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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
59/222

58:目覚めんで良い時

 横田・岩国ペアが『碧い竜』に遭遇し焦りまくっている頃、スゥエンの指揮官達も又、先手を取られたと焦りまくっていた。


 報告にあったとは云え、白い鳥の巨体と、その中から現れた不気味な服装の人物達。

 上空には更に不気味な茶色をした若鳥が三羽。扇状に位置を取り轟音を響かせながらも、その場からぴたりと動かない

 何より、離れていても判るマーシア・グラディウスの殺気にスゥエンの兵士達の緊張は(いや)おうにも高まる。


 しかし、その殺気が消えた直後には、一転して敵兵の間から笑い声が起きたのだ。

 侮辱されているように感じたのは一人や二人ではないが、こちらが勝手に怯んだだけである事も知っている。

 怒りを露わにすることも難しい心理状態で事が始まりかねなかったのだ。


 だが一人の男が全員に見えるように踏み台に昇ると、動揺は一気に収まった。

『カリスマ』とはこのような男にふさわしい言葉であろう。

 それが何から生まれたものかは知らないが。


 演説用の踏み台に上がったのはアンドレア・ハーケン第一大隊長であった。


 今回、(くじ)に分けられた交渉者の内にハーケンが混ざっていたのは総司令官のドラークの意向ではあるが、彼としても苦渋の決断であった。

 交渉が決裂して、戦闘状態になれば百人程度なら全員死亡するであろう為、自分が出ていく訳にも行かない。

 そうかといって、自分を除けば判断に安定感があるのはハーケンが最良の人選である、という訳であった。


「諸君。今日は話し合いのみ、である。 

 戦闘にならぬ事は、皆々『当然の事ながら』知っているとは思うが、私は君たちにシナンガルの軍人として誇り高き振る舞いを求む。以上である」


 ハーケンの威厳有る態度と言葉遣いに兵士達は落ち着きを取り戻し、自然と列が整う。

 百人長がハーケン以下四人の大隊長に敬礼を施すと、その動きに一斉に兵が習った。

 ハーケンは兵に満足げな笑顔を見せて演説台を降る。


 シナンガル兵達の動きと表情に一気に迷いが無くなり、

「見事!」と他の大隊長達も感服したものであった。



 巧達、総勢二十一名は相手を刺激しないようにと考え、会談会場から二十メートル手前で一時停止した。

 マーシアとオレグのみが進み出る。


 巧としても辛い処だが此処は我慢だ。

 二人にはインカムを付けて貰っているので会談の内容は巧達にも充分に聞こえる上、マーシア・グラディウス相手に百人如きで仕掛ける馬鹿が居るとも思えない。

 仮に居たとしても身の危険は無いが戦闘が目的ではないのだ。

 交渉をどう有利に運ぶか。此処が問題である。


 隊員を置き去りにして二人だけで席に近付くマーシアとオレグにシンナガル人達は少なからず動揺したが、先程のハーケンの訓辞もあって平静を保てている。


 緊張の中、会談が始まった。


 まずはマーシアとオレグが会談を受けて貰ったことの礼を立ったまま述べると、それに対してハーケンは着席するように進めた。

 まずは自分が席に着き彼らを促す。


 上下関係に縛られるシナンガル人の一端が垣間見える光景であったが、このような行為処か、それが言葉になって現れるであろう事は容易に想像できるのだ。

 マーシアもオレグも腹の中で笑っただけで済ませる。


 ハーケンの隣には書記官であろう文人とおぼしき人物が座り、その後にハーケンの他、四名の人物が座っている。

 彼らはハーケンと同じ地位にあると説明された。


「司令官殿のお言葉と同じ、と考えて宜しいのですかな?」

 マーシアの言葉にハーケンは質問を交えて答えた。


「答えられる範囲ではそうですな。

 処で、そちらもサミュエル・ルースという御仁の言葉、或いはフェリシア女王の言葉と同じと受け取って宜しいのですな」


 言質を取る。単純だが重要な場面である。


 此処でオレグが先制のジャブを喰らわせた。

「実は其のことですが、今回の件はマーシア・グラディウス個人の行動です。

 私は其れを説明するために此処にまいりました」


 流石のハーケンにもこれは予想外であったようだ。

「今、何と?」

「言った通りです。まず、彼女は自由人(バロネット)です。

 彼女の行動は違法性がない限りにおいて我が国では止めようもありません」


「マーシア・グラディウスは王宮の近衛隊長だと聞いているが?」

「其れは『女王』という立場の人間が『個人』として彼女と契約を結んでいるに過ぎません。 

 議会も近衛などと云うものの存在は王宮の私物と認識しております。

 彼女は依然バロネットです(ゆえ)、軍に参加する際も命令ではなく、我々はあくまで依頼するしかないのですよ」


 地球でなら無茶苦茶な理論ではあるが、未だ議会制民主主義と王政の分離があやふやなこの世界では道理として通ってしまうのだ。


 むう、としか言えない声を出したのはハーケンではなく後方に居る大隊長達である。

 その中で一人立ち上がった者が居る。

 ラデク・チェルノフ第三大隊長である。

「ならば聞くが! では『奴ら』は何なのだ?」

 そう言って巧達を指した。


 オレグは1+1=2と言う程度の気軽さで答える。

「バロネットですな」

「あんなバロネットが居てたまるか!」

「しかし、そう言われましても、そうでないとすれば目の前にいる彼らは何なのでしょうか?」

 オレグは逆に質問する有様である。

 彼は武人として行動する時にはどの様な言動でも可能な男だ。

 生真面目なだけではない。

 相手を挑発することが戦闘の基点になる場合もあるのだ。

 これぐらいの腹芸は軽い。


「チェルノフ殿。今暫く、お待ちを」

 ハーケンがチェルノフを押しとどめる。

 巧もオレグも少々、がっかりした。 

 チェルノフという男が熱くなったため、ハーケンに冷静になる客観的な視点を与えてしまったのだ。


 だが、それも良いかもしれない、と巧は考えてオレグに指示を出していく。


 ハーケンは気を取り直して話を再開した。

「では、オレグ殿はその説明の為だけに此処に?」

「まあ、そうなりますな。但し、彼女の行動は『国家』にとっても利益になりますので、こちらからは護衛の『依頼』という形で附いてきました」


「別段、問題無かろう。そちらも最初から『国』と話すものだと勘違いしていたのだからな。誤解を解く必要もあった」

 ようやくマーシアが口を開いたが其れだけであった。再び押し黙る。


「確かに。

 名前はサミュエル・ルースという御仁の名であって、フェリシア女王の名前は交易の約束に使われていたに過ぎませんからな」

 ハーケンは一本取られたことを認めざるを得ないようであった。


「オレグ殿の仰ることは理解いたしました。其れではオレグ殿はこれで退席と云う事で宜しいですな」

 裏でフェリシアも糸を引いていることが判っても、理屈の上では筋が通っている。

 しかも『ならば、この人物を殺してもフェリシアは抗議しないのだな?』などとは口が裂けても言えない。

 ハーケンは場を作り直すためにオレグの退席を求めた。


 しかし、そうはいかないのだ。


 オレグは一礼して立ち上がったが、兵士達の方向を向いてこう言ったのである。

「此処は素晴らしい土地ですな。気候も穏やか。農地に恵まれ、水の心配もない。

 その上『銀』まで産出するそうではないですか。 

 シナンガルにはこのような土地が後いくらでも有るでしょうな」

 そう言って今度はハーケンをチラリと見る。

「お褒め頂き恐悦ですな」

 素直に礼を述べた。自分たちの国土を褒められておかしな返事ではない。


 が、畳み掛けるようにオレグは続けたのだ。

「何故、命を賭けてまでフェリシアに攻め込まねばならぬのか、さっぱり判りませぬ。

 人手が欲しい? 老人や赤児まで入れても三百万人にも満たないのに?

 私なら此処で楽しく暮らしますな」


 彼の言葉は兵士達の胸に響いた。

 確かに自分たちは『何のために』闘っているのだ?

 フェリシアから攻めることなど、万が一処か億にひとつも有り得ない話なのだ。


 場に緊張が走る。


 ハーケンは、その時にようやく気付いた。

(この策を主導しているのはマーシア・グラディウスではない。 

 どうやら後にいるサミュエル・ルースとかいう男、只者ではない)

 同時に程よく勘違いもしてくれた。


 挙げ句、オレグはハーケン自身も気付かない振りをしてきた事実を突いてきている。


 東部が開拓される前は『食糧危機』という前提があった。

 しかし、広大な東部に来て幹部らも知ったのだがスゥエンだけで七十万どころか、この地からロンシャン東部まで開拓すれば八千万人分の食糧生産も可能と試算が出ている。

 この事実を兵士達は知らないが、感覚としては掴みつつある者も居るだろう。

 即ち北東部の土地だけでシナンガルの五分の一の食糧を確保することは可能であり、ルーファンの南部には水に恵まれたこの数倍の土地が待っている。

 また、二千万人以上はバルコヌス半島で自給自足までした上に砂糖の生産までしており、何処に他国を侵略する必要性が有るのか、考えるほどに答えは出ない。


 一言で言うなら『この戦争の何処にも“義”は存在しない』

 極論だが、例え侵略戦争であっても自国民を救うためなら生存競争の一環として捕らえても良いかもしれない。

 しかし、この戦争には『それ』すらも無いのだ。


 この世界には『外交交渉』という概念が途切れて久しい。

 無いでもないが、主権を守るためにフェリシアがシナンガルの要求に従ってきただけである。逆は無い。

 二国しか無い以上は其れもやむを得ないが、とても外交と呼べる代物ではない。


 巧はそこを突いた。

「外交とは武器を持たぬ戦争であり、戦争とは武器を持った外交なのである」

 ハーケンは其処を全く判っていなかった。

 結局、単に『情報収集と説得の場』だと思い込んでいた。

 勿論、其れも外交交渉ではある。

 しかし言葉を武器にするという概念が弱かったのだ。


 巧はオレグを通じて彼らに、

『手段と目的が逆転しては居ないか?』と問い掛けたのであり、更に身も蓋もない言い方をするなら、『お前ら、馬鹿だろ?』と言ったのである。


 立ち去るオレグを見送り、誰一人として声が出ない。


 その中で、マーシアが口を開いた。

「サミュエル・ルースの代理人が居るのだが、呼んで良いか。

 私では答えられぬ事も多い(ゆえ)


 シナンガル人達は再び動揺した。

 これは漫画や映画における場面転換の手法である。


『次は何が起きるのか』という不安感を常に与え続けるのだ。


 酷い言い方をするなら詐欺師の手法とも言える。 

 こちらで場面を設定することで常に主導権を確保するのだ。

 巧が最初から出てきていてはインパクトは弱かったであろう。


 シナンガル側としては突っぱねられない。

 彼らは代表を五名送り込んでおり、しかも先程チェルノフが口を出したのだ。

 何より、兵士の前で怯んでいると思われる訳にはいかない。


 会場の準備の他、交渉決裂の場合は相手を少しでも威圧できれば、と思って揃えた兵士達がハーケン達五人の大隊長の足かせになってしまっていた。

 次の使者の同席を認める。


 巧がマーシアに呼ばれる。

「ヒイラギ殿こちらに」


 一礼して着席した巧はルースの言葉をそのまま繰り返した。

 何より身分の低いものの如く、へりくだった話し方をする。


 ハーケンは素直に聞いていたが反論を始める

「其れは文書の通りであるが、貴様らはバロネットだと聞いた」

「はい」

「何故、ルースに雇われたのかね。又、あの『鳥』達は何なのだ?」

「バロネットは条件が合えば誰とでも契約いたします。 

 勿論、母国を裏切らぬ範囲では御座いますが。

 また、あの鳥については、お答えいたしかねますな。

 我らの『飯のタネ』という奴で御座います」


「我ら?」

「はい。“我ら”で御座います」

「あれらは仲間かね?」

「はい。彼ら『も』仲間で御座います」


 巧の言葉の微妙なニュアンスに気付いたのはハーケン唯一人ではなかった様だ。

 彼の後方で、緊張する者が居ることが空気となって伝わってくる。


 巧は、あれだけが全ての力ではない、と言ったのだ。


「しかし、いつまで守れる」

「其れは『スゥエン国』次第ですな」

 既に独立したように国の名を呼ぶが、ハーケンが反乱前提の話をした以上当然という顔をする。

「我々次第とは?」

「ルース様からは充分な金額を受け取っておりますので、二年は充分で御座います。

 その後は、そちらと契約することになるかと思いますな」


「裏切られれば我々は終わりだな」

「しかし、もう始まっているようですなぁ」

 巧の言葉にハーケンの眉根が曇った。

「どういう事だ?」

「我々の情報では、既にこの会談漏れているようで御座います」


 ハーケンは当たり前だと思う。

 自分たちで情報を流したのだ。国を裏切られると思われてはたまらん。


「そうか。しかし、我が国の議会は寛大だ。釈明の機会は与えられる」

「そうですか。ところで、上からですと下がよく見えますが。あちらこちらに隠れている魔術師様方、あれは全部護衛なのでしょうか? 

 それとも首都から?」

「!」

 巧の言葉はハーケンの顔色を変えさせはしなかったが、周りの多くのシナンガル人の顔色を変えさせるのには成功はした。


 元々、誰も来ていなくてもこの言葉は出すつもりであったのだが、実物が居たのは有り難い。

 兵達はキョロキョロと辺りを見渡す者が出ている。

 インカムからは魔術師が慌てて奥に引っ込む準備をしていると言ってきた。

 彼らにも今の巧の言葉は聞こえていたのだ。


 ハーケンは特に慌てず「両方だな」とだけ言ったが、此処までで充分である。


 シナンガル軍がシエネに遠征の際、スゥエンを開ければルースがなだれ込んでくる。

 しかし、この軍をそのままにしておけば裏切られる可能性が有る。

 シナンガルの首都に、そう思わせれば良いのだ。

 迷いは作戦行動に齟齬(そご)を生む。 

 出来ることなら、フェリシアに向ける兵の一部でもスゥエンを向いてくれればいい。


 彼らの本当の裏切りは無理でも仕方ないのだ。


 彼らは、もしかして宗教的な熱意のように「使命感」でフェリシアを攻めようとしているだけなのかも知れない。

 十字軍やアメリカの大陸制覇は「正当なる運命」マニフェスト・デスティニィと呼ばれ、征服その物が目的であった。

 過去大陸が分裂する原因となった華夷(かい)秩序の考え方のように。


 そうであれば損得を説いても何の意味もない。


 しかし、最後に更なる迷いと敵内部における相互不信の種を蒔いていくことにした。


「では、交渉は決裂と言うことでルース様にお伝えしても宜しいのでしょうか?」

 巧の言葉にハーケンは首を横に振る。

「いや、今暫く時間が欲しいというだけだ。 

 一回の会見ではどうしようも無かろう。違うか?」

「ですな。何せ、我々の力もよくご存じないようですから」

「シルガラ砦の件は聞いている」

「聞くと見るとでは大違いですがねぇ」

 聞きようによっては馬鹿にしているように聞こえる言葉だ。


 其れにいきり立ったのは、やはりハーケンではなく後の四人であった。

「どれ程のものか見てやろうではないか!」

「こちらが空に上がれぬと、侮っているのか!?」


 彼らの怒りを聞いて『馬鹿どもが!』と、ハーケンは舌打ちしたくなった。


 情報は欲しいが、砦の城壁を『一瞬で』破壊した兵器の威力など兵に見せてどうする。

 噂が広がれば厭戦(えんせん)気分が生まれかねない。誰も彼もが戦好きだ等と思うな。


 兵がいなければハーケンは『そう』怒鳴っていたであろう。

 巧を押しとどめて返そうとしたが、その時、マーシアが口を開く。

「見たいと言うのだ。 見せてやれば良かろう」

 巧はマーシアにうやうやしく頭を下げる。

 二人とも吹き出すのを堪えるのが大変であった。


 後方の兵も、巧と共に全員が揃えて頭を下げた事を『規律』とシナンガルの隊長達は見たのだが、実のところ全員が笑いを(こら)えている顔を見られたくなかっただけである。


 マーシアにそう言われてはハーケンもどうしようもない。

 彼女が口を開くのは、挨拶と言質の確認を除けばたったの三回目なのだ。

 それだけに言葉が重い。


「では、」

 そう言って懐から水晶球を取り出した巧は、上空のAH-2Sに呼びかけた。

 水晶球にマーシアから魔力は送り込まれているが、単に光っているだけである。

 無線の存在を知られたくはない。


 指示を受けたAH-2Sは、64Dロングボウ譲りの物々しい鼻面を近づけて高度を下げる。

 シナンガル兵達はその禍々しさに息を飲んだ。


 風の魔法(スピーカー)により大声が響き渡る。

「其処の丘にいる魔術師さん、おふたり。

 今からその丘を消し去りますので、ちょっとどいて下さいな」

 そう言った。


 魔術師二人は慌てて一キロ程西の森に『跳ぶ』

 議員や大隊長クラスの家柄まで上がれる人間は多少なりとも魔力がある。

 特に転移は大量の魔力を消費するのだ。

 確かに、彼らは何者かが丘から転移したのを捕らえた。


 

「見張られていた! 首都は我々を信用してはいないのか?」

 と彼らは内心悔しさをにじませる。 

 このように小さな疑いが相互に積み重なって、最後の重みに耐えきれなくなる事を狙うのだ。


 そして、そこに追い打ちが掛かった。


 AH-2Sから放たれた四発のヘルファイアと八発のハイドラミサイルは、PBXと呼ばれるプラスチック爆薬の威力を最大限に見せつけたのだ。


 五百メートル以上も離れた森から見たことも聞いた事もない凄まじい閃光、そして爆発音と共に衝撃波が兵士達を襲う。

 目を開けていられぬ光、鼓膜が悲鳴を上げる轟音、体をびりびりと震えさせる風圧の後は熱波が体に伝わってきた。

 数分後、燃えさかる森だった場所の黒い煙がようやっと薄れた時、彼らの目の前に現れたのは、マーシア・グラディウスの火炎弾の被害を百倍にしたような光景であった。


 丘が、消えていた。


 いや、いくら何でもそのような威力はミサイルには無い。 

 丘その物はきちんと残っている。爆圧は基本的に『上』に逃げるものなのだから。

 しかし森が消えると、どうしても視覚的に丘が一回り小さくなったように人は感じてしまう事も事実なのだ。


 言葉もない、とはこの事である。


 唖然とするシナンガル兵達に向かって巧は言い放った。

「後、何回ぐらいお見せすれば宜しいですかね? 明日まで続けても結構ですが?」

 最後は“はったり”ではあるが、これは効いたようだ。

 誰もが、イヤもう結構と、首を横に振った。

 ハーケンすら思考が停止したような顔をしている。


 やはり、『百聞は一見にしかず』である。

 聞いた話と、実際に見たり体験したりするのとでは此処まで違うのだ。


 スゥエン城壁の方から騒ぎが聞こえる。

 丘とほぼ同じ距離の北側にある城塞都市では、城壁の上に多くの兵士が集まって騒いでいる。

 また、城門の前には人々が押し寄せ、城塞内に入るため門を開けろと騒いでいるようだ。 近隣の住人、或いは城壁外で仕事をしていた農民や奴隷達であろう。

 凄まじい騒ぎになっている。


 巧を始め隊員達やオレグは満足げに唇をかたどった。

 そのような中、一人だけ、いや、二人だけ腹を立てている者がいる。


 マーシア=マリアンであった。


(ずるいね。お兄ちゃんだけ、かっこいいとこ持ってっちゃってさ!)

“ほう、マリアンもそう思うか。奇遇だな。私もだ”

(あれぐらいなら!)

“やはり出来るか?”

(マーシアの力なら当然! 何なら―――ちゃう?)

“幾らでも力は貸すぞ。 『力が欲しいか?』”

 何故か、危険な会話になっている。主に著作権的な意味合いで。


 最初に異常に気付いたのはハーケンであった。

 マーシアは『ゆらり』という風に音もなく椅子から立ち上がった。

「マーシア殿。いかがなされたかな」

「あれが? あれが火炎弾か? 笑わせてくれるわ!!」


「「「「「は?」」」」」

 その場に居た全ての者の声である。

 彼女のインカムを通じて全て聞こえていたヘリの乗員達も地上の隊員達もだ。


「まだ丘は残っているではないか」

 そう言うと、前に進み出る。 


 巧は何かヤバイと感じて慌ててマーシアに近寄り、表だっては気付かれぬ様に丁寧に呼びかける。

「マーシア様。此処はひとつ、我々にお任せを……」

 だが、マーシアは巧の襟首を捕まえると耳元で小さく囁いた。

 インカムであるから隊員達には全部丸聞こえなのだが。


 冷たい目に似合わず、やけに艶のある声である。

「何言ってるの、おにいちゃん。 

 あいつらに嘗められたらマーシア・グラディウスは生きていちゃあいけないのよ」

 そう言って巧の胸に掌をあて、それから軽く後に押しやった。


「退避~~~!! 全員、退避~~~~!!」

 あまりの恐ろしさに、巧は全員に後方に下がるように命令した。

 いや、隊員達もマーシアの声を聞いたと同時に既にその下命を待っていたのだ。

 慌ててオスプレイまで退避を始める。


 巧は間髪入れずに敵にも呼びかけた。

「シナンガルの皆様。城壁に向かってお逃げ下さい。一刻も早くです!」

 目が真剣である。


 ハーケンですらも気圧(けお)された。

「全員退避!」

 そう言って、全ての装備を捨てて城壁まで下がるように命令する。


 部下の避難を確認した巧はマーシアのすぐ後まで戻っていたが、声を掛けられる状態ではなく。唯、見守るだけしかできない。


 マーシアの周りには何やら黒い『もや』のようなものが漂い始めた。

 同時に彼女が正面にかざした掌から三十メートル程離れた地点には同じような雰囲気ではあるが空気のゆがみのようなものが現れる。



 我々の属する宇宙空間には様々な物質が存在している。

 しかし、その全てを集めてもビッグバン形成時の質量の四パーセントに及ばない。

 では、残り九十六パーセント以上は何処に存在するのか?

 ブラックホールに吸収、或いは落とし込まれた分を計算しても意味がない。

 計算上は四パーセントにその分も含まれているのだ。


『纏める量子』


 その存在は巧達の世界では『ダークマター』及び『ダークエネルギー』と呼ばれる未だ発見処か、其の欠片(かけら)すらも掴めていない「仮定」の存在である。


 しかし、この存在が重力の源であり、星々を或いは宇宙全体を纏め繋ぐ大きな力の源ではないのか、と言われているのだ。

 その仮設が正しいとすれば、人間が未だ捕まえられていないだけで『その力』はこの宇宙に満ちあふれて居るはずである。


 彼女は、いや、マリアンとマーシアの意志が完全にシンクロしたそのとき、彼女たちは、彼らは、其の力の本質的な『一部』を使うことを選んだ。


 マリアンは『魔法』の力の源が、量子論で言うダークマターやダークエネルギーに当たるのなら、それらを実体空間において捕らえる条件とは何か? 

 また、存在を持続させる効率とは何か?

 これらについて『あの本』を読んだ時以来、常に計算し続けていた。


 具体的な『解』には届いていないが、イメージで捉えられるのが魔法の良い所である?

 ともあれ、彼はマーシアの力をどの様に使えば最大の破壊力が得られるのか掴みかけているのだ。


 纏める量子でいつもの様に筒を作る。

 此処までは(いつ)もと変わらない。

 しかし、そこから先、彼女は内部に集めた様々な粒子を圧縮することはしなかった。

 内部で融合反応を起こさせると、そこから出る全てのエネルギーを一本の線に凝縮し、筒の両面を形而上(けいじじょう)的存在の量子の鏡へと変化させ一マイクロ秒間に数兆回の往復運動を行わせた。

(形而上=概念的存在:イメージの事と考えて下さい)

 幾何学級的にその熱量は増大していく。


 長さ十数センチの筒の中に電力にして約二十億キロワットのエネルギーが現れた。

 時空間の物理法則など無視したかのようである。

 一昔前の小型原子力発電所の年間発電量並であり、周囲は眩しいほどに碧白く発光しているものの熱は全く漏れていない。


 粒子を熱変換せずに粒子結合変換用に準備していたならば、この辺り一辺十キロ立方の土地と大気は元素反応により消え失せるであろうが、熱変換はエネルギーロスが多い。

 また、そのエネルギーを取り出して自己障壁となる対抗環境まで作り出しているのだから相対的にはかなりのエネルギー減衰がされてはいるのだろうが、それでも放出時の被害がどうなるかは判らぬ程の力である。


(ねえ、マーシア)


“なんだ”


(さっき一瞬、かっとなったんだけど。どうしてかな?)


“私にも判らん事ぐらいある。 が、二つだけ判っていることもある”


(一つは?)


“さっさと、この『何か』を放出しないといかんと云う事だ”


 臨界に達したエネルギーは最早、行き場を失いかけている。

 暴発も間近であろう。


(空に向ける?)


“もったいないな。それに何より、先程の気持ちも真実だ。 

 奴らに少しでも嘗められるのは御免だ”


(じゃあ、あとひとつのことは二人で責任取ろうね)


“こんなに怖いのは、子供の時以来だ。あの時とは怖さの質が違うがな”


(おにいちゃん。 凄く怒るだろうねぇ……)


“うむ……”


 結局、熱変換されたエネルギーは現実離れしたビームとして丘に向かって放出された。

 放出されたエネルギーはマリアンによって拡散率が計算されており、高さ四十メートル、裾半径二百五十メートル四方の丘を完全に消滅させるだけで済んだ。 


 地面が液化して蒸発している部分まである。


 目標物がはっきりしていたから逆に良かったのだ。

 対象が地平に群がる兵士達だったなら……。


 考えるだに恐ろしい事になっていたであろう。


 城壁から丘が消えるのを見ていたドラークが、心臓を押さえて立ち眩んだとしても誰も責められまい。



 閃光は真昼にも拘わらず、ルーファンからも見えたという。




サブタイトルは、吾妻ひでお氏の「ハイパードール収録:狂乱星雲記『目覚めの時』」から頂きました。

もの凄く昔に読んだので、内容は全く覚えていませんが、何だか訳の分からないグロテスクだけれど面白い話(カニバリズムがあった気がします)だった記憶があります。

今の中高生にはとても勧められない内容だった様な気がしますね。

文庫本で探してみましょうか、と思っております。


蛇足的説明

今回マーシアが発したのは純粋な熱レーザーとは言えません。

また、戦闘用のものなら20kw程度でも充分に戦車相手に戦えるはずです。

収束率(加速回数)を減らしてエネルギーは下げたと思いますが、計算する能力もありませんので、「あの質量を消すには、これくらいでしょ?」と云う感覚で書かせて貰いました。

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