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星を追う者たち  作者: 矢口
第四章 脱出行
37/222

36:袋の鼠と竜のゲーム(Aパート)

脱出直前でもう一波乱です。

あ、コペルさんはいい人ですよ。多分・・・・・。

「何故、貴様が此処にいる」

「おや、私を憶えていましたか」


 忘れようはずも無い。

 六十年前、マーシアが息を切らしてハティウルフを仕留めた直後に現れ、その効率の悪さを指摘して消えた男だ。

 当時の残留魔力だけ見ても、『化け物』としか言いようがなかったが現在は更に(すご)みが増している。


 マーシアがいきなり男に向かって喧嘩腰な態度であるのに対して、男は落ち着いたものである。

 無線に聞き耳を立てる方も気が気ではない。


 ハインミュラーは桜田に、いざとなったら車列を抜けて北側の丘にある森に飛び込む様に、と指示した。

「一号トラックはどうするんですか?」

 桜田が不安げに訊ねると


「此処で盾になる。

 アルバ、子供だけでも後の車両に誘導しろ、静かに、だ。 

 カレルはすまん。逃がしてやれそうにない」

 そう言い切る。

 自らを含め、成人避難民、カレル、魔術師二名を盾にするとはどう云う意味なのだと皆が驚く。


「アルバ早くしろよ。始まったら、こんな紙みたいな車、一秒と持たん」

 仮にも窓ガラスからタイヤまで防弾装備されているトラックに乗りながら、ハインミュラーはそれを『紙』と言い切った。

 正面ガラスは七,六二ミリ弾の一発、二発ぐらいなら至近直撃に耐えるものであるにも関わらずに、だ。


 この老人の焦り声というものを誰もが初めて聞いた。


「ヘル・ハインミュラー、何を仰っているんですか?」

 巧が訊ねたが、返って来た答えは絶望的なものであった。

「マーシアという娘は確かに強い。だが奴には勝てん。 鼠と竜程の差がある」


 幾多の戦いを潜り抜け、またマーシアの実力も充分に知る男が、断言する。

 無線を聞いていたもの全てに戦慄が走る。


「だが、時間を稼ぐことぐらいは出来る」

 マーシアがいきなり割り込んできた。 彼女も知っていたのだ。

 自分が相手に勝てないと云うことを。


 無線を聞いていた者はハインミュラーを除いて全員が、何かの聞き間違いではないのかと思ったが、残念ながら事実の様である。


 桜田や巧達としては前方で何が起きているのか気になって仕様がない。

 敵は後からと思い込んで三十式を後方に置いたのが失敗だったのか、と巧は悔やんだ。


 ハインミュラーは巧の心を読んだかの様に話をしてくる。

「皆、装甲車を前に置いておけば良かったと思って居るだろうがな、あれは戦車でも勝てるかどうか怪しい」

 一号トラックにはRGP-7が四本積んである。

 それを使っても道を造るのは無理だ、と老人は言っているのだ。




「皆さんは、凄く失礼だと思う」

 相手の男の声の様だ。どうやって無線に割り込んでいるのだ。


「ヘル・ハインミュラー、奴は無線を?」

 驚きと共に問う巧であるが、老人の答えは否定だった。

 少なくとも目の前の男が無線を使っている様には見えない。


「マーシアが悪いと思う。いきなり私を敵と認定したから、こうなる」

「違うのか?」

 マーシアは男を睨み付けたままである。

「失礼だね。君に敵対したことはないと思うんだ。どうかな?」


 言われてみれば、そうである。

 借りがある程だ。


 だが、マーシアは油断しない。

「貴様は危険すぎる。今は状況が状況だからな。警戒するのは当然だ」

「だね」

 男は拍子抜けする程、素直に認めた。


「しかしね」

 マーシアにではなく無線を聞く全員に話している様だ。

「道路脇に立って、親指上げたら止まってくれた?」


 これを聞いて桜田が場違いにも吹き出した。

 フェリシア人にとっては意味の分からぬ台詞だが、地球人にとっては『ヒッチハイク』の事だとすぐに分かる。


「あ、受けた? うれしい!」

 軽い笑い声が聞こえる。


「あんた、何者だ?」

 巧の問いに男は提案をしてきた。

「どうかな、救出隊の皆さんだけでも顔を合わせて話できる?

 知らせて()きたい事がある」



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 場所を移動して街道から外れ北の丘に登り、木陰で謎の男との会談となった。


 トラックの人々も思い思いの場所で食事の準備に入った。

 子どもたちをこちらに近づけない様に、一応には注意を入れる。


 リンジーとアルバを残して全員が外に出る。

 リンジーは捕虜と三十式、それにレータから離れられない。

 アルバは子供達を守っている。

 魔術師は各車両から一名ずつでた。残りは二名は歩哨である。



 男に正対して半円を掻く様に全員が立つ。中心にハインミュラーと巧が立ったが、男は迷わず巧の目を見て話しかけてきた。


「初めまして、柊巧さん。コペルです」

 その言葉に巧は何故か違和感を覚えた。

 何か、固い。

 慣れない言葉を喋っている様なそんな感じで喋るのだ。

 発音がおかしい訳でないのだが……


 その時、桜田以外の全員が不思議な顔をして巧の方を見ていることに気付いた。

 男と巧を見比べている。


「どうした?」

 カレルに訊ねる。

「あの男、今、何って言ったんですか? 

 我々の知らない言葉ですが、巧さんの世界の言葉ですか?」


「えっ!」

 桜田が声を上げて、コペルという男に質問する。

「今、翻訳機を通してなかったんですね。道理で何か変な感じがしたんだ。

 私たちの国の言葉、知ってるんですか?」


 両手を広げてオーバーなジェスチャーでコペルは答える。

「まあ、力の一端を見て貰った。情報収集能力?という奴?」


「なるほど。あんた、この隊のリーダーが俺だということも分かってたようだしな」

 マーシアに触発された訳ではないが、巧の言葉も刺々しい。

 圧倒的な力に自由にされるという不快感から来るものだ。


「なにか、あまり歓迎されていない」

「急いでるんでね」

「急げなくなりそうだ」

 コペルの言葉に全員が警戒する。


「ああ、勘違いしないでほしい。私が邪魔する訳ではない。 

 邪魔が向かっていると言いたい」


 コペルは本当に困った顔をした。

「私の話はいつも信じてもらえない。

 この大地が丸くて、太陽の周りを回っていると言っても笑われる」


 巧が呆れた顔をして、親指と中指でこめかみを押さえる。

「コペルって、コペルニクスかよ。偽名か……」

 

 コペルは笑う

「ま、ペンネームだと思って。この名前では口座も開けない」


「で、そのコペルニクスさんは何を知らせたいんだい?」

 巧の問いに彼は答える。

「二つ。まずは竜」


 全員がざわめく。“竜? 伝説上の生き物だろう?”


「ハティウルフ。ご存じで?」

 コペルが全員を見渡す。

 巧、桜田は知らないが、残りは全員が頷いた。

 マーシアなど自分が名付け親の様なものであろう。

 ハインミュラーもその剥製をシエネ議会場の正面のホールで見ている。

 巧と桜田はそこに案内されたことがなかった上に、話は聞いたのかも知れないが覚えがなかった。


「あんな生き物が居ると予想していた人は?」

 コペルの言葉に誰しもが納得する。


 なるほど、確かにハティウルフは六十年前にマーシアが倒した一体切りである。

 しかし、あれだけの魔獣が居るのだ、『竜』が存在しないとは言い切れないであろう。


「それが、こちらに向かっていると?」

 マーシアが訊ねるとコペルは頷く。


「ハティウルフ程の大きさか?」

「成獣は、もう二回りは大きい」

 マーシアの次の問いにコペルは事無げに答えたが、とんでもない言葉である。

 巧と桜田もハティウルフなど知らないが、周りが蒼白になる姿から驚異の度合いは窺い知れた。

 ハインミュラーまでもが難しい顔をしている。


 しかし、続けるコペルの言葉は更に絶望的なものだった。

「七頭。こちらに向かっている」


 誰もが言葉を発せ無くなる。

 目の前に自分の死刑宣告書にサインをする人物が居て、手も足も出ずにそれを見ている気分である。


「竜が私たちを狙いにする理由は何ですの? 

 狙いを持って行動できるほどに知能が高いのですか?」

 アルスが矢継ぎ早に問いかける。

 確かに誰もが疑問に思うことだ。


「興味を持って頂いた様で結構。話がしやすい」

 コペルは人心の掌握も見事である。 

 ある意味アルスの戦い方と同じだ。

 最初にショックを与えることで、後は話を聞かざるを得なくしている。




 コペルはまず、今の状況から教えると言った。

「君たちは二つ、ツイていなかった」

「二つとは?」

 巧の問いから話は流れ始める。


 コペルが言うにはこうだ。


 巧達が最初に聞き込みをした村のある男が、例の話にあった『下働き』を希望した。

 奴隷が居るではないか、と思うかも知れないが要は農園の外を出歩ける雑用夫を求めていたのだ。


 そこで、彼は巧達より先に出発していた。

 勿論、普通に街道を使ってだ。

 彼が農園に着いた時、管理所のロッジ前にいる奴隷達の様子がおかしい。

 監督達であり、何事か困っている様であった。

 訊ねると、今朝は『ご主人様達』が一人もロッジから出てこない。

 昨日は妙な査察官という軍人が居たのだが、それも居ない。

 

 しかし、勝手にロッジに入って良いものかどうかも悩む。

 そこで、奴隷監督達は揉めていたのだ。

 多くは習慣に従って畑に行ってしまったので、その場にいたのは四~五名ほどだったのだが、自由民なら大丈夫であろうからロッジに声を掛けてくれないかと頼まれた。


 男は、元よりそのつもりだったのでロッジに入る。

 そして、すぐさま大慌てで飛び出してきた。

 馬には乗れないのでロバを借りると、最も近い西の大きな要塞に向かい。

 到着すると事の次第を報告した。



「見てきた様に語るな」

 幾分、訝しんだ口調で巧が感想を述べると、

「見ていた」

 とコペルは返した。


 殆ど全員が『まさか』という顔をしたが、マーシアとアルスだけは別で、

「この男ならやりかねん」

「確かに、魔力を見るに何をしても奇妙(おか)しくは無さそうな方ではありますわね」

 と頷く。


「しかし、そこの何処がツイていないと言うんだ? それぐらいは計算の内だ」

 巧の言う通りである。

 基より最短なら翌日には事が発覚することもあり得る、と考えての行動であったのだ。

 誰しもが其処は巧に同意する。


 しかし、コペルの次の言葉が全員を驚かせる。

「いえね。その農夫が飛び込んだ要塞。其処に『竜』が居たんです」


「はぁ?」

 これは、誰の声であろうか?

 まあ、誰が発してもおかしくはない。


 巧は情報を得なくてはいけない、声の主に対する興味は後回しである。

「『飼われていた』と言う意味で良いのか?」

「そう」

「竜というのはそんなに簡単に飼育できるものなのか?」

「簡単ではない」

「ではどうやって?」

「彼らは、フェリシア、いや、セントレアに攻め込むことを百年前に決めた」

「で?」


 此処まで二人の話が進んだ所で、フェリシア人達は頷く。

 シナンガルの内部で妙な民族至上主義が現れたのが、この頃だったことに思い至ったのだ。


 巧の質問にコペルは(よど)みなく答えていく。

「しかし、フェリシアには勝てない」

「ああ、今でもあの大軍で攻めあぐねているからな」

 

 シナンガルが如何に常備最大兵員数千三百万を誇ろうとも、戦場に動員できるのはどの様に考えても百万人が限界だ。

 それ以上は兵站(へいたん)(=補給)が絶対に持たない。


 軍事行動における戦闘(コンバット)とは最後の段階を指すのであって、戦略(ストラテジー)を決定した後は、情報収集・分析(インテリジェンス)兵站(ロジスティック)(補給線)を完成させることで九割方の勝敗は決する。

 特に兵站こそが軍の実際展開の命脈と言って良い。

 巧はこの世界における其の限界を百万人と見たのだ。


 根拠無く考えたのではなく、過去、随によって高句麗侵攻を行った煬帝(ようだい)の例から大雑把にではあるが判断した。

 その随の第二次高句麗攻略軍(六一二年)の百万もあくまで『号』しただけであって、実際は八十万人揃えられたかどうかと思う。(「号する」=宣言)


 早い話が、百万人が全滅しても後十二回は同規模の作戦行動がとれると言うだけだ。

 糧秣(りょうまつ)が揃うならばの話だが。


 但し、一回でも『その百万』の侵入を許せば、東部穀倉地帯の豊かな食料によって二千万でも常駐可能になってしまうであろう。


 フェリシアは国民に仕事を与えることを目的として、そして何らかの王宮の意図があって二億人以上を支える事が可能な豊かな穀倉地帯を維持している。

 土地を疲弊させない様に気を遣いすぎている程にして、である。

 普通の生産活動なら更に倍は生産できると見て良い。 

 フェリシア人二百八十万人に対しては、あまりにも度の過ぎた生産性と言えるのだ。


 それはともかく、先月からはその豊かな穀物を利用して異世界の先進武装を揃えつつある。

 シナンガルとしてはたまったものではあるまい。

 フェリシアとシナンガル、実はどっちもどっちの綱渡りをしている。



 話が脱線した。巧とコペルに目を向ける。


「で、そのフェリシアですら攻めあぐねているシナンガルが、どうやって竜なんて魔獣を飼うことが出来る?」


「君はその男に剣で勝てる?」

 コペルはそう言ってロークを指す。

「無茶言うな。彼は生粋の剣士だぞ」


 マーシアが脇から口を挟む、

「『剣』に限定して戦えば私でも少々は手こずるだろうな」

 マーシアの言葉にロークは驚いた様である。

 他人を自分と同じ土俵に上げて見ると云うことなど、(かつ)てのマーシアでは考えられなかったからだ。


 コペルは巧の言葉にうんうんと頷いたが、

「では、彼が三歳の時なら?」

 と訊いてくる。

「アホか、子供相手に……」

 そこまで言って巧は気がついた。


「卵か!」

「うん、正解」


「しかし、竜の卵なんて何処にあるんだ?」

「ビストラント」


 フェリシア人が全員、ざわめいた。


「ビストラント?」

 巧の疑問に間接的に答えたのはハインミュラーである。

「地図を持っとったろ?」


 そうだったと、彼は胸元から地図を取り出す。

 こちらの紙にしては例外的に強い紙で出来ており、折り曲げにも耐えていた。

 また、あちらに戻った時にスキャンして電子パッドにも記憶はさせてある。

 こちらもポケットの中だ。

 説明が欲しいので紙の方を開く。


「此処だ」

 そう言って、老人が示したのは赤道から南部に当たる地図の中心当たりの大陸と島嶼部である。

 南の大きな大陸から北に向けて地峡や島嶼が殆ど隣り合わせになって橋を造っている。

 その突き当たりが三角州になっており、此処をこの世界の人々は、『不可侵域』と呼んでいるとヴェレーネに説明を受けたことを思い出した。


「竜と言うからにはかなり奥まで進入したんだろうな」

「それが、そうでもない」

 そう言ってコペルは不可侵域の南部、フェリシアに近い海際を指した。


「こんな近くに!」

 全員が驚愕の表情になる。


 コペルの説明は続く。

 このあたりに小さな竜のコロニーがあり、彼らはそこから卵を得たのだと。

 百年間で百十四個。

 多くのものが命を落とした。

 しかし、卵を持ち帰れば自動的に議員に列せられる。


 シナンガルでは、六ヶ国戦乱以降、選挙は行われておらず。

 議員というのは最早、貴族であり国家主席というものは『王』と同義語である。


 フェリシアが曲がりなりにも選挙を行い、君主議会制の国家であるのに対して、シナンガルは各地に議員が徴税権を持つ土地が存在し、(ほとん)ど封建制国家と化しているという。

 国名の冠詞を取り替えた方が良い程だと巧は思った。


「じゃあ、竜は全部で百十四体いることになるのか?」

 巧の質問にコペルは首を横に振る。

「少なく見て、六百」


 同行魔術師内で唯一の女性であるビアンカと言う少女がめまいを起こした様だ。

 アルスが肩を抱いてやっている。


「どうやってそれほど」

 巧とコペルの会話に口を挟むことを皆、自重していたがカレルは耐えきれなかった様だ。

「百十四、全て(かえ)った訳ではない」

「ならば尚更、多すぎるではないか!」

 叫んだ後、彼は自分の失態に気付いた様だ。 

 此処で話をする権限は指揮官の巧にあるのだ。


 興奮したことを詫びて引き下がった。


 跡を継いだ巧ではあるが、やはり同じ疑問を口にする。

「実はですね。交配で増やしたのですが彼らは育て方を間違えました」

 コペルの言葉はまたもや全員の意表を突く。


「育て方で、能力が違うのか?」

「竜と言えば竜です」

「なぞなぞじゃないんだ。結論を。」


「つまり、竜の下位種になりました」

「ほう、詰まり先程言ったハティウルフのふたまわり上の大きさというのは?」

「誤解させましたね。詫びましょう」


「しかし、それでも脅威であることには変わらない」

 巧は気を抜かない。

 コペルは嬉しそうに頷く。

「あなた。凄い」

「世辞は良いから、続けてくれ」


 彼らが揃えたのは翼飛竜とコペルが呼ぶ、体長五メートル、翼長十メートル程の小さな個体だという。

 しかし、小さいとは言っても人、ひとり、ふたりなら充分に乗せて跳ぶことが出来る。

 挙げ句、気嚢(きのう)の側に燃焼嚢(ねんしょうのう)と名付けた袋を持ち、空気中の水素をため込んでいる。

 要するに火炎を吐くのだ。

 五百~八百度程度であり、射程も五十メートルは越えないが危険な代物である。


 竜は生物である以上、雌雄がある。

 コペルが言った通り交配させる事で数を増やした。


 それを使ってフェリシアに(いま)だに攻め込んでこないのは何故か?と巧が問うと。

「乗るのが難しい。完璧に乗れるものが現在二十人程しかいない。

 動きもまだ全てが戦闘用に仕上がっていない。あと、仕付けすぎ」


「躾すぎ?」

「最初は敵対していても、粘り強く相手すれば最後は誰にでも慣れる」


 なるほど、ある程度数を揃えてから一気に運用しなければ、下手をすれば落ちてきた竜が相手の戦力になりかねない訳だ。


「それから」

 コペルは話を続ける。

「何か?」

「人を乗せてなら六十キロぐらいしか連続で跳べない。 

 次に同じ距離を跳ぶなら半日は休ませる」


 航続距離が知れたのは有り難い。 

 それに以外と短いと感じる。家畜化の弊害であろうか?


「後どれくらいで、そのうちから六十も揃うかな?」

 これは騎手も含めてという意味であるが、コペルには自然に通じた様だ。

「後、半年程。彼らによる竜の家畜化は百年掛けて今、やっと完成した」


 巧としては自分が運用するならば、翼飛竜同士が互いをカバーして大きな戦場で戦う為には、最低六十から九十は必要と判断した。

 小さな作戦なら三頭もいれば充分ではあるが。


 アルスの様に、数分とは言え四十メートル近い所に浮き上がって戦う事が可能な強力な魔術師もいるのだ。

 モドキといえども、会戦となれば数を揃えねばなるまい。


 最もフェリシア側もアルスの様なことが出来るのはどれほどいる事やら。

 下手をすれば彼女一人ではないかと思う。

 いや、ヴェレーネならそれ以上のことをしかねないな、と巧は計算を修正した。


 ふとその時、巧はあることに気付く。

「おい、コペルさん。その竜は半日おきに六十キロしか飛べないと言ったよな」

「はい」

「で、今どこにいる」

「此処から西に百十キロ。あと二時間程で飛び立つ」

「ギリギリだが逃げ切れるじゃないか! 此処で話をしている場合か!」


『こいつ、此処に俺たちを釘付けにするのが狙いだったか』

 と一瞬は悔やむが、よく考えると奇妙だ。


 マーシアもハインミュラー老人も、こいつはその竜どころではない『化け物だ』と言い切った。

 別に時間など稼ぐ必要はない。


 周りを見ると、マーシア、ハインミュラー、アルスはともかくカレルを中心とした魔術師や桜田、ロークが浮き足立っている。

 巧の言葉に驚いたのだ。

 慌てて全員に落ち着く様に言う。

 先程の考えは間違いである。情報が未だ足りないと。


「みんな、すまん。指揮官失格だ」

 そう言うと、ハインミュラーが首を横に振る。

「指揮官の資質は失敗した時の回復状態をどう作り上げるかにある。

 巧君の評価が決まるのはこれからだ」


 フォロ-してくれている様で微妙にプレッシャーが掛かる。

 戦場では鬼と呼ばれたタイプだな、等と考えた。

 今更ながらに老人が唯、穏やかなだけの人ではないと思い知る。


「話は二つあると言ったな。もうひとつの方が重要なのでは? 

 あと、俺たちがツイてないって話も、あと一つあったはずだ」

「これも当たり。あなた、やはり凄いな」

「だから世辞は辞めてくれ」


「捕虜がいますね」

 コペルはいきなり話を変える。

「ああ、あんた何でも知ってるな」

 これは凄いと、皆が目を丸くする。


「連れてきて」


 コペルの要望に従い、ロークが捕虜を連れてくる。

 少し時間が掛かったが三十式から引きずり出してきた。


「どうした、抵抗でもしたのか?」

 時間が掛かったことに巧が首をかしげたが、ロークは

「いやちょっと」と言うだけで言葉を濁した。


 ともかく、捕虜から何やら重大な情報が得られる様だ。

 まず名前から訊いて、その男の話を聞き進めていく内に、


「確かに、これは対応を間違えると(まず)いな」

 とハインミュラーも唸った。

 



サブタイトルは、コードウェイナー・スミス『鼠と竜のゲーム』(ハヤカワ文庫SF)からですが、


自分、この人の事を調べているうちに、「えっ」と驚くことを知りました。

ご存じの方も多い「有名事項」なのかも知れませんが、このサブタイトルは少し長く続きますので、最後に書きたいと思います。

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