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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
210/222

208:惑星の王、魔獣の女王

 エミリアがベセラが陣取る東方陣地に現れたのは行き当たりばったりと言っても良かった。

 ハルプロムに到着したエミリアは、一気にマーシアの首を狙いに掛かったのだが、その側に気になる存在を見る。

 『巨人』である。


 あれの長距離砲撃は、エミリアとて厄介に感じる。

 自分の張る対抗力場でもどれだけ耐えられるか、よく分からないのだ。

 一発二発なら問題無いだろうが、それ以上となると力場構築の持続時間の問題が出て来る。


 となれば、マーシアをあの巨人の援護範囲から引き離さなくてはならない。


 そこでベセラに話を通す事にし、軍のど真ん中に降り立った。

 場所が場所だけに逆に誰もが彼女に手を出せずにいた処へ、ベセラ自らが現れ、彼女は天幕へと案内される。

 敵と言うにはどうにも憎めない人なつっこい笑顔も、ベセラの毒気を抜いてしまうのに一役買った。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「貴様が軍師殿から使わされたという話は信じてやっても良い。

 軍師殿と我々しか知らぬ事。きちんと捕らえて居るようだからな。

 だが、軍師殿は何を考えているのかな? 貴様は軍師殿に何を頼まれた?」

 ロイドの詰問口調の問いにも、エミリアは澄まし顔で言葉を返していく。


「マーシアがフェリシアに中々帰ってこないんで、痺れが切れたッス。

 あたしの理由は、そんだけッスよ。

 あと、軍師殿ってのがあたしの会った奴なら、そうなんだろうけど。

 取引が成った以上、あいつに借りはないッス。あたしの好きにやらせてもらうだけッスね」


 一つ頷いてロイドは質問を続ける。

「軍師殿はどの様な御方だったかな?」

「それ、口外するなって言われてるッス」


「分かった。ならば話を変えよう。貴様はマーシア・グラディウスに勝てるのか?」

 床几に座ったままに今度はベセラが問い掛けるが、人を食ったかのようなエミリアの返事は変わらなかった。


「知らねッス」

「はぁ?」

「だから、知らねッス。知ってたらわざわざ挑み掛かったりしないっしょ?」


 呆れるような台詞だが、道理は通っている為、端から聞いていたロイドには声が出せない。

 どちらかと言えば『まあ、そうだな』と納得するベセラの笑みに、“いつもながらの我が主人”と思うしか無く、痩せぎすの身体が更に細くなるほどに大きく息を吐く。



 エミリアは攻城戦の最中に現れた敵国の人間である。

 普通ならこの様な会話は成り立たない。

 だが、ベセラは戦闘狂(バトルフリークス)だ。つまり目の前に居る存在(エミリア)は彼の同種である。

 話は自然に進んでいった。


「で、何故我々を通した? 勝手に戦えば良いではないか?」

 この言葉はベセラの本音では無い。

 エミリアが自分達の仕事であった筈のマーシアへの囮となり、彼女を引き付けてくれるなら、これ程ありがたいことはない。

 二人が戦う内に、ベセラとロイドはハルプロムへの攻撃に専念できるのだ。


 その様な事に興味は無いのだろう。エミリアはまるで違った話を持ち出してきたが、これこそベセラに取って聞き捨てならないものであった。


「ん~、ちょっと厄介な存在が居るッス。そっちを引き付けるために鉄巨人とやらを出して欲しいッス」

「鉄巨人とマーシアを引っ張り出す事に何の関わりが?」


「その鉄巨人って奴、未だに城壁に近づけて無いっしょ?」

「ああ、今、見ての通りだな。それで?」

「何で近づけないッスか?」

「う~ん。どうも城壁にかなりの使い手が居るらしくてな。近付く側から片っ端だ。

 案外、あれこそがマーシア・グラディウスかもしれんな?」

 そう言いながら、ベセラは右手を使って爆発のジェスチャーをして見せる。


「本当に魔法で攻撃されたと思ってるんで?」

「どういう事だ?」

「一度は見たんっしょ? 鳥の火箭?」

「?」

「多分、あれも火箭(かせん)ッス」

「馬鹿な! 何も見えなかったぞ!」


 剛胆さをかなぐり捨てて素で驚くベセラ。

 それに対してエミリアの飄々(ひょうひょう)とした姿勢は変わらない。


「見えない火箭ッスね」

「そこまで行けば魔法と変わらんでは無いか!」

「ッスね。まあ、それはともかく、あたしはそれを避けたいだけッス。

 今、やり合いたいのはマーシアだけッスからね」

「マーシア・グラディウスを潰してくれるんなら、それはそれで有り難いが、我々を引っ張り込んだ挙げ句、途中で逃げ出されては適わんぞ?」

「な~に言ってるんっすか? あんた等とマーシアとはとっくに戦闘状態ッス。

 あっちになんかの考えがあってマーシアが表に出てこないだけッスよ。

 マーシアが出てきたら、どえらい被害が出るッス。先手を打って損は無いっしょ?」


 整然とした正論に返す言葉もないベセラとロイドにエミリアはだめ押しを加える。

「とにかく、さっさと戦場に変化を起こさないとヤバイっす。

 魔獣の先端はここから三日の位置に届いてるッスよ」


 この一言は効いた。

 撤退を考えるにしても丸一日の余裕は必要だ。

 となれば、攻撃可能な期日はあと二日しかないと云う事になる。


 通常、城攻めに掛かった攻撃側は、最低でもひと月は粘るものだ。

 包囲準備を含めても未だ二週間ほどしか経っていない。こうも早い撤退は無様の一言である上に、議会からの不興を買う事も免れまい。

 それ自体を心配するベセラではないが、今後、動きを押さえられ過ぎるのも困る。

 程よく無能と思われつつも、程よく使われるというバランスを得られる実績が欲しいのだ。


「う~ん……」

 暫し悩んだ姿勢を見せた二人だが、実際、疾うに腹は決まっている。


 結局はエミリアの話に乗った。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



『来ましたね』

 ずっと眠っていたかのように、布張りのロッキングチェアを占領していたコペルが立ち上がる。

 彼は山頂にキャンプを張って以来、シーアンでの言葉通りに全く戦闘に参加していない。


“何か”を待っていたのだ。


 その何か、とは何か?

 DASメットで照準を合わせているため、チューブパックのコーヒーしか飲めない巧は、コペルの持つカップを恨めしげに見つめる。

「“来た”って? シーアンで言ってた“レジーナ”とか言う奴かい?」


『はい。レジーナ候補というべきですが、今、最もそれに近い存在です』


「具体的にレジーナって何なんだい?」


『ん~、巧さんになら話しても良いでしょう。後はマーシアかな?

 いずれは助けてもらう事に成りますからね。でも、今の処は他言無用で願いますよ』


「軍人にそれを言うかな?」


『味方を救う為に、味方に秘密を持つ事があってもいいでしょ?』


 コペルの言葉に答える変わりに、巧は笑うことで“(yes)“を示すと、DASの送信を制限する。

 だが、次の瞬間には、その笑みが凍り付いた。


 コペルは事も無げに言ったのだ。

『つまり、“魔獣の女王”です』


「どういう事だ!」


『お静かに』


「……」


『ありがとう御座います』


「コペルさん。相変わらず心臓に悪い言葉をさらりと吐かないで欲しいな」


『どう言っても事実は変わりませんよ』


「そう云う問題じゃ……。まあ良い。聞かせてくれ」


『まず、バーナリオン(女王)という存在について話す必要が在ります。

 彼女は本来、この星、つまりはカグラそのものの王でもあります』


「なら、本来ならシナンガルも女王の支配下に有るって事か?」


『そうなります』


「まあ、地方が独立して名前だけの王や皇帝が生まれる事は地球でも珍しくなかったからね。

 戦乱によってバーナリオンは本来の力を削がれた、って理解して良いのかな?」


『ちょっと違いますが、そう捕らえてもらった方が有り難い』


「誤解は誤解のままに、って事か」

 そう言った巧の表情は皮肉を含んでいる。

 反面、済まなさそうな笑みを浮かべたコペルは話を続ける。


『問題のレジーナですが、バーナリオンの力を押さえるために現れる存在ですが、本来、出現を望まれたものでは有りませんでした』


「?」


『何と言いますか、機構の摂理として現れてしまう事は予測されていたが、人間が制度的に望んで生まれるべき存在では無い、と云う事です』


「そりゃ、魔獣の女王なんてものが、人間の意志でどうこうなるモノだとも思えないね」


『そろそろ、終わりましょう』

 そう言って話を切り上げようとするコペルだが、巧としてはもう一押しの情報は欲しい。

「さっぱり分からないね。レジーナが現れ、バーナリオンを押さえる事に何の意味がある?」


『バーナリオンは“カグラの王”なのです。その責任から逃げてはいけません。

 また、その力を失ってもいけません』


 それ以上を語る事は無く、マーシアを探す為に歩き出そうとするコペルを、更に食い下がった巧が引き留める。

「まってくれ、コペルさん。そいつが近付いているのは分かったが、あんた、そいつをマーシアにぶつけようって訳かい?」


「私がぶつけるのではありません。彼女達は戦う運命にある、と言っても良いのです」


「俺がそれを認めるとでも?」


 巧の目は今までに無い険しさを持ってコペルを見据える。

 普通の人間なら命の危険を感じて飛び退る程の視線だが、コペルは悲しそうに首を横に振っただけだった。


「あなたは彼女達の闘いに干渉できない」


「何故?」


「多分、手を打ってくるでしょう」


 その言葉が終わらぬ内に、観測班からDAS通信を求めるアラートが響いた。

 急ぎスイッチを入れる巧。

 報告と同時にバイザーを降ろしてカメラの倍率を上げると、それを目にして思わず呻く。


 新たに歩を進めつつある鉄巨人。その周りには薄い紫の靄が掛かっている。


「対抗力場……」


 この距離であれを張られた以上、流石のレーザーガンも無力化されてしまう。


「思いの外、切り札を早く使うことになったようだな。せめて魔獣が迫るまで待ちたかったんだが……」


 呟きつつも視線を元の位置に振る。いつの間にコペルの姿は無かった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 巧から数百メートル離れた位置で、ベセラ軍を見つめるマーシアの内部では、マリアンが『本当に困った……』との感覚を伴った問いをマーシアに投げかけてくる。


(何だか、酷くバランスの悪い、でも凄く切実に、僕らに同調を求める思念を感じるね)


【ふむ、マリアンも気付いたか? こいつは、どうやら私を呼んでいる様だな】


(でも、この感覚って、何かおかしいよね?)


【どう、おかしいと思うんだ?】


(殺意……、には違いないんだろうけど。

 何って言うのかな? う~ん、よく分かんないよ。

 普通なら“気味が悪い”とか“恐い”って言うべき何だろうけど、そう言うには妙に悪意が無いんだよね)


【そこまで読めても、最後の最後は分からんか。

 まあ、仕方ないな。でも、お前に“その感覚”を理解してもらっちゃ困るよ】

 そう言ってマーシアは感情を高めて心の中で笑いを伝えてくる。


(この感覚の意味、マーシアには分かるんだ?)


【私だけじゃないさ。そうだな、ハインミュラーの爺様なら私以上にこの感覚に馴染みがあるかも知れない。

 あと、お兄ちゃんもその内に、こう云う相手に出会うかも知れんな】


(こう云う相手?)


戦馬鹿(いくさばか)、そう言うしかない手合いってのは必ず居るものさ。

 まあ、私相手にこれだけの殺意を向けてきた奴など何十年ぶりだ。

 なら、こっちも楽しませてもらうだけだな】


(粒子砲を使う気は無いんだね?)


【当然! こう云う奴は剣でねじ伏せるに限る!】


(あっ! マーシアの感覚と、この思念の感覚が同調した。

 ……そうか、要するに……、ケンカが好きなんだ……)


【そう云う事!】


 答えたマーシアは、今度こそ声を出して笑う。


 と、次の瞬間。

 二人同時に背中に気配を感じ、弾けるように振り返った。


 そこに聞き慣れた平坦さとは違う、やけに苦しげな声が響く。

『マーシア、あれを相手にするのは良いとして、殺さずに済む?』

「コペル……。貴様、奴の何を知っている?」

 いつの間にか現れたコペルは、岩に腰掛けたまま物憂げに溜息を吐いた。


『彼女……。あれは可哀想な娘だ。もしかすると君以上に。

 できれば仲良くしてやって欲しい』


「首を狙っているのは彼方(あちら)であって、私では無いぞ。

 それに、そこまで言うなら力ずくで私を止めれば良い。いやあの女も、だ。

 お前の力なら、片手で二人ぐらい楽に押さえ込めるだろうに、何故それをしない?」


『だが、レジーナは生み出されなくてはならない。これは真実だ』

 コペルはそう言って首を横に振る。

 感情が籠もっていない様にも、僅かに困った様にも見える表情だった。


「レジーナ?」


 マーシアの問いに答えるコペルの話は、巧に伝えた範囲を超えることは無い。


 対して不快感を隠さぬ、マーシアの声は刺々しい

「この世界の人間は、常に貴様の手の平の上、か?」


『今はそう思われても仕方ない。

 でも、いつだって現実の主役は人間だ。神の生き死になど、人の思いのままだね』


「面白い! 貴様、自分を“弱い神”だとでも言うつもりか?」


『神は元々が弱い存在。その神に力を与えているのは、いつだって“人間”』


「お前と話をしていると、謎かけにしかならんな」


 心底“まいった!”と感じるマーシアだったが、そこにマリアンの意識が不意に跳び込んでくる。

(こう云うの、『禅問答』って言うんだよね?)


【禅?】


(ん~、っとね)

 

 返事が気になる事は確かだが、今は悩むマリアンをかまってはいられない。

 マーシアは話を切り上げる。


【マリアン、答は後で良い。今は奴が来る!】


(僕、あの人、嫌いになれそうに無いんだよね)


【だが敵だ。それは分かるな?】


(うん)


 ひとつ頷くと、マリアンはそのまま深く潜っていった。


 消えゆくマリアンとは対照的に“強力な魔力の塊”は次第に近付いてくる。

 遂には火炎弾の最大射程にまで迫った。





サブタイトルは、イアン・マクドナルド『黎明の王、白昼の女王』からです。

(こうしてサブタイトルの由来を書くのも久々です。あまり書けないのが悔しいなぁ)

ともかく、少しずつでも進めて行きたいと思っています。

お読み下さる皆様、本当にありがとうございます。

次回、マーシアとエミリア、そして巧とベセラの対決はいよいよ緒戦となります。

宜しくお願いします。

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