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星を追う者たち  作者: 矢口
第四章 脱出行
41/222

40:袋の鼠と竜のゲーム(Eパート)

フォームが新しくなったようですね。新しいフォームは綺麗で見やすいですね。

では、本日の表現は上手くできたでしょうか?

読んで下さる皆様の評価に耐えることを祈ります。

 逆茂木の大きさを聞いた桜田は一瞬不安げな顔をしたが、ロッソが、

「なーに、こいつがあれば問題ありませんよ」

 と言ってRPG-7を持ち上げたので『ああ、そう言えば』とほっとする。

 

 テントを片付け終わって荷台に積み、何時(いつ)でも戦闘態勢に入れる様にして二時間。

 彼女の手元の時計は十四時十分を指した。


 アルスの到着予定まで、後六時間。

 

 森の奥で音がする。かなりの人数が移動する音だ。

 カレルが避難民全員に配置につく様に指示を入れる。


 広場の二十メートル程手前の森の中。

 その左右側面の五カ所にドラム缶から作り出した防弾板を立てかけ、弓を持った男達が潜んだ。


 また、盾の表面には草木を貼り付け、低い雑木の様に偽装もしてある。

 森の中である。相手がいくら多くとも山なりの弓射は無い。

 正面だけを警戒すればいいのだ。

 敵が数を投入し過ぎれば、動きが取れなくなって()放題である。

 また、きちんと揃えられていても守備位置的には有利ではある。


 更にそこからトラックまでの間には、連絡用の遮蔽物となる資材も飛び飛びにではあるが設置してある。

 一寸した陣地の構築も完了済みであり、心理的な安心感も持ってくれているとは思う。


 何より誰もが、子供達を逃がしたことで後顧(こうこ)(うれ)いのない顔であることが頼もしい。


 敵の方は警戒しつつ進んでくる様であり、激突までには未だ時間があると思われる。

 トラップを仕掛けたかったが、戦闘やその手の罠に慣れない味方への被害が怖く仕掛ける事は出来なかった。

 残念だが味方に殺されるほど馬鹿馬鹿しいことはない。 

 これで正解であろう。


 贅沢(ぜいたく)を言えば切りが無いのだ。


 トラックは側面を晒しているが、荷台の幌の中には四十式自動小銃を構えた男達が、魔術師二人に(ひき)いられて、荷台に伏せて何時でも撃てる体勢だ。

 射手はシートを軽くめくって銃眼代わりにしている。

 幌には矢が刺さることはあろうが、特殊防火繊維で編み込まれた耐久性の高いものであり突き抜けることはない、と巧も保証してくれた。


 射線上に味方が入らない様に注意はしてあるが、やはり同士討ちは避けたいものである。

 小銃は魔術師二人以外の十人は全て単発に設定させた。

 全員が常に打つ訳ではなく、三人は交代でマガジンへの弾込め要員となっている。


 そう指示した桜田本人だが、自分に限っては弾帯を運転席に二十も持ちこみフルオートに設定してあった……。


 (いわ)く、

「だって、怖いんだもん」

 だそうである。


 因みに四十式はベルギー製のミニ機関銃からの機構を取り入れ、軽機関銃としても使える。

 此処が平原であったなら相手は銃器を持たない以上、下手をすれば桜田一人で五百人でも殺せるであろう。

 今のところ彼女にはその覚悟も意志も存在しないのだが。


 無線が入った。あちらは戦闘に入った様である。

『山から下りる一万も引きつけられる様に粘る。頑張れ!』

 とは巧の弁であった。

 


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 取り敢えず、ルナールを引きつけるのに成功したのかどうか、巧は知りたかった。

 彼の兵力を決して山に戻らせてはいけない。


 敵兵力が一千程度なら、基本的な防衛線陣地を使えば、桜田でも必ずアルスの到着まで持ちこたえられる筈だ。

 アルスが来さえすれば一千の兵など如何(いか)ほどでもない。

 第二陣も、そのまま脱出できる。


 いざとなればマーシアを跳躍させる。

 唯、そうなるとマーシアは、こちらに戻った時に魔法戦闘力はある程度は削られるであろうが、それはやむを得ない。


 すぐさまマーシアを送ることも考えてはいるのだが、ロークを始め桜田もカレルも五万、いや下手をすると七万の大軍を相手にする巧達からマーシアを引き離すことを嫌がり、

「必ず、持ちこたえて見せる」

 と宣言してはいたためギリギリまで待つことになった。


 

「ルースさん。後の銃眼から外を見てもらえるかな?」

「何故だい?」

「ルナールですよ」


 その言葉に頷くと、ルースはネロに場を譲って貰って照準ガラス窓から外を覗く。

「ああ、いや、未だ居ないね。旗印(はたじるし)でそう思うだけだがね」

「ありがとう。じゃあ、もとの席に戻って下さい」


 ルースが巧に話しかけてくる。

「なあ、君。巧君と言ったな」

「ええ、そうですが」

「フェリシアの人間じゃないな」

「分かりますか?」

「と言って、シナンガルでもない」

「ですね」

「南西諸島の出身()か」

「南西諸島?」

「国ではなくて氏族(クラン)で未だに争っている地域があるんだよ。奴隷が良く逃げ込むらしい」

「知りませんでしたね」

「じゃあ、何処の出身だ?」

「それ、知ってどうするんですか?」


 このルースという男が何を考えているにせよ、異なる世界が存在する事ついて知られる訳にはいかない。

「あんまり嗅ぎ廻ると、生きていられる時間が短くなるだけですよ」

「どうせ短いだろ」

「それは、あちらで大臣にでも頼んで下さい」


 ルースは目を見開いた。

 巧を見て本当に驚いた、という様に言う

「この戦、生き残る気なのか?」

「は? 何、当たり前のことを聞いているんですか?」

「は、じゃないだろ! 多少は足が速いようだが、こんな荷車一台で本気か!

 今、覗いたら四~~五万は軽く居たぞ。勝てる訳無いだろ!」


 ルースの言葉に巧は今更ながら可笑しくなった。

 そう言えばそうだな。いくら新鋭兵器とは云え、数には絶対に勝てない。

 良くそんな気になれるものだと我ながら可笑しい。


 しかし、今回は時間稼ぎなのだ。

「勝つと言うより、仰る通り『生き残る』ですね」

 それだけ言うと、後はルースを無視した。



 車体にコツコツと雨音の様な音がする。矢を射られているのだ。

 ドンという軽い音もする。火炎弾であろうが三十式には何の意味もない。


 マーシアは表に出て戦いたがるが、今は未だ無理である。

 もう少し敵を引きずり回して分断させなくてはならない。

 後方と側方からネロとトレ、そしてハインミュラーがそれぞれに射撃を行っている。

『タタタッ』と云うNATO規格の五,五六ミリ弾の音がセミオートで軽快に響く。

 その度に、幾つの命が消えているのであろうか。


 ハインミュラーも今は四十式を使っている。

 Kar89Kの弾は五十発しか手に入らなかった。

 彼も大事に使いたい様だ。

 あちらに戻ったら千発ほど注文しよう。

 アメリカで未だに作っている会社があるらしい。


 などと考えながら巧は対地ソナーに目を向ける。

 畑の中を走り回るので、ぬかるみに三十式の足を取られる訳には行かない。

 三十式には対地ソナーが付いており、前方の地質を計ることが可能なのである。


「リンジー左側に三十メートル程行くと『ぬかるみ』が酷い! あと百メートル進む間はそっちにはハンドルを切らないでくれ」

「はい」

 彼女との連携は実にスムーズだ。 

 後で、マーシアが何かさせろと騒いでいるが、無視する。

 時計を見ると十五時に近かった。 

 時速は七キロを維持する。歩兵が小走りで付いてこれる速度である。





 十六時。 

 ルナールが街道に到着した時、戦列は六キロ程南に延びていた。

 街道から南へは緩やかな下り傾斜が延々と続いており遠くまで見渡せる。

 

『しかし、途中には浅いとは言え川が幾つも有る。荷車が良くも渡りきれる物だ』

 ルナールはそう思う。

 前方の方は『点』になっており何が起きているのかは分からないが、戦闘が始まっていることは間違いない。


「騎馬のみで行くぞ! 歩兵は後からだ。シムル、後を頼む!」

 そう言うと、ルナールは騎馬のみ六百を率いて六キロ先を目指した。


「ルナールが来たぞ! 旗印が見える」

 ルースは後ろ手に縛られて車長席でパノラマスコープを覗いていた。

 後方を最大倍率で見て貰い、ルナールが来るのを見張って貰っていたのだ。

 あと少しで来なければ、Uターンして街道に戻るつもりであった。


 戦列も伸びきって、走り疲れた兵はあちこちで遅れている。

 付いてこれているのは殆どが騎馬の高級将官とその取り巻きだけである。

 時たま近付いてくる者は四十式小銃の餌食になるが、相手に戦力差がありすぎて敵わないと思わせてはいけない。

 

 彼らに『追い詰めれば必ず勝てる』と、考えさせ続ける事が重要である。


「トレ! 榴弾(りゅうだん)一発だけ頼む。 

 弓兵はもう居ないと思うが、気を付けてな!」

 その声に応えて、トレは大喜びでエレベーターシートを上げた。

 発射されたRGP-7は追撃する敵先頭の四百メートル程後方で爆発し、後続が断たれる。


「マーシア出番だ!」

 その声と共に、後部ドアが開くとマーシアが風の様に飛び出していった。

 三十式は足を止めた。





 十五~~十六世紀、『コンキスタドール』(征服者)と呼ばれるスペイン人達が次々と中・南米に上陸する。

 そこからピサロが百八十名でインカ帝国を、コルテスが五百名(最終的には利益を見込んだ本国から応援を得て五万)でアステカ帝国をそれぞれに滅ぼした。


 これ程の少数で人口一六〇〇万のインカ、一一〇〇万人のアステカを征服できたのは何故か。


 インカもアステカも決して未開で無知蒙昧(もうまい)な文明であった訳ではない。

 特にインカなどは、よく知られる様に巨石ピラミッドを幾つも建て、天文学に通じていた。

 山頂にマチュピチュと呼ばれる都市を建て、てんかんの為の脳外科手術をしていた痕跡まである。


 またアステカ文明も、都市建設に優れ様々な都市を造っている。

 現在もメキシコの水上都市として知られる、メクスカルティトラン等は有名であろう。

 

 しかし、いずれの文明も金、銀を求める僅かな数のスペイン人の傭兵達によって滅んだ。


 神話による神の再来と、スペイン人の来る時期とが一致した不幸。

 鉄の剣と黒曜石の剣の歴然とした性能の差。スペイン人による天然痘の持ちこみ、(逆に南米人には免疫のある梅毒がヨーロッパに渡る)など様々な要因があり、一概に“これ”が決め手であったという事実を決定することは難しい。


 しかし、単純に戦闘に関して言うならば、スペイン人達の強さの秘密の一つには『馬』の存在があった。

 山岳地に生まれた中・南米文明は馬と車輪を知らなかったのだ。

 コンキスタドール達は大軍に囲まれても、その包囲を馬で脱出し、再度の侵攻を企てることが出来た上に、車輪を持つ荷車で大砲を持ち込んだ。


 今、巧達が取っている行動はこれによく似ている。

 その気になれば、不整平地で時速百五十キロ以上を出せる三十式偵察警戒車両に追いつける馬も人も居ない。 


 魔法を使っても追いつくのは難しいであろう。


 哀れなことだが、シナンガル兵は遊ばれている。 

 しかし、巧達にとっても命がけの鬼ごっこであることもまた間違いではない。


 三十式だけなら、楽に逃げ切れる。 

 燃料もトラックと別れるに当たり、タンク六百リットルを満タンにして出発したのだ。 

 燃費から考えて最悪でも八百キロはノンストップで走れる。


 また、三十式は水陸両用車両でもあり、湖などは如何(いか)ほどのこともないのだ。

 どちらかと言えば、はまり込んで動けなくなる可能性のある浅い窪地の方が怖いくらいである。

 それだけ気を付ければ良い。その為の対地ソナーもある。


 しかし、この戦いの最終目的は避難民三十二名の完全救出である。

 彼らは避難民を残して逃げる訳には行かない。


 決してだ!



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ルナールに後を任された歩兵長シムルは、軍をゆっくりと前進させた。

 湖まで行けば、追い詰められるのだ。

 慌てる必要はない、というのがルナールの指示であった。

 彼も同感である。


 ルナール自身が急いだのは各大隊長にそれを知らせる為である。


 シムル率いる一万の兵は、地球でならテルシオと呼ばれる密集陣形を千人単位で造って進む。

 途中で(ばら)けてしまっている他の大隊の兵を見つけると、彼らに声を掛け、百人隊長(ごと)にでも結集して軍を再編する様に呼びかけた。

 しかし、賞金が掛かっているという噂も飛び交い、互いに協力して連絡を取り合うのを嫌がる(ざま)である。


 シムルから見ても『無様』の一言である。

 戦列が伸びきって、軍の様相を成していない。

 各大隊長は何を焦っているのか、不思議な程である。


 彼は、例の『カップ麺』の存在を知らない。

 各大隊長が欲に駆られた理由を知らないのだ。


 食事や味を甘く考えてはいけない。

 人は『香辛料』を求めて地球を一周した。

 一九七〇年代のアフリカの内乱のうち、幾つかの発端は岩塩の奪い合いであった。

 食事は人間の生命に関わるものであり、生存の為の三大欲求の一つである。

 逆説的だが、だからこそ、その為に人は命を賭けることも少なくない。


 巧も此処まで効果があるとは思わなかったであろう。

 しかし、人間は戦場という特殊な環境の中では様々な事柄に強い衝撃を受ける。

 いや、受けすぎるのだ。


 シムルが軍を二キロ程進ませた頃。

 巧達は後続を分断して三十式の周りの敵を千人ほどの単位にすると、マーシアに暴れるだけ暴れさせる。

 その後、周辺から生きた者の姿が消えると急ぎ彼女を回収して、再び三十式を微速前進させた。


 時刻は十六時四十二分である。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 同じ頃、カレル、桜田、ローク組は敵弓兵と熾烈な弓射・射撃戦の真っ最中であった。


 桜田は勿論のこと、二〇五〇年の近代兵器の威力に自信を持っていた救出隊は、森林における戦いを甘く考えていた。

 そして今、正にそのツケを払わされている。



 AK-47と言う銃がある。

 通常の銃が一千万丁も造られれば、ロングセラー、ベストセラーと言われる中で、海賊版を加えると軽く一億丁を超える数の生産が成され、

『世界で最も人を殺した兵器』

 とも言われている。


 同時期に開発されたアメリカのM-15改良版M-16A1と良く比較されるが、その理由は共にベトナム戦争において世界的なデビューを飾り、今日においてもその系譜、或いは『そのもの』が各地の戦場で覇を競っているからである。


 さて、AKのライバル?のM-16最大の特徴は、現在のNATO弾の基準としての五,五六ミリ弾の使用である。

 発射速度は時速千キロに迫り、その貫通力は実に凄まじいのだが、貫通力とは言っても結局の処、それは『人』に対する貫通力である。

 また、殺すよりも怪我をさせる。つまり負傷者を増やすことで敵勢力の労力を増やすことを目的にもしている。


 有効射程距離は五百メートルと言うことになっているが、確実に敵を無力化殺傷出来る距離は、その半分以下の二百メートル程度であると二〇一〇年には米軍も認めているほど殺傷力は低い。

 モガディシオという街で米軍の発砲した弾丸を腹や腕に数発喰らった敵兵はその後、数十分間も平気で戦い続けたそうである。

 戦闘で興奮している中、弾が綺麗に貫通した為、あまり痛みを感じなかった様だ。


 五,五六ミリ弾は一人の歩兵に弾数を多く携帯出来る様に弾を小型化したのであり、その打撃破壊力は小さい。


 先の大戦での巧達の国の陸軍が使用していた弾が当時の世界的主流であった七,七六ミリ以上と比べ、火薬量が少なく携帯数も多い六,五ミリ弾であったことが戦後に高く評価されたことはあまり知られていない。

 大口径の他国の小銃と比べて飛距離も有効射程も全く変わらないにも関わらず、反面命中率が高かった事に各国としては目を付けざるを得なかったのである。

 ドイツの軍人からの証言も残っており、その評価は確かな物だった様だ。


 と言って、別段『先見性』が有ったと云う訳ではなく、旧軍兵士の体が小さい為、射撃反動を抑えたかった事と、資源の節約をも合わせて小口径の銃になったに過ぎない。

『みんな、ビンボが悪いんや!』という奴であり、笑えない話である。



 さて、主流の銃の口径が小さくなったとは云え、やはり口径の大きさは打撃力に繋がる。

 打撃力、即ち遮蔽物(しゃへいぶつ)等、『物体』に対する効果である。

 市街戦ならば銃に装着されたランチャーも使えるが、ある環境ではそうはいかない。 

 複雑に樹木が絡み合った密林などではランチャーから発射された弾薬が樹木にぶつかってしまう可能性が高いのだ。


 長々と話が続いたが、つまり五,五六ミリ弾の小銃は『森林戦に弱い』

 これにつきる。


 AK47の七,六二ミリ弾は五,五六ミリ弾の約二倍の打撃力を持つ。


 ベトナム戦争時に、双方五十メートル以内での銃撃戦が起きた時の実話として、以下の様なものがある。

 木陰に隠れれば大丈夫、と考えた米兵が直径二十センチ程の幹の影に隠れたが、AKはその木を軽々と打ち抜き、結果米兵は死亡した。


 別段珍しい例ではなかったという。

 現場からは先の大戦の旧式銃を求める声が多数上がったが政治的理由からなのか、戦術的な意味からなのか、或いは発展性からかは知らぬが、その後変更は無いままにベトナム戦争は終わった。


 いずれにせよ現在のNATO弾は基本的に五,五六ミリであり、巧達の国もそれに習う。


 つまり、敵がいくら弓を持って、こちらは銃だとしてもその武装の差は森の中では相当に有利性を失ってしまう。

 弾は全てと言って良いほど樹木に阻まれてしまい敵には殆ど届いていない。


 また、トラックが通れるほどの幅の道筋も樹木の生えにくい南の岩山側にはあるが、そこからやってくるほど相手は馬鹿でもない。


 木が密集した中ではRPGなど撃てる筈もなく、魔術師ロッソとビアンカもお手上げである。

 あの恐ろしい威力の爆発力で自分たちに被害が及ぶ可能性のある射程内の木に弾頭が当たろうものなら、こちらも唯では済まない事は理解しているのだ。

 また、通常の魔法火炎もこの密集した生木では殆ど効果はなかった。

 マーシア程の熱量があれば話は違うだろうが、それほどの火炎弾を二人は持たない。

 敵もトラックをできるだけ無傷で手に入れたいのか、あちら側からも火を放たないことだけが、かなりの助けになっていた。


 この様な理由で攻撃に関しては側面にいる避難民の弓兵達の方が効果を上げているほどである。

 但し、敵の方もトラックの居る広場に出て来れば蜂の巣になることは気付いた様で木陰に釘付けになっているため双方が手詰まりだ。


 桜田にとっては、殺さず、殺されず、であり理想的な展開と言えるのだが……。


 彼女が、時計を見ると一七時を五分過ぎただけであった。

 後、三時間が待ち遠しい。


 カレルは取り敢えず現状を巧達に伝え、戦線を維持する事は可能だと断言はしておいた。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 桜田達に相対している千人は、軍団長ピナーが先行させただけ有って、かなりの精鋭達である。

 指揮官も、むやみに大軍を森の中に突入させ混乱が起きることを恐れ、千名全て、ではなく三百名を送り込んだ。


 一見すると『戦力分断』の愚を犯しているかの様に見えるが、平野部の警戒線の守りに人数を割かないといけないこと。

 そして目撃者の農民の話から『魔法荷車』といえど、その大きさからは多くとも五十名は乗っていない、との判断からの決定だ。


 攻防比三倍の原則から言えば、推定五十名(実際は三十六名)の桜田達に対して、六倍(実際は八倍)の戦力を送り込んだ訳である。

 決して間違ってはいない。優秀と言えるであろう。


 そして彼は、魔法荷車から不思議な『礫』(つぶて)が跳んできて、動きが取れないという報告を受けると、ルナールに譲られた『あれ』を使うことにした。


「設置の瞬間は相手に身をさらすことになる。盾兵を五十名は連れて行き、防衛を確実にしてから、攻める様に!」

 そのような注意を与えた上で、百名を『ある兵器』と共に森の奥に進ませたのである。


「現場まで、どれぐらいかかるかね?」

 千人長の言葉に少し考えながら百人長は答える。

「途中までは広い道が使えますので……。まあ、三十分という処でしょうか?」


「では頼む」


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 カレルから膠着状態の連絡があって三十分後、巧はマーシアをどのタイミングであちらに跳ばすべきか悩んでいた。


 その時、後部兵員席から(いぶか)しむ様な声が飛んできた。

「おいおい、変なことになってきたぞ」

 後部銃眼から銃撃を続けていたネロである。


 三十式は街道から十五キロ程進み、五キロほど前方には湖が見えてきた。

 そろそろ迂回の時であると巧もハインミュラーも考えていたところである。

 既に、ルナールの軍一万も引きつけた。

 彼らが急ぎ切り通しを塞ぐ丘に戻っても、登り道と言うこともあり五時間以上は掛かる。

 全軍の騎馬だけで先行しても二時間といった処であり、又そのような行動はあり得ない。


 ほぼ全軍をこちらに引きつけるという目的は達成されたのだ。

 作戦は成功に向かっている。


 しかし、何かおかしい。 


 巧もそう考えていた矢先であり、だからこそマーシアを『跳ばせる』方向に思考が傾いていたのだ。


 おかしいと感じたのは、バラバラだった相手の動きが何故か統一されてきたためである。

 湖が近いこともあるのだろうが、追撃を慌てていない。

 サーモグラフィを信号化した点は集団性を増して、きちんと各部隊が統一されつつある。

 伸びきっていた部隊も突出することを止めた。


 ハインミュラー老人が、側面銃眼を閉じて急ぎ車長席に座る。

 パノラマ式照準器をのぞき込むと、


「やられた!」


 唸るように一言呟いた。


「どうしました?」

「多分、あのルナールとか云う若造だな。中々処ではなく、相当に“やる!”」

 ハインミュラーは敵ながらあっぱれと言うと共に、自分たちが装備に胡座(あぐら)を掻いて相手を甘く見すぎていたことを認めた。


「戻るのが難しくなった」

「どういう事ですか」

「スコープを覗いてみろ」

 そう言ってハインミュラーは席を譲ろうとするが、巧はそれを止めて、スコープゴーグルを掛ける。

 これは、車長席からの指示でレーザー照準を合わせる為のものである。

 映像に切り替えるとパノラマ式照準器の画像が写る。


「どういう事か分かりません」

「街道の方に焦点を当てろ。五キロ程先だ。横一列の部隊が居るだろ」


 巧は云われた通りに照準を合わせると、「あっ!」と叫び声を上げる。

 一万近いであろう兵が、横一列になって剣を使って穴を掘っているのだ。

 更にその後からは輜重(しちょう)隊であろうか、少ないながらも(くわ)まで持ち出して来ている。


「堀を掘って、湖との間に挟み込むつもりか……」


「じっくり攻め込む作戦に切り替えた様だ」

 ハインミュラーがそう言うと、開いた後部兵員室のドアからルースの嬉しげな声が聞こえる。

「やっぱり俺の目は間違ってなかったか! 彼奴(ルナール)が来てから、全体の動きが(まと)まりやがった」

「喜んでる場合じゃないんですけどね」

 巧としては嫌味の一つも言いたくなる。

 

 西は湖に近い為か森の木の密度が濃そうで、三十式が通り抜けられるかどうか難しい。

 東はぬかるみが酷く、タイヤを取られる場所が多そうである。

 対地ソナーも有る上に速度を保てば問題は無いと思うが賭は御免だ。


 しかし、確かにルナールは相当に『やる』

 第一次世界大戦で初めて戦車が現れてから、それを破壊することが難しいと判り、他の対抗手段として堀を使って動きを止めるという考えに至るまで数ヶ月掛かっているのだ。

 彼は一瞬と言える程に早く、発想の転換に成功している。


 三十式にとって湖なら問題ない。飛び込んでしまえばいい。

 だが、そうなると、距離がありすぎて山中にマーシアを送れない。


 今ならまだ間に合う。

 堀の近くまでは三十式を戻して、第二陣トラックの救援に跳んで貰おう。


 だが、マーシアにそれを頼んだ時、信じられない答えが返ってきたのだ。


「断る!」と、




とても丁寧な感想を頂きました。

ありがとうございます。

先だって活動報告の方にも「完結」への応援を頂いたばかりですので、とても嬉しいです。

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