72:戦国係員
ルースの今回の旅の最終的な目的地は、ラキオシア本島南部に位置する『首都リンデ』である。
巧はオベルンにルースの世話についての諸々の事を頼んだ後は、此処でルースと別れて急ぎシエネに戻らなくてはならない。
そろそろ、シナンガル軍が動き始める時期であると考えられるのだ。
シエネ辺りでは未だ冬の寒さも厳しく、爬虫類である翼飛竜による軍事行動は難しいと考えて問題無いであろうが、春に向けて南部の魔獣の動きまで活発化された所に挟み撃ちではたまらない。
準備は早いに限る。
ルースの手腕で前線基地の土地の確保が上手くいかなくては援護体勢についての話し合いも始まらない。
バルコヌス半島独立計画はそこからやっと動き出すのだ。
その後、状況は少々変わる事になるが其処はひとまず置いて、巧とルースが港町ポルトに辿り着くその前に、五百二十年以上遡ってのリンデで何が起きていたのか見てみよう。
また、ついでと言っては何であるが、ある人物の半生についても。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当時、リンデの街は出来上がったばかりであり、その町並みは彼らの『故郷』のある地域を意識して作られていた。
勿論、そこに最初に住み着いた『係員』と呼ばれる人々も、その歴史的なイメージを崩さぬよう強く躾けられてこの地に住む事を認められている。
彼らにはそれぞれに本名は別にあるが、係員名という別名を名乗っていた為、此処から先の会話は互いにそれで通している。
この地にやって来て日も浅く、本名を知るほど親しい間柄でない者も幾分混ざっている事も理由の一つに挙げられる。
その日、その場所では今後の当該地区の命運を決める会議が開かれていた。
場所はかなり大きな農村の瓦葺き平屋、巧達の国でいうと『庄屋様のお屋敷』という風情そのものである。
その中央、二十畳敷きの居間に後世『ラキオシア』と呼ばれる地区の責任者が集まり会合を開いていた。
人数は三十人。箱形に座席を置き胡座を掻いて座る。
全員が巧の国の封建時代の行政官によく似た格好をしており、作法もそれに合わせているのだ。
わずかに違う点として、巧の国では『袴』と呼ばれたズボン部分が、実にスマートに出来ており、様々な動きを阻害しないように出来ていることだ。
特徴的に大きく垂れ下がった袖口も、戦闘時には肩、肘、袖口と巻き上げて、ダッフルコートの留め具と同じトグルと呼ばれる木の棒で緩やかに腕に巻き付けるように出来ており、見た目の美しさと機能性をまとめ上げて実に上手く作られていた。
それ以外に髪型の違いも大きい。
巧の母国の過去のように『髷』を結う事はせず、全員が普通の地球人と見分けの付かぬ髪型であった。
また、その服装ながらエルフが数名混ざっている点も奇妙な光景と言える。
柿の木があり、蓮華の花の咲く池を持つ庭から東には、同じく青い瓦を葺いた天守閣を持つ『城』が建っているのがよく見える。
本来の議事場も其処に有るが、現在は他の係員が情報処理に追われ右往左往しているため重要な会議には向かない、と少し離れた此の屋敷に議事の場を移したのである。
この頃、この国には未だに名はなかった。
正式名称を名付ける前に『異変』が起きたためである。
一応セントレアから、『南西諸島管理区』と呼称を与えられている。
連絡時用の仮称であったが、暫くはこの名で通す事にするしかない。
現在は、名称に拘る処の事態ではないのだ。
「では、『佐々木小次郎』君、纏めた所まででよいので報告を頼む」
地区主任の織田がそう言うと、胡座を掻いて座っていた佐々木と呼ばれた若い係員は、正面の文台の上にあった書類を取り上げ、一礼して立ち上がった。
文台とは、胡座を掻くか正座をした時に丁度良い高さになるように拵えられたテーブルの事であるが、大きさは差程の物では無く、大きな物でも幅六十センチ、奥行きは四十センチ、高さが二十センチを越えるものは希である。
使用者に合わせて作られ、漆で表面が加工されている。
実用品にして芸術品と言えるが、その上には今は実に無粋な事に何らかの機械が載っていた。
有機EL系の投射機器によって画像を空中表示できる立体表示可能な携帯用のコンピュータの類であろう。
彼がスイッチを入れると、機器から画像が飛び出し空中に現れる。
全員のほぼ中央に、この大陸の地図が現れる。
どの方向から見てもズレは生まれて居らず、かなり高度な映像投影技術であることが伺えた。
佐々木は、若者にありがちな焦りのある声で報告を始める。
「救命艇は全部で十一機降りる事に成功したようです。
――が四機、後は七機が――側と思われます」
「回収地点、若しくは救難地点は地図上のポイントで良いとして、何処にどの勢力が降りたか分かるように表示してくれないかね?」
織田の隣にいた羽柴がそういうと、佐々木は慌てて眼鏡を掛ける。
空中に彼にだけ見えて居るであろうキーボードを操作すると、青と黄色で救命艇の降下地点が示された。
「今回突入した全救命艇の降下ルートを」
羽柴が注文を続けると、数百の点滅が上空から地上に降りてくるルート、スピードがそれぞれに表された。
暫く全員それに見入っていたが、伊達保安係長が残念そうな声で呟く。
「やはり、相互に相手を燃焼角度に追い込もうとしていますね。
それで実際に燃焼したのがあの流星群という訳ですか」
声に応えて全員が頷いた。
昨夜カグラの人々が夜空に認めた美しい流星群は、全て救命艇であった。
大気圏降下角度を狂わされて急角度で降下に入ったため大気による断熱圧縮と摩擦熱により殆どの救命艇が燃え尽き、人命を材料にすることになった非道ながらも美しい天体ショーが展開されたのだ。
伊達の言葉は昨夜、数百万の命が失われた事を嘆くだけではない。
今後起きるであろう、戦乱と虐殺に心を痛めている。
勿論、彼らとてその被害者、或いは加害者になりかねないのだ。
「電力はどうなっているかね?」
その後の伊達からの質問に対する佐々木の答えも芳しくない。
「バードからの補充は最早見込めません。
各機体からの電池も回収済みですが節約しても十年が限界ですね。
その間に、紙やインク、衣類、金属加工などの工作機械を揃えるのが最優先課題だと私は考えます。
後は、陶器用の窯ですね。医薬品の製造保存に必要です。何より生活必需品にもなりますので」
「化石燃料は見つかっていないのかな? 或いは調査に当たるとか?」
誰かがそう言ったが、そのような賭けに貴重な電力を使えないと却下された。
実際、文台の上のコンピュータの電源も既に切られており、各自が紙の書類に目を通している。
こちらのコピーにも電力が使われたであろう以上、どちらが効率的なのか分からないが。
「兎も角、生活に関して一年、二年での破綻はない。
その間に、体勢を整えなくてはならない」
織田がそう言うと全員が頷く。
「しかし、『フェアリー』が消えたのはやむを得ないとして、『セム』は?
あれが復活すれば、電力は何とかなるのでは?」
吉田という係員が疑問を口にすると、織田がかなり強い口調で語りかけた。
「セムは、今、リセットされている。こちらでも確認した。
あの衝撃に良く耐えたものだ。
復旧した場合は『補給地区』に生活地区の――を含むカスタマーがなだれ込むのを防ぐための活動が最優先になるだろう」
そこまで言って全員を見渡すと、納得して欲しいという意味を込めて言葉を続ける。
「というより、そうして貰わないと、この地にいる全員死ぬぞ。
今、セントレアの係員を疑って内紛を起こすような真似は止してくれたまえ。
会社も消滅した可能性が高い以上、セントレアは元より私ですら君たちの上に立つ法的根拠も実に怪しい。
互いの信頼でしかこの難局は乗り切れない。頼む!」
『本社消滅の可能性』
その一言が彼らに事態の深刻さを実感させる。
誰もが目を伏せる中、織田の言葉は更に続く。
「セントレアは、穀倉地帯、食糧生産工場を守る事で誰も飢えさせない。
これは絶対だと宣言した。
何より、本社からの最終指示は未だに生きている前提で動かなくてはならない。
その上でセントレアは我々には海上からの脅威に対抗して貰いたいという事で、最後の海上高速艇を送り込んでくる。
燃料、武装共に満載だ。
工作機械も希望した品は優先的に廻すそうだ。
まあ、この世界では武装は、知っての通り特殊な形なので機材ではなく『人』だがな」
そういって織田は弱々しく笑った。
「武装隊は、いつまで居てくれるのですか?」
総務課長の吉田の疑問に答えたのは、通信班の毛利であった。
「彼らは永住するとのことです。セントレアからは力のある係員獣人の希望者を募っています。
異変がもしも最悪の結末を示しているならば、我々は『係員』という事で責任を取らされる形で最終的に皆殺しにされるであろう、というのがセントレアの予測ですね。
まあ、何で国家間の事に我々が責任を取らなきゃならんのかは理解不能ですが、集団心理と責任転嫁によってそうなるだろうとの事です」
誰もが毛利の言葉に頷いたが、不満を肯定する頷きではなく後半のパニックについてセントレアが出した結論を認める、それであった。
毛利の言葉に羽柴が付け加える。
「その為、護衛の高速艇は2隻用意したそうだ。セントレアへの脱出を望む者には一隻の使用も認める」
羽柴は言外に『自分は残る』と言った。
船舶に乗り組める数に限界もあるのだろうが、最後は責任感の成せる発言であろう。
「確かに、この地区では今や俺たちが『政府』だ。一部ではパニックは既に起き始めている。
皆殺しにされるかもなぁ」
「連絡が付かないってのが問題なんだよな。バード処かアルテルフすら使えない」
「どちら側にせよ、到達した脱出者達は最終局面がどうなったのか知らないのかな?」
「セントレアから交代で来てる係員はどうするんだ。今後、戻る水上艇は一隻だけだろ?」
「だから彼らも決死隊なんだよ。最悪、此処に骨を埋めるって言ってただろ」
「水上艇もないのにセントレアは穀物搬入をどうすると?」
「帆船の建造を始めるそうです」
「俺たちもそれで行くか?」
「そうだなぁ」
本社の現状、外の情報、何ら得られていない今、早まってもいけないが時間を無駄にする事が死に近付く事になる可能性も高い。
誰もが悩む。
だが、そのような時は若さこそが物事を前へと進める力になる。
「元々、此処はコンセプトが『海洋冒険地区』ですからね。舷側艦は二十隻近くはありますよ。
しかも黒色火薬の製法は認められてますんで、先込め式ですが各艦二十四門の大砲付きです」
佐々木の言葉に全員の顔が僅かにではあるがはっきりと明るくなった。
それぞれの顔を見渡した織田は決意を固めたようである。
「間違っているかも知れない。だが足掻いて、生き延びよう!
此処で死ねば――法の裁判すら受けられないぞ!」
立ち上がって宣言した織田主任の言葉に、全員が強く頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェリシア歴元年から百五十五年まで続いた六ヶ国戦乱に南西諸島は一切参加せず、フェリシアとの交易を行い穏やかに生活を続けていた。
異変が起きた日に生きていた人類種の最初の世代は全て死に絶え、既に九代目に入っており、日々の生活に追われる中で異変を記憶している者も少なくなったが、世は概ね平穏と言えたであろう。
しかし、次第に大陸から戦乱とその後の荒廃を逃れた人々が流入してくると、南西諸島版六ヶ国戦乱と言える状況が始まる。
初期には『委員会』と呼ばれる組織がこの地域の島々の保安、不足分食糧分配などを行っていたのだが、フェリシア王国歴三百十年を過ぎた頃、一部の島々が独立を宣言したのだ。
それ自体は委員会は認めた。
彼らは国防の妨げにならなければ住民の自治を阻害する権利など無いと考えたのだ。
当然ながら食糧や民生品の援助も別段滞る事もなかった。
しかし、事は簡単には収まらなかった。
独立した島の幾つかにおいて階級制度を認める国が増えるようになってきたのだ。
理由はひとつ、大陸から流れ込んできたシナンガル人の影響である。
彼らは環境の保全や労働という行為に対して激しい嫌悪感を示し、貢献される事が当然で有る以上、要求されただけ物資を差し出すように誰彼構わず要求した。
労働とは『大人』即ち、彼らの言う価値観の『立派な人間』の行う行為ではない、と言う事であった。
理解不能な理論であったが、委員会の一部にはこの日が来るであろう事を見越していた者達も存在していた。
『異変』を語り継ぐ人々である。
体勢を守る為、何より『人権問題』となれば話は別であると、直ぐさま戦争状態に入る。
難民シナンガル者を一旦は大陸に送り返す事にしたのだ。
しかし、亡命者が少ない頃はおとなしかったシナンガル人達は数が増えるのをじっと待っていたかのような狡猾さがあった。
彼らは、あまりにも増殖が早い。
また、一部に存在する恐るべき価値観だが自分の子供でも不要と見れば実質的な『奴隷』にしてしまうため、幾らでも子を成しては使い捨てる者が居るのだ。
此処が問題であった。
シナンガルの奴隷制度はフェリシア歴四百二十年頃にいきなり始まったのではなく、このように生活習慣の中に潜んでいたものであったのだろう。
話し合いが可能な人々も決して少なくはない。
しかし、そのような人々は『暴力』で押さえ込まれていることははっきりしている。
シナンガル人は元々が多民族国家であるが、その支配原理が『暴力』ではまともな者程、生きるのが難しい。
結果、ラキオシア本島北部は彼らの本拠地として奪われていった。
人口が爆発的に増えていくと同時に南下の勢いも激しくなる。
ラキオシア本島では北部の山岳地が防衛線となった。
人口が多い割に利己主義的なシナンガル人は連携する事が少なく、防衛は順調であったが、彼が浸透戦術には長けていたことが唯一の問題であった。
樹海を抜けて、或いは海岸線を廻って人気のない地域や島を見つけると潜むように住み着き、気がつくと万を数える人口に膨れあがっているのだ。
中部から南部に掛けては、委員会の末裔達である『サムライ』が古くからの生活を守り、せめて独立した南部諸島の生活だけでも守ろうとしたのだが、時代は流れ過ぎていた。
諸島南方の独立離島も混乱は更に加速していく。
こちらもサムライ的な気質の者とシナンガル人気質の者達の対立、更に問題なのはその両方何れをも自分たちの下層と見る人々であった。
凄まじい混乱は、肌の色、生活習慣、その他様々な事柄が島々という閉鎖空間によって加速されたものであったのだ。
人種差別、民族差別という嘗ての『故郷』では千年も前に消え去った概念が息を吹き返していた。
これがフェリシア歴三百四十年頃の事である。
サムライを中心とした『委員会クラン』は共和制を敷いていたが、これが全てにおいて後手に回る結果となっていた。
過去のフェリシアからの援助、積み重ねた航海術と武装、魔法力の高い獣人との共生、磨き上げられた戦闘術など有利な側面はいくらでも有ったのだが『全体の調和と保全』という委員会の使命が足かせとなり、日に日に領土は削られ委員会は常に討議紛糾で終わるだけの無益な日々を繰り返していた。
そんな時期にエリックは生まれた。
フェリシア歴四百九十年、委員会歴同じく四百九十年、そしてシナンガル歴、何故か千三百三十五年とされていた年のことである。
北部山岳地の河川水源を巡る争いが激しさを増し、此処を奪われればサムライ・テリトリーは一気に本島の南東部一地区まで追い詰められる事となる種族の命運を賭けた闘いが始まっていたが、良くも悪くも首都は千キロ以上離れた北部の危機を身近に感じられずにいることができた。
エリックが最初に剣の修行をさせられたのは十歳の頃である。
普通の家では八歳から始めるのでかなり遅かった。
実際その前から子供同士の遊びで手作りの木剣を振り回しては居たのだが、子供の遊びの範疇を出る事はなかった。
何より彼は対戦に弱かった。
技能はあるのだが相手を打つ事が出来ないのだ。
逃げたり避けたりしている内に相手がへばってくれるならば良いが、連続で挑み掛かられると最後は一発貰っていつも痛い思いをしていた。
七つの頃、いつもの様に他の子供達と剣士ごっこをして遊んでいた処を野犬に襲われた。
少々、森に近付きすぎたのだ。
誰もが逃げ惑い、一人の子が転んだ所に野犬の牙が迫る。
子供の打撃では相手を怒らせるだけである。
たかが犬とは言っても、野生の中で生きている以上は猛獣に近い。
誰もが身をすくめた。あの子は助からない、と。
だが、エリックだけは違った。
飛び上がると柄尻に掌をあて、全ての体重を其処に掛けた。
殆ど真上から野犬の首を真上から突き落とす形になる。
木剣とは言えこれは効いたのだろう。
『キャン!』と一声上げると野犬は逃げ出した。
野犬が逃げ去る方向を見据えエリックは転んだ子の前に立って、肘と膝を僅かに曲げ野犬の次の動きに備えると剣を水平に構えていた。
立ち方は、三戦と呼ばれる攻防一体の型である。
突きは方は、空手で言う処の『剛柔拳』と呼ばれ、『全ての体重を拳に』、この場合、切っ先に乗せる一撃必殺の構えであった。
万が一次の攻撃があった場合、相手の一瞬の隙を逃さずに口の中に剣を突き込む覚悟であったのだ。
それに気付く子供など誰一人居ようも無かったのだが。
野犬が逃げ出すと、その日エリックは一躍ヒーローになったが、剣士ごっこでは相変わらず勝てなかった。
やがて八歳になった。つまり子供達は本格的に師について、剣を習う事になる。
楽しい遊びの時期は終わるのだ。
子供の剣の師は大抵が兵士を引退した老人であった。
小遣い稼ぎと、社会貢献を一緒に行う訳である。
委員会から許可を得て道場を開く者も少なくはない。
少年期をこうして過ごす『委員会クラン』の人々は別名『サムライ』と呼ばれるだけあって農民であろうが、商人であろうが最低限の弓と剣の腕は持っている訳である。
弓を持たず剣を持たない『委員会クラン』の民など存在しないと云って良い。
本来、彼らの先祖は他者に対して武力に訴えた行動を取るつもりなど無かった。
だが、この世界はそれを許さなかったのだ。
さて、エリックの家は先祖代々から委員会の『係員』の家柄である。
この氏族の政治組織は二重であり『委員会』という名称ではあるが選挙による選出の議会の上に『係員室』と云う上部組織が存在する。
また、係員には係員名というものがありエリックの本名はエルコーゼ・オベルンであるが、父親は委員会では『ササキ』を名乗る。
『ササキ』は家長のみが許された『名乗り』である。
名家という訳で、師には不自由しないであろうと思われるが、実はオベルン家は貧乏人の子だくさんであった。
エリックは五男坊の末っ子である。
母は女の子が一人くらいいれば華やかだったのにと嘆いたが、こればかりは仕方ない。
ただ、エリックは料理好きであり、よく母親の手伝いをした
女中を余り雇えないため、彼は母親に重宝され益々剣の道から遠ざかっていく。
剣より包丁さばきが上手い少年に育ったが、彼はそれを気にする風でもなかった。
『係員』の家は贅沢をしない事で知られている。
また、相互に監視しあって利潤活動に国の技術を流用するような事があった場合は制裁が加えられる。
家長になると『城』に置いて様々な責務を負う。
相互選挙によって何らかの役職に就くと云われるが、内容はよく知られていない。
『係員室』には秘密が多いと一般の家庭では認識しているが、彼らは身を律しているため、それに不満を表すものもそうそうには出ないが、近年はその慎重過ぎる姿勢が『選出議会』の紛糾を招いているのだと、不満も聞こえてくるようになってきた。
『係員室』の長である織田家はそれに頭を悩ませているという。
織田家はエルフの家系である。
長命であり、幾人もの係員の誕生から老衰を看取ることを繰り返してきている。
長く生きる事から短命な人類種とは考え方も違い、遠くを見据えたものであろうと、誰もが口を噤まざるを得ないのが現状である。
つまり、ある意味では織田家は『独裁官』なのだが、その姿勢は慎ましい。
その織田家からエリックの生活態度に問題があると抗議が来た。
何事にも『黙して語らず』の織田家が、高々十歳の子供をよくぞ監視していたものである。
と言いたい処だが、要は係員は特に『サムライ』である事を求められる。
その家の男達は二ヶ月に一度は剣技を競って技能を高めなくてはならないのに、競技会の少年部にエリックの姿が全く見えなければ問題になるのが当然なのだ。
一般の家庭の子ですら競技会を休むことなど滅多にない、となれば尚更である。
オベルン家としては『病弱』と言い訳も出来ない。
毎日、弓を担いで狩りに、竿を担いで釣りへと走り回るのをあちこちで見られているからである。
本人が誰彼構わず、にこやかに挨拶するのが好きなので皆が知っているのも当然とも言える。
何にせよ、そう云った訳で彼に剣を教えるのは兄たちの仕事になったのだが、やはり彼はどうしても木剣で人を打てないのだ。
「何故、攻撃をしないのか?」
と兄たちが訊くと、エリックは人を傷つけるのは良くない事だと言う。
「そんな事は誰でも知っている」
次兄と三兄はかなり腹を立てたが、長兄と小兄(四男)は、この子らしいと笑った。
唯、長兄は笑った後、
「お前が傷つけば、此処に居る皆悲しい。
酷い話だが、他人が死んでも此処に居る誰も泣かないが、お前が死んだら兄ちゃん達の一人くらいは悲しんで後を追うかも知れないぞ」
と少し脅すように言ったのだ。
そう言われるとエリックとしては返す言葉もない。
戦乱の世の中なのだ、と次兄に戒められ、三兄には小兄が危険な時に守ってやる気はないのか、と遠回しにではあるが責められた。
兄弟仲が良かったのは幸運な事ではあったろう。
係員の家柄と云えど、常に人格者ばかり育つとは限らないのだ。
実際、オベルン家の三兄ですら少々気の短い所があってケンカ沙汰も多かった。
後に、その事が原因で町中で命を落とす事になる。
そしてエリックも戦場に出た十六の時には遂に人を殺すことになるのだが、常に人を殺さずに済む方法はないものかと悩み続けていた少年であった。
彼は剣技だけなら初めて木剣を握った五歳の時に、既に十年修行した人間と同じ能力を身につけていた。
身を守るだけなら大抵の相手は殺さずに無力化することが出来た。
それ故にこそ、刃物を人に向ける事を嫌った。
見抜いているものも少なからず居たが、彼の剣筋はあまりにも特殊すぎて どの様に育てて良いものか誰にも判断が付かなかったのだ
結局彼は師を持たずにその技能を磨き上げて行く事になる。
サブタイトルは半村良の名作「戦国自衛隊」ですね。
何故か、半村先生には申し訳ない気分です。
イラスト挑戦し始めました。
最初は、カレシュ・アミアンですね。
第63部、第62話「ちゃんと竜騎士」の最後にくっつけときました。
エライ下手くそなので、イメージ崩れたら忘れちゃって下さいね。
しかし、次は桜田に挑戦してみようかな、っと思ってます。




