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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
63/222

62:★ちゃんと竜騎士

 

 カグラの時間で今から百二十年ほど前の事である。

 ワン家の三男に変わった男が居た。

 当時ワン家は既にかなりの有力議員になっており、三男と云えば跡を継ぐ可能性もない上に政略結婚の相手としては申し分なく、あちこちの跡取りの居ない議員から養子或いは婿養子に欲しいという声が掛かってきていた。


 しかし、彼は冒険を好んだ。

 南部のアスタルト砂漠やその東方には僅かながら魔獣が出没しており、十数名の従者を従えてそれを狩る事で、かなりの名声を得たのだ。

 コレクションとして剥製の披露もした。

 また、不可侵域に入る事も計画していたのだが、それは流石に周りから止められており、最初の内はワン家の当主も、その様な事へは金銭の援助を認めなかった。


 しかし、ある事態がその計画を後押しする事になる。

 ワン家三男の行為は多くの模倣者を生み出した。 

 例えるなら地球の十九世紀に、アフリカやインドで植民地を得た白人貴族がハンティングに熱狂した事によく似ている。


 マウンテンゴリラなど見た目は兎も角、性質は温厚な生き物をライフルで仕留め、「凶悪な野獣」を倒した、と触れ回った処が違いと言えば言える点だろうか。

 更に付け加えるなら、地球と違うのは写真技術が無かった事である。


 しかし、剥製技術は充分に発達しており、それらはあちこちで展示され、各議員家三男以下の良い売名活動になった。


 将来、どの様な仕事に就くにしても(はく)は必要である。

 各議員家の当主も、跡継ぎの長男や長男が死んだ際のスペアの次男は兎も角として、いずれ家を出る三男以下には、その行為を推奨とまでは行かなくとも認めざるを得なくなった。

 

 その時勢の折り、ある商人の息子が凄まじい獲物を捕らえる事に成功する。

 ルースという家の五男坊である。

 彼は数名の友人と共に、自分たちの剣技や魔法技術だけを頼りに、僅か八名で不可侵域の奥まで入り込んで『竜』の卵を得る事に成功したのだ。


 しかも其の卵は孵った。

 育てると人にも懐き、炎まで吐くようになると多くの人々がルース家を訪れ、一大社交場となった程である。


 此処までならば良い見せ物と言う程度の話でしかなかったのだが、僅かな距離だが人を乗せて飛ぶようになると、それは竜を従える神話の『竜騎士』の出現を多くの人々に予兆させる。

 戦術の新しい広がりを見込んだ軍部からもルース家には好条件での入隊が約束された。


 しかし、雌雄が揃わなければ繁殖も難しい。

 何処で“それ”を得たのか。どの様な方法を使ったのか。

 誰もが、それを知りたかったが、ルース家は事を秘匿した。

 ルース家の五男坊は仲間一同と共に議員に列せられる事を条件に、次の主席にそれらの秘密を明かすとしたのだ。


 そうしてルース家は議員に列せられ、秘密の開示は次の議員間選挙を待つ事になった。


 しかし、それを待つばかりが(のう)ではない事は当然で有る。

 数々の議員の息子達が数百名の部下を率いて不可侵域に進入し、その半数は帰ってこなかった。

 帰って来た者達も『竜』を得る事は出来きず、誰もが二年後を待つしかないと諦め、時は流れていく。




 魔獣狩りの先鞭を付けたワン家の三男はある日、別宅で過去の自分の記録を整理していた。

 当時、別宅は彼に与えられており、剥製の展示場としてワン家の威光を示す社交場となっていた。

 当然、彼のワン家での価値は単なる三男坊の位置付けとは大きく異なっていたのである。


 その日、彼はこの数ヶ月間の懸案に頭を悩ませていた。

 勿論、『竜』についてである。

 彼のコレクションは百に迫るかという勢いではあったが、ルース家のたった一頭の竜の前には何の見栄えもしないのだ。 


 しかも、あちらは生きている。


 不可侵域に関わる何らかの資料が欲しい、と珍しく地下室に向かった。


 この世界には『本』が実に少ない。

 過去には数多くあったという伝説もある。 

 しかも、たった一冊で世界の殆どの知識を網羅する事も可能だという本の伝説すら有った。魔法書籍と呼ばれる存在で有る。


 彼の冒険の目的にはその『本』を探す事もあった。 

 いや、実はそれが本来の目的だったと云っても良い。


 六ヶ国戦乱時代にその殆どが焼けたのではとも言われているが、殆ど無傷で手に入れたスゥエンやこのシナンガルの発祥地であるシーオム近辺にまで本が少なすぎるのだ。

 どこかに隠されている巨大な図書館があるのではないかとも思っている。

 竜はそれを守っているのではないかとも思うし、竜を狩ることで『図書館』発掘の為に探査域を広げる事も認められるかも知れないとも思う。


 首都にある本でも充分だと多くの人は言う。

 馬鹿者ども、と言うのが彼の考えだ。 

 本を読みたがらず面倒を避けているだけではないか。実際首都の図書館も整備は法で定められているため保全はされているが使用者は少ない。

 彼は殆どの本に一通り目を通したが、どうも資料として貧弱な気がするのだ。


 例えば建築だ。

 この別館を始め、議員会館、議会場などは、かなり高度な建築技術が使われているが、その技術を記した本が全く見つからない。

 その為、修繕箇所が出ると、継ぎ接ぎだらけの見苦しい有様になる。

 過去にこの国に来たフェリシア人があきれ果てて、部分的に技術指導をして帰って行った事があるが、彼らはどの様にして保全を行っているのか決して明かしてはくれなかった。


 知識が必要だ。

 何も、魔獣を倒して武勇を誇りたいだけではないのだ。

 この国をフェリシアに負けない技術国家として成り立たせたい、という若者の持つ純粋な愛国心が彼の中にあった。彼は焦る。

 そうして地下に降りると、一室の壁に掛けられた地図を見た。


 この大陸の地図である。

 いつ見ても不思議な地図だ。

 壁のガラスに埋め込まれて光り輝いている。

 時々、不可侵域やビストラントに妙な光が灯る。普通に描かれた地図ではない。


 この部屋を見つけたのは全くの偶然であった。


 彼が第一回目の遠征から帰ってきた時、何気なしに地下に降りた。

 すると、どこからか『声』が聞こえたのだ。

『冒険者ランク2の方は地図の閲覧が可能です』

 その声と共に、壁だった場所に扉が開いた。 


 驚きつつも内部に入ると其処(そこ)には彼が、いや誰一人として今まで目にした事もないような、精巧な大陸地図が壁一面に描かれていたのだ。

 次回の探索にはその地図を模写したものが大変役に立った事は言うまでもない。

 

 悩みつつ地図の前に来たは良いのだが、それを眺めても良い考えが浮かび上がるでもない。

 彼は暫し悩んでいたが結局その日、得るものも無く地下室を後にした。



 しかし、次の遠征から返った後から、地下室の声に大きな変化があった。

『冒険者ランク3の方は、地図の閲覧が可能です。ランク4から地図の操作を許可します。ランク確認を行いますので登録をお願いします。お名前をどうぞ』


 その後も来る度に、声はその内容を変える。

 もしや、これが本物の『本』、即ち『魔法書籍』なのではないのか?

 彼がそのように考え始めたのは、ヘルムボアと呼ばれる大型魔獣の討伐に成功して後である。


『ランク12の方は、アクスとのコンタクトが認められますが、ギルドマスターの許可が必要です。ギルドマスターのお名前が登録されておりません。

 ギルドマスターの名前を登録して下さい』


 当然ながら彼は自分の名をその名前として登録する。

 更に奥の部屋へと通され彼は知った。


『全ては間違った状態にあるのだ』と……。



 彼は、幾人かの仲間の議員息子を集めると次回の党首選挙に向けて、ある政治サークルを開くようになる。

 そうして僅か半年の選挙工作にも拘わらず、議員間選挙においてワン家当主は圧倒的な支持を得て主席の地位に就く。

 当主自身にはそのような気など全くなかったにも拘わらずだ。


 それから数年後、奴隷制度が議会で検討され始めた。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 岩国機は遭難した翌日の昼前に完全に爆裂四散した状態で見つかった。

 しかし、問題はそこから二百メートル程離れた林の入り口近く、一本の樹の根本に見つかったナイフで刻まれた文字。

『POW』、即ち捕虜(ほりょ)になったという信号である。

(POW=a prisoner of war=『戦争捕虜』)


 巧は捜索のための計画立案と現場の散乱物の回収を急ぐ事になる。




「どうしてこうなった~~、 どうしてこうなった~~」

 とある民家の一室に閉じ込められた岩国は体育座りで膝を抱え、余裕があるのか無いのか分からぬ台詞を妙な節回しと共に小声で呟いていた。

 この男、生真面目な割には反面、脳天気な所も多い。

 パイロットとして、いや兵士としては重要な資質ではあるが、そのギャップが凄まじいのは五十嵐と横田の相反(あいはん)する影響のためだろう。



 墜落、ではなく不時着の翌日早朝。岩国は十二,七ミリ機銃を外し終え、二十ミリと共にコックピットに放りこむ。

 出来るだけ確実に処理したかったのだ。

 遅くとも昼頃には、救出隊がこれから放つ火を見つけてくれるであろう。

 この平原ならビーコンよりよほど確実である。

 武装は拳銃で充分だ。


 機銃を全て投げ込んで、次に燃料を少しばかり抜いて機体に振りかける準備に入る。

 その彼の目に有り得ざる光景が写った。

「ヘルムちゃん?」


 “ちゃん”などという可愛らしいものでは無い。

 体重は一トンに迫りそうなヘルムボアの群れが、こちらに近付いてくるのが見えたのだ。

 十二~十三頭はいる。


 日頃は可愛く呼んで上空から蹂躙(じゅうりん)している相手が、地上では数百メートル離れていてもこれ程、恐怖感を呼び起こすものだとは初めて知った彼である。


 慌ててコックピットから十二,七ミリと弾帯を引っ張り出した。

 発射は機械式なので、ワイヤーコードがトリガー代わりである。

 いざとなれば機体に上がるつもりであったが、()だ早い。

 あれだけの集団に体当たりされれば機体は絶対に持つまい。

 近付かれる前に始末するしかない。


 薪にするために拾ってきた木を組み合わせて即席の射撃台にすると、伏せ撃ちの体勢に入った。

 こちらに気付いたヘルムボア達が突進してくる。


「一難去ってまた一難」

 等と言いながら連射を開始するが、最初の狙いを外した時、岩国は心臓が止まりそうであった。

 流石に、搭載機銃は弾の火薬量が多く弾頭は重い。通常の十二,七ミリ以上に反動が凄まじいのだ。

 殆ど空に向けて撃ってしまった。


「俺は阿呆か!」

 岩国は自分を怒鳴りつけ十二,七ミリを再度構え直す。

『同じM2と思うな!』 そう自分に言い聞かせると、

「闇夜に霜の降るごとく」

 との言葉と共に緩やかにワイヤーを引き(しぼ)った。



 幾つかの魔獣の死体を転がした後、岩国は隼に火を付ける。


 空を仰いで少し泣いたが、すぐに気を取り直せたのは立派と言えたであろう。


 爆発に巻き込まれぬように林に入った時、彼方から五百を数えそうな数の兵士がやってくるのが見えた。

 どうやら、先程のヘルムボアとの一戦で呼び寄せてしまったようだ。

「でも、街ってずっと北の方だろ?」

 と疑問に思いはするが敵がいるのは事実である。


 機体の爆発音を背に取り敢えず南に逃げる事にしたが、林の奥に潜んでいた目の三つある犬に襲われてしまった。

「俺、何か悪い事した?」

 そう言いながら小銃で撃ち殺すのに成功したものの、銃声に呼び寄せられ、樹々を擦り抜けた騎馬が次第に彼に迫り来る。

 それを見て『こいつ』も持っているのはまずい、と慌てて木の根本の(うろ)に投げ込み落ち葉を被せる。

 

 そして結局、彼は逃走に失敗した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ルナールは軍師の命令でルーファンショイ南部の森に来ていた。

 此処でまずは魔獣を狩り、魔法石の材料を集めるように指示されていたのだ。

 ピナーも『議会の指示ならば』と彼の行動を容認した。


 勿論、名目的には年明けのフェリシア侵攻時に後方を魔獣に荒らされないようにするための出陣であると誤魔化して行動することになった。


 兵士達は、

『魔獣を相手にするなど、大隊長はどうかしたのか?』

 と言う声が殆どだったが、魔獣に北上されれば(いず)れ闘う相手である。

 又、今回はあくまで魔獣の生息域や生態の調査であると言って説得した。


 兵士は自分を生かしてくれる上官に従う。

 そう云った意味でルナールは今の処は及第点であったが、これからは兵を危険にさらす事が多くなるだろう。

 ルナールは軍師との話し合い以来、何時、兵士から殺されてもおかしくない指揮官になるつもりではあるが、今の段階では問題は無いようだ。

 仮にそのような事態になるにしても時期が合えばよい、と彼は思っている。

 この国を一旦滅ぼす以上、最終的には自分だけ生き残る気など更々ないのだ。

 彼にとっては母親を侮辱し続けていた自分ができる唯一の贖罪であるが、何よりも『国のため』にもなるのだと味方殺しを正当化していく事になるのだろう。



 こうして兵士の不安と共に出陣したルナール軍六百は、ルーファンショイ南部三百キロの地点で聞き慣れぬ激しい打撃音を耳にした。

 その方向に進軍した彼らは魔獣を相手にすること無く、その首の骨を大量に手に入れる事に成功する。

 大量の大型魔獣が平原に屍をさらしていたのである。

 又、それに伴って妙な男を捕らえる事にもなった。


 北に向かって十キロ程引き返すと、森を抜けて陣を構築した廃村まで戻る。

 この村は、建造物が殆ど無傷のまま放棄されており、草やツタを刈るだけで良い宿営地になっていた。


 昼過ぎから連行した男の尋問が始まった。


 しかし、怪しい事この上ない男である。

 見た事もない服を着込んで、その上武器もナイフ一本しか持っていなかったのだ。

 おかしな耳飾りを付けているのだが、それを奪うと話が全く通じない。

 やむを得ず返すも、

『自分はフェリシアの自由人(バロネット)であり、奥地にまで入り込んだのは事故である』と言い張るだけであった。


「あの巨体の魔獣の群れは誰が殺した? (つぶて)を使ったようだが、ハンドキャノンはどこか? それと、トリクラプスドッグの死体もあったが?」

 矢継ぎ早のルナールの尋問に男は、こう答えた。

「一緒に魔術師が居たのだが、はぐれてしまった。ハンドキャノンも彼女が持っている」


 その魔術師の名を訊くと、さらりと飛んでもない名前を出してきた。


『マーシア・グラディウス』


 その場に居た誰もが息を止める。

 これが事実なら、簡単に手を出して良い相手ではないことになる。

 スゥエンの丘が丸ごと消えたのは、ルーファンは勿論のこと、国中に知れ渡って居るのだ。 

 また、その際マーシアは『鳥』と共に現れた事も知られている。

 (もっと)もルナール達は『鳥』の実物を見たことがある訳ではないので、鉄で出来ており、からくりで飛ぶ、と言う事しか知らない。


 ルナールは側にいた書記官や尋問係に固く口止めしたが、一同に異論があろう筈はない。 

 皆、素直に頷き、同時に『拷問をしなくて良かった』と胸をなで下ろした。



『なるほど、マーシア・グラディウスならば、あの魔獣の死体も理解できる。

 しかし、コージ・イワクニとかいうあの男も問題だ。『鳥使い』に間違いあるまい。

 殆ど燃えてしまったが、あれは確かに鉄である。

 地面を車輪が走った後があったが、何もない所から急に(わだち)が現れているのだ。

 鳥が降りた後に間違い無い!』


 ルナールはまるで飛行機を知っているかと思うほどに正確に事態を判断していった。


 尋問は一旦中断した。通信可能の時間になったため、『軍師』と連絡を取る。

 事の次第を話すと『鳥』について彼の想像は当たって居ると『軍師』も太鼓判を押した後、焼けたものでも良いから鳥の残骸を首都へ運ぶように命じて来た。


「まるで、使い物になるとは思えませんが?」

『ものはどうでも良いのよ。素材が大事なの。 

 議員達が欲しがっているものでしょうね。たまには餌も与えないといけないから』


 相変わらず妙な事を言うが、彼女の言葉の意味不明な所は今に始まった事ではない。

 残骸を集めて首都へ送る事にした。


「あの男、どうします?」

『殺したら?』

 迷い無く返してくる軍師の言葉にルナールは驚いたものの、平静な声を保つ事には成功した。

「しかし、鳥の秘密を聞き出せておりません」

『あなた、剣を使うわよね?』

「はい。それが?」

 軍師はまたもや妙な事を言うが、次の言葉でルナールにも意味が分かる。

『で、その剣の作り方を知ってるの?』


 なるほど、鳥を扱うからといって『鳥』の作り方を知っているとは限らないという訳か、と納得はしたものの、

「しかし、もう少し情報は欲しいですね」

『あんまり長く生かしといてどうするの? 重要人物なら尚のこと、殺した方が怒り狂ったフェリシアの逆侵攻が早まるかも知れないんだから、ちゃちゃと殺っちゃいなさいな』

 岩国、風前の灯火である。


「お言葉を返すようですが、私は此の国を改革したいんであって更地(さらち)にしたい訳ではないんですよ。 

 あの男がマーシア・グラディウスの恋人だったとして、奴を殺された恨みで、あの女が丘を消した勢いで暴れ回ったらどうするんですか?」

 これは、勘違いながらルナールが正論だったようである。

『なるほど、それは拙いわね……』

 暫く間が空いたが、結局、

『まあ、任せるわ』

 軍師が無責任にそう言って通信は終わった。



 翌日、ルナールは『鳥』の残骸の回収を命じたのだが部下は手ぶらで戻ってきた。

 残骸は全て消え失せていたという。

 これは、地球軍がオスプレイとUHヘリを動員して全て回収したためだ。

 しかし、ルナールの手元には焼け残った五センチ四方の複合装甲があった。

 現場で何気なく手にしたものであり、それだけでも、と首都に送ることになる。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「マーシアちゃんの名前を出したのは、拙かったのかな?」

 岩国は今更ながらに後悔している。

『魔獣を倒したのは魔術師』と言い訳したまでは良かったが、名前まで聞かれるとは思わなかったのだ。

 瞬間的に、他に思いつく名前はなかった。


 岩国にとってマーシアは、いつの間にか現れた柊准尉の妹というだけの存在である。

 東部アルボス軍で出会った時も実に可愛らしく挨拶してくれたが、その時、表に出ていたのはマリアンであった事を彼は知らない。

『彼女なら、それほど有名人でも無いだろう』、と考え口にしたのだが、その場の空気が変わるのははっきり分かった。

 

「う~ん。拙かったかなぁ? でも今更変えられないし」

 等と考えていたのだが、それとは別に気に掛かる事もある。


 閉じ込められている部屋を見ておかしなことに気付いていた。

「ここの窓、こんなに小さいのに、この部屋なんでこんなに明るいんだ?」


 そう。窓は一応あるが余り大きくはなく、人の出入りが出来る大きさではない。

 要は明かり取りとしても小さいのだ。

 それでも充分に部屋全体に明かりが行き渡っているのは部屋の天井全体が光っているからである。


 岩国が寝転がるなどして暫く動きを止めると、二十分ほどで暗くなる。

 しかし、立ち上がって動き回ると又、明るくなる。

「オートセンサー? まあ、この世界の場合、『魔法』って言うのが正しいんだろうけどねぇ、しかし……」


 魔法と言い切れない理由の一つとして、彼には壁の下の方にある幾つかの穴がどうしても気に掛かるのだ。

 三つひと組の穴ぼこが二段になっている。どう見ても『あれ』にしか思えない。

 後は、壊れているがスロットが数カ所。 

 壁にはこれまた壊れているのであろうが、有機ELモニタでも嵌っていたかのような枠組み。


「なんなんだ! この部屋!」


 岩国が騒ぐ中、ドアが開かれた。

 自分を捕まえた軍の総大将とおぼしき男が入ってきた。


 年は岩国と変わらない程だが、堂々としている。

 岩国としては気後れするものがあったが、よく見ると相手も何か言いづらそうな表情である。

 それに気付いて彼は少しだけ気が楽になった。



「あ~、とにかく座りませんか?」

 岩国がそう言うと、ルナールは部屋の中央に据えられた小さなテーブルの椅子を一つ引いてかなり乱暴に腰掛けた。

 岩国も正面に座る。それから、恐る恐るとならないように訊いてみた。

「あの、帰っても良いんでしょうかね?」


 だが、口を開いたルナールの口調は堂々を通り越して、脅すが如きものである。

「貴様は捕虜だ!」

「はい?」

「捕虜だと言ったのだ」

「いや、先程も言った通り国境を侵犯したのはお詫びしますがね。純粋な事故なんですよ。

 第一、あなた方に銃、いや弓を引いた事は一度もありませんよ」


 岩国の言葉にルナールは怒気を隠さない。

「スゥエンに現れた『鳥』は貴様であろう! 

 我が国の臣民に反乱をそそのかしておいて、敵では無いだとは白々しい!」

「あれは!」

 陸軍だ、と言おうとして岩国は言葉に詰まった。

 同じ国防軍なのだ。それも、今は独立混成部隊としての仲間である。

 陸も空もない。


 考えた末、岩国が発した言葉は、

「あ~~、大変、遺憾に存じます」という間抜けなものだった。

「人を馬鹿にしているのか!」

 ルナールが沸騰寸前である事が見て取れた岩国は本気で焦った。

「いや、うちの国では政治家がよくこうやって詫びるんですよ! ホントです!」

 必死で頭を下げる。 


 ルナールの腰のロングソードは鞘にあちこち傷が付いており、飾り物でない事がよく分かる。

 あんなものを抜かれてはたまらない。何とか場を取り繕わなくては。


 幸いにして翻訳機は取り上げられなかった。

 通信機も兼ねている以上、近くに味方が来れば分かる筈であり、それまで生き延びる事が出来れば救出もあり得るのだ。馬鹿な死に方は御免である。


 怒り狂ったものの、相手より有利に立った事から冷静さを取り戻したルナールは、いきなり核心を突いた質問をしてきた。

「貴様が死んだ場合、マーシア・グラディウスはどう出ると思う?」

 だが、それは岩国にとっては余り意味のある質問には思えなかった。

 しかも、彼はマーシアがしでかした事については巧の敷いた箝口令のため全く知らないのだ。


「はあ、まあ、悲しんではくれるんじゃないんですかねぇ? 多分……」

 二~三度話をしただけの間柄だが、優しい良い子だったからなぁ、等と思う。

「それだけか?」

 ルナールは確認を取る。

「ええ、まあ」

 岩国としては、そうとしか言いようがないが、何でマーシアちゃんにこうも拘るのだろうかは疑問である。素直に訊いてみた。

「マーシアちゃんが何か?」


 その言葉を聞いて、ルナールは自分の耳を疑った。

「今、何と言った……」

「え? ですから、マーシアちゃんがどうしたのかなぁ、と?」

「貴様、マーシア・グラディウスを『マーシアちゃん』などと本気で呼んでいるのか?」

「はあ、それが何か?」

「マーシア・グラディウスは、そう呼ばれる事については?」

「いつも、ニコニコ笑顔で返事してくれる良い()ですよ」


 ルナールは、暫し考えた。 

 彼の判断力は既にいつもの鋭利さを取り戻している。

『この男、自分で気付いていないだけで、やはりマーシア・グラディウスの思い人のようだ。

 そうでなければ其の様な呼び方をあの女が許すはずがない。

 マーシア・グラディウスの噂など、交流地のバロネットを通じてシナンガルに幾らでも入ってくるのだ。自国民に対しても気に入らなければ腕の一本ぐらい切り落とすと聴く。

 しかし此の男、そのマーシア・グラディウスを指して『良い()』などと、手玉に取っている。殺すのはやはり拙い。危うい所だった』

 

「イワクニ殿と言いましたね」

 いきなり言葉遣いが丁寧なった。 

 岩国はきょとんとなるがそれには気付かずルナールは言葉を続ける。

「捕虜である事には変わりませんが、互いに紳士的に交渉したいと思っております。

 いかがですか?」


 岩国にとっては“願ったり”の台詞である。

「はい、是非!」と笑顔になる


「では、『鳥』について話せる範囲で話しては頂けませんかな?」

「いや、そりゃ無茶ですよ。あれはバロネットの飯のタネですから」

 岩国は万が一捕虜になった時のマニュアルに沿って答えていく。


「どの様な活動をしているのかだけでも、無理ですかな?」

「ああ、それぐらいなら。今は主に『竜』を相手にしていますね」

「フェリシアにも竜が居るので?」

「数ヶ月前から現れて大忙しですよ。そろそろ片付きますけどね」

 魔獣に合わせて攻め込んでも無駄だぞ、と岩国は釘を刺す形になった。


 ルナールは此処でも大きな勘違いをしていた。

『竜』というものを指して、シナンガルの翼飛竜(モドキ)と同じものだと考えていたのだ。

 岩国の方は逆に翼飛竜(モドキ)の存在を知らないため、話し方が自然である。

 しばらくの間だけだが双方の誤解は解けそうにない。



「スゥエンに現れた『鳥』は四羽だそうですが、あなた方は全てで何羽ほどの鳥をお持ちですか?」

「その気になりゃ、百は揃うでしょうね」

 戦闘ヘリは国防陸軍の総数で四百機はある。

 稼働率は常に九十五パーセント以上ある上に、二兵研だけでも後ひと月もあれば二十から三十は揃うだろう。

 UH(汎用)やCH(貨物)ヘリも陸軍だけで六百は下るまい。


 レーザー対空網の完成で空軍のパイロットも余っているため、ハンガーで保護繭(コクーン)に包まれ、ほこりを被っている固定翼機体も多いのだ。

 二百でも揃えられるほどだが、人手が足りない上に最大戦力を明かす必要もないので控えめに言う。


 しかし、ルナールにとっては驚愕の事実であった。

 シルガラ砦を一撃で破壊した『鳥』が百は揃う! 何かの冗談ではないのか?

 後々は良いとして、今は拙い。

 フェリシアを怒らせて逆侵攻させなくてはならないのだが、こちらが相手にもならないのではそれ以前の問題ではないか。


「ま、まあ、そういう事にしておきましょう」

 そう言ってルナールは部屋を出たものの、毅然とした態度はドアを閉じると共に崩れた。


 岩国は彼が出ていった後、自分も訊きたかった事があった事を思い出して、ルナールを引き留めるべきだったと後悔したが後の祭りであった。

 この部屋について訊きたい事はいくらでも有ったのだ。

 尤もルナールを引き留めた所で何ら情報は得られなかったのだが、岩国としてはそうは考えない。地団駄を踏んだ。


「あ~、失敗した」

 岩国がそう呟いた時、インカムに妙な声が入ってきた。

『マーシア・グラディウスさんと仲が良いんですね』

「カレシュちゃん!」

 驚いた事に、カレシュ・アミアンの声がインカムに入ってきたのだ。


「何処にいるの?」

『近くの森です。皆さんの鳥さん達は騒がしいですから救援には向かないだろうと思って志願しました。けど……』

「けど?」

『マーシアさんに助けて貰ったらどうですか?』

「何言ってんの!? カレシュちゃん、何か誤解してるよ!」

『そうやって、誰にでも【何とかちゃん】って言ってるんでしょ?!』

 え、何? 俺、焼かれてるんの? 

 と岩国は嬉しいものの命が掛かっている以上、そう舞い上がっても居られない。焦る。


「いや、あのね。ほら、年下の女の子にはね。どうしてもそう呼びかけちゃうでしょ?」

『ヤ、です!』

「は?」

『そういうの、なんか嫌です!』

「え、じゃあ、どうすればいいの?」

『あたしにだけ「ちゃん」って言うって約束してくれないと助けてあげません!』

 カレシュは本気で怒っているようだ。


 彼女は、レンのように岩国を失いたくないという一心で此処まで来たのだが、無線から聞こえる会話を聞いているうちに、自分でも分からぬ怒りがわき起こってきたのだ。


 彼女は今まで何も持たなかった。

『魔法』によって人から存在を認められた事はある。

 だが、彼女自身を認めた人間はレンを除いては居なかったのではないのだろうか?

 其のレンですら、結局は彼女をどう思っていたのかはよく分からないままであった。


 そんな惨めな気持ちで生きてきた中で無条件に岩国が彼女を追いかけてきた時、能力のない自分が誰かに求められる初めての体験と共に、『彼を手放したくない』という気持ちも生まれてしまったのだ。


 一方、いきなりの告白に岩国はと言うと。

 一瞬のぼせ上がってしまったが我に返ると余裕も出る。

「あ、いや。それは逆だね」

『逆? 逆って何ですか?』


 カレシュの拗ねた声が可愛いと感じつつ、岩国は返事をする。

「親しいほど、名前を省略したり呼び捨てになるものだろ?」

『あっ!』

「ね?」

『はい!』

「カレシュ、助けてくれる?」

『はい!』

「返事が違うよ」

『あ、うん!』


「じゃあ、これから準備するから、時計を合わせよう。時計、持ってるよね?」

「はい! 頂いたもの、大事にしてますよ」



 誰かが聴いて居たらトン単位で口から砂糖が流れ出そうな会話であった。




挿絵(By みてみん)

9/7 おまけ

 カレシュを書いてみたくなりました。

 アニメ絵を描くのは初めてだと思いますが、楽しかったですね。

サブタイトルは「バーンの竜騎士シリーズ」アン・マキャフィリからです。

今日、これ書くのも3回目です。

目が回って、間違えてBSキーばかり押して、投稿に失敗してばかりいます。

1時には投稿しようとして、何度も失敗。

どうなっているのやら。

あと、この小説つい先週知ったのですが、どうもプロットが被り気味です。

なんだかなぁ。

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