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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
61/222

60:大層な少女達

 シナンガルの『軍師』が考えている事をフェリシアの王宮や『セム』が知ったなら、どう思うであろうか?

『神にでもなったつもりか!』と怒るかも知れないが、或いは、

『自分たちの判断の失敗がこのような事態を招いた』

 と彼女の動きを肯定するかも知れない。


 何れにせよ、『軍師』はフェリシアの味方ではないが、かといって一方的なシナンガルの味方でもない。

 彼女には彼女なりの行動原理があるのだ。

 それに沿って、彼女はフェリシアに幾分かの被害を与える事を決定していた。


 但し、彼女も万能ではない。

 ルースと巧の計画を知っていたならば、事はこれ程に(こじ)れなかったのかも知れないのだが、今は彼女も其処までを知る術はなかった。

 スゥエンにおける奴隷解放と独立の呼びかけについては当然知っては居たが、あくまでフェリシアによる『内乱誘発』としか捕らえていなかったのだ。



「奴隷の解放など、本当に出来るのですか?」

 ルナールは、半信半疑である。

 確かに彼女の力は身をもって体験した。 

 しかし、それはあくまで個人レベルの能力である。

『社会体制を変える』と云う事は、聡明なルナールであるからこそ不可能との結論しか出ないのだ。

 このような大きな話は、ルースのような『夢見る人』でなければ最初のアクションは決して起こせない。

 言い方は悪いが、少々『馬鹿』でなければ何かを成す事など決して出来ないのでは無いだろうか。


 過去、地球において巧の父、柊穣が『失敗の手順』を学ぶ事を恐れなかった程の意志と楽観性を併せ持つかのように。


 ルナールに『それ』は無い。


 では軍師にはあるのかというと、彼女の場合も少し違うようである。

 会話の端々からそれが伺える。


「出来るか出来ないかではないの。やらないとこの世界は、元通りにならない。

 私に与えられた任務に『このような世界体制』は存在しないのよ。

 一体、『彼』は何をしていたのかしらね? 此処からじゃ連絡も取れないと来てる」

 そう言って彼女は肩をすくめるのだが、何故かその動きは『慣れていない』ぎこちなさが見て取れた。


「任務?」

 ルナールはその言葉に違和感を覚える。

 当然で有ろう。 

 国家主席のワン家に入り込んでいるとは云え、彼女はどうやらシナンガルの主席、議会、共に歯牙に掛けている様子もない。

 では、誰から? まさかフェリシアとも思えない。

 それなら、先程の力を使ってワンは無理でもアダマンぐらいは暗殺して居るであろう。

 それだけでも、充分にシナンガルにとっては打撃だ。


 だが、軍師は事も無げに言う。

「そう、任務よ。それだけ」

「お聞きしても差し支えないでしょうか?」

「なにかしら?」

「誰から、の命令なのですか? まさかフェリシア?」


 ルナールの言葉に、初めて軍師の纏う空気が変わる。

 マスクで目は見えないものの、口元は完全に固まってしまった。

 そうして間を置いて発せられた一言も、結局はルナールにとって理解に苦しむ言葉に変わりはない。


「そうねぇ。()いて言うなら。『あなた方?』かしらね」


「?」


「まあ、追々ね。それは兎も角として、私とあなたが何処にいても連絡が付くようにしておきたいの。スパエラ、持ってる?」

 話をはぐらかされたようではあるが、(いず)れ話す気はあるようなのだ。

 ルナールは話を合わせる事にした。


「小さなものなら持っていますし、私も五キロぐらいなら力は有りますが何処(どこ)からでも、という訳にはいきません」

「あら、随分あるのね。どれ、ちょっと良いかしら」

 そう言って彼女はルナールの背に廻ると延髄に指先を当てる。

「なるほど、やはり母親は『係員』の末裔ですか」

「係員?」

 聞き慣れぬ言葉にルナールが首をかしげる。


「奴隷の古い呼び名だとでも思って頂戴。これについても(いず)れね。

 しかし、そうなるとどうしようか?」

 軍師は相変わらず話をはぐらかす。


「軍師殿は前線に来られる事は無いので?」

「軍師、ってのは、まあ、あのアダマンが勝手に付けた呼び名よ。

 こっちも訳あって名を名乗る訳にはいかなくてね。

 あと、私は此処から動けないの」

「それだけの力があって?」

「これね。大した力じゃないわよ。この屋敷内でしか使えないんだから。

 まあ、何にせよこっちで実体を得られたのは幸運ね。 

 向こうにいたら彼と二人で大喧嘩して終わってただけだわ。 

 此処(ここ)の馬鹿ともコンタクト出来なかったし。

 しかし、何、トチ狂ってるの此奴(こいつ)は? あたしのリンケージまで切っちゃうし。彼と話も出来ない。」


 軍師は後半ルナールに向かっては喋っていない。

 口調は平坦で感情は表れないものの、愚痴か憤りを壁にぶつけているだけのようだ。

 ルナールにしてみれば珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)としか言いようがない言葉が続く。


「あの、軍師殿……」

 控えめにルナールが声を掛けると、ようやっと我に返ったようである。

「ああ、ご免なさいな。水晶球(スパエラ)の話だったわね」

「はい。それですが、私に考えがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「ほう。訊きたいわね?」

「各地に連絡員を置いて、そこから中継して貰うのはどうでしょうか?」

 良いアイディアに思えたが、軍師はそれを一蹴した。


「駄目ね。誰が話を訊くか分からないわ」

「信用できるものを置けば?」

「居るの?」

 そう言われるとルナールにも全く心当たりがない。

『ハイスペックぼっち』の彼であった。


「仕方ない、アルテルフを使うか。彼に関わらなければ一機ぐらいなら割り込めるでしょ」

「アルテルフ?」

「まあ、国内なら何処にいてもその水晶球とあなたの能力なら連絡は取れるわ。

 但し、昼過ぎから日没までの三時間までね。それ以上は私にもどうしようもないの」

「それだけでも凄い事です!」


 ルナールの感心を余所に、軍師はフェリシア侵攻の話を進めていく。

 が、その内容は彼の臓腑を抉るようなものであった。

「認められません。味方を見捨てる事になります。 

 いや、敵に対してもこのような事が許されるはずがありません

 一番分からないのは、フェリシアがこの国を支配すれば奴隷制度はなくなるのでは?

 何故その方法へ舵を取らないのですか?」


 ルナールの問いに、軍師は最初の一言だけ投げるように答えた。

「馬鹿言っちゃいけないわ!」

 それから彼女は、巧がルースに話した事と同じに『支配の理論』について語る。

 フェリシアにはそれを知っているものが居る以上、絶対にこの国を併合しないであろうとも。


 ルナールもそれを聞き、納得せざるを得なかった。

 結局、他国や他者に頼ってはいけないのだ。

 自分たちで目覚めなくてはならない。例え、一時的に負けたとしてもだ。


「それにね。あたしは『世界の形』と『種』が守れればそれで良いのよ。個人に興味はないわ」

「種?」

 またもや意味が掴めないが、軍師は意に介さずにルナールに返答を求めた。

「駒になるのか、ならないのか。それだけ決めてね。こっちも必死なのよ」

 存在意義が掛かっているのだから、と言いかけて軍師は『必要なし(negative) 』と判断して言葉を止めた。


 暫し考えて、ルナールは言う。

「どうして、こうなったんでしょうね。自分は栄達だけを望んでここに来たんですが」

「断る?」

「いえ、受けます。地獄行きでしょうが、ね。 

 まあ、神とやらの存在は知りませんし、奴隷制度をなくせるならそれも良いかな、と」

「ああ、そうか。この世界は出来うる限り『宗教』を排除したんだっけね。

 それでも差別は起きるか。量子レベルでDNAにでも刻まれてるのかしらねぇ?」

 量子やらDNAという訳の分からぬ言葉に疑問を持つ事をルナールは当に諦めていたが、宗教を排除した、という人為的な言葉には僅かに引っかかった。

 しかし、彼としてはそれ以上に、尋ねておきたい事があったのだ。


「彼らの魔法機械に対応する方法をご存じなら、ご教授頂きたいのですが」

「おお、良い所に気付いたわね」

「まずは、あれを使ってこの国を荒らして貰うんだけど、その気にさせなくっちゃ意味無いからね。あと、最終的には『この世界』から出ていって貰わないといけない訳だし」

「案がおありで?」

「こう言うのはどう?」

 軍師のアイディアを聞いて、ルナールの思考は大混乱に陥ったが落ち着いて考えてみると、

「戦場では兵の被害が殆ど出ませんね。材料もあふれていますし」

 そういって笑う。


「全く出ないかもね? それにワン家に恩が売れるわよ。 

 一時的なだけだけど、あなたの栄達にも繋がるわ。 

 唯、下準備が大変よ。そっちでは被害甚大であなたの軍は全滅かもね」

 腰掛けたルナールより、頭一つ低い位置で立ち止まって軍師は低く笑ったが、やはりそのような感情を表す行動は軍師にとっては慣れていない行為のようだと、彼には感じられた。


 同時に彼女が非常に若い、いや幼いと云っても良い年なのではないのか、とようやっと気付いたのだ。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 フェリシア派遣軍と地球との往復は相変わらず続いている。

 作戦開始当初には地球との時間差が四ヶ月は離れていたが、機器整備の係員数の関係で連続して機体を送る訳にもいかず、カグラとの月の差は二月(ふたつき)を切るほどに近付いていた。


 現在、アメリカにおける南北の対立は発火点に近くはあるが決定打は生まれて居らず、政府も事態の推移を見守るしかなかったが、既に米第九艦隊から広島もしくは佐世保への一時的な母港移転の打診は行われており予断を許さぬ状況である。

 また、佐官以上の高位軍人や尉官以上の監視団対象者と成り得る者のカグラへの移動は差し止められ、最大五千二百五十名どころか一千五十名すら確保する事は難しい有様であった。


 政府からの二兵研への回答では、暫くは現在の六百五十名で対応して欲しいとの事であり、人手不足は深刻である。

 一等兵や兵長など、何時軍を去るか分からない人物の転移は問題外であり、最低でも軍曹以上と考えるのだが実際は伍長からでも引き抜かざるを得ないのが実情である。

 何れにせよ、地球側からこちらへアクセスする方法など存在しないのである以上、秘密が漏れた所で、フェリシアとしては別段問題にはならないが、煩わしい事は避けるに限る。

 何より、地球の方の巧達の政府に大きな異変が起きる事も困るのだ。


 そのような人員不足の反面、機材だけは順調に数が揃いつつあった。



 その一方のカグラにおいて十一月二日。


 この数ヶ月で、シエネの行政から軍制まで大きな変化があった。

 まず、(くだん)のバロネットにおける暴利取引と賭博場開設に伴って行われた改正選挙で市の権力構造は大きく変わった。

 西部方面隊長までもが賭博場経営に関わっていた事が知られると、議会において罷免決議が出され、女王は直ぐさまこれを承認。

 変わってフェリックス・バルテンが将軍へと昇進し、そのまま西部方面防衛隊長へとなった。

 また名称も改められ、方面隊長から『方面司令』となり、戦時下での権限が一時的にではあるが押し上げられる。

 危険な賭ではあるが、事態が事態であるためやむを得ないと云う処であろう。


 地球の歴史でなら、このような存在は(いず)れ代を得るごとに軍政皇帝化していくのであるが、兵権が東西に別れている事と権力の上に女王という権威が居る事から危険性は薄まると巧もヴェレーネも考えて気に病まぬ事にした。


 シエネ城壁と呼ばれる新しい防衛壁は高さ五十メートルの丘の上に更に三十メートルの高さを備え、基底部幅二十五メートル、上部幅二十メートルと、堂々たるものである。

 最初は石造りであったが、その外側を地球の土木技術で鉄筋コンクリートと防火壁で固めた。

 これを見たシエネの市民は、まるで小型のデフォート城塞のようだと言っては喜んで城壁に上がった。

 ちょっとした観光名所と化して城壁と言うよりは良い遠見台であるが、城壁の兵達の仕事を邪魔せぬ限りにおいてバルテンは城壁に上がる市民に出来る限りは制限を掛けぬようにした。

 税金が正しく使われている事を市民に知らしめる良い機会だとも考えたのだ。

 現在の市民の議会に対する不信感が軍に向かわないとも限らないため、気を遣った措置と言える。


 また、軍も休養の時期であり、二万人増員されたとは言え、西部軍十万人全員が常に稼働できる訳ではない。

 五万のデフォート城塞軍は勿論の事、シエネの防衛隊五万の内、半数も休暇に入っており、市民が城壁に上がる事で兵士の良い見張り代わりにもなるだろうとは、ついでの考えであった。



 この城壁の守備隊長はオレグ・バチェクが務めているのだが、彼には今、頭を悩ませている事がある。

 

 ポージー・ツァロテカである。

 元々、シエネの議員の娘で子供の頃から荒事ばかりしていたため彼女には男っ気が全くと言って良い程に無かった。

 その為、軍に喜んで身を投じていたのだが、己の危機にオレグが身を挺して助けに来てくれた事で初めて男性を意識した。

 更にはその後、自分の行為が『死罪』に該当しかねない行為であったことをオレグの一言が救った事を知った彼女は、彼の元に親共々に押しかけて婚姻を迫るようになったのである。


 オレグは別段ポージーが嫌いな訳ではないし、可愛らしい()だとは思うが、オレグの趣味はもう少したおやかなタイプであった。

 何より、今は拙い。


 ポージーの父親は賭博場にこそ関わっては居なかったものの、バロネットの暴利取引に関わった事は知れ渡って居たのだ。

 さほど悪どい範囲で事を行っていた訳では無かった為、改選選挙では辛うじて当選したものの、あの親父が自分を後ろ盾に狙っている事は誰の目にも明らかなのだと、オレグは身を引き締めポージーを近寄らせない。


 現在はバルテンに頼み中央陣地から引き離して、彼女を右翼の第二副官に収めてもらった。



 その右翼陣地でもう一人、女性問題に悩む男が居る。

 ローク・ブランシェットである。

 彼もオレグと同じく新しく完成したデフォート城塞からライン山脈側を結ぶ、城壁の上に居た。


 一月前に二兵研付属病院を退院した後、カレルの推薦もありデフォート城塞右翼指揮官補佐、つまり第一副官に任命されている。

 とは言っても、右翼指揮官が高齢の大隊長であるため、実質のところ彼が指揮官同然であるのだが。


 もうすぐ昼餉(ひるげ)の時間である。 

 各隊員達に交代して給養班に当たって貰い、食事は纏めて作らせており、交代でゆっくりと食事は取って貰う事を心がけている。


 これは巧から学んだ事であり、

『事務管理』、『補給』、『精神管理』、『衛生管理』、『基礎訓練』、『手順確認』などの地道な日頃の活動を指揮すること。

 これこそが指揮官の仕事であり、戦闘指揮などは『その結果』として現れるものである、と云う事をあの救出作戦の行程から理解しているのだ。


 オレグですら彼に教えを請いに来るほどである。


 無線が日に一度、南部方面から入る。

 桜田からである。 

 形式上は南部戦線の状況報告という業務連絡なのだが、実際は桜田がロークにまとわりついていると云うのが正しい。 

 ロークも桜田に好意は持っている。

 もしかすれば、この二人は異世界間初のカップルになるのかも知れないのだが、事はそう簡単にはいかなかった。


 ロークは桜田との通信を切った後、深い溜息を吐く。

 彼女は命の恩人であり、地球という異世界での入院中においてもロークの立ち位置を確保するための努力を毎日欠かさず行ってくれた。

 情けの深い女性であり、頭も良い。常識にとらわれない度胸もある。

 何よりあの胸が……、いや、それは関係ない、と云う事にしても、人生のパートナーとしては申し分ないと思うのだが、その言葉を出す事に踏み切れない理由があるのだ。


 その理由が今日も昼食のバスケットと共にやってくる。


「ロークさん。お食事です」

 ローブを目深に被り、スカーフで顔の下半分を隠している少女が、恥ずかしそうにではあるがしっかりとした足取りで近づいてくる。

 その後をスキップするように、更に幼い少女が付いてくる。

 ケット・シーのティーマである。 

 ティーマの頭上に何か光っているのはスプライトであろう。

 この三人はいつも一緒だ。


 ああ、自分は何故あの時、あんな事を言ってしまったのだろうか?

 と後悔しても始まらない。

 始まらないが、何とかしなくては終わりもない。


 取り敢えず、声を掛ける事にする。

「なあ、レイティア」

「はい」

 レイティアと呼ばれた少女の返事はくぐもってはいるものの、何時か聞いた声よりはずっと聞きやすくなっている。

 再生手術は順調に進んでいるのだ。

「あ~。前も言ったと思うんだが、私は、昼食は兵と同じものを食べなくてはいけないんだよ」

「なら、夜はお家に帰って来て下さいな」

「おうちって。あれは君たちの仮住まいであって私が入って良い場所ではない」


 ロークの言葉に少女は黙り込んだが、やっとと云う感じで声を出す。

「嘘、吐いたんですか……」

 責めるような声ではない。唯、悲しんでいるだけだ。

「そうですよね。こんな顔の女、誰も相手にしないって分かってました」


 少女は愛称をレータ。本名をレイティア・ハンゼルカという。

 シナンガル人ロッジで拷問を受け唇周りの皮膚をはぎ取られていたが、再生手術は順調であり、あと二回の手術では完璧に元に戻る事が分かっている。

 それもはっきりはしているのだが彼女には未だ実感がない。


 しかし、彼女の中に男性に対する恐怖心と不信感が渦を巻いていた頃、一筋の希望が現れた。

 旅の最中、レイティアが自殺をしないか心配である、というリンジーの言葉を訊いていたロークは、迂闊にも回復が難しい様なら俺でよければ『将来は嫁に来てくれ』と言ってしまったのだ。

 その時は嘘偽りない気持ちであった。

 女性としての希望を持たせたいと思ったのだし、ロークは伴侶を選ぶ基準として家庭を守ってくれる女性なら容姿にこだわる人間ではなかったのだ。


 レイティアはその言葉を支えにして、未知の世界での奇異の目にも恐ろしい診察や手術にも耐えた。それは事実だ。


 しかし、彼女は快復する。

 それならば年齢相応の恋をして幸せになるべきなのだ、と今ならロークは思うのだが、レイティアの考えは違う。


『あれだけを希望に生きてきたのに、今更どうしろと言うのだ。

 自分が一番酷い状態の時に、一番大切な約束をしてくれた人なのだ。 

 その人以上に信じられる人など今後現れるとは思えない。 

 第一、他の男。特に『人の顔』は恐ろしい。 

 完全な狼のロークだからこそ耐えられるのだ。

 それが『嘘』だった。からかわれて居ただけだというなら……』


「ご迷惑おかけしました。大丈夫です。二度と姿を見せる事もありません」

 そういって彼女はロークに背を向けた。

 バスケットを地面に置き、

「気持ち悪くなければ、少しは食べて下さい。ティーマちゃんも手伝ってくれましたから……」

 そう言って歩き出す。


 途端にスプライトが、ロークの眼前で実体化する。

「お前、巫山戯けるなよ!

 彼女が死んだら、一生つきまとってお前の金○に毎晩電撃を喰らわすぞ!」

 脅しではない。事実、ロークはそれを一度喰らっているのだ。

 悶絶した事があり、バリスタで腹を割かれた時の方が遙かにマシであった。


「違う! 違うって、レータちゃん違う! 誤解だ! ほら、一緒にご飯にしよう!」

 そう言って、ロークはバスケットを持ち上げると、蓋を開いてわざとらしく大声を出す。

「美味しそうだなぁ~!」


 その声にレイティアは笑顔で振り向いて、走り寄ると彼の腕に抱きついて来た。

 呼吸が止まりそうなロークであった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 カレシュは、岩国と共に中央陣地を訪れていた。

「亡命を希望だそうですね」

 出迎えたのは、ヴェレーネ・アルメットである。

 巧はシエネに滞在しており、カレシュの件が片づいてから中央陣地に来る事になった。

 カレルと書記官が同席する。


 まずカレシュは遠慮がちに尋ねてきた。

「はい。……あの、『竜』も一緒ではいけませんでしょうか?」

「それは構わないけれど、その竜をどの様に扱うつもりなのか次第ですね」

 ヴェレーネは事務的な対応であるが、実際は複雑な気分である。

 過去に彼女の記憶は読んだ。かなり深い所までだ。

 その事から、この子の思考が『ほんの子供』である、と云う事も分かっている。

 今回も『読んだ』

 その上で事をスムーズに進められないか、とも思ったが、敢えて正攻法でいく事にした。


 彼女は巧の『殺し』に責任を取る立場なのだ。

 まず、自分が逃げを打つ事は出来ない。


「どの様に、とは?」

 カレシュは不安顔である。

 後にいる岩国まで掌に汗を掻いてきた。

 ヴェレーネ・アルメットは決して舐めてかかって良い相手ではない。

 二兵研の人間は多かれ少なかれ、誰しもがそれを骨身に染み込まされているのだ。


 ヴェレーネの質問は、単刀直入なものであった。

「巨人との一騎打ちを希望しているとか聴きましたが、それにあの竜を使うつもりで?」

「いいえ」

 カレシュはアルボス軍で数日を過ごし、多少なりともフェリシアの気風を知った。

 良い国だ、良い人々だ、と思う。

 しかし、レンの仇を討ちたいと思う気持ちに変わりはない。

 だが、それにランセを巻き込みたくもない。

 自分の力では無理だ。

 それは分かっていたはずなのに、何故か『それ』を終わらせないとこの国に居る事は出来ない。と思うようになったのだ。

 例え自分が死ぬ事になったとしても。


 答えを知りつつもヴェレーネはカレシュに問い掛ける。

「何故、あの竜を使わないの?」

 カレシュの答えはヴェレーネには兎も角として岩国にとっては意外なものであった。

 

「彼は、友達ですから」

 カレシュはそれだけ言った。

 ランセの安全はこれで保証されるだろうと思ったのだ。

 だが、ヴェレーネは違う意見のようである。


「あなたが死んだ後、あの竜が暴れるようなら処分させて貰いますわよ」

 感情の籠もらない事務的な言葉であり、ゴミをかたづけろ、という言葉と同じ響きがあった。


「そんな!」

 思わずカレシュは叫ぶが、ヴェレーネこそ本気で腹を立て始めているようだ。

「では、あたし達はあの竜に黙って殺されろとでも言うのかしら?」

 言葉も出ないカレシュにヴェレーネは追い打ちを掛ける。

「あなたはシナンガルに戻るべきね。次は敵としてお会いしましょう」


 その言葉に思わず岩国が反応した。

「主任!」

「岩国少尉、発言を許可しません」

 ヴェレーネの声は『逆らえば殺す』と言う程の凄みがあったが、それは一軍を預かるものとして当然の態度である。


 だが、岩国は勇気を振り絞る。

「主任、いや大佐殿。何卒、一言だけ具申許可をお願いいたします」

「黙るか、そうでなければ退出なさい」

 とりつく島もない返答であった。

 岩国はこの場に残る事を選ぶ。


「ランセは森に返します。その後、仇討ちだけでも認めてはもらえないでしょうか?」

 カレシュはどうせ追い返されるならとばかりに、一転して強気の口調である。


 が、ヴェレーネはそれを鼻で笑う。

「仇? 仇ならこっちが打ちたいぐらいだわ。それを我慢してやってるのよ。

 つけあがるのもいい加減にしなさい。攻め込んできたのはどっちなの?」


 カレシュには、返す言葉もなかった。

「シナンガルに戻ります……」

 そう言うと力無く立ち上がった。

「カレシュちゃん」

 岩国の声は届いていない様だ。フラフラと仮設本部を後にしていく。


 カレシュが出ていくと、ヴェレーネはある人物を呼び出した。

「あの竜が飛び上がると同時に始末なさい。あなたなら出来るでしょ。

 あの丘の二千六百分の一の質量も無いわ」


 扉から現れたのはマーシアであった。

「あのような子供を!?」

「何言ってるの。あたしは竜を始末しろと言ったのよ。 

 竜の背中に誰が居るかなんて知ったこっちゃ無いわ」


「拒否させて貰う」

「そう。 ま、良いでしょ。それはそれで良い事だわ」

 マーシアが自分の力に溺れていない事を確認する良い機会にもなった。

 さて、あの娘が実際に竜を使って暴れた時どうするか。そちらも考えておかなくてはならない。


 有り難い事にAS31とAS20は見た目がまるで違う。

 オーファン相手に仕掛けてくる可能性は低いが、取り敢えず警戒はしておく事に越した事はあるまい。


 また、敵として現れた場合もやっかいな相手だ。

 シエネのASを増やしておく必要も視野に入れなくてはならない。

 だが、ヴェレーネはカレシュの意識を読んだ時、彼女がシナンガル軍に戻る事はあり得ないと判断した。

 そうでなければ、藪蛇とも言える彼女の死後の竜の扱いについて等、話題にはしなかったであろう。

 後は、岩国が勝手に動いてくれることも期待している。



 窓から外を見ると、竜が西に向かって飛び立つのが見えた。





サブタイトルは、カート・ヴォネガット・Jr「タイタンの妖女」をいじくりました。

前回は捻りがないタイトルでしたが、今回は捻りすぎて原形をとどめていません。 我ながら酷すぎると思うのですが、もう、考えつかなくて。 

はい、すいませんでした。

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