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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
214/222

212:水辺を目指す鳥

 シエネを飛び立ち、シルガラ上空でヴェレーネによって転移された爆撃班は三機で構成された強襲爆撃隊である。


 内訳は、まず主要爆撃機として配備された『B-2B』が一機。

 これは旧隊において配備されたC-2輸送機を対艦爆撃能力方向に再設計かつグレードアップしたものであり、爆撃積載総量は機体内部の爆弾槽(ウェポン・ベイ)も合わせると脅威の三十五トンにまで迫る。


 また、その護衛機兼対地爆撃機(ガード&アタッカー)としてF-3Dが爆撃換装を(ほどこ)され、主力であるB-2Bの脇を固めた。


 かつてランセ(碧)と名付けた竜を従えてシナンガルからフェリシアへと亡命した少女、カレシュ・アミアン

 その彼女は今、B-2B内部に特設された魔法通信席に座を持って水晶球に念を送り込んでいる。


「此方は混成旅団航空隊、第一爆撃班、通信魔術師カレシュ・アミアン。

 地上部隊、地上部隊、聞こえますか?!」


「アミアン兵長、反応は?」

 問われて振り向くと、無線室入り口のアッパーピラーを掴んだまま身を屈めた航空指令が彼女の手元をのぞき込んでくる。

「五十嵐指令。私の能力で本当に届くものなのでしょうか?」

「いや、そんな事を俺に言われても分からんよ」

 首を傾げて返事を返す五十嵐一の言葉にカレシュは面食らってしまう。

「は!? で、では何故この様な重要な任務を私に?」

「まあ、大佐の指示だからだな。これには従う以外の選択肢は無いさ。

 それに君が乗り込むことでやる気の出る奴は多いから、こっちとしても別段不満はないな」

 久々の空に上機嫌の五十嵐が豪快に笑うと、今回カレシュの同僚となった通信員のみならず、操縦士のふたりまでもが大きく頷いて破顔する。


「皆さん……。からかわないで下さい」

「いやいや、敵地に跳び込んで初の作戦だ。こういう時の戦意ってのは結構重要なものなんだぜ」

 カレシュと五十嵐の会話に併せて操縦席のふたりは、それぞれに軽口をたたき始める。

「そうそう、司令の言う通り!」

「それにね、万が一の際を考えると、通信魔術師と護衛機の息が合ってるってのは、やっぱり心強いよ」

「あと、酷い言い方をするならカレシュちゃんは“人質”だな。

 君がこの機に乗っている以上、奴は死んでもこの機を守るだろうし、ね」


 そう言って副操縦士の新村が窓の外を指す。

 B-2Bの特徴である特大フロントウィンドウからは、爆装したままのF-3Dが速度を抑えつつ、ゆっくりと翼をふって近寄るのが見えた。


 その機体を目にした五十嵐の表情に悪戯っぽい笑みが浮かぶと、次いではその笑みが示す邪気を行動に移す。

 インカムを口元に引き寄せると唐突に怒鳴った。

「おい、岩国中尉! 貴様の『女房』は預かった。彼女の安全を保証したいなら、本機をしっかりと守れよ!」


 五十嵐の言葉に機内はドッと沸き、カレシュの頬は真っ赤になる。

 多分、あのF-3Dの前席でも同じ様になっている『旦那』がいるかと思うと、誰もが可笑しさを押さえられない。

 加えるなら、少しばかりだが本当にやっかんでいる者も居ないでも無い。

 フェリシア国内に限るとは云え、岩国孝司はこれだけの美少女と合法的に夫婦となろうとしているのだから。


「もう! 五十嵐司令も皆さんも、いい加減にしてください!

 予定空域まで来て地上部隊からの反応が無い事に不安は無いんですか!」

 遂には怒鳴るほどに声を張り上げるカレシュだが、五十嵐を始め誰もが笑いを納める気配は無い。


 これは彼らが無駄な緊張を持ち合わせて居ない事を表す。

 これ程頼もしいことはない、とばかりに当の指揮官も飄々たるものだ。

「ま、そう言うな。後数分もすれば戦場は視界に入る。そうなれば嫌でも緊張するさ」

 両手を肩の高さまで一度上げて軽くおどけると、五十嵐は後方に設置されたTACCO(戦術航空指揮)ルームへと消えた。


 その背中を見送りながらカレシュは無意識に胸元のペンダントを自分の指が弄んでいることに気付く。

 やはり不安を取り除くことは出来ていない、と思う。


 黃水晶(シトリン)と魔石を組み合わせたペンダントは魔力増幅器であるが、今までフェリシア国内で使用されていた魔法具とは大きく異なる。

 これは七月から始まったシムラス駆除と同時にポルカの若い商人セリオ・チャンドラーが中心となって、新たに開発された新型機器のひとつだ。


 設計は元トガ砦の十人長であったトリエ・ルニッツ。


 彼らはボン・ヒロタこと広田修身を中心とするチームによって様々な地域を巡り、魔法力を開放したことのない人類種にも扱える魔力増幅器の開発を急いだ。

 結果、調査終了後の僅かひと月で基礎的な設計を成し遂げると、試作品の実験対象者を軍に求めたのである。


 被験者数名の中に選ばれた一人は、過去に充分な魔力の発動があったにも関わらず、現在、その力を失っていたカレシュであった。

 全く魔法に馴染んだことのない人間より、過去に魔法を使いこなしていた人物から始める事も、その弊害を見極めるに役立つと期待されている。


「カレシュに危険な事はさせたくないね」

 と、岩国は反対したが、魔法を忌み嫌っていた筈のカレシュ自身が、フェリシアのために役に立ちたくとも何も出来ない“今の自分”に苛立っていた事もあり、

「私で良ければ」

 と快諾。


 こうして魔法発動力の一部を取り戻した彼女は、現在B-2Bの通信席に腰を据えていると云う訳である。


 因みに彼女の所属がゴース城市防衛隊から空軍へと配属が移った理由に、“カレシュもいい加減、岩国の側に居たいでしょうから”と云うアルスの心遣いは無視できない。

 心の中でアルスに何度目かの礼を述べ、同時に未だ会ったことのない柊巧という人物に思いを馳せるカレシュ。


 岩国から何度か“彼”の話は聞いている。

 また、過去にほのかな恋心を抱いていたレンの戦死についても吹っ切ったつもりだ。

 だが、本当に彼を前に自分は冷静で居られるだろうか。

 何度目かの問い掛けに、やはり答は出ない。


 機体が降下を始めた事を感じて窓に目を向ける。

 次第に雲が途切れていく。


 最後の雲間を抜けると遂に地上に広がる光景が単なる色分けではなく、明瞭な輪郭を持って捕らえられる様になった。

 高度は三千メートルを切った。


 かつての故国に戻った事を感じるが、不思議と感慨はない。

 どうやら自分は根っ子からフェリシア人になってしまった様だ、とおかしみと安堵を同時に覚えて微笑んだ。


 笑みが収まるにつれ、ホッと息を吐きだしていくカレシュ。

 その時、通信卓に固定された水晶球(スパエラ)がまずは淡く、次いではっきりと輝いた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「来たか!」


 待ちわびた本命の登場に、巧の声の熱量は今までになく高い。

 今回の作戦の発動は今まで以上の大量虐殺を意味する。

 だが、この男にとって軍人の死というものは、実は敵味方に関わらず必然ならばそこに感情を挟むことを無視できてしまう。


 時に後悔に苦しむことがあるにせよ、だ。


 一見しては危険な感性に思えるが、哲学者ハンナ・アーレントによれば、これは『自分の責務を果たさない以上の後悔には成り得ない』と云う、ごく普通の人間の持つ職務意識に過ぎないのだ、とか。

 つまり人は誰しもがその領域に足を踏み入れる事が出来る。

 また軍では教育によってその傾向は特に強まり、感情を排除して合理性のみに身を委ねる能力を得る事は実に容易くなる。


 巧の二つ名である『殺人者(リパー)

 これは彼が兵士としての原罪を映し出す鏡と成り得ているからこそ名付けられたに過ぎず、その他多数の軍人は、その鏡に覆いを被せて生きているだけなのかもしれない。



 さて、ハルプロムを攻めるベセラ軍の総数は二十万。

 シナンガル中部から東部にかけて魔獣が跋扈する今、よくぞこれだけの数を揃えたものである。


 遠隔地への航空補給能力を持つ『大型竜』(ドラクール)の大多数は、未だ北部の到達不能山脈のそのまた北側で帰還兵達への補給任務に当たっており、本来なら高速輸送力は大きく削がれている筈だ。


 補給の不利を物ともせず、如何(いか)に国内とは云え、わずか一月間でこれだけの大軍を東西に動かすことが出来るシナンガルの底力は、やはり『恐るべき』としか言いようが無い。

 この国力を無視して局地戦の勝利を喜ぶ訳には行かない。

 長期にわたる絶対的な防衛線の構築が必要なのだ。


 では、具体的にどうすべきか?


 答は、大軍がハルプロムを包囲するに当たって、陸上装備のみならず水上装備も同時に持たなくてはならない状況をつくり上げると同時に、陸軍国であるシナンガルに徹底的に不利な状況を自由に生み出す事が出来るなら、この地の防衛体制は成立する。


 以上を前提として、巧が目を付けた防衛体制構築の要。

 それはハルプロムの南を流れる河にあった。


 ハルプロム城市南部を西から東に向けて流れるチャー河はシナンガル内部でも大河と呼べる規模の河である。

 そしてまた、大河の多分に漏れぬ『天井川』(てんじょうがわ)でもあった。


『天井川』とは、川底が河の周囲の平地より高い位置にある河である。

 大河は上流から土砂を運び、それらは川岸に積もって両岸の堤防を高める以上に川底を高め、突発的な氾濫の危険を大きくする。

 地球でも古代に於いて、天井川であるナイル川が春先になると上流のキリマンジャロからの雪解け水によって増水し、氾濫を繰り返した事が良く知られている。


 この天井河と周囲の地形特性を利用して巧が狙っているのは、地球の戦史に名高い大陸国民党軍の悪行である『黄河決壊事件』の再現であった。


 その蒋介石率いる国民党軍は“事変”開始直後から旧軍の反撃攻勢に怯え、一気に南方への撤退を進めていく。

 その撤退中の一九三八年六月六日、国民党軍は黄河の南に位置する河南省で堤防を爆破。

 五万四千平方キロの領域、十一都市、四千村を水没させ、追撃する旧陸軍の足を止めることに成功する。

 だが、この行為により人的被害だけでも水死者百万人、被災者六百万人が発生。

 農作物にも多大な被害をもたらし、後に一千万が死亡する飢餓の原因ともなった。


 追撃を諦めた旧陸軍は人命救助を優先させたが、蒋介石はこれを旧軍の犯行として世界に宣伝。

 とは言え、さすがに自軍の進軍を遅らせる作戦に納得する者などある筈もなく、この宣伝工作は失敗に終わる。

 但し、欧米各国はこの暴挙に対して一言の非難声明も出さなかった事も事実であった。


 当時、大陸は欧米の草刈り場であり、そこにくさびを打ち込んだ事で結果的にだが大陸の植民地化の進行を防ぐ事となった巧達の国への好意的な反応など、当然だが列強各国からは期待できなかったのである。

 わずかにロンドン・タイムスだけがジャーナリズムの良心を示し、蒋介石の主張を虚偽と断じた事で、フランス、スペインの小さな新聞社が後に続いたのみであった。



 歴史を振り返るのは此処までにする。

 問題は、今だ。


 ハルプロム周辺に近郊都市や大規模な農村は存在しない。

 僅かな数の周辺農民は全て城市に収容済みだ。

 これが巧に作戦の実行を決意させた。

 無論、この作戦を実施した場合、今後数年に渡って地形は大きく変わる。

 下手をすれば、交通の要所であるハルプロムの価値すら減ずる事になりかねない。


 しかし、それも織り込み済みである。


 今後のハルプロムは、交通の要所である以上に要害となる事が優先される。

 いざとなれば河川輸送と云う方法も残される為、輸送拠点としての価値も維持は可能だ。

 また何と言っても、北西四十キロに位置するハルプロム検問所の存在が大きかった。

 此処こそが天然のダムとなってハルプロムで起きる水害の北上を留める上に、この先からの陸路は確保される。

 つまり今後、ハルプロムは水上要塞として生まれ変わる。


 但し、それには二十万の敵兵の命を代償として支払う必要があった。


 水晶球に向けて巧は声を張る。

「爆撃隊、聞こえるか! 此方は先遣隊隊長、柊巧少尉」


『聞こえます。どうぞ』

 先の通信から声の主がカレシュ・アミアンである事は知ったが、今はその感情を殺して返信を優先させる。


「現在、部隊は三班に分かれて防衛戦闘を実行中だ。

 残念な事だが、城壁東側での戦闘にやや手間取っている。

 よって、アタッカーによるCAS(近接支援爆撃)を求める。これによりヘリ部隊とASは一時的に撤退する。

 その後、作戦の発動を願いたい。滞空可能時間を送ってくれ!」


 返事は別の方から直接届いた。

『お~っし、任せろ! “跳ばされて”来たお陰で燃料は余裕だらけだ。

 最大速度でも七~八時間は楽に飛んでられるわなぁ』

『ようやっと出番ですね』


「少佐! それに岩国中尉!」

 驚きを隠せない巧に、更に別の声まで被さってくる。

『おいおい、俺もいるんだ。無視しないでくれ」

「横田中尉まで!」


 暫し呆然となる巧。

 ヴェレーネは何を考えているのだ。この作戦に彼らを参加させるとは……。


『なあ、柊。お前、“何故、俺たちなのか?”って思ってないか?』

 ドキリとする。

 見透かされた事に慌て、指先で冷や汗をぬぐう巧に向け、五十嵐は変わらずの軽口を叩くように答えていく。


『あのなぁ。お前、“先の件”で俺たちが荒れてたのを知って気遣ってくれるんだろうが、それこそ無用の心配って奴だ。

 こりゃ、俺たちからの志願なんだからな』


「志願……、ですか?」

 そう尋ねる巧に向けて出来るだけ軽く話を済まそうとする五十嵐だが、反するかのように口調も重く横田が割り込んで来る。

『妙な言い方になるが、まあ、“(みそ)ぎ”なのかなぁ……』

「どういう事でしょう?」

『要するに俺たちは甘ちゃんだったって事さ』

「?」

『誤魔化しながらここまで来たんだが、この作戦を聞いたからには避ける訳にはいかないだろうって思った。まあ、とにかく“そう云う”こった』


 此処まで来ると、五十嵐までもが神妙な口調となる。

『まさか、こいつらまで同じ考えだったとは思わなかったんで驚いたが、な』



『武装難民襲撃事件』に於いて、彼ら三名を含む『旧シャッテン・ナンバーズ』は過酷とも言える制圧作戦に駆り出された。

 その中で負ったトラウマを払うために、巧に怒りをぶつけたことが未だ(おり)のように彼らの中にわだかまっていたのだ。

 勿論、その事は巧が二兵研に出向する以前に彼らの中で一応の終わりを告げ、巧自身が彼らに辛く当たられたことなど無い。


 いや、それどころか巧の方こそがヴェレーネとの会話の中で彼らの体験した事実に気づかされ、五十嵐達古参組に対して引け目すら持っている。

 だからこそ今回の作戦に於いては、航空司令である五十嵐はまだしも横田・岩国のコンビを作戦から外すようにすら進言していたのだ。


 だが、彼らはやって来た。

 司令室に詰めているのが当然である筈の五十嵐を筆頭に、まるで過去の様々なもつれを断ち切るかの様に……。


 事実、彼らは過去の自分と決別しに来たのだ。

 兵士としての覚悟もなく機体を操る『技』のみに酔っていた自分を『兵士』へと変えるために。


『と言う訳で今更だが、ここは納得してくれよ。柊』

 五十嵐のなだめる様な、或いはからかう様な声が響く。

 それに引きずられてか、“クスッ”と笑ってしまった巧も、当然の様に軽口を返してしまう。

「納得も何も、ここまで来て“チェンジ”って訳にもいかないでしょう?

 嫌な仕事ですが、お願いします」

『実際の処“任せろ!”等とは言いにくいが、まあ、それでも”任せろ!”』

「はい……」

『それより、救援までしばらく間がある。死ぬなよ』

「それこそ、任せて下さい」


 レシーバーを幾種類かの笑い声が交差していく。

 仮に、これから行われる事を知ったシナンガル兵が居るとしたなら、彼らをこそ『悪魔』と断じるだろう。

 また、この声を聞く者があれば“これこそ悪鬼の語らいだ!”と怨嗟の声が上がるのかも知れない。


 だが、悪魔には悪魔なりの友誼が存在するのだ。


 何処(いずこ)の陣営に於いても、それは変わらない。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 右手をDASメット表示時計(クロノグラフ)の調整ダイヤルに置いた侭に、五十嵐は令を発する。

「総員時計合わせ! 現在時刻を十五時十三分とする。

 十秒前……五,四,三,二,一,定時」

「定時確認良し!」

「定時確認良し!」


 機内の各部署、或いは僚機から時計を一致させた事を示すコールが返る。

 次いで、秒を待たずして通信席のカレシュに並んだ旅団通信員、利根伍長の声が全員のレシーバーに響いた。

「地上部隊とも同調完了を確認しました。作戦開始可能です」


「良し。十五時三十分を持って『コード、ミルキーウェイ』を発動する」

「「了解!」」


 ミルキーウェイ。


 意味する処、これ即ち『銀河』である。

 これは黄河決壊事件を引き起こした蒋介石が属するカン族の「カン」が意味する言葉でもある。

 この世界で発動する作戦に地球式コードが必要とも思えない。

 だが、古来より作戦名とは皮肉めいた命名が好まれ、それが士気に大きく影響するものなのだ。


「まったく、皮肉これに極まれり、だな」

「しかし、なかなかのネーミングでは無いでしょうか」

 五十嵐のぼやきとも苦笑ともつかぬ呟きに、未だ年若い利根は陽気に言葉を返す。

 二十歳(はたち)を超えたばかりで娑婆(しゃば)(一般社会)の同世代に比べれば、ずいぶんと鍛えられているとはいえ、やはりそこは大人と子どもの境目である。

『カン』という言葉に「銀河」の意味があると知って“不愉快だ!”と感じたからこそ、何もかもを押し流す、この作戦の皮肉さに心躍るものがあるのだ。


 どうやら人員選抜を誤った様だ、と気づいた五十嵐だが、今更である。

 作戦終了後、現実を見る利根が“どう持ちこたえるか”

 それは全てが終わってからの話だ。


 今は彼を切り離す事に決めた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「お、おい! 鳥ども、やけに景気よく火箭を打ち込んで来た様に感じるが?」

「はっ! 警戒が必要か、と……」


 十五時三十分、いきなりの猛攻にベセラ、ロイドは共に焦りを覚える。

 今まで『鳥』たちは翼につり下げた火箭が品切れとなる事を恐れてか、二羽のみが突出し、残る一羽は常に後方で前方を援護する様に羽ばたいていた。


 しかし、ここに来て本陣を取り囲むかの様に各羽は三方に広がると矢鱈滅多(やたらめった)と、本陣を責め立て始めたのだ。

 上空の護衛竜を振り切って位置を変えては、あの連弾の礫を叩き付けてくる。

 鳥が通り過ぎるたびに地面は炸裂し、一瞬にして数十人単位での死者が生み出される。

 だが、鳥の狙う本陣は力場に守られ傷一つ付かぬまま、ベセラ達は健在だ。


 今、ハルプロム城壁側は攻勢の時では無い。


 地上の鉄巨人を押さえる事を考えたなら、守備を固めてベセラ軍の攻撃限界点が訪れるのを待つべきなのだ。

 永遠に続く攻撃など無い。

 だからこそ反撃は的確なタイミングを計るべきである。


 つまり、今行われている攻撃は威力こそ凄まじいが、全く無駄な逆檄としか言いようが無い。


 事実、鳥たちが城壁前を開けたため、さすがの白い巨人も鉄巨人の数に押されてしまい自分を守るのに精一杯である。

 このままでは両翼数体の鉄巨人は、七~八分もあれば城壁に取り付いてしまうだろう。

 鉄巨人の動きが鈍った事もあって、流石に一撃で破壊できる城壁ではあるまいが、取り付いた後の十数分もあれば、いずれかに突入口を穿つことは間違いない。


「まったく、たまったものではありませんなぁ。

 原因も分からぬ侭に鉄巨人の動きが鈍ったと言うのに、依りに依ってこの猛攻とは!」

 嘆くロイドとは対象的に、ベセラは唇を“ペロリ”と舐めると、そのままに片端を引き上げる。

「いや、こいつはもしやすると、以外に奴らの終わりが近いのかも知れんぞ」

「と、申しますと……?」

「どうやら、奴ら、我々の圧力に負けて賭に出たと見るべきだな」

「賭、ですか?」

「うむ、奴らが我が本陣を潰すのが早いか、或いは鉄巨人が奴らの城壁に穴を開けるのが早いかの勝負に出た、という訳だ」

 いよいよ笑みが明確になるベセラを見つめて、ロイドの目までもが輝く。

「ならば、若……」

「ああ、我々の勝ちだ!」


 甲高いふたつの笑い声が、本陣天幕を叩く。

 互いに自制を求め合う彼らの頬の紅潮は誰の目にも明らか過ぎる程だ。


 ふたりとも、全てが終わる前に『勝った』などと口にしてはならぬと言うことは分かっているつもりだ。

 だが、感情を押さえきれなくなった彼らは、遂には腹を抱えて共に笑い出す。


 と、その時、ロイドは遠く雷鳴を聞いた気がした。

 鳥達の火箭の破裂とは明確に違った空気そのものの震え。

 不気味なまでの大気の振動を確かに感じたのだ。


 思わず空を見上げる。

 だが、上空には雲一つ無い。


「どうした?」

「い、いえ。なにやら雷雲でも立ち上ったかと思いましたが、どうやら思い過ごしだったようですな」

「雷雲? 何を言っている。空は綺麗なものよ。まるで俺の今の気分そのものだな」

 そう言って更に声を高めて笑おうとしたベセラだったが、その声が聞こえる事はなかった。


 ドドドドドッ!


「な、何だ。これは!?」

「そ、空から響いて参ります!」

「もしや、魔獣か!?」


 確かめる間もなかった。

 力場の周りの近衛兵士達数百名が上空に巻き上げられ、一気に吹き飛ばされる。

 数名は目の前で生きたまま破裂した。

 ベセラ自慢の力場すらもが大きく揺らぎ、危うく突き破られそうだ。


 一瞬の轟音が過ぎ去ると、後には北から南へと地面を抉った様な巨大な溝だけが残された。




「ははっ、危ねぇ。 もうちょっとで“音速超え”しちまうところでしたわ」

「阿呆! 反響衝撃に気を付けろ! 自分が出した衝撃波で自分が吹っ飛ぶなんぞ、洒落にもならん!」

 ベセラとロイドの頭上を通り過ぎ、兵士達を吹き飛ばした”何か”

 それは岩国孝司と横田純一、両中尉が駆る二機のF-3Dが発した衝撃波であった。

 流石に音速こそ超えてはいないものの、発生する衝撃圧は生中なものではない。

 後部座席の通信魔術師達ですら、あっけにとられた程だ。


 後席には岩国がリック・リーラ、横田はロッソ・ファディンカをそれぞれに伴っている。

 ようやく落ち着いたロッソが発した声を横田はレシーバーに拾った。

「巧さんの作戦の仕上げに間に合って良かったです」

「そういえばファディンカ准尉。貴官、この世界での柊とは随分長い付き合いだとか?」

「こう見えても命を預け合った事もありますからね。今まで出番がなかったのは大いに不満でしたよ」

「ほう! なら、思いっきりやってもらおうか」

 ニヤリと笑う横田にロッソの返事は力強かった。


「お任せを!」


 地上陣地を蹂躙した直後、四人の眼前には午後の光を反射した巨大な水面が眩しく広がっていく。

 攻撃目標となるチャー河だ。

 スコープに写る厚い堤防部分は果たして、本当に破壊可能なのか?

 威勢良く横田へと返答したものの、実際は僅かな不安が胸に広がるロッソ。


 だが、頭を振り直すと、今は自分の仕事を全うする事のみを心に決めた。





本当にご無沙汰いたしております。

未だ、本格的に再開とは行きませんが、少しずつでも進めて行きたいと思っております。

今後とも宜しくお願いいたします。

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