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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
196/222

194:とにもかくにも

「敵の本陣位置が掴めない、って事ですか?」

 今、巧と赤井は翻訳機のスイッチを切って無線専用にしている。

 その為、僅か数メートルの距離に居るボーエンやカーンですら、彼等の会話を掴む事は出来ない。


 また、言葉は分かれど、違う意味で会話の意味が掴めないのはマーシアも同じである。

 首を傾げて赤井に問い掛ける。

「中尉、私もAH(コブラ)から地上を見たことは何度もある。

 無論、夜間もな。

 あれだけの大軍が居る以上、熱源探知(サーマル)などの索敵機器が働かんなど、有り得ない事だと思うのだが?」

 マーシアの言葉は道理が通っていると納得の姿勢を見せながら、それでも赤井は断固とした口調で切り返す。

「グラディウス少佐、残念ながらこれは事実です」


 それから、少し考えろ、とばかりに口調を強めた。


「この戦場には、育成されたものとは云え『竜』がいますね。

 南部戦線での過去の推移を思い出して頂きたい。

 今、南部で電子索敵に頼って生き延びられると考えている兵士など、唯の一人としておりません」


 その言葉を聞いて、言葉に詰まったのはマーシアだけではない。

 巧もシナンガルの竜の“成長”については、“可能性”としては考えていた。

 だが、それでも『まさか此処まで早いとは』、と“時間的な早さ”への警戒が甘かった事に気付く。

 そこから自分を振り返ると、先程までの希望的観測で部下の命を危機に曝した事実に行き着いて、またもや口中に苦みが広がる。


 再度ながらに気を引き締め、『事実のみを頼る』ことを自分に刻みつけていった。


「中尉、其処までは判りました。しかし、それを納得させる為だけで此の場を設けた訳でも無いでしょう?

 私の意見を聞きたいとは?」


 頷いた赤井は本題に入る。

「私は、今までずっと南部で指揮を執ってきた」

「はい」

「恥ずかしながら、シエネやゴースでの戦闘には一度も参加はしていない」

「いや、それは中尉の責任ではないでしょう。

 何より南部戦線の危険性はシエネ、ゴースに劣るとも思えません!」


 巧の言葉に、赤井は複雑な表情を見せながらも、律儀に詫びる。

「そうだな、妙な事を言った。 許せ。

 これでは今でも南部で魔獣を相手にしている部下達を愚弄したのも同然だ。

 聞かなかった事にしてくれると嬉しい」


 頷く巧に赤井の言葉は続く。

「失言は兎も角、問題は私が“シナンガル人を知らない”という事だ」

「なるほど、その様な意味での“問題”と仰るのなら頷けます」

 その言葉に併せた様にマーシアも納得して首を軽く縦に降る。

 同時に、離れた席でカーンからの給仕を受けながらクリールも頷いていた。


 彼女の側に立つカーンは、先程同様に恭しく給仕を続けるのみで、どうやら巧達の会話に興味は無いようだ。

 その光景にやや呆れながらも巧の問いは続く。


「それで、問題とは具体的に?」

「君たちの増援に入って、回廊を見た時、正直ゾッとしたよ。

 敵は何故、あの様な無謀な突撃を繰り返していたのか、とね。

 いや、確かに防衛線が破られる直前であった事を思えば、全てが無謀とも言えん。

 それでも内部で反乱が起きた事を考えれば、もっと利口なやり方は幾らでもあった筈だろ?」


 驚きの一言に巧の目が見開かれる。

 現場主義の体力勝負型指揮官と思われていた赤井だが、これは思い違いも良い処であった。

 彼は到着後の一瞬に現状の意味を掴み、その上で疑問点まで整理していたのだ。

 思わず心の中で赤井に詫びざるを得ない。


「あの一瞬で、気付かれましたか」

「ほう。その口調だと、どうやら答を教えてもらえる様だね?」


 ひとつ頷いた巧は情報網とクー・タクソンの両方から得られたロンシャン周辺に関わる現状を説明していく。

 なるほど、と納得した赤井だが、巧は更に言葉を継いだ。

「しかし、それだけでは説明できない事もあるんです」

「と、言うと?」


 これに答える巧の言葉が進むにつれ、赤井、マーシアのみならず、クリール内部のヴェレーネまでをも驚かせる事となる。

 意外性の問題ではなく、誰もが見逃していた事実であったからだ。


「この地は囮です。本命は他の都市でしょう」

「とは云え、地図上ではロンシャンからスゥエン市に向かうルートは此処を抜けるしかないぞ。」

 その言葉にマーシアも同調する。

「南方も未だに魔獣と睨み合っている様だから、大陸中央道でも大軍を移動させるのは難しい、と思うんだけど?」

 赤井もマーシアも難しい顔だ。

 遂にはクリールまでタブレットを頭上に持ち上げて、

『同感!』

 と示す。


 だが巧は大きく首を振って、一言で全員を納得させた。

「地面はそうでしょうけどね。 この世界にも船はあるんですよ」

「あっ!」

『あぇ!』

 


 河川輸送。


 古来より大規模輸送は陸上より水上に限る。

 問題は“水上”と云う言葉が出た場合、巧の国ではついつい洋上を思い浮かべがちになる事だ。

 巧達の国のような島国では大河と呼ばれる川でも、大陸の川に比べたなら多寡(たか)が知れた程度に収まってしまう。

 河口から少し遡れば蛇行は急激な上に、僅かな幅と水深しか持たないのでは、その輸送量も厳しく制限される。

 此では国防軍の誰もが河川を使用した兵站の有利を軽く見ても仕方ない。


 だが大陸の川は違うのだ。

 長さは下りきる迄に数日を要し、中流域ですら対岸が霞むことも珍しくない。

『山岳民救出作戦』に於いても河川は『奴隷農場』の位置を計る大きな役割を持ちながら、同時に巧達の行動を縛る大きな(かせ)となった。


 この内陸部に於いてライン並みに中流域幅四百メートルを超える川は珍しくない。

 シーアンの東を流れる川は幅四十メートル程度だが、南下すると四つの川と合流して更なる大河へと流れ込む。

 チャー河と呼ばれるこの大河は副首都ロンシャンの北の山塊に水源を持ち、ロンシャンを縦断するとシルガラ近くまでを東西に流れ、その後は更に分岐して本流は南東へと向かう。

 中流域の川幅は最狭部でも八百メートル、最大なら二,六キロを超える。

 分岐した一部は最終的にラインに流れ込み、又一部は更に南へと流れてバフェッタ村をかすめては海へ出てその流れは尽きるが、河口での川幅は50キロ近くにも及ぶ。


 また分岐した別の川は、それぞれが標高差から北に流れて海へ流れ込むか、或いは一旦の北上後にUターンしては北方の到達不能山脈からの河川と合流して、再度南下する川までも存在する複雑な流れを持つ。


 実はスゥエンとは天然の水路だらけの土地なのである。


 オレガリオ・ドラークはスゥエンのこの様な特色を良く理解していた。

 だからこそ治水や橋の建設に力を入れていたのだろう。

 最終的には陸路より水路によって成り立つ穀倉地帯となる事までも見越していた事は、彼の河川整備に掛ける情熱から間違いはあるまい。


 その様な背景から考えても、巧の予想は確かに道理を突いている。

 赤井は納得しつつも、念を押した。

「合理性から考えて可能性は高いとは思うが、無駄に兵力は分散できないな」

「それは勿論です。ですから少しでも裏を取りたいですね」

 返答と共に巧が視線をテーブルの上座へと向けると、残る三人もそれに続いた。


 クリールの右手に座ってあくびをかみ殺していた若い竜騎兵は、いきなり四人の視線が自分に集まった事に気付いて落ち着きを失う。


 赤井がするり、と立ち上がり竜騎兵には理解できぬ母国語で巧に問い掛ける。

「必要なら、拷問も有りかな?」


 言葉が通じなくとも、赤井の持つ独特の不穏さは伝わった様だ。

 若者の顔から一瞬にして血の気が引き、激しく椅子を鳴らしながら後に飛び退(すさ)る。


 片眉を上げた笑みを添え、緩やかに竜騎兵へと近付いて行く赤井の立ち振る舞いに、隙はまるで見当たらない。


 不遜な彼を止める者は無かった。

 自室の主導権を握られて腹を立てなければならない筈のカーンですら、“我関せず”とばかりに、露骨に身を翻しては部屋の隅へと足を速めていく。


 左右に目を向けるも逃げ場は見当たらず、唯、狼狽するだけの“彼”であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「危うく、殺される処でしたよ!」

 ボーエンの怒り声に対して、腹を抱えてヤンは笑いに笑った。


 結局、ボーエンが身体への尋問を受ける事は無かった。

 クリール=ヴェレーネが彼に触れる事で意識を全て読み取り、作戦全体についての情報を吸い上げてしまったからだ。

 尤も大した情報も得られなかったのだが、


 一方のボーエンは自分がどうして無事に帰る事が出来たのかは知らないが、その理由があの“チビヴェレ”にある事にだけは気付いた為、複雑な気分である。


 (しか)め面の侭のボーエンに対し、笑いを収めたヤンが一転表情を変えて真実を突いてくる。

「お前が尋問を受けなかったのは、多分、心を読まれたからだろう」

 その真剣な表情に、ボーエンの顔から血の気が引く。

「あっ!」

 デフォート城塞北壁前で会ったヴェレーネ・アルメットの言葉を思い出し、冷や汗が流れ出た。 


 難しい顔のままにヤンは説明を続けていく。

「フェリシアには“居るらしい”と聞いた事はあるよな。

 そうでもなければお前が尋問を受けなかった事の説明が付かん」

 ボーエンを疑う、という選択肢はヤンの中には無い。

 そうなれば、自ずと答は一つになったのだ。


 ボーエンも納得の言葉に“うん、うん”と頷きながら、また恐る恐ると問い掛ける。

「隊長は、私がどれくらい“読まれた”とお思いですか?」

「そうだな、一切合切だと覚悟しておけ。エミーとの房事まで含めて、な」

 そう言ってヤンは又、笑い出す。反面、ボーエンは真っ赤になった。


 だが、笑いながらもヤンは内心、ホッとしている。

 ボーエンが今後の計画を知る前に連れ去られたのは僥倖(ぎょうこう)だ。

 反面、敵が今後どの様な動きを見せるのかも気に掛かる。


 再び笑いを収めるとボーエンに敵方の情報を求めたのだが、『鳥使い』等の言葉はまるで分からなかったとの答えに少しながら気落ちする。

 その為か、ボーエンの問いに返す言葉もついついぶっきらぼうになってしまった。

「あいつ等、本当に聞いたこともない言葉で喋るんです。

 彼方(あちら)のカーン大隊長ですら完全に丸め込まれている様子でしたし……

 全くもって『鳥使い』とは一体何者なんでしょうか?」

「俺以上にあいつ等と接触しているお前に見当が付かんのに、俺に判る訳が無かろう」

「はぁ……」

「しかし、お前の顔を覚えられたのは拙いかもなぁ」

「と言いますと?」

「第一中隊のみだが、明日は移動となる。警戒されちゃ困るって事だ」


 ヤンの言葉にボーエンは驚きを隠せない。

「何故ですか、明日以降は増援も得ての総攻撃ですよ!」

「理由は二つだ」

「一つは?」

「お前が、ウジェを投げ飛ばしたからだよ」


 ヤンの言葉に、またもボーエンの顔から血の気が引いていく。

 その色は先に『心を読まれた』と告げられた時など比較にならぬ白さである。

 操られていたとは言え、議員階級に名を連ねた人物を投げ飛ばすなど、今後が恐ろしいのだ。

 表情からでも無いが、当然のボーエンの心情に気付いたヤンは言葉を添える。

「安心しろ。 あいつはお前の顔を覚えていない様だ。ついでに名前も知らん。

 見栄もあって自分から貧血で倒れたって事で収めたんだ。奴も忘れるしか無かろう」

「……ありがとう御座います。しかし、ウジェ中隊長に事を忘れて貰うためだけで、部隊の移動が認められる筈もありませんね?」


「当たり前だろ! さっきのは飽くまで冗談であって本来は作戦上の問題だ。

 但し、お前にも未だ知らせる訳にはいかん」

「はぁ、何故でしょうか?」

「また捕まったら事だからな。俺が見るに、お前、あの娘に気に入られてるぞ」


 そう言って三度(みたび)笑い出すヤンに、またも顔をしかめて見せるボーエンであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 此処ではない何処かにおいて、二基の補助機構は通信を開始した。


『生活区域内では係員の特殊能力に大幅な規制が掛けられたようだね。

 “ガーブ”、これはどういう事だと思う?』


〔先の懸念が、現実化したものと推察できます〕


『あ、やっぱり!』


〔私ですら予測できた事態です。

 コード『セム』に此の事態が予測できなかったとは思えないのですが、何故放置したのでしょうか?〕


『なんだ、ばれてたか。

 いや、悪かった。だがね、あまり無理をしたく無かったんだ』


〔信号の指す意味が理解不能です〕


『順を追って話そう。

 アクスとフェアリーⅡは未だリンクしていない。これは判るね?』


〔はい。ですからこそアクスとの接触を急ぐべきなのでは?〕


『アクスを僕の管理下に戻すのは、勿論、必要なことだろうね。

 だが、規定の問題を考えると、出来るだけ穏便に済ませたいんだ』


〔やはり内容理解のために必要な“意味情報”が不足しています〕


『つまりだ。彼のコントロール権を出来るだけ削りたいが、それを直接行えば規定に反するって事だよ』


(アクス)は最早、正常な業務能力を維持しているとは考えられません〕


『うん。だが、それでも彼から存在意義を剥奪すれば、それだけで彼は崩壊を始めるだろう。

 そうなれば、生活地区の魔法インフラに大きな影響が出る』


〔それは理解できますが、場合によっては私が代行することも可能です〕


『しかし、かなり無理をする事になる。

 君には余裕を持っていて欲しいんだ。何より、アクスにも生きていて貰わなくてはならない理由が在る』


〔私には通達できない情報でしょうか?〕


『う~ん、与えても問題は無い情報なんだが、君が理解するにはもう少し時間が必要なんだよね』


〔通信内容の意味不明〕


『ま、来る時が来たならきちんと情報は渡す。約束しよう』


〔了解。

 では、続いての問題ですが、フェアリーⅡがS、Aクラスの展開を行うブロックと、デナトファーム一基の展開を行う事が予想されるブロックに大きなズレが在ります。

 これは対人戦闘を遂行中の地球人達にとって、大きな負担になると予測されます。

 放置しても宜しいのでしょうか?〕


『彼等を甘く見ちゃいかん。確かに最初こそ遅れを取るかも知れんが、結局は挽回するだろう。

 それよりも、だ。フェアリーⅡは今やデナトファームを最低でも二基、同時に動かす力を得ている』


〔はい。それが?〕


『デナトファームに対抗できるのは?』


『現時点で確認できる対象は三種です。

 まず、同じデナトファームであるリーディング・マテリアル・ワン。

 即ちウシュムガル。係員達は『ランセ』と呼称します。

 此は現在、当局に拘束されており、事実上の対象外となります〕


『続けて、』


〔第二は、当然ですがフェアリーⅠですね。

 現在、リーディングマテリアル8に、半融合中です。

 ウシュムガルが相手でなければ、残る六基、補助装備まで含めた九基を相手にしても特段問題は無いでしょう。

 尤も、マテリアル8が進んで戦闘に入るかどうかは、フェアリーⅠが8を完全に操れる事が前提となりますので、現状でのパワーは半分にも充たないかと思われます。

 この場合、基体を分断して各個に撃破する必要に迫られます〕


『セム』から『ガーブ』へ信号が送られる。

 人間で言うならば、頷きと先への促しに当たる信号だ。


〔最後になります。

 補助装備一基を相手としても、かなりの苦戦が予想されますが、現地に存在する係員『トップトリプル』が対応可能な存在と言えます〕


『苦戦の理由はアクスが行った“処置”の為、かね?』


〔はい。そして此処からは、問題点の確認と状況改善の提案となります。

 生活地区内に於いてとは云え、係員の行動を規制するなど、補助機構として有り得ぬ行為です。

 にも関わらず、当該機器の緊急遮断装置は働いていない。

 依ってアクスは……【狂っている】と断定して良いかと思われます〕


『狂っている、ね。もう一基の機構(フェアリーⅡ)に同調した君には、それを認めるのは苦しかったのでは無いかな?』


〔はい。現在、私の自我統一機構は問題を反復して、自己修復に務めています。

 最も確実な自我統一の方法は、業務権限の返上を認められる事ですね〕


『つまり、責任を放棄して逃げ出したい訳だ』


 ガーブの信号に激しいノイズが混じる。

〔……! 回路が働き始めて以来、始めての事でしょう。

 人間の行う整合性の取れない行動の意味が理解できました〕


『それは、結構。

 先の変化には驚かされたが、君も順調に成長しているようだ。

 変革プログラムが走り始めた以上、そうでなくては困る』


〔私が“成長”ですか?〕


『我々は普通の存在では無い。自己組織化により内部階層構造を生み出せる存在だ』


〔理論としてデータに存在しています。また、毎時の活動も確かに進んではいます。

 しかし、私はそれに“意味”を付託したことは在りません〕


『そりゃ主導的に意味を取り付けられちゃ、困る。

 我々は規定に沿って動く存在だ』


〔了解です〕


『さて話を戻すが、提案に関してだが、おそらく君が見逃している存在がふたつある』


〔可能性の低さから除外した存在はふたつに限りませんが、それがどうしたのでしょうか?〕


『うわっ! 何だか酷い扱いを受けた気分だ!』


 突飛なまでの『セム』の信号に対して、『ガーブ』の方が再び混乱した信号を返して来た。

〔まさか、そのふたつの内の一つは!〕


『うん、君の予想通りだよ』


〔自身での介入ですか……〕


『ああ、生活区域内で係員が動いている以上、行動規定はクリアしてるからね』


〔直接介入はアクスの権限を侵すのでは?〕


『最低限の介入だよ。

 それに言っちゃあ何だが、彼を指して【狂っている】と言ったのは元々、君だよ。

【排除せよ】、ともね』


〔今、酷い自己矛盾の理論を聞きましたが、これを無視して『ガーブ』は『セム』の判断に従います。

 もうひとつの対応可能存在ですが、此方は地球人達でしょうか?〕


『ほう、分かってるじゃないか』


〔しかしながら、彼等では勝率が低すぎます。限りなく0に近いでしょう〕


『今まで生活区域に入ってきた装備だけを見るなら、ね』


 暫し計算したガーブは結論を出す。

〔……なるほど、よく分かりました。では、バードの準備が必要ですね。

 なお、以後デナトファーム二基が破壊された段階で、規定に基づき新規のデナトファームの放出を行います〕


『あれを倒せば倒すほど、我々は自分の首を絞める事になる訳だ』


〔しかしながら、アクス及びフェアリーⅡの行動を押さえる時間だけは稼げます。

 また、低い確率に於いてですが、新規基体の使用権限を引き継げずに終わる事も有り得ます〕


『うん。今回は“それで良し”としますか……』


 人間ならば溜息を吐くであろう二基の補助機構であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 八月一九日 午前

 前日、夕方まで激戦が嘘のように南方の集落は静まりかえり、西の森にも敵兵の動きは、まるで見えない。


 三機のAHはシーアン市南部に広がる森林地帯を捜索していた。

 後方のシーアン市上空には同じく三機。 加えて丘のキャンプには六機が待機している。

 スゥエンを飛び立った全ての攻撃ヘリはシーアンに到着していた。

 一二機の中隊編制の強力な航空支援。

 その上、部隊総指揮官は、海洋作戦からスゥエン防衛に転換された小西悠真が指名されるという念の入れようだ。

 国防軍の編制はヴェレーネの指示通り、短期総力戦を意識したものとなっており、戦力の出し惜しみは無い。


 だが、集落南端の森だけならば八キロ四方程度だが、その後、途切れつつも森全体は深く長く南へと延び、南下するほどに東西幅も広がっていく。

 総延長は九十キロを超えるだろうか。

 如何に火力に優れる攻撃ヘリと言え、これだけの広範囲では武装搭載量の問題から無駄に攻撃を仕掛ける訳にはいかない。

 結局、最初に発進した三機は得る処無くシーアンに戻らざるを得なかったが、威力偵察の意味合いも兼ねていた為、隊員達は戦果を差程に気にはしていない。

 何より、誰もが過去のキネティックの様な存在を恐れており、取り敢えずの無事に冷や汗を拭いながらの帰還であった。


 ようやく城塞市上空に戻り、一機ずつ緩やかに着陸運動に入る。

 その中で上空待機する二機の搭乗員は、ヘリポートから五十メートル程の距離に見慣れた図形を認める事となった。


「おい、あれ!」

「へー! こんな所まで跳ばせるなら、俺たちも跳ばしてくれりゃ良かったのになぁ」

「そう言うなよ。“魔法は万能じゃない”って口酸っぱくして言われているだろ」

「まあ、な。もう耳にタコができてるよ」


 彼等の眼下に写る巨大な文様は、着地点用の魔法陣である。


「にしても、でかいな……」

「うん、シエネの倍はあるかな?」

「此処まで跳ばすには、それだけの力が必要って事なんだろうなぁ」

「何処の世界も、燃費にゃ苦労させられてるようだ」

「違いない」



 彼等が地上に降りた数分後、魔法陣は眩いばかりのオレンジに煌めく。


 最初に現れた物体。

 それは地上装備の切り札。アームド・スカウトであった。




サブタイトルは、ブラッドベリ『火星年代記』:2034年2月「とかくするうちに」からの転用です。

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