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星を追う者たち  作者: 矢口
第四章 脱出行
42/222

41:袋の鼠と竜のゲーム(Fパート)

「マーシア、何を言っているんだ!?」

 巧は叫ぶと言うよりは、怒鳴っていた。

 第二陣トラックは今、小銃弾の殆どが無力化され、絶体絶命とまでは行かなくとも、かなりの危機に陥っているのは確かだ。

 相手も手詰まりかも知れないが、このような時は原始的な手段を活用できる側が『強い』


 勿論、その手段はフェリシア側の人間が思いつかないとも言えないが、同じような手段を用いるとすれば数の少ない方が圧倒的に不利なのだ。

 千対三十六ではいずれどうなるかの勝負は目に見えている。

 戦局が動く前に、救難に飛ばなくてはならない。

 今、それが出来るのはマーシアだけなのだ。 


 シナンガル領内まで出張ってきた目的を忘れた訳でも無いであろうに何故、目の前の事にこだわるのだ?

 誰もが不思議に思う。


 (いさか)いの意味が分からないのはルースぐらいのものであろう。


 巧は、取り敢えず全員に指示を出す。

「リンジー、車体方向転換(てんかん)百八十度。速度五キロを保て!

危険箇所は調査済みだ。

 正面だけ見ていれば、いざという時は警戒信号が出るから安心してくれ」

「はい! 任せて下さい!」


「ヘル、大変危険ですが、車長席上からの射撃をお願いします。 

 弾倉・排莢袋、二十ほどは持っておいて下さい。 

 後は、リンジーへの指示を!」


「うむ、巧君はマーシア嬢ちゃんを頼むよ」

 巧は頷いて、老人に後の戦闘の全てを託す。


「トレ、ネロ済まん。上部からの攻撃になる。危険になるが頼めるか?」

「いや、有り難い。もう煙が酷くって、いい加減、外で撃ちたかった所です。

 何にせよOKです。この『OK』って表現良いですね。気合い張りますわ!」

 とネロ

 弾丸の発射ガスが後方で(けむ)っている。

 ベンチレータは回しているのだが、排莢袋に(ガス)が籠もってしまうのだ。


「階級の高い方から狙って良いんでしょ?」

 こっちはトレだ。


「階級が高いのは構わんが、高すぎるのは止めてくれ。 

 向こうに火が付きかねない上に、今後の道を空けさせる交渉にどう使えるかも分からんからな」


「「OKです!!」」

 二人は戦闘椅子(コンバットシート)に身を預けると天井ハッチから、射撃を開始した。




「さて、マーシア。どういう事か聞かせて貰おうか?」

 巧の表情は硬い。

 マーシアの視線は、別の方向を向いている。ルースだ。

「ルースも駄目か?」そう訊くと、頷いた。


「ルースさん済まんな」

 そう言うと、巧はルースをレーダー席に縛り付け、後部兵員室のドアを閉める。


 それから無線を切って耳から外した。

「これで良いか?」 

 頷くマーシアだが、何故かいつもと様子が違う。おかしい。

 座ったマーシアに対して巧は立って見おろす形だ。


 マーシアは手の平を下に向けて、巧をかがむ様に促した。

 その動作に何処(どこ)かしら覚えがある。

 不思議な感覚を覚えたものの、マーシアの前に身をかがめた。

 

 マーシアが妙な口調でしゃべり出す。今までにない言葉遣いだ、

「本当は言っちゃあいけないことなんだ。

 だが、『彼』の気持ちも分かる。

 何より、どこからが『彼』でどこからが『自分』の気持ちなのか、今はよく分からない」


「マーシア、何を?」

 巧が不思議な顔をした時、マーシアは巧の首に飛びついた。

 それから、泣いているのだろうか。巧の首筋に熱い液体がかかる。

「マーシア、お前……」


 マーシアは巧を強く抱きしめていたが、やっと体を離す。

 突然のことに、巧としては何が起きているのか分からない。


「今から、言うこと信じてくれるか?」

 巧は訳が分からぬ儘にマーシアの今までにない、だが真剣な表情に気圧(けお)される形で頷いた。


 するとマーシアはもう一度、巧の首にしがみつくと、本当に優しい口調でこう言ったのだ。

「死んじゃあイヤだよ。『おにいちゃん』」


 巧は、ゆっくりとマーシアの両肩を掴み、その体を自分から引きはがす。

 出来るだけ丁寧に。 

 そう、(かつ)て『彼』にそうした様に……。


 そして、マーシアの目を見た。

 巧の目から自然に涙があふれ出す。

『彼』も兄が、自分のことをすぐに分かってくれたことが嬉しいのだろう、マーシアの目からも大粒の涙があふれていた。

 巧は、マーシアを引き寄せ居ると、強く抱きしめる。


「生きて、生きていてくれたんだな……マリアン」

「うん。ごめんね。 黙ってて……」

 巧は首を横に振る。 

 騙されていようが何だろうが、そんな事は今はどうでも良い。


 弟が、マリアンが生きていてくれた。


 それだけで充分だ。

 強く彼を抱きしめた。


 暫くそうしていたが、マリアンが不意に口を開く。

「あと、こんな体になっちゃったけど……」

“おい、こら、マリアン。私に何か不満があるのか?”

(いや、そう云う意味じゃなくてね……、ゴメンナイ……)


「ホント、どうなってるんだ。お前は」

 巧は泣き笑いである。


「久しぶりに弟にあったら、妹になってたって、新宿二丁目かよ」

 巧は笑い出した。

「新宿二丁目?」

 マリアンはさっぱり分からない。

 

 (もっと)も、意味が分かる十一歳が居たらそっちの方が怖いと思うが。


 巧は、大きく息を吸って吐き出す。

 自分を落ち着けたのだ。

「マリアン、マリアンはマーシアと名乗っていただけなのかい?

 さっきのマーシアの言い方だと……」

「うん、別人だよ。いま、僕がマーシアさんの体に住み着いちゃってる感じかな。

 でも、そのうち混ざり合って一人になっちゃうんだって」


 巧の表情は複雑なものになるが、気を取り直して別の質問をした。

 

「マリアン、こっちに来て辛くなかったか?」

 マリアンは自然な動作で首を横に振る。

「みんな優しいよ。マーシアも研究所のみんなも、ヴェレーネさんも、それから、」

 そこまで言って、母のことを話すべきかどうか迷った。

 マーシアに尋ねると、

『後で自分から詫びるから少しの間、話すのは待ってくれ。国のことに関わる!』と云われ言葉を止めた。


 だが巧は、その時のマリアンの様子を不審がる余裕は無かった。

 彼の言葉の中に出てきた、ある人物名に思考の焦点が完全にシフトしてしまっていたのだ。


「あの魔女(あまぁ)! まさか、此処まで(たばか)ってくれるとはなぁ!」

 巧が怒りを向けているのは、当然ながらヴェレーネである。


“ははっ、これは、面白いことになりそうだ!”

(マーシア!)


 一通り、ヴェレーネを罵った巧ではあったが、もう一度マリアンを抱きしめる。

 ただ、先程と違って少し妙な気分になったのも確かだ。

 いくら中身は弟とは云え、相手は見た目、十五歳の少女なのだ。


 それに気付いて慌てて体を離す。

「あ~、 申し訳ない。マーシア。 

 弟だと思うと、つい馴れ馴れしくなって、な」

 やや言い訳じみた言葉で様子を伺うが、マーシアは特に気にもせず、

「私は一向に構わんが? 何か問題があるのか?」

 素でそう返して来る。

「いや、そのな。あの、なんというか」

 反面、巧は大慌てである。


「イヤ……、じゃないのか? 知らない男に体を触られて、」

 巧の言葉にマーシアは再度、首を横に振る。

「マリアンが言っていた意味がよく分かる。少し混ざってるから、かな?

 時々はこうして欲しいな」

 真顔で返されて、巧は自分の顔が赤くなるのが分かった。


 マリアンは男の子だった時でも女の子と見た目がまるで変わらなかった。

 ましてや、マーシアは本物の女性である上に輪を掛けて『美しい』。

 そんな女の子が、時々は抱きしめて欲しい、とまで言って来たのだ。

 照れるとか照れないとか言うレベルは突破してしまった。


 いやいや、今はそれどころではない。

 問題は、脱出班第二陣の救援だ。

 さて、どうする? マリアンが自分を心配するのは分かる。


 マリアン自体の心配はない。

 向こうに跳んでも、相手は千人。

 マーシアならゴミでも蹴散らす様に片づけておしまいだ。

 だがマリアンの気持ちも分かる。


 マリアンの気持ち……、巧は其処(そこ)まで考えて、重大な『こと』を失念していたことに慌てる。


「マ、マリアン……、あの、な。お前……、」

 巧の顔は真っ青である。

 先程の喜びようが嘘の様に。


 彼は気付いたのだ。

 マリアンが、マーシアとしてではあるものの『人を殺している』という事実に。

 それどころではない。一時間前にも自分が『それ』を命じて、マーシアは千を下らぬ命を奪ってきたばかりである。

 そして、今、自分がマーシアに『行け』と命じることは、マリアンに人を殺すことを命じるのと同じ事なのだ。


 愕然とする。

 思考が停止しそうだ。


 巧の顔を見て、マリアンは全てを理解した。

 ヴェレーネと話をしていた時から、自分のことよりも、

「巧がこのことを知ったらどれほどショックを受けるだろうか」

 そればかりを考えていたのだ。


「お兄ちゃん!」

 いつものマリアンとは違い、少し口調がしっかりしている事に巧は気付いた。

「お兄ちゃんが心配していることは分かる。でも、僕は大丈夫」

 そう言って泣きそうな顔を抑えて、笑う。

「『殺す』んじゃない。『守る』んだ。そうしないと、僕たち、又、泣くことになるから……。

 そんなのイヤだ。人に優しくないって言われてもイヤものはイヤだよ。 

 今はお兄ちゃんを守りたいんだ!」


「お兄ちゃん、あの騒ぎの時、言ってくれたよね。『イヤなものはイヤだ、って言っても構わない。それをどう受け止めるかは相手の責任だ』って」

 マリアンの言葉は、例の風呂騒動の時の話だろう。 

 場違いな話かも知れないが、巧は頷いた。


 そうだ、思い出した。

 誰も理不尽に人の自由を奪ったり、人を傷つけてはいけない。

 それに抵抗することは決して悪いことではないのだ。

 そう巧は確かにマリアンに語った。


 巧は物事を説明する時、言葉遣いがやや固い方向に偏る傾向があるが、マリアンにはそんな巧の物言いが、他者に対する誠実さから来ることを知っている。


 そのような言葉は、簡単に流して終われない。

 何より此処で生まれ変わってマーシアと共に過ごして来た時、巧の言葉がなかったならば、マーシアが持つ苦しみに潰されて自我が消し飛んでいたかも知れないのだ。

 やはりマリアンにとって巧は勇気のもとだったのだ。

『生きる』勇気の。


「だから、大丈夫。それはもちろん……、今度も人を殺すんだろうね。 

 いつも怖いよ。 

 でも今度も人を『守る』んだよ。僕には何も出来なくて、見ているだけだけど」


 マリアンの言葉に巧は、判ったと言いつつ泣きそうな顔で頷くしかなかった。



 その時二人は気付いていなかった。

 マリアンの中のマーシアに変化が訪れたことを、


“殺すのではなく『守る……』”


“そうだ。私は両親を殺され村を失ってから、ずっと『殺す』ために剣を振るってきたと思ってきた”


“だが、違う闘いもあったのではないか?

 六十年前、リースに向かった時の私は『誰かを殺したい』と思って村に向かったか?

 違う! 私はあの時、確かに『守りたい』と思っただけだったではないか……”


“そしてこの旅もそうだ。『守るため』の旅だった”


 彼女は、あの焚き火の中、自分の回りに集まって『お話』を聞いていた子供達を思い出す。


“母さん、ラリサ母さん。あの時抱いてくれたのは……”



「マリアン、行こう!」

 マーシアがいきなり声を出す。

(でも……)

“大丈夫、お兄ちゃんは強い。私たちよりずっとな”

(……うん、分かったよ。でも、最後に少し話をさせて)

“ああ……”


 巧はいきなり出てきたマーシアに面食らっていたが、マリアンの瞳に戻ったことに気付いた。

「マリアン大丈夫か?」

「マーシアと今、話し合ったんだ。僕は、お兄ちゃんを守りたい。

 でも、最後はお兄ちゃんが決めて!」


 巧は、少し考えたが、マリアンの肩を捕まえて言った。

「お前達は一番強い。誰にも負けない。だから、心配はしなくて良いと思う。

 だけどな、お兄ちゃんも違った意味で少しは強い。心配するな。

 それより、『困っている仲間』を今は助けて欲しい。

 どうしても危なくなったら、その時はお前達に助けを求めるさ。 

 マーシアもそれで良いだろ?」


 マーシアとマリアンは共に頷いた。


 そして、最後にトラックと別れた丘までマーシアは『跳躍』する。

 目の前で、マーシア=マリアンが消えた時、巧は泣いている自分に気付いて袖口で涙を拭った。


 直後、コクピットのドアが開きリンジーが巧に呼びかけた。

 顔色は真っ青である。 

 リンジーに体を押されたルースが(うめ)いているが、それもお構いなしだ。

「どうした? マーシアは跳んだぞ。もう大丈夫だ」


 リンジーは唇を硬く結んだまま首を横に振る。

「ロークさんが、ロークさんの怪我が酷くて、持ちそうにありません……」


「どういうことだ!」


 十七時五十分、最初の重傷者が出た。

 アルスの到着まで、あと二時間。

 


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 戦況は相変わらずの膠着状態である。

 カレルは、指揮の殆どを桜田に任せて、トラックの後ろに回り負傷者の救護に当たって居る。


 左右側面に居る弓兵が肩や脇腹に敵からの弓を受ける事が増えてきた。

 とは言っても、未だ重傷と言うほどではない。


 介護を受けた十二人の内、八人は肩口や腕の傷であった為、(やじり)を抜いて消毒する。

 少量の局部麻酔を打ち、急いで傷口を縫うとしばらくは、夢うつつとしていたが、暫くすると『はっ』と気がついた様になって、痛みをこらえて両側面に戻って行った。


 皮鎧越しにではあるが脇腹を撃たれた四人も戻りたがったがこれは流石に引き留め、トラック側面からの手榴弾の投擲を命じた。

 これで、戦力の損失は一応に”ゼロ”である。

 が、怪我をした山の民の体力がいつまで持つか心配である。


 カレルがそう考えた、その時である。

 中央の敵から両側面への弓射がいきなり激しくなった。

 樹木に邪魔されるのもお構いなしで、とにかくやたら滅多と打ってくる。

 両翼から囲んでいることで一見こちらが有利な様だが、実際は三百対三十六である。


 見ようによっては、中央を分断されて本陣を狙われているという見方も出来るのだ。


 敵が両翼に切り込みを掛けないのは、その手前に僅か五メートル程の木の切れ間があり、トラックからの二名の魔術師が、そのポイントに的確に連射を続けているからに他ならない。

 ロッソとビアンカが守備の生命線になっている。


 崖側は後方に転落する恐怖もあり、一つ間違えると壊乱に(おちい)りかねないが、其処はロークが皆を支えてよく防いでいる。

 彼は剣士であると共に、戦闘指揮官としての自己を確立しつつあるのだ。


 このまま、後、二時間半。

 誰もがそう思っていたその時に、戦局は大きく動いたのだ。


 盾を持った兵士が正面を固める。

 一カ所に二人がおり、上下に盾を構えている。

 はっきり見える敵に対して、五,五六ミリ弾は有効である。

 盾ごと粉砕する。

 樹木はともかく、この世界の装備品程度なら高速弾の敵ではない。

 しかし、何人倒れても盾を構えてその場から動かないのだ。


(なんか、やな予感がする)

 桜田が、そう感じた時。ゴロゴロと重い音がすぐ側まで近付いてきた。

 トラックから森の入り口まで三十メートル。

 その奥となると五十メートル前後の位置だ。


 良くは分からない。でも、このままでは何か(まず)い!

 桜田はそう感じた時。実弾演習で習った一言を思い出した。


『状況に変化が生まれると感じた時は、作戦遂行に問題が無い範囲でその場所を移動すること。 

 そうしないと……、死ぬよ』


 そう教えてくれたのは誰だったのであろうか。


 しかし、それを思い出したのは僥倖(ぎょうこう)であった。

「カレルさん! これからトラックを動かします。ロッソとビアンカは荷台の前の方に来て、そこから側面への援護射撃は行って! 

 激しく動くから、振り落とされないでよ!」


 無線に向かって一息でそう言うと、車体を回転させる。

 敵に対して横っ腹を見せていたトラックは、一気に正面を向く形になった。

 と、同時に、森の中から何かが飛び出してきた。

 凄まじいスピードで方向転換を終えたトラックと、その物体が森の中から飛んでくるのは、ほぼ同時であった。

 飛んできた物体は二つ。 

 一つはトラックの左側面ギリギリを通り過ぎて、後方の樹木に突き刺さる。

 しかし、もう一体は、トラック正面ガラスを見事に打ち抜いた。


 七,六二ミリ弾をはじき返す正面ガラスを一撃で粉砕したもの。


 それは、巨大な『鉄の矢』であった。


 森の奥、盾兵が道を空けた其処に現われたおかしな物体を桜田は見た。

 四角い盾の様な鉄の板の中央部分に大きく隙間があり、そこから矢が発射された様なのだ。


『バリスタ』


 据え置き型の大型弩弓(どきゅう)である。


 今回使われたものは、その中でもかなり大型のものであった。 

 ルナールの置き土産である。

 矢の長さは一メートルを越え、重さは二十キログラム以上、鏃や矢竹(=棒の部分)のみならず、矢羽根まで全て鉄製という念の入れようである。

 早い話が、ライン攻防戦で持ち出したカタパルトとクロスボウの合わせ技の様な兵器だと思ってもらえるだろうか。


 巨大な矢は、その発射力が強すぎて弾道は高かったものの、もしも桜田が森に対して車体を正対にしなければ、荷台にいた何名かが死んでいてもおかしくはなかった。


 さて、その桜田はと云うと……、生きていた。

 但し恐怖のあまり、少しおかしくなった様だ。

 何事かブツブツと呟いている。


 矢は無人の助手席に飛び込みシートに突き刺さって止まったが、実弾演習で「この窓ガラスは機関銃の弾も止める」と教えられ、現代科学の力を素直に信じた上で安心し切っていたのだ。

 いや、慢心していたと言っても良い。


 巧やハインミュラーのように……。

 

 それが、原始的な兵器に破られた。

 桜田のショックは大きい。


 実際の処、『質量兵器』、即ち重さを生かした兵器は何より恐ろしいというのは、軍事学の常識ではあるのだが彼女はそれを知らなかったのだ。


 今、彼女は恐怖に支配されている。

 人間は恐怖に支配された時、身動きが取れなくなる者と破れかぶれになる者がいる。

 そして、彼女は……。



 後者であった。


「なめんじゃないわよ! 国防陸軍をなめてんじゃないわよ!」

 その言葉と共に彼女はアクセルを踏み込む。

 スピードが乗り切る前に森にの入り口の木にぶつかり、トラックは止まった。

 安全装置が働いてエンジンは自動的にカットされる。


 しかし、彼女の暴走は止まらない。

 助手席に置いてあった四十式自動小銃と二十の弾帯約八百発。

 それを引っ掴むと、助手席側に移動した。

 一,五六倍に増えた筋力を持つ片手を使って鉄製のバリスタの矢を引き抜き、破損した正面窓の外に軽々と放り投げる。

 一,五六倍の筋力とは実際は二倍以上の力を出すことが可能なのだ。


 それを見て唖然とする敵兵に向かって言い放った。


「ナイスな銃眼の作成に感謝するわ! お礼は遠慮すんじゃないわよ!」


 その台詞と共に、敵兵の二メートル頭上から五,五六ミリ弾の雨を降らせる。

 いくら森の中とは云え、二十メートルまで近付いて高所を取られてはたまったものではない。

 今は弾が当たらないまでも、その場に陣取ることは時間と共に『死』の確率を上げるだけである。

 何より、大の男が両手で運ぶ鉄製バリスタの矢を片手で軽々と引き抜く様を見たのだ。

 今度は、敵兵の方が恐慌に陥る番であった。


 そして……。


 敵兵が大きく引いていった時、彼女は全ての弾を撃ちきっていた。

 一人の死者も負傷者出さずに……。



 避難民達から、わっと歓声が上がる。

 その声で我に返った桜田は、腰が抜けてその場にへたり込んだ。

 

 放心する桜田の居る助手席側のドアが開くとロークが、苦笑いで彼女を抱き上げた。

「怪我はありませんか? 本当に心配しましたよ」

 そういって、トラックの後方に運び込んでいく。


(おお、こ、これが伝説の『お姫様抱っこ?』、これであたしもお姫様!?)

 などと桜田が興奮する最中、森の中で悲劇を引き起こす引き金が、文字通りに『引かれた』



 ロークは、桜田を抱き上げる前に、全員にバリスタの回収を命じていた。

また、

『後方には未発射のバリスタが未だある可能性は高い、気を付けて探す様に、見つけた場合は、まず矢を外せ』

 と念を入れた注意を行って、バリスタ回収を命じていた。


 しかし、今回使われたバリスタの大きさは前代未聞のサイズであり、その為、通常の大きさのバリスタについては完全に見逃されていたのだ。

 山の民は、このような兵器など見るのも初めてである。

 先程の『それ』が当たり前のサイズだと思い込んでいたのだ。

 誰が失敗した彼を責められようか。


 彼は男性避難民として残った中では最も若い十七歳の少年であった。

 防衛に使えるとして、盾を回収する様に言われ、きちんと仕事に励んでいたのだ。


 ふと見ると、(やぶ)の上に盾が一枚落ちている。

 それを拾い上げようとしたとき何かが引っかかったが、取っ手が木に引っかかっている程度に思ったのだ。

 誰でもそう思うであろう。

 そして、その盾を持ち上げた時。茂みの中には小さな、と言っても本来ならば『標準』と言えるサイズのバリスタがあったのだ。


 偶然だったのかトラップだったのか、それは分からない。

 しかし、彼が盾を持ち上げた事で弓止めは外れ、その矢は発射される。


 不運に不運は重なった。


 弾道の正面には『矢』を止める樹木は一本もなかった。

 また、森の中では風切り音は殆ど吸収されてしまう。 

 ロークが気付くのに遅れたとしても彼の不覚とは言えなかった。


 矢が森の出口に近付いた時、人間になら聞き取れないであろう風切り音がロークの鼓膜を叩く。

 気付いたロークは、まず、桜田の安全を優先した。

 彼女をどうするか。その判断が一瞬の遅れを生む。


 トラックの後方に入ろうとしていたロークは桜田を放り投げると、自分も体をひねる。

 矢はギリギリの処で彼の体を外れた。そう鏃と矢竹、『だけ』は、


 しかし、鉄で造られた『矢羽根』は巨大であり、彼の脇腹を見事に切り裂くことに成功したのだ。


「いった~~い! ロークさん酷いですよ~~。」

 投げ出された桜田は一旦は大声で抗議もしたが、顔を上げれば目の前にある光景が信じられず、思わず息が止まる。


「すいません。桜田さん。怪我、ありませんでした?」

 そう言って血の気の引いた顔で笑うロークの脇腹からは大量の血が噴き出し、同じ場所からは、腸がダラリと垂れ下がっていたのだ。




最後に書くといったのですが、明日はちと忙しくなりそうですので今のうちに書いておきます。

サブタイトルの基になった「鼠と竜のゲーム」の作者、コードウェイナー・スミスは本名をポール・マイロン・アンソニー・ラインバーガーといいます。(ラインバーガーの方は知っていたので同一人物と知って驚きました)

先の大戦では陸軍情報部に所属し、16ヶ国語を操る英才だったそうですが、親日派のジョセフ・グルーに対して彼は親中派であり、日本の戦後統治でもグルーとかなり対立したのではないかと思われます。

しかし合理的な人でもあり、皇室の存続に一枚かんでいた気配が感じられます。

現在の日本の国家体制とも縁の深い有名軍人がSF作家だった事に驚かされました。


まあ、基本的にウェルズやウィンダムの頃から、SF作家は親日派の人が多いんですよね。

ウィンダムなんか、トリフィドへの対抗策は日本人が考えつくことになってますし、ウェルズも主人公に「宇宙人相手に日本では勝ったんだから、俺たちもできる」と言わせていた記憶があります。

SF作家と日本人って相性が良いのでしょうか?

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