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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
200/222

198:アクスの傀儡

「敵の巨人が前に出た! “鳥”が戻る前に敵陣へ突入する!」

 ルナールの号令を待っていた第三大型竜(ドラクール)中隊、また小型竜(ヴァイパー)の各二中隊は一気に跳び上がり、防衛陣地へと迫る。

 成功すれば敵陣を大きく押し込み、その混乱に乗じて城壁上部にも半数が降り立つ事になっていた。

 城壁はウジェに任せてあるが、上手く行くかどうかは奴の能力次第だろう、とルナールは思う。


 距離にして二キロも無い中である。

『鳥』が間に合わぬ以上、ルナールの狙う意味での奇襲は成功するだろう。

 勿論それは城壁の占領などではない。


 真っ当な指揮官なら、そちらを優先させるのが当然だが、ルナールにとってもシーアンという防衛拠点が陥落して貰っては困るのだ。

 そのような意味でウジェという男の能力は得難いほどに愚劣である。

 

 また、あの『フェリシアの巨人』が防衛線の後にいてはどうしようも無かったが、鉄巨人は奴を引きずり出すことに成功した。

 奴さえ突破すれば、敵本陣との接触は可能なのだ。


 とは云え、巨人は『鳥』と同じく巨大な(つぶて)を発射する為の装備を右腕に備えている。

 ハンドキャノンの一種から発射された豪雨のような礫に身を切り裂かれ、一瞬にして右翼の小型竜隊から一小隊四頭の竜が消えた。

 味方の小型竜(ヴァイパー)達が次々に肉塊と化して地上に叩き付けられる様は、身震いするほどだ。


「分散しろ!」


 ルナールの叫びと同時に殆どの竜は散開したが、命令無視の如く一ヶ所に纏まったままの六~七頭の竜がいる。

 ウジェが自分の護衛を周辺から離さないのだ。

 案の定、ウジェは味方を大きく害する動きを見せてくれた。

 指揮官と連携が取れなくなった第三大型竜(ドラクール)中隊は各個に墜とされていく。


 これで城壁攻略は失敗である。

 ルナールとしては思った通りの行動をしてくれる大馬鹿に感謝だ。


「ありがとうよ、阿呆!」

 あれだけ大きな集団を形成したウジェには、当然だがこのまま囮となって貰う。




 近衛を二騎のみ引き連れたルナールは敵の巨人を各個に突破すると敵陣地へと襲い掛かった。


 竜は口から火炎を吐き、シーアン兵を焼き殺していく。

 反面、地上の鳥使い達からの反撃も凄まじい。

 彼等が肩に担ぐ強烈な火箭は、距離が近すぎてルナール達相手には殆ど使えない様だが、それ以外にも爆発する何かが襲い掛かる。

 それぞれに二二ミリ、四十ミリのグレネード弾である。

 これによって国防軍は竜が地上に降りることを辛うじてだが押さえきっていた。


 仮に竜を地上に降ろしてしまえば射線が重なり、ASのガトリングもレーザーガンも役に立たない。

 低出力に押さえられているとは云え、ひとつ間違えたならASのハンドパルスガンは味方の塹壕陣地を直撃する。

 僅かにでも敵が上空に居るからこそ、巧は仰角を取って竜を撃つことが出来るのである。


 今、ASの立つ位置は防衛線から二百五十メートル程突出した地点である。


 この位置を突破された事、そしてAH(コブラ)隊が僅かな差で間に合わなかった事が、乱戦を引き起こす事となったのだ。


 ルナールは自分の真後ろへと目を遣る。

 捕虜となる予定のヨナ、ことヨナーシュ・チェルマークの竜が付いてきているのを確かめたのだ。

 彼は愚直なまでに命令に従ってルナールの後方に付けている。


 と正面にあの大型火箭(ATM-9)を構える兵が居る。

 避けた場合、ヨナを直撃しかねない。


 高度は四メートルを切っている。迷わずルナールは飛び降りた。

 反射的な行動だ。

 危険を冒してここまで入り込み、わざわざヨナを殺しに来た訳では無いのだ。


 着地と同時に身体を丸めて敵の中央で転がる。

 予定変更だ。

 こうなれば、自身が捕虜になった方が話も早いだろう。


 後の指揮は部下、いや同士達に任せるしかない。

 撤退の合図を出して自身は剣を引き抜く。

 捕虜を生み出すのは予定通りの流れにせよ、一合も交えず捕虜になる訳には行かないのだ。


 息を荒げて周りを見据える。敵兵に囲まれただけでも厳しい状況であるが、ど真ん中に降りたことが良かったのだろう。

 敵は同士討ちを恐れてハンドキャノンの引き金を引けずにいる。


 筒先が向けられた数丁の小さな砲口。

 鳥使い等は、次第に射線を保ったままに互いの射軸をずらす動きに出始めた。

 時間が無いのは確かだ。

 問答無用であれから飛び出す礫を打ち込まれたなら勝負にもならない。

 一気に跳び込むべきか?

 だが、無駄死には御免だ。


 どうする、と悩む中、敵兵から一人の男が手振りだけで周りを制して前に出てきた。

 どうやら士官のようだ。


 ハンドキャノンの先にナイフを取り付け、単槍のようにしている。

 成る程、これで相手をしようと云う訳かと納得した。


「武人の礼に従って下さる事に感謝する。ルナール・バフェット、参る!」

「相田了、少尉だ! 貴殿、降伏はしないのかね?」

「一合も交えぬ降伏など、軍規は元より私自身の中にも存在しない!」

「分かった! 実はこっちも訳あって一人ぐらいは直にぶん殴らないと気が済まないんだ。

 怪我をさせるが恨むなよ」


 相田の怒りの原因こそが目の前のルナールなのだが、今、互いにそれを知る事はない。

 剣と銃剣がそれぞれの喉元を狙って向き合う。


 銃剣格闘術は国防陸軍の白兵戦に於いて基本となる技術である。

 攻撃方法は刺突、斬檄、そして銃床による打撃が主体だ。

 近年は打撃による銃身への負担を避けるため、ナイフによる格闘術へと移行しつつあるが、相手の剣が持つリーチを考え、相田はあえて銃剣を選んだ。

 何より、この男の行動は妙である。

 竜による火炎弾攻撃が可能な位置に居ながら、その優位を自ら手放したようにすら思えるのだ。

 可能ならば、という前提が付くが迂闊に殺すべき相手では無い。


 最初に斬りかかったのはルナールである。

 鋭い右袈裟懸けの一撃。

 相田は刃先を銃剣で弾くと同時に左手首を軸にして銃床を真下から回し込んで相手の腕を狙う。

 ルナールはその強烈な打撃を剣の柄で叩き付ける様に押さえると、そのまま剣を水平に薙いだ。

 相田の首と胴が生き別れになるかと云うほどの抜き払いの速度。


 しかし、一瞬早く相田は上体を落とし、更には大きく下がって距離を取り終えている。

 いや、実は紙一重であり、シュッ、と音を立てて刃先は相田の髪の毛を僅かに切り飛ばしていた。

 

 兵士達の間から、一瞬だが悲鳴に似た声が上がったのも当然だろう。


 そうして睨み合ったのも束の間、またもルナールは先手の突きを繰り出して来た。

 更に相田を下げて体軸を崩すのを狙ったのだ。

 だが、相田は今度は剣を受けることをしなかった。

 するり、と体を入れ替えては強烈な突きを紙一重に躱すと、逆に大きく踏み込んで相手の膝裏を思い切り蹴飛ばす。


 必殺の極意を足裁きに求める武術は珍しくないが、相田はそれを見事に体現して見せた。


 とは云え、進んで殺したい相手では無い。

 倒れ込んだルナールに後方から跳び付き、銃身で頸動脈を押さえての失神を狙う。

 だが、ルナールはしぶとい。

 膝を折った侭に下から真上後方よりに剣を突き出して相田の突進を押さえる。


 相田が一瞬怯むと、そのまま半回転して身体を起こし片膝を付いたままに相田に正対して見せた。


「体術か?」

 下から睨み上げるルナールに油断はない。

 相田の打ち込み方次第では未だ致命傷を受けかねない間合いなのだ。

 相田は刺突なり斬檄なりに入る呼吸を読まれぬよう演技じみた軽口で応じる。

「“卑怯”などとは言うなよ。こっちはあんたより小さくて軽いんだからな」


 ルナールの身長が百八十センチを超えるのに対して、相田は百七十五センチ前後という処だ。

 大きな差とは言えないが、相田がやや見下ろされるのに変わりはない。


 睨み合う中、不意にルナールが剣を投げ捨てた。


「何故だ?」

 驚いた様に尋ねる相田にルナールは首を横に振る。

「貴殿こそ何故だ? 背中を取った段階で単槍を突き出せば、そこで終わっていた可能性は高かった。

 見逃されたのは不愉快だな!」

 その言葉に肩を竦めてしまうのが相田らしい行為だったが、素直に答える。

「聞きたいことが多くてね」


 成る程、と頷いたルナールは兵士に手錠を掛けられながら、最後に妙な事を言って来る。

 捕虜らしくない。

 いや、敵兵らしくない言葉だった。

「話を聞きたいのはこっちもだがな。まあ、宜しく頼む。

 それと、正面の鉄兵士だが。

 あと数分では此処に届く。私と違って奴らは硬く、その上に重い。

 白兵戦になったら君らは終わりだぞ。決して近づけるなよ」


 ルナールの言葉に相田は苦々しげに吐き捨てる。

「あれのことは、嫌って程知ってるよ!」

 ルナールを後方に送らせた相田は先程以上の真剣さで正面を見据える。

 それから城之内に部下達の展開状況確認を急がせた。

対物ライフル(バレット)の用意は出来ているか!?

 各分隊は選抜射手(マークスマン)を守って隊形を維持しろ!」



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 盾持ちの鉄巨人は、互いの連携が上手い。

 流石のマーシアも守りに徹せられると攻めあぐねる。


 その様な中で、巧は足下を抜けようとする二体目の鉄兵士を蹴り飛ばす。

 頑丈が取り柄の鉄兵士も四メートルを超える巨人の足に捕らえられては一溜まりも無い。

 バラバラになって吹き飛んだ。


 だが、本来の巧の敵は鉄巨人の方である。

 ポジションを確保できた以上はマーシアに無理をさせる事もない。

 マーシアには一旦下がって貰い、二百キロワットビームガンで一気に仕留める事を狙う。


 そう考えながら照準を合わせようとした時、クリールが彼の腕を引いた。

 あと少しだったのに、と思わず怒鳴る。

「何だよ!」


 だが、怒鳴られてもクリールの目付きは真剣な侭だ。

 気付くと側面パネルには彼女が捕らえたとおぼしき光点が瞬く。

 森の中であり、その姿は見えない。


 何やら嫌な予感がして、その場から飛び退った。

 と、ほぼ同時である。


 閃光、そして地面の爆発。


 近くを走り抜けようとした鉄兵士の一体が巻き添えを食ったらしく、原型をまるで保たぬ程の熱を浴びて消し飛んだ。


 正しく鉄くずの出来上がりである。


 光源の方向を確かめる。

 三メートル程の高さから樹木はへし折れ、焼け焦げては吹き飛んでいる。

 その高さに森の奥から一本道が出来ていた。

 一瞬だけ認めた影は、オーファンに等しい大きさの人型の何かだ。


「AS?」

 

 口にして、“馬鹿な話だ”と思う。


 魔法で動く人形は今、眼前にいる鉄巨人と足下の鉄兵士の二種類だが、熱線兵器を持っているものでは無い。

 この世界にそんな存在がそうそう居ては堪らない。


 ふと、先程のクリールの言葉を思い出す。

『ギルタブリル』という高位魔獣の話をしていた。


「ここまで近くに居たのか?」


『yes!』


「具体的に、どんな奴なんだ?」


『マテリアル2は従来ならばマテリアル8の装備品であったが、指令変更後は独立体へと戻された。

 能力はタクミが“AS”と呼ぶ、この戦闘体に近い』

 スクリーンに表された文字は、残念ながら巧の持った悪い予感に適合していた。


「ASに近いって、どういう事だ? あとナンバーが高いが、それだけ強いって事かな?」


『ナンバーに意味があるのは、ムッシュマッヘのみ!』

 またも知らない言葉が出てきたが、危険度とナンバーに関わりがない事は分かった。


 ともかく、更に情報を得たい。

「戦闘力は?」


『小回りが効く。砲撃力はバシュムの6%弱』


「『毒蛇(バシュム)』? ああ、あの荷電粒子砲!!

 今の砲撃が、そうか……」


 黙って頷くクリールは珍しく“忌々しげ”だ。

『話は後、もう一撃来る』


「分かった!」

 この場に留まれば、射線の関係から後方に居る守備隊までも敵の攻撃に曝される可能性は高い。

 迷うことなく巧は森へと跳び込んでいった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 森の中にある小さな窪地に分散したシナンガル魔術師達は、最初、それを鉄巨人の影と思い込んだ。

 だからこそ、味方である事を示す光を小さく灯して自分たちの位置を知らせたのだ。

 誤って踏みつぶされては堪らない。


 だが、彼等は間違えた。


 最初に気付いたのは、休憩に入っていた一番若い魔術師である。

 ずっと遠くに居ると思っていた“それ”が動く速度は、彼等が操る鉄巨人の鈍重さと比べるべくも無かった。


「小隊長! なんかおかしいですよ。あれ、色がまるで違います」

 だが、若者の叫びに応える者は居ない。


 鉄兵士の一体を操作していたこの小部隊は、今、鳥使い達の強烈な火箭に晒され、身を潜めさせた鉄兵士を飛び出させるタイミングを狙っていた。

 敵陣まであと二十メートル弱。


 三秒も稼げたなら、敵の中に跳び込み、後は殺戮を始めるばかりである。

 一番乗りの報償が手に入る直前であった事から、誰もが周りに気を配ることを忘れ去っていた。


「隊長!」

「煩い! 敵でもいるのか?」

「いえ、そうとは断言できませんが、」

「なら、黙ってろ! ここが大事な処なんだよ!」


 彼は小隊長の命令を忠実に守った。

 “それ”が近付いてきた時、仲間に危険を知らせる事無く、その場を脱兎の如くに逃げ出したのである。


 踏みつぶされ、血に塗れる小隊陣地。

 あれ程巨大な体躯にも関わらず、奴は物音ひとつ立てなかった。


 森の中の静寂を破ったのは、味方の悲鳴だけだったのだ。

 彼は走る。

 だが、生き残る為に必死の兵士は気付かなかった。


 如何に息を、或いは足音を殺して走ろうとも、“それ”の聴覚から逃れる術は無い。

 “それ”は唯々、血を求める。敵、味方など意味がない。


 仮に“それ”が従う何かがあるとしたなら、いずれかから下された『指令』である。

 最優先指令は、『マテリアル8に協調する装備品の破壊』

 次いでの指令は、現状区域に確認できる『係員の排除』である。

 辛うじて“味方”の概念も与えられてはいるものの、今この場を“戦闘域”に選んだ以上、不確定要素は全て潰さなくてはならない。

 例え味方と認定されていたとしても、それに変わりは無かった。



 息を切らして走る魔術師が見たのは、後方からの明るい光に照らされて、宝石のように輝く緑の森。


「綺麗だ……」

 場違いにも、そう思った。


 それが彼の人生の終わりに見た最後の光景であった。





色々あって進行が遅れている事をお詫びします。

今回のサブタイトルはA・E・ヴァン・ヴォークトの「非Aの傀儡」を捩らせてもらいました。

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