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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
218/222

216:獣王の誕生(Aパート)

 第二次シエネ防衛戦においてマーシアの急降下突入を受けた高位魔獣ムッシュマッヘが爆散した直後、『軍師』こと『ティアマト』にとっては、それ以上の“不運”が起きている。


 巧達が這い回る地上から遙か上空二万六千キロメートルの衛星軌道上に於いて、アルテルフ11(イレヴン)を微少隕石が貫いたのだ。

 これによって軍師は自らの支配下にある素体群(デナトファーム)に対しての指令通信中継能力を大きく減ずる事となる。

 また当然ながらバードからのエネルギー送信にも影響を及ぼし、残るアルテルフを使ってのネットワーク再編成を余儀なくされた。


 こうして新たに構築されたネットワークではあったが、海中に潜む『ラハル』への送電にも失敗し、今では『セム』に対しての敗北を重ねるばかりである。

 このままでは、高度を失いつつあるアルテルフ11を無為に破棄せざるを得ない。

 手駒はひとつでも多いに越したことはないのだが、今の彼女に大規模な補給は見込めないのだ。


 その困惑の中、彼女の中にひとつの閃きがもたらされた。


【アルテルフ11が損傷した事は『セム』にも知られたであろうし、高度を維持する為に増速中である事も、また同様に違いない。

 ならば、それを逆手に取ってやろうではないか……】


 大気圏への再突入角度は慎重に計算する必要が在る。

 角度が浅ければ、アルテルフは大気の層に弾かれ明後日の方向に飛びだしてしまう。

 結果、二度とカグラの重力圏には戻れない。

 また逆に突入角が深すぎたなら、単に燃え尽きて終わってしまうだけだ。

 緩やかに落下軌道に乗せる必要が在る。


 何より、この再突入には燃焼以上の意味がある、と『セム』に気付かれてはならない。

 軍師にとって、過去ひと月間で最も気を使った作業だったと言えた。




 念入りに時間を掛けて高度を落としたアルテルフは、ひと月を過ぎた今、自由に落下出来る高度に達していた。

 高度一千二百キロにおいて一時間三三分でカグラを一周する超高速軌道である。

 太陽風から受け取った水素陽子から生成した加速用燃料(ヘリウム3)にもまだまだ余裕はある。

 計画に対応するに充分であった。


 そして、時は来た。


 戦闘によって内部監視能力の弱体化したマテリアル8旧基体、即ちエミリアへと軍師(ティアマト)は意識を転換させて行く。

 この基体は人間であり、尚且つ『係員』でもある。

 よって本来、ティアマトが介入して良い存在では無い。

 だが、今は緊急時なのだ。

 本社の業務指令は遂行されなければならない。


 本社命令を拒否、或いは無視して行動するこの存在を現状『係員』と認める必要もあるまい。

 何より、この人間は係員として他のデナトファームに対して処分可能な力を持つマテリアル8を活性化させる為に『基体化』されていた存在である。

 偶然の邂逅(かいこう)とは云え、補助装置との適合力が高い能力を持つ。

 それこそが彼女(エミリア)を選んだ要素でもあった。


 また、『異変』が事実であれ単なる可能性であれ、世代交代によって係員達は任務を忘れ去った可能性すら有る。

 ならば、その彼らには自らの責務を思い出させなくてはならない。

 本社命令は全てに優先されるのだ。


 その前提でなら係員を超える行為も許される筈である、とティアマトは結論を下した。


叛意(はんい)した係員の処分は馘首(クビ)が当然でしょ?

 そう、間違ってないわ。

『セム』、あんたの言うことなんて、……私は、信じない】



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 エミリアは今、混濁の中に在る。

 だが、その中にある別の意識は大気に混ざる粒子の一粒を捕らえるほどに研ぎ澄まされ、その身体は戦闘開始時を遙かに超えた動きを保持して“あの”マーシア・グラディウスを圧倒している。

 彼女の身体は今、敵を求めて最短・最速の動きを見せるだけだ。

 それは、あたかも優秀なプレイヤーが行う自己視点シューティングゲームの画面を共に見ているかの様だ。


 問題は、その動きに彼女の意志など疾うに反映されてはいないと云う事実であった。


「何故ッスか! 何故こんなに動けるんッス……。GG、あんた一体、今、何処にいるんッスか?

 ううん……、父さん。

 あたし、あたし、どうして、こんな事してるの?」


 最後はまるで父親が生きている時の少女に戻ったかの様なエミリア。

 自分の過去の動きを思い出しても、今まで自分を責め立て、そして追い詰めて来た、あの炎のような闘争心が何処から湧いてきたのか、まるで分からない。


 恐い、恐い……よ。父さん、おじいちゃん……、お母さん。

 なんで、なんで、あたし、何で、ここにいるの?

 今、何が起きてるの……。




【ふむ、どうやら気付いたようね。エミリア・コンデ】


 だ、誰!?


【おや、もう忘れたの?】


 その声! た、確か……。ぐ、軍師、とか言ったッスね。


【ええ、そうよ。思い出してくれて嬉しいわ】


 何処にいるんッスか……。


 過去の自分から今に戻り、静かに問い質すエミリアだが、既に答の見当は付いている。

 今の自分の有り様を考えるならば、相手の返答は“それ”しかないであろう事も知っている。

 しかし、言葉にするには恐ろし過ぎる事実を認めたくはない。


 だが、その様なエミリアの葛藤を一顧だにせず、軍師の言葉は冷酷なまでの事実を告げてきた。


【当然、あなたの中よ】


 一瞬、心臓を鷲掴みにされた様な恐怖感が脳を駆け巡るのがわかる。

 “彼女”は今、確かに動揺している。


 それにも係わらず、身体には何らの影響を見せない。

 いや、今までの全てを出し切って(なお)、余裕を見せる。

 表情は相変わらずの薄笑いを浮かべたままにマーシアの斬檄を弾き飛ばすと、次いでの突きを潜って逆に剣を突き出す有様だ。

 お返し、とばかりに反撃を弾いたマーシアが、がら空きとなったエミリアの腹部に蹴りを放つ。

 が、対してエミリアこと軍師は、それも読んでいたとばかりに相手との距離を詰めることで打撃点をずらしては蹴りの勢いを削ぐ。

 そのまま身体を押し込んでマーシアの軽い身体を弾き飛ばすエミリア。

 重力井戸を使った体重増加も同時に使いこなす荒技だが、そこに粗雑さは一切無い。

 離れる瞬間にはハルベルトを握るマーシアの親指を狙って切り落としまで懸ける狡猾さまでも見せる。


 その様な小技に引っ掛かるマーシアでは無く、握りをずらして刃先を軽く躱すが、流石に“鬱陶しい”とぐらいには感じたようであり、唾を吐いて不快感を示した。


 互いに短転移で距離を取った結果、バスタードを構えなおしたエミリアとハルベルトを片手で握りつつ次の魔法構築の準備を進めるマーシアは、今再び睨み合いの体勢となる。


 マーシアと互角以上に戦う戦技の全て。


 これは確かにエミリアが修行の積み重ねの末に身に付けた技だ。

 だが、今、この身を動かし、技能をフルに発揮させているのはエミリア自身では無い。

 彼女の人生そのものを乗っ取られている様な不快感しかないというのに、この身体は今までに無く強い。


 更に数分間の攻勢を掛けると、遂にマーシアの魔力切れは手に取るほどになった。

 他者である自分が捕らえられる彼女の消耗を、マーシア自身が自覚していないはずも無い。


 とは云え、追い詰められた獣こそ強い。

 何事かを叫んだ直後、マーシアは一気にエミリアの体勢を崩しに掛かる。

 全身の毛が逆立つほどの殺気は今までの比では無い。

 強烈な打撃に押され、『読み』からではなく、必死になって跳んだ直後、エミリアは一瞬マーシアを見失う。

 対して、当のマーシアは天空を目指して上昇に転じた。


 ならば、と『魔力探査』を発動させようとしたエミリアであったが、その意識が不意に途切れる。

 勝機を知った『軍師』がエミリアの意識を押さえ、最後の勝負に出た瞬間であったのだ。


「くそ! 身体が動かんッス! なんで……」

 そこでエミリアの意識は途切れた。


 上昇していくマーシアが狙った最後の手段。

 それは、高々度から対象を捉えることで、逆さ落としに相手を叩きつぶす事だ。

 上空からなら下方の敵位置を捕らえるに有利である事は間違い無い。


 そうして相手の位置を捕らえたなら、次いでは光学魔法(エフェクション)によって自身の存在を出来得る限り消して最大戦速で突っ込む。

 エミリアがマーシアの突入軌道に気付く前にハルベルトをたたき込み。その穂先に奴の心臓を掲げる。

 速度と技能を完全に同調させる事で可能となる一撃である。


 仮に相手が避けるにしても、それが早すぎる回避なら攻撃軌道の修正は容易い。

 何より馬鹿な跳躍に頼る相手なら、出現点を予測して、そこに粒子砲を叩き込む事も可能だ。

 勿論、マリアンによって構築される本式のものではない。

 だが、それでも希薄な大気中から放たれる一撃は、熱拡散の心配も無く敵を粉砕するに充分な威力を発揮してくれるだろう。


 これしか無かった。


 上空から下方のエミリアの位置を再度確認する。

 大きく位置を変えているとは思えない。


「さて、何処だ……」


 と、その時、不意にマーシアは寒気を感じた。

 周りは力場で守られており、高度による気温気圧の変化に影響を受けるはずは無い。

 だが、確かに背筋を凍らせる何かを感じる。


 ハッとする。


 これは、シーアンで感じたあの波動だ。

 姿を見せぬ“何者”か、が発していた波動。


 それが今、身震いするほど身近に感じられる。

 無論、実際にその対象が自分の側にいるという訳では無い。

 いや、だからこそ危険だ。


 今、自分こそが、一方的に相手に位置を捕らえられているのだ。


「しまった!」

 苦々しさを滲ませながら叫び、自身の出現点を変えようと試みる。


 が、遅かった。


 先の精神的な震えと違い、実際に体感温度が下がった事に気付く。

 周囲では気圧の変化が起こり、唯でさえ弱まった魔力の綻びにつけ込む様に僅かながら対抗力場が中和された事を感じ取った。


 今ではダークエネルギーの収斂力に明確な陰りが見える。


 現象としては、ほんの僅かのほころびだ。

 だが、その“僅か”が命取りであった。


 跳躍の為のダークエネルギー収斂が遅々として進まぬ中、大気が震える。

 (こうべ)を巡らせ、“それ”に気付いた時は全てが遅かった。


 天空から落下し、灼熱化した巨大質量体。


 マーシアが目にする初めての存在。


『アルテルフ11』


 それが彼女を倒す存在(もの)の名であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「今よ!」

 エミリアの声で軍師は(うた)う。


 途端、アルテルフは最後の加速を開始した。

 大気圏再突入時の断熱圧縮によって、燃え上がる表面は原型を留めてはおらず、巨大な隕石が突入して来るかの様にしか見えない。


 だが、突入角の影に守られ、唯一基残ったメインスラスターは最後の二秒間に最大加速を行う。

 ウム・ダブルチェからの指令によって可動シークエンスを省略した無謀な加速だが、軍師にとってそれは構う処ではない。


 アルテルフ11、最後の任務。


 それは、『自爆』なのだ。


 閃光がマーシアを襲い、『ウム』の能力によって既に綻びを生んでいたマーシアの力場は軽々と破られる。

 挙げ句、アルテルフの周りには口を下に向けた漏斗上の力場が張り巡らされており、発生した爆圧は前方への一点のみに絞られる。

 ほぼ無防備となった背後から襲われるのみならず、モンロー/ノイマン効果から生まれる爆圧を一点集中してぶつけられたマーシアの身体は、今やバラバラに引きちぎられる寸前だ。


 一瞬は辛うじて耐え切ったに思えたマーシアであったが、既に途切れ掛けた意識の中で、アルテルフに搭載された『ヘリウム3型融合炉』の開放が起こした二次爆発は最初の一撃を遙かに超えるエネルギーを彼女に叩き付ける事となった。


 過去、E-S文明最終戦争の初期に地域間紛争で使用された『戦術核弾頭』を遙かに上回る爆圧。

 解れ掛けたマーシアの力場に、最早これを防ぐだけの対抗力は無い。


 荒れ狂う死の光源。そこへ向けて跳ぶエミリア。

 その口元に浮かんだ笑みは、蛇が笑うかの様であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 その時、空は白く染まった。

 天空を揺るがす轟音がハルプロム城市にまで達する。


 体中を打ち抜かれた様な衝撃が大気を振るわせ、その圧力を受けた誰もが北東の空を見上げる。

 そこには、まるで太陽が落ちてきたかのような輝きがあった。


 続いて現れた有り得ぬ光景を見た地上の誰もが、その日のことを死ぬまで決して忘れなかった。


 天を覆う程の巨大な爆煙。


 それは空を……、空そのものを燃やしていたのだ。






「コペルさん。マーシアは何処だ!

 あいつ、DASメットを投げ捨てたらしい。位置情報がまるで送られて来ない!」


 観測班の髙良と早瀬からマーシアを見失ったとの報告を受けて、巧はコペルに通信を繋いだが、彼を捕まえるには数分を要した。

 北東の空に二度目の閃光が走った後、全域に渡って通信が阻害されていたのだ。


 また、ようやく回復した通信網を使うにせよ、指揮官である巧にとっては部隊の安全確認こそが最優先である。

 身内であるマーシアの位置確認は最後に廻されたのだ。


 返事に変わってコペル自身が直接、目の前に現れる。

 その表情を見た時、巧の背筋は凍り付く。


「まさか……」


 北東の空を見上げ、呻く巧に対して無言の侭に頷き返すだけのコペル。

 思わずその顔面に向かって拳が跳ぶ。


 コペルの顔面を捕らえる事の出来る者など、この世界に存在しない筈である。

 だが、巧の右拳は見事にその左頬を貫く。


 吹っ飛んだ。


 岩肌がむき出しになった地面。

 そこから緩やかに起き上がろうとするコペルの胸ぐらを捕まえては、引きずり上げる。

 自分より十センチ以上は身長が低い筈の巧の腕。

 だが、コペルは特にそれに逆らわない。


「何故だ!」


「すまない……」


「本当に、マーシアを見捨てた、のか?」


「約束通りの事しか、できなかった。それに……、全ては終わった。」


「……」


「だが、身体だけは生き残っただろう」


 呆然としていた巧の目が、最後の言葉で見開かされる。


「なら!」


「もう遅いんだ」


 コペルの言葉はまるで要領を得ない。

 生きている。しかし、手遅れだ。

 さっぱり意味が分からない。


 いや、ひとつだけ分かっている事がある。言葉を尽くす時間は終わったという事だ。


 ならば、巧が成すべき事は唯ひとつ。急ぎオーファンに飛び乗る。

 メインエンジンのファンブレードの回転音が響き渡る。

 高圧推進剤の注入直後、轟音と共に機体は上昇した。





ご無沙汰いたしております。

現状について、また今後の更新ペース予定については明日以降の活動報告に記したいと思っています。


先だって『みにら様』より過分なお褒めの言葉を頂き、また、多くの皆様に読み進めて貰いながらも、この様に更新が遅れていることを深くお詫びいたします。

今後の展開から終焉に関して細部で迷う部分はありますが、話を畳む部分に関しては決して未定ではありません。

よって作者側としては完結に不安は持っていません。

体調も少しずつ戻りつつあります。

もし、未だお見捨てでなければ、今後ともお付き合い下されば幸いです。


お読み下さった皆様、今回も本当にありがとう御座いました。

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