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星を追う者たち  作者: 矢口
第一章 ザ・リパー
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1:センス・オブ・リパー

 山中を進む機体は、右肩に『12』のナンバー、左肩に『試』の一文字がペイントされている。試験十二号機という意味であろう。


 現在、ボディには関節部分を中心に数十カ所にアンテナが内蔵されていると思わしきセンサー類がゴテゴテと取り付けられ、一昔前の戦車の爆発反応装甲を装備しているかの様である。

 センサーと入れ替えるように、基本武装や装甲板は一時間程前に全て外してあり、ガトリングガンを一丁右手にぶら下げるのみ。


 目の前に五十度ほどの傾斜があり、この傾斜を登り切ることがテストの一環のようだ。

 右手のガトリングガンを腰部のフックに取り付ける動作は実にスムーズである。

 コンピュータによる補助機能(オートアシスト)であろう。


 が、そこから先、機体は完全に止まってしまった。

 コックピット内部のパイロットと試験を観測する研究者との間で一悶着(ひともんちゃく)起きているのだ。


 ASのコックピット内部は全球式スクリーンを採用しており、八台のカメラによって前方、側面は当然のことシートの下から天球方向及び後方に至るまで半透明のスクリーンによって三百六十度全ての視界が確保されている。


 パイロットは柊 巧(ひいらぎ たくみ)、二八歳 国防陸軍歩兵科曹長である。

 彼は今、上空にいる観察ヘリに目を向け、がなっていた。


「なあ、ミズ・ヴェレーネ。こいつは普通の戦車とは違って履帯(りたい)がある訳じゃない。

 這い上がれってのは無茶だろ。何の為のアンカーウインチだよ」


 信じられないことだが、普通の戦車は七十度近い傾斜を駆け上がることが出来る。

 四五度以上の傾斜に対して物理法則的には物体は摩擦力よりも重力に負けてしまう為、普通の自動車はその様なことは出来得ない。


 ところが、戦車は四十トンを越える重量と幅の広い履帯(りたい)(=キャタ○ラの軍事用語)の摩擦力によってあり得ない角度の斜面を駆け上がってしまうのだ。

 勿論、充分な加速を付けることに加え、登り切る距離も制限されることが条件ではあるが。


 しかし、山腹にいきなり現れたこの斜面の高さはおおよそ十五メートル。

 傾斜こそ五十度程しかないが、たとえ通常戦車でも加速する距離がない以上、登ることはまず不可能だ。

 ヘリに搭乗している主任開発員のミズ・ヴェレーネはその斜面を二足歩行の人型戦車で登ってこいと言っているのだ。

 

 巧はそれに異議を唱え、炸裂投擲(さくれつとうてき)型のアンカーウインチを使い、崖の上にアンカーを引っかけ、車体(形式こそロボットではあるが現時点では「戦闘車両」扱いでもあるためこう呼ばれている。歩兵科に編入された場合「支援機械:機体」と呼び名が換わるであろう)

を引き上げるのが通常の作戦行動だと言っている訳であるが、ミズ・ヴェレーネの高いと言うよりは子供のような声質が妙な励ましと共に、巧の意見以上の理論的な返答を返してくる。


「まあ、まあ、そう言わないで、男は度胸。何でも試してみるものですわ。

 大体、常にアンカーウインチが使えるとは限らないじゃないですか。 

 被弾して故障していたらどうしましょう?」


「なあ、ミズ・ヴェレーネ。今日のタイムテーブル知ってっか? それから、こういう事は最初(はな)っからチェックリストに入れておいてくれ。 

 そうすりゃブリーフィング(事前打ち合わせ)の段階で対応策を考えておけるだろ?」


 取り敢えず不満を言った後、アンカーウインチ無しでほぼ四つん這いになり傾斜を這い上がっていくAS十二号機。 

 五十度という角度は甘いものではない。空に向かって垂直に登る感覚である。


 左手の指は頑丈に出来ているが、右手の指は細やかな作業用のマニュピュレータも兼用している為、無理矢理岩場にたたきつけると指先がつぶれていくのが分かる。


「右手の指は第一関節までだけでも素材か厚みを変える必要があるね。

 (ひざ)の装甲板の出っ張りは、この角度までの登坂になら良いフック代わりになってるな。土の質にもよって換わるだろうから、後で岩盤との抵抗比の記録も見といてくれよ」


 殆ど独り言ではあるが無線は現在オンラインで有る為、ヘリや本部への報告にもなっている。 

 仕事に打ち込めれば何でも良い、という巧の性格が遺憾なく発揮され、非常に不安定ながらも崖を這い上がり左足の裏から傾斜を登り切った平地に付ける。


 そこを踏ん張りどころにして、車体のバランスを頭部を突きだして前に置き、右足を引き上げようとした途端。

 コックピット内の計器の幾つかがアラートを示し、車体の動きを人間に近づける基本となる「オートバランサー」が全て赤文字のOFF表示となった。

 身体を起こそうとしていた処にいきなりのトラブルで右足が平地を踏むことは追いつかず、仰向けに十二号機は傾斜を滑り落ち、もと居た山道すらも転げ落ちると更に三十メートル程下まで落下して行った。


 途中で樹を掴もうとした右手は落下の衝撃に耐えられなかった。

 直径が五十センチはありそうな大木を掴み、握りしめた部分から樹の幹の表皮を引きちぎり、手首は明後日の方向に吹き飛んでいく。


 腰部に装着した十二,七ミリ・ガトリングガンはホルダーごと吹き飛んだ。その瞬間シートに軽い振動が伝わる。


 数秒後、おおよそ四五メートルの斜面を落下したASのコックピットで巧は身体の点検をしていた。

 ヘルメットと対ショックスーツをその身に(まと)い、六点式のベルトとハーネスバーに守られているとは云え、十四階建てのビルに相当する高さをほとんど落下と云って良い状態で滑り落ちたのだ。

 車体のコクピット位置から考えれば高さは更に加算される。


 だが、AS内部の巧は『落ち着きすぎている』、と言われてもおかしくない程に冷静に自分の身体のダメージ点検を行っていた。

 自分の生死に関わる感情など存在しないかの様に見えるその表情。

 これが『今の彼の姿』である。

 

 首、動く。右腕、(わず)かに痛むが問題ない。左手、操縦(かん)から指を一本ずつ離してみる。こちらも問題ない。 

 両足はコックピット側面に押しつけていた。良し。 

 滑り落ちた時背中を打ち付けた感があるが足に(しび)れも感じない以上、脊椎(せきつい)に損傷はないと考えて良い。


 一分程掛けてチェックを終了した頃、ヘルメット内臓のスピーカーから声が聞こえてきた。


「はーい、“リパー!” どう、生きてますかしら?

 今回のテストは登り切った斜面で上半身にミサイルの直撃を受けた、と想定してみましたわよ」


 巧の無様な転落は遠隔操作でオートバランスを切られた為であった。

 発言内容から、多分重心も後方に向けて操作された様だ。念の入ったことだ。


「これから車体を立て直す。それから、そのコードネームは没になったものだろ。

 他の皆さんと同じ『シャッテンナンバー』で呼んで欲しいね。

 嫌がらせなら話は別だが、」


 巧の声は落ち着いてはいるが、不快感は隠せない。


「上官に向かって口語を許しているんですから、少しの失敗は許して欲しいですわねぇ。

 あと、吹き飛んだ部品や装備の回収に四号機が向かっているんで、IFF(敵味方識別装置)を入れて武器管制は切っておいて下さいね。

 あっちは丸腰ですから」


 ミズ・ヴェレーネは意に介さない。確かにこの実験部隊においては、公的な場とブリーフィング及びデ・ブリーフィング以外においては、各パイロットは上官である彼女に対等な口をきくのを黙認されているのは事実である以上、あまり突っかかってもしょうがない。

 

 何より挨拶代わりの厭味(いやみ)は、この二人の場合は既に互いが癖のようなものになっている。

 周りは主任が言葉遣いに関しては巧に甘過ぎるのでは、と感じているようだが、実際のところ死ぬ程の目に遭うようなテストは殆ど巧に回されるため周りからの不満と言う程には発展しては居ない。


 彼女も巧も立場は違えどもAS開発に掛ける情熱という一点に於いて近いものがあることは感じており、つまらないことを気にしたくはないが、『リパー』という言葉だけは鷹揚(おうよう)な巧にとっても例外的に堪えるモノである事も事実だ。


 部隊内でのこの渾名(あだな)は一対一のAS戦闘において未だ負け知らずの実績と、その対戦相手の背後の取り方の見事さから敬意を持って呼ばれるようになった事になっている。 

 だが実際は、彼がこの部隊に入る前から古参のパイロット達によって名付けられていたものだ。



 その言葉は巧に自分の「罪」を思い出させる。



 三年前まで、軍内部においては彼が士官候補試験を受け下士官から士官へ上がるであろうと彼を知るものの誰もが思っていた。

 また、ある種の人々は彼が出世することを好意からも打算からも望んでおり士官学校出身者でない人物として久々の士官誕生は、上層部においては確定事項であった。


 好意とは、彼の才能と実績。 

 打算とは、彼の所属する部隊の位置付けについて軍内部の派閥争いに係わる事実。

 しかし現在その才能が二度と軍の表舞台に戻る事は無い。

 それは万人が認めざるを得ない事実だった。



 地方の二流大学を出て国防軍に入隊した時点では特に目立つ人物ではなかったが、史学を専攻していた為か過去の戦場について平均以上の知識と理解力を有していた。

 それだけならば、そこいらに転がっている歴史オタク、軍事オタクに過ぎなかったであろう。

 が、彼の場合それを現代の戦闘に当てはめ、机上演習や実際の訓練・演習に於いて実に良く活用した。


 例えば食事である。 

 山岳地における潜伏演習において六人を一組とした十二の分隊が潜伏を行い、教導隊が発見・制圧するという手順の訓練が行われた。

 食事を取る時こそが教導隊の最も襲撃を得意とするところである。

 火を使えば(わず)かだが煙が出る。臭いに敏感なら位置も推定できる。

 また、いくら斥候を立てても食事中ほど無防備な時はない。

 ところが彼の所属する分隊は意図した囮を除いて、遂に火を使うことは無かった。

 その為、七日間の演習の間、その位置を知るものは本部の作戦司令室のみとなったのである。


 レーションと呼ばれる携帯食は二日分の携帯である以上、どこかで火を出さなくてはならないのだが、巧の提案により彼らの分隊はソーラークッカーと呼ばれる集光機を分解してヘルメットの内張に隠して持ち込むと、それを組み立てて煮炊きをしていた。


 はっきり言えば、これは訓練上違反行為である。

 しかし後に「隠蔽(いんぺい)も能力の内」という教導隊隊長の一言で不問にされた。

 普通は虫でも食べるしかないかと思われたが川魚をガチンコ漁と呼ばれる方法で取り、タンパク質も確保。

 その上、別の場所で焚き火を行いそこに教導隊を引きつけた隙を狙って、残りが教導隊拠点の食料を強奪するという何でもありの行動に、常軌を(いっ)していると評する教導官まで現れた。


 一連の行動の中で最も教導隊を怒り狂わせた報告書の一文は、囮と思われる焚き火場所で石を焼いた上で確保した鶏肉と山芋一緒に埋めておき、教導隊が引き上げた数時間後に戻ってきて石焼き肉を楽しむ、という手の込んだ行為であった。


 水場を張っていても姿を現さない彼らは蕗から朝露を集めて飲料水の足しにし、山芋を掘って逃げ回っていた。

 

 ベトコン式のシェルターまで掘っていたのはやり過ぎの感も無いではないが、とにもかくにも、彼らは臆病と大胆を組み合わせた潜伏技能を七日間披露し続けたのだ。

 通常五日も頑張れば優秀な部類に入る歩兵科において一週間逃げ切ったのは彼らが十年ぶりとのことで、訓練終了後、当時の分隊長は巧を従え教導隊の詰め所を見舞い、


「柊一人なら小野田少尉並に逃げ切ったかもしれませんよ」


 と担当尉官に言い切った。

 当の本人はというと、体力も限界だったためか半開きの(まなこ)


「判断力があって部下の意見を柔軟に受け入れて下さる軍曹殿ですから、率直に意見具申が出来ただけです」


 と返して照れくさそうに頭を掻いただけだったが、この話が広がると他の下士官が部下に優しくなったと云うことで巧と彼の上官の株は一気に上がった。 

 その後、軍曹は間を置かずして試験を受け曹長に昇進することになる。


 因みに『小野田少尉』とは太平洋戦争後、日本軍の降伏を米軍の宣伝工作と信じ、軍命を守ってフィリピンのルバング島で終戦から二九年間もアメリカ軍のレーダー基地に切り込みをかけ続けた人物で、米軍の記録だけでも百十回を越える襲撃を行っている。

 その際、ビタミン補給などにも気を遣い、健康状態を維持し続けながらであるから、人間の精神力や適応力というのは恐ろしいものである。


 当時の分隊長だった軍曹は彼をそれほどに評価したわけである。


 では、巧は「精神力の強い軍人らしい人物」か、と云うとそうではなかった。

 はっきり言って目立たず、特に格闘技能が高かったわけでもない。真面目な姿勢だけが取り柄と云った処だろうか。

 体力も低く、軍に入った理由もあまり褒められたものではなかった。


 中肉中背、身長は百七十センチメートルをやや超えた程、目に見える覇気はあるものの軍人のそれとは何か違う上に、口調が甘すぎる。 

 顔立ちは、髪型次第で良くも悪くも見えると言った程度で、特筆するものはなかった。


「弟がASを身近で見たいと言うものですから」

 

 入営時に希望科を問われ、

「弟に見せたいのでASに乗れるのなら何処でも良いです」

 と彼が答えた時、面接官はあまり良い顔をしなかった。


 だが、それは殊更(ことさら)()の面接官の意地が悪かった訳ではなく、当時としては”当然の反応”と云うだけの事である。

 ロボットアニメにあこがれる子供ならいざ知らず、二十歳(はたち)を越えた人間なら、


『二足歩行の不安定な兵器など欠陥品であり、実験段階で消えてしまうものである』


 と考えるのが常識だっただけで、事実、軍においては研究所を除いては上から下まで同じ認識であった。


 ASが実用化されるのは、少なくとも後十年は待たなくてはならない。

 相当な楽観主義者でもこれが普通の感覚だったのだ。


 しかし、その後は『まさか』という程に一年間で技術革新が進み、環境を限定すればASが戦車の座を脅かす程の地位へ上り詰めた頃、訓練成績の報告とも相まって

 柊巧 士長:サバイビリティ、思考・判断力、理論予測 A

       射撃技能、作戦遂行力          B(もしくはB-)

       格闘技能、体力             B-


 等と、巧に対する書類上の評価も変わった。

 公的機関に於いて書類上の評価が上がると言うことは悪いことではなかったが、それでも彼に対する注目はその時点では小隊程度の一部の人間に限られたものであった。


 巧が上層部に注目される事となる転機は彼が軍に入隊して三年目を過ぎた頃に起きる。 


 時期として言えば巧がASと共に崖から転げ落ちた三年前のこととなるが、内戦中の大陸を出航した大小併せて九百隻近い漁船を含む民間船が領海を一気に越え、この国に押し寄せてきたのだ。

 船上には難民と言うには武装が過ぎる男のみが満載されていた。


 大陸の動向を伺っていた政府の対応は早く、洋上で多くの船は拿捕もしくは撃沈され、一万人近くの武装難民が海の藻屑(もくず)と消えた。

 が、数の暴力の一部は、遂に防衛の網を潜り抜けたのだ。


 この国の大陸側の海を(のぞ)む海岸線に達した数隻の船舶は平野部に到達すると船上からロケット弾を打ち込む。

 約三百発のロケット弾は海岸線際に広がる水田の多くを破壊し、一部は奥まった市街地に飛び込んだ。


 その一撃を皮切りに武装難民は人口三十万人ほどの海辺の都市を一つ占拠し、銃や携帯ミサイルを手に暴れ回った挙げ句、人質を取った上で市庁舎とその周辺を占拠して都市の独立を宣言する暴挙にまで出た。

 最早、三千人近い武装難民は大陸軍の先遣隊と言ってもよく。早期に解決しなくては大陸からの自国民・自国領保護の名目での侵攻を招きかねなかった。


 手詰まりになり掛けた中、稼働訓練中のASを一気に武装難民の占領地域に集結させることを上申する者がいた。

 上申者名は歩兵連隊大隊長で出されていたが、上申書欄外に『発案者 柊巧 伍長』の一文が記されていたことが、彼の人生を大きく変えることになる。



 気勢を上げる「難民」という名の暴徒達。市民の死者は既に三桁に達していた。

 その目前に唐突と言っていい程に十機のASが現れる。


 一般人が初めて目にする四メートルを越える鉄の巨人。


 オブジェなどではなく、圧倒的な圧力で立てこもる建物を破壊していく鉄の化け物を見た暴徒の衝撃はその正面に立った者でなければ想像も付かないであろう。


 ASの存在は開発が進んでいるという事は知られていても、その様なことに興味を持つ者は軍事マニアや兵器好きの少年程度に限られているのである。


 諸外国の軍関係者ですら、これほど早い実戦投入があるなど考えもしなかった。

 一回に二十リットル程の水を圧縮して叩き出す暴徒鎮圧のオプション銃が全機に装備され、直撃したとたん一撃で数人が吹き飛ぶ。 


 それでも抵抗する者には三連砲身式十二,七ミリ・ガトリングガンが火を噴き、人体が消滅する瞬間が其処彼処(そこかしこ)で見られることになった。


 暴徒が建物に立てこもってもASは窓枠ごと粉砕し進入する。


 輸送ヘリの搬出口から庁舎ビルの屋上に降り立ち、腰部ウインチワイヤーを使って壁を降りていくと、立てこもりが多いと思われる階に腕を突き込む。

 パニックを起こした暴徒が窓に向かい銃を乱射する中、廊下側から突入した国防軍歩兵は容易く背後から全員を射殺した。


 自動小銃などものともせず、屋外では五十メートルという至近距離から発射されたロケット弾ですら盾で全て防いでしまうASは暴徒にとっては悪夢が具現化した様なものであっただろう。


 ASの恐怖を感じた人間がどうなるかについては、「難民」の一人がASの手に握り占められ僅かに力を入れられたところで精神の均衡が崩れ、遂に元には戻らなくなったという実例が示された。


 作戦は成功し、AS投入後は人質に数人の死者を出したが「難民」の全ては制圧もしくは射殺された。

 国防軍には一人の死者も出ず、作戦は圧倒的な勝利で終結した。


 このとき、巧が意見具申書に書いた最も重要な一言は、


『武装難民に対してASに搭乗者が居ると意識させないこと。人質を取られてもAS搭乗員は一切の反応をしないこと』


 であった。


 ASは人間の意見など聞かない、勝手に暴れ回る巨人であると誤解させろという意味であり、搭乗パイロットに「人の心を捨てろ」と命令する作戦ではあるが実際に有効な手段と言えたのだ。


 そして、正面からのASの力押しに対して、各方面で歩兵による人質の救出と「難民」の制圧を一気に進めることを提案したのである。


 既に死傷者が出ている以上、交渉は出来ない。

 これは先手を取られた交戦状態なのだ。

 ならば、「相手にどうパニックを起こさせ確実に集団性を失わせるか」

 巧の上申書にはそれが重要であると繰り返し書かれていた。


 

 燃料電池の電力蓄積量の制限から実働可能時間が僅か四時間しか無く、未だ陸戦兵器としては未完成の兵器であるAS。

 普通の人間ならば投入候補にすら挙げない。しかし、彼は難民が一キロ四方という狭い地域に終結している事実と『短期鎮圧』という作戦目的を考えた結果、その投入を上申した。


 研究所から一般隊員に対しても発表されるAS開発状況の簡易データを信頼するなら、仮に状況実行中に稼働停止する機体があっても、制圧範囲において歩兵の包囲が完了しているならば、その頃には大勢は決している、と計算したのである。


 ASの持つ『威圧感』と『防御力』を最大限に生かして暴徒鎮圧に使用した柔軟性。

 事態を正確に判断し『冷酷』とも言える判断を下す意志。

 彼を兵や下士官のまま終わらせるには『惜しい』と考えさせる人物が上層部に現れる材料としては充分だった。


   

    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    



「この柊巧って奴は実に良い」


 事件終結後、或る将官は報告書を読みながら将官専用の談話室でこのようなことを言った。


「例えば?」


 部下の将官がコーヒーを(すす)りながら尋ねる。眼鏡が曇る程に熱いコーヒーに彼は手を焼いている。


 巧について語り始めた男は言葉を続けた。

「此奴はな、効率の良い味方の殺し方を知っている」


 ――コーヒーカップが口から離れた。口内の豆の味や香りすら忘れて、上官を見る。

 眼鏡の曇りが取れ無いため彼の口元が良く見えないが、今だけはそれを見たいとは思えないので丁度良い。


「戦争ってのはな、時に味方を殺す命令を出さなきゃいかん。 

 此奴は若いのにそのポイントを実に良く理解しているよ。天性のものだな。 

 今回の件でASは君の希望どおり歩兵科の装備になる可能性が高くなった」


「作戦遂行に()いて兵を危険にさらす命令は出してはおりませんが」


 不満を含む反論はすぐに封じられた。


「軍人の死者じゃない、国民の死者だ。初期に百十二名。状況開始後に十五名出ているが、彼の上申の内容が『人質になった国民に気を遣え』だったなら、死者は更に増えただろうよ。

 大きな声では言えんが女性の性的被害は多すぎて報告がまとまらん程だ。

 彼に救われた女性がどれほど居るかわかるかね?」


「自分には単なる殺人者(リパー)の感性に感じられますな……」


 コーヒーが不味く感じる言葉を自ら吐きだしてしまった。


 彼らは二人とも柊巧の上申を認め、サインをした上で判を押した人間である。

 当然ながら戦争の殺人は通常の殺人ではないことも知っている。


 それは下水のくみ取りのようなものであり誰かが手を、いや首まで汚水に浸かってやらなければならない仕事だ。そうして、誰もが清潔なキッチンやトイレを使えるのだ。

 しかし、理屈と感情は分離できないこともある。

 ()してや守るべき国民の死者を数字に置き換えて話しているのだ。


 若いのに良く理解している、だと、若いからそこまで考えが及ばないだけかもしれんぞ。

 そう鼻で笑おうとした部下は、まずは自分こそが軍人以外の国民を死者の数にも入れていなかった事に気付いて、ぞっとした。


 方向性は違えども、自分も目の前の男や柊という兵士と同じ穴の(むじな)なのだ。

 いや、下手をすればこの男の上に行こうと考えている自分の方が……


 途端に楽しもうとしていたコーヒーが急に嫌な臭いを漂わせ始めた気がする。

 柊という兵について更に語りたがる上官と泥水の入れ物に換わったカップを残して、部下は体調の不良を理由に談話室から立ち去る許可を得た。





・タイムテーブル=予定表

・ブリーフィング=事前の打ち合わせ ・デブリーフィング=事後報告、作戦結果報告

・ソーラークッカーには様々な形式のものが存在します。曲線のあるヘルメットに隠したことになっていますのでパラボラ型ということにしておいて下さい。

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