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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
44/222

43:願い処、叶い処

「だから言ったでしょ、騒ぎになるって……」

「ロークが助かったんだから良いでしょ! それに、手はあると言った筈です」

「相手はあの繰根(くるね)先生よ。少しでもヘマすれば終わりよ」

「ですから、手は既に打ちました。

と言うより、主任にとっても一歩前進になるかも知れない。 

其処(そこ)も承知の上ですよね?」

「いずれはやらざるを得なかった事だけれども、このタイミングとはね……

 今更ながらに後悔しているわ……」


 ヴェレーネは大きく溜息を吐いた。


 巧とヴェレーネ。

 廊下を歩く二人が向かう先は第二兵器研究所『付属病院』の院長室である。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ルーファン軍七万の包囲を抜けたトラックはアルスと合流し、その護衛を受けて国境を目指すことになった。


 ロークを気遣うトラックの足取りは重く、三十式が一時間と経たずに軽装甲機動車に守られながら走る車体を見ることになったのは、幸運とばかりは言えない事であったろう。


 合流するとロークは僅かだがサスペンションが柔らかく空調も効いた三十式に移されたが、この行為すらも当然ながらに気を遣うものであった。

 電池の筐体殻の上に毛布とシーツをたっぷり敷いて体を冷やさない様にした上、電池自体の緩やかな熱も良い保温ベッド代わりになったことが彼の命を長らえるのにかなりの貢献をしたであろうと思われる。


 しかしながら、それでもやはり速度は上げられない。


 ロークの傷に響くのを誰もが恐れたのだ。

 ローク本人は、追撃があるかもしれないのだから速度を上げろと騒いだが、

「血圧がこれだけ上がっているなら問題なかろう」

 と言うカレルの言葉によりモルヒネで寝かされてしまい、速度に関しての反対者は居なくなった。


『追撃の心配はまず、無い』、と巧は見ていた。 

 あの場でわざわざ派手な脱出劇を演じたのは、何も三十式の超壕ちょうごう能力に不安があったからだけではない。

(超壕能力=堀を越える機動力。履帯ならば車体長の半分までの堀は超えられるとされる)


 速度を見せつけることによって、相手に

『どうせ追っても無駄だ』と思わせることが一番の狙いであったのだ。



 しかし、国境まで残り八十キロを切らずして、ロークの容体は危篤といえる事態にまで陥った。

 万が一を考え、アルスとアルバ、ハンイミュラー、魔術師二人組にはそのままトラックの護衛に付いて先行して貰う。

 トラックの避難民はロークから離れることを拒んだが、

「ここで、もしもあなたたちが捕まったら。 彼、犬死にですのよ」

 というアルスの言葉に従い、誰もが泣きながら切り通しへ向かったのだ。


 ついでというのも何ではあるが、ルースも引き取って貰った。

 

 残留組は、巧、桜田、マーシア、リンジー、カレル、マイヤの六人である。

 メンバーの選定はヴェレーネの指示によるものであった。

 

 桜田は運転席で微速前進に気を配っており、マーシアは天蓋の上で警戒中である。

 カレルとマイヤの交代による活性化魔法でようやくロークは命を繋いでいる状態だ。

 巧は唯、それを見守るしかない。

 長い緊張からリンジーは疲れが出たのだろう。

 車両長席で遂に眠り込んでしまった。

 

「糞ヴェレーネ、さっさと来やがれ!」

 思わず怒鳴った巧であったが、いきなり頭を(はた)かれた。

 

 驚いて振り向くとヴェレーネが立っている。

 兵員室にいた誰もが度肝を抜かれた。

 一つ間違えると元素爆発を起こしかねない危険な跳躍であるが、彼女にとっては気にもならない要素らしい。


「遅いじゃないか!」

 怒鳴る巧に、ヴェレーネは露骨に不機嫌な顔を向けて言った。

「再度、取引のやり直しよ」

「取引? 取引だと!」

 この女、何を言ってやがる。巧は本気で殴りたくなった。


 そんな巧の顔を見ながら、考えはお見通しだとばかりにヴェレーネは続ける。

「言いたいことは判るわ。……でもね。 

 取り舵を間違えると二百八十万人が死ぬか路頭に迷うかよ。 

 今回、あなたが救ってくれた人々も『奴隷農園』に逆戻りなの。判る?」


 正論である。

 彼女は、女王、内務筆頭に並んで国民に責任のある立場なのだ。

 少しは頭が冷えたが、それでも巧の焦りは酷くなる。 

 先程からロークの為に何もしてやれて居ない自分が、歯がゆくてならないのだ。

「そっちの言いたいことも判った。だが、取引とは?」

「あなた、最後までこの件につきあえる?」


「何だって飲む! だからさっさと頼む!」

「だから、少しは内容を確認しなさい。この馬鹿!」

「馬鹿! 馬鹿って、」

「約束しておいて、一度は投げだそうとした人間の台詞(セリフ)、信用できると思って?」

「……」

 言葉に詰まった巧を尻目に話を進めるヴェレーネ。


「あの時、お爺様が言われた通りよ。

 あなた、確かに此処でロークを救えばこの国の為に死ぬまで働くでしょうね。

 そう云う約束は、(ひるがえ)さない人だわ」

「随分と信用があるんだな?」

「馬鹿にしてるのよ!」

 ヴェレーネの表情は苦虫をかみつぶしたとしか言いようがないそれである。


「あの時は悪かったと思ってるわ。 

 けどね、おかげで時間も稼げたわ

 辛うじてだけど、防衛体制については強化も進んでる。

 魔獣についても、なんとかするわ。

 ここいらで手を引いて良いのよ。弟さんの分についての仕事はして貰ったと思うわ」

 そう言った後で彼女は少しながらではあるが、うつむき加減になる。

 

「何より、『出来ることなら』という言葉が付くけど、女王があなたの残留を望んでいないわ」

「何故? 今更『異世界人は信用ならない』って事か?」

「違うわ! ……でも悪意がある訳じゃないことは信じて……、それに、」

「それに?」

「酷い言い方だけど、ロークは兵士よ」

「知ってる。それで?」


 ヴェレーネは巧の目を見て『本当に理解していないのか』、という顔をする。

 巧もその目を見つめ返した。

「わかっているよ、ミズ・ヴェレーネ。あんたが言いたいことはね。

 だがな! 職務の遂行中に殉職する事と、死ななくて済むのに死ぬこととは訳が違うんだよ。 

 そう思うから、あんた此処まで来たんだろ。最後まで悩んで、それで、」


「やめてよ!」


 響き渡る声だった。 

 彼女は涙こそ流さないものの、確かに泣いていた。

「私は、責任を、果たしに、来ただけ……」

 そう、彼女はロークが死ぬ瞬間から逃げない。その気持ちだけで此処へ来た。

 どうやっても救えないなら、責めて『罪』だけは心に刻もうと。


 兵員室にはロークの弱々しい寝息だけが響く。

 彼以外の人間が此処には居ないかの様だ。

 いや、その音ももうすぐ消えて、嗚咽という名の(ともがら)と共に人々が戻ってくるのだろう。


 だが、巧にはそれは認められないのだ。


 ヴェレーネの両肩にゆっくりと手が添えられる。

「俺もさ、よく言われるんだよ。一人で抱え込みすぎだって……」

 ヴェレーネが顔を上げて見た巧は、悲しそうな顔ではあるが何故か頼もしくも感じられた。

「……頼って、良いの?」

 彼女の声は呟きとも言えない小さな声だった。


「ロークが元気になったらロークにも頼りなよ」

 そう言って巧は周りを見渡す。

 カレルとマイヤだけではない。

 コックピットからは桜田とリンジーの二人の顔も覗いていた。

「部下だけど、仲間だろ。あんた達の国は仲間同士の国なんだろ。

 頼り合うのが奇妙(おか)しいなんてこと無いだろ」


 彼女は小さく、ゆっくりと頷いた。

 車体はオレンジに輝く。

 出発の日、六月十一日十時から四時間後。

 六月十一日十四時丁度、第六倉庫内の魔法陣上に彼らは帰ってきた。




    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「たっまがわく~~ん」

 調子の良い声が響くが、当の玉川は顎をツンと上げて声の主を無視した。

「お~~い、聞こえてんだろ。玉川」

「いえ、全く聞こえていません」

「聞こえてるんじゃねーか!」

 ボールペンが纏めて飛んできたが、恋する男は強い。

 バラバラの軌道を描いて飛来する物体を二つは避け、三つは空中で受け止めた。

 ついでに遅れて高速で飛んできた本命の一つは額で受け止める。


「刺さった! 刺さったぞぉ~~、血が出てるぅぅぅ」

 (うめ)く、玉川に白川は容赦ない。

「阿呆、そりゃ赤ペンだ!」


 警視庁、捜査一課特犯捜査第一係に白川、玉川のコンビが地方県警からの出向者として配属されて二年。

『特殊テロ誘拐事件』で名を馳せた彼らは別名、『白玉コンビ』と呼ばれている。

 物腰も柔らかい為、『一係の甘味処』として婦警の受けも良い。


 本来、二年を過ぎると出向者は所轄に戻されるのが基本であるが、彼らの検挙率の高さと、足で稼ぎながらも科学捜査を無視しない姿勢は高く評価され、後二年の警視庁勤務の延長を打診されていた。

 キャリア並の待遇である。(キャリア=国家公務員一種職試験合格者)


 その玉川は本日午後から非番である。

 デートだ。

 相手は自分より六つ年上の女性、名を「市ノ瀬衣乃(その)」という。

 

 玉川と彼女とのデートは少し、いやかなり変わっている。

 ある施設内に住む彼女を連れ出して外を少し歩き廻り、彼女との会話を楽しむ。

 時間がある日はそれなりにそれなりの行為も行う。

 しかし夕方になると、日によっては必ず彼女の自宅に招かれ同世代のもう一人の女性とも夕食を共にするのだ。

 

 同居人の名を「柊杏」という。


 杏は僅かに精神に失調を来している。

 日常生活には問題ないのだが、一人で外を歩くことが出来ない。

 

 小学生の子供、特に女の子の声を聴くとパニック症状を起こすことがあり、介添(かいぞえ)えが必要なのだ。

 どの子に対しても、という訳ではないのだが、一部の幼いしゃべり方をする子供の声に敏感に反応してしまう。


 彼女こそが、三年前の反政府テロに関わる殺人事件の被害者ある『柊マリアン』の姉である。


 玉川が衣乃(その)()がれた切っ掛けはあの事件である。 

 柊杏は玉川にとっても、まったくの他人ではない。

 

 それでも過去に玉川は一度、杏に寄り添う市ノ瀬の生き方を間違っていると思った。

 しかし、彼女自身の過去を知り、また自分と共に過ごしたとしても結局は何日も返らない夫を待つ方が幸福なのか?

 そう考えた時から、結婚を(あせ)らなくなった。

 刑事課の離婚率の高さを知ることで、その意識は更に高まり、今はこの関係でよい。

 とすら思う。


 何にせよ。自分の額の傷の制作者も一度は嫁に逃げらている訳で。

『まあ、こんなものであろう人生などは』、と思っている男でもあった。


 話は少しばかりそれるが、実は市ノ瀬はペンネームを持つベストセラー作家である。

 杏のリハビリの為に自著をドイツ語に翻訳して貰う内に、彼女の本は、『世界的な売り上げ』を誇るほどになった。

 玉川は、()し、自分が市ノ瀬に寄りかかることがあれば、何時、警察を辞めても食べていける立場であることを知らない。



「で、何ですか?」

 玉川は不機嫌である。いきなり、休暇を取り消されたのだから当然であろう。

 まあ、それでもこの男、事件の内容を聞けば、すぐさま仕事に取りかかる刑事のロールモデル(=規範・お手本)のような男なのではあるが。


「まあ、そう怒るな」

 白川は宥めるが目が笑っている。其処(そこ)が気に掛かった。

 玉川が刑事のロールモデルなら、その玉川が手本にしているのが白川である。

 事件において、巫山戯(ふざ)けた対応をする筈もないのだ。


「何事です?」

 玉川の目が刑事のそれに戻った。




 玉川が案内されたのは、公安の外事調査官室である。

 此処は外事調査一課から四課の様に特定の国についてのスパイ活動や破壊工作についての対応諜報部門カウンター・インテリジェンス・セクターではない。


 遊撃隊的な扱いであり、ある程度自由な裁量で動く事になる。

 早い話が『何でも屋』である。

 それだけに、諸般の事情を総合的に処理できる人間が集められる。

 ある種、専門調査官(エキスパート)と言うよりも万能型調査官スペシャル・ジェネラリスト巣窟そうくつと言える。


 中々、入れる場所ではない。

 流石の玉川も緊張していたが、面会の為の小会議室に入ってきた男を見て、更に緊張は高まった。


 二人は起立して、その人物に敬礼する。

 階級は『警視』

 警部の白川の一つ上、巡査部長の玉川の三つ上の階級であり、通常なら警察署長を勤める筈の人物である。


 が、その男は、

「いや、知らない仲でもないんだし、そういうの止めません?」

 といきなり砕けた口調である。

 この三年で何があったのであろうか?


「しかしですね、小田切警視。出だしが肝心ですので」

 白川は一応に筋を通す。

 そう、二人の目の前にいるのは三年前に巧の自殺を未然に防いだ男。

 あの『小田切俊介』であったのだ。


「まあ、そう言うことでしたら、」

 と、玉川。

「そうそう、しばらくは仲良くやることになりそうだからね」

 と、小田切のノリは軽い。 

 しかし、この三年で彼にはそれだけ余裕が出来たと言うことなのだ。

 玉川としては逆に不気味である。


「怖いだろ?」

 白川が玉川の心を読んだ様に訊いてくる。

「えっ!」


「まあ、分かるよ。俺もそうだった。少し悔しいぐらいに、な」

 白川はそう言って口の片側だけ上げて笑う。


「ま、そう睨まないで下さいな、白川さん。

 お二人には助けて貰わないといけないことが多いんですから」

「助け、ですか?」

 玉川の言葉に帰って来た小田切の言葉は、二人の表情を困惑させるに充分なものであった。


「柊巧さん。覚えていますよね? 彼が助けを求めているとしたら、どうします?」




     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 公式書類上は十四キロメートル四方。補助訓練域を含めると二十キロメートル四方を越えるとも言われる第二兵器研究所。

 第三セクター方式とは云え、一面としては軍所属の側面もあるため所長は商社からの出向者である完全な民間人ではあるものの、実質責任者であるヴェレーネ・アルメットは予備役ながら大佐の階級を持っている。


 即応事態となれば階級を一つ下げて中佐となり、現役復帰後、第一師団関東防衛方面隊の指揮下に入ることになる訳である。

 これは最大として、一個大隊一千五十名を従える地位にあることを示す。


 現在の第二兵器研究所の総職員数が軍人八一一名、軍属転用可能な民間人一二二名であることから、員数に見合った地位と言えるであろう。



 その予備役大佐は今、職員室で教師の説教を受ける中学生の如き有様であった。


 場所は研究所所属の総合病院院長室である。

 総合病院は民間からの完全出向であり、研究所管理下とは云え、軍とは全くの別組織であるため、事件・事故については院長に対して軍は説明責任があるのだ。


「ですから軍事機密でありまして、検証はお待ち頂きたいと申しているのですが、」

 ヴェレーネが必死で弁明している相手は、研究所所属の総合病院長で外科医でもある繰根(くるね)美沙、ようやく三十を超えたばかりであるが、院長としての能力に何ら問題は無い人物である。


 ある一点を除けば、であるが。


 しかし今回、彼女は『その欠点が出てくれれば良かったのに』と思うほどに常識人だ。


 繰根は栗色の長い髪をかき上げ、細い一重の瞼を瞑ってヴェレーネの言葉を聞いていた。

 何度目かになるヴェレーネの同じ言葉を聞き終わると、形の良い唇と共に、徐に目を開くと言葉ようやくを紡ぎ出した。

「話が通じていませんね、主任。 

 私は今回の患者(クランケ)について、もう少し説明を頂きたい、と言っているんですよ」


「ですから、軍事き、」

「いい加減にして下さい!」

 繰根は遂に爆発した。

「あの人物は外見はともかく確かに『人間です』それは間違いありません! 

 大体、何でも『機密』で済ませられるとお思いですか?」

 目が本気で怒っている。


 ヴェレーネとしては必死である。

「繰根先生の懸念は当然のことですわ。分かります。 

 つまり……、

 私ども軍部が、その……」

 言い(よど)むヴェレーネの言葉を繰根が接ぐ。

「ええ、人体実験をしている、と疑っております」


「それは誤解です」

 横から巧が口を挟んだ。


「柊曹長、あなたが事故の目撃者だそうですけど。

 何故、そう言いきれるんですか?」

 はっきりと睨んで言葉を続ける。

「私は、あなたも、いえ、あなたこそを疑っているんですけどね」

「そりゃ、どういう意味ですか!?」

 いきなりの言葉に巧の返答も、やや対抗的になる。


「あなた、目的のためには手段を選ばない、って聴きましたよ」


 巧としては腹を立てても良いのだが、ロークの為、とぐっと我慢をする。

 しかし、此処で『リパー』の悪名が響くとは。

 巧としては『間に合ってくれ』と思うばかりであった。


「彼が民間人で無いという保証がありません。 

 何より、軍機なら何故、憲兵隊が動かないんですか? 

 ミズ・ヴェレーネ。あなた憲兵隊に調査を止める様に進言したそうじゃありませんか?」


 これは事実であり、しかも(まず)い。

 憲兵隊は軍司令部直轄であり、完全な独立組織だ。

 基地司令官といえども、依頼・進言は出来ても命令は不可能である。

 尤も、『依頼、進言』というのは事実上の命令であり、その後、憲兵隊長が司令本部に書類を提出することで、その解除を行うことが出来るわけだが。


 何にせよ、これ程怪しい事案について調査の停止を進言すること自体が、『私には問題があります』と自白している様なものなのだ。


「軍警が動かない様でしたら民官の警察に連絡を入れます。 

 医者としての義務ですから、ご了承頂きませんと困りますわ」


 この言葉が出ると、再び、いや何度目であろうかの、先程のヴェレーネの言葉が発せられ議論は堂々巡りに陥るのだ。


 しかし、これが最後通牒である様であった。

「御退室をお願いします」

 繰根は話を打ち切るつもりである。


 思わず巧は時間稼ぎに走る。

「先生、先生もご存じの筈でしょ? 主任が国の上層と繋がっているという噂ぐらいは」

「聴きますね? それが?」

「事実なら最終的には握りつぶされますよ」

「そうかも知れませんね」

「では、何故?」

「それは国の問題です。私の医者としての倫理観には何の関係もありません。

 何より、あの患者は『私の患者』です。私が守ります」


 見事な返答である。一分の隙もない。

 これまでか、と二人が観念したその時、繰根の事務席の卓上内線が音を立てた。



 繰根はソファから立ち上がると机に近づき受信スイッチを押す。

『院長、お話中のところ申し訳ありません』

 秘書の声が巧達の位置まで良く聞こえる。

「もう、終わるところよ」

『では、急ぎの面会を希望するお客様ですが、お通しして宜しいでしょうか?』

「だれ?」

『それが、警察の方でして、』

 秘書の声は困惑がありありと出たものであったが、繰根の顔にも当然のことながら不審の表情が現れる。

 振り返って二人を見た。


 ヴェレーネは慌てて首を横に振る。

 巧の方はというと、心の中で、

『やれやれ、どうにか間に合ってくれた』

 と胸をなで下ろすも、その内実はおくびにも出さず肩をすくめて、わずかに首を(かし)げただけである。


 二人を一睨みした繰根ではあったが、秘書との通話に戻る。

「県警の方かしら?」

 繰根の問いに秘書の声は、妙に小声になる。

 受話器の口を手で隠しているかの様だ。

『それが、公安の外事課だと名乗っておりまして、警視庁の方も一緒ですので間違いは無い様なのですが……』

「公安? 外事課?」


 公安はともかくとして『外事課』なるものの呼称は繰根にとって初耳のものである。

 まあ、一般人が公安内部の組織編制を知っていよう筈もないのは当然なことだ。

 しかし、その時の繰根は『警視庁の人間も一緒である』という言葉に警戒心を解いた。

 何より、今回の件について通報しようとしていたところである。

 所轄の警察よりも話が早い。


「お会いしましょう」

 そういって内線を切ろうとしたが、秘書が付け加えた一言が不機嫌な彼女を更に不機嫌にさせた。


『それからですね。二兵研主任の同席を求めています』




サブタイトルは、アルフレッドベスターの短編集「願い星、叶い星」からです。

何故かこの表題作短編のタイトルをいつも間違えるのですが、最後の一行のインパクトのためだと思います。

前は、2000円ぐらいのハードカバーしかなかったのですが、今は文庫本化されているようですね。

安くなっていますので、ちょっとお勧めです。


繰根先生の名前の元ネタは北欧、中欧で使われていた貨幣価値『クローネ』です。 

何故この名前を付けたのかにも、ちょっといたずらを仕込んでみました。 

次回の後書きに示したいと思います。

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