71:★カグラ・トラベルガイド?
久々に「ふざけました」が時々そういう事しないと、どうにもテンションが持続できないものなのです。
すいません。
中盤のルナール君とお嬢様の会話の意味が分からない人は飛ばしても問題有りません。
まあ、よくやる©ネタですので。
『氷点下の刃』という二つ名でいつの間に呼ばれるようになったのか、マークス・アダマンは覚えては居ない。
多分、ワン・ピンに見出され、その下で簡単な見解を述べる内に少しずつ積み重なってきた評価が彼にその名を植付けたのであろうが、彼自身は自分を取るに足らない平凡な男であるとしか思っていない。
彼の父は共和国の千人長という立場までは上り詰めたものの、二十年前に起きた綿花栽培地帯での奴隷反乱で戦死した。
アダマンが奴隷の『分割統治』を提唱する切っ掛けになった事件である。
話を聞くに馬鹿げた突出攻勢だったと彼は判断したが、周りはそうは取らなかったようである。
『思い上がった奴隷どもに共和国騎士の恐ろしさを見せつけ、反乱を平定する礎になった』と高く評価する人の耐えぬ事、頻りであった。
『必要な制圧だったと言うが、奴隷を酷使した挙げ句に綿花地帯は放棄され、現在は砂漠として使い物にならぬ土地になっているだけではないか。
誰か理由を説明してみろ』
とでも言いたいものであるが、其れを口にした処で何が変わる訳でも無し、自分の立場が悪くなるだけである。
アダマンは其の程度の計算は出来るし、そのように計算して時流に乗る自分を別段嫌っても居ない。
かといって誇れる訳でも無い。
要は流されるだけの男。それが彼が自分自身に下している評価である。
だが間に合うならば、また必要ならば言葉を使う事も行動を躊躇う事も感じない。
真実を見る力のある者に低い評価をされる事だけは御免なのである。
それが彼の行動原理だ。
ルナール・バフェットという青年は、物事を正当に評価する力量がある。
彼は若くとも能力のある男だ。
武人とは云えども自分より長く生きる可能性が高い。
その男に自分の死後において笑いものになるのは御免被りたいものだ。
死者を貶める男でもあるまいが、評価を甘くする男でもないであろう。
今年で四十になるかどうかという年齢ながら、アダマンの精神は既に老齢に入っている。
子を成さぬままに妻に先立たれ後妻を迎えても居ない。
何事も面倒でしょうがないのだ。
他人の過大評価がどうにも背に重い上に、『あれ』を見て以来、この世界の『意味』が理解できなくなってしまった。
久々の休みを使って、彼は首都の西側にあるロプ湖の北側の別荘に来て居た。
一月の寒さの中、湖は凍り付き寒さは厳しいが、その分、空気は清浄である。
西海からの風はこの時期は北からの風に押され、汚染された西岸の空気を全く運んでこない。
夏場でもこの地なら汚染を避ける事は可能だが、湖の南部に僅かに広がる鉱毒は百年を待たずしてこの湖を死の湖畔に変えてしまうであろう。
だが、彼が生きている間は問題無い。
ルナールが南部で手に入れた『鳥』の欠片が研究材料として上手く使われるならば、量から質への方向転換も上手く行くであろう。
ならばこの汚染も収まる可能性は高い。
しかし現在の処その『質』の向上のための知識も資料もないとなれば、やはりフェリシア、いやセントレアを陥落させるのは避けては通れない道ではある。
軍人にならずに済んで良かった、とつくづく思う。
ワン家もそうだが、議員の多くはある重要な点に気付いていない。
と云うよりは、『その可能性』を認めたくないのであろう。
アダマンとしては、彼らが『それ』に本当に気付いていない程の馬鹿の集団だったとしても驚かないし、余計な事を喋って仕事を増やすのも御免である。
従順な羊でいよう。
彼らと違ってアダマンは『此処』の生活に今の処は何の不満もない。
それにしても、
「ルナール君。 君は真実に耐えられるかね?」
独り言と共に思わず笑みがこぼれる。
暖炉の炎は彼の顔を紅く照らし上げ、見る者によっては細身の魔王を思わせた。
ソファに深く身を埋め、足を組み上げる優雅な姿も堂に入っている為であろう。
自分一人が困惑の中にいるのは不公平だ。
問題の解決は能力の高い男に肩代わりして貰おうではないか。スーラお嬢様も彼を気に入られたようではある。
さっさとワン家のお守りからは開放されて、この騒動を出来る限り正確に歴史書として纏めたいと言うのが彼の願いである。
ルナールならワン家の女を物にする事で、この馬鹿げた事態に一石を投じてくれるやも知れぬ、との期待も大きい。
ワン家の懐刀、シナンガル随一の切れ者と呼び名も高い『マークス・アダマン』
而してその正体は……、歴史家希望の『能力有る怠け者』であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、アダマンがくつろぐ中、ルナール『君』は最初の困惑状態にあった。
「さて、でわ、いきましょうか!」
日記帳を開きながら間違った言葉遣いで元気よく彼に発破を掛けるのは、誰なのであろうか?
軍師に旅の支度をするよう命じられ、数日後、別館を訪れたルナールであったが別館の侍女頭は、
「では、お嬢様を宜しくお願いします」と言っただけであった。
百二十名の護衛と荷駄を引き連れて旅に出る。
此処までは問題は無い。
途中、逃亡奴隷や納税が不可能になった逃散自由民、或いは土地を鉱毒で荒らされて政府に牙をむき始めた匪賊・山賊の類を警戒しなくてはならないからだ。
また、西端部においては水の調達には人手も必要だ。
野営時には水質の良い泉を確保しなくてはならないからである。
だが、共に旅に出るのは『軍師』である筈で、見た事もない『お嬢様』とやらでは無かった筈である。
路上に護衛を整列させ、軍師の馬車を迎えに門を潜る。
馬車は既に用意されていたが軍師の姿はなく、代わりに一人の童女が侍女達を従えて立っていた。
「詳しい話は、馬車の中でお嬢様からお聞き下さい」
侍女頭がそう言うと、侍女二人を残して他の二十名以上の侍女達は正面玄関に吸い込まれるように姿を消す。
何やら厄介払いでもするかのように……。
暫し呆然としていたルナールだが、取り敢えず声を掛けてみる事にした。
だが何と言えばいいのやらとルナールが迷っていると『お嬢様』が先の台詞を発したのである。
『お嬢様』の年齢は十にはなっていないであろうか。
黒髪のおかっぱ頭を片方だけ髪飾りで止めて、如何にも童女の風情である。
服装も議員の娘だけあってかなりの高級な生地を使ったものであるが、デザインはラキオシアの物であろうか。
『キモノ』と呼ばれている腰に大きな布製のベルトが特徴的な胸元で襟を合わせる服装である。
首をかしげてルナールを見上げるその姿は、まさしく世間を知らぬ高貴な家柄の子、そのものと言えた。
「いえ、『行きましょうか』と言われましてもですね、お嬢様。
我々は初対面でもありますし、いきなり馬車に同乗というのもどうかと思いますが?」
議員が長旅で使用する馬車は、普通の馬車では無い。
六頭立てで、内部にベッドまで設えた特注品である。
そのような密室に十歳前後とは云え、一人娘を知らぬ男と二人切りで同乗させるとは、「ワン・ピンは何を考えているのだ?」
ルナールはどうすべきか悩んで二人のお付きをに助けを求めるのだが、彼女達も悲しそうに頭を振るばかりである。
そうしている内に、『お嬢様』はひとつだけ手に持っていた小さな鞄から、ルナールに覚えがある品を取り出したのだ。
フードとマスクである。
それを身に纏うと、途端そこには先日の『軍師』が現れたのだ。
彼は危うく叫び声を上げる所であった。
確かに、「軍師は実は『幼い』のではないか」と一瞬思った事もあった。
が、そのような事は有ろう筈も無い、と思考の枠から切り離していた事であったからだ。
フードとマスクを身につけた『お嬢様』はいきなり大声で叫んだ。
『生存戦略~!』
あっけにとられるルナールだが、取り敢えず質問する。
「どういう意味ですか?」
「いや、なんかね。 このかっこうをすると、これ、いわないといけないきがする」
「止めましょう!」
何か恐ろしい気がして彼女を説得する。
しかし、お嬢様は再び錯乱した。
「きっと! なにものにもなれない、おm」
「わああああ~~~~~~~~!!」
何故かその先は更に言わせてはいけない気がしてルナールは必死で止める。
ついでに彼女からフードとマスクを引っぺがした。
素顔が現れると、お嬢様は困ったような声でルナールに問い掛けてくる。
「だめですか?」
「駄目ですよ!」
「どうしてですか?」
「どうしてもです!」
「ばしゃのなかでならどうですか?」
「外に声を漏らさないよう願います」
お互いに自分の言葉の意味が分からない交渉から二人の旅は始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スーラがおかしくなったのは、昨年の六月頃であったという。
首都の屋敷から別館に御先祖様のコレクションを見に行った日を境に、その場を動かなくなってしまった。
屋敷に連れ戻しても、どうしても別館に戻ってしまう。
別館に護衛と侍女を着けて本人が飽きるまで、と滞在させる事にしたのだが、勉強嫌いで自分から文字を書くのも嫌がっていた彼女が、夜になると何やら書き始める。
それはワン家の中でも家長にのみ代々伝えられている事実や、場合によってはそれ以上の事まで書き記し、翌日には屋敷に手紙として送りつけてくるのだ。
軍事的な戦略、戦術まで事細かに書かれており、十歳に届かぬ子供の物とは思えぬ筆跡でもあったため、かなりの数の侍女達がワンの私兵に取り調べを受ける事態にまでなるが、結局、夜になるとベッドから起き出して書を認める彼女を直接目にしたワン・ピンは侍女達への追求を止める事になる。
ワンはこのような手紙が万が一にでも他人の手に渡る事を恐れ、スーラが話があるという際には自分から別館に足を運ぶようになった。
しかし、それも度が過ぎると流石に不味いと判断したのか、現在ではアダマンが伝言役を仰せつかっている。
勿論、当初アダマンとしては意味不明な言葉も多かった。だが、現在に至ってはスーラの言葉の持つ意味を大凡においてだが掴んでいる。
その為、男子の居ないピンはアダマンにスーラを嫁がせる事に決めたようである。
ワン・ピンにとって、ある程度の秘密を知るアダマンは今や部下と言うよりも、『同士』に近いという意識もその決定を後押しした。
しかしアダマンは其れを辞して、代わりにルナールを宛がうように進言したのである。
アダマンの父が死んだ時かなりの借金があり、それを肩代わりする代わりに彼はワン家に使えた。
それから二十年。もう充分借りは返したと云うのがアダマンの本音である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それは兎も角、ルナールは出発から手間取った。
馬車には御者さえ就いていなかったため、ルナールは兵の中から御者を選び自分は騎馬で行く事にする。
自分が騎乗するのは、もとからの予定であったので問題は無い。
お付きの侍女達の馬車も有るが其方は空にして置き、お嬢様と同乗して貰う。
話し相手も必要だろう。
侍女達の馬車も空間に余裕があるため、多めに買い込んだ旅の荷を積み込む。
また、いざという時に『お嬢様』をそちらに移して脱出用に使うことにもした。
しかし、必要に応じては、どうしても彼女と座席内で話をしなくてはならない。
それも、二人切りで、だ。
侍女達に会話を一言でも聞かれる訳にはいかないであろう。
お嬢様が演技をしているのか、それとも軍師が別にいるのか見極めなくてはいけない。
この点、スーラの変化を初めて見たワンと同じ苦労をする羽目になったわけだ。
前途多難である。
「お嬢様、先程からごらんになっているそれは何でしょうか?」
最初に同席してルナールが気に留めたのは出発時から彼女が開いたままの日記帳のような物である。
「わらわない?」
彼女は舌っ足らずながらも眉根に皺を寄せて真剣な表情で聞いてくる。
ルナールが“勿論”と答えると、
「『ようせい』さんがね、夜になるとわたしにのりうつるの。
それで、これを書いて、この通りに『こうどう』しなさいって、いうの」
かなり真剣な表情である。大人を騙す程の知恵を持っているとも思えない。
「もし差し支えなければ、拝見しても宜しいでしょうか?」
「ようせいさんがね。ルナールにならみせて良いよ、ってかいてある」
「それならば、是非」
そう言って受け取ろうとすると、彼女はその日記を背に廻した。
「どうなさいました?」
「『じょーけん』があるんだって」
「どの様な?」
「う~んとね。ここ!」
そう言って中程のページを開く。
『スーラを守る事』
大人が書いたにしても見事な文字であろう。
声に出して読んで、当然の事だと言うと彼女は首を横に振った。
「もっと下なの!」
「下?」
ページのずっと下に、どう見ても子供の筆跡で『すらーと、けこーんすること』と書かれていた。
「……」
思わず脳天にチョップを喰らわしたくなった。
ケコーンと良い音がする程のやつを。
が、ルナールは母親譲りの美貌のため、このような子供からの求婚回数など既に百を越えており、あしらいなど手慣れたものだ。
何よりワン家の一人娘に脳天チョップもあるまい。
“はいはい”と適当に相づちを打つと日記を受け取る事に成功した。
日記の内容によると、どうやら『軍師』は今の処、自分の正体を明かすつもりはないらしい。
しかし、ヒントは出すので自分で考えろと挑戦状を叩き付けてきた。
ルナールはこう云う態度は嫌いではない。乗ってやる事にする。
この旅に『スーラお嬢様』を同行させるのは、彼女が見聞きしたものがそのまま『軍師』の情報になるためである、との事だ。
つまり軍師はお嬢様の中に潜んでいるが、あの屋敷から出ると表面に現れる意識を長く保持できないのだと分かる。
直接にではないが、重要な相談の際には『軍師』が表に現れる事も有り得る事を臭わせた内容があったため全く表に出るのが不可能ではないと判断もできた。
しかし、見事な記載である。
ルナールが知りたい事や、どの様に行動すべきかと云う事について全て先回りして記述されているのだ。
日記は旅の計画表であり指定表であった。
聞きたい事が生じた場合はスーラに伝えておけば、その晩『軍師』によって答えが返ってくると云う仕組みにもなっている。
まず彼らは優秀な魔術師を出来るだけ多く集めなくてはならない。
それも『精錬』を得意とする者だ。
これらは人間の魔術師には、ほぼ居ない。
獣人やエルフの奴隷、或いはその子孫に当たる奴隷を集めなくてはなるまい。
エルフは長命である。
七十年程前にフェリシアのトガという村から十名のエルフが捕らえられ、南に送られたという記録があった。
当時子供であったというなら、未だ元気なものであろう。
まずは南へ向かう。即ち、目指すはバルコヌス半島である。
(9/16:イラスト追加)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェリシアの南部戦線は、柏大尉率いる戦車中隊がハインミュラーの指示に従った動きを見せる事で順調に魔獣の撃破数を増やしていた。
また、航空部隊も地上の三十式警戒偵察車両に最低一人の魔術師を搭乗させる事によって、無線によりその連携を高めることに成功した。
今や魔獣はレーダーやシーカーにでたらめな情報を送り、近接信管まで無効にしてしまう。
(近接信管=目標のある範囲に入るとレーダーによって触れなくとも爆発する信管:米軍により「魔法信管」と呼ばれたこともある)
地球軍が銃砲やミサイルを用いて闘うためには魔術師によって正確な彼我の距離や方位を測るしかない。
しかし逆を言えば、その連携さえ上手くいけば問題無い訳でもあり、現状では竜を圧倒とまでは行かないまでも、油断さえしなければ後れを取る事はなくなって来て居る。
再び、フェリシア-地球連合軍は動き始め、撃破数に反するように被害は微少なものになっていった。
また、アルスが魔力の集約力を高め、一撃の効果範囲の広さなら元々マーシアを凌ほど大きかった力を更に育てた事も戦力の向上になっていた。
アルスはヴェレーネから、『力を絞り打撃点において開放する手法』を伝授されると呆れる程見事に自分のものにしてしまう。
ヴェレーネは、マーシアに対抗させるため彼女の力を押さえることから「コントロールする」方向へ方針変更をした様である。
元々、力の使い方はそれに近かったのだが、意識して使う処までは行っていなかったのだ。
『それ』を使わずにあの威力とは知らなかったと、マーシアも呆れた。
そのマーシアの火炎弾で無闇に森林を焼くよりも、寒冷化させて攻撃地点に誘導する方が森を神聖視するフェリシア人の感性に合っている。
マーシアも分子運動の停止や気化熱現象が使えない訳ではないようだが、マリアンが、
『キャラが被りますんで』
と、訳の分からない事をマーシアに言わせて其方の能力を使わせたがらない。
彼女はアルスの寒波に追い立てられてきた魔獣にとどめを刺すのがもっぱらの仕事になっていた。
意外とこの二人は良いコンビかも知れない、と安心して巧はルースと共にポルトに向かう事になった。
目指すは海路。ノーゾド、そしてガーインの両氏族である。
「なんで、その半島なんだ?」
ルースの質問に巧はハンドルを握りながら簡潔に答えた。
「いずれ隣の国になるんだから、仲良くしときたいですよね?」
「国交を結ぶって訳か? まさか、それだけじゃないだろ?」
「まあ、早い話が前線基地造りですよ」
プライカまでは魔方陣で跳ばして貰ったのだが、そこから先は巧も知らぬ土地なのでLAV(軽装甲機動車)で地形を確認しながら行く事にした。
この辺りは、既に三十式が五~六度通っており、簡易のナビゲーションロードマップも出来上がっている。二人旅でも迷う心配はない。
本来ならネロかトレに護衛に付いて欲しかったのだが、今彼らの探知力は旅団の生命線であり、そう簡単に抜けられるものでは無い。
何よりこれから巧が行う作戦は『予防的防衛行動』と言って、軍人が戦線を拡大したい時に使う『言い訳』の常套手段である。
これ以上、一般兵に余計な負担が掛かることだけでも避けたかった。
本来は高々、准尉程度の人間が勝手に行って良い行動ではない。
いや例え政府が行うにしても、きちんと法律を制定した上で国際社会の承認を受けて行わなければ、国を滅ぼしかねない行為なのだ。
この世界を本国が『バーチャル』と見なした事、フェリシア王宮からの要請、大佐からの許可など様々な要因で総司令官の下瀬に『黙認』して貰っている状態である。
下瀬はある意味、社会的に命を捨てたと言っても過言ではないであろう。
本部に座っているだけであるが、あれこそ戦場における武士の理想型である、
『死人』かも知れない、と巧は思う。
こうしてLAVを一台持ち出すだけでも、あるいは巧が小隊を副長に預けて行動しているだけでも大きな問題である。
表向きは『二兵研所属者の行動』として軍全体に問題が及ばぬようには気を遣ったが、それもどこまで通用するか。
全く持って『相互信頼』だけが、この世界の行動規範になっている。
しかし此処まで来れば最早破れかぶれである。
いつぞやのフェリシア女王ではないが『毒を食らわば皿まで』なのだ。
やらねば、シナンガルの侵攻と魔獣との挟み撃ちで、この国は終わる。
それだけは避けなくてはならない。
しかし、もし仮にだが『この世界』と『巧達の世界』がごく普通に繋がるようになる日が来るとしたならば、後世、下瀬はどれだけの非難を浴びるのか、歴史家達の勝手な言い分を多少なりとも知る巧としては、やや憂鬱な気分でもあった。
それが数十年後、数百年後の話になる事を祈って今は出来る事をやるしかない。
人は生まれた時代と環境から外れた正しい判断などという、神の如き能力は持っていないのだから。
言い訳じみて惨めな気分の巧とは反対に、ルースは自分の計画が少しでも前に進む事を喜んでいるようであった。
ただし、この男は急ぎ過ぎる。
「あの、空飛ぶ機械で一気に半島を乗っ取れないか?」
と言った時には巧はルースを本気でぶん殴りたくなった。
兵站と距離について何を聞いていたのだ! この男は、と。
それでも、巧とルースは基本的に気が合うようだ。
互いに怒鳴り合ったり、笑いあったりしている内にポルトが見えてきた。
「凄い船が居るな。見た事もないサイズだ」
サイズに関して一千トンクラスである以上、フェリシアの船も決して負けては居ない。
勿論、内陸出身のルースが船舶の標準を知らない事は仕方あるまい。
しかし、船体の美しさに関しては彼の言う通りである。
丘の上から見渡すと、なだらかな草原の麓に港町が広がる。
港まではまだ二~三キロの距離はあるだろうが、その埠頭のひとつに一際 目立つ帆船が投錨しているのがはっきりと見えた。
あれが、オベルンの船、『インディファティガブル』である。
翻訳機を調整すれば母国語にも訳せたのだが、この場合英訳しておいた方が良い。
カグラでの意味が英国の伝統的な戦闘艦の名前と同じでもある上に、巧の国の言葉に直すと『ド根性号』という意味になり、何だか某漫画の平面ガエルのような名前になってしまうのだ。
インディファティガブルでいいだろう。
名前はさて置き、帆を全て巻き上げてあるとは云え、三本マストにフォアブームを支えるドルフィンストライカーと尾部にスパンカーブームを備えた白い船体は、陽光を受けて眩く煌めく。
その優美な姿は自然と貴婦人を思わせた。
サブタイトルの元ネタはダグラス・アダムスのお馬鹿SF「銀河ヒッチハイクガイド」からです。
また、最後に出てくる船の名前にも元ネタがあります。
3隻程実在した軍艦の名前ですが、イギリスの海洋冒険小説に時々使われる軍艦名なのです。
各船の戦歴の素晴らしさのためでしょうかね?
沖縄戦にも同名の空母が参加しており、米海軍のバンカーヒルなどと共に特攻機に痛い目に遭っています。
しかし、敵ながらあっぱれなことに装甲甲板のおかげで戦列にすぐさま復帰しているのが何とも複雑な気分ですが、ホーンブロワー・シリーズを読み始めてミーハーにもこの名を選んでしまいました。
つまり帆船の名をそのままパクらせて頂いた訳です。
本来、日本語に直すと『不屈の船』という意味になりますが、『不沈艦』と言う意味にも取れます。
縁起が悪い名前ですので後者は訳の時には避けさせてもらいました。
今のところ自分は『不沈艦』と呼ばれて沈まなかった船ってこれしか知りませんので。
最後にですがマジックヒューズの名前について書いたのは、
「クラークの第三法則ってやっぱりあってるわ」
と思ったからですね。
くどい後書きがお目汚しになり失礼しました。




