47:魔獣戦争
次元転移を行った場合、片方の世界でどれだけ時を過ごそうとも、元の世界で転移した瞬間の一秒後にならば帰ることは可能だ。
同一の存在が同一の空間に存在しなければ良いだけなのだ。
しかし生物は『年を取る』、物体は全て『時間発展』を行う。
エルフは勿論のこと、人間なら尚更その『ズレ』は大きくなるであろう。
ある人物が消えて、その一瞬後に現れたと思ったら、二十代の青年が八十代の爺さんに変わっていたのでは、元の世界での生活など成り立つまい。
ヴェレーネは転移の魔法陣に、寿命遺伝子『テロメア』の量子転換を行っており、二つの世界で過ごす肉体には別の寿命を組み込む様にセットした。
しかし、これはこれで又、危険な行為である。
何故なら、仮に巧がカグラで老衰しても、地球に戻れば元の二八歳に戻ることを意味する。
此処まで急激に肉体構成を変えれば記憶さえ保てず、別人いや廃人になってしまうことは間違いない。
それだけなら未だ良いが、仮に精神が生き残ったとしても生命を軽んじかねない壊れた人間になることが容易に想像できるからだ。
魔法陣の構成を間違えたならば大怪我をしても転移と共に治ってしまったかも知れない。
ロークではそのような現象が起きなくて良かったとヴェレーネは思う。
もし”それ”が起きていたら、こちらの病院でいくら治療を受けても、あちらに戻ればもとの怪我人である。
桜田が、
「あちらの世界で生きた分、余分に年を取るのは嫌だ~!」
と喚いたため、やむを得ず『そのようなことにならない様にしてある』
とは言ってあるが、気付かれるのが恐ろしいともヴェレーネは思っている。
桜田は何だ勘だと騒がしいが、本来は頭と勘の良い女性なのだ。
何より巧を騙した彼女が言うのもおこがましいが、自分と相手が対等の死の危険性を持っているという意識が薄い兵士は『弱い』
逆説的ではあるが事実である。
そう云った訳で、カグラに派遣する兵員の選定に彼女は非常に気を遣った。
六十名全員をヴェレーネが審査して記憶量子を読んでも良いのだが、それではヴェレーネの方が精神的にまいってしまう。
六十名というのは、“出来れば秘密裏に事が終われば”と考えた場合のことである。
最終的には二百五十人まで、いや、更に増える可能性もある。
信頼の置ける選定眼を持つ人物が最低でも三~四人は必要だとヴェレーネは思う。
五十嵐が集められるのは最大十名という処であろう。
巧に至っては皆無と言って良い。
或いは過去の分隊の部下ぐらいは集まるか?
桜田は論外。
最初は十日後の魔獣対策であるが、これは巧と五十嵐及びその配下の両少尉、後は現地の人間で対処できるだろう。
武装の整備点検は三日ごとに二兵研第六倉庫に送るだけだ。
但しヴェレーネの能力でも、一度送ると補助装置無しでは一週間は戻ってこない為、注意が必要ではある。
問題はそれから五ヶ月後以降に起きるであろう翼飛竜の襲来の可能性である。
連動してシナンガルは大軍を動かすであろうことは間違いない。
其処までには魔獣退治を一段落させておきたい。
頭が痛いと感じるヴェレーネであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして一方では頭が痛いで済まない男が異世界の空で叫んでいる。
「くそったれが!騙された! いや、騙されちゃあいないか! が、何でこうなった!」
五十嵐は怒鳴りながら、トリガーを地上に向けて引く。
三十ミリGAU-8ガトリング砲の威力は凄まじい。
仮に近くに人間がいれば、爆撃を受けた様に感じているであろう。
何しろ、一三〇〇メートル上空からなら砲弾が毎秒六十五発の発射速度で六メートルの範囲に集中して叩き込まれるのだ。
戦車だろうが、堡塁であろうがその破壊力からは逃げられない。
そうして物体が破壊された後から、ようやくブーンと唸る様な発射音が遅れてやってくる。
ともかく、五十嵐の目の前で飛び上がり掛けていた黒い生き物は、確かに体長三十メートル、体高十八メートルはあったであろう。
六階建てのマンションに近いサイズだ。
翼を広げかけていた。
あれが広がったなら、どれ程の大きさになったのであろうか。
五十嵐の目がおかしくなった、と言うなら話は別であるが、彼が見た『あれ』は確かに物語の挿絵に描かれる『竜』、その物であった。
羽ばたく直前に仕留め、今はその肉片すら残っていないものの、あれが飛び上がってきていたらと思うと生きた心地もしない。
武装の優劣ではない。本能的な恐怖感なのだ。
五十嵐にしてみればみっともない話だが、新兵の様にトリガーを引きすぎて残弾数が半分に落ちてしまった。
その前に倒した二階建ての家ほどもある狼にも驚いたが、あれらは一体何なのだ。
搭乗機の全天スクリーンから地上を見おろすと、森の中には今の処、異変は見えない。
正面パネルにオーバーラップされた後方警戒スクリーンには、森を抜けた三十キロ程の距離に高さ五メートル程の石壁が設置されているのが小さく映し出されている。
先程と状況が変わら無いならば、その上には旗付きの槍を持った鎧姿の騎士が立っている筈だ。
真下を小さく犬の様な、或いはイノシシの様な生き物が百を越えるほどに石壁の方向に向かっているが、
『小さな獣はこちらでやる』
と、現在付属病院に入院している狼人間と見分けの付かない男?が断言していた。
また、無駄弾も打ちたくない。
武装は現在はガトリング砲のみである。
自分に任せられた獲物は大型獣だけだと、それらを放置する。
「この世界はどうなっている」
悪夢とまでは言わないが、現実と言うには五十嵐の理解を超える事態がこの数日間の内に起きている。
彼の『対Gスーツ』の下の肌着は冷や汗でびっしょりと濡れていた。
『犬人間』の入院という噂話を“馬鹿馬鹿しい”と切り捨てるのではなく、意味を考えておくべきだったのだ。
当人を見る機会が出来た時には、すでにヴェレーネによる機体引き渡し手続きは終わっていた。
あの時から嫌な予感はしていたのだ。
空中待機可能時間は未だ、たっぷりと三時間残っている。
普通なら燃費の良さは安心の印であるが、今の五十嵐にはその能力が恨めしかった。
この世界に来てジェットが『隼』並みに軽快な動きを見せる事と、自分の体がそれに耐えられている不思議だけが心の支えになっている。
A-10E-V・A改=サンダーボルトⅡは次の獲物を探して、今しばらくはこの空域に留まらなくてはならない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カグラの暦において7月末から開始された、巧達の『拉致被害者救出作戦』と平行して、フェリシアでは別の活動も進んでいた。
南部の不可侵域とフェリシアを分けるライン川本流南部の別名『ダニューブ河』とその対岸の森を過ぎた三十キロ地点においてデフォート城塞には及ぶべくも無いが、東西を横切る城壁が建設され始めたのだ。
と言えども、ダニューブ河口からデフォート城塞までは、ほぼ一千キロはある。
八月も末になったが、一ヶ月でどうにかなるものではない。
いや例え十年あっても完成は不可能であろう。
しかし、地道に進めていくしかないのだ。
特に東部穀倉地帯に魔獣が現れれば、それこそ全てが終わりである。
フェリシアも巧達の国も共に、だ。
シエネの軍はシナンガルを睨み、今では全く動かすことが出来ない。
よって、今回の魔獣駆除においてはデフォート側はそこから魔獣を北上させないことだけに絞った。
東部方面に焦点を絞って石壁の建築を守りながら、そこから前進してシナンガル側に追い立ててしまおうという腹である。
シエネに向かう方面、デフォート要塞の南端は、アイアロス、アルス率いる東部地区防衛隊からの一万に守って貰うことになった。
そうして、東側から魔獣を東部・地球連合軍側が西へ追い立てていく形になる。
その指揮官となったアルボスが真東から真西へ一万の軍を率いて少しずつ進軍していく。
その先方を任せられている地球軍が地上ではマーシア、ハインミュラーであり、空は五十嵐が受け持つ。
いずれは部下のシャッテンナンバーズを揃えることになるのであろう。
東部軍が総軍二万というのは少ない様に感じるが、早い話、一ヶ月では兵站体勢がそれだけしか揃わなかったのである。
それでも、未だに兵站整備は進められ、二点間の間の村々を守る兵士の為の仮設キャンプが次々に造られていっている。
そして巧達はと言うと、その二つの軍の中間地点に七ヶ所の魔方陣を置いて、ヴェレーネと桜田のアシストの下、東西の撃ち漏らしを片付けるという役に就くことになる。
相棒となる機体はAS-20型、オーファンである。
31型は山岳地用で、馬力にやや欠ける。
対してオーファンなら、このカグラでは倍近い能力を出した場合、武装を使わなくともハティウルフの首の骨ぐらいは折れる計算である。
しかし、あの装甲の様な毛皮を貫けるかどうかは怪しい。
動きは、軽重力の助けを借りて地球にいる時よりは絶対的に速い。
ほぼ二倍という処である。
但し、それでもハティウルフには速度では、それこそ絶対に敵うまい。
ということで新装備が入ってきた。
まず、オーファンの足からはローラーダッシュが消えていた。
都市部ではないので、不整地で二足歩行のオーファンにローラーダッシュは少々厳しい。
不整地での走行で二足では転倒する、という意味ではない。
オートバランサーは大抵の不整地におけるローラーダッシュに充分耐える。
問題は乗員だ。
ゲームとして楽しむならモトクロスバイク感覚でいくらでも楽しめるであろうが、戦場は其れとは訳が違うのだ。
長時間の不整地振動は首や脳の血管に掛かる疲労度が高すぎて軍事行動には向かない。
かと云ってコクピットを水平に保ちすぎると、格闘戦において自分がどの様な状態にあるのかを操縦者が掴めない。
空間識失調とは違うが、自分の機体がどの様な体勢になっているのか分からなくなる恐れがありすぎるのだ。
その様な訳で、持ち込まれた『新装備』が、GEHである。
背面バックパック部分に取り付ける低速ミニスクラムジェットだ。
肩から後方に向けて、機首のない戦闘機を背負っている様な形になる。
バランスを取る為の可変翼が付いているのだ。
足下にも補助ノズルを付けた。
これを使い、地上から五十センチ~六十メートルの高度を保ち移動する。
最高時速は三百十キロ 反転重力は四Gでその場での三百六十度ターンも可能。
脚力は戦闘時に機体を固定する、或いは格闘戦の足運びの為に使用すると云うことになる。
但し、GEHは常に取り付けている訳ではない。
これを装備した場合は、別のバックパックシステムのレーザーガンの使用が不可能だ。
対戦車有効射程十キロメートル、出力二〇〇キロワットの強力な装備を捨てるのは惜しい。
因みに巧が山中で使ったガトリングガンは五十嵐の機体と口径こそ同じだが、AS用に銃身を切り詰め、集弾率は低く、近距離でなくては使えない上に火薬量も抑えてあった全くのダウンスケールモデルである。
取り回しが難しい為、今回からは一回り口径の小さな二十ミリが右腕に固定された。
通常はレーザーガンを取り付けた状態でガントリートレーラーを使いオーファンは搬送される。
GEHは同じくセッティングクレーン付きのトレーラーに積まれる。
ガントリートレーラーの操縦者は桜田とカレル。
GEHクレーントレーラーはネロとトレのコンビが扱ってくれる。
こちらには、その他の予備電池なども含まれる。
レーザーガンは専用電池の最大出力で六発しか撃てない為だ。
こうして二台のトレーラーが巧をバックアップする。
巧とヴェレーネは、三十式偵察警戒車両で移動することになった。
三十式はレーザーガンの目標追尾レーダーの補助を行い、同時に総司令官であるヴェレーネの指示を半径五百キロに渡る前線に届ける事になる。
桜田については流石に今回は外したかったのだが、土下座までして来られてはたまらない。
何より彼女なら、秘密は守ってくれそうだ。
しかし、危険な目には会わせたくはない、と巧は思う。
何というか、彼女は少し前の巧と同じ目をすることがあるのだ。
……気に掛かる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ヘルムボア(火炎猪)』
現在、A-10Eの後方で、フェリシア兵が対応している魔獣の名前がこれである。
大型のものになるとハティウルフほどのサイズになるが、現在までそのような大きさのものをカグラの人々は見たことはなく、ハティウルフを除けばこれが最大の魔獣だと思い込んでいる。
通常の大きさは、地球のアメリカイノシシの中でも巨大なサイズに当たるもので、体長三メートル、体高は一メートル五十センチ程、重さ五百キログラムと言った処である。
地球なら銃で仕留めなければならないが、過去五百年の間において、西部防衛隊の二個小隊六十名ほどの人数を使い合計で十二頭を討伐した記録がある。
勿論、過去の記録においては一度に一頭でしか現れたことはない。
しかし現在、最東部の石壁に一挙に百を越えるヘルムボアが押し寄せてきたのだ。
石壁の上に立ち、それを見ていた見張りの兵士数十人は悲鳴を上げる。
剥製は見たこともあるだろうが、兵士の多くは人類種であり、実際に生きているのを見た者など殆ど居なかったための恐慌状態である。
何より、常に最前線にいる西部防衛隊と違って、東部防衛隊が実戦に参加する機会など殆ど無いのだ。
はっきり言えば実戦慣れしていない。
ヘルムボアはその名の通り、高温の炎熱まで吐くと伝えられている。
あれだけの数がこの石垣に押し寄せれば、二メートルの厚みを持って造ってあるとは云え、部分的な破壊は免れないだろう。
また、今回は偶々、正面に来ているが、この壁を東西に十キロも外れれば、東は建設中であり西は工事に手を付けてすら居ないのだ。
此処を越えられるなり、迂回されれば後方の村々には地獄の光景が展開されることになる。
RPG兵や魔法兵に迎撃用意をさせるが距離一,五キロから射撃を開始して時速五十キロ以上で走ってくる大群をどれだけ止められるであろうか。
また、同じ理由でマーシアも飛び出すタイミングを計りかねていた。
報告を受けたアルボスは思わず呻くと、無線機を手に取った。
「こらイガラシ! 見逃すのは小さいものだけだと言っただろう!」
急に怒鳴られて、五十嵐は腹を立てる。
くそ面倒なマニュアルを一週間掛けてようやく読み込んで、やっと機種転換の第一歩だと思えば、訓練時間も碌に取らせてもらえずに此処に送り込まれた。
東部守備隊長のアルボスと顔を合わせたのも、ほんの五日前だ。
ヴェレーネの面子を立てて指揮下に入ることは納得したが、組織編成も未熟な軍隊とも言えない軍隊の指揮官に怒鳴られる筋合いはないと感じたのだ。
いや、普通ならそうは思わなかったであろうが、ハティウルフと竜に続けざまに出会い、彼も混乱していたのだろう。
思わず、怒鳴り返す。
『馬鹿野郎! 充分小さいだろうが!
何なら次はあの二階建てほどの狼でも送ってやろうか!?』
これにはアルボスも激高する。
「貴様、後で覚えていろ!」
『どうせ立場を使って逃げ回るんだろうが、味方の影に隠れるんじゃねぇぞ!』
最悪であった。
今からA-10が後方に戻っても、その時にはヘルムボアは石壁に体当たりを繰り返している頃であろう。
そんな中にヘルムボアの後方から三十ミリを叩き込めば、石壁もその上で戦っているフェリシア兵も纏めて塵に帰るだけである。
見逃した時点で無線を入れなかった五十嵐のミスである。
一通り怒鳴った後で、自分の失敗に気付いたが捨て置く訳にもいかない。
五十嵐は急いで戻ることにした。
しかし、こうなるとA-10の鈍足さが憎い。
この世界に来て僅かにエンジン出力が上がったとは言え、最高速で六百五十キロと出ない。
軽重力は機体の上昇力に置いてはともかく、純粋なエンジン出力においてはそれほど助けてはくれないのだ。
高々三十キロの距離でも、現場に到達して旋回後にベストシューティング・ポジションを取るのには最速十分は掛かるだろう。
「今、行く!」
そう言って機首を石壁に向けた。
「ヘル! 出番のようですね」
アルボスと五十嵐の罵り合いを無線で聴いていたリンジーが、上を見てハインミュラーにそう声を掛けた。
彼女は今、操縦桿を握っている。
「お爺様、この『虎』なら何も恐れることはないですわ!」
砲手席でアルバが、嬉しそうに叫ぶ。
「飛びたかった……」
これはマイヤ。今回は装填手である。
ハインミュラーがリンジーから『虎』を受け取ったのが十日前、急ぎ動かせる様にしたいと考えたのだが、搬送している内に三十式との動き方の違いが気になったリンジーが、
『操縦手は任せて下さい!』
と言い始めた。
ハインミュラーとしては無碍に『却下!』と言う訳にも行かず、何より三十式での運転技術を見ていた為、彼女以上の操縦手は見込めまいと思い、任せることにした。
その後、五十五口径百二十ミリ滑空砲の試験射撃を行ったのだが、これを見たアルバが大興奮。
『砲手は任せて~!』と、乗り込んで砲手席から動かない。
その時、追い出しても良かったのだが、大戦中の自分の悪事を思い出し、
『罰が当たったのだ……』、そう諦めたのが良くなかった。
結局そうして、流れから装填手にマイヤまで付いてきてしまったのだ。
女性戦車兵三人を従えた七十三歳(書類上)はがっくりと項垂れながら三人に身を任せている。
彼の思った『罰』とは別段、戦争犯罪の様な人に顔向け出来なくなる様なことではない。
が、ある意味では目の前の彼女たちには口が裂けても話せない事である。
リズことヴェレーネに記憶を読まれることを嫌がる理由にも、これがある。
彼は先の大戦では最終的にケーニクス・ティーガーB型。
即ち、六号戦車『キングタイガーⅡ』の戦車長として戦った。
少々やり過ぎたほど戦った。
戦車を失って敵に下る時、米軍ならば実名を名乗ったのであろうがソ連兵に捕まった為、いざという時から準備してあった身分証を使い偽名を名乗った。
その兵は既に死亡していた為、まあ、問題あるまいと考えたのだ。
結果としてこれが彼の命を救ったと思われる。
米軍に残虐行為がなかった訳ではないが、彼らはエースを丁寧にもてなした。
しかしソ連は逆で、エースと知られたら生きてはいなかったであろう。
戦車の場合、どれだけの撃破数を持ってエースと呼ばれるかは知らないが、彼は少なくともエースと呼ばれるだけの条件を満たしていたと言える。
ソ連侵攻のバルバロッサ作戦に始まり、スターリングラード救出作戦、レニングラード、クルスク、ノルマンディと彼はあらゆる激戦区を戦った。
非公式にではあるが、二日間のみ大隊から離れて単騎でアルデンヌにも参加。
戦略に無用の馬鹿げた作戦だと考え、友人を救出したかったのだ。
結果として目的を果たして原隊に復帰しているが、当然これは記録には残っていない。
公式記録では、彼は大戦末期にチェコの南部防衛戦で戦車ごと爆発して死亡した事になっている。
立派な戦車兵であり、何度か『騎士十字勲章』の叙勲を受けられる様に推薦されたのだが、その度に取り消された。
理由としては幾つかあるが大きな物を上げるならば、
目立つ事を嫌ったため、撃破数を少なく申告する。
作戦によって仲間が危機に晒されれば、上官に平気で食って掛かる。
挙げ句、ティーガーの中に娼婦を度々連れ込んでは事に及ぶ。
これでは、叙勲推薦を取り消されても仕方あるまい。
まあ、若い頃のハインミュラーはそのような男であったのだ。
「う~ん。 前の戦車に女を連れ込みすぎたかもなぁ……」
などと嘆くばかりであった。
今回、リズが用意してくれた戦車はレオパルト2A8EXである。
複合中空装甲でほぼ全面を覆い、防御力はNATO内でも一,二を争う。
兵器輸出の盛んなドイツは各国の実戦データから、この戦車を常に改良し続けてきた。
この型は二代前の型であるが、それでも充分に第四世代戦車と言える。
サイズもキングタイガーと殆ど変わらない。
四十センチ程低く、二十トン軽い。速度も行動半径も三倍以上であり、対戦車砲弾もAPSFDS弾(要するに凄い打撃力と貫通力がある砲弾)を主に使っており、対戦車破壊力も一級品である。
欧州標準戦車などと呼ばれる事も多い。
ハインミュラーはこの戦車に乗り込んだ時、ヴェレーネに、
『よくぞ、引っ張ってきてくれた』と心から感謝したものである。
そう云う訳で、彼らは石壁に迫るヘルムボアを五キロ前方に発見した時、既にMRSI(多数砲弾同時着弾)の準備を進めていた。
火薬量と仰角を変えて時間差で撃つ事で数発の砲弾を同時に着弾させる技能である。
本来は自走砲など射程十キロを越える砲で行うものであるが、仕方あるまい。
相手が多すぎるのだ。
燃焼薬莢を備えたレオパルト2の滑空砲はそれを可能にする。
炸薬(砲弾発射用火薬)量をある程度自由に調整できるからだ。
距離を指定されるとマイヤは距離測定用のコンピュータでは無く、自分の頭でさっさと計算を終えて装填を完了した後、自動で仰角を取る。
ハインミュラーの令が下される。
「三連射用意」
「撃て!」
誤差変更された照準に素早く対応してアルバがトリガーを引いていく。
三発の砲弾は初弾及びそこから二秒後と三,三秒後にそれぞれ発射されたが、ほぼ同時に距離三キロ地点に着弾した。
自動装填装置装備でない最後の型のレオパルト2である為、普通の人間が乗っていてはこのような射撃は不可能である。
何より、四六時中、このような射撃をされては砲身が持たない。
三日で砲身の『ライフがゼロ』である。
が、今回は非常時であるため、思いっ切り叩き込む。
三発の『榴弾』は広範囲で爆発し、追加の榴弾が六秒ごとに見舞われるとヘルムボアはその数を半数以下に減らし、正面以外の四方八方に散り始めた。
取り敢えず、石壁が襲われることはなくなった為、壁の上に待機していたRPG兵や魔術師達は大喜びであるが、司令官のアルボスは逆に慌てた。
二十頭ほどのヘルムボアが北西に逃げ始めたのだ。
レオパルトの射程からも外れてしまいそうである。
走らせて撃てば楽に間に合ったがハインミュラーはわざとそちらは見逃した。
こちらに向かう方を優先させ、戦車長席の十二,七ミリを乱射する。
アルバも砲塔装備の機関銃で同軸射撃を開始した。
リンジーは良く車体を操作し、射撃ポジションを間違えない。
彼らが東に向かう全てのヘルムボアを片付けた時、北西に向けて逃げていく二十頭のヘルムボアにA-10が襲いかかった。
サブタイトルは、トム・クルーズ主演で映画にもなったウェルズの「宇宙戦争」から頂きました。
最後のシーンは誰もが『肩すかしを食らった』
といいますが、SFファンとしては子供の頃にあれで『抗体』という言葉を覚えた程に、ショッキングかつインパクトを受けた終わり方でした。
やはり、名作だと思っています。
自分が病気のためか、狩られる魔獣の立場に気持ちが寄ってしまいそうです。
最後に、現在A-10はC型までしかありません。 2030年頃まで使うのなら改修を受けてEぐらいにはなっているかと考えました。
同じく、レオパルト2も現在は6EXまでだそうです。(友人調べ)
10月22日
30mmGAU-8ガトリング砲の写真を貼り付けてみました。
そのサイズから破壊力も想像してもらえるのではないかと思います。




