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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
24/222

23:哀に時間を

 巧がコックピットハッチを開き、カグラを直接目にしたその日から現地時間で一月程(さかのぼ)る。


 シエネ側ライン河岸では五日目の攻防が始まっていた。


 マリアン=マーシアが配置されたのは、全体の左翼デフォート側だが、本来これは、認められない事である。

 マーシアはその戦闘力を見込まれて中心部に置かれることで敵を押し返すために、わざわざ首都から要請されてこの場にいるのだ。


 しかし、それが出来ない訳があった。

 マリアンだ。


 平和な国で育った十一歳の子供が、血と臓物の臭いにまみれた戦場に耐えられるだろうか?

 仮に耐えきったとしても、その後が問題である。

 この頃の年齢に植え付けられた価値観といったものはそのまま一生定着してしまう。


 人の命を軽く扱う人間に成りかねないのだ。


 あちらの世界にいる時、マリアンは気が弱いながらも友人に恵まれ性格も明るく、運動も好きな活発な子供であった。

 しかし、これが単に気の弱いだけの子供であったら、どうなるだろうか?

 人の顔色をうかがう様な人物が、成長して力を持つと総じて暴君的性格に変わる事は、ままある事例だ。

 周りが残虐であればある程に。

 大陸史を見ると、残虐な皇帝というのは大抵に於いて、子供の頃は気が弱かったという。


 先人を冒涜するではないが、某国の大統領で超タカ派だった男が居る。

 小児麻痺を患い片足が動かぬ暗い少年時代を送った彼は、高齢の母に溺愛されて育った気弱な少年だった。

 少年期には周りの大人達は大きな戦争を体験した為か、粗暴な人間が多かった。

 その成人男性達の顔色を伺い母親の影に隠れて成長した彼は、白人と母親の商売相手として実家に巨額の冨をもたらせた大陸人の二つの人種のみを至上とする徹底的な人種差別主義者になった挙げ句、周りに騙されて大きな戦争の火種を造ってしまう。


 また、巧の国のある男性作家は子供の頃は祖母に育てられ、病気よけとして三歳まで女の子の姿で育てられる地域の風習を六歳まで行わされたことで、これ又たおやかに育った。

 長じると、彼は国家の軍備の不足を憂う発言を繰り返す人物となる。 

 そこまでは良かったが、彼の演説に当時の防衛組織が耳を傾けないと知ると、遂には割腹した上で弟子に自らの首を()ねさせたのである。


 作家の方は攻撃性が自分に向けられた。時には文学にまで昇華された。

 しかし、政治家の方はどうか。

 そのような時代であったと一言で片付けても良いが、多くの人々が死ぬ戦争の原因の一人に名を連ねただけである。


 マリアンはエルフとして生まれ変わった。しかもその事実は周知されつつある。

 今の世代の人類種、そして議員達が死に絶えたそのずっと後になれば、もしかすれば国王の座に着くこともあるかも知れない。

 その時、残虐きわまりない王になっていたらどうなる?

 しかも個人の戦闘力は、比するものがいるかどうか怪しい存在なのだ。


 マーシアは別段、先に描かれた様な巧の世界の権力者達の話を知っている訳ではない。

 自分の中でどの様にして凶暴性や残虐性が育ってきたか知っているだけであり、彼女はそれだけで今後自分たちの中にどの様な人物が生まれる可能性が有るかに気がついている。

 これを冷静に判断できるところが、マーシア・グラディウスが”ただ者ならぬ”と呼ばれる所以(ゆえん)の一つである。


 自分の意識がマリアンと統合された時、二人の理性的、明朗的な性格が共に消えて悪い方だけが残れば、単なる『化け物』が生まれかねないことを最も恐れているのが彼女自身なのだ。


 エルフリーデという別人格を取り込んだ現女王は『大人』である。

 大人は社会で様々な仮面を使い分ける。

 その為、自分の中に違う人格が居ても、それが互いに近いものならば上手くいけば統合も早いであろう。

 しかし、マリアンは年齢的に、マーシアは「その生き方」として(いず)れも、まだ子供である上に、内面は未だ分からぬものの表に現れる人格も違いすぎた。


 彼と彼女は呼び合って一つになった以上、お互いの意識が全く合わぬはずがない。

 その証拠に、マーシアはマリアンの内部を心地よい世界として受け入れている。

 しかしそれでも別人格を今の時点で統合し、使い分けることは不可能だった。


 マリアンが人の血を『どの様に』憶えるか、この戦場は彼の正念場でもあった。

 転生までしているのだ。人の死を軽んじる人間になる可能性は大きい。

 死んでも『リセット』が可能などと、万が一にも覚え込んで貰っては困る。



『マリアンには“人の”或いは“戦場の”哀しみを知るために、もう暫く時間が必要なのだ』

 マーシアはそう考えている。


 

 とは言っても全く戦わない訳にも行かない。

 マーシアは、突入してくる敵の固まりがあれば、ちらりと横目で見て照準を合わせ、目をそらして手をかざし火炎弾を撃つ。

 それだけで投入してきた敵が十人なら十人、五十人なら五十人が消し炭になってしまう。

 酷いものになると間近まで突入して来た為、蒸発してしまったシナンガル兵まで出た。

 魔弾を打つ瞬間、目をそらすのはマーシアとしてはマリアンに人が死ぬ瞬間を余り見せたくないからである。

 内部にいるマリアンはマーシアが見たもの全てを認識してしまい、目をつぶる訳にも行かないことを考慮している。 


 やはりマーシアはマリアンを余り傷つけたくないのだ。


 そのようなハンデを持っているにしても、僅かな休みを入れればマーシアの火力は衰えを知るところ無く、フェリシア軍左翼はデフォート城塞の援護もあって鉄壁の守りといえる状態であった。




 しかしながら、シナンガル軍に取ってフェリシア左翼はさほど重要ではない。

 中央、あるいは出来る事ならば最右翼側を突破して、都市シエネに突入したいのである。

 僅かな綻びを造ってしまえば、シナンガルの数の力でフェリシア西部に広がることが出来る。 

 多少の丘陵地や谷間、盆地があるとはいえ、殆どが平野の西部で戦えばフェリシア側の兵員総数は僅か十二万人。

 臨時徴兵したところで三十万人かき集められるかどうか分からないフェリシア軍など、糧秣の持つ短期間ならば最大二千万人を動員できるシナンガルの相手ではない。

 しかも、東部穀倉地帯を手に入れれば、それも永続的な維持すら可能だろう。


 デフォート城塞は壁ではあるが、必ず落とさなくてはならないものではない。

 放置して、残留兵力を閉じ込めてしまうことも考えても良い。

 シナンガル軍上層部は手段と目的を取り違えてはいない。

 今のところは、ではあるが。


 だが彼らも、この戦闘が本来は山中結界破壊の為の囮であることを次第に忘れ始めている様だ。

 その為か、フェリシア防衛戦の右翼と中央への攻撃は苛烈を極める。

 が、シナンガルはマーシアの恐ろしさにのみ目を奪われ、フェリシア軍右翼側には、現在(いま)出せる力に限ってと言うならばだが、マリアンを気遣う(あま)り、(ろく)に戦えない戦魔王マーシアを凌駕する危険人物が居ることを知らなかった。


 その人物はアルシオーネ・プレアデス。プレアデス家の次女。

『氷のアルス』の二つ名を持つ女である。

 彼女は土中の水分子を一気に集めた上で、氷結化させ『纏める量子』の力で上空に浮かせることが出来る。

 これがどの様な意味を持つか。


 つまりは急激な気化熱現象を一カ所に起こすことが可能なのである。


 右翼側は、六月を過ぎたばかりだというのに一気に気温が下がった。

 彼女は右翼前方の丘の下、兵士が登りやすいなだらかな道筋に当たり敵兵が集結している直径二百メートル程の範囲を狙った。

 そして、気化熱現象を起こさせた後は空気中の水分子運動をできる限り止めてしまったのである。

 その範囲の中心温度は二〇三Kケルビン

 即ち一瞬にしてマイナス七十度まで下がった。

 挙げ句の果てには、その後方の本陣に対しては、集めた水分子で造った拳大の雹を降らせたのである。

 凍死者六百名、重凍傷者八百名、雹の被害による死傷者は千名を超えた。

 凍死者の中にはアルスの魔力の為、体内水分から先に凍ったものまでいたのだ。

 これではマーシアと比べてどちらが戦魔王か分からない程である。


 結局敵左翼の前進も止まった。地面が中心寒波の余波も含めて直径三百メートルの範囲に渡って氷結しては、坂道など上れようはずもない。

 突っ込んで同じ事を二度三度と行われてはシナンガルの左翼は一時的ながらも壊滅するであろうとシナンガル部隊長達は判断した。


 アルスは、敵に気取られない様にだが『ほっ』と溜息を吐く。


 彼女の感応精神力、所謂(いわゆる)『魔力』は、今日はこれで七割方打ち止めである。

 最初にガツンと威力を見せて、相手をビビらせるのがケンカに勝つコツだということを彼女は知っているのだ。


 後は彼女に続いてきた八名と、もとより居る兵士達に任せて彼女はティータイムのために後方に下がることにした。



 中央戦線に送られた魔導研究所からの援軍は三十一名。元よりの総兵力は約二万八千名。全軍の半数近くが集まる最も層が厚い地点である。

 しかし、それであるからこそ激戦区である。

 五日目午前の攻撃開始早々にして既に、数の暴力に疲弊し始めていた。


 魔法戦の主力は火炎弾である。

 アルスの様な氷結タイプや電撃、或いは地形を変える程の土魔法の使い手は、両国共に絶対数が少ない。

 そのような中で、敵は大型の耐火盾を多数装備している。


 これを相手にするのがマーシアの火炎弾なら、盾は何ら意味を成さなかったであろう。


 マーシアの火炎魔法は他の追随を許さない。

『炎の始め』と、この世界で呼ばれる水素と可燃の要素である酸素を最も効果的な比率に混合化させた場合の最高温度二八八〇度には及ばないが、二千度前後の高温を誇る。


 六十年前は既に四百メートルの距離が離れても五百~七百度の温度を出した。

 現在はその射程を二百メートル程伸ばしており、最大効果範囲も直径六メートル前後と広い。

 二十メートル程度の落差で上から下に討てば拡散効果もあって直径五十メートル程までは炎は広がる。

 その為左翼前方に敵は布陣しておらず、斜めに攻めてくる形になっている。

 が、これは敵の斜線陣という訳ではなく、単に苦肉の策と言うだけだ。


 散兵戦闘が確立しておらず、地球でならばファランクスやテルシオと呼ばれる密集陣形に頼るこの世界の戦闘では、マーシアやアルスの様な広範囲一撃必殺の魔法は、()わば戦艦の主砲である。


 他の魔術師達もそれなりに力はあるのだが、結局、火炎弾などの魔法の有効射程というのは平地で二百メートルから三百メートルの枠を越えない。

 また、標高五十メートル程度の丘の上から下を狙っても半径五~十メートルも潰せるなら優秀な部類なのである。



 説明がややこしくなった。纏めよう。

 要はマーシアの戦闘力は魔法だけで通常の十倍。

 銃器の様な火点打撃力は戦闘において二乗の勢いで影響を与えるので、彼女が一人で敵陣に突っ込めば百人の高等魔術師が一糸乱れぬ連携で暴れ回ることと同じになる。 

 しかも、ハルベルトのおまけ付きだ。 


 これがどれほどの驚異か分かってもらえることと思う。

『戦 魔 王』ザーストロン・ルシフェルとは伊達に付けられた二つ名ではないのだ。



 しかしフェリシア中央陣地には、その彼女はいない。

 六百度前後までは耐えられる盾を二枚重ねにしてシナンガルの最前列は突き進んできた。

 そうして、その盾の隙間から魔法士や魔術師が火炎弾をフェリシア堡塁(ほうるい)に打ち込んでくるのである。


 堡塁(トーチカ)自体は頑丈ではあるが、フェリシア側は頭もそうそうには出せない。

 

 魔法士の数の少ないシナンガルにしては珍しいつるべ打ちであった。

 どうやら、感応精神力を極限まで引き出す薬を使っている様である。

 何もせずとも、いきなり鼻や耳から血を吹き出して、後方に運ばれていくものが見える。


 また、魔法だけで攻めてくる訳ではない。

 これが魔法以上のシナンガルの数の暴力の象徴であった。 


 弓やクロスボウの数が多すぎるのだ。

 クロスボウの威力は高いが矢が短いため射程が五十メートル程しかない。

が、山なりに打てば百メートルは飛んでくる。

 弓の中でも長弓と呼ばれる大型のものは下から撃っても三百メートル先の敵陣から全く動くことなく、フェリシアの中央陣地まで届いてしまう。


挿絵(By みてみん)



 長弓は扱いが難しい。

 しかし、本国全軍では千三百万の兵数が居るのだ。

 探せば上手い奴などシナンガルではそれこそ山の様に見つかるのだろう。

 堡塁(トーチカ)内部の指揮官達はともかく、フェリシア中央陣地の屋外最前列は盾を前にも上にも構えて亀の様に無様な姿をさらし、まともに攻撃も出来ない。



 長弓兵の恐ろしさを示す例は、実は巧のいる地球の欧州にも有る風習として残っている。

 巧の国の若い女の子達が時々、手の甲を相手に向けてピースサインをする。

 あれは実は欧州では非常に危険な行為だ。

 百年戦争の頃、イングランドの長弓兵はフランス兵に大変恐れられた。

 当時の戦争では捕虜を取ると身代金と交換に無傷で返すのが欧州の習慣であったが、弓兵だけは人差し指と中指を切り落とされて返されるのが普通であった。

 それほど恐れられていたのだ。


 手の甲を相手に向けて行うピースサインには、

『弓に矢をつがえる指がまだ自分には有る』=『何時でもお前を殺せる』

 という意味があるのだ。

 あのサインは若い女性の流行から早急になくなって欲しいものである。




 中央戦線では、その長弓兵の恐ろしさが発揮される場面が見られた。

 迂闊にも立ち上がったフェリシア兵士が自らの能力を発揮して火炎弾を討つも、同時に十に迫る本数の矢をその身に受けてハリネズミの様な姿で息を引き取ったのだ。


 フェリシア側からも盾の間から、或いは、相手に見えない背斜面から文字通り弓なりの軌道を描いて長弓で応戦するのだが、いかんせん絶対数で負ける。


 この地点にもう少し堡塁(トーチカ)を築いて陣地化して置くべきだったと、誰もが考えているが、シナンガルの一般人を入国禁止として三年経っていない。

 シナンガル政府関係者には話し合いの呼びかけを何度もしている上に、つい最近も食料援助をしたばかりである。

 直ぐさま、元の様に表面上でも平和に戻って欲しいという意識がフェリシア議会に堡塁増築の決定を送らせたのだ。


 土魔法で急ごしらえの堡塁もあるが、投石機(カタパルト)の良い的に成ってしまって居る為、きちんと建設した堡塁に比べると『屋外よりはマシ』と言った程度かも知れない。


 川岸の橋頭堡から二十キログラム程の石弾を一日に四十~五十は投げ込んでくる。

 まあ、石が大きくもないので殆どを土魔法の使い手が空中で破壊してしまう。

 被害が少ないのは有り難いが、やはり皆無という訳にはいかない。

 数十メートルからの落下エネルギーは恐ろしい。

 かすった程度で済んだものでも骨折はする。

 落ちてきて粉砕した石の破片での怪我人も多い。

 頭に直撃して首から上が完全に消えた兵士が一人出ると、暫くの間だけだが周辺の士気はがた落ちになった。


 フェリシア人は強力な魔法を持つ割に、伝統的にやや気が弱いところがある。

 切れると手が付けられないとは言われるが周りが理性的なので、意味なく切れる機会もなく一生を終える者が多い。

 そのような先人の中で育った集団だからこそ統率がとれている為、弱兵にはなり得ないのだが個人個人の闘争心はあまり強くはないと言える。

 どうにも個々には戦闘に向かない国民性なのだ。


 後方から弓の援護に守られ、シナンガル軍中央の三百名程は遂に残り百メートルを切った地点の窪地までたどり着いた。

 此処に防火盾を使った第二橋頭堡を築く腹づもりである。


 このような近似点を押さえられれば、兵士の心理的圧力は凄まじいものがある。

 何より、仮にそのような方法があるとして、川岸から其所(そこ)までの安全な通路を造られたらどうする。

 後から、後から兵が湧いてくることになるのだ。

 そして、点から、線に広がるだろう。


 既に敵は土魔法を使って、或いは手作業で窪地の幅を広げる準備を始めている。


 こちらの土魔法の使い手が相手の広げた窪地を埋めるために削れる場所を探しているのだが、下手なところを削ってしまえば、そこまでもが拠点にされてしまいかねない。

 後方から、土や石を運んでこさせると共に、元から準備してあった大きな岩を幾つか転げ落とすと、数十人が巻き込まれて潰れていった。

 相手も迂闊に動けなくなった様だ。

 辛うじて両陣営の動きが止まった。


 但し、フェリシア側がシナンガル兵ら三百名を生き埋めにするために土魔法を仕掛け、その照準合わせの為に迂闊に身をさらせば、再び長弓の嵐となりそうな気配だ。




 この中央点の前線指令官はあのアレクシス・バルテン将軍の子孫に当たる。

 名をフェリクス・バルテンという。

 年は四十三歳、兵士としても指揮官としても脂の乗り切った時期に、このような大戦場の中央を任されるのは軍人冥利に尽きるというものだが、波状攻撃に流石に疲労がたまっていた。

 彼も、この二日で三時間しか眠っていない。 

 眠気はないが、このような状況が何時までも続けば持たない。

 彼は人間の能力の限界をきちんと理解しており、自分以上に各兵士の疲労がたまることに何より不安を持っている。


 それにしても、計算が狂ったと思う。

 マーシア・グラディウスが殆ど動けない上にヴェレーネ・アルメットが到着するまで、あと四日は待てと言われた。


 副官の一人に後を頼み、最前列の兵の交代をさせる。

 長丁場の戦闘に置いては通常の兵士は一回の戦闘につき二時間までが、まともな判断能力を維持できる緊張持続の限界だ。


 自分は少し居眠りをさせて貰いながら半覚醒状態で、『護民官』即ち内務筆頭のヴィンス・バートン大臣からの言葉を思い出していた。


『理由は自分からは話せないが、今、迂闊にマーシア・グラディウスに全力を出させるのは、百年後に国を滅ぼす要因になりかねない。 

 彼女が自分の判断で動くまで西部地区防衛隊長も彼女を指揮下には置けない』

 彼はそう言った。


 しかし百年後どころか、今、国が滅ぶかどうかの瀬戸際だ。

 そろそろ彼女と直接話さないと行けないかもしれんな。

 それにシナンガルの連中が仕掛けている戦闘は何かおかしい……。


 そう思いながら、しばし睡魔に身を任せていった。



「指令官、お休みのところ申し訳ありません」

 バルテンは副官の声で目が覚める。

 

「どうした」

「敵が兵の半数を入れ替えたようです」

 まいった。当たり前の話だが、兵士の交代はあちらも行う。

 しかも渡河した軍の中だけでなく、後方三十万には無傷の兵が居るのだ。


 つまり渡河兵力十万人は途中の窪地にいる三百人程を除けば、初日の完璧な状態に戻ったと言うことだ。


 書記官に確認を取る。 

 この五日。いや、初日は午後から始まって、今、正午過ぎだから未だ四日。

 その間に確実に戦闘不能にした数を確認させる。

「おおよそ、一万というところでしょうか」

「ほう、凄いな!」

「アルス様の一撃が、相当聞いていますがね。あれで四分の一です」

 そこから書記官は、言い辛そうに言葉を続ける。

「但し、こちらも八百程は死亡、若しくは重傷者が出ています。軽傷で三日は戦線復帰が出来ないものも二百名程おりますな」


 軽傷と言っても、巧の国の人間が考える様な打ち身、ねんざの(たぐい)ではない。

 それなりの弓矢の傷であり、火炎弾の火傷だ。

 指がもげた者ですらも、三日後の戦線復帰数に入れているのだ。


「今の割合で行くと、本当に三十日でどこかに穴が空くなぁ」

「そんな事はないでしょう?」

 バルテンの言葉に副官が驚く。


「籠城線じゃあないんだよ。戦線を破られるというのは兵士の疲労から起きるんだ。此処では全員テントとは言え、堡塁の外で寝る者は野宿も同じだ。一々シエネまでも戻れん」


 しかし、堡塁詰めの兵士は別の意味で精神力を削る。

 堡塁は丘の一番見晴らしの良いところにある。 

 二十キログラムの石弾カタパルトごときで破壊される程に脆くはないため安全ではあるが、それこそ敵の動きに気が休まる間もない。


 後方で野宿の方がマシだろう。


 四日で千人なら二十日なら五千人という風に単純な計算ではすまない。

 千人が消えた穴を埋める為に、全体が僅かに無理をする。

 そして次の四日間では戦闘不能者が千百人になっているだろう。

 更に次の四日目が過ぎた時、完全な死者が千人、復帰不可能な者が千人出ているとしたなら、全軍が援軍を含めて七万としても三十日目には九千名前後が死亡もしくは重傷となり、さらにはその半数が怪我で動けなくなる。


 あくまで最悪の計算としてだが、全軍の二割近くだ。

 そうなると後は一度は丘の一部を取られ、又押し返す、の繰り返しになる。


 だが、こちらがシエネやデフォートから最後の補充を入れればあちらも入れる。 

 しかもあちらは全く疲れていない元気且つ無傷の兵を総入れ替えできるのだ。


 下手をすると後百万の敵が現れてもおかしくはない。

 そうなれば、丘を完全に取られた時点でシエネも、いやアトシラシカ山脈までのフェリシアは全て奪われる。

 何か、ガツンと相手にやる気を失わせる方法が欲しい。


 それが戦魔王マーシアだ。

 

 彼女なら最高の魔力の続く一時間もあれば一万から二万人を一人で蹴散らすだろう。

 勿論、包囲されない様に援護は必要で有る訳だから、こちらも同時に打って出ての話だ。


 六十年前と違い、彼女をなめてかかる奴は敵陣に一人もいない。

 彼女を見つけ次第、大抵の指揮官は常に、すぐに『跳べる』準備をしている。

 その為、いままでの小競り合い程、彼女の力が発揮しにくくなったとも言えるが今回は敵の指揮官もこの大軍を放って逃げられない。これは絶対だ。


 何故彼女は動かないのだ?

 直接話がしたい。


 そう思ったバルテンが堡塁(トーチカ)ののぞき窓から外見た時、対岸に妙な動きが見えた。

 数十カ所にわたって土を平たく(なら)している。


 あそこからこの陣地までは川を挟んで短く見込んでも一,二キロは有る。

 何をしようというのだろう。カタパルトを設置しても絶対に届きはしまい。


 気に掛かる敵軍のその行為から目を離さない様に兵に言いつける。

 それから八百メートル南に位置するマーシア・グラディウスのテントに三度目の使いを走らせた。

 

 マーシアからの返事は、『いよいよとなったら側面から援護する』であった。

 無いよりマシな返答である。

 信じて待つしかない。


 五日目は夜襲もなく、こちらから仕掛けることも出来ずに終えた。





サブタイトルは、ハインラインの「愛に時間を」のもじりです。

次はできるだけ早く、仕上げたいです。


向こう岸のカタパルトの射程には不満のある方も多いと思いますが、まあ、ネタバレすると前振りです。 ご容赦を。

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