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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
75/222

74:仲間たち

「准尉、来ちゃいました!」

「お前の生理周期など知らん!」


 港町ポルトの城門前に三十式を見た時、嫌な予感はしていたのだ。

 三九式も導入され偵察警戒車両は増えたとは云え、電子戦と耐久力に優れた車体を前線からこの時期に後方に移動させるなら、それなりの理由が必要なはずだ。


 何事か? と考えていた処、車内から見知った人間がぞろぞろと出てきたのだ。

 その第一号が、桜田美月である。


 他に、岡崎慧や桐野昴それに山崎に石岡。

 城之内一人を除いて旧第四分隊の面々が勢揃いしていた。

 石岡が機関銃を、桐野が頭に汗除けのバンダナを巻いて、これまた大型の狙撃銃を担いで居り、何処かの山猫(ようへい)だと言われても納得できる格好である。


 不在者の城之内軍曹は現在は歩兵科の分隊長として別行動中ではあるが、カグラにも派遣されてきている以上、いずれ会う事もあるだろう。



「山崎(すすむ)曹長以下、五名。 

 派遣軍参謀本部からの下命で准尉のお手伝いにまいりました」


 山崎の言葉に、巧は『はて?』となる。

 ポルトにはルースを送り届けるついでに、オベルンと今後の活動について話し合いを持つ為に来たのだ。


 彼は、外国人でしかも政府関係者だ。

 こちらから尋ねるのが筋だと思っただけであり、武装した部下など必要ない。

 いや、そのような行為は下手をすればフェリシアの主権をも脅かす事になりかねないのだ。

「主任は何を考えているんだ?」

 思わず怒鳴るような口調になったが、取りなしたのは桜田であった。


「いや、私の報告からこうなったんですよ。 

 多分、主任、いや大佐も悩んだようですが、王宮からはルースさんの計画を進めるようにと催促もあったようでして……」


 桜田の話は驚くべきものであった。


 彼女の前に、コペルが現れたと言うのだ。

「いや、個室にいきなり居るんですからね。驚きましたよ」

 桜田は首を横に振って肩をすくめるが、コペルはハンサムだ。

 面食いの彼女としてはまんざらでもなかったようであり、口調は楽しげである。

 

 内容も楽しいものであってくれと願いながら話を聞く事になった。


 コペルの話では、竜の育成状況から見て四月までは大きな動きはないだろうとのことであった。

 何より三月一日というのが、この世界では重要な日である。

 ラボリアにおいて年に一度の魔法具の授与が行われる日なのだ。

 その日は、どの様な事があっても戦闘は出来ない。


 そうなると、それ以前の侵攻は小規模なものはあっても大規模なものは難しいであろうというのがコペルの出した結論であった。


「竜は二月には使える筈だったんじゃないのか?」

「何か変化があったようですよ。魔力が増大して訓練のやり直しとか、言ってましたね」

 これは(ランセ)の魔力暴走による竜達の変化と、その後のルナール軍による『首の骨』の提供によって竜に対する認識が変わった事を示しているのだが、流石に巧とて其処まで知る(よし)も無い。

 また魔力の増大という言葉が巧には気に掛かったが、今はそれも確かめる(すべ)はない。


「でも、それとお前らが此処に居るのと、何の関係が?」

 仕方無く、巧は別の質問で話を進める事にした。

 桜田が其の点は自分もよく分からないのだが、と前置きして説明を始める。

「いや、コペルさんも准尉と直接話そうとしたらしいんですけどね。

 結局、准尉の行動が思いの外早かったんで、こうなったそうです」

「こうなったって?」

「護衛の兵を付ける事ですね」

「いや、今から中央戦線なりシエネなりに戻るのに何で?」


 此処で、桜田が困った顔をした。

「あたし、船弱いんですよね。しかも帆船とか困りますよねぇ」

「お前は何を言っているんだ?」



 話が進まないので、代わりに山崎が後を継ぐ。

 コペルとしてはルースの仕事を早めるための時間が出来た以上、巧にもガーイン、ノーゾドの両半島は勿論のこと、出来ることならラキオシアまでも出張って前線基地の基礎固めをしてきて欲しいというのだ。


 元はルースの仕事であったが、彼一人では何の交渉も出来ない可能性が高いとヴェレーネは判断したのだという。

 それを聞いたルースは露骨に嫌な顔をした。

 援護そのものは有り難いが、その理由が『無能』と言われたのも同じなら、そうもなろう。


 三十式を持ち込んだのは、参謀本部との通信に長距離無線を使うためである。

 会った事もないコペルについてヴェレーネが此処まで信用しているのは意外であったが、道理は分かる。


「なるほどね」

 ようやく部下達の行動の意味を理解した巧ではあるが、随伴員の選定に意図的なものを感じた。

 そこは池間の指示によるものであろうが、「剃刀」は返上して『(なた)』とでも名乗った方が良い力業ではないかと、やや呆れる。

 長旅になる以上、巧と気心も知れた上で的確な反論も出来る面子を選んだのだろうが、桜田まで入れるとは思い切った選別だとしか言いようが無い。

 巧の口から少し溜息が漏れた。


 気分を変えるためなのか、自分でも意識せぬままに実務的な方面に話が振られて行く。

「とは言っても、三十式って船に積めるのかねぇ?」

 三十式は乾燥でも十四トンの車重があるのだ。


 地球における中世の人力クレーンは、ハンザ同盟などの港湾で使われていたものが有名である。

 ドイツのリューネブルグで一三四六年に設置されたクレーンの揚力は五トン。最大揚程(持ち上がる高さ)が十三メートルである。

 後には十トンまで増えたと言うが、あれは十八世紀に入っての事であっただろうか?


 まあ、巧の国でも『三大実録』という書物に拠れば貞観九年(八六七年)に地震で落下した大仏の首を『雲梯之機(うんていのき)』と呼ばれる機械で持ち上げ、元の位置に据え付けた記録が残っている。

 二十トンのものを九メートル以上は持ち上げた事になる訳だ。

 この世界の技術力が仮に中世レベルだとしても、その技術と人間の英知を侮ってはなるまい。

 

 交渉が成功すれば、その三十式を積み込む事になるであろうインディファティガブル号は戦列艦としては細身であり、十八世紀のイギリス海軍の艦船に会わせるならば三等級戦闘艦の三層甲板。砲門は六十四門。

(因みに、イギリス海軍における軍船の等級は船の大きさには関係なく搭載する砲門数によって決まった)

 全長約七十メートル、全幅十三メートル、喫水六メートル、船縁までの高さは満潮時で埠頭から六メートルと言う所である。


 カティサークですら六百トンは荷が乗った事を考えれば、乗せてしまえば三十式如きの重さは屁でもあるまいが、その乗せる方法があるのかと気がかりではある。

 整備班の岡崎が居るのだから車輪や砲塔などを一時的に外してしまえば乗せられない事はないであろうが、何とも手間が掛かる不安はある。


「ともかくオベルン氏に会おう。計画はそれからだ」

 巧は全員を引き連れると、ポルトの衛兵へ通行証を示した。


 三十式はポルトの衛兵には顔なじみの車体のようであるが、市内に入るのは初めての事であり、子供達が群がって来る可能性もあるため注意して進むように、ときつく念を押されての入城となった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 場面を変えてルナール達の奴隷エルフ探しの旅に目を向けると、彼らが戸惑いの中に居るのがわかる。



 まず最初は七十年前の奴隷達が最初に移送された街から、買った相手を探すのに手間取った。

 しばらくはアスタルト砂漠西北部の街、ガンディアで情報を得るため東奔西走の数日が過ぎる。

 流石に七十年という月日は長すぎたかと諦めかけたが、或る奴隷商の話と当のガンディアに置かれた魔術師訓練所の繋がりを突き止めると後は楽に事は進んで行く。

 いやそれどころか、知りたくも無い、吐き気を催すような事実すら容易に得る事になったのだ。


 奴隷はその主人によって生活環境に凄まじい差が出るとは聞いていたが、今回突き止めた話は、その中でも一際(ひときわ)特殊な部類と言えるであろう。


「こんな話、お嬢様に伝えられるか!!」


 ルナールの怒鳴り声に頷くのは、副官のフィンチという男である。

 荷駄隊長で、あれこれと兵士への面倒見は良い。

 彼は軍人向きではなく、軍役など()うの昔に終えて居るであろうに、金が必要という事で五十を廻ってから志願して荷駄隊の隊長を務める程、長く軍に在籍していた。


「しかし、何故『精錬』についてお嬢様の判断が必要なので!?」

 首をかしげるフィンチを見てルナールは失敗した事に気付いた。

 スーラの中に軍師が居る事など、秘中の秘なのだ。 

 慌てて誤魔化す。


「お嬢様の友達で行方知れずになった者が実はハーフエルフだったらしい、という話はしたよな?」

「はい」

「その者が精錬が得意らしい。

 ならばエルフの奴隷について特徴を確認しなくちゃならん。 

 だが、こうなった以上は話せないさ。誤魔化すよ」 

 成功したかどうかは自信はないものの、その言葉でフィンチに納得して貰う。


 手に入れた情報とは、ルナールの思考を整理させない程に不快な内容だったのだ。


 此処数十年でシナンガルには魔法士が数多く誕生している。

 能力としてはフェリシアの魔術師には及ぶべくも無いが、増加スピードは異常な程だ。

 (かつ)てフェリシアではシナンガル側によってラボリナからの魔法具の盗難や強奪はないか調査を行った事もあるが、そのような事実は見つけられなかった。


 それも当然で有る。

 新しく現れる魔法士達は、全てがハーフエルフか或いはその末裔だったのである。

 それがトガから拉致された子供達と「どう繋がるか」は説明の必要もないだろう。


 過去には女性のエルフに直接子を成させていたようだが、それでは効率が悪いと言う事で女性の身の安全を保証する代わりに現在では男性エルフに『種馬』をやらせている。

 軍がそれを全て仕切っており、その中心にいるのは例の有力議員達であった。

 要は、ワン・ピンに尋ねればすぐに分かった事であったのだ。


 多分に『軍師』はルナールに自分の目と耳で事実の確認をさせたかったのであろう。

 何を目的としているのかは分からないが、これは間違っていないと思う。


 ともあれ、首都に連絡してエルフを数人借り受ける事にする。


 エルフ達は男女に分けられ、それぞれ郊外の住宅で集団生活をしていた。

 互いの居場所は知らないようだが、月に一度は互いの安全を確認し合う機会を持つ事が許されているという。

 案内人から女性陣のエルフも見るのかと問われたが、ルナールにはその勇気は無かった。

 一応、今後の事だけは考えて屋敷の前まで案内された後、気が変わった振りをして視察を取りやめた。

 閉じ込められている場所が分かればよいのだ。


 男性エルフの住居には昼過ぎから数名の女奴隷が引き立てられてきていた。

 これから『種付け』と言う訳だ。

 一通り、事が済むまでは待つ事になる。


 エルフ達は男性と言えども流石と言うべきか皆、美形揃いであった。

 生まれた自分の子供を連れて逃げ出す女奴隷が後を絶たないと言う話も頷ける。

 直ぐに捕まるというのに哀れなものだ。


 エルフ達が揃うとルナールは早速本題に入った。

「『精錬』が出来るか?」そう尋ねると、

「ガキなら幾らでも『生成』してるだろ」

 と全員が下卑た笑い声で答える。


 顔立ちに似合わぬ言葉遣いであるが堂に入っている。


 生き延びるために身に付けた技術なのか素の性格なのかは計りかねたが、多分前者であろう。 


 軟禁とは言っても生活環境はかなり上質に保たれており、待遇は良い。

 彼らは自分たちの同族を守る為に落ちる所まで落ちた。

 ならば悪党でも気取るしかないのだ。


 哀れに思うが、つけあがらせる訳にもいかない。


「下らん事を言っていると女を一人殺すぞ!」

 凄んだルナールの言葉に男達は黙り込んだが、それも一瞬の事でしかなかった。

「あいつらに手を出した時点で、俺たちも全員死ぬよ。 

 あんたのプライドを満足させるために今後魔術師が生まれにくくなるとなれば、フェリシアも大喜びだろうさ」

 そう言った男は口調と裏腹に目は笑って居ない。

『この屑が!』と瞳が語っていた。


 場が硬直する。 

 ルナールも一応は議員の子として育てられた。

 実質の処の貴族階級である。

 結局は本当に虐げられた者の気持ちなど分かってはいなかったのだ。

 馬鹿な事に相手を怒らせただけである。


「ルナール様が折れるべきですな」


 睨み合う双方にフィンチが助け船を出した。

 確かに膠着(こうちゃく)していては話にならない。

 だが、ルナールは一応尋ねる形を取る。

「何故だ?」

 ルナールの問いにフィンチは顔を動かさず、目線をエルフ達の首元に向けた。


「『精錬』をやらせるなら、あの首輪を外さなくてはなりません。

 その時彼らが攻撃魔法を使ったらどうなされますか?」


 なるほど、ルナールも実際の処エルフの血を引いていると思われる。

 多少の魔力はあり通信に特化しているが、弱い攻撃魔法相手ぐらいなら対抗力場を生み出す事も出来る。

 しかし、彼らは純粋なエルフだ。

 彼らの攻撃力の前にルナールの対抗力場など紙も同然だろう。

 護衛の魔術師に彼らを取り囲ませて作業をさせても良いが、その為『気が散って仕事にならない』と言われればそれまでなのだ。


 何より奴隷制度の廃止と、その再建を防ぐ事がルナールの最終目標である。

 今、彼の真意を知られる訳にはいかないにしても、当の奴隷を味方に付けずしてどうするというのか。

 ルナールとて別段、彼らの態度に腹を立てていた訳ではない。

 フィンチの申し出は有り難かった。


「そうだな。俺が悪かった。 

『仲間に手を出す』などと言われて腹を立てん方がおかしい」


 あっさりと詫びるルナールの姿にエルフ達が戸惑うのがはっきりと感じられた。


 先程のリーダー格とおぼしき男がルナールを値踏みするように問い掛けてくる。

「演技にしても、よくそんなにあっさりと謝る事が出来るもんだな。

 それほど重要な事なのか、その『精錬』って奴は?」

「『精錬』を知らないのか?」

 ルナールはやや気落ちしたが、相手の言葉を聴けば当然であることがわかる。


「俺たちは十才かそこいらで此処に連れてこられて、魔法のマの字も知りゃしないんだぜ。炎を出せるかどうかも怪しい。 

 尤も、この首輪さえなければ自然に身についた能力が動き出すかも知れないな」

 リーダーの男に続けて別の男はこう言う。

「日頃の得手不得手がそのまま魔法に繋がるかもしれないが、そこも分からん」


 テーブルを挟んで会話を進めていたルナールとエルフ達であったが、次第に魔法談義に熱が入っていく。

 フィンチは端からそれを見て、議員階級者と奴隷の会話にはとても見えないと呆れつつ不思議な可笑しみをも感じていた。




今回、短めになった理由は二つ。

一つは、大きな病院への通院のため時間が取れなかったことです。

あと一つは……、

怒られそうですが、イラストを描いてしまいました。

スーラのアホさ加減が中々に気に入ってしまったので桜田より先に描いてしまいました。

第71話「カグラ・トラベルガイド?」の途中あたりに投下してあります。

もう少し、アホっぽく描ければ良かったのですが姪に会って遊んできた直後でしたので、まともな表情の子になってしまいました。


サブタイトルは、久美沙織さんの「真珠たち」からです。

名作ですが絶版なのか中々手に入りません。 

中古品を手に入れるしかないようでして、この件に関してはorzな気分です

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