分からないが、仮にそれが事実とすれば、当然、あちらからもこちらは折りたたまれた存在で知覚することは出来ないであろう。


 よく聴く『平行世界』という今現在から別れた『有り得たかも知れない宇宙』ではない。

 他の開いた、或いは逆に畳み込まれた次元からは互いに知覚できないが、量子論的には確実に『実在する』宇宙なのだ。


 最初に話したことと矛盾を言うようだが、その宇宙は我々の地球のある宇宙と全く同じ世界ではない。

 全てが反物質で構成されていることも有り得るし、また、偶然の要素により宇宙に何らかの未知の物質が満ちあふれている可能性もある。


 我々の世界では未だ明確な解は存在しない。


 何より確実なことは、知的生命体が現れた時点で、我々の、或いは他の次元の彼らの『知的活動』によって、ほんの僅かな、そう、宇宙にとってはどうでも良いが、『人間にとっては』大きな違いのある世界が生まれてしまうのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 巧達の生きる宇宙とは違う、折りたたまれた、だが彼らにとっては開いた宇宙。

 そこのひとつに人類の住む惑星を持つ太陽系がある。

 我々の宇宙なら、太陽系(ソーラーシステム)と呼ばれるはずが、この太陽系はそこに住む人々から惑星の名を取って「カグラ(システム)」と呼ばれていた。


  挿絵(By みてみん)   


 カグラと呼ばれる惑星は地球と同じ棒渦巻銀河の渦のひとつである「はくちょう腕」のやや外側に位置し、銀河中心からは,地球とほぼ同じ距離にあるものの、「オリオン腕」と呼ばれる別の星団腕に所属する地球からはかなり離れている。

 距離にして約一一〇〇〇光年といったところだろうか。

 勿論、この場合の『地球』というのは我々が住む次元の地球ではない。


 我々の宇宙で、どれほど速度と時間を掛けてカグラにたどり着いたとしても、そこに知的生命体が居るとは限らないのだ。


 カグラは地球とほぼ同じ大きさながら、陸地と海洋の比は九対一程で圧倒的に海が多い。

 地球のG型スペクトル太陽より千度ほど表面温度が高く、十億年ほど若い薄黄色のF型太陽の周囲を一億九千万キロメートルの平均距離で公転している。

 僅かに生物の生存環境から離れるところであったが海面が大きい為、保温性が高く生命の維持が可能な状態が生まれた。


 四千万年前から現在までの自転角は太陽に対して二二.一度。

  地球程ではないが四季は存在する。

 また生命誕生の最低条件として大質量の月もひとつ持つが、これは地球のものより僅かに小振りである。


 現在、この星に住む多くの生物たちは不幸になりつつある。

 知的生物から動植物に至るまで多くの生物が、この星に生きる一部の者達が起こした自然のありように反した行動の報いによって、滅びの日を数百年後に迎えることは確実であったからだ。


 一部の者達以外にとっては良い迷惑であるが、これもひとつの星に住む運命共同体の定めと言えるだろう。


 挿絵(By みてみん)


 この星は先に記した通り海面比が大きい。

 大陸は惑星の一部の面に集中している二つだけである。


 ひとつは北の大陸、面積はユーラシア大陸の五分の四ほどでアジア州と同じ面積と観て良い。

 名を「ノルン」と言う。人類の九五%以上はこの大陸を生存圏としている。

 もう一つは南の大陸であり、地球で言うオーストラリア大陸ほどの面積である。

 こちらの名は「ビストラント」 

 この地に人は住まない。

 理由は話が進むにつれ明らかになるであろう。


 残りの五%未満の人々が何処(どこ)に住んでいるのか、というと北大陸ノルン南部の砂漠地帯と南大陸ビストラントの間に存在する半島部、また大陸の南西部に点在する島嶼(とうしょ)部などである。 

 本人達も住みたくて住んでいる訳ではない様だが、その理由も後程の記述となる。


 偶然ではあるが北大陸と南大陸の位置は緯度で言えば地球のユーラシア、オーストラリアと殆ど同じであり、両大陸の間の亜大陸に近い群島の中心を赤道が通る形になっている。



 北の大陸の人類は争乱の歴史の終着点として、現在大きく観て僅か二つの生存圏、すなわち「国家」を建て交流と対立の中で生きていた。


 大陸の西を地球風に訳するなら、「シナンガル人民共和国」

 人口四億人ほどであり面積は大陸の約二分の一よりやや多い程度の土地を占める。

 

 大陸の東側を「フェリシア王国」という。人口は二百八十万人を僅かに超える程。

 フェリシア王国はシナンガル人民共和国より百五十年程建国が古い国家である。

 建国後すぐに起きた六ヵ国の戦乱時代の百五十年の間、安定していたのは唯一この国だけであろう。


 不思議なことに戦乱時代においても各国に食料を配布し、その争乱の調停に勤めてきた。

 当時の人口が百万人に満たないにも係わらず、他国からの被害が少なく、調停する程の発言力が有ったのは、(ひとえ)にこの惑星の戦力を決める国民の魔法能力が段違いであり、他国と比較すれば文字通り一騎当千を地でいくものであったからだ。


 しかし、争乱が収まって三百年が経ったころから北大陸西部の自然環境に変化が見られるようになってくる。

『魔法』と呼ばれるこの世界の人類が持つ特殊な能力により、巧達の居る世界とは違う発展を遂げてきたこの世界では本来起こりえないはずの自然破壊が、西部のシナンガルに置いて爆発的に広がってきたのだ。

 各地で食糧不足が起きたが、豊かな穀倉地帯を持つフェリシア王国からの救援によってシナンガルは生きながらえていた。


 しかし、いつからか生まれたのか、シナンガル人の中に不可思議な考え方が広がる。

『世界の中心にいる民族はシナンガル人のみ、他の全ての人類、亜人はシナンガルに隷属すべきである』

という理論?により、シナンガルはフェリシア王国の併呑(へいどん)を望み始めたのだ。


 食料の援助も救援を求めると言うよりは、フェリシアの義務であると言わんばかりに年々、その量の増大を求めて来るようになった。


 自国からの戦争を避けることを国是とすることのほか、難民流入を危惧したフェリシア王国は否応なく、その要求に屈する形になっていた。


 事実、ここ数年の間にシナンガル人民共和国では祖先を遡ってシンナガル人ではない、と断定された人々が奴隷に落とされた。

 更には、少数ではあるがフェリシア人が拉致され奴隷化されているという不確定な情報も広がるようになる。

 今となっては過去の話だが、(かつ)ては大陸の調停者として存在してきたフェリシア王国は当然ながら

「奴隷制度など認められない」

 と抗議したが、シナンガル人民共和国からは「内政干渉である」と()ねつけられた。

 

 また、戦乱が統一された後の大陸西部シナンガルにおいてはフェリシアに比する程の魔法士・魔術師が徐々にではあるが増えつつあった。 

 絶対的な数は未だフェリシアの半数にも満たないが、これは軍事的な脅威である。


 因みに、魔法士は「存在する魔法を使える者」であり、こちらが一般的である。

 また魔術師は「魔力の増幅や、新しい魔法の開発が可能な者」以上の存在を指す。

 極端に要約すると魔法士の上位者が魔術師と思えばよいであろうか。


 実際は更に違いがあるのかも知れないが……



 エルフや亜人などは魔法についてその様な区別を付けていない。

 大抵が魔術師レベルだからである。


 その魔法の能力開眼は旧フェリシア王国領、現不可侵域の『ラボリア』と呼ばれる神殿でその成人者に合った『魔法具』を受け渡されることで成される。

 (ただ)し年間に譲渡される数は両国とも決まっている為、シナンガルは配分を『人口比方式』にするようにラボリアに再三の要求をしていた。

 これが通るなら、フェリシアの受け取る事の出来る魔法具はシナンガルの百八十分の一程度と言うことになる。

 多い年でも二十種(もしくは二十丁とでも呼ぶか?)も譲渡されない魔法具はフェリシア王国には全く入ってこなくなると言っても良いだろう。


 現在ラボリアはこれに対して、沈黙を持って答えている。


 急激なシナンガル人民共和国における魔法士の度重なる出現にフェリシア王国側の政府、研究機関からは、

「シナンガルはラボリアから魔法具を強奪しているのでは?」

 という声も出たが、どのような調査をしてもその様な動きは全く見えなかった。


 このように侵略的な動きが活発になっては来たものの、フェリシアの魔法力は未だシナンガルを押さえつけそれを許さない。

 しかし、それもシナンガルの人口増加のペースを考えれば早ければ後二十年の内には力の逆転が起きると思われていた。


 フェリシア王国は、大陸西側に一度は環境調査の為の使節団を送ったものの、シナンガル側からは「使節が到着した」との報告はもたらされず、帰国することのない使節団は、そのまま砂にしみる水のように消えた。

 その時点で両国の対立は明確となり、シナンガルの暴発を避ける為の適度な食料援助はともかく、フェリシアは国内へのシナンガル人の入国を禁止する事となった。


 しかしながら利に聡い商人の活動は止められず『自由人(バロネット)』と呼ばれる、法律の枠の外に居ることを許された極少数の者達を使って、国境沿いの街における民間の交易は未だ続いている。


 同時にその街は両国にとって重要な情報戦の舞台になっていた。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 王国歴五五二年現在、五月 フェリシア王国首都セントレア


 初夏の風が心地よく、小麦の刈り入れが終わって、豊作を祝う奉納祭の準備で訪れた地方の街や村の住民が多く集まり、市場(バザール)は普段以上に活気がある。

 木造住宅に青い粘板石瓦(スレート)を乗せた家々は競うように出窓(エーカー)に花を飾り付け、各地から訪れる人々を歓迎するかのようだ。


 そんなバザールの賑わいの中、人類種と亜人種の幼い子供達が追いかけっこをして遊んでいる。

 逃げるのに失敗した狐人(こじん)の子供が人間の四十(がら)みの軍人らしき男にぶつかった弾みに激しく転んで泣きだしてしまった。

 男は、その狐人(こじん)の子を優しく抱き上げ涙を拭いてあげるものの、膝をすりむいた痛みからか、或いは男のごつい顔立ちが怖いのか、子供はいっこうに泣き止まない。

 困りきった男が周りを見渡すとバザールで飴を売っていた婦人が近付いて来て、その子の口に売り物のあめ玉をひとつ放り込んだ。

 甘みに顔をほころばせ泣き止んだ子を、追っかけてきた子どもたちがうらやましそうに見ている。

 視線に絶えられなくなった男は、六~七人の男女交えた子どもたち全員に一人で二つ、三つ程は行き渡る量のあめ玉を婦人から買って「仲良く分けろよ」と、一番の年長と思われる少年に袋ごと渡す。

 婦人がこれを見て、“この手は使えるわね”と言ったところで周りから笑い声が上がった。


 賑やかながらも平和でのどかな光景が広がる首都の午後が過ぎていく。



 平和な街中と違い、フェリシア王国中央宮殿から四百メートル程離れた王立魔導研究所では、ある騒ぎが起きていた。


 魔導研究所の中央研究館は中世ヨーロッパの大聖堂、具体的に言うとベネチアのサンマルコ寺院によく似た外見と構造を持っている。

 四階建て程度なので建築物としてはあまり高さがないが、様々な研究や実験を行うこと、また保管する魔法具の量の多さから、敷地面積は王宮の主館の広さの数倍の規模を誇る。


 王宮が研究所に辛うじて規模で上回っているのは、中央宮殿の尖塔(スティープル)の高さや兵士の詰め所である小尖塔(ミナレット)の数ぐらいなものであり、この建造物が王宮や議会以上の重要施設だと云うことは、初めて首都を訪れる地方の国民にも一目瞭然であった。



 その研究所の奥まった一室に不思議な棺が二つある。

 地球人が観ればコールドスリープの装置であろうか?と首をかしげるような代物だ。


 棺桶の蓋に当たる部分はどう見てもカーブを帯びたアクリル系の透明な合成樹脂で出来ており、棺の側には幾つかのランプと脳波計(エンセフォログラフ)心電計キャーディグラフその他、幾つかの波形図観測装置と緊急時にしか点灯しないであろうランプ類が並んで棺に繋がり、その機械から出たコードは更に奥にある壁の穴に引き込まれている。


 この世界には過ぎた代物であり、地球の言葉で表現するなら、「オーパーツ(場違いな工芸品)」という奴であろう。

 或いは、ファンタジックにエンシャントアーティファクト(古代文明遺物)かSF的にハイパーアーティファクト(高度技術結晶体)とでも言うべきだろうか。



 この棺のある部屋には基本的に六人の人間しか入れない。

 二四時間交替で計器に変動がないか見張り、場合によっては栄養剤の注入を行う。

 やはり、棺の中の人間は生きているのだ。


 六人のスタッフの内二名はこの場にいない。

 一人は単なる休憩だが、もう1人はこの『棺』の中にいる二人の内の一人の職務代行を行い、この国にとって重要な仕事を進めている。



 さて、先程語った此処で起きている騒ぎとは何であろうか?


「代行を呼んでこい!」

 責任者らしき男が叫んでいる。

 ロール()プレイング()ゲーム()そのままのフード付きの魔術師の白いローブを着て居るものの、フードは後ろに下げている為、顔は丸見えである。


 桜田が彼を観たならば狂喜乱舞する事間違い無し、であろう。


 彼は金色の髪をしたエルフだった。

 耳が長く、痩身、高身長で若く、その上に当然ながら美形。

 要するにイメージとしては巧の国のイラストレータなどが持つ『そのもの』と言って良い。


 少し性格がきつそうに感じられるのは長髪を後ろに流して根本で結わえて居る為、目元が引っぱられて鋭い目付きが余計にそう見えるためだ。


 言われた方も若いエルフ達であるが、こちらは全員女性。

 しかし、エルフというのは地球人がイメージする通りの美形揃いである。

 何らかの神の気まぐれであろうか?

 髪の色も多彩で、薄い金髪は勿論のこと黒髪や緑の髪を持つものまで居た。


 その中で一番若いと思われるチョコレート色の肌をした黒髪、黒目の女性が男に対して返事をすると同時に部屋を飛び出し、隣の部屋の小さな中央テーブルにある水晶球(スパエラ)に飛びつく。

 

 この水晶球は、ある場所への直通の連絡手段になっているのだ。


 手をかざし、魔力を送る。

 水晶球に光が入ろうとした時、後ろから声が聞こえた。


「まあ、私に何か用かしら?

 今、ちょっと急いでいるから、ごめんなさいな。リンジー」

 リンジーと呼ばれたエルフが振り向くと、そこには正に連絡を取りたかった目的の人物が居た。


 『代行』を示す緑色の低い帽子を被り、そこから広がる黒いショートヴェールで顔を隠しているが、声で目的の人物と判る。何よりこの小柄な体を見間違えようもない。


 リンジーは直ぐさま片膝を突いて、深々と頭を下げた。


「代行様。女王陛下がお目覚めになります」

 顔を上げることなく報告する。声の緊張は隠せていない。


精神跳躍ガイスト・スプリンガンに入ってまだ半年ですわよねぇ。 予定では後、一年半は有ったはずなんですけどねぇ……」

 あごに手を当てて『代行』と呼ばれる人物が困ったような声を出した。

表情はヴェールで見えない。


 彼女の魔力・魔導技術はこの世界において他の追随を許さない。

 戦闘技能は公的には普通の魔術師の三倍程度と言われている。 これだけでも恐るべき能力だが、それ以外の各分野においては最早、人外といって良いレベルであろう。

 女王の意識の消失と覚醒などは、例え数百キロ離れていても、(あらかじ)めリンクしておけば察知(さっち)するのは容易(たやす)い。


 水晶球を設置したのは、あくまでスタッフである彼ら彼女らに仕事を与える為であったが彼女は珍しく焦っており、連絡を待つのももどかしく王宮から飛び出してきたのだ。


『代行』とはすなわち、『女王代行バーナリオン・エージェンシー』と云うことである。

 彼女がどれほどに国家の重要人物かは、この一事からだけでも分かる。


 リンジーと呼ばれたエルフと代行の会話から解釈できる現状は、

 今、棺から彼女たちの女王が目覚めた。

『代行』と呼ばれる人物は、その事態をあまり好ましく思っては居ない。


 言葉を要約すれば、

『女王が目覚めるのが早過ぎる』

 そう言っているのだ。

 いったいこの場で何が起きているのだろうか?


 実際のところ、『代行』には現在の混乱の原因の予想は付いていた。

 しかし、それを彼女の部下達に話す訳にはいかない。

 

 彼女は部屋に入ると男性スタッフであるエルフを管理室へ誘った。


 管理室は地球で言うなら、レコーディングスタジオのミキシングルームのように壁の上半分がガラスで隔てられた部屋で、ここから棺の部屋にいる残り四人のスタッフの内三人が行う覚醒作業に指示を出すことになる。

 この場にいない一人は、先程までの監視業務についていたが女王に異変が起きる少し前に交代となり、今は女王陛下と入れ替わりに自室のベッドで夢の中に入ろうとしていた。

 

「ともかく管理室に行きましょうか」

 と、リーダーの男性エルフに声を掛けたまでは良かったが、その後の言葉が良くない。


「それじゃ、みんなさ~~ん、手順通りに体温を上げてゆっくり目を覚まさせますわよ。女王様が最後の最後で死んじゃったら、マーシアが目覚めた時にはシナンガルとの戦争どころじゃない惨劇が起きちゃうかもしれませんよぉ」


 彼女はそう言って笑ったが、全員、その言葉に手元が狂いそうになる程に固まった。

 マーシアという存在を恐れていることがありありと分かる。


「代行、冗談になりませんので、お(たわむ)れは御勘弁を」

 この場では唯一の男性スタッフであるエルフが頭を下げた後で、直ぐさま向きを変えガラス越しの別室で様子を見ながら、マイクに向かって落ち着いてゆっくり行動するように指示を出した。 

 彼は棺の中の女王の裸体を観ることを極力避けているのだ。


 それにしても中世風の建造物の建築力しかない国家に原始的な造りとは言え、マイクがあるとは、この建物の中は最早『何でもあり』なのだろうか?




 やがて女王は目覚めたが、経過は順当とは言えずスタッフのエルフ達を慌てさせた。

 起き上がった女王は言葉を忘れており、何か訳の分からない言葉で話しかけてくる。

 その場の職員全員が引きつったが、『代行』だけは慌てず。


「意識が混濁(こんだく)しているだけですわ。 

 向こうとの繋がりがいきなり切れたもので、言語の記憶が残っているだけですから、いずれ良くなるでしょ。二日ぐらい掛かるかなぁ?」


 女王代行と云うことからか、上品な言葉を使おうとして失敗しているような言い様と無責任きわまりない言葉。

 これが彼女のしゃべり方である。

 常に韜晦(とうかい)(=包み隠す)したようなしゃべり方だ。

 実際、彼女は”嘘は言わないが、代わりに本当のことも教えない”と言われている魔女なのだ。


 王宮と議会に連絡をして、女王の意識が戻ったことを連絡する。

 王宮の方からは『迎えに来たい』と近衛隊副長が言ってきたがこれは断った。

 少なくとも、一日は彼女を休ませる必要があるからだ。 

 研究所内の貴賓室を使い女王の様態が落ち着くまでスタッフには引き続き護衛を任せることになる。

 女王が『代行』の任を解くまでは彼女の言葉が女王の言葉なのである。

 実際、今回の実験?で女王が死亡した場合は『代行』がそのまま女王に就任することを王宮を始めとして議会も諮問院も承認していたため誰も彼女の言葉に逆らうものはなかった。



 女王がこのような眠りについた経緯を順を追って語って置こう。

 とは言っても、今語れるのは表面上の話だけであるが。


 フェリシア王国の政治体制は一風変わっている。

 本人達にしてみれば国らしい国が二つしかない以上、特にそう感じることもないのだろうが、巧達の地球から観れば異質としか言いようが無いであろう。


 この国は妖精(エルフ)の女王を頂点に置き、三割の妖精種と亜人、七割の人類種から国民が構成される。

 貴族は存在せず、女王の下で国民は平等ではないが公正な立場を得ることが出来ている。


 国家の政治は内政部門と外交部門・技術管理部門で完全に分かれており、内政部門の中心には議会とそこから選出される行政の長である護民官(首相)が存在する。

 護民官の下に内閣が構成され、国民の政治の執行を行うが、その選挙権や被選挙権は人間しか持たない。

 妖精種や亜人種は諮問院(しもんいん)という機関に代表を送り、余程のことでなければ異議申し立てをしない。

 有ったとしても双方の話し合いがもつれることは殆ど無いが、万が一の際は、妖精女王(エルフバーナリオン)、男性が国王の地位に就けば妖精王(エルフブライ)が裁定を下す。

 国民の七割が純粋な人類種であり、彼らは妖精種や亜人に比べて魔法力も純粋な筋力も弱い。

 その為、権力を分散して人間よりに政治力を高めているのだ。


 上記が平等ではないが公正であると語った所以(ゆえん)である。


 尚、軍事は議会と諮問院に置いて最初に話し合いが持たれるが、最終決定権は国王にある。


 妖精種や亜人について。 

 亜人は虎人(黄虎)族、狼人(青狼)族を始めとする戦闘的な亜人から弧族、猫族(ケット・シー)など官僚や軍の参謀組の者がいる。

 また、見た目は殆ど人間と変わらないが、とてつもない筋力を持つドワーフもいる。

 彼らは非常に優秀で戦士から技術職、果ては官僚まで何でもこなすが、自らが政治力を上げる為に行動するということはまず無い。 一族の掟が彼らを縛っているのである。

 更にピクシーと呼ばれる十五センチ程の小妖精。

 彼らは政治など知らぬ顔で自由気ままに生きている。

 人間や妖精、亜人すらも入り込まない南大陸まで行ってきたと豪語するものまで居る自由な種族であり、商人にくっついて旅に出ることも多い。


 さて、外交と技術という国家を支える重要な二本の柱は女王もしくは王に一任されていることは先にも述べたが、彼女、もしくは(妖精王が過去に存在したというならばの話だが)彼らが判断を誤ったことは建国以来少ない。

 何より、魔法技術の中核は王族のみにしか伝えられていないのだ。

 その為、王立魔導研究所こそが『真の王宮』であると殆どの国民は考えていた。

 王宮などは謁見の為の飾りであると公言しても特に誰からも咎められない程である。


 そのエルフの女王(バーナリオン)が半年前、近衛隊長と共に研究所において二年の休眠を取ると議会と諮問院(しもんいん)に報告をしてきた。


 まず、『休眠』とは何か。その言葉の意味を誰も理解できなかった。

 建国以来五百年を過ぎてこのようなことは初めてであるが、

「国家の大事である」

 の一言により、それ以上の異議を唱えるものは居なかった。

 内政は人間の議会に一任されており、緊急時の『代行』を立てるという事もあって特に問題はならなかった為でもある。


 しかしながら僅かに諮問院(しもんいん)の眉を(ひそ)めさせたのは、『女王代行バーナリオン・エージェンシー』と万が一の為の後継者として、両役職に一人の『ハーフエルフ』を置く、という事である。

 エルフは寿命が長く若さも十五歳から二五歳程の間で固定され、少なくとも三百年以上を生きると云われている。

 今の女王ですら建国以来二代目の王であり人類種で彼女の治世の始まりを観た者など一人もいない。


 つまり血統主義が確立している訳ではないため、万が一の際のことを気遣ったのだ。


 異種族間の婚姻では子供は生まれにくい。 

 その結果幸運にも生まれでたハーフエルフとなれば尚更であろう。

 誰しもハーフエルフそのものに偏見がある訳ではないが、『代行』が後を接ぐことになった場合、更にその跡継ぎ問題で百年後には国家の大問題になりはしないかと懸念したものが出たのは当然である。 

 現在の女王は、子供はおろか伴侶すら得ていないのだ。


 選ばれた『代行』が希代の魔女であり唯一の『大魔法使い』を名乗れる人物でなければ公然と反対を唱えるものも出たであろうが、現時点で『代行』に対する不満は出ておらず、概ね順調に事は運んでいた。


 シナンガルの驚異は有るものの今年、来年の話ではない為、今のところにおいては国民にも議会にも余裕はあったのだ。






サブタイトルは、巨匠ジェムス・ティプトリー・jrの短編集

「故郷より10000光年」からです。

しかし、私、この方の小説、00年代初頭に、中編集「たったひとつの冴えたやりかた」を途中で投げ出して以来、全く手を付けていません。

この本もタイトルだけは知っていましたが、今度読んでみたいと思います。


先日、未読と言った吾妻ひでお氏の「失踪日記」について友人と話していたら、本棚にある、と言って持ってきてくれたので、「故郷より~」にも縁ができそうな気がします。


すいませんが、明日お休みするかも知れません。 


月曜ですし、リアルも大切にしないといけませんからね。


いつもお読み下さっている皆様、ありがとうございます。

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