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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
187/222

185:新都目覚める

 八月十日


 フェリシア国境のライン川からなら直線距離で八百キロを越える地点に当たるスゥエン国境の町シーアン。

 首都スゥエンからでも直線距離で五百キロ以上の彼方であり、まさに辺境、と言いたい処だが、単純にそうとも言えない。

 この街は副首都ロンシャンからもやはり六百キロ前後の距離にある。

 よって段丘街道を封鎖さえしなければロンシャンとの交流は容易く、水利にも恵まれた環境もあって、都市整備が完成すればスゥエン以上の都市に発展する可能性をも秘めていた。


 そのシーアンから東に二十キロも行かない地点に孤立した丘がある。

 頂上部が三百メートル四方に及ぶ平坦な地形もヘリの離発着に向いたものであり、フェリシアから派遣された国防陸軍スゥエン分遣隊の六十六名の内のほぼ半数に当たる三十名は、その丘の使用権を得てキャンプを張っていた。



「あっ! 帰って来たようです」

 無線を担当していた兵士の報告に、側で聴いていた軍曹は溜息を吐くが、それでも完全に安堵したものでは無い。

 それから数分後、彼方に写ったオスプレイの影が近付くにつれ、兵士達の表情にもようやく笑みらしきものが戻った。


 この台地は街から大分離れており、高さと周辺の平野の関わりが相まって、かなり遠方までの見晴らしが効く。

 敵が近付けば一目瞭然である上に、夜間の警戒装置にも隙はない。

 また緊急用の大出力無線を繋げばシエネとも直接通信は可能である。


 更に言うならば、いざとなれば全員で上空に逃げ出すことも出来る以上、このキャンプを襲う者がいるなどとは思えない。

 だが、それでも此処は敵地である。

 シエネでの攻防戦にも見られた通り、近代兵器を無力化する魔獣や魔法の存在を甘く考える事は誰にも出来ず、指揮官不在の状況は好ましい事とは言えなかったのである。


 指揮官不在。


 派遣部隊長である柊少尉が僅か二日間とは云え、護衛のマーシア達を伴ってスゥエンへと向かった。

 スゥエンには補給部隊として副官を含む三十六名が残留している事から、巧については心配無い。

 何より、マーシアという護衛が付く。

 だが、それが為に敵地の中心に残される方としてはいざという時に対応の遅れを懸念していたのだ。

 辛うじて落ち着いて見えるのは、留守を任された最上位の曹長ぐらいだろう。


 時たま上空に偵察の為か小型の翼飛竜が飛ぶ。

 シナンガル本国からの偵察であろうが、此方からは無闇に手を出してはならない事を厳命されており、昨日から隊員達が抱え続けていた緊張感は、そろそろ限界に来ていた処であった。


 話は少しばかりずれるが、この戦闘・偵察専門の小型翼飛竜と輸送が主任務になりつつ有る大型翼飛竜。

 今まで竜は単純に小竜、竜と呼ばれ正式な名前が存在しなかったが、この時期に正式に名前を付ける事となった。

 それぞれに明確な区別を付けるためであり、育成要塞司令官ラーグスによって小型竜は“素早い毒蛇”と云う意味合いの『ヴァイパー』へ。

 また、大型の竜は最初ドラゴンと名乗らせたが、フェリシア内部の本物の翼竜(ドラゴン)の情報が出回る事で流石に見劣りを感じたのであろう。

 古い文献に残る『竜の子』を指す言葉の『ドラクール』と改名されていた。



 話を戻す。

 巧達、スゥエン分遣中隊がこの地に来て既に一週間が過ぎている。


 シーアンから北を中心に現れた魔獣についての調査を進めながら、何度か討伐を繰り返す中で巧はある事実に気付いた。

 そこで、急ぎスゥエンのハーケンと直接に話をする為、キャンプを離れたのである。


 巧達が気付いた魔獣の習性は以下のようなものである。

 シーアン周辺に表れた魔獣は小型から中型のものばかりであるが、その生息域に大きな特色が見られた。

 都市に近いほど弱い魔獣が多数生息し、発生場所と思われる洞窟に近付くにつれ、魔獣が強力化していくのだ。

 問題となった洞窟近辺では地球の“サイ”によく似た四メートル前後の地竜も数頭見つかったが、テリトリーを刺激しなければ彼方からの攻撃は殆ど無く、大型輸送ヘリ・チヌークによって一両のみ運び込んだ軽装甲機動車(LAV)でパトロールを行った四名の兵士達は充分に余裕を持って逃げ切った。


 但し、この世界の馬車で逃げ切るには、運も味方に付けなくてはならないだろう。

 車軸の強度に難のあるシナンガル馬車の速度は道路事情の悪さも重なって、決して早いとは言い難い。

 街道を塞がれるようならば、討伐対象と考えるべきである。


 本格的な“完全殲滅”を狙うならば、C-2Wを持って偵察警戒車両や歩兵戦闘車両のパラシュート投下も有り得る事態となってきた。

 森林内を考えると、AH-2S(スーパーコブラ)では対応に限界があるからだ。

 時間を考慮した場合、ヴェレーネに頼んでASを含む陸戦車両を直接送ってもらう事すら有り得る。

 その後の整備や移動に大きな問題を抱えることになるが、一度くらいの戦闘はこなしてくれるだろう。


 一応、現時点でも僅か三十名の変則小隊規模ながら装備は質・量、共に何ら問題は無く、作戦遂行体勢は万全と言っても良い。

 だが、問題は先のテリトリーに係わる話だけではなく、魔獣が持つ別の側面である。

 現在、分遣隊が魔獣退治をするでも無しに、丘で足止めを喰らって居る理由は此処にあった。


『ユニコーンラビット』を例に話を進めよう。

 これは名前の通り“角の生えた兎”だが、地球の兎との大きな違いは、主に肉を好む雑食である事だ。

 大きさも欧州の食用兎並みの四十キログラムを越え、体長も一メートル前後。

 小集団で生活を営むが巣穴から外れると、今度は群れることはなく単独行動を好む。


 この一角兎は呆れるほどに気性が激しく、視界に入った人間には全てに襲いかかってくると云う危険な生物であるため、当然だが発見次第の速やかな討伐が望ましい。

 彼等は余程の力の差が有る場合を除けば、自分より強い存在にも見境無く襲い掛かっては、結果として容易く倒される。

 それでも数を減らさない理由は繁殖力が他の魔獣に比して桁違いだからだ。


 ジャイアント・トードやシムラスが現れるまでは、“最弱”と言われただけあって外皮は差程頑丈ではなく、また毛の肌触りは驚くほどに良い。

 討伐に成功すれば、冬場のコートの裏地や毛布の素材に不自由しない利点を持っている訳である。

 殆どの国民の生活域が温暖な地域にあるフェリシアでは、その毛皮も北部の僅かな村々以外では用をなさないが、此処シーアンの緯度を考えるなら、現状では幾ら狩っても素材が足りないほど良い獲物と言える。


 また、何よりはその角である。

 角の先の少しの部分だけだが、これが他の薬草と組み合わせる事で様々な薬になるのだ。

 主に腎臓病や狭心症などに対応する薬となる事が多い。


 先を除いた角全体も利用価値はある。

 鉄を鍛える際に砕いて混ぜ合わせると、ある程度だが強度が上がるという万能品でもあり、フェリシアでは武具以上に農具の修繕・補強に役立っていた。


 つまり、魔獣の登場は確かに住民に危機をもたらしては居るが、付き合い方次第では、良い生活のパートナーとなる可能性もあるのだ。

 今までフェリシアから高値で買うしかなかった薬や、上質の農具が国内生産出来る事になる下地が出来た、と言える。

 シーアンの住人達は、今は初めて見る魔獣に恐れを抱くのみで、その事実に気付いてはいない。

 しかし、その事実が広がれば以前のフェリシア南部の様に、人々は魔獣との共存を狙う事が出来るのでは無いのか?

 何より繁殖率から考えて、この魔獣の完全殲滅など土台が無理な話なのだ。



 現在のフェリシアと違い、この地の魔獣は殆どが小型である上に、自分のテリトリーから出る様子がまるで認められない。

 巧はハーケンにこの事を知らせ、対応方針を変えてはどうか、と持ちかけたのである。


 別段、親切心からこの様な話を持ちかけた訳では無い。


 繰り返すが、スゥエン全体の魔獣がどれだけの数になるか分からぬ以上、延々と狩りを続けるのは無意味だし、何より此処は新首都ロンシャンに近すぎる。

 巧達の活動が目立てば、いつ何時大軍と相まみえる事になるやも知れない。

 他に魔獣が出現した地区はスゥエンだけでも四ヶ所を数えることから、これ以上分散して行動する羽目になるのも御免だ。


 そして最後に最も大きな理由を挙げるなら、下手に大型魔獣が現れた際に国防軍がそれを駆逐した場合、シナンガルにフェリシア侵攻の余裕を与えてしまう可能性が高まらないとも言えない。


 つまり巧は両国の内部に“日常の危機”を残しておきたかったのだ。

 このままスゥエン、シナンガル国内に魔獣が溢れかえり、フェリシアなどに構っていられない程の忙しさとなれば、それこそ万々歳である。


 ルナールにとっては笑えぬ話だが、巧の考えは基本的な部分に於いて『軍師』の目的と完全に一致していた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 シーアン市建設の総責任者はスゥエン軍第四大隊長リカルド・カーンである。

 彼は今、初めての体験に胸を躍らせていた。


 今、自分は空を飛んでいる。


 地平線は遙か遠くに光り輝き、北方山脈からシーアンに向けて流れる川筋は、この様に曲がりくねっていたのか、と初めて知る事実に感動すら覚える。

 安全のために腰紐で繋がれてだが、鳥の横っ腹のドアを開けて貰うと、そこには虚空が有るだけであり、地上に蠢く牛であろうものは算盤の珠ほどの大きさに見えた。

 だが、それは確かに生きて動き回っており、頬を叩く風も相まって、この光景の全てが現実なのだ、と彼に教えてくれる。


 ヘリの窓から眼下を見下ろしては子供の様な興奮を隠し切れていないカーン。

 その姿を横目で見る巧の表情は、シナンガル人と一つの機体に同乗する事で不機嫌そのものとなったマーシアとは対照的に、実に穏やかなものである。

 因みに、この時クリールは機体のローター軸上で遠景を眺めていたようだが、何でもありのこの少女にパイロット達も既に慣れ親しんでおり、彼女に視線を送りつつ、

『頼むから、墜とすな(・・・・)よ!』と自機と僚機の心配をするのみであった。


 この不思議な状況が起きている理由はハーケンにある。

 巧の提案に対するハーケンからの返答が、“現場での了承次第である”であったからだ。

 そこで此の男(カーン)の機嫌さえ取ってしまえばシーアンでの魔獣対応は案外と早く片付く事になりそうであると考え、さりげなく希望を聞いた処、『空を飛んでみたい』という返事が返ってきたのには驚いた。

 もう少し、即物的な男だと思っていたのだ。


 だが、それぐらいで済めばお安いご用とばかりに彼の要望を呑み、空中遊覧となったのである。

 此処が片付けば、いよいよバルコヌス半島へと手を回せる。

 巧は、自分がこの遠征で初めて一息入れている事にようやく気付いていた。





 現在、スゥエンの総軍は最大動員可能数十二万となっている。


 スゥエン三千四百万の人口に対して軍人数十二万人は微少なものであり、普通に計算すれば税が軽くなる筈だが、実は低い兵員率の割には重税に陥りがちである。

 生産物の多くが、未だ本国に収奪されているからだ。

 それでも奴隷制度があるからこそ、税は他の地域より安く押さえられている。

 その上で十二万の兵を養えるのだが、いずれ全てを自由民とする事を考えれば財政的に持ちこたえられる兵数ではないだろう。

 奴隷ひとりひとりが自由民となった処で、いきなり税の増収が期待できる訳では無い。

 彼等に支払う給与の問題から雇用主の利益率は下がり、十年近くは税収が下がる事は目に見えていた。

 元奴隷から税を取るにしても生計が成り立たなくなるほどの収奪は出来ない。

 何より、まず『税』とは何か、という概念から彼等に教え込む必要もある。


 だが、逆を言うなら、そこさえ乗り切れば市場経済の活発化から税収は爆発的に増加する事も確かだ。

 元奴隷達が物を消費する欲に目覚めてくれれば良いのだ。


 ハーケンはこの事を考えて、成人男性を徴兵により軍事訓練を受けさせた後は予備役に廻した。

 そうした上で平時の兵数を六万前後に保ち、魔法兵の育成を進めつつも軍事を押さえた通常の国家経営を優先させる方針を守っている。

 偽装独立後、本国からの猜疑の目が厳しくなった事に耐えきれなくなった大隊長四名が逃げ出した事も数合わせに役立っており、現在の経営は概ね順調と言えるだろう。


 その中でリカルド・カーンは、西都シーアンの防衛と開発を任されていた訳である。


 但し防衛とは言っても、シナンガル本国軍が“スゥエン反逆は真意である”として攻撃してきた場合、総軍十二万が揃った処で、それだけでは結局どうしようも無い。

 全く防衛線の準備をしていない訳では無いが、やり過ぎて相手の不興を買ってもいけない事は馬鹿でも分かる。

 あくまで本国に対して『ルースと鳥使い達に対する偽装です』と言い訳が出来る範囲に収めていた。


 その為、この街の兵士は建設を中心とした輜重兵や工兵が一万二千。

 そしてシナンガル新首都ロンシャンと名目上の自国の首都スゥエンとの連絡を密にする為の連絡員魔術師三百名が部隊の中心であって、三千も存在しない実戦部隊は形だけの存在と云って良い。

 結局、本当に事が起きたなら、いつもの言い訳を盾に侵攻軍指揮官に頭を下げて軍を引いて貰うしかないのが現状だ。


 カーンが日頃から考えていた事は“それ”ばかりであり、胃に穴が開きそうな日々を過ごす中で、驚く事に今度は『魔獣』の出没である。

 一度など、何もかも放り出して逃げ出したくなった。


 基本的に名誉心か虚栄心の強い男であった為、辛うじて踏ん張っているに過ぎない。

 また苦労以上の(ぜい)を手に入れる事も当然の権利と考えており、建築バブルから生まれる様々な利益を手元に集める事も忘れては居なかった。


 シナンガル人としては平均的に欲深く、平均的に我の強い男である。

 自分を大きく見せたいという見栄もそれなりに持っている。


 しかし、カーンはスゥエンの偽装独立に於いて席を残しただけでも、移動願いを数十枚書いた上に賄賂をばら撒くだけ撒いて、尻に帆掛けて逃げ出した四名の大隊長よりはずっとマシな男と言える。

 ハーケンのカリスマに魅了もされているが、ドラークに対する長年の恩義をも感じており、病に伏せった彼を見捨てて出て行く気にもなれなかったのだ。


 充分な欲深さと少しの人の良さは一人の人間の中では決して矛盾するものでも無いが、やや変わった男とも言えた。



 飛行経験の後、情報に基づいて数日間の魔獣狩りを行ったシーアンの部隊は、鳥使いのリーダーであるヒーラギの言葉が事実である事に納得の姿勢をみせた。

 それによってカーンは部隊の一部から兵力を裂く事を決め、フェリシアの自由人(バロネット)チームの様な十名程度の小規模な狩猟部隊を五十チーム程揃えて、街道を守る事になった。

 余程北に向かわなければ、それだけで充分に対応が可能である事が知れたのだ。


 各狩猟部隊を送り出して、ホッと息を吐くカーンであったが、彼の平穏は三日と続かなかった。

 急遽シーアンに現れた本国からの使者は、スゥエンに独立宣言の返上を迫ってきたのだ。


 巧が恐れたよりも事態は早々と動いていた。

 偽装の国境線とは云え、そこからあまりにも近くに“鳥使い達”が現れた事実は、露骨に議会の不興を買ったのである。

 今回の問題が生じた際、『軍師』の積極的な工作が有った訳ではない。

 議会が動き出した後に、軍事行動への援助を申し出たことは確かであるし、なにより彼女もいずれは同じ事を考えたのかも知れない。

 だが、初期主導は断じて彼女では無かった。


 人とは彼女が思う以上にずっと猜疑心が強い存在だったのである。





 サブタイトルは1953年のウィンダム作「海竜目覚める」からの改編ですが、

『この話どんな話だったっけ?』

 と思って調べたら、ゴジラ+バトルシップをインティペンデンス・デイで割ったみたいなお話で、ビックリしました。

 最後に異星人を倒すのは、作者の「トリフィドの日」と同じく日本人科学者です。

 この当時の英米SF作家って何処まで日本人好きなんだ、と笑ってしまいました。

(ハインラインは別ですね。 この頃の彼は大の日本人嫌いでした)


 湯川博士のノーベル賞受賞、ゴジラの衝撃や昭和基地の設置(アメリカ海軍も諦めた地点への上陸)など、この頃の日本は敗戦国ながら良くやっているという好感が有ったのでしょうか?

 でも、それ以前からも日本人がキーになるSFってあった気がします。

 本当に不思議です。


 今回、税収問題は考えるほどに苦しかったです・・・・・・


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