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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
188/222

186:無意識と意識と

 アルテルフ7、8、9の各機からもたらされる情報は、今の『軍師』にとって好ましいものとは言い難い。


 魔獣達は自分たちのテリトリーから活発な移動を見せる事は無く、基本指令の範疇での行動を頑なに守っている。

 勿論、この状況は予想の範囲で有る上に、変化を促す事について焦るつもりも無かった。

 急ぎすぎることで通常の生物、即ち野ウサギや鹿、コヨーテ、狼などの食物連鎖系を狂わせるのも拙いからだ。


 だが、その原因が『アクス』のコントロールに在るならば話は変わる。

 驚いく事に彼は五百年の長きに渡って放置していた個体管理権を回復させつつ有る。

『軍師』の取った行動を正規の管理活動と同じ物だと思い込んでいるようだ。


 現状が固定され過ぎては、様々な意味での『戦争』には成り得ない、というのに……。


 尤も『アクス』が完全に個体管理についての能力を取り戻した後からでも、彼女とL5とのリンケージが回復したならば、それも別段気に掛かる程の事でも無い。

“キー”を使ってアクスを特例的な支配下に置くのは難しくないだろう。

 また、今でも『アクス』の目を盗む形でではあるが、各種の魔獣の行動をコントロールする事は可能だ。


 しかし、それを放置する『セム』とも思えない。


 リンケージ完成まで最短で三千時間、最大ならその倍は掛かる可能性が有る。

 アルテルフ11を微少隕石が貫通したことが、計算を不確定なものにしてしまった。

 バードまでのシステム中継は11が最も得意とすると云うのに何という事だろう。

 人間が(まれ)に口にする『不運』とはこの事を指すのであろうか、と皮肉めいた言葉すら回路を()ぎる。


 ともあれ、急がなくてはなるまい。

 アクスが管理能力を完全に取り戻す前に一つ二つの戦闘は行っておきたいのだ。


 今こそ『駒』を使うべきである。

 そう、彼は自分とその様に契約したでは無いか。

 彼自身はどうやら騙された気分の様だが、追々、機嫌を取ってやるしかない。

 ふと、笑みが漏れる。


 これが本当の『可笑しみ』というものかと、ティアマトは少しだけその気分を楽しんだ。

 そう、ほんの少しだけ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「太田垣少尉でいらっしゃいますか?」

 背後から声を掛けたのだが、振り向いた人物を見て九条飛鳥は失敗した事を悟った。


 写真とは似ても似つかぬ人物である。

 流石に写真で確認しただけではやむを得ない面も有ったのだが、声を掛けた相手がマル被(被疑者:この場合は太田垣実)と似た点は体格ぐらいのものであり、鋭くもむなし気な、あの独特の目付きはその人物には無かった。

 正面の彼は顔立ちからして優しげで、随分と人当たりの良い男であったのだ。


 第一、目の色がまるで違う。

 混血なのだろうか、瞳がやや青み掛かって見えるのだ。

 一瞬、ドキリとして固まったが、すぐに人違いのようだ、と詫びる。


「ああ、実少尉と間違えたんですね。同じ階級で同じ太田垣ですから」

「は?」

「いえ、あちらは資格者のエリート。

 こっちは曹候補生からの這い上がりだから、間違えられるとこそばゆいですね」

(曹候補生:士官学校外から尉官へのルート:中佐で定年を迎える事が多い)


 対象者の太田垣実少尉は国防大出のエリートであり、歳も未だ二十四才と若い。

 だが、目の前にいる人物は三十路間近であり、名を太田垣総司(そうじ)と名乗った。


「親父が新撰組のファンだったそうですけど、こんな早死にしそうな名前、よく付ける気になりますよね」

 屈託無い彼の声は、縁起でも無い台詞を発しているにも係わらず九条まで釣られて笑うほどに豪快である。

 九条は取り敢えず、自己紹介から入った。




「なるほど、厚生労働省と国防省のそれぞれから兵士の生活環境についての調査ですか」

「はい、何と言ってもストレスの溜まる場所だと思います。

 帰還時に皆さんカウンセリングは受けて下さいますが、現場(げんじょう)でのストレスや不満など、その場でなくては分からない事も多いのではないか、と云う事で我々三名が派遣されました」


 白玉コンビと九条飛鳥はこの様な名目で政府連絡員として派遣された。

 表向きの所属は厚生労働省扱いである。


 同じ軍人でない事、地球の女性がこの地を踏むことの珍しさも相まってか、もう一人の太田垣は随分と好意的に会話に応じてくれた。

 だが“宗教”に係わる会話までは、まだ暫く掛かりそうである。


 何より九条が、自分がナンパされている事に気付いたのは、彼と別れて暫く経ってからであったのだ。


 ようやく太田垣“総司”から開放されて、駐屯地の更に奥へと足を向ける。

 だが、その時になって九条は、自分が思っていた以上に大きなミスを仕出来したのに気付いた。


 また『太田垣少尉』を捜すのか?

 総司少尉に対しては、話を聞く相手として明確に“太田垣”を捜していた訳では無く、話を聞けそうな時間のある士官として太田垣実を捜していたのだ、という形を取って誤魔化せた。

 だが、直後に同じ“太田垣”と云う名の者を捜したとなると、どうだろうか。


 兵士達の間で、“政府連絡員が太田垣少尉に拘っている”などと言う言葉が一度でも飛び交えば相手に警戒されてしまうではないか。

 先の総司少尉に対しては、ごく偶然を装って“ちょっと話を聞きたい”と言えば良かっただけなのだ。


 いきなりのヘマである。

 ショックのあまり、立ちくらみを起こしてうずくまってしまう。


「あの、大丈夫ですか?」

 ふと、頭上から声が届く。

「いえ、お気遣い無く」

 続いて顔を上げつつ“ご親切にどうも”

 そう答えようとして彼女の声は空を切る事となった。


 そう、目の前には目的の人物である“太田垣実”本人が立って居たのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 スゥエンを訪れたシーアン守備隊長のカーンは、ハーケンを前にしても結局は頭を抱えるだけで良い『案』など浮かびようも無い現状に参っていた。


 いや、ここに至っては『案』という言葉で済ませる話では無い。

 いずれを選択するか、覚悟を決める話しか残っていないのだ。


 選択とは、新首都ロンシャンからの通達。

『独立宣言を返上して鳥使い達を領土から駆逐せよ!』

 この言葉に従うか否か、である。


 小さな杉のテーブルを挟んでベランダに背を向けるカーンの頬を風が撫でる。

 草原の香りを強く感じた。

 そんな爽やかな夏の空気は状況の不穏さにまるで似合わず、いつもなら心地よい筈の南風ですらも彼を苛立たせている事に気付く。


 不意に立ち上がったハーケンも同じ思いであったのだろうか。

 バルコニーへ続くガラス戸へ近付くとその扉をそっと閉じる。

 それから緩やかに振り返った彼は、静かに、だが明確な意志を持った声で断言した。


「私は真に独立を行っても良い、と考えている」


 思わず喉を鳴らすカーンであるが、自分でも驚くほどにハーケンの言葉に対する衝撃は小さい。

 多分、彼自身も其の言葉を待っていたのだろう。


 フェリシアとの国交が途切れて各種の産物が入手しづらくなった事で、初期は確かに苦労も多かった。

 だが、その問題点を解決すべく多くの人々が額に汗を流し、結果としてスゥエンを始め国内各地には様々な新産業が育ちつつあると云うのに、新旧の首都はいずれも地方からの収益のみを当てにして、率先した改革を行う気配も無い。

 元々、封建主義的な国柄であるシナンガルでは各地方の独立性は高かった。

 確かに内乱などは避けたいが、このままでは首都からの収奪が続くだけなのだ。


 今スゥエンに存在する七つの街は、無からコツコツと作り上げた「自分達の街」である。

『他の誰に、我らの街について口を出す権利があるのだ!』

 庶民の感情など気に病む力の有る男では決して無い。

 よって、此は飽くまでも地方支配者としてのテリトリー意識以上のものでは無いだろう。

 だが、その郷土意識とでも言うような独立心は、カーンの中に確かに芽吹いていたのだ。


 その想いを確かめるかのように彼は唯、黙って頷く。


 ハーケンがこの言葉を出した以上、準備は整っていると考えて覚悟を決めたのだ。


 しかし、確認するべき事は確認しなくてはなるまい。

「まず、鳥使い達ですが、本当に信用出来ますでしょうか?

 奴らは、いざとなったらフェリシアに逃げ込めますが、我々はそうはいきません」


「南部がきな臭い……」

「は?」


 カーンの問いに対するハーケンの答は、“鳥使いではなく、お前の能力こそ信頼に足るのか?”と問い掛けていた。

 独立戦争ともなれば、兵士の士気を高めるに足る優秀な指揮官が揃わずしての成功はあり得ない。

 手始めにだが、カーンこそが戦場を見渡す目を持っているのかどうか、ハーケンはそれを確かめているのだ。


「フェリシア国内で、南部方面が騒がしいのは君も知っているだろう?」


「はい。 私も耳を疑いましたが、ナルシス・ピナー将軍配下の者が魔獣を操ってフェリシアに南部からの侵攻を企てているとか」


「うん。だがな、“我が”、いや最早、他国か……。

 シナンガル南部も近々、それに負けず劣らずの騒ぎが起きる可能性が高いのだよ」


「ルーファンショイの南部ですか?

 確かに既に魔獣が出始めているとか。

 シーアンの北部に出たものよりも、更に大きな魔獣が北上するのでしょうか?」


「いや、大型魔獣の北上が起きる確証は未だ無い。

 だが、南方に危機がある事は確かなようだ」

 そう答えたハーケンは、その南方、いや南西を睨むかのように話を続けた。

「ルースという男について再度調べさせたのだが、あの男が奴隷解放を目論んでいるのは確かな様だ」

「ほう?」

「私が思っていた以上に、奴のスケールは大きい。

 我々は奴が持つ巨大な戦略の一部に組み込まれていると考えて良い」


「と、申しますと」

 カーンの言葉にハーケンはやや気落ちした様な口調になってしまう。

 それぐらいは察して欲しい、とでも言いたげに言葉を投げかけた。

「どうやら、この国とルースは運命共同体らしいと言うことだよ」


 判りの悪い男かと思われたカーンであるが、一つ頷くとハーケンの落胆を帳消しにする以上の洞察力を見せ、彼を驚かせる。

「つまり、“鳥使い”そのものを見張るのではなく、南部など他方面の動向から奴らが手を(ひるがえ)す時期なり理由なりを読み取って対応しよう、と云う訳ですな」


 思わず目を見開いたハーケンは、彼に似合わぬ“クスッ”としか表現しようのない笑みを見せた。

「カーン君、君の部隊の増員を認める。

 また、現在は空位となっている第二大隊長への就任を次回の会議で提案したい」



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 二基の『“威厳在る存在”が消滅した』という信号が『アクス』に届いたとき、彼は自分自身が此処に居ることと、その信号の正しさを同時に理解した。

 だが、そうなると二つの事象の齟齬(そご)に戸惑う。


 つまり、現在の状況には矛盾が生じている事に気付いたのだ。


 結果、ガーブに確認を取る事で『アクス』は自身の認識能力に異常が発生している事にようやく気付いた。


 そこから彼は“自分とは何か”と云う存在の再確認作業を開始する事になったのである。

 そうして『自分は何者かアイデンティフィケーション』についての再定義は完了した。


 何故、自分を『威厳有る存在』と誤認していたのだろうか。


 大きな疑問である。

 当然、それも確認したが、異常が内部から発生したものでは無く、外的要因である事が明確になった以上、処理は後に回される。

 彼自身に責任は無く、対処方法も存在しない事が分かったのだ。


 優先事項は別にある。

 自己復元を完了した上で、施設内の現状確認を行う。

 その後でなければ、『フェアリー』の指示は受け入れられない。

 また、『セム』への報告を行う事は更に難しい。


 (アクス)は自身の任務への対応の遅れを知り、それから管理区域内が危機的状況に有ることを知った。

 何より、破損していた間に自らがカスタマーに与えた情報の間違いは“致命的”ですらある。

『先の情報は間違っていた』

 その様な単純な指示で納得し得ないほどカスタマーの世代交代は進んだ。


 本来のカスタマー達の子孫に当たる『アカンパニメント』の能力では、アクスの言葉を理解できないだろう。

 係員の管理区域内への導入を求めたいが、それは規約に反する可能性が高い。

 つまりは越権であり、それを行おうとした段階で彼の業務遂行機能はシャットされる。

 執行機関に過ぎない彼は係員自らの判断を待つしか無いのだ。


 彼が行う事は、第一に生活区域に於ける『威厳有る者達』の管理。

 継いでは素体、若しくは個体の活動範囲の規定である。


 予定された行動を行う内に、この四百四十九万時間を超える間に起きた様々な問題点が明らかになって来るだろう。

 係員との接触はその後でも問題は無い、と判断した。


 だが、管理機構に関して一点のみだが、気に掛かる事項もある。

 生活区域内に於いて係員が規定を遙かに越える力を使った痕跡があるのだ。


 個体を倒すのは良い。

 カスタマー或いは、彼等の同行者(アカンパニメント)を守る必要があった可能性は否定できないからだ。

 だが、この力は異常ではないのか?

 女王でもあるまいに、係員単体で使用して良い『力』とは言えない事も確かである。


『ガーブ』から受け取った修正情報には当然だが係員に係わる情報は存在しない。

『アクス』はふと考える。

 自分に異常が起きたように、女王や係員にも異常が起きた可能性を対応要素に入れる必要が在るのではないのか、と。


 実際、別地点では係員に因るカスタマーの殺害痕跡も幾つか確認された。

 明確に違法ではないが、合法的な処置であったという確証も無い。


 地区に於ける特殊能力発動システムを再調整する必要が出てきた。

 状況が明確になる前に、生活区域で自分を越える力を発揮されては困る、と判断したのだ。


 特に何者かが行った“ダークエネルギーの収斂(しゅうれん)”については大幅な制限を設けるべきであると判断し、その準備を進めていく。


 今、『アクス』は自分が正常に戻ったと思っている。

 いや、確かに戻りつつあるが未だ完全ではない。

 そして、やはり『ガーブ』が『セム』に告げた懸念は正しかった様だ。

 間違った行動原理による彼の職務行為は、ある種の危険が伴われていたのであった。


 係員の行動を規制するなど本来は補助機関ごときが行える筈もない。

 にも係わらず、彼の緊急停止機構はまるで働かず、『アクス』が『アクス』として存在する事を許していた。




サブタイトルは神林長平氏の「いま集合的無意識を」(短編集)改変です。

戦闘妖精雪風の主人公の少年時代が描かれた「ぼくのマシン」が印象的でした。


訂正です。

過去にェイカンパニメントと記載していた言葉を、アカンパニメントと切り替えました。

発音的に前者かな、と思ったのですが、表示的に分かりづらいのは良くない、と反省しました。

何よりリスニングに自信が有りませんし・・・・・・


あと、暫く遠出の通院です。

5~6日は掛かるでしょうか。 場合によっては1日の入院があるかも知れません。

次回は日曜日に投稿したいです。

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