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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
64/222

63:高みにあるもの

 岩国は『捕虜用に』と出されたこの国の食事の質に根を上げてレーションを手に取った。

 サバイバルキットは一旦は取り上げられたものの『中身は食糧だ』と言うと、ナイフや針金などを除いて殆ど返して貰った。

 缶詰などは全て無くなっているが、レーションは封を切られた後、又戻されている。


 ルナールは『食品』と聞いて先のマーシア追撃戦の失敗を思い出し、手元に置くのも嫌がったのだ。

 缶詰については、金属であるため例外的に首都に送る事にしただけである。


 しかし、岩国に返したレーションの中に、偽装されたプラスチック爆弾が隠されているとは思いもよらなかっただろう。

 この世界の火薬とは黒色火薬の事であり、粘土のような火薬など概念の範疇にすら存在しないのだから仕方ない事ではある。


 プラスチック爆弾は火を付けても燃えるだけで、爆発はしない。

 静電気で爆発する危険があるため、その対策は必要だが基本的には電気信号による起爆しか方法がないのだ。


 ついでながら、グリセリンは甘いので過去にある国の軍隊で面白がって食べる兵士が続出し死亡例が出たことがある。 

 その為、味は信じられぬほど不味くしてあるが取り敢えず嘗める程度なら可能であり、これが食品に偽装できる要因でもある。


 サバイバルキットの中にはそうして食品に偽装した“それ”が十数グラムではあるが紛れ込んでいた。

 服の襟首に仕込んだ導線を岩国は引き出す。

 靴の中からは、ボタン電池を取り出した。

 発電周波数を爆発用に絞って設定されている電池である。

 起爆用の電気信管は無い。見るからに機械である事から取り上げられたようだ。

 

 そこで炭を使って作る事にした。

 二本のマッチに火を付けて消す。炭素棒のできあがりである。

 それに細工をして電気信管を作り上げる。


 静電気を発生させぬように殆ど裸になり、気を遣いながら導線を繋ぐ。

 完成後は、静かに夜を待った。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 それは炎と呼べるものでは無く、電光であった。

 森を焼くのではない。光が貫くと其処には何も残らないのだ。

 多分に高電圧により原子がプラズマ化した荷電粒子の放出であろうが、光と熱の凄まじさでは熱レーザーガンと何ら変わりない威力である。


「竜、竜が出ました!」


 泡を食った様子で伝令が会議室に飛び込んでくる。


 窓の外が一瞬明るくなり森の木がなぎ倒される音が響いた時、ルナールと百人隊長達は軍議の真っ最中であった。


 昨日、平原で見た魔獣の大きさと群れの規模から、今後の対応策を練り直している最中であったのだが、光と音からかなり近くで何らかの魔獣が出た事はすぐに分かった。

 いや、魔獣が出たという判断は正しいが、すぐ近くであると思ったのは大きな間違いだったのだ。


「防衛線を張れ!」

 一旦はそう言ったものの、「いや、建物の中に一旦避難しろ」と指示を出し直す。


「しかし、竜は未だかなり遠くにいます。後退した方が良いのではないでしょうか?」

 伝令の言葉に、ルナールを始め隊長達は耳を疑った。

「どれ程、遠くにいるというのだ? あの音はただ事ではないぞ?」

 一人の百人長の言葉に、直ぐさま帰って来た答えは驚くべきものであった。


「森の南の出口側です」

「十キロは離れて居るではないか!?」

 誰もが驚くが当然で有る。  

 それほどに今も響く音は激しく、窓を抜けて時折届く光は眼に痛い。


 ルナールの考えは直ぐさま纏まった。

「まずは何人か竜がどの様なものか偵察に出させろ。残りは屋内で待機。

 火は焚かせるな。撤退など逆に見つかりやすくなるだけだ。潜むぞ」


 彼の意見は合理的であり、直ぐさま全軍に命令が徹底されると、家屋の中に潜む。

 地下室があるようなら其処へも避難する。

 ルナールのこの判断は、様々な意味で正解であった。

 仮に、『本物の竜』を多くの兵士が眼にしていたならば、今後ルナール軍は全く動くことなく撤退し、彼の目的は達成できなかったであろう。

 何より、シナンガル軍自体がフェリシアへの侵攻を取りやめた可能性すらも有ったのだ。


 避難した一般兵達を尻目にルナールは部屋から動かなかった。

 竜は次第に近付いてくるようであり、恐ろしくはあったが出来る事ならその姿を見たかったのだ。

 あの小さな『竜』が、これ程の音と光を発する事が出来るなど信じられなかった。

 ルナール達、シナンガル人にとって竜とは翼長十メートル、体長は最大でも六メートル程度の翼飛竜のことを指すからだ。


 だが今は更に大きな竜も育っている。

 ランセの魔力の暴走により、その影響を受けた飼育要塞の竜達はかなり大きくなった。

 しかし、今の処それは機密事項であり、一部のものにしか知らされていない。 

 相変わらず彼らの中で竜の大きさの概念に揺るぎはない。


 ともかく伝令は実物を見ている兵士からそれをもう少し聞いておくべきであったが、その兵士は既に避難してしまって行方が分からない。

 ルナールもその正体を見極めるために今は、『竜』が近付いてくるのを待つしかなかった。



 (ランセ)はこの数週間でハティウルフを四頭、ヘルムボア一頭を平らげている。

 しかも魔力の元になる『首の骨』を中心にたらふく食ったため、楽にひとまわりを超えて、その体躯を育ていた。

 今ではフェリシア南部に現れる竜と殆ど同じ大きさに育っている。


 体長三五メートル、体高十六メートルの堂々たる『竜』である。

 また恐るべきは、その羽根。

 翼長は四十メートルを越えるが、普通の竜と違い其の羽根に薄さは全く無い。

 まるで鋼鉄の固まりである。


 その上に、彼は所謂(いわゆる)『火竜』ではなかった。

 敢えて名を付けるなら『雷 竜(バロートサーロス)』とでも言うべきであろうか。

 先程語ったように、其の口から吐いているのは『炎』ではなく『電光』なのだ。



「ねえ、ランセ。あなた、どうなっちゃってるの?」

 ランセの背中にはゴースで陸軍整備小隊に造ってもらった鞍が付いている。

 鞍は鱗にアンカーを使って打ち付けてあるのだが、ランセにとっては痛くも痒くもないらしい。馬にとっての蹄鉄のような感覚なのだろうか?


 しかし、このアンカーも最初から簡単に打ち込めたものでは無い。

 超合金のドリルを何本も吹き飛ばし、整備班が諦めかけた処でランセが、

“なんなら柔らかくしますか?”とばかりに硬度を下げてくれたお陰でようやっと打ち込めた。


 そうやって取り付けられた鞍に乗るカレシュも、森の奥に潜んでいた彼と再会して以来、未だに驚きは尽きない。

 

 攻撃力はどれ程であろうかと気に掛かり、角を触りながら『炎』が吐けるか? 

 と尋ねた処、それは無理だと明確な意志が帰って来た。

 言葉ではないが何となく分かるのだ。


 炎は吐けない、と聴いてほっとしたのもつかの間であった。

 ランセからの返事代わりの電光のイメージを見せて貰い、カレシュとしては『余計に悪い』と項垂れた。

 ランセがその感情を読み取り、自分が何か悪い事をしたのかと思って一緒に項垂れるという間抜けな光景が主従の間で見られたのは昨日の事である。


 カレシュは最後まで、本当にこのような『もの』をランセに吐かせて良い物だろうか悩んだのだが、「人を傷つけなければ良いだろう」と納得せざるを得なかった。


 岩国の命に関わるのだ。

 少しぐらいの『放火』は許して貰うしかない、と気持ちを切り替える。

 また、ランセにいつまでも落ち込まれても困るのだ。

『お前は役に立つ』と、褒めてもやりたかった。 

 要らない、と言われる悲しさはカレシュが誰より身に染みて分かっている。



 しかし、対抗力場をランセが作ってくれているとは云え、その電光はやはり眼に痛い。

 ゴーグル代わりにヘリ搭乗員用のヘルメットを借りてきているのだが、重くてしょうがないと愚痴を言いながらカレシュはランセに森を切り開かせて、少しずつ北上した。


 七~八キロ程進んだ所で廃村が見えてきた。

 岩国に連絡を入れる。


「岩国さん。どうですか?」

 すぐに返事が戻って来る。

『カレシュか? 大丈夫。部屋を移される事もなかった。

 まさか、竜が救出に来るなんてあっちも思ってなかったろうからね』

 そう言って笑う声がインカムに響いた。


 岩国に喜んでもらえて嬉しい。 

 カレシュがそう感じると、その感覚をランセも感じ取ったのか、機嫌が良くなった。

 景気よく空に向かって電光を発射する。

 数秒間は昼間のような明るさである。岩国の部屋の窓にも激しいまでの量の光が差し込んだ。


『うお、凄いね。ランセ! 偉い!』

「岩国さん、褒めてくれるのは良いんですけど、あんまりこの子を調子に乗せすぎないで下さい。基地で『これ』やられたらたまりませんよ!」

『だね!』

 そう言って岩国は、また笑った。それから尋ねてくる。


『俺が連れてこられる時に見た展望台みたいな塔のある建物、カレシュ達からは見えるかな?』

「ええ、今の光でよく見えましたよ。あれの上を壊せば良いんですよね?」

『うん。派手に音がするように頼むよ。時間、もう一度合わせるよ』

 そう言って互いの時計を確認した。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 近付いてくる『それ』を見て、ルナールに怯むなと言う者が居たとしたなら、自殺志願者か頭のおかしな者ぐらいであったろう。


 体高十六メートルなど、五十メートル以内迄近付けば、容易(たやす)く見上げきれるものでは無い。

 あまりの大きさに背中に人がいる事など気付く者は居なかった。


 なにより自ら発する電光に輝く朱い瞳。信じられぬほど美しい碧い鱗に覆われた巨体。

 そこから生まれる圧倒的な迫力に意識が呑み込まれる。

 それは置物などではなく、動き回り、暴れ回る、人知を越えた生き物なのだ。

 正しく「ヒューベリオン(超越生物)」としか言いようが無いであろう。


 次第に近付いてくる其れは一気に飛び上がると司令部にしたルナールの居る建物に襲いかかった。

 これには堪らず、流石のルナールも思わずテーブルの下に潜り込む。

 部屋にいた誰もが、建物の上の方で何かが崩れる轟音と衝撃に思わず頭を抱えこんだ。


 ほぼ同時に同じ建物の西の方でも大きな音がしたのだが、それに気付く余裕は当然ながらルナールに限らず内部の誰にもなかった。



 展望台を飛び越えながら、それを蹴り飛ばして破壊したランセはもう一度やりたがったが、カレシュは其れを(なだ)めた。

 もう一回だけ、もう一回だけ、と駄々をこねるランセを押さえる。

 展望台の破壊と同時に、建物の西の方の壁が吹き飛ぶのが上空から見えたからである。 

 岩国が脱出に成功したのだ。


 降りてみると、細かい塵で真っ白になった岩国が、小麦にまみれたパン屋の親父のようになっている。

 おまけに、育ったランセを初めて見たため、その大きさに驚いて腰を抜かしているのだ。

 思わずカレシュは大笑いしてしまった。


 ホコリを払って立ち上がった岩国はランセの背にいるカレシュを見上げて訊いてくる。

『これ、ランセか!?』

「はい」

『俺、食われないよな?』

「大丈夫……、だと思います」

『何で脅すの!?』

「いえ、ちょっと……」

 先程のマーシアの事で少し根に持っているようである。


 この子を裏切ったら竜の餌かよ、と今更ながらに『エライ事になった』と思う岩国であったが、その様な心配は兎も角さっさと逃げ出したい。


 ランセに首を下げて貰い、一気に上に乗り込んだ。

 鞍は三人掛けになっているが、それでも背中には余裕がある。


「凄いねぇ!」

 岩国が素直に感心すると、ランセが嬉しそうに吠えた。




 二人がゴースの基地に辿り着くと、ランセの中継で無線を受けていたヘリ部隊や地上部隊の各員が岩国を出迎え、お祭り騒ぎとなった。

 横田が泣きながら抱きしめてくれたのに岩国は驚いたが、冷徹な五十嵐までわざわざゴースに来て居たのにはそれ以上に驚かされた。


 救出部隊の指揮官である巧は出発が無駄になった事を喜んで、救出任務の終了を宣言する。


 巧は、いずれカレシュと向き合わなくてはならない。

 しかし今日だけは岩国の無事な生還を喜ばせて欲しいと思う。

 そっと宿舎に戻る彼を、ヴェレーネが引き留めることは無かった。

 

 そのヴェレーネは岩国に向けて生還祝いにと、新鋭機の調達を約束した。

 但し、隼機損失の罰則として暫くデスクワークを手伝わされる事にもなる。

 まあ、これはやむを得まい。


 流れから、村の人々へのランセのお披露目会にも自然となってしまい、カレシュがフェリシアの人々にその存在を認められた日にもなった。

 多くの人々がカレシュに話しかけ、救出についての話を聞いて場は多いに盛り上がった。

 穏和で友好的な竜を見た時、フェリシア人の『人の良さ』が最大に発揮された。

 ランセが森に潜む必要も当分は無さそうである。


 カレシュがレンに詫びながらも此処で生きていこうと決めた時、岩国がそっと彼女の肩を抱いた。

 周りの隊員達からの冷やかしも、今の岩国には気にならないようである。



 因みに最も多い冷やかしは、「こら、犯罪者!」であった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 一方、竜に襲撃されたルナール軍はその体制立て直しに苦しむ側であった。


 被害を確認した処、一人軽い怪我をした者が居ただけで有った事が分かったが、『竜』という存在が軍に与える恐怖感は伝染する可能性が有る。


 ルナールにとって幸運だったのは、兵数自体が少ない上に竜を見た者が一桁という少数で終わったという事である。

 殆どの者は、ルナールの指示に従って屋内、特に地下に避難したことが功を奏した。

『やはり、あの時の大隊長の指示は間違っていなかった』

 と百人長達も胸をなで下ろしている。


 今後、竜について話をしないように、と命令して自然に落ち着くのを待つしかない。


 南下はもう暫く待ち、近くの森で小型の魔獣を駆逐することで兵士達の自信を取り戻させてから活動を再開する事になった。


 しかし、ルナールとしては本物の『竜』が捕虜を助けに来たのか、それとも竜が暴れた隙を狙って捕虜が逃げ出したのか、どうしても知りたい。

 あのような存在が敵の兵力であるとしたならば、今後の戦略に大きく係わる問題であることは間違いないのだ。


 軍師との相談では答えは出なかった。


 やる事が多すぎて、思考が纏まらなくなってきたルナールであるが、まずは魔獣の首の骨集めを優先させる事にする。  

 全てはそこからなのだ。



 数日後、竜の育成要塞からも首の骨を求める声が上がっており、ルナールの遠征を知った要塞から資金援助があるとルーファンから連絡があった。


 この時期に、このような要請があるという云う事は、魔獣の首の骨、即ち魔法石には何らかの竜の成長の秘密が隠されているようであると彼は考え始めた。

 もし彼の考えが正しいのなら、育成要塞からあの竜に対抗できる竜が現れるかも知れない。

 魔獣狩りに懸賞を掛ける事が出来た為、兵士の動きもよくなるであろう。

 時間はないが、やるだけやろうと気合いが入って来る。



 一月後、小型のものが多いが『首の骨』は百に迫る勢いで集まった。

 次の準備に入る時期である。

 新兵器の開発、竜の使用許可など、ルナールは雪辱をはらすために精力的に駆け回る事になる。


 今回の様な事が続くと、ルナールとしては流石にバロネット達が危険な存在に思えてくる。

 先だって、ルーファンの闘いで『食品ひとつ』で七万の軍を振り回した男も、もしやバロネットだったのではないのか?

 あの時もマーシア・グラディウスと共にいた男は強敵だったではないか。

 其れを忘れていた不覚を羞じる。


 更にスゥエンを襲ったマーシアのバックにいたのが何者かも掴まなくてはならない。

 コージ・イワクニだったのではないだろうか?

 マーシアの思い人ならそれもあり得る。

 今の処、ルナールの推理や判断には細かな所で間違いも多い。

 それは情報が不足しているためである。


 しかし、彼自身もそこは分かっており、『固定観念に捕らわれてはいけない』 

 とも考えながら、情報の収集に当たり始めていた。




サブタイトルは80年代SFの傑作、ダン・シモンズの「ハイペリオン」から頂きました。 早い話が直訳ですね。


以下8/24記述訂正

間違った点があります。

プラスチック爆薬には毒素を混入してあり食べられないようにしてあるそうです。(と言うより元々、嘗める程度ならともかく食べると死ぬそうです)

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