19:5つの時間の物語(中編)
四つめ 思索の時間
ヴェレーネが『この世界』でオランダを国籍取得地に決めたことには様々な訳がある。
幾つか上げるなら、まずはそのリベラルな風土だ。
三十年戦争における国の成り立ちの経緯や、その後のナポレオン戦争、第二次世界大戦などの苦難の歴史を経て移民に寛容で国民の殆どがバイリンガル、トライリンガルは当たり前な国柄になっている。
此処でなら世界中の言語を取得したとしても奇異に思われないで有ろう事や、誤って独り言でフェリシア語を呟いたところで気に留める者も居ないと言うことだ。
(但し二十年後にはこのリベラルさが原因で、国が移民に浸食されていくのだが……)
続いて飛び級制度があり、才能があるなら幾つからでも大学入学は可能であると言うことだ。
十五,十六歳の博士号、教授号取得者の存在も普通とは言わないが、特に驚くものではない。
これは北ヨーロッパなら他の国にも多いが、彼女はとにかく自由に動け、学べる場所を選択したと言うことである。
その他にも、すぐお隣のベルギーから宝飾関係の仕事を持つ人物が多く流れ込んいたためフェリシアの鉱石は高く売れることは明確であったこと。
これにより今後の活動の資金に困らないであろうと目処を付けていたことなど。
まあ、その他諸々有るが、取り敢えず今は此処までにする。
十六歳として国籍を取ったため成人までの一年半程は国の後見人制度を利用した。
大学は、欧州でも名門のデルフト工科大学へ進み、主に鋼版張力や耐熱工学関係の研究に邁進することになる。
わざと隙を造っておいた論文も幾つか認められた。
この世界の進歩は此の世界に合わせるべきで、ひとっ飛びにレベルを上げるのは危険である。 すぐに軍事利用されるのは目に見えているからだ。
その軍事力をいくらかでも利用しようとしている自分が考えるのはおこがましいとも思うのだが、その矛盾は封じ込めた。
在学途中、彼女は世界中も回ってみたくなったが、これはもう少し待つことにした。
この世界での自分の存在を確立し情報を集めることが先だと思ったからだ。
この世界は確かに戦争も多いが、表向きにだけでも奴隷制度が世界基準で廃止されているという点では「カグラ」に勝る、と思ったものである。
実際のところ彼女の計算では世界中に大凡二千二百万人程の奴隷が居る様だが、その殆どが『債務奴隷』である。
借金が返せず、自ら奴隷に身を落とした人々が全体の7割を超えるようだ。
一九九〇年に世界人口が六十億人に迫ろうかというこの星は四億人の内、一億人以上を奴隷に落としたシナンガルのあるカグラに比べれば、遙かにマシな世界と言える。
しかし、何より貧困のため、利潤を求める一部の人間のための戦争が思いの外多すぎる事実は、情報として知っては居ても何故か気持ちが重くなるヴェレーネであった。
考える時間は多く得られる。 此処で三年を過ごしてもあちらに帰れば三十分後だ。
ある日、彼女はこの世界にもシナンガル思想の元になりそうな『思想』が蔓延しているのに気付く。
一般的に発展途上国程その傾向が強いが、先進工業国とて其の心情を上手くコントロールすることに成功しているに過ぎない。
その証拠に此の国はまだしも、周辺国の人々の僅かな肌の色の違いによる人種差別の酷いことは目を覆わんばかりだ。
自分は此の世界では『コーカソイド』という種に入るらしく、差別からは逃れられているが、シナンガル人が亜人を差別するがごとしである、とヴェレーネは落胆した。
余談としてだが、何故かこの国の国民の一部にはエルフリーデの嫁いだ国を蛇蝎の如く嫌う一定の人々が居ることにも気付くが、彼女がその理由を知るのはもう少し後のことになる。
自分の民族や国を世界の中心と考える思想は珍しくない。
彼女もカグラの過去の歴史、或いは現在のシナンガルの現状からそれは分かる。
それでも、この世界は何とかバランスを取ってやっている。
つまりその思想が弱く、尚かつ、強い影響力のある民族や国が必ず存在すると云うことだ。
その国家の有力な人物と繋がれば、カグラの存在を知られたところで、この世界に対しては『秘匿』しつつ協力してくれるのではないのだろうか?
勿論、見返りは必要ではあろう。
力有る物は、その下に守る者を多く持ち、自分の正義感的陶酔だけで動いてはならないからだ。
仮にそのような正義感的人物に『カグラ』の存在を知られればそちらの方が危ない。
その人物のバックボーンとなる思想を元にした『正義』をカグラに広げられてしまう恐れすら有る。
力の有無は問題ではない。
例えば、宗教などは力が無ければ無い者が広めたとき程、広まりやすいのだ。
シナンガルが国ぐるみで狂ってしまったことからも分かるが、思想は劇薬である。
簡単に取り扱って良いものではない。
四億人のシナンガル人にすら手を焼いている。
五八億人近いこの惑星中で、善意の支配欲旺盛な一部の人間ですらもカグラに来ることに成功されては後が怖い、かといってまともな権力者から大きすぎる見返りを求められても困るのだ。
そのようなことを学び、更に現地での自分の『法的な存在の根拠』を創るということに成功した上でヴェレーネはフェリシアの魔導研究所へと帰還した。
出発から三十分後のことであるが、地球では三年を過ごしていた。
「お、帰って来ましたな」
魔方陣の中心の淡い光を視つつ、ドワーフの主任が一言だけで実践活動の成果を片付けた。
「ヴェレーネ様、心配いたしましたわ」
実体化したヴェレーネにアルスが飛びついてくる。
そのアルスを押しのけてカレルが狐人のスタッフを呼び、ヴェレーネの体に異常が無いか診療する様に指示を出した。
手を引かれて部屋を出て行くヴェレーネを見て、アルスは僅かに頬を膨らませたが、
「この後開かれる会議には参加させて下さいましね」
と一転して笑顔で『転移ホール』から姿を消す。
こうして、ヴェレーネ・アルメットの最初の時空跳躍は見事に成功した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、魔導研究所の一角にある小会議室には十人の顔ぶれが揃っていた。
まずは幅二メートル長さ六メートルの巨大な一枚板のウォールナットのテーブルの上座は空いており、そしてその上座に向かって左側にマーシアことマリアン。
右側には内務大臣筆頭のヴィンス・バートン。彼は人類種である。
そして、東部方面防衛隊長で狼人のエドムンド・アルボス。
その他、カレル・バルトシェク。
転移主任のドワーフであるレーヴィとその妻である狐人のリコ。
エルフ四人組の筆頭マイヤ。
残りの三人はテーブルに着くことを許されず、後方の壁際の椅子に控えている。
最後に、上座の対面にヴェレーネ・アルメットその人が座った。
狐人のリコが落ち着かない様子で、ヴェレーネを見る。
「あの~、本当に私がこの席にいて良いんでしょうか?」
何らしかの重大な会議だと云うことは雰囲気で分かってはいるものの、未だ意見を求められると云う事しか知らされておらず、しかも女王と同席など失神しそうであるというのが、彼女の本音である。
しかも、すぐ近くにあのマーシア・グラディウスが居るのである。
中身は別人だと聴いてはいるが、落ち着かないことこの上ない。
おなかの子に悪影響がなければよいのだがと、心配するリコであった。
因みにドワーフは異種婚しか出来ない。
男性しか生まれないからである。
リコのおなかの子が男の子ならドワーフか狐人、女の子なら狐人に限られる。
そう云った意味で美人の嫁さんを貰った主任は勝ち組と言える。
「さっきも話したと思うけど、異世界人を召還するかも知れないのよ。
女性の場合はどのような影響があり得るか、女医の立場から心理的な事柄も含めて色々聞きたいの」
ヴェレーネがそう宥めたところで女王が入室してくる。
全員が臣下の礼を取った。勿論、マリアンも一応は真似をして同じように行動する。
彼はこちらに来てから甘え癖が着いてしまい、毎日母親と同じベッドで寝ているのだが、公的な場所での振る舞いぐらいは弁えている。
因みに、エルフリーデと一緒に眠っていると、心の中で誰か女性の声がして、
(うふふ、わはは、きゃ~~い。でもいいのかなぁ?)
と度々、騒いでいるのは聞こえない振りをした。
女王の着席に続き全員が着席して、議題が示される。
『あちらの世界』の軍事力をどのようにしてこの世界に持ち込むか、である。
「それほど頼りになるものなのですか?」
東部方面防衛隊長で狼人のエドムンド・アルボスがやや疑問であると言う顔付きで、ヴェレーネに問う。
それに対して、ヴェレーネは『あちらの世界』の拳銃から小銃、大砲、戦車、地雷、ミサイル、戦闘機、空母とそれぞれの兵器の能力と、地球に現存するであろう総数を説明していく。
ヴェレーネの話を聴いていくうちに、女王とマリアンを除く、全員の顔が真っ青になった。
(マリアンの内部の何者かだけが「きゃ~」だの、「イエ~イ」だのと大騒ぎしていたが)
耐えきれずにか、内務大臣筆頭のヴィンス・バートンが、
「まさか、作り事のお話をなさっているのではないのでしょうな?」
と些か失礼な発言をするが、それも仕方ないことだと当のヴェレーネを含め誰も咎めなかった。
その言葉にヴェレーネが特に怒りを見せないことから、真実だと気付いたバートンは失言を謝罪する。
「良いんですわよ。あちらに行った自分ですら最初は理解できなかったんですからね」
項垂れるバートンを慰めつつ、『核』については話さなかったのは正解だったと思っていると、静まったバートンとは逆に声を高めたのが東部守備隊長のアルボスである。
「事実と言うことは認めましょう。しかし、それならばこそ危険すぎる。
『狼を追い出すために虎を呼び込む』ことよりも危険ではないのですか?
あちらに六十億もの人口があると云うのなら、この大陸は彼らにとっても魅力的でしょう。
僅かな利益で手助けしてもらえるものとは思えません」
アルボスは人間で言えば未だ三十代半ばであり、歴代の守備隊長の中で最も若くしてその地位に就いただけに、世の流れに対して見識がある。
単なる『勇を誇る』だけの無能ではない。
彼の言う通りである。そこがヴェレーネにとっても頭の痛いところなのだ。
更に、アルボスはヴェレーネの危惧を突く。
「仮に武器だけ手に入ったとしましょう。その為には訓練が必要です。
高度な武器は整備が必要でしょう。水車すら我々はどれだけ技術者に頼っていますか?」
「そして整備の仕方や製造法を技術者が覚え、そのような恐ろしいものがこの世に蔓延すれば……」
後は言わずとも分かるだろう、との事である。
その通り、この世界の破滅である。
女王やヴェレーネは知っている。
『セム』があちらの世界など及びも付かぬ技術についての知識を持っていることを。
それは『核』どころの話ではない。
この星系ごと消し去りかねない技術なのだ。
だからこそ、『セム』は人の行動に助けは与えても、迂闊に人に知識を与えたり、導いたりはしない。
人が気付いたことに答えるか、ヒントを示すだけである。
人は緩やかに歴史を紡ぐべきだという事が彼の理念なのであろう。
今回『セム』が例外的とも言える程に手を貸してくれているのは、どれほど危険であろうとも人が自ら足掻いて、『その道』を探しているからに他ならないのだ。
「この世界に野望を持たずに僅かでも軍事技術を貸し出し、尚かつシナンガルの横暴を止めることが出来れば速やかに全てを引き上げてくれる存在。
そんな都合の良い人物や組織がいますかね?」
カレルが溜息を吐くと同時に、『矛盾する理想的存在』について問う言葉を発した。
居る訳がない。
全員がカレルと同じに溜息を吐くかと思われたその時、女王の左手にいた人物が、椅子音も荒く立ち上がる。
エルフリーデは驚いた。
『マリアンはこのような行動を取る子ではなかったはずだ』
とその時、彼女はあることに気付く。
いや、この場にいる全員が気付いた。
そこに居るのがマリアンではない事に、
目の光が別人である。間違いなくそこにいるのは、
『戦魔王』、マーシア・グラディウスであった。
アルバが失神した。
戦魔王マーシア・グラディウス、六十年前の戦闘の記憶や記録はもとより、現在でも彼女の恐ろしさは絶賛進行中である。
六十年前のライン出入国口攻防戦における戦闘力を見た当時の西部防衛隊長アレクシス・バルテン将軍により、『彼女は危険すぎる』ということで、首都で飼い繫ぐことになった。
自由人を辞めることに不服を言うかと思ったが、『女王と面談できた後に決めさせて貰う』という。
本来は、北方の警備体制について恨み言の一つでも言ってやろうと思って居ただけで、自由人を辞めるつもりなど彼女には更々なかった。
しかし、驚くことに女王との面談後は『女王陛下に命をお渡しいたしました』と言う程になった。
ましては死にたがることもなくなったので、両親とも安心して世を去った。
が、それはそれであって生来の真っ直ぐさは直らない。
「好きなものは何か?」
と訊かれ、
「自分を強者だと思って弱いものをいたぶっている奴の手足を切り取り、弱者とはどのような気分か教えてやることだな」
と言い切った。
事実、十年に一度の割合で必要以上に新兵をいたぶる上官が、手足を切り落とされている。
彼女は人間には平手を撃つ以上には絶対に手を出さない上、エルフや獣人の手足は十年も経てば、もと通りに再生することから、余り罰を受けない。
何より、彼女がそのようなことをする時に剣は使わないため罪に問うこと自体が難しいのだ。
素手、即ち手刀で切り落とすのである。
女王の前で彼女が近衛に入る以前から帯剣が許されていたのも、剣の有無は意味を成さないと女王が知り、笑って許した為である。
当然ながらに帯剣許可のある近衛隊長の席に着くことになるのに時間は掛からなかった。
また、二十年程前に別のものが彼女にへつらって、
「マーシア様がいらっしゃれば、シナンガルなど恐るるに足らずですな」
と酒宴で言ったところ、
「女を盾にする様な国など滅んだところでこの世に益こそ有れ、害はない」
と言いきり、周りの武人を黙らせた。
実際のところ、誰もがその追従者と似た様なことを考えていたのである。
まあ、そのような恐ろしげな近況は置くにしても、何故いきなり彼女が現れたのか?しかも、初めてと言って良い程の表情を周りの人々に見せているのである。
グラディウス夫妻の晩年には2人の前だけでは素直に笑える様になったマーシアではあるが、普段の彼女の笑いは肉食獣が獲物を見つけた『それ』である。
しかし、今回はその笑顔とは違う笑顔で実に爽やかに言い切ったのである。
「いるぞ! わたしのおにいちゃんだ!」
「……………………」
全員が固まった。
アルスが惚けている。カレルは目が点であり、アルボスは口から泡を吹いている。
「む、貴様ら信じておらぬな」
そう云う問題ではない。
ヴェレーネなどずっこけて椅子から滑り落ち、今はテーブルの下である。
人類種に対しては害のないマーシアを知っている大臣バートンのみが辛うじて踏ん張っている。女王を除いての話だが、
「あら、マーシアずいぶん変わりましたこと。いかが致しましたの?」
流石、女王は落ち着いたものである。
「女王陛下にはご機嫌麗しゅう。立ったままの発言を失礼させて頂きます。
が、おにいちゃんは『えーえす』に乗ってこの国を助けてくれるでしょう。
後は宜しく頼むぞ、マリアン」
そう言うと、目の光が別のものに換わった。
マリアンに戻ったのだ。
「……え~、マーシアさん。人のおにいちゃん、取らないで下さい」
(良いじゃないの、それより早く説明、説明! 国家の一大事である!)
「もう、」
少し拗ねながら、周りを見渡すと殆ど全員が惚けているかガタガタと震えている。
アルスは、戦闘態勢を解いたところの様だ。
また、ようやっとヴェレーネが机の下から這い出してきた。
「エライもの見てしまいましたわ。国家機密ものですわね」
そう言ってマリアンの方を見ると、
「マーシア、あなた、人前に出て来る時はマリアン君に一言断ってからにして下さいな!」
怒鳴りつけた。
「『はい』って言ってます」
実際は(うっせーよ、分かったって言っといて)なのだが、角が立たない様にマリアンは中継した。
「で、マリアン君、説明してもらえるかしらぁ」
そこでマリアンは、自分が知っている限りの『AS』についての知識を披露したのだが、ヴェレーネが妙なことを言い出す。
「ん~、確かに記憶に入ってますわねぇ。あれ、この開発主任の名前……」
間が空いたが、
「鈴音・アルメット。赤の他人って気がしませんわねぇ」
ヴェレーネは『セム』に説教した後、男の子であることを考慮して、出来るだけプライバシーに触れない範囲でマーシア=マリアンの記憶を受け取っていたのだが、ASというものには意識が向かなかったのだ。
マリアンが過去に読んだ、AS関連の記事に開発主任の意見について本人の写真を載せないという条件で載っていた記憶を呼び出して確認すると、
どのような性能を目指すかと言うことのインタビューの最後に、名前として『鈴音・アルメット』と書かれていたのである。
「帰化人と言うことですが、あの国の人間としてなら、この言葉はもとの名前の当て字と考えるようですね?
申し訳ありませんが陛下、お知恵を拝借できませんでしょうか?」
「「あっ」」
女王とマリアンの声が重なった。
「分かりましたの?」
ヴェレーネの声に更に二人の言葉が重なる。
「「わかりました」わ」
「お母さん、最後は譲るから、最初だけは言わせて」
マリアンが女王におねだりすると、
「でも楽しそうだから、一人で終わらせないでね」
女王がそう答える。
「あの、すいませんが……」
ヴェレーネのみならず会議室の九名は何が何だか分からずに、イライラしっぱなしである。
「すいません。では、最初のヒントです」
マリアンはもったいを付ける。
「いま、ヴェレーネさんが言った言葉はこういう言葉ですよね」
そう言って全員に分かる様にテーブルから動いて、左の壁の黒板に蝋石と呼ばれる白い柔らかい石で名前を書いた。
その上にフェリシア語で「読み仮名」を振る。
『すずね・アルメット』である。
「鈴の音を名前にするとは中々高尚な文化のある国だな」
とカレル。
「文化的で人気の穏やかさが感じられるな」
アルボスにも好感触である
「では、おかあ、いえ、陛下、続きをどうぞ」
マリアンもノリノリである。
女王がにっこり笑って言葉を継ぐ、
「ねえ、ヴェレーネ。あなた英語も身に付けたんでしょ、『私たちが居た国』ではね、漢字に同じ意味の英語を当てて読むことがあるのよ」
そう言ってにっこり笑う。
「……」
少し考え込んでいたヴェレーネだが、
「……ベル、ね……ベレね、ヴェレーネ!!」
「「おお、あったりー」ですわ~~」
王女とマリアンは二人してキャッキャ、キャッキャと大喜びである。
「つ、つまり、ワタクシがこの研究所なり、「えーえす」とかいうロボットなりを作り上げると言うことですか?」
珍しく、焦るヴェレーネである。
「そう言うことになるわね」
女王の言葉は事無げもない。
「なるほど、兵器を動かすのは女王陛下とマーシア、いえマリアン様の命の大事を願うのみの兵士。
兵器の開発や整備、修理は、あちらの世界で行い、この世界には影響はない。これは!」
アルボスの思考はフル回転して正確な解を導き出す。
が、それに異議を唱えるものが居る。
内務大臣筆頭のヴィンス・バートンである。
「しかし、ですな。その為には膨大な予算が必要ですぞ。
この国にそれだけのものを生み出す資金はありません」
これもまさしく正論である。
また、ヴェレーネ自身も異議を唱える。
「陛下、一度跳んだ時間軸からやり直しはきかないのです。
安くとも使い捨てで、技術の残りにくい兵器は一九九〇年代にも御座います。
無茶をおっしゃいますな」
だが、女王は引かない。
「実の子が側にいて初めて分かることもありますわ。 シナンガルには考えを改めて頂くしか有りません。 『毒を食らわば皿まで』という言葉もあります。
二〇五〇年の最新兵器で叩ける時に徹底的に叩いておきましょう」
女王の性格が七ヶ月前とは大きく変わっていることに会議室の面々は気付いたが、返す言葉もなかった。
確かに、このままでは消耗しきった西部国境守備隊は破れ、東部穀倉地帯は奪われる。
アトシラシカ山脈の東で二百八十万人が生きるのに食料その他の生産には困らないだろう。
そうやってすむなら、彼らに土地を譲っても良いかも知れない。
しかし、国家間の要求など際限がないのだ。
彼らが土地を使い潰す可能性も高い
妥協点も探らず、戦争もせずに一度引けばそれで終わりだ。
何より、シナンガルの最終目的はエルフなどを中心とした『奴隷の確保』なのである。
国民を売り飛ばす交渉など認められない。
東部穀倉地帯を奪われれば、彼らに糧秣を与え、その時間が更に加速される。
国境を破られてはならない。
国家の命題である。
しかし、大臣と所長の言う資金と技術の問題もまた正論なのである。
皆が困り切った最中、女王は今までになく威厳有る声で、その場を纏めた。
「分かりました。二段階で行きましょう。
まずは、一九九〇年以降三年程の間、『あの世界』の兵器市場は大きな混乱期を迎えます。
ソ連兵器のバーゲンですわね。それを買い叩きます。
大臣は工芸部に命令して貴金属と宝石の加工を始めなさい。
後は食肉を大量に生産する様に! 但し、こちらも儲けさせて頂くわ」
命を受けバートンは頭を下げる。
「それから、ヴェレーネはこちらに」
紙にさらさらと何かを書く
「これは?」
ヴェレーネが初めて見る名前である。
「先程の命令を実行して、それから、二〇二〇年頃にこの二人に接触して欲しいの、その後のことは、また指示するわ 仲良くなれる様に頑張ってね」
「どうやら、上手く纏まりそうですな」
カレルがそう言って、ほっと息を吐き首を回した時、ドアをノックするものがある。
「会議中だ!」
アルスが話に参加できない不機嫌さをぶつけた様だ。
しかし、ドアの外の者は引かない。
「国境線及び、シナンガル軍の動向に異変有り、至急女王様にお目通りを!」
六十年ぶりに十万単位の戦力が国境に集結し、既に戦闘が始まっているという。
その数、五十万
デフォート、シエネからそれぞれ軍が出て守りを固めているが、一月が限界ではないかと思われること。
何より、北方各地に数千単位でシナンガル軍が向かっていることを密偵が捉えている。
五十万の兵力を囮に複数の結界の同時完全破壊に全力を挙げる様子である。
即ちこの数多くの小さな部隊こそが本隊なのだ。
会議室に緊張が走る。
ヴェレーネは跳躍室主任、カレル共々、次回の跳躍準備に入った。
一回跳べば最低でも三日は待たなくてはならない。
直ぐさま、という訳にはいかないのだ。
そして何より、前線よりマリアン、いやマーシアへの救援要請が来ているのだが、マーシアの戦い方は過酷すぎる。
心の壊れた彼女にのみ可能な戦闘なのだ。
それにマリアンを一体化させるなど女王が許すまい。
そう誰もが、思った。
しかし、驚いたことに女王はマーシア=マリアンへ出撃命令を出す。
マリアンは『信じられない』という顔だ。
「戦場へ行き人を殺せと言われた」、母親に裏切られたのだ。
涙が自然と頬を伝う。
しかし女王は膝を折り、いつかの巧がした様にマリアンに長いこと何事かささやくと、マリアンは一瞬驚いたが涙を拭いた。
「すぐには無理だよ」
そう答えるマリアンに女王は、
「よく話し合って無理なら仕方ないわ」
そう言う。
マリアンは何かを思い出すかの様な顔付きになったが、
やがて心の中のマーシアに呼びかけた。
「ごめんね、嫌ったりして。一緒に生きる運命だったんだよね」
次回はなんと意外なあの人がヴェレーネに関わります。
ヴェレーネは2050年までどう身元を保証するのか、「巧達の国」における協力者とは誰か。そこの所を書きたいと思います。
いつも読んで下さる皆様ありがとうございます。
昨日のユニークユーザー見たら100人超えててびっくりしました。
頑張ります。




