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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
23/222

22:惑星カグラの魔女(後編)

「こんなところにエレベータがあったんですね」


 第二兵器研究所は山岳地を会わせて約二百平方キロの巨大な研究所敷地を持つ為、よく分からない区画や研究棟が幾つかあるが、第六棟もまたそのうちの一つであり、巨大な倉庫にしか見えない建物が何に使われているのか大抵の者が知らない研究棟である。


 貨物用の巨大なエレベータと思わしきものを昼間に棟の巨大なエンジンドアが開いている時に見たこともあるが、人間用は奥まったところにある上に認証式の為、巧が目にするのは今回が初めてである。


 エレベータに乗り込むとヴェレーネは「B2」のボタンを押す。

 たかだか地下二階で有るはずなのにその三倍の距離を降りた様に思えた。

 ドアが開くと六メートル四方のエントランスがある。

 随分と管理がしっかりしているが人影はない。


「右の方で指紋認証と光彩認証をしますので近付いて下さいな。指は左右全部お願いしますわよ」

 ヴェレーネの指示に従って巧は認証登録を済ませる。


「じゃあ、入りましょうか」

 ドアが左にスライドする。


 広さは地上の倉庫と同じ程であり、四十メートル四方はありそうだ。

 高さは十メートル以上はあるだろうか。中空にアームローダーと呼ばれる支持椀がガントリービーム(=支持梁)から伸びており、それに支えられる様にASが立っている。


「シミュレータじゃなかったんですか?」

 巧が尋ねると、

「ちょっとぐらい趣味に走っても良いでしょ」

 ヴェレーネが笑う。 

 しかし、何か変だ。怪しすぎる、と云う感覚は巧としては否めない。


 まずは目の前のASだ。今まで見たこともないタイプである。

「これ、新型ですか?」

「そう、山岳地専用ね」


 確かに、かなり軽量化されている様であり装甲板の厚みが半分もない。

 但し足下には足首関節のすぐ上の周辺に切り込みが入っており、補助脚まで着いている様だ。

 通常のバランスの崩れはオートバランサーで修正することを考えると、かなり無茶な使い方を想定している。

 ウインチワイヤーは腰部のみならず左腕手首にも装着されており、強度計算には問題ないのか心配になる設計である。


 見た目に関しては巧としては百点をやりたい。

 オーファンも悪くないが、此奴にはしっかりとした装甲板を付けた時は更に見栄えがするだろう。

そんな事を考える。


「これをそのまま、シミュレータとして使う訳ですか」

「だから、そう言ってるでしょ」


 すぐ側に、三十ミリのガトリングガンがある。

「何でこんなものが?」

「気にしない」

「いや、気にしますよ! これ、弾帯が装填されてるでしょ! 暴発したらどうするんですか! 屋内ですよ! 跳弾でミンチになりたかぁありませんよ!」

 怒鳴る巧にヴェレーネは、彼に少しかがむ様に言うと囁く様に耳元に静かに返した。

「痛いと思う間もなく、この世から消えるから大丈夫」


「おい! あんた何考えてんだ!」

「あら、いつもの柊曹長ね」


 笑って続けた。

「厭ぁねぇ、それ安全ですわよ。唯、火薬の臭いはするから、ベンチレータから少し入ってくるかもしれませんわね。 

 まだBC(生物化学兵器)対策加工もしていませんから。

 でもそこも大事なんですよ。言ったでしょ、リアルですわよって」


 模造弾と云うことかと納得する。要は見た目が実弾というだけと解釈した。

「で、手順は?」

 ショックスーツの確認をし、ヘルメットを取ると、

「あ、それじゃない」

 と新しいヘルメットを渡される。

「データ、取りますからね」

 試着したヘルメットはよくフィットした。新品とは思えない程だった。


「手順を説明しますわ」

 ヴェレーネの言葉に巧は頷く。

「まず、シチュエーションだけど、森林ね。樹木は少し太めなので三十ミリで吹き飛ばして進んで良いですわ。威圧効果で歩兵の居る方向へ誘導するということも出来ますからね」

 “ふむ、面白いな”とは思う。


「で、ここからが重要なんですけど、人間に三十ミリを打ち込んだらどうなると思います?」

「かすっただけで消えますね」

 あきれ顔の巧にヴェレーネはにこやかに返す。

「分かっているなら、結構。

 情報取得用の捕虜を取りたいので、殆どは踏みつぶすか手で握りつぶして下さい。

 感触は結構リアルにスティックや感圧グローブに伝わりますので気を付けて下さいね」


 ASは手首から先は人間の指の動きの四十分の一の動きに対応させている。

 スティックを軽く握った状態が手を開いた状態で、最も強く握れば拳になる。

 特に右手はマニピュレータの役割もしているので実に繊細だ。

 握りつぶすなら左手にしようと心に決める巧であった。


「あとですね。最初だから、ちょっと遊びましょう」

「既に遊ばれている気分なんですがね」

「まあ、まあ、そう言わずに」


 ヴェレーネの提案は二つ。

 ひとつは、最初っから現代風だと心理的抵抗が強すぎるので、魔法使いと騎士を相手にしようと言ってきた。

 要はゲーム感覚で、と言うことだ。


 二つめは、自分が指示を出すが、全天球ドームのどこかに写るかも知れないので探してみましょう、と言うことだ。

「最初の一つは分かるとして、二つ目はお断りです」

「つれないですわねぇ」

「どうせ通信モニタに映るでしょ!」


「あと、」

 乗り込もうとする巧にヴェレーネが追い打ちの様に声を掛ける。

「まだ何かあるんですか?」

「一時間程で今回は終了しますが、オーケーがでるまでは、絶対にハッチを開かないで下さいな。それと、モニタのオン・オフはこっちでやります」

「はあ?」

 なんだか一番真剣な、どうでも良い指示を聞いた気がした。

 乗り込む前に、再度声が飛ぶ。

「いいですね。絶対にハッチを開けてはいけませんよ」


 あまりのしつこさに“お前は鶴か”と思うがそれは口にせず、他の疑問を口にした。


「分かりましたよ。それより、モニタ・スタッフも無しで本当に一人でやるんですか?」

 巧のその言葉に対して、片手を腰に当て、満面の笑みとピースサインで応えるヴェレーネ。

 心の中で、“あんたほんとにオランダ出身かよ”と妙な気分になりつつ巧は機体へと乗り込んでいく。


 二重円の描かれた駐機スペースの中心に座るASに近付いていく。

 ASは片膝を立てて足を軽く開き座れる。その姿勢からハッチを開き大腿部のグリップと内側脹ら(はぎ)のフットバーに足をかけて乗り込む。

 六点ベルトは採用されておらず、体の自由度の高い四点式であるが強度は上がっている様だ。

 ハーネスバーを降ろして、ヘルメットを被る。


『三分程待って下さいね』

 機内スピーカーから声がする。

 やっぱり補助スタッフぐらい入れなよ、とぼやいて待つ巧であったが、外で何が起きているか知ったなら跳び降りていただろう。



 二重に描かれた円、その一重と二重の間にある大判のシールをヴェレーネははぎ取る。

 巨大な魔法陣が現れた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 モニタに光が入るが、外部はまだ写っておらずチェックリストが流れていく。

〔スタンドバイ、AS31―S〕

 機械音声と共に、指示入力を求める表示である。

 メインジェネレーターのスイッチを入れる。 三十六のメインアクチュエータが稼働テストを開始する。

〔パワー・アンド・サーボ、オールグリーン〕

〔センサー1~7オールグリーン〕

〔アイ・システム1~8、サブシステム……〕

〔ファイア・コントロール……〕


 二分弱、次々とシステムチェックが行われていき、最後に

〔システム・グリーン・コンプリート〕と何時でも稼働できる体制に入った。


「二分は長くないですかね?」

 ヴェレーネに尋ねると、

『どうせ現場待機なら電源車に繋ぎっぱなしで、システムを落とすことなんて殆ど無いわ』

 と言う答えが返ってきた。

「ああ、パソコン付けっぱなしで寝る奴みたいな」

『そ、』

「気楽な返事は結構なんですがね。そろそろ始めませんか? モニタが真っ青ってのはどうにも落ち着かなくて」


 返事代わりに、モニタに光が入り外部の光景が写ってきた。

 森である。

 

 が、何というかモニタ越しにでもやけに『荘厳』さを感じる場だ。

 木々の息吹すらモニタ越しに伝わってきそうである。


「なんだか怖いですね」

『どうして?』

 ヴェレーネは不思議そうに尋ねる。


「いえ、CGに神々しさを感じるってのも『どうか』と思いましてね。何というか、汚してはいけない森というか……、馬鹿馬鹿しいですよね」


 しばらくの空白があり、声が帰ってくる。


『そうね。ありがとう』


『ありがとう』とはどういう意味だろうか、そう思ったが、すぐにその思考は中断されることになった。

 機械音声が告げる。

〔センサー3、反応有り(ポジティブ)。6オア7オブ・アウンノン・ナンバーズ〕

 

 感圧センサーに反応有り、人数は推定六~七名。

 しかし近年の性能ならは十名以下なら正確に読み取るのが普通だ、あやふやと云うのも珍しいものである。

 センサー3は人間の足音や歩幅に反応するセンサーだ。

 このような特技を持つコマンド部隊の専門家を、トレイサーと呼ぶ。

 あちらの方が何倍も恐ろしいが、素人にとってはこのセンサーでも充分に有り難い。



 迷彩は半光学であり、二十メートル以内に近寄らない限りは、肉眼ではまず見つからない。

 すぐ目の前をこちらに向かう六人の姿があるが、八倍ズームであり、まだ三百メートル程下手である。


 巧が面白いと思ったのは、イメージ・マテリアル(架空素材)が本当に騎士と魔法使いの一団だと言うことだ。

 一番前の大きな袋を担いだ案内役と思われる男の服装まで中世風とは笑わせてくれる。

 騎士と言っても大仰なものではなく、革の鎧を着けた『剣士』と言った風情が三名、黒ローブの人物が二名続く。


『まさか、此処まで当たるとはね』

 ヴェレーネの呟く様な声が聞こえる。巧に言っている訳ではない。

(どういうことだ?)と訝しむがすぐにヴェレーネの声がする。


『状況開始しますわ。目標が同高度まで到達し、前方の山道を通り過ぎるまで待つ。その後、背後から襲撃。状況開始後は自由射撃とする。目標、捕虜一名を捕獲』


「了解、目標同高度において前方通過後にて後方から状況開始! 最終目標捕虜一名」

 復唱はしたものの、さっきの呟きは何なんだ、と巧は気に掛かる。


 ともかく後、五分で同じ地点まで来る。 

 平坦な道が続く場所であり、『最初の訓練ファスト・プラクティス』としては悪くない。


 しかし、ベンチレータから森の香りまでしてくる。

 過去のシミュレータでは血と汗の臭いしかしなかったというのにサービスが良くなったものだ。


 目標が近付いてきた。妙な違和感を覚える。何だろう。

 ふと気付いた。口が動いているのだ。

 過去のシミュレータでは敵兵士が叫び声を上げて威嚇しながら突っ込んでくるということはあった。あれは怖かった。 

 実際、刺されて脳の情報がフィードバックした為、ものすごく痛かった記憶がある。


 が、日常会話などするか?

 外部マイクのスイッチを入れる。喋ってはいるのだが、なんだか意味のない単語の羅列である。

 ドイツにいる時、幾つかの言語を耳にしたが、こんな言葉は地球の何処にあるというのだろうか? アフリカあたりなら有り得るかな?


 シミュレータも中途半端なことをする。リアリティを出そうとして失敗してやがる。

 と巧は可笑しくなる。



 目標が通り過ぎた。当機も移動を開始する。 

 このスローな動きならアクチュエータは実に静かだ。外部マイクから入る音で確認しても鳥のさえずり程もない。


 獣道を歩いている六名の後方にでる。半迷彩を解いて走り出す。

 軽量化しているとは言え、それでも六トン半はある人型戦車が標準運動で歩くのだ。

 最初の一歩で直ぐさま気付かれた。


 振り向いた全員に驚愕の色が走る。表情まで良くできていて巧の方が驚かされる。


「最後尾のローブの奴でも捕まえるか」

 目標を決めた。


 全員が森に逃げ込んだ。彼としては避けたかったがどうせCGであると気持ちを切り替え、三十ミリを最初に逃げる奴の前方にたたき込む。

 直径が五十センチはありそうな立派な樹が七~八本、一気に吹っ飛んだ。

 最初に逃げた剣士の上半身も消えた。

 下半身、と言うか残った両足だけが、そのまま草むらに倒れ込んだので、巧は余り酷い光景を見ずに住んだ事に感謝する。


 腰を抜かした案内役が大事に抱えていた袋を取りこぼす、斜面を転がり落ちていくのが見えたが、あっちはどうでも良い。

 近付いて、腰を抜かしている男を踏みつぶす。 

 厭にリアルな感覚だ。フットバーにグニャグニャとした感触が伝わる。


 何より、この機体設定はチューンドされているのかやけに動きが良い。装甲板を軽量化していることを(のぞ)いても予測していた以上に動く。 

 通常のASの倍のスピードだ。

 下手な人間の動きよりなめらかに感じてしまうのだ。

 こんな高性能なASはあり得ない。シミュレータのプログラムミスなのか、それともミズ・ヴェレーネはこのレベルまでASの性能を上げる気で居るのだろうか?

 もしや、新型のアクチュエータが既に完成しているなどと云うこともあり得る。


 あの魔女なら、既に完成させていてもおかしくはないと巧は恐れに似たものを感じた。


 ともかく動作の試験にと思って、追いついたうちの一人の剣士を捕まえ、人間が膝と肘、腕を使ってボール投げをする様に上空に放り投げてみる。

 実にスムーズな動きで放り投げられた剣士は七十~八十メートル程飛んで、斜面の下の樹木にぶつかった。


 視線を向けると、オートズームが働く。

 最大四十倍程度だがカメラの口径は人が持つものとは違う。

 デジカメなら四十倍など玩具だがAS搭載カメラは二十四倍で三キロ先のコップに描かれた絵柄までも分かる。 

 剣士は上半身だけ樹の中程の枝に引っかかって内蔵をぶら下げていた。

百舌鳥(モズ)速贄(はやにえ)を見るかの様である。


 趣味が悪いプログラムだ。 

 なるほど、ヴェレーネが言っていた通り精神に来るものがある。 

 CGと割り切っていても気分が悪い。

 これ以上酷くならない様に、考えて殺し方も決めないと行けないな、と思う。


 残り三人。いや、一人は捕まえないと行けないから二名か、と考え、逃走方向にガトリングを単発で打ち込む。

 今度は殺さずにすんだ。

 巧は『ほっ』としているが実際のところは今から殺すので一緒である。


 一人を踏みつぶす。速度があるためかなり楽だ。彼はこの時点でかなり感覚が麻痺してきているのに気付き、気分が悪くなったが、それならばさっさと終わらせてしまいたい、とも思う。


 後二人のうち、どちらを捕虜にするか悩んだ時、ひとりの黒ローブが手をこちらに向けてきた。 

 手の平から炎を出す。ASの表面に当たった様だ。 

 一瞬だが二一〇〇(ジュール)の熱量が探知された。

 

 温度で示せ。と巧がアシストシステムに言うと、毎秒五百度との答えが返ってきた。


 阿呆か、と思う。

 六千度まで耐えられる複合繊維を組み込んだ装甲相手に、この設定は安っぽすぎる。

 後でヴェレーネに苦情を入れることにして、このイメージ・マテリアル(架空素材)を握りつぶした。

 うっかり右手で握りつぶしたのでやけに感触が生々しい。

 胴がつぶれ、首が吹き飛ぶ。

 表現のしようがないが、芯が硬めの蜜柑を握りつぶす。

 グローブに伝わってくる感触はそんな感じだろうか。


 これを見た、もう一人の黒ローブは気絶した。


 捕虜にするのにも都合が良い。

 と、その時、視界内にヴェレーネが現れた。

 アバターまでリアルである。

「それどうするんだい?」

 そう訊くと、

「少し待ってて下さいね。十五分ぐらいで戻るからハッチ開けちゃあ駄目ですよ。

 動くものが現れたら、全部殺しちゃって良いですわ」


 そう言って、最後の黒ローブを捕まえると共に消えてしまった。

 


 十五分、長いね。 

 などと思いながら、ハーネスバーを上げる。

 ベルトを外してリラックスしていると木々の香りに混じって、血の臭いがぷんぷんしてくる。


「これ、ミッション終了なんだから、血の臭いは消していって欲しかったな」


 しかし、鼻というのは感覚器官のうちで一番麻痺しやすい。

 そのうち気にならなくなった。

 が、逆に気になることが出てきた。

「いや、そんな馬鹿な、ね」

 と自分で自分の聴覚を否定する。


 泣き声が聞こえるのだ。それも、子供の様な声だ。

 小さな子供の泣き声……。


 巧が放っておけるはずもない。

 しかし、此処は推定でも地下三十メートル以下の場所だ。

 何故こんな声が?


『リアル、です。精神的にも危ないでしょう』


 ヴェレーネの言葉を思い出す。

 ああそうか、武装難民が大人だけとは限らないのだ。

 七歳ぐらいなら、引き金は引ける。

 引き金が引ければ、人は殺せるのだ。


 となれば、当然、『子供』を殺さなくてはならない場合もある。

「罠か。甘く考えてハッチを開ければどこかの反応装置からさっきの火炎弾代わりがズドンって訳だな」


 五百度。ASにはかすり傷も着かない。

 だが生身ならどうだ。

 即死出来ればいいだろう。 

 下手をすれば焼ける自分の肉の臭いにのたうち回って死んでいくことになる。


 テストである以上、すぐに死にはしないが痛い思いはさせられるであろうし、何よりミズ・ヴェレーネに『間抜け』と嘲笑われるのは目に見えている。

 

「次の連中の上陸は子供まで含める程、切羽詰まったものになる可能性が高いってことか……」


 いやな気分になった。


 だが、このまま泣き声を聞き続けるのも、気分が悪い。

 とっとと探して『始末』することにしたのだが、ふと考える。

「俺に出来るのかね? そんな事……」

 CGとはいえ、マリアンより幼かったらどうする。そして武器を向けてきたならば、どうするというのだ。


 一九六〇年代、非対称戦争の走りとも言われる『ベトナム戦争』に従軍した兵士の間には帰還兵症候群と呼ばれる症状が現れた。

 所謂PTSD(心的外傷ストレス障害)として今日(こんにち)知られるものである。


 ある兵士が戦地において安全だと思われていた酒場で親友と酒を飲んでいたところ、外に居た物売りの少年が、先に帰ると店を出た友人に手榴弾を投げつけるのを見てしまった。

 彼自身は何とか爆発の被害から逃れることになったが、ほんの僅かな立ち位置の差であったという。

 体中をズタズタにされた友人を見た彼は反射的に、逃げていくその子供の背中を撃ち抜いて殺した。

「死にたくない」と泣く友人の手を握り医者を呼べと叫んだが、結局友人は死んだ。


 戦争から帰って彼は、自分が十歳前後の男の子を見ると異常な殺意を覚える様になっている事に気付く。

『自分の子がもうすぐその年齢に近付く事を自分は恐れている』、という遺書を妻に残して彼は銃で頭を撃ち抜いた。



「正当防衛ですら、苦しみ続ける奴が居る。

 進んで子供を殺せば自分も死ぬのが早いか遅いかの違いってだけだ。

 苦しみが長い分、後者の方が辛いだろうなぁ。

 医者は薬やカウンセリングで治ると言うが、あれは善悪の判断を無視させる『洗脳』に過ぎないのかもしれんな」

 考えをまとめるためであろうか、巧もついつい独り言がでる。


 人間の心というものは、そう簡単に治療できるものではない。

「乗り越える」、「忘れる」という作業は地道に積み重ねていくしかないのではないだろうか。


 しかしながら、今回はシミュレータだ。

 そのような行動における心理的問題点の洗い出しも、テストの内なのであろう。

 そう考えて、巧は声の方向をサーチさせる。

『八メートル下方』と出た。斜面の下と言うことだ。

「降りて見りゃあ、いいんだな」

 段々独り言が多くなる。

 泣き声は先程、先行していた道案内が取りこぼした袋から聞こえる。

 袋自体も芋虫の様にもぞもぞと動いている。

 袋の中に入って、攻撃するのか?

 訳の分からないプログラムだと混乱してきた。


 サブマニピュレータを右腕の付け根から出す。

 人間の手とほぼ同じ大きさの三叉腕(みつまたうで)が右腕手首のあたりに収納されているのだ。

 左手で袋を押さえつけると当然ながら動きは収まるが、声が大きくなった。


「悲鳴って奴は、結局どの言語も一緒なのか?」

 思わず笑ってしまう。子供の声でワーワー、ギャーギャーと喚いているのである。

 三叉椀を使って袋の口を開くと、やはり子供だ。十歳前後の女の子。

 袋が空くと大きく口を開け、息を吐いた。

 それからASの顔面カメラと目が合い、更に泣き出した。

 泣く前に見開かれていた茶色い目が可愛らしいと思う。 

 ちょっと前のマリアンを思い出すが、髪の毛は栗色で癖っ毛。

 頭の上には可愛らしい猫の耳、そう、猫の……。


「なんだ!こりゃ!」

 思わず声が出るが、取り敢えずは袋に入った猫娘を掴んだまま立ち上がる。

 イメージ・マテリアルとは云え、何故か大事に扱わなくてはならないという気持ちになり、左手ながらも、そっと包み込む様に持ち上げる。

 猫娘は袋から頭を出してぐったりとしている。気絶でもしたという設定かな?

 なら殺さずにすむ、とほっとする。


 斜面を登り切ったところで、丁度ヴェレーネのアバターが現れた。

 死体は相変わらずそこらに散乱している。

 血と臓物の臭いが戻って来た。いい加減に消して貰いたい。


「なあ、ミズ・ヴェ……」

 臭いを消して貰おうと呼びかけた時、彼女の声が巧の声に被る。

「まさか、その子を殺しては居ませんでしょうね!」

 必死と言って良い叫び声だ。


 殺すだけではなく、人助けの設定まであるとは粋な計らいじゃないか、と言おうと思って居たのだが、アバターである筈のヴェレーネの様子は尋常ではない。

 何かおかしい。


 巧の脳裏に先程からの数々の違和感が再生されていく。

 心臓がバクバクとする。

 まさか、当たっていてはくれるなよ、と思いつつもヴェレーネをひっかけてみる事にした。

 頼むから間違いであってくれ、と願いながら。



「『動くものは全部殺せ』そう言ったのはあんただろ」

 平静を装う。

「何って事を! だからといって子供を殺すことがありますか! 馬鹿……」

 アバターが泣いている?


「次回の武装難民の中に、子供が銃器を持っている可能性も含めたテストだと思ったんだがな。あり得ない話なのかい?」

 巧の言葉にヴェレーネは固まった。

「引き金が引けりゃあ、人は殺せるんだぜ」

 演技とは云え、良くこんな冷徹な声と言葉が出るものだ、と自分でも呆れる。


 しかし厭な予感は益々、現実味を帯びてきた。

 だめ押しをして確認するしかない。

「イメージ・マテリアルが壊れただけだ。

 リセットしてやりゃ、次のテストではぴんぴんして現れるさ。 

 そんなにお気に入りとは知らなかったんだ。今度は殺さない様にするよ」


 巧の言葉に、ヴェレーネの目は別人の様に怒りに燃えている。

 アバターにこんな機能があるものか。殺気を放つアバターなど聞いた事もない。


 そして、あれほどの恐怖心が伝わってくるイメージ・マテリアルなども。


 腰が抜けた様に座り込み、

「次など、次など、その子には無いのです」

 と泣き崩れるヴェレーネを見て巧も遂に観念した。


 コックピットハッチを開く。


 排気音にまじって、ヴェレーネの“止めろ”という声が聞こえるが無視する。


 残念ながら、彼が気付いた通りだった。

 そこには、



 全天球スクリーンに映っていた光景と寸分(たが)わぬ世界が広がっていた。





グロいシーンが多くてすいません。

自分もグロいのは苦手なんで、上手く書けたかどうかは分かりませんが、次回はも戦闘シーンがありますので、少しだけ今回のようなシーンがあります。


少しかな?

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