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星を追う者たち  作者: 矢口
第一章 ザ・リパー
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6:明日への扉

前回の話が重いので、早く柊家に楽をさせて上げたいと思い、今日は少し早めに上げます。

お楽しみいただけたら幸いです。

「二人に言っておきたいことがあるんだ」


 葬儀が終わって七日が過ぎた。

 少し遅い朝食に誰もが殆ど手を付ず、巧、杏、マリアンはダイニングテーブルを囲んで座っていた。

 五人で食事をしていた賑やかなテーブルが今は寒々しい。

 春だというのに此処だけは霜が降りたようだ。


 市街地から離れたこの家は、この街の標準としては大きい部類に入る。

 庭に緑の多いの家の静けさは家族皆のお気に入りだったが、今は唯々(ただただ)寂しい屋敷になってしまった。


 杏は何とか持ち直しているかのように見えるが、疲労の色が濃い。

 端から見れば巧も同じようなものであろうが……。


 ここ数日、マリアンの面倒は(ほとん)ど巧が見ている。


 マリアンは食事も取らず惚けていたかと思うと、いきなり杏や巧にしがみついては泣き出し譫言(うわごと)のように「パパ、ママ」を繰り返すだけだ。

 普段マリアンは両親のことを「おとうさん」、「おかあさん」と呼んでいたが、完全に退行現象を起こしている。

 エルフリーデは勿論のことマリアンにとって、父親の(ゆたか)も実の父親と何ら変わらない。

 二歳から共にいるのだ。


 それは、巧と杏も同じであり、エルフリーデのことを義母などと感じたことは一度もなかった。

 喪失感は皆同じであろうが、特に幼いマリアンにとっては耐え難いものだ。


 マリアンは当然のことだが杏までも数日前から巧に対して精神的にすがりつくようになった。良くない傾向である。


「ちょっと、二人とも立って」

 巧は二人を(うなが)し、自分の側に呼んだ。そのまま左右の姉と弟を抱きしめる。

 杏は少し驚いたようだったが素直に体を預けた。マリアンは言わずもがなである。


「辛いよ。悲しいよ。もう涙も涸れたかと思ったけど、今朝も泣いたよ」

 巧が呟くと、抱きしめた腕の中で姉と弟のぬくもりが動いて二人が頷いたのが判った。


「俺たちは毎日、思いっきり声を出して泣いて良い。それぐらい大切な人を亡くしたんだ」

 巧みの言葉で二人は(せき)を切ったように、声を上げて泣き始めた。

 巧も泣いた。

 家族三人が抱きしめあって泣いた。


 皆、一通り泣き尽くした。

 二人が落ち着いたのを確かめると、巧は大きく息を吸い、それを吐きだした。

 巧は、ここから心を鬼にしなくてはならない。

 そうでなければ、三人とも共倒れだ。

 両親に会わす顔がない。


 二人の肩を掴んだまま、そっと引き離す。


 そうしてから、ゆっくりと喋り始めた。


「朝、目覚めて二人が居ないことに気付いて泣いてもいい。夜、寝る前に一日隣にいなかった二人のことを思い出して泣いてもいい」

 此処で二人を交互に見る。どちらかと言えば、マリアンよりに目を多く向ける。

 そして口調を変えて、大きくはないが力のある声を出した。


「でも、俺たちは生きている。泣き続けながら生きる事は出来ないんだ!」


 一瞬、マリアンが『びくっ』と顔をこわばらせる。

 巧がマリアンの前で、これほど強い口調で声を出すのは初めてのことだったからだ。


 杏が唾を飲み込む音がはっきり聞こえた。


 巧は膝を折ってマリアンと同じ目線に自分の顔を合わせ、いつもの優しい兄の口調に戻った。

「なあ、マリアン。マリアンは知らないだろうけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんはね、マリアンが生まれる前に同じように大事な人を亡くしているんだ。杏お姉ちゃんもマリアンより小さかった」


『あの時も乗り越えられた。だから、』

 と、巧が言葉を継ごうとした時、マリアンが仏壇のある座敷の方に一瞬だけ視線を走らせ、頷いて言った。

「なつみおかあさんだよね。知ってるよ」


 杏も巧も驚いた。エルフリーデやマリアンには疎外感(そがいかん)を持たせない為、父親である(ゆたか)からの頼みという形で仏壇に飾る生母『菜都美』の写真を外し、位牌のみに手を合わせていたからである。

 盆や命日に写真を立てる時もエルフリーデも含む四人はマリアンに対しては

「とても大事な人なんだよ」とだけ言って置くに留めていた。


 巧も杏も、そして何より父である(ゆたか)

『母なら、妻なら、柊家の新しい子供であるマリアンの為にしばらくは我慢してくれる』

 と云う気持ちだったのだ。


 これだけ外見が違うのだ。

 人が訊けば「馬鹿馬鹿しい」と言うだろう。

 しかし、マリアンに分別が付くまでは、『騙す』とまでは言わなくとも、完全に血の繋がった親子だと兄弟だと思わせておきたかった。

 訊かれるまでは、姉・兄の母親が違うとは敢えて口にしようとは思っていなかったのだ。

 マリアンの実の父親のことなどは決して話す気にはならなかった。


 実際、二人の父である(ゆたか)も、エルフリーデに対しては、マリアンの父親については、

『生きているかどうか』 

『仮に生きているとするならエルフリーデの再婚を知って問題を起こすような人物であるか』

 と云う程度の必要最低限の事しか聴いていないと巧達二人に話していた。


 穣は日本に移るに当たって戸籍上でもマリアンを認知しているため実子となっている。


 どのような手口を使ったのかと姉弟の二人が穣に聞いたところ、

「法律って奴は寂しがり屋でな、『自分を知ってくれてる奴のお友達』なんだよ」

 と、いつもとは少し違う笑顔で誤魔化され、「商社マン恐るべし」と思ったものである。


 父はそうやってマリアンを守った。しかし、エルフリーデが杏と巧の二人の実母である菜都美に配慮して真実を話していたら、どうする。


 巧の家族立て直し計画に変更はないが、マリアンにこれ以上の負担を掛けられるのか?

 目が回る気がしたが、ひとつ、ひとつと片付けていくしかないと気を取り直して、マリアンに向き直る。


「菜都美母さんは、俺にとっては生んでくれた『お袋さん』だ。今、『母さん』、と呼べるのは『エルフリーデ母さん』だけだよ」

 そう言うと、いつの間にしゃがんでいたのか、杏もマリアンの後ろから顔を寄せて声を掛ける。

「うん。あたしにとっても、子供の頃の大好きな『菜都美ママ』だね。『お母さん』は『エルフリーデ母さん』だけだよ」

 そう言ってマリアンの顔をのぞき込む。


「おかあさんがね。なつみおかあさんも、ぼくの『おかあさん』だって言ってたよ。それからね。それから……」

 また泣き出してしまったマリアンを抱きしめる。


「お……、ね……、」

「えっ?」

 嗚咽(おえつ)しながらマリアンが必死に喋ろうとしているのを二人は聴いた。


「無理するな。少し待ってからで良いんだから」

 『朝、晩以外は泣くな』とさっき言ったことを既に忘れているかのように巧はマリアンを抱きしめる。杏も背中から同じように抱きしめた。


 (うずくま)ったマリアンを兄、姉で前後から抱きしめると巧と杏の顔が向かい合わせになる。


『ええい、此処で言ってしまえ』とばかりに巧は杏に問いかける。

「姉さん……」

「なんだか、あんたに『姉さん』って言われると照れるわね。ここ数日気にもしてなかったのに」

 杏が照れ隠しに少し微笑んだ気がして、逆に巧まで照れてしまう。


 仕切り直した。

「姉さん。さっき、お袋の話が出た時、親父のことも考えただろ?」

 マリアンには正確な意味を(さと)られない範囲の言葉を選ぶ。

 マリアンの父親が「(ゆたか)」でないことが彼にばれてはいないか心配しただろ、という意味である。

  

 杏はびっくりして瞳を見開いたままマリアンに一瞬だけ目を向け、それから巧を見て戸惑いながら首を横に振った。

『止めろ!』と目が訴えている。

 巧はマリアンの鼓動を感じているが変化はない。今度はこちらが首を縦に振り、

『大丈夫』

 と、アイコンタクトを送る。


 それから、杏の目を見つめ、最も聴きたいことを尋ねる。


「あの時、一番最初に、そして最後まで誰の心配をしていた?」


「そ、そりゃ、マリアンに決まってるでしょ。あんた何言ってるの? 馬鹿なの?」


 杏の顔付きは『こいつ、病院に連れて行かなくっちゃ。当然、頭の方!』のレベルになっている。

 しかし、巧は胸元にマリアンが居なければ飛び上がっていただろう。

 この言葉を杏から引き出したかったのだ。


「だろ、杏! 俺たちは今、何を優先させるべきだと思う?」


 巧のこの言葉と、今までの会話の流れから、杏は全てを理解した。

 元々、頭の出来は巧の数倍上なのだ。

「あはは」としか言いようのない声で笑い出す。


 目に迷いはない。


 そして力強く言い切った。

「マリアンを守る事でしょ、当然!」


「そう、だから俺は軍に戻る」

「仕事辞めるんじゃなかったの?」

 あれっ、っと云う顔をする。


「杏がマリアンを、マリアンが杏を守れるようにする為には、俺があんまり身近に居ちゃいけない」

 その言葉に、マリアンが顔を上げた。袖口で涙を拭く。


「……ぼくが、……杏ちゃんを、守るの……?」

 不思議そうな顔をしている。 

 泣き虫の自分に何が出来るというのか、と云う顔だ。


 マリアンの気持ちは当然だが、巧はそれに気付かぬふりをして、

「いやか?」

 とだけ訊いた。


 おもしろい程に、と云うか効果音が聞こえそうな程に首を横にぶんぶんと振って、

「いやな訳、ないよ!」

 と、彼にとっては『大声』と言える声を出した。 

 少し怒り気味だ。そこも可愛い、と巧は感じる。

 

 しかしそう言ったは良いが、矢張り不安げに訊いてくる。

「なんで、ぼくなの? 巧おにいちゃんがいるでしょ?」


 巧は微笑んで答える。そう、笑い顔というより優しい微笑みだ。

「マリアン、勘違いしているね。マリアンに守って欲しいのは杏の『心』なんだよ」

 マリアンはきょとんとしている。


「杏はマリアンを傷つけるかい? 体でも心でも?」

「そんな訳ないよ。杏ちゃんはいつでも優しいよ!」

 口をとがらせて抗議してきたが、ほんの少し間を置いて付け加える。

「……服を買いに行く時以外は……」

 女の子の様にしか見えない服を杏が意図的に選ぶ事を、(わず)かに(とが)めたのだ。


 杏が『えっ』、と云う顔をして視線を斜め上に向ける。


「ま、まあ、それはともかく」と巧は話を戻す。

「マリアンが感じるように俺たちも、いつもマリアンに優しさを貰っているんだよ。俺たちはね、今、マリアンが居なかったら心が死んだままだったと思うよ。 体は生きていてもね」


 もう一度マリアンの目を見てはっきりと言う。

「マリアンが居るから生きていける」

 杏が大きく頷いてマリアンを引き寄せ抱きしめる。

 かなり強く抱きしめられ痛いだろうに、何も言わずにマリアンは涙をこぼす杏の頬を優しく撫でた。


「な、杏には今、マリアンが必要なんだ。守ってやってくれ」

 マリアンは柔らかく笑って頷いた後で、ふと不安そうな顔をして小さく呟いた。

「おにいちゃんは……、おにいちゃんは、ぼくはいらない?」


 今度は、慌てて巧が首を振る番である。


「そんな訳無いだろ」

 大声ではなく、『なんでそんな事を言うのか』と問うかの様な情けない声を出す。


「じゃあ、どうして?」

 杏に抱きしめられたまま、仔犬のように首をかしげるマリアン。

 可愛くて『萌え死に』しそうだ。と巧は思ったが、動揺を抑えて、やっとの事で声を出した。


「さっき、言っただろ。杏はお前の世話をしてお前を守る。それが今、杏に必要なことなんだ。マリアンのことは出来るだけ杏にやらせたい。わかるね」

 念を押すと、マリアンは安心したように頷いたが、今度は巧を見て心配そうにこういった。


「それなら、ぼくはだいじょうぶだけど、お兄ちゃんはさみしくないの?」


 巧はニヤリと笑う。

「約束、覚えてるか?」


 一瞬だけ、間があったが、マリアンはすぐに勢いよく頷いた。

「――でも、お兄ちゃんがさみしいなら、もういいよ。ぼく、あれ、あんまり好きじゃないかも、『AS(えーえす)』って名前も、もうわすれた……し……」


 最後で墓穴を掘ったのに気付いたようだ。顔が真っ赤である。


「マリアン、マリアン」

 苦笑しながら、巧は繰り返し彼の名を呼び首を横に振る。

「マリアンは、そのことで、俺に無理をさせていると思ってるんだろ?」

 自分に自然な笑顔が戻ったことが判り、嬉しくなる。


「違うの?」

 さっきまではマリアンは正面から杏に抱かれて首だけを巧に向けていたが、今は杏に後ろから抱かれて膝の上にのせられ、まるで人形のようだ。

 いや、この子は整った顔立ちなのに何故だか仔犬のぬいぐるみに見える。

 抱いている杏の顔もいつものきつめの美人顔ではなく脱力しているので、まるで親犬・仔犬状態だ。


 思わず『くすっ』っと笑って、その生きたぬいぐるみに向かって巧は答えた。

「マリアン、俺はね。今、マリアンとの約束を守ってASの『運転手さん』になることが夢だよ。マリアンがくれた夢が俺を守ってくれる。だから安心してくれよな」


 少し考えていたマリアンだったが、嬉しそうに頷いて笑った。

 いつもの笑顔だった。



「さて、飯もあまり食ってなかったな。『一日の元気は朝食から』だ。 

 喰い直そう」

 巧がそう言うと、

「かあさんの口癖だね」

 と、マリアンが返してきた。母親のことを口に出すことを躊躇(ためら)わないように努めている事が判る顔だが、此処で気を遣って彼の努力を否定は出来ない。


「そうだったね」

 と、出来るだけ自然に感じられるように目を見ながら頭を撫でた。


「その前に紅茶を飲まない? 食事は温め直すから」

 杏が提案して朝食を温め直す間に紅茶を()れてくれる。


 紅茶を飲みながら巧は弔辞のことを思い出した。

 あれが三人を救ったのだ。話しておかなくてはならない。


「少し話を引きずるけど、親父と母さんが周りの人からどう思われていたか、知っておいて欲しい」

「たくさんの方がいらして下さったわね」

 杏が答えるとマリアンも頷いた。


「うん。あれだけでも二人が周りの人に愛されていたことは判る。でも、」

 此処で言葉を切って、巧は二人を見る。

弔文(ちょうぶん)の内容を覚えてるかい?」


 杏は、『あっ』と云う顔をして首を振った。マリアンは弔文の意味が分からないらしいので、

「お葬式で二人に送られた言葉だよ」と説明する。


 まずは、エルフリーデに送られた市ノ瀬さんの弔文だ。

 市ノ瀬さんは、子供の頃に吃音があった為、克服した今でも人付き合いが苦手で地域から浮いていた。 

 結婚をせずに家庭で出来る何らかの仕事で生計を立てていたようで、地域からは不審者のように扱われ、肩身の狭い思いをしていたのだそうだ。


 夕方の公園で市ノ瀬さんは珍しく一人で居たマリアンと知り合いになり、楽しく遊んだ。


 その事から彼女と知り合いになったエルフリーデは次第に周りからの彼女への評価を聴くようになる。

 そして、

「自分を上手く表現できないとか少し引っ込み思案だというのは、この国では何かの罪に当たるのか?」

 と大まじめで周りに尋ね。

 市ノ瀬さんを地域の集まりに呼び、周りの人との橋渡しをしていったのだ。


 市ノ瀬さんは、

「自分に係わると、あなたの立場も悪くなるかも知れない」

 と言ったのだが、エルフリーデは、

「それは私も怖いわ。電車で人に席を譲るぐらいの時だって、『迷惑がられたらどうしよう』とか、怖いと思うこともあるでしょ? でも、勇気ってこういう時に使うものだと思うの」

 そう答えて笑った。


『人に優しく』ということは言葉では簡単だ。 

 しかし、その根源には『勇気』が不可欠なのだ。市ノ瀬さんの弔文には、

「エルフリーデさんに『勇気』を貰った」と書き込まれていた

 昼間から堂々と表を歩いて、日の光の下、近所の子どもたちと遊べるようになった。

 隣人たちと気軽に挨拶できるようになった

 人間としての生活を与えてくれた、と何度も何度もお礼を書き連ねていた。


 マリアンが、とても嬉しそうに聴いていた。

 杏は「驚いた」という顔付きだ。


 広田さんからの弔文についても語った。

 父についてである。


 豪快だと思われる父親だが、若い頃から難しいプロジェクトに不思議と回され、成功も多く収めたが、それ以上に失敗もあった。

 まあ、商社マンの仕事で失敗は珍しいものではない。 

 場合によっては億単位の損失を言葉ひとつで生み出してしまう。

 当然、会社では出世と降格を繰り返していた訳だが、父はへこたれなかった。


「俺の失敗は、確かに会社に少々の損失を与えてるかも知れないが、『こうすれば失敗する』というノウハウの蓄積も与えているんだ。 

 怖がって動きを止めたら、後に続く若い連中が俺たちの尻ぬぐいをすることになる。 

 命取りになる程でなければ失敗しても良いんだよ。とにかく行動すること。

 立ち止まったら動き出すのには何倍もの勇気と力が必要になる。 

 失敗すれば成功の方法に近付く。

 俺は、後輩はもとより子供達に恥ずかしくない、勇気のある男で居たいんだよ。 

 この国の人間は、本当はみんなそう云う人達なんだ。今は少しそれを忘れてる人が多いだけさ」


 実際、巧の父親は巧が十歳になろうかと云う頃、南アジアにおける鉄道入札に失敗して苦い水を飲んだ。

 だが、巧が成人する頃には十年掛けて、同じ国を相手に有利な条件で新しい商談契約を成立させる陰の立て役者となった。 

 他の仕事の(かたわ)ら、その国に何度も立ち寄り現地の人たちだけが持つ微妙なニュアンスというものを五年掛けて身につけ、再度挑戦したのだ。

 父の情報を元に再構築されたプラント販売計画は、担当だった広田氏の功績となり広田氏はそれを足がかりに、異例の若さで副社長の地位にまで上り詰めたのだ。

 十年前の失敗など、ものともしない莫大な利益を会社に与えたということは、多く社員の生活を守ったと言うことでもある。また彼の行動は現地の人達の生活の向上にも大きく寄与(きよ)した。

 穣が諦めていたら、失敗を恐れて立ち止まっていたらどうなっていただろう。

 会社にとって、社会にとっての恩人に対して社葬で報いることが出来ないのは残念だが、柊穣(ひいらぎゆたか)はそれを行っても喜びはしないだろうと書かれ、その後は早すぎる死を惜しむ言葉が並んでいた。



「あきらめちゃいけない。勇気を持って行動すれば、みんなに優しい結果が出るんだね」

 マリアンが巧の長い話を見事に一言で(まと)めてしまった。


「あれ、俺良い事言ったと思ったら、マリアンに全部持ってかれちゃったなぁ」

 巧は笑った。

 杏もマリアンも笑った。


 庭の樹々の香りが春の息吹を室内に運んでくる。日も高くなり木漏れ日が眩しい。


 柊家の新しい『明日への扉』は開かれたのだ。







 だが、運命は何故に柊家に対して此処まで過酷に当たるのだろうか。

 心の痛手を互いに支え合って立ち直ろうと努力する柊三兄弟に対し、次なる不幸は静かに忍び寄っていた。


 新しい幸せを生み出そうとする穏やかな日々が終わるまであと二年。

 柊家に限らず、神ならぬ誰しもがそのことを知らない







サブタイトルは、言わずと知れたハインラインの名作「夏への扉」からです。

5年に一回ぐらい読み返したくなる本ですね。


次回は、少し早めにいずれ巧が飛び込まなくてはいけない異世界の情景について描きたいと思います。 

エルフも出るけど私は絵は描けませんので、好きなエルフのイメージで当てはめて下さい。

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