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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
54/222

53:美しきプレデター

 カグラでは十月も半ばを過ぎた。

 シナンガルの最東端、ライン山脈を望む要塞スゥエンは現在、外壁拡張工事の真っ最中である。

 今のスゥエンは『要塞』と言うより、最早『城塞都市』と呼ぶのがふさわしい規模になりつつある。


 元々ここは一つの国家の首都であったのだ。

 少し地面を掘っていけば、四百年前の土台が見つかる。

 又、北の山嶺の麓には石切場の跡も多く残っており、切り出す石に不自由はなかった。


 人口は、この三年間は軍人二万、民間人四万と云った処であったが、先の『結界破壊作戦』以来は重要性が増し、軍人の数も十万を超えた。

 奴隷を増やし食糧を増産すれば、フェリシアの結界が破壊された際の前線基地、或いは後方補給拠点として重要な位置を占めることは確実になったからである。

 実際一度は結界の突破に成功した魔術師の一団もおり、この城塞都市は、いつ最前線への補給基地になってもおかしくはない。


 兵士以外の人口も既に市民、奴隷を併せて六十万を超えた。


 首都シーオムから『副首都ロンシャン』への住民移動の余波であろう、強制などせずとも自然に人は集まってくる。

 それでも、未だに食糧には余裕がある。 

 流石に過去には独立国だった地域だけあって、土地に恵まれているのだ。


 この土地は、何故に放棄されたのかが分からぬほど土地が肥えている。

 特に冬場ライン山脈を越えきれなかった西から東に向かう低い雲は多くの雪を西側斜面に残し、春になるとその雪が溶け出して大地を潤す。

 奴隷を幾らつぎ込んでも足りぬほどであり、紅茶の栽培にも適していることが分かると、多くの技術者まで流れ込んできた。


 また、北の到達不能山脈の麓は銀が取れることも判り、これは一部を国庫に納めるならば、残りは要塞司令官の直接の収入源として私的に所有することも認められた。


 と言っても八割が国庫に入るのは司令官としては大いに不満ではある。

 しかしまた、司令官は常識人でもあり『欲を掻きすぎてもいかん』、と自分を戒める毎日であったのだが、此処に来て事は大きく変わる。


 金鉱が発見されたのだ。

 二〇五〇年度の巧の国に置いて銀の値段が一グラムで五十とすれば、対して金は四千五百以上の価値がある。

 それは、このカグラでも似た様なものであり、その比率は一対百と云った処であった。


「正確な調査が終了するまで首都への報告は待たねばならない。

 金鉱が浅く、すぐに掘り切ったとしても横領を疑われかねないからだ」

 と、要塞司令官は部下達に説明をしたのだが、其れを心から信じる部下は誰一人としていなかった。



 会議がひと通り終わると、スゥエン総司令官オレガリオ・ドラークは給仕を呼び、紅茶を持ってくる様に言いつける。


 彼の執務室は中々に豪勢である。

 南向きの窓は大きく、ウオールナット枠のガラスドアから広いベランダへと続く。

 反面、北側の窓は寒さに耐えるために小さく造られてはいるが、決して貧相ではない。

 建物全体が冬の寒さを意識して建築されていることが分かる。


 五階というのは、このスゥエンでは最も高い位置にある部屋であり、そこからは街と城壁外の大農園が一望できる。


 壁の暖炉は今はともかく、もう一ヶ月もすれば赤々と燃えさかるであろう。

 床の絨毯も、アスタルト西側が砂漠化する前に遊牧地として開発した際に放牧した羊から捕れた毛で編まれた上質のものである。

 その気になればそのまま寝転がれるほどだ。


 五年前、この地に跳ばされた時、彼は自分の全てを失ったと思ったものであった。

 しかしコツコツと下準備を整え二万の軍を受け入れられる様になったかと思うと、あっという間に市民人口だけで四十万、奴隷人口二十万の計六十万を超える大都市と大農地へと変貌させた。

 中央街道のルーファンショイですらも人を呼びかねているというのに、()くぞ此処まで、と感慨深い。


 そのような中、金鉱の発見である。

『銀』ですら出ては欲しく無かった。

 八割は中央に持って行かれる上に、鉱石からの取り出しに手間が掛かりすぎて旨味(うまみ)が少ない。

 何より銀を鉛や鉄と分離する際の土地の汚染が心配である。

 これ以上の鉱山開発は御免だ。

 シーオムを潰しただけでは気が済まないのか、と思っていた矢先であったのだ。


『何事もほどほどが一番』

 そう言っていた父親の口癖を思い出す。


 ドラークの思考は人間の金銭欲と自己顕示欲の際限の無さを(ののし)っていた。


 部下達は何を考えているのだ? 

『金』という一言にあれほど目の色を変えるとは。


 また、あの鉱夫は何を考えてあのように事を大きく吹聴したのか?

 技術は有るが、それだけの馬鹿者だと日頃から思っていたが、あそこまでとは思いもしなかった。


 司令官である自分に取り次いで、そこで話すべき事を誰彼構わず話し歩くとはどういうことなのだ?

 あの男自身の命にも関わりかねないと云うのに……。


 第一、この豊かな農地を見ればいい。これ以上の冨など必要ないではないか。

 緩やかに栄えていけばいい。

 

 そう思いながら、その豊かな大地を見る為ティーカップを手に立ち上がる。

 南向きの硝子(ガラス)戸からバルコニーに出た時、彼は自分の目か頭が異常(おか)しくなったのかと思った。


 遠く東のライン山脈を背にこちらに向かって飛んでくるものは、一体何であろうか?


 鳥にしては大きすぎるその『何か』達は一羽の大きな親鳥と、その側を飛ぶ三羽の若鳥に見えた。


 四羽の鳥たちは彼の眼前を通り過ぎると南西の方角に進んでいく。


 ドラークの記憶ではその方向に二百キロ程行くと、さほど険しくは無い丘にではあるが、過去にスゥエンが独立国だった頃の小さな城塞が置かれていた。

『シルガラ砦』と呼ばれる。

 

 大陸中央街道に繋がる道筋に有り、山賊などの根城にされても困るため三百名前後の部隊が駐留している。

 ドラークは『あれ』が何なのか、突き止めなくてはならない。

 何より砦の部下を無用の危険に晒す訳にも行かない。

 

「だれか、居るか?」

 彼の声に応えて執事が現れると部下の中でも特に慎重な男、アンドレア・ハーケンを呼び出すように命じた。




「あれを見たかね?」

「はい」

 ハーケンは、優れた男ではあるが愛想がない。

 どうにも、言葉が簡素だ。


「君の部隊を率いて、シルガラの砦に向かって貰いたい」

「シルガラに向かったと?」

「あそこを押さえられると、街道への大軍の移動は、(はなは)だ難儀する事になる」

「ですな。しかし、あれは魔法兵器で有りましょう。

 私の部隊には魔術師が少ないため、敵であるならば対抗は難しいと思います」


 正論である。

 が、ドラークには気に入らない。

 この男に限らず、首都から送られてくる大隊指揮官達は野心が強すぎる。

 魔法兵をドラークが一括して管理していることに露骨な不満を漏らすことも屡々(しばしば)なのだ。

 今回も、『自分を働かせるつもりなら魔法兵の権限を一部譲れ』と言われている様な気がしたが、これはドラークの気の小ささの為と責められまい。


 シナンガル人は上に行くほど、自分とその血族の利益のためなら『裏切り』をさほどに悪と感じない人間が多い。

 騙される方が悪い、とせせら笑う(たち)が基本にあるのだ。

 何時(いつ)寝首を掻かれて、司令官交代となるか分かったものではないと警戒するのも当然である。

 事実、シナンガルという国その物が、そうやっていつの間にか彼らの民族に乗っ取られてしまっているのだ。


 とは云えどハーケンの正論には抗し得ない。

 やむを得ず魔法兵の半分に当たる一千名の指揮権を与え、シルガラ砦に向かわせることになる。


 ハーケン及び、配下である一万一千の兵の出発は三日後を予定したが、

『フェリシアに飛行魔法兵器が現れ、魔獣を退治しているらしい』

 という情報が入ったのは翌日のことであり、更にその翌日の早朝には当のシルガラから早馬が届いた。


「シルガラ砦は(およ)そ二十名の敵兵によって陥落しましたが、敵は多数の貢ぎ物を置いて、そのまま立ち去りました」

 その報告を聞いた時、ドラークもハーケンも使者の言葉の意味が分からなかった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 MV24B-オスプレイ、作戦行動半径八百キロメートル、最大搭載量六千キログラム、搭載人員二十八名で補助タンク使用時の最大航続距離四千キロメートルというティルトローター(傾斜可能式エンジン搭載)機。


 離着陸はヘリコプターと同じで垂直離着陸を行い、飛行時にはローター部を前傾させることで通常の二発航空機と同じ行動が可能。

 最大速度はプロペラ式の小型貨物機としては異例の時速六百キロを誇る。

 一九九七年に初飛行を成し遂げ、二〇四〇年まで使用されたMV22の後継機である。


 現在、巧達二十名はその機体に搭乗し、護衛のAH-2Sスーパーコブラ三機と共にスゥエン南西のシルガラ砦に向かっている。


 AH-2Sスーパーコブラ。

 こちらはAH64Dアパッチロングボウを国産のOH-2と技術提携して生み出された高機動ロングレンジ攻撃ヘリコプターである。

 最高時速は四百キロ、航続距離五百五十キロメートルであり、増加タンク付きでなら最大二千五百キロメートルにまで伸びる。


 特筆すべきは装填武器を最軽量にした場合、OH-2と同じ程の機動を発揮し、宙返り程度は初心者パイロットでも可能だという恐るべき動きを見せる事だ。


 巧は、竜モドキに対してはこちらの方が有効なのでは無いのかと考え、ヴェレーネに提言。

 王宮から配備許可を得た。

 現在、フェリシアの資金で国防陸軍はこの機体を四十機、オスプレイ十機と共に増産することになった。

 また、更に一機種、巧はこれだけは絶対に必要だという機種を準備させているが、この機体が登場するのは、もう少し後の話になる。

 装備名目は実験機体であり、第二兵器研究所から国家への『寄付』とされた。

 この世界での使用後は二兵研から国防軍に部品取り機体として払い下げられることになっている。




「あ~、すごーい! 城塞都市がある。フランスで見た街にそっくりだ!」

 巧の隣で窓から北側を見て大喜びしているのは、マーシアではなくマリアンである。


 側にいる国防軍の隊員達も皆、その愛らしさにデレデレになっているが、彼らは未だマーシアの正体を知らない。


 最初は彼女が背負う特大の刃渡りを持つハルベルトにこそ驚きはした。

 しかし全員の筋力が一,五六倍に増加しているため、ハルベルトその物を『扱いづらい』とは思っても、『重い』と感じた隊員達が少なかったことも彼女の力量を誤解させる要因になっている。

 

 ともかくマーシアに懐かれる巧には全隊員の怨嗟(えんさ)の眼差しが痛い。


「なあ、マリ、いやマーシア」

「なに、お兄ちゃん?」


 美少女にお兄ちゃんと呼ばれている巧に、『お前は後から撃つ!』か、『お義兄さんと呼ばせて下さい!』という二種類の視線が突き刺さった。

 それを無視して巧はマーシアに話しかける。


「今回、殺しは『無し』、で頼むぞ」

「うん。大丈夫!」

 マーシアは元気よく答えるが、其れも当然で現在はマリアンが表に出てきているのだ。

 殺しなど出来ようはずもない。


 また、巧は今回率いる三分隊から成る小隊にも出来る限りの殺傷を禁じた。

 彼らは第十二旅団麾下(きか)、第十三歩兵連隊からの選抜員である。

 普通科の中でも軽装備での山中踏破能力には定評があり、特に冬の山中においては国防軍内では無敵を誇ると云っても良いであろう。

 レンジャー並みのヘリからのホバリング降下ヘリボーンも行っており、何よりも彼らが特筆されるべき事は、既に実戦経験があると言うことである。


『武装難民流入事件』において、彼らはその最前線に立った部隊であるのだ。

 嫌な言い方をすれば、既に殺しには免疫がある。


 しかし、彼らは第三十歩兵連隊所属であった巧とは同じ旅団指揮下にあり、あの時、彼らが待機で三十連隊が出動していた可能性もあったのだ。

「ツケが回ってきただけだ」

 自分が人を殺す時にはそう思ったものの、『戦場慣れしている』という理由で彼らをこの世界に呼び込む様に工作した巧としては、余り偉そうに下命(かめい)出来る気分でもない。


 殺傷を禁じた今回は、そう云った意味では僅かだが良心の咎めが少なくて済んだ。

「偽善だな……」

「何か言った?」

 巧の呟きに、マリアンが顔をのぞき込んできたが、その姿は見る者の角度によっては二人が唇を重ねた様に見えた。




「曹長、あの砦を火の海にすれば良いんですね!」

 何故か知らないが、砦が目に入る平原に一時着陸しての最終ブリーフィングを行っている最中の、オスプレイ組の兵士達はやけに殺気立っている。

 操縦士を含む二十名の兵士は、『何でも良いから、この怒りを何処かに打付(ぶつ)けさせろ』と喚くが、巧は原因が自分にあることに気付いていなかった。


 いや、気付きたくなかった。


 一方、AH-2S組の方はジャンケンの真っ最中である。

 一機が前部ガンナー席に、マーシアを乗せることになっているため、その争奪戦である。


 殺伐としているのか、のんびりしているのかよく分からない雰囲気のまま作戦は開始された。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ボーエンはこの小さな砦に配属されてから、未だ二ヶ月とならない。

 年も十八と若いため、いつも城壁の上で遠くを見るだけの一日を過ごしている。


「こう暇だと、敵兵でも良いから来て欲しいがシエネからは三百キロぐらいはあるからなぁ」

 そのようなことをぶつくさと呟いていると、後に人気を感じた。


「なら、本当に前線に出でるか? 次は年明けの四月だそうだぞ」

 声の主は、十人長である。


「いえ、此処で良いです……」

 思わずそう答えるボーエンだが、しまったとも思った。

 臆病者と思われ、鉄拳の一発も食らうのでは無いかと思ったのだ。

 彼は実際、言葉尻を捉えられては古参兵によく殴られている。

 見た目が余り屈強でないことも関係しているのだろう。


 思わず固まった彼だが、十人長はそんな彼を特に叱責するでもなく。

「ああ、それが良い。兵役なんぞさっさと済ませて、農業でもやるのが一番だ」

 そう言った。


 優しげな口調に安心したボーエンは、上司と直接話をする機会は少ないため、少し質問をしてみたくなった。

「十人長殿は何度も前線で活躍なされて、ルーファンの部隊では百人長の立場であったと聞いていますが、そんな十人長殿でも戦場はお嫌いですか?」


 十人長は少し困った顔をした。

「俺が死ぬのは、俺の勝手だがな。 

 部下が、特にお前の様な子供が『化け物』に殺されるのは見たくない。それだけだ」


「化け物?」

 ボーエンの声に十人長は溜息を吐きながら答えた。

「マーシア・グラディウス。……名前ぐらいは聞いたことがあるだろ?」

「はい。しかし、そのような存在が本当に居るのですか?」

「居るんだよ。まあ、見たけりゃ、ルーファンにでも移動願いを出すんだな。

 生きて帰れる奴の中に入れる様に祈ってやるよ」



 実際、()の砦にいる兵士の半数以上は先のライン攻防戦において初期の段階で怪我を負い、後方に搬送されて生きながらえた者ばかりである。

 アルスの氷結弾によって肩や腕をへし折られた兵士も少なくない。


 彼らの多くは、後方に搬送される前に十万の虐殺が行われた夜襲を対岸から見ており、その際、最北端にいた兵士達は、たった一人の少女が炎を纏って暴れ回ったのを遠目ではあるが確かに目撃している。


 この十人長などは、シエネ攻略時には中央部隊の最右翼側にいた。

 つまりフェリシア側から見れば左翼側である。

 彼は、百数十メートル離れた位置の百人隊が丸ごと蒸発するのをその目で見ているのだ。

 マーシア・グラディウスの姿も遠目に見ただけであるにも拘わらず、その目鼻立ちまでしっかりと思い出せる。


 思い出しただけで背筋に怖気が走った。

 半端に焼け残されて、体の表面を沸騰(ふっとう)させながら死んでいく仲間の兵士の哀れな(うめ)き声が今でも耳にこびり付いて離れないのだ。


「人間ではない。エルフとも言えん。化け物だよ、あれは……」


 十人長がそう言い終わるのを待っていたかの様に風が止み、辺りは静寂に支配された。


 ツバメが低く飛ぶ(のど)かな草原が広がる風景と、少し冷え込んできた空気に二人は穏やかさを感じて、その話題を忘れることにしたのだが、どうやらそれは許される事ではなかったらしい。



 何処からともなくバリバリと凄まじい音がする。

 まるで壊れた風車が暴雨風にあおられる様な、そんな音である。


 最初に十人長が地平線の彼方へ目をやった。

 遠くに鳥が飛んでいる。

 最初は一羽、いやその周りを一回り小さな鳥が三羽ついてくる。


 が、その速度は尋常ではない。

 音に気付いてから十も数えぬうちに、その鳥は間近に迫っていたが、実際の処、それは鳥とは呼べない『何か』としか言えなかった。


 大きな方の鳥は長さ二十メートル程の大きさがあり、羽を広げた長さも同じ程であろうか。

 その上に二つの風車が凄まじい速度で回っているのが分かる。


 十人長は、昔、空を飛ぶ機械を作りたいと言っていた友人が暴風雨の中、古びた風車が風にあおられて空に飛び上がるのを見ると、

『あの様に風車を強く回す事の出来る箱があれば、人も一緒に飛べる』

 と言っていたことを聞いて笑い飛ばしたことを思い出し、心の中で彼に詫びた。


 小さな方の鳥は体の幅は大きな鳥の半分ほどで、短い羽根の下に何かをぶら下げている。

 風車は一つだけの様だが、長さは大きな鳥ほどにありスマートな形をしている。

 彼にもう少し余裕があり、更によく観察出来たならば後の方に立てた風車が回っていたのにも気付いたであろうが、今、その様なものは彼の精神のポケットの何処をひっくり返しても出てこなかった。

『それ』は既に城壁から四百メートル程の距離の空中に居り、しかもその場で『止まって』いるのだ。

 ハチドリ以外には不可能な芸当である。



 二人とも声も出せなかったが、その鳥たちの発する音は砦中に響き渡っており、彼らが警戒を呼びかける必要など何処にも無かった。

 城壁に上がってきた兵士達はその姿を見てその場に立ちすくむ者と、城壁を駆け下りて砦の本丸に隠れる者との二種類に分かれたのだが、いずれが正しい行動であったのだろうか。



 四羽の鳥の内、小振りの一羽が近付いてくる。

 小振りとは言っても、それは一羽の親鳥に比べてのことであり、やはり大きい事は大きい。

 また、巨体の割には緩やかな近づき方であり、その滑る様な動きにも驚かされる。


 次の瞬間、風の魔法を使ったものであろうか、砦中に声が響いた。

 耳を疑う様な、ある『名前』を伴った呼びかけであった。


『マーシア・グラディウスの名をもって砦の指揮官に告げる。

 直ぐさま降伏し砦を明け渡すならば良し、そうでなければ実力を持って開門させる。

 返答や如何に? 千を数える間は待つ!』


 まさかの、「噂をすれば影」である。 

 ボーエンはすぐにでも逃げ出したいのだが、此処は持ち場である。

 剣を一合も交えずに逃げ出せば、生き延びても軍法により死刑は確実だ。

 隣の十人長を見ると、鳥をしっかりと見据えている。

 鳥までの距離は五十メートルを切っているであろう。

 

 ボーエンが見る処、鳥はやはり人工物だ。 

 人が二人乗っている。

 いや、はっきりと人と分かるのは硝子張りの箱の部分に前後になって座っている前の人物だけ。

 流れるような銀髪に碧い瞳、黒い軽甲を纏っている美しい少女だ。


 後には何やら昆虫の様な異様な頭をした人物が居る。

 兜の一種であろうが、不気味でならない。


「マーシア・グラディウスというのは何処にいるのでしょうか?

 あの大きな方の鳥に乗っているのでしょうか?」

 ようやく声を出したボーエンに向かって、十人長は首を横に振ると正面の鳥を指した。


 命が終わるまで、後七百を数えるまでも無いというのに、目が点になってしまったボーエンに向かって十人長は肩をすくめる。

「信じられんだろうが、あの子供がマーシア・グラディウスだ。

 どうせ死ぬなら、あれに討ち取られた方が幾分かは名誉かもしれん。

 お前の望みは以外と早く叶いそうだな」



 十人長は自嘲気味に笑おうとして、それに失敗している自分に気付いた。




サブタイトルは、ピエール・クリスタンの「着飾った捕食者達」から頂きました。

名著と名高いのですが、絶版でもう手に入りにくいのだそうです。

ちょっと残念。

SFというと英米、露、日。

変わったところでポーランドやチェコなどぐらいしか読んだ事がないのです。

この本の作者「ピエール・クリスタン」氏はフランス人ということですので、とても興味があります。

アクション映画なども、フランスは時々驚かせるものを作ってくれるので期待が大きいのです。

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