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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
215/222

213:殺戮の設計者たち

 二機のF-3Dの突入により魔術師隊を失った事で動きを止めた東部城壁の鉄巨人は、AH(コブラ)によって粉砕され、ベセラの本陣は丘の麓まで大きく後退を余儀なくされた。


 只一度の敵の突入は、ベセラ本軍に再編成が必要なほどの被害を与えていたのである。


 また、それによって攻勢に出ていた南壁側のベセラ軍も当然ながら一時は浮き足だった。

 だが、本陣が失われては居ない事。また、その後に大きな再攻撃も見られないとなると、数名の連絡将校を出した後、最大目標の南壁攻略は続けられていく。

 総司令官が無事である以上、作戦に変更は無い。

 一方、守備側である巧と小西は城壁内に一時撤退し、敵の再攻勢に備えて補給を進める。

 双方が次の一手に向けての動きを進めていた。




 その頃、横田、岩国コンビは上空で少しばかり戸惑っていた。


『センサーでは大凡(おおよそ)の地質しか掴めませんね。

 実際に地面に降りて弱い地盤を捜せりゃ苦労も無いんでしょうが……』


 岩国の言う通りである。

 いかに高性能爆薬を満載した対艦ミサイル(ASM-3)とは云え、自然のつくり上げた堤防を一撃で破壊できるかどうかは賭だ。

 勿論、時間を取って地道に地形と地質を調べ上げ、効果的なポイントを捜し出して爆薬を仕掛ける事が出来るなら、堤防を決壊させることは容易いだろう。

 しかし、巧がこの作戦に辿り着いた時、ハルプロムは既に包囲されており、調査を行うどころではなかった。

 よって、爆撃隊は爆撃直前に自前でポイントを捜すことを余儀なくされていたのである。


 探査弾を撃ち込んだ事で返ってきた音響反応を見るに、候補となる地点は数カ所ある。

 しかし、一点突破でなくては分厚い自然堤防の破壊は難しい。

 本命であるB-2Bが後方に控えているとは云え、間違ったポイントに幾ら打ち込んでも効果は薄いだろう。


 探査の失敗は許されない。


「ロッソ准尉。爆撃ポイントの候補地点は四ヶ所に絞られたが、決定打が欲しい。

 いけるかな?」

 横田の言葉に頷くロッソ。

「とにかく四ヶ所全ての上空を出来る限り低空、低速で飛んで下さい」

「OK!」


 念を凝らして、地上に目を向ける。

 ロッソの能力のひとつに、『元素構成の分析』がある。

 物質がどの様な成り立ちから組み上がっているのか。

 またどの様な効果を持って相互の反応を起こすか、を他の魔術師以上に正確に捕らえる事ができるのだ。

 彼は、この希有な能力を伸ばすことで魔術師からカレルの地位にも繋がる高等魔術師への昇格を狙っている。


 その意味でも力の見せ所とも言えるが、今、心にあるのはそれだけでは無い。


 建国以来、数えるほどにしか国外に兵を出すことの無かったフェリシア。

 しかも、最後に兵が国境を越えたと言われるのは、ロッソ達が生まれる数百年前である。

 だが、その国是は遂に破られた。

 それが一年前の『山岳民救出作戦』であった。


 いきなり現れた異世界人を指揮官とする事に戸惑いがあったのは事実だ。

 だが、ヴェレーネ・アルメット殿下の言葉に嫌も応も無い。

 何ら考えることなく、任務をこなすことのみに目を向けた旅であった。


 いや、そうであるはずであった。


 自らの危険は承知の上であった。

 敵兵との闘いも覚悟していた。

 いざとなれば証拠隠滅のための自決すらも……。


 だが、現実はそれを上回った。


『三百名を一方的に殺戮する』


 如何に道義があろうとも、許される事なのかと悩んだ。

 自分達を率いる人物は、恐るべき指揮官だと畏怖しもした。


 しかし、それすらも間違っていた。

 柊巧という男が彼らの責を全て其の肩に背負ったことに気付いたのは、自分の地位が上がるに連れてだ。

 

『決断』


 このひとつに敵と味方、双方の命が掛かってくる。

 そのプレッシャーに耐えて、彼は任務を全うしたのだ。

 そして自分はその中にいた。

 今では誇らしくあるが、同時にそれに気付かなかった当時の自分を不甲斐なくも思う。


 今だ。

 今こそ、責を果たし『決断』するのだ。


 念を凝らし、候補地点を捜査(スキャン)する。


 如何に低速に押さえられているとは云え、流石に時速は三百キロを超える。

 上空通過は一瞬と言っても良い。


 とは云え、南城壁防衛戦の崩壊は目前に迫っているのだ。時間に余裕など無い。

「すいません。第四候補点をもう一度!」

 やや苛つきを交えた声で横田に旋回を請う。


『分かった。岩国、後方援護を頼むぞ!』

『了解、ですが……。まさか、あれ、やりますか?』

『おお、よ!』

 二人の会話に首を傾げるロッソだが、その意味はすぐに分かる。


 大きく息を吸い込んで、再び大きく吐き出した横田は叫ぶように操作手順を読み上げた。

『ギア・ダウン。上昇角三十五。フルフラップ! パドルアンダー!』


 怒鳴り声と共にF-3Dの速度は極端に落ちた。

 頭を上にしたまま、今や墜落寸前である。

 時速は二百キロに届いていない超鈍足飛行とでも言うべきものだ。


 横田はランディングギアを降ろした上でフラップを最大に効かせることで最低飛行速度を確保したのだ。

 フレキシブルに稼働するベクターノズル装備のF―3Dとは云え、こうなると神業の部類である。


『空中で……、止まって、やがる……』

 無線から岩国の呆れ声が(かす)かに聞こえる。

 実際に止まっている訳では無いのだが、最低でも四百キロ以下の速度で飛ぶことなど皆無である戦闘機乗りにとって、横田の航空機動(マニューバ)はそうとしか見えないのだ。



『後、三秒が限界だぞ。ロッソ准尉!』

 横田が呻いた直後、ロッソが叫び声を上げる。

「……確認! 確認です! 目標地点が決まりました!」

『ぅおしゃ! ノズル水平! 推力最大!』


 ドーン!


 地上の兵士達の鼓膜を破るかの様な爆音と共に、一気に加速する横田機。

 僅か十二秒で高度四千メートルにまで達する。


『ふぃ~……。少しだけだが、もしかして落っこちるかも、なんて思ったわ』

「す、すいません。無理言っちゃって」

『無理? 何言ってんだ? おりゃあ無茶はするが無理はしないぜ』

 横田の返答に思わず首を傾げるロッソである。

「それ、同じじゃないんですか?」

 戸惑うロッソの問いに答えたのは、追いついてきた岩国であった。

『違うな。“無茶”ってのは、あくまで“端から見て”の危険行為だ。他人からどんなに危険に見えても、本人にその力量と成功の確信があれば、それは“無理”じゃ無い』

『その通り。無茶は構わん。だが無理はいかん。

 そいつは自分の力量を考えずに突っ走る事だからな。これは必ず事故に繋がる』

「なるほど、勉強になりました」


『さて、調査(サーベイス)の時間は終わりだ』

「いよいよ実戦開始(アクション)ですね」

『そう云う事』


 二機は機首を返すと、一気に爆撃コースに向かう。

 眼下の城壁には攻城側と防衛側の死闘が続き、見えぬ血飛沫と怒声を空までも届かせるかの様に黒煙が途切れない。


 この一瞬にどれだけの命が失われているのだろうか。

 そして十数分後には……。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 同時刻、ハルプロム検問所。


「これは、一体?」

 検問所防衛司令の問い掛けに、分隊指揮官の辻村はニヤリと笑みを返す。

「作戦成功後は、こいつが我々の足となります」


「はて? 私には『箱』にしか見えませんが?」


 そう、彼らの目の前に二メートル四方の『箱』が四つ。

 先程、上空を通過したB-2Bからパラシュート投下(ヴァートレップ)されたものである。

 それを裏拳でコツコツと叩きながら、辻村は唇の片端を上げる事を止めない。

「まあ、すぐに正体は分かります。

 それより、弓兵二十名ずつの四隊。お借りする準備は出来ましたでしょうか?」

「は、編制だけでしたら既に終わっております。

 しかし、幾ら『鳥使い』辻村殿のお言葉と致しましても、今、この場を離れさせる事は不可能ですぞ。

 防衛線に穴が開いてしまいます」


 守備隊長の言葉が終わらぬ内に攻撃側から放たれた数発の火炎弾がふたりの頭上を越えて後方へと飛び去って行く。

 希にだが、風に乗った火炎弾やバリスタ・アローが大きく飛距離を稼ぐ事が有るのだ。


 予測着弾点に設置された土嚢がほとんどの衝撃を受け止めてはいるが、やはり被害が皆無とはいかず、助けを求める防衛兵の声が飛び交い、次いでは肉の焼ける匂いが漂って来る。


 ハルプロム城市南壁に同じく、ここもまた最前線であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 二機のF-3D最初に放った四発のASMは加速が不十分であった事からか、思いの外、効果を上げきれなかった。

 だがそれでも、横田の目には自分達の行った行為の結果が明確に見えた。


 ロッソの見立ては見事に当たった。

 今や堤防の地盤が大きく揺らいでいる事は上空に居る誰の目にも明らかだ。

 放置すれば数日の大雨で軽々と決壊するだろう。


 いや、それでは駄目なのだ。

 直ぐさま、残る堤防部分を完全に破壊しなくてはならない。


『本隊の爆撃を要請する』

 声に出してB-2Bへ通信を繋ごうとした横田だが、一瞬躊躇する。


 眼下には少なくとも一万は下らない兵士が河を背にしてひしめき合う光景が広がっていた。

 攻城に必死な彼らは、自らの後方の河が爆撃された事に気付いても、それが何を意味するかには、全く気付いていないのだ。

 挙げ句、東からは現在の攻城兵に同じ程の数の兵士の群まで見える。

 どうやら増援が南部城壁への攻城に参加するため、進軍を始めた様だ。


 機首を巡らせると、更にその後方にまでも蟻のような人間の群、群、群。


 ベセラ軍二十万のみならず、東部から流れてきた十六万の兵士までもが渾然と平野部に展開しているのだ。

 総計すれば三十万を軽く超える人命……。


 その全ての命運が、横田の通信ひとつに掛かっていた。

“ふっ”と息を吐いて、思わず呟く。

「まったく、柊よ。お前を恨んだ事を振り切る為に此処に来た筈なのに、これじゃあ、また恨みたくなっちまうぜ」


 その横田の耳に岩国の声が静かに入り込んできた。

『先輩。まさか、それ、本気で言ってるんですか?』

 オンマイクになっていた事に今更気付いて慌てる横田だが、直ぐさま冷静さを取り戻した。

「それこそ、まさか、だろ。今度は自分の役割を“知っていてやる”んだ。

 唯なぁ、やっぱり人間なんだ。少しぐらいは泣き言も言わせてくれや」


 暫しの沈黙の後、再び岩国の声が返る。

『なんなら俺が要請しても良いんですが?』


 奥歯に物が挟まった様な口調というものを久々に聞いた気がする横田だが、これには本気で腹を立てた。

「馬鹿言え! この先行隊の隊長は俺だ!」


『……横田先任中尉、まずは無礼をお詫びします。

 また、これより横田中尉に最終支援通信を依頼します。以上!』


「了解だ!」


 言葉を交わす両中尉の瞳は、重なるように同じ色を灯した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 鉄巨人の対抗力場が無効化された事を知った巧は、G・E・Hを吹かすと直ぐさま丘へと戻る。


 キャンプ到着後の整備班の動きは実に素早く、オーファンはレーザーガンを再装備すると、その場からなぎ払うようにして城壁に向かう敵を足止めしていく。

 連続して六発しか撃てない高圧電池ではあるが、流石の二百キロワットエネルギーは十二キロの距離を物ともせずに、攻城戦の開始時と同じに鉄巨人を次々に撃破していく。


 対抗力場の途切れた鉄巨人など、三秒以上の正確な照射が可能ならゴミも同然である。



「そのままだ。丘に上がる敵は少ないほど良い」

 巧が無用な言葉を発しているのは、多分焦りからだろう。

 だが、狙いは正確であり、前進する部隊を慎重に選択してはひとつひとつ叩きつぶしていく。


 オーファンの砲撃で得た時間で補給を済ませたAH-2Sが、再び城壁上空の竜を押さえに掛かると、東壁側ベセラ軍の足は完全に止まった。


『司令、足止め完了です。ところで空軍はどうしてますかねぇ?

 早いとこ“決めて”もらいたいものですね』

 余裕を取り戻した小西の声が巧のインカムに響いて来る。


 と、その時だ。


 かすかに、だが確かに、キャンプの誰もが地面の揺れを感じた。

 山の中腹まで響く地面の震動。

 一人の兵士は誰もが持った疑問を自然と口にする。

「じ、地震……、ですか?」


 だが、巧はすぐにそれを打ち消した。

「いや、違うな」


 空を見上げる。

 いつの間にか巧達の後方上空には尾を引くように六つの雲が城壁に向かって流れる。

 地上からでも感じ取れる凄まじい速度は、一切の衰えを見せず、ぐんぐんと地上へと向かって突き進む。


「来たか……」

 これこそが、巧が待ちわびた最後の一手。


 ASM―3


 B-2Bから発射され、最高速マッハ5を誇る六発の対艦ミサイルは、魚群の様にひとかたまりとなってハルプロム城市の南方へと消え去る。


 数秒後。


 遠く爆発音が響くと、次第にそれをも掻き消すほどの凄まじい地響きが山腹まで響いて来た。

 遠く、遠く、海鳴りのような地響きは次第にその正体を現す。


 土砂を交えた水の地獄は、奔流となって大地の全てを洗い流して行く。

 凶暴な東洋の神竜が長躯を捻らせて暴れ廻る時は、この様な光景が現れるものなのだろうか?


 丘の上に建つハルプロム城壁の中程までに達する水流。

 一時は巧ですらもが、計算を誤ったが為に本来守るはずの城市まで水没するのではないか、と焦りを覚える程の濁流が地上に立つもの全てを押し流していく。


 確かに上がったであろう幾万の悲鳴と叫びは決して山腹まで届くことは無く、水竜の咆哮の前の霧の如くに掻き消されていった。


 まさに今、チャー河の堤防は決壊したのだ。





サブタイトルは、『進化の設計者』(林譲治)から改変させてもらいました。

前回よりは間を開けずに済みましたが、まだまだですね。

頑張ります。

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