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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
26/222

25:敵陣消滅

 マーシア達がシナンガルの陣地中央部に広げた気体は『ブタン』である。

 巧達の地球各国でボンベに詰め込まれ家庭用燃料として使用されており、常温では無色透明無臭の気体。


 通常は石油から精製するが、六十年前にマーシアがハティウルフを倒した時に使用したナフサからの生成も可能である。

 四重連鎖の炭素構造。 

 炭素変換を得意とするマーシアにとっては苦もなく大量生産できた。


 比重は空気の二倍の重さで、マイナス〇,五度で液体化する。

 逆に言えばこの夏に入ろうかという時期には蒔いておけば、昼間なら比重が重いとは云え、あっという間に蒸発してしまっただろう。

 しかし、川岸であることもあって程よい温度を保ちシナンガル軍中央陣地の地上三センチを適度に埋め尽くしていた。



 バルテンは『待ちに待った日がやっと来た』と云う思いでアイアロスの部下からの報告を受け、準備させていた部下達と共に、そっと丘を下る。

 全員、甲冑は着けていない。

 夜戦の中で動きが鈍ることを嫌ったことと、丘を降りる際の音で敵の見張りに気付かれたくなかった為である。

 

 どうせジリ貧で、後二十日、命があるかどうかと考えたフェリシア兵はバルテンの指揮に素直に従った。


「火攻めである以上、防火の魔法は掛けてもらえよ」

 と一時間程しか持たないであろうが、全員が魔術師に、或いはその能力のある兵士に防火対策をしてもらう。


 準備は整った。


 バルデンは火矢を用意させる。普通なら絶対に撃たない。

 こちらから百や二百先んじて撃てたとしても、あちらから千~二千の単位で帰ってくる報復射撃が恐ろしい。


 しかし今回は違うのだ。


 バルテンの手が上がる。丘の上で火矢を構えたフェリシアの長弓兵が弓弦(ゆんづる)を引き絞った。

 敵陣の歩哨からも丸見えである。にわかに敵陣が騒がしくなった。

 弓兵が叩き起こされているのであろう。


 だが、もう遅い。


 バルデンの腕が振り下ろされると、百数十の火矢がシナンガル軍中央に吸い込まれていった。

 直後、


 大爆発が起きた。


 中央本陣の全てのものが炎に包まれる。テント、武具、そして人。

 ブタンに引火した炎は全てを焼き尽くした。

 シナンガルの兵士は炎に包まれた我が身を地面に押しつけて、転げ回る。

 後方の部隊では、次々と川に飛び込むものも居るが、雨期に入る直前だったこともあり、山側では降水量も多く、増水した川で泳ぎを知らないシナンガル人達は次々と流されていく。


 三万の軍がバルテンにと云うよりも、まるで『民衆を率いる自由の女神』そのままの様なアルスの後を続き、一斉に敵陣中央に突入しようとして残り百メートル迄迫っていく。


 一部の火が収まりかけていた。だが、アイアロスは念には念を入れる。

 彼、お得意の風魔法で更に敵陣に風を送り込んだのだ。


 酸素を失っていたところに新鮮な酸素が供給され、炎達は再度暴れ出す。

 地球の消防士達が最も恐れるバックドラフト現象である。

 熱温度は一瞬だが千五百度を軽く越えた。

 

 炎が収まった敵陣に突っ込んだフェリシア兵の中には嘔吐(はき)出すものが少なくとも数十名は出た。

 四万人近くがバーべキューになっており、生きている者とて(ただ)れた皮膚をぶら下げて幽鬼の様に彷徨い歩く者だらけだったのだ。


「殺してやるのが慈悲だ」

 バルテンがそう声を上げると一方的な虐殺が始まった。

 此処で、痛い目に遭わせておかねば再侵攻はすぐに行われるだろう。

 

 中世ルーマニアの君主、串刺し公『ヴラド』は残忍にも敵兵を殺すとそれを串刺しにして街道に並べたと云うが、あれは巨大なオスマントルコに対抗して小国を守る為に必死だったからに過ぎない面もある。


 同じようにフェリシア軍も必死なのである。


 同じ頃、南側から突っ込んだ魔導師部隊は逃げるものを追いかけはしなかった。

 数十人の魔導師部隊には、敵兵が突っ込んでくるかと思われたがアイアロスの読み通り、デフォート城塞のかがり火を増やして貰うと、敵はそれ以上進めず魔導師部隊はその場で敵を足止めし、中央本隊の半数と共に挟み撃ちすることに成功する。


 北から突入したマーシアの戦いは六十年前の戦いを倍の威力にした様な勢いで行われた。

 彼女は突入すると真っ先に奥まで道を切り開き、シナンガル陣、北側後方の二本の連絡浮き橋を狙った。二つとも一気に沈める。


 内側の一基はバックドラフトで既に火の海であったが、そこにも更に火炎弾を叩き込んだ。

 その後はハルベルトが旋風を起こし、この世の地獄が現れる。


 マーシアが暴れる中、中央で敵を分断したフェリシア軍の本隊二万がバルテンに率いられ北側を挟撃する。


「北陣のシナンガル人も最早生き残れる者は居るまい」

 アイアロスが呟きながら遅れて敵陣に入ってきた。

 

 ちょうど川から這い上がってきたシナンガル兵が彼を見つけたようだ。

 憎悪の炎を瞳に宿し、川岸に捨てられていた剣を拾うとアイアロス目掛けて走ってくる。

 彼はちらりと其方を見ると、左の手の平を立てる様にして肩の高さで払った。


 敵兵はアイアロスの四本の指から発せられた風により,首、胸、腹、膝と切断されて、五等分された。

「マーシア様をどうのこうのと言えませんね」

 そう言うと、高音波でアルスに声を掛ける。 

 

「アルス様、今北側でしょうか?」

 すぐに返事が返ってくる。

「そうよ。 でも、もう弓兵は要らないでしょ?」


 アイアロスはその件ではないと告げる。

「逆です。相手の陣からそろそろ弓兵が出てきます。川岸からこの戦場の中央当たりまで約五百メートル、ギリギリですが長弓の射程内ですね」

「乱戦よ? 味方ごと撃つかしら?」

「やりかねません。昔、督戦隊を置いたこともあったと聴いています」

「引くの?」

 そうではない、と告げ、アルスの残りの魔力を使って北側だけでも氷の壁を造って欲しいと頼んだ。


「魔力は問題なく残ってるけど、マーシアが炎を纏って暴れ回っているんだから、どれだけ壁が持つか分からないわよ。 所詮は氷なんですからね」

 声が少し、拗ねている。 

 見せ場をマーシアに全部持って行かれているからだろう。

 彼女はその見た目と違い、実は子供っぽい性格だということをアイアロスは知っている。


 クスリと笑いながらも指示を出す。

「兵士の中に土魔法を持つものがいる様でしたら、其方にも協力を依頼して下さい」


 そう言うと、本人も川岸に近寄っていく。

「さて、今夜は決着が付いた。 後は、余分な犠牲が出ないことを祈るばかりだ」

 彼は独り言ちて、対岸に気を配って行く。




 南部は完全に決着が付いた。

 敵兵の中でかなりの高級指揮官を数名捉えることが出来たのも大きかった。


 バルテンに「少々甘い」と評されたオレグ・バチェクが南側別働隊一万の指揮官であった。

 彼は甘いかも知れぬが、馬鹿ではない。

 決着が付いた戦場に何時までも残っているのは阿呆のすることだ。


 アイアロスに連絡を取ると二百メートル後退することを告げた。

 丘の中腹当たりになる。

 万が一、北の方で問題が起きればすぐにとって返せる位置だ。

 

 とその時、兵が駆けてくる。

「どうした?」

「ポージー殿が、直衛旗下二百名を率いて北側の援軍に入ると、其方へ」


 しまった。とオレグは思った。 

 彼女は未だ若い、シエネの議員の娘だと云うことでかなり無理をして今回の戦線の副官に収まった。

 逃げる兵士が必死になる恐ろしさを未だ知らない。

 それに、先程魔術師達に中継して貰った際、アイアロスから対岸からの弓に気を付けろと云う指示もあった為、急ぎ引いたのだ。


 何の為の後退か考えて欲しかった。

 丘の上では、残留組の兵士や魔術師達が歓声を上げ、お祭りムードだがオレグはそれとは裏腹に焦りを感じる。


 彼らが撤退した最南端から北側戦線まで二キロメートル。

 シナンガルのテントも物資も焼け落ち対岸からの遮蔽物はない。


 と、側を見ると伝令用に丘から降ろしてあった馬が三頭。

 その一騎に飛び乗ると、部下に後の指示を与え彼は一人飛び出した。


 敵陣中央だった当たりで辛うじて追いついた時、対岸からの弓射が始まっていた。

 火災が収まっておらず明るい為、相手からすれば絶好の標的である。

 全員が伏せながら、後退して丘に向かうべきか北の本隊と合流すべきか迷っている様だ。


「阿呆ども、全員戻れ!」

 彼にしては、荒々しい声を上げる。

 しかし、兵達は明確な指示に『ほっ』としたようである。

 這いずりながら、弓の射程から逃げてきた。


「ポージーは?」

 と射程から抜けて一息吐いている兵に訊くと、射程内を指した。

 兵が一人倒れており、それを庇っている様だ。

 

 指揮官を見捨てるとは何事だ。と一瞬は思ったが、命令を出したのは自分である。

 糞、と思いながらも、『盾を持っているものは貸せ』と言い、馬から下りてそれを担ぐと、ポージーともう一人の下に向かって走り出した。


 盾で防ぎながら、ポージーに近寄ると射られたのは側近の兵士の様だ。


「兵達を怒らないでやってくれ。私が先走ったのだし、私を置いていく様に命令したのも私だ」

 といきなり、兵の心配をし始めた。

 情が厚いのは良いが、それならこんな馬鹿な行動を取るな、と怒鳴りつけたかったが、

 それは置いて、


「立てるか」とだけ訊いた。

 彼女が頷くと、

「盾を持っている兵が居て良かった。夜戦だから動きが鈍くなるんで大抵の奴は置いてきてあった様だからな」

 自分が背中に盾を背負って兵は脇に抱えるから、自分の前で体を低くして走れ、と指示する。 

 あと五十メートルも走れば有効な射程から逃れられる。 

 長弓の有効射程は魔力を加算しても平地で五百メートルは越えない。


 まずは兵士を抱えてオルグが走れる体勢になると、ポージーがその前方に立って一列になり丘に向かって走った。


 射程から抜けられるまで後半分、そうオルグが思った時、左腕に灼熱感が走る。

射られた様だ。 

 だが、この弓の嵐の中これぐらいですめば上等の部類。

 オレグがそう考えた時には、射程から抜けきっていた。




 オレグ達を射た弓兵はそれなりの報いを受けることになる。

 アイアロス、アルスのウインドカッターで相当数が殺され、北が片付いたマーシアによって、最後の魔力を振り絞った百に迫る火炎弾を打ち込まれることになった。


 バルテンの本隊も敵を見張る為のかがり火と、対岸の弓からの射程外に見張りの兵を残して引き上げた。


 橋を壊した以上は最早、敵兵の後続はない。

 今後は渡河させなければいいのだ。

 ほっと息を吐くと共に、(すで)に頭の中では堡塁の増強と河川際の防衛について、今後のことに気持ちを向けていくバルテン。


 その夜、総延長五キロの陣とデフォート城塞は全てお祭り騒ぎとなった。




 朝方になるまで騒いでいた周りの声が耳に入り、寝付いていたマーシアとは逆にマリアンは目を覚ました。


 見慣れぬ場所である。

 一般兵の三角型テントと違い、壁まで厚手のデニム地を使った家型のテントであることにはマーシアのテントと変わりはないのだが、


 随分と内部が豪勢であり、戦場のテントとは思えない。

 隅には小さいながらもチェストと姿見が据えられ、脇のテーブルには花が生けられている。

 中央よりの小さなテーブルにあるのはかなり値の張りそうなティーセット。

 横になっていたベッドも高級品とは言えないものの、兵士のものには似合わず、少しばかりクッションが多めに置かれている。


 此処は何処だろう? と思って居ると、見知った顔が入ってきた。

 アルスである。 

 マリアンと目が合うと柔らかく微笑む


 すぐにテントの外に顔を出して誰かに向かってこういった。

「今は未だ眠っているようです。疲れたでしょうから、礼は日が昇ってからでも宜しいのでは無いでしょうか?」

「そうですか、では昼食頃に」

 そう言って声は去っていった。 

 マリアンは知らないが、バルテン将軍が挨拶に訪れていたのである。



「アルシオーネさん。何か、あったんですか?」

 マリアンの問いにアルスは

「余り気になさらなくていいんですよ。それに、いやですわマリアン君。そんな他人行儀な呼び方。気軽に『アルス』と呼んで下さいな」

「はあ……」


 なんと言って良いのかマリアンが困っていると、アルスのにこやかな顔が一変する。

「但し、あの女が私のことを『アルス』などと呼ぼうものなら、氷付けにしてやりますわ」

 きつい目になってそう言った。


「あの女って?」

 そう言うマリアンに対して再び笑顔を向けると、

「あら、ご免なさい。あなたの中で今眠ってる、それ、余り好きじゃないものですから、つい言葉が過ぎてしまいますわ」

「マーシアさんと仲が悪いんですか?」

 悲しそうに言う。

「やだ、可愛い!」

 アルスはそう言って、マリアンを見た。

 マリアンはこの目に見覚えがある。

 そう、ある時の『杏』の目であり、ファンクラブの女の子達の目だ。


 少し後ずさるが、狭いベッドの上ではどうしようもなく、追い詰められた。

「ところで」

 アルスがじっとマリアンの目を見る。


「は、はい」

 (ども)ってしまうマリアンに更にアルスは追い打ちを掛けた。

「今しかチャンスがないと思うの! 

 これだけ、あの女の意識が無くて、しかも合意の上で事が行えるチャンスはね!」

「はっ?」

 訳が分からないことを言い出すアルスにマリアンは恐怖すら覚える。


「どういう事でしょう?」

「揉ませて」

「はい?」

「あたしのこれ見て下さいな。少し不満があるのよ。その立派のものはどれだけの弾力があるか前々から気になってたんですよね!」

「ぬ、脱がないで下さい、あ、あと、僕、男ですよ」

「何、言ってるんですか。馬鹿な事言ってないでさっさと脱ぎなさい」

 馬鹿なことを言っているのはどっちだかである。



 大騒ぎするテントの前を通り過ぎた輜重兵は、

「明日、アルシオーネ様の天幕(テント)に届ける花は『百合』にしよう」

 と思ったとか、思わなかったとか……




 マリアンとアルシオーネほどではないが、別のテントでも僅かな間違いがあった。

 

 医療テントで左腕の治療を受けているのはオレグ・バチェクである。

 その側でポージーが必死で頭を下げている。


「『命令無視』という訳ではない。伝達失敗だったと思うので気にするな」

 オレグは嘘を吐いた。

 軍で命令無視の挙げ句、兵を危険にさらしたとなれば死者が出なくとも『死罪』もあり得るのだ。 

 滅多にでない判決だが、万が一を考えると若い彼女にそれは酷だと思った。


 気が浮かれている全体を締め直す為に果断な司令官なら『それ』を選ぶこともあるだろう。

 そして、それは間違いではない。

 特に今回の様な『紙一重の大勝利』の後では『浮かれて次は大敗』と云うことは良くあるのだ。

『六ヵ国戦乱時代』の戦闘記録にもいくらでも例はある。


 そんな深刻な空気を切り替えるため、オレグは話題を変える。

「あ~、それより、あの側近は大丈夫だったかな?」

「はい、マイヤ様が手ずから治療を施して下さいました。彼女は幼なじみなんです」

 そう言って少しほっとした顔をしたが、やはり頭を下げてしまい、またも沈黙。


『甘い』と評されるオレグは、そのような男にありがちな失敗をしてしまった。

 つまり、冗談を言って笑わせることで場を和やかにしようとしたのであるが、大抵、慣れないことはしないに限るものである。


 流石に相手を気遣った言葉が、彼の一生を決めることになってしまうとは思わなかったのだろう。


「あんまり気にしないで欲しいんだよ。何というか、ほら、『美女を失うことは世界の損失』って言うだろ」

 そう言ってわざとらしく笑ったのだが、ポージーは顔を真っ赤にすると、大きく一礼して出て行ってしまった。


「おっさんが、若い子をおちょくって、いやらしいと思われたかなぁ」

 今度はオレグが頭を垂れてしまう。 

 彼と彼女の年の差は十六歳である。

 やっちまった、と思うのも無理はないのであった……



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 翌日、対岸の敵兵陣地では数千の兵士に守られて工兵が何事かを行っている。


 部品ごとの準備は既に終わっていたのだろう。

 目覚ましい勢いで組み立てられていく『それ』を見てフェリシア軍は一人残らず息をのむ。


 兵士の一人が思わず声にした。

「あれ、もしかすると『投石機』(カタパルト)なのか?」


 カタパルトを見慣れているはずの兵士達が息をのむのも無理はない。

 本当にカタパルトなのか、と思う程の大きさなのだ。


 通常カタパルトは大きくとも人間の身長の倍と言ったところであろう。

 飛距離も二十キログラム程度の石を数百メートル跳ばすことが出来る。

 と言うところであり、その構造は動物の腱や弾力性のあるロープのねじりを利用したものだ。



 だが、今目の前にある兵器の高さは優に二十メートルを越えるであろう。

 重さがどれだけあるのかは想像も付かないが数十トンを下回ることは有るまい。


『トレビッシュ』


 巧達の居る地球では十五世紀頃現れた攻城兵器である。

 カタパルトと違い、高い棟に(おもり)を詰めたシーソーの原理や円形の箱のてこの原理を使って、物体の落下エネルギーをそのまま伝え、反対側に設置された石置き皿内部の、或いはロープに結ばれた石弾を投げ飛ばすものだ。


 飛距離は平均的な十メートル超える程度のものでも重さ百四十キログラムの石球を三百メートル以上も飛ばすことが出来る。

 命中率はカタパルトのように良くはないが、威力は比べものにならない。


 もし、あれがこちら岸まで上げられていたならフェリシア側の堡塁など一撃で粉砕されていただろう。

 各部品が重く、大きい為、本格的な橋を架けるまで運び込みを待っていたものと思われる。

 と言うよりも、その本格的な橋を架ける為にフェリシア軍を陣地に釘付けにしようと最初から計画していたのだろう。

 投げ込む石は別に一つである必要はない。

 トレビッシュの後方には瓦礫が山と積まれている。


 あの細かな石を七十キログラム分も詰めておけば散弾の様に一キロ以上は届くだろう。

 次弾の準備に時間が掛かるからと言って、兵士が近付けば今度は落ちてくる石の量と威力が高まるだけである。

 カタパルトも対岸に設置されるのは目に見えている。


 こちらから橋を架けて、あれを破壊しに行くことなど以ての外だろう。

 攻城兵器を対人用の榴弾にして使おうというのだから、トンネルの件といい本陣にはかなりの切れ者が居る様だ。


 昼前には殆ど完成している。

 全部で二十基はあるであろうか。

 これで、再び橋を架けられ橋頭堡を築かれる。 

 しかも、今度はあの兵器まで川を渡るだろう。


 いくらマーシア個人の武力が優れたものとは言え、単身三十万の敵のいる対岸に飛び込めるものではない。


 全員が絶望的な気持ちになる中、第一射の準備は進められている。

 バルテンは、とにかく兵を後方に下げることにした。

 此処まで飛ばすなら四十キログラム程度の石弾だろう。堡塁は耐えられる。

 だが、細かな石が大量に降ってくれば、布製の防御用の幌など役に立たないと考えたのだ。

「見張りを残して全軍二百メートルは下がれ、堡塁の範囲百メートル以内に連絡兵以外は近付かせるな」


 考える時間を稼がなくてはならない。

 また、こちらも切り出した石がかなり届いている。

 飛んでくる石弾の威力次第では、こちらも作業は可能かも知れない。

 敵が橋を架けるのと味方が石壁を詰むのとの時間勝負になるだろう。


 それに勝っても『あれ』がこちらに上がってくれば、ここは終わる。

 はっきり言って、昨日までと比べて此処が落ちるのがほんの数日延びたに過ぎないのかも知れない。

 そう思うと、『後退』という言葉も頭に浮かぶ。

 だが、何処(どこ)へ……。

 

 側にいるアイアロスもかなり頭を巡らせてはいる様だが、良い案が出たという顔ではない。



「あらぁ~、遅くなりましたわ。でも、ギリギリセーフですわね」

 間延びした声に、その場にいた全員が入り口を振り返る。

 黒髪黒目、そして黒服の出で立ちの小柄な少女。


「ヴェレーネ様!」

 全員が片膝を着く。今はその職を解かれたとは云え、かつては女王の『代行』まで行っていた人物だ。自然とそのような姿勢にもなる。


「かなり、危ない状況ですかしら?」

 ヴェレーネのその言葉に頷く者、黙り込む者、反応は様々である。

 

「では、こちらへ」

 そう手招きされ、全員が堡塁の外に出た。

 おかしな一団が居る。八十人程だろうか。

 いや、彼ら自身は一人を除いては別段おかしくはない。 

 ごく普通の魔法士達だ。

 

 ただ、彼らは釣りの(おもり)の様な円錐形ものを先に付けた一,二メートル程の筒の様なものを二人に一人が片手に持ち、同じものの錘の部分と筒を分けたものを大型の背嚢にもう一人が三本程詰めて担いでいる。



 そして、独り妙な服装をしているものが居る。

 緑色と黒、薄茶がまだらの玉になった服を着けた細身の老人だ。

 防寒用の耳当ての様なものから一本の曲がった棒を口元まで引き、胸元に平たい反響版を貼り付けている。

 アイアロスは、それをデフォート城塞にある風の拡声器の発声装置を小さくしたものの様に感じた。


 老人の胸元の反響版から声がする。やはり同じものの様だ。

「リズ、あれをやってしまえば良いんだな。トレビッシュか。 

 大戦中もやけになって持ち出した奴が居たそうだが、此処でお目にかかれるとはね」

 そう言って笑う。

 

 リズ? 誰の事かと全員が顔を見合わせるが、ヴェレーネは特に気にする様子もなく。

「ええ、そうですわ。おじいさま。一発やっちゃって下さいな。『虎』はもうちょっと待って下さいね」

 そう言って誰一人として見たこともない子供の顔で笑った。


 全員が、あっけにとられて居るが二人はそれを無視するかの様に動き始めた。

 老人が魔法士達に声を掛ける。


「よし、兵士諸君。落ち着いて訓練通りに行動したまえ。威力は知っているだろ。

 後ろに人を立たせるなよ。射手と観測手は互いに息を合わせてな!」


 全員が右手を斜め上に挙げるローマ式敬礼で答えると、五キロ幅の丘へと散っていった。


「一発目は派手に行きたいな。一組はあそこに送ったんだろ」

 老人はそう言うとデフォート城塞の上層を指した。


 ヴェレーネが頷くと。

「なら最初は、あそこに端をやらせると良い。一発目に合わせて、後は各自撃つことになっている」

 そう言って不敵に笑う。軍人の顔だった。


 バルテン程の軍人になると『分かる』ものがある。

 この老人、何度か死線を越えてきていると。


 彼は自然と姿勢が正されていく自分に気付いた。


 ヴェレーネが嬉しそうに、デフォート城塞の上層部を向く。

 風の魔法を使ったのだろうが、それにしても中央本陣から三キロ以上有る城塞の最上部まで声を届かせる力は流石である。

「じゃあ、城塞から始めましょうか!」

 元気よくそう言った。


 暫く待つ。 


 走っていった兵士が全員位置に着いたで有ろう時間が過ぎた。


 轟音が発せられ、途端にデフォート城塞北端最上部から閃光が走った。

 目の良いものには二つの光が飛び出し、後方の方が大きいことが分かったであろう。

 そして、何らかの火を噴く物体がぐんぐんと敵陣に迫る。


 マーシアの火炎弾の最大射程六百メートルを越えても全くその速度も威力も落ちる気配を見せない。

 トレビッシュの根本に当たると大爆発を起こした。


『RPG-7』

 ドイツ国防軍開発パンツァーファウストを母体とする最大有効射程千百メートル、第三世代主力戦車までなら破壊可能な個人携帯用対戦車ミサイルである。


 二〇一〇年代まで無敵を誇ったM1A2エイブラムス戦車ですら、行動不能にされた例がある程の威力を誇る。

 射程千百メートルと言うのは当然、対戦車を考えた時のことであり、『単に飛ぶ』だけならもう四百メートルは充分に飛ぶだろう。

 木造兵器のトレビッシュなら、一,二キロを越えたところに位置していたとしても如何(いか)ほどのものでもない。


 それを合図にするかの様に、全長三キロに及ぶフェリシア陣地の各位置から次々にバックブラスト(後背噴射)を吹き出して、二十に迫る弾頭がトレビッシュに向かった。

 初弾で半数が破壊される。

 爆発と炎上、倒壊する自陣の兵器の破片と、それに詰められていた大量の石弾がトレビッシュ周辺に撒き散らかることになり、かなりの工兵・一般兵が巻き込まれた様だ。


 第一射を外した組が次段を発射すると、今度はその殆どが命中した。

 外したものも、結局は近くで火災を引き起こした様であり、トレビッシュおおよそ二十基はその全てが崩壊、もしくは燃えさかった。


 右往左往という言葉がふさわしい敵陣を見ながら老人は次の指示を出す。

「弾頭を榴弾(りゅうだん)に替えろ」

 先程の弾頭が対物なら、今度の弾頭は爆発することで内部に仕込まれたベアリングや外殻を細かく破壊して、人を出来るだけ大量に殺すことに的を絞った弾である。


 デフォート城塞最上部から、全員準備完了の合図が送られてきた。

 老人は腕を振り下ろし、令を発する。

「発射」

 大声ではない。

 静かな一言だが最も近くにいたRPG兵に声が届き、それが発射されると、続く全ての弾頭も敵陣へと吸い込まれていった。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 夕方に入り、風も涼しくなった。

 朝の激戦、というか一方的な蹂躙(じゅうりん)に伴う轟音が嘘の様である。


 兵士も今や何者の姿も見えぬ平原を見下ろし、のんびりくつろいでいる。

 怪我をしたものも居るが、今は自分のことより亡くなった者達の家族にどう言葉を掛けるか、其方に思いを馳せる者の方が多い。


 ヴェレーネ、マーシア、アルスは木陰にテーブルを持ち出し、紅茶を楽しんでいる。

 アルスはマーシアのことを気に入らないと公言して一緒の席で茶を飲むことなどあり得ないと思って居たので、自分でもやや不思議な感じである。


 マーシアは特に気にしている様子もないが。


 のんびりとした小茶会を楽しむ三人(四人?)の下へ、オレグが現れた。

 くつろいでいるところ申し訳ないが、捕虜の将官がおかしなことを言っているので、一緒に尋問に立ち会って欲しいという。


「何を主に訊いているんですの?」

 アルスが尋ねる。

「この戦争の目的ですね」


「食糧不足でしょ? 後、奴隷?」

「そこなんですよ。本来、河から西側の土地は東側程ではないとは云え決して食料に困る様な土地ではありません。そこが不思議なんです」


 ヴェレーネも頷く。 

 そうなのだ、奴隷はともかく何故食料が不足しているのか、そこが知りたいとは前々から思って居た。


「それでですね」

 オレグが言葉を続ける。

「先程、私が言った妙な言葉と言うことなんですが」


 三人が彼の顔を見ると、本当に『妙な』事を言い出した。


「無茶苦茶な鉄やその他の金属の増産で、西の端から首都シーオム周辺まで土壌が汚染されてしまったんだそうです。 

 首都側に当たる農地の半分が使い物にならなくなったとか」


「戦争の為に鉄を増産したのではなく、増産した鉄の為に戦争になっている、と言うことか」

 マーシアが呆れた口調で問う。


「ですね」


「何故そこまでして、鉄を求めるのか喋ったのですか?」

 ヴェレーネの問いにオレグはそれこそ呆れた、という口調で答えた。


「それがですね。 『船』をとばそうとしている。と言うんですよ」


「跳ばす?」

 空間跳躍を指したヴェレーネの口調にオレグは首を横に振る。

 それから顎を軽く上げ上目遣いになると、人差し指を目の前に立てて空を指し示した。


「『跳ばす』ではありません。『飛ばせる』のだそうです」

 




サブタイトルは、グレッグ・イーガン「宇宙消失」から頂きました。


9月23日加筆

ロングボウの最大射程は2話前にも書いた通り300mといったところです。

有効射程は半分くらいでしょうか。

500も飛ばす奴が居るのは「魔法」で、ということでご勘弁を。

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