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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
201/222

199:キャスト・オフ

今回より、文章内の数字表記を変更します。

 森に跳び込んだ巧は直ぐさま動く訳には行かなかった。


 取り敢えず背後を守れる岩場を探し、その場を中心に各種センサーを操作する。

 先程カメラに写った物体を拡大してみたものの、どうやら電子攪乱されている様であり、記録映像は不鮮明である。

 但し、そのサイズはクリールの証言もありオーファンとほぼ等しい四メートル前後である事は確かだ。


 振動センサーに敵の固有振動数は記録されていなかった。

 つまり、敵が移動しただけでは位置を探知する事は難しい。

 反面、有り難かったのは荷電粒子砲の発射準備音と思われる音紋が収まった事である。

 あの危険物の発射準備が始まれば、位置も捕らえることは可能だ。


 更にはクリールが居る以上、発見に遅れを取る事はあるまいが、反面、彼女からの指示で動くとなると、どうしてもワンクッション置くことになる。

 刹那を争う格闘戦に於いて、これは致命的だ。

 オーファン自身が敵の存在を直ぐさま自覚できなくてはならない。


 慎重に動くべきだろう。


 カメラ、センサー、それぞれが凄まじい勢いで情報を処理していく。

 迂回して防衛線へと向かう敵歩兵も遠くに見つけたが、それに手を出して良いものか悩む。

 今、迂闊に自分の位置を敵に示す訳にもいかないのだ。


 僅かな判断のズレが此の闘いの明暗を分ける事だけは確かであった。



 クリールの説明からするとギルタブリルはカグラに於けるASそのものと言って良い。

 全高は四メートル丁度。

 重量は条件変化がある為、固定したものではないがオーファンに押し負けぬだけの質量を持つ。

 十トン前後と見て良い。


 人型の身体に長いシッポが生えたようになっており、その先に荷電粒子砲、一門を装備する。

 最大出力は、六十メガワット。

 燃費の悪い荷電粒子砲とは云え、これだけの出力があれば単純破壊力は二百キロワット・レーザーガンのおおよそ三倍。

 またエネルギー集約率、つまり瞬間熱量はピークポイント内に於いて最大八倍にも達する。


 何よりの問題は瞬間加速度がオーファンを明確に上回る点だろう。

 接近、機動戦に於いてこれ以上の不利は無い。


 オーファンに有利な面を上げるなら、粒子砲が質量兵器で有る以上、障害物があれば、それ自体が強固な盾となり易い事と射程だけはオーファンに歩が在る事の二点である。

 だが、この超接近戦ではそれにも優位があるとは思えない。

 敵は三世代、四世代先のASと思って良いだろう。


 例えるなら火縄銃で最新鋭小銃に挑む様なものかもしれない。


 だが、やりようでは機動力だけでも近づける事はできる。

 何より相手の手の内は全てクリールが握っていると見て良い。

 ギルタブリルは過去には彼女の装備品という立場に置かれていたと言うのだ。

 巧は彼女のナビゲーションを信じて行動する事を決めた。


「なあ、クリール。鉄巨人が対抗力場を張れているのはギルタブリルの能力かな?」


『確かに鉄巨人は補助を受けている。だが、それはギルタブリルからではない。

 恐らく近くにウム・ダブルチェがいるものと思われる』


「もう一体、高位魔獣がいるのか!」


『ウム・ダブルチェは個別への(・・・・)戦闘力を持たない。

 姿を見せる事は無いと予測される』

 やけに気に掛かる言葉だが、個別戦闘能力は無いという事は確かの様だ。


「支援兵器って訳か?」

 との巧の問いにクリールが確かに頷いたからである。


 ともかく直接戦闘力がなくとも支援効果のある存在は危険だ。

 例えば空戦においては戦闘機の性能が互角なら、あとはAWACS(早期空中警戒機)の能力が戦闘の勝敗を決める。

 

「その、ウム何とかと云う奴を探せないか?」


『ウム・ダブルチェは位置の秘匿が戦闘力の要。

 隠密性において“マテリアル5”を凌ぐ基体は存在しない』


「厄介だな……、くそ!」


 防御力が無ければ潜む。

 当然の事だが、全く持って痛い。

 間接的にだが、既にウム・ダブルチェと交戦状態に入っているマーシアが心配だ。


 こうなれば、急ぎギルタブリルと向き合わなくてはならない。

 だが、相互の兵装を力場なしで考えた場合、互いにかすっただけでも行動不能になりかねない馬鹿げた一撃を構えて向き合っている。


 まるで日本刀での立ち会いである。

 鍔迫り合いなどあり得ない。

 見切りと体裁きの繰り返しから、先手を取らなくてはならないのだ。


 刃が合えば、どちらも大きなダメージを負う。

 相手の発射タイミングを予測して、射線を避けながらの一撃に賭ける闘いは一瞬のミスが勝敗を分ける。


 戦術コンピュータからの警戒音声(アシスト・ボイス)が響いた。

【六時方向、反応有リ。九時方向、百八十度回頭ヲ要ス!】

『だめ! 逆!』


 クリールの言葉に従う。

 岩場を飛び出した直後に、盾にしていた巨岩の上半分が消滅した。

 続いて戦術コンピュータが回避位置に指定した地点にパルス反応が起きる。

 荷電粒子の大気摩擦が見事な輝きを生み出すと、到達点の樹木を霧のように消し去ってしまった。

 あの位置に退避していたなら今頃は両親に会っている事になっただろう。


「かー、やべぇ!」


 言葉と同時に発射位置とおぼしき地点に五十キロワット・パルスガンを二発打ち込む。

 威力より速射性を優先させた為、実際には二十キロワット程度の威力しか出せていない。

 それでも数本の巨木が幹の中間を蒸発させて吹き飛ぶ。

 だが、ギルタブリルの粒子砲に比べての威力不足は否めない。

 いや、比較にすらならない、と言うべきだろうか?


 結局、撃破反応は無く、目標が移動した事だけが分かった。


「射撃と同時に位置を変えたか! 機械如きが、やってくれる!」


 そう言う巧も同じ位置に留まる愚を犯しては居ない。

 更に左手へと位置を変え、オーファンの半分が沈む程の窪地へと跳び込んだ。


 頭上を熱線が抜けていく。

“フィーン”という空気中を走る擦過音は、荷電粒子の熱線と距離があることを表す。

 完全な目暗撃ちである。

 此方を捕らえては居ない。

 近い場合は更に重く、“ブンッ”と大気が振動する様な音が聞こえる筈なのだ。


 クリールの張った力場が何らかの妨害を行い、オーファンを隠し切っている。

 どうやら互角に持ち込めたようである。


「先に動いた方が負け、かな?」

 言葉にしては見たが、このセオリーは人間の場合に当てはまる言葉だ。

 相手は未知の存在である。

 常識が通用しない可能性の方が高い。


 この位置を保持しても、次の瞬間に砲撃が跳び込んでくる可能性は捨てられない。

 と言って、迂闊に動けばやはり危険度は増す。


 どうする……


 最初はGEHを装備しなかった事を悔やんだ。

 相手にするのが鉄巨人ならレーザーガンの威力でなぎ倒す予定だったからだ。

 ところが新手はオーファン同様の、或いはそれ以上の機動性を見せた。

 そこで装備の選択を誤った気がした。

 だが、この森林内部でGEHは意味を成さない。

 パルスガンでは完全に対抗できるかどうかも怪しい。

 やはり、これで良かったのだろう。

 何と言ってもクリールの毒蛇(バシュム)が使用不能と来ているのだ。


 レーザーガンは切り札となった。


 ふと正面を見ると、ガラス質なのか、とりわけ目立つ黒い岩がある。

 森林の中で位置を把握するのに特色ある目標物は重要だ。

 地球のようにGPSと連動している訳では無いからだ。


 その様な小さな発見ひとつにも運があると思いたい。

 少し考えたが、ひとつ試す価値のある手段を取ることに決めた。

 危険ではあるが、どうせ此の侭では手詰まりなのだ。


「クリール。お前の対抗力場だが、最大でどれくらい持つかな?」


『連続して四秒。十メートル以内に敵本体の侵入を許さなければ完全防御は可能』


 近付いて、モーターパンチを叩き込むことは諦めた方が良さそうだ。

 間近であの砲撃を喰らったら、塵も残らずに消し飛ぶことは間違い無い。

 また格闘戦では速度、馬力共に勝てる要素は更に下がりそうだ。


 何よりクリールの“同調”という言葉も気に掛かる。

 先程から『本体との同調が不十分だ』と何度も繰り返している。

 彼女には未だ謎が多い。

 だが、まあ良い。

 追われる中で四秒も完全防御の態勢が取れるなら文句なしだ。

 今はもうひとつの質問が先だろう。


「奴は射撃後に位置を変えた。つまり此方の砲撃は効果が有る、と云う事だな?」

『ギルタブリルは、粒子砲射撃後の二秒間は物理対抗力場を張れない』

「ほう、何故だい?」

『マテリアル8による回収を目的とした安全装置の一部。現在も稼働している』

「今は奴が別の何者かの支配下にあるとして、その支配者から見ても危険性は無視できない存在って訳か?」

 巧の言葉にクリールは頷く。


「今から、少しの間だけでも周りの音を消せるか?」

 訝しげに首を傾げたクリールだが、結局はさっきのように頷いてみせた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ギルタブリルに取って今回の闘いは生み出されてから初めての戦闘である。

 しかし、それは『ギルタブリル』という個体にとっての意味であり、彼の内部には過去に前世代機が行った数千回の試験戦闘、そして数回の実戦データが存在する。

 兵器として彼は数千回の戦闘を終えている熟練兵と同様なのだ。


 今回の指令は所謂(いわゆる)、実験戦闘であるとの指令が届いている。


 撃破目標はエネミーカタログにない新型である。

 確認された武装は、推定三〇~五〇キロワット級パルスレーザー。

 貧弱な武装であるが、これだけの至近戦闘である以上、ギルタブリルの装甲の中で最も弱い箇所ならば貫く事が出来ない訳でもない。

 また、こちらの荷電粒子砲の使用も大幅に制限されている。

 転換エネルギーは基本として対抗力場に使用されているが、攻撃時にはこのエネルギーを粒子砲に廻す。


 その転換が完了するのに二秒間のインターバルを命じられているのだ。

 本来、一瞬の間も置かずに切り替えは可能である。

 だが、指令の徹底化とエネルギーの不足は如何(いかん)ともし難い。


 管理機構によって活動制限が成された特殊条件下ではこの様にしか働かないのが彼だ。

 そして、それに不満はない。

 不満を感じる能力も無い。


 彼の同系列基体であるマテリアル8を搭載した敵との交戦。

 人間ならば、それを不可解に感じたのかも知れない。

 だが、ギルタブリルは結局の処、施設に於ける装備品に過ぎない。


 唯、命じられた指令を着実に実行するだけであった。



 目標を喪失して二〇四秒後。

 それを捕らえた時、最初は目標とは別の敵性個体かと思われた。


 だが、重なるようにマテリアル8の反応も有る。

 先の目標と同一の個体である事は確かだ。

 一時的に別個体かと考えたのは、“それ”の形状が大きく変わっていた為であった。

 また、移動時の振動から判定される重量も一トン以上は軽くなっている。


 過去の戦闘データから判断すると、敵対目標は機動性を上げることを目的として装甲板の殆どを分離(パージ)した可能性が高い。

 正面部に大きな変容が認められない為、背面装甲を排除したのであろう。


 だが、ギルタブリルの戦闘データから判断するなら、これは悪手である。

 目標は今まで以上に後方警戒に重点を置かなくてはならない。

 攪乱して少しずつ削り取っていく事が可能だ。


 敵と同じくギルタブリルも迂回を開始する。

 距離に問題は無いが、相互間に樹木が多すぎる。

 質量兵器である荷電粒子砲に取って障害物は少ないに越した事はないのだ。


 熱反応を感知。

 発射された熱源方向に向かって耐熱力場を展開する。

 電力換算で五十キロワット。

 熱線照射の単純温度は六,八〇〇度である。

 距離が近いとは言え、殆ど問題は無い。


 防御を犠牲にして戦闘を進めるならば、力場を解除しても良いかと思う。

 荷電粒子砲の砲撃速度を少しでも速めるのが最も効率がよいと判断した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「最大出力でも、効果無しか。カートリッジ内が残り三発。

 予備カートは二丁」

 巧の口数が多いのは、焦りから来るものでは無い。

 クリールとの情報共有を出来るだけ多くしたい為である。

 それによって彼女の行動に少しでも選択肢が増える様にしたいのだ。


『最大出力で残り十五発?』


「そう。何か問題は?」


『無い! カートリッジに余裕を持たせて決着を付ける』


 そう言ってもらえると助かる。

 パルスガン・カートリッジの交換時にはASは三秒程無防備となる。

 掩蔽(えんぺい)物に隠れる事が出来るならまだしも、伏せたままの姿勢での弾倉交換などプログラムされていない。

 手動となれば、更に手間取る事は間違い無い。


 装着カートリッジ交換の回数が少なければ、それに越した事はないのだ。

 また、問題はオーファン自身のエネルギーだ。

 背嚢式エネルギーパックとレーザーガンを切り離した以上、稼働時間は残り二十分と少ししかない。

 

 機動力を上げるための苦肉の策とはいえ、やや早まったかも知れないが奴を仕留めるにはこれしか思い付かなかった。

 この二十数分で敵を倒せなければ、二人(?)揃ってお陀仏も有り得るが、やるしかなかった。




数字表記の変更は縦書きを考えての事です。

横書き小説だと割り切っていましたが、良くないことだと思い直しました。

そこで基本的には漢数字で統一したいと思いますが、一部例外もあります。

例えば西暦などゼロが入る場合、二千五十ではなく二〇五〇としたいと思います。

変更後も出来るだけ読みやすくしたいためです。

また兵器などはオリジナルがアラビア数字ですので、こちらもそのままです。

例としては「AH-2S」「RPG-7」などです。

暫くは多少読み辛くなるかと思いますが、ご了承下さい。


過去の文章も順次修正しています。

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