206:彼女語りて世界あり
八月二六日。
現在、ハルプロム城市政務官庁内の大会議室では十二名による防衛会議が開かれている。
参加者は、まず五千の防衛隊を各五隊に分けた実戦部隊を指揮する五人の千人長。
次いで市民からの徴用によって得られた二千の補給部隊、同じく二千の工兵隊を指揮する各二名の部隊長。
その上に立つ統括者、城塞司令官兼政務官であるジャービル・ハイヤーンとその補佐官二名。
そしてルース麾下の増援として、鳥使い代表者である巧と辻村。
最後に、オブザーバー的にルナール・バフェットが仮面を付けてこの場に赴いた。
ルナールの顔を知る者は決して少数ではない。
未だ、彼の動きを公にする訳には行かなかった。
だが、ジャービルにまで秘密にしてはこの場に置くことは出来ない。
面通しをさせた後、巧はルナールを自分の部下として同伴させる。
会議前にルナールと対面したジャービルは驚きと喜びと、それから不安を混ぜた表情でルナールを見たものであったが、現在は魔力封じの首輪まで付けさせられている事から、彼を会議に留め置くことに同意した。
ルナールが巧に語った事が事実なら、会議に於いてルナールに助言を求める事で、誤った方向に戦闘の舵を切る事を避けられると思ったのだ。
そのルナールだが、彼の方にも驚く事はあった。
「ヒーラギ殿の後に居たのは、あの“サミュエル・ルース”なのか!」
「おや、話していませんでしたか?」
「議会へは報告が行っている筈だが?」
巧の返事をジャービルが補強した事で、ルナールは自分にも全ての情報が与えられていた訳では無いことを知る。
やはり、ひとりの大隊長と議員とでは得られる情報がまるで違うのだ。
そして、この事が知られていないという事は、ルースが未だに議員としての身分を守っている事を指す。
国家の危機にあっても、同階級の者を守る事を優先させる悪しき“所属主義”は生きていた。
だからこそ、この国は終わりに近付いているだとの思いをルナールは強くせざるを得ない。
やはりスゥエンには独立してもらうしかない、と彼は自分の意志を再確認させられていく。
会議は緊急のものではあったが、ルナールからの情報が事実ならば、巧にとっては敵の活動は好ましい動き、とさえ言える。
だが、知らない者にとっては、新たな攻勢の準備は城市への包囲が狭まった様にしか思えないものだ。
巧の思惑を余所に会議は重苦しい雰囲気の中で始まった。
「やはり、夜間の内に東側に回り込まれましたか!」
「船って奴は本当に厄介だな……」
「しかし、この河幅はシルガラ近くまでなら殆ど変わりはありません。
南部からの街道を押さえるつもりなら、奴らは何故シルガラ南部へ直行しないんでしょうかね?」
「貴官は後方から敵の船団が迫る可能性の有る中、或いは補給が断たれる可能性が有る中でも安心して前を向いた戦闘活動が出来るのかね?」
「あっ!」
「その通りだよ。シルガラを確実に落とすためにも、この街は必ず押さえなくてはならない」
「失礼しました!」
「まあ、相手は今の処、城市までの丘を登るのに苦労している。
此方は城壁と合わせて、“高さ”という地の利が有るのは有り難いな」
「うかつに近づけない、って事は、今までと変わらないと云う事ですな」
各千人長は思い思いに発言を重ねる。
そう。西側に上陸した敵兵力は当初、正面の西門を抜ける事を目指して幾度かの攻撃を仕掛けた。
しかし結局彼らの攻撃は上り坂によって、突撃の勢いを削がれ、挙げ句に城壁に阻まれて足が止まった処で、AHからのミサイルにより全てが撃退された。
よってベセラは闇夜に紛れると、兵力の半数に河を下らせて城市の東側への上陸を狙う。
東西からの挟み撃ちを目的とした行動だ。
そして、それは成功した。
これは攻撃する側に幾つかの有利な面をもたらせる。
まず、第一に今までハルプロムの兵はその殆どを西側に集中して活用することが出来たが、今後はそれを二手に分けなくてはならない。
また、今までは上空のAH以上に、北西にあるハルプロム検問所が大きな問題であった。
検問所に駐留する兵数は三千名。決して無視できない数だ。
最初は西側のみに陣を置いていた為、背面攻撃に気を使って全力での攻撃が難しかったシナンガル軍は、東側からならば背中を気にせずに全力で城攻めを行う事が出来る。
反面、ハルプロム側としては検問所に西の敵が戦力を集中した場合、こちらも増援を出さなくてはならない。
兵力の違いを有効に利用した包囲攻城戦は、基本的なものながら最も効果が高いものである。
東側への迂回成功によって検問所の攻守は逆転させられた。
そこを抜けられたなら、首都スゥエンまでは一直線である。
城市の守りが堅いとは云え、こうなると各部隊長達が頭を抱えるのも当然なのだ。
その中で巧がようやく口を開いたが、その言葉にハルプロム幹部の誰もが驚く。
「今後、我々『鳥使い』が地上に向けて行う攻撃は“敵に見える限り”に於いては、一度限りにしたいと思っています。
その時までは検問所を含めて、城市についてもスゥエン兵のみで防御を固めて頂きたい。
ああ、勿論、竜については例外的に手を出させてもらいますがね。
流石に空は我々の領分でしょうから」
この言葉に、千人長の全員が表情を凍らせた。
「何ですと!」
「約束が違うではないですか!」
「まさか、我々を見限ったと言うのですか!」
顔色に添った焦りの口調ではあるが、そこには“怒り”を交えるべきかどうか、という明確な迷いが有る。
先に巧がジャービルを試した事から誰もが、“自分達も試されているのでは”という迷いが抜けないのだ。
この場の主導権は常に巧にあった。
先の薬はかなり効果的であった様だ。
巧としては、これなら作戦も上手くいくに違いない、と安堵する。
この作戦は、聞いただけでも嫌悪を抱く者もいないとも限らない。
だが、ここで議論をする余裕など無い。一気に結論を出したかった。
そうして、いよいよ本題に入る。
作戦案の全てを聞き終えた時、ジャービルを初めとした各千人長は先程の狼狽が嘘のように黙り込んだ。
脳裏に浮かぶ映像から作戦自体への恐れを交えながらも、勝利への確信を歓声を交えた言葉にしたくなる衝動までもがわき上がる。
とは云え、先のジャービルへの引っかけが心に残り、“流石に油断が過ぎる”との戒めが自分に降りかかることを再度思うと、彼らは唯、喉を鳴らして頷くだけに終わった。
八月二八日 午前七時
いよいよ東西両方面からベセラ隊による攻撃が始まった。
兵力を出し惜しむ事も無い総攻撃である。
時に上空を遊弋する竜達は、攻城戦に参加するよりも北の山を警戒して、ヘリが跳び上がれば一気に襲い掛かる姿勢を見せつける。
これによって、ようやく到着した小西小隊、三機のAH-2Sも動きを封じられたかに見えていた。
一方、山頂から南方を睨む巧とマーシアは、鉄巨人と鉄兵士について話し合っている。
シエネで鉄兵士を調べていた平木達実准尉からの報告が昨日届いていたのだ。
「あの鉄巨人や鉄兵士は、自律的に動いている訳じゃ無いって事がはっきりしたよ」
「それって“魔導生命体”では無い、ってこと?」
「うん、そうだ。考えてみれば、この世界に鋼鉄で出来たそんな高度な存在が、そうそう居るはずもないんだよなぁ。
高位魔獣でもあるまいし、遠隔操作を真っ先に疑うべきだったんだ。
まったく、我ながら間抜けだよ……」
そう言って肩を竦める巧にマーシアは、怪訝な表情を向ける。
「どうした?」
「お兄ちゃん達は、この世界の魔法を全て知っている訳でも無いから仕方ないとしても、あの女ならもっと早く気付いていてもおかしく無かった、と思うんだけど。
あいつは何も言わなかったの?」
「いや、特に聞いてないな。でも、そう言えばそうだ。
仮にも“魔導研究所”の所長なんだよな?」
マーシアと巧が言う“あの女”とは言わずと知れたヴェレーネ・アルメットである。
確かにこの世界の魔法の全てを知るはずのヴェレーネが、鉄兵士の操作方式について思い至らなかったというのは妙だ。
だが、彼女が事を隠す必要も思い浮かばない。
結局は巧も肩を竦めるだけで終わり、この話は一旦途切れた。
防衛戦は激しさを増すが、鉄巨人は後一歩で城壁に近づけない。
それも当然だ。
コックピットから離れても、DASメットからの連動により、オーファンはレーザーガンの砲口を上下左右に十五度ずつ可動出来る。
膝を折って俯角を取った後は、東西いずれの城門前も射程に収め、城壁に近付く為にハルプロム城市の立つ小高い丘を登り行く鉄巨人をなぎ倒していく。
ハルプロム城市には南方の川岸に向けた城門が無い。
河川輸送を考えれば、これはおかしな事だが、これには理由がある。
南方を流れるチャー河の特性から、城壁と河川を近づける訳には行かないのだ。
その特性がどの様なものかは、後程語られる事となるが、ともあれ、南方から攻めることを諦めた遠征軍は、余程のことが無ければ南方には兵を向けない。
巧は城市北側の南面山裾から全体を俯瞰しつつ、観測兵からの報告に従って無線トリガーのスイッチを握り込む。
その度に鉄巨人は爆散し、過去には不要な廃棄物として打ち捨てられていた鉄屑へと、その姿を戻していった。
レーザーガンの射線を視認できない以上、ベセラ軍は何らかの『強力な魔法』が展開されたと考え、城壁のみに注意が向く。結果として国防軍の行動に気付かれる事は無いだろう。
実際、レーザーガンの発射はハルプロム城壁に居る火炎系や雷撃系の魔術師に魔法発動のタイミングを合わせてもらっている。
相手が魔力の流れを読めるにしても、ハルプロム城市からの攻撃と考える事は間違いない。
巧達がこの地を離れた後も、今回の攻撃を警戒してくれると良いのだが、と思う。
巧が会議で“敵に見える攻撃は控える”とわざわざ言葉を添えたのはこう云う事だ。
六体を倒した処で鉄巨人達の動きは止まった。
同時に最大出力で発射されたレーザーガンのエネルギーパックも空になる。
流石に距離がありすぎて、あの程度の雑な素材でも最大の出力を使うしか無い。
小隊の半数十五名は、急ぎオーファンのエネルギーパック交換に入った。
それに気付いた訳でも無いだろうが、ベセラ軍は攻城兵器をカタパルトに切り替えて投石を始めている。
城壁から充分な距離があるなら、鉄巨人の様に破壊もされまい、と考えて居る様だ。
実際、距離があって小さすぎる目標にレーザーガンは不向きだ。
全体を吹き飛ばすつもりなら使えるが、現在の目標地点の地表には陽炎が揺らぎ、熱拡散を起こすに充分な条件がそろっている。
破壊が全く不可能な訳では無いが、低地や窪地を選んで設置された小さなカタパルトを狙う為だけに、無闇にエネルギーを消費したくなかった。
カタパルトの効果からか、城壁の上や城市内部には岩に潰された死体が増え始めた。
反面、双方共に直接攻撃が可能な魔法兵の数は多くは無く、火炎弾の数は少ない。
機動戦を得意とするベセラは、転移可能な魔法兵によって数十名の兵士を城内に送り込んだが、対するジャービル・ハイヤーンは、ベセラの戦術を研究して対抗魔法陣を構築しており、誘導されたベセラ軍の兵士達は城内から再転送され、山腹に飛ばされる。
連続して起きた閃光は、岩の中に転移させられた後、珪素と融合しては元素爆発の中に散っていく数十名の突撃兵達の為に立てられた“炎の墓標”だ。
だが、その近場の爆発音を除けば、十二キロ以上離れた距離にある城壁戦闘の衝突音は山頂まではまるで届いておらず、国防軍観測兵がカメラを覗いても、音のない戦争映画を見るかのような光景しか写らない。
転送された画像から巧が目を離したと同時に、大出准尉からオーファンのバッテリーパック交換終了の報告が入った。
さて、ここからどうする?
そのまま砲撃を続行しても良い。
だが、城壁に迫らぬ大型兵器や鉄巨人は、今暫く残しておく必要が在る。
後、五日の内には、戦局は大きく動くだろう。
いや、早ければ明日にも……。
ベセラも気付かぬシナンガルの援軍は東からハルプロムを目指していた。
最も彼らは援軍というよりも、生き残る為にハルプロムを落として、そこに立てこもりたいのだ。
死兵となってでも、ハルプロムのスゥエン兵を叩き出し城市を乗っ取りたい理由。
それは更に其の東方から迫る脅威にあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日を数日ばかり戻す。
「来ました……。あれですか」
戦闘慣れしていた筈のリンジーにしては珍しく、声が上擦っている。
デフォート城塞でのキネティック撃破の先陣を切った戦士とも思えぬ程の身体の強張りを自分でも恥ずかしく思ったが、『“恐れる”と言うことは、相手を侮らぬという事なのだ』と語った老人の教えを思い出し、少しばかり落ち着きを取り戻した。
地平の向こうから現れたもの、それは百に迫る地竜の群である。
ゴース南部に現れたリヒトやリンスの様に尻尾まで含めた体長三十メートルを超えるものでは無い。
だが小型とは云え、全長十から十五メートル。高さは最小でも三メートルを超えるなら、人間にとって脅威であることに変わりはない。
何より数が多すぎる。
また、上空には翼長四十メートルを超える漆黒の竜の姿もこれまた三十から四十は見える。
一頭一頭には“青みを纏った竜”ほどの力は無いが、数が揃った以上は充分に脅威となる存在だ。
「直接、このシルガラを襲う気は無いようね」
ヴェレーネの言葉通り、殆どの魔獣は南方の街道を中心とした平野部を西に進むのみだ。
だが、一部は空腹なのだろうか。
捕食を狙ってシルガラへと頭を向ける個体も出てきた。
「上下合わせて、一度に四十程度は相手にする事になると思われます」
「そうね……」
リンジーの問いに生返事を返すヴェレーネも、今は巧と同じく迷っている。
ヴェレーネにとって、あの魔獣達を倒すことは“容易い”とは言わずとも、決して難しい事ではない。
だが、彼女達の力だけで倒した場合、『軍師』なる存在は更に大量の魔獣を送り込んでくる可能性が高い。
そうなれば、事態はどう流れるか分からない。
『軍師』の狙いは、ハルプロムに軍と魔獣の全てを終結させる事だと云うことは間違い無さそうだ。
そして、その目的は『人間の団結』
だが、それにしても疑問は残る。
それを言葉にしてヴェレーネは確かめる。
「全く。それにしても何故、フェリシア軍との共闘では無く、国防軍まで巻き込もうってのかしら。
巧の連絡通りなら『軍師』って奴、国防軍が、この世界に有ってはならない“異質な存在”だと気付いて居ないはずも無いのよね。……あっ!」
何かに気付いたかの様に一声上げると、そのまま黙り込んでしまうヴェレーネにリンジーが問い掛けてきた。
「どう、なさいました?」
「巧が言うには、あいつは『人間を団結させる為に魔獣を使う』って事だったわ」
「はい。そうですね」
「問題は、その人間に何処までの範囲を含むのか、なの」
「と言いますと?」
「地球人達をこの世界から逃がさないつもりなのかも、しれない……」
「は?」
リンジーの問いに、ヴェレーネは少し戸惑って、それから照れを隠すように、声を平板にして答える。
「私は、巧をこの世界に引き込んだ時、彼との間にリンクを繋いだわ」
「はい。そう、お聞きしています」
「問題は、私が出来る事は『セム』にも出来るって事なの」
「“セム”?」
「まあ、そう云う存在がいると思ってね」
「はぁ?」
「で、今回の敵は“全面的に”では無いでしょうけど『セム』に匹敵する力を持ってる。
なら、奴が地球人のひとりにリンクを繋げば、いつでも、その人物を地球から呼び出せるって事なのよ。
いいえ、能力次第では地球の次元座標まで捉える事も可能だわ」
ヴェレーネの言葉の意味を考え、しばらく黙り込んでいたリンジーだが、ようやく気付いて、叫ぶように問い掛ける。
「……! ヴェレーネ様! では、シナンガルが国防軍並みの兵器や人員を持つ事も有り得るという事にはなりませんか!?」
リンジーの驚きに向けて、ヴェレーネは苦々しげに肯く姿を見せた。
連休も近づいて来ました。
(すでに入っている人もいますでしょうか?)
今年は旅行の予定もありませんので、復帰後としては久々に小説を書く時間を確保できるといいな、と思っています。
どうせ人混みは苦手ですので、家で好きな事をしているのが一番ですよね。
サブタイトルは神林長平氏の「我語りて世界あり」から引っ張らせてもらいました。
待って下さった皆様、お読み下さった皆様に感謝します。




