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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
183/222

181:発狂する時空

 先の大戦に於けるアメリカ軍兵士の戦死者数は総数で約四十万人である。

 ならば、これがアメリカの参加した戦争における人的損害の最大数であろうか?

 いや、実はこれ以上の数が存在する。

 それこそが「The civil war」と呼ばれた一八六一年から一八六五年に掛けての『第一次アメリカ南北戦争』である。


 その死者数は少なく見積もっても六十万人を下らず、先の大戦の一,五倍の損傷を米国に与えており、『アメリカを倒せるのはアメリカのみ』の名言の元となったとも言われた。


 この内戦によるトラウマはアメリカ合衆国という国に深く刻み込まれているのであろう。

 五月末日に開始された第二次アメリカ南北戦争は緒戦段階を終え、互いの軍需工場に爆撃を繰り返しながらも、敵対勢力地への歩兵投入どころか機甲師団の侵攻すらも遅々として進まず、陸上の戦線は現在も膠着の中に在った。




 地球、八月二日


 国防軍カグラ派遣混成旅団はフェリシアに於ける北方撤退兵誘導の最終作戦を見事に成功させたものの、その成果を確認した数名は心療治療までもが必要な状態に追い込まれた。

 山崎を始めとした数名は暫しの入院まで命じられ、現在、輸送艦ネルトゥスは久々に地球の港にその身を浮かべている。


 (くれ)で艦の補給と簡易改修を進めながら、その他ヘリ中隊を含めた全乗務員はそれぞれ故郷へと戻り二週間の休暇を過ごす。

 地球では二週間の休暇ではあるが、戻ればカグラでは転移から三日後である。

 今後の北方作戦における大きなズレを心配することも無い。


 巧とヴェレーネも久々に北関東へと戻り、二兵研での仕事を進めている。

 その中で彼等は、久々にある人物の訪問を受ける事となった。




「この人物に覚えが在りますでしょうか?」

 研究主任室を訪れた公安外事課の小田切俊介がソファに向かい合ったヴェレーネと巧に差し出したのは、一枚の写真である。

 写真の人物は未だ若々しい顔立ちであり、写りの悪い階級章は尉官のものに見える。

 若手のエリートだろうか。

 軍人らしく短く刈り込んだ髪型とバランスの良い体躯は、それぞれに鋭利さを感じる佇まいを醸し出しているが、何事にも程度がある。

 年齢に見合わぬ鋭さを備えた眼差しは、何やら落ち着いて見る事の出来る面立ちとは言い難い。

 美男子の部類なのだろうが、写真にすら映し出される思い詰めた表情は、その人物をやけに不安定に感じさせるのだ。


 映像媒体が古すぎてそう思うだけなのだろうか。

 初対面の人間を殊更(ことさら)に悪く見たく無い巧は、自然と写真そのものに話を移した。

「こりゃ又、随分と古い媒体(ばいたい)を使ってますね」


 そう、『写真』などという物を見せられれば、巧でなくとも驚く。

“印画紙に写された像”など、今時は余程の趣味人でもなければ使わない。

 表面劣化が激しい紙媒体を使うぐらいなら、電子アルバムや有機EL照射ポスターを使うのが普通だ。

 ELプリントならば映像が汚れる心配も無く、いつでも好きな画像に切り替えられる上に、一枚のシートに何万枚でも画像・動画の保存が可能だからである。


 その質問に小田切は楽しそうに答える。

「いや、こんな古くさい物を使っているのには訳があるんです」

「と言うと?」

「こいつなら、我々が他人の肖像権を侵害している証拠が残りにくいんです。

 職務質問で所轄の警察とごねて、データの開示を求められた場合、有機シートでは幾らデータを消しても、その痕跡は残りますよね。

 その点、こいつは溶かすなり刻むなりすればお終いですから」

 そう言って小田切は悪戯(いたずら)の種明かしをする子供の様に笑う。

「発火機能か何かですか?」

「似たような物ですね」

 そう言って写真をひっくり返すと、中心に小さな穴が開いているのが分かる。

 其処に指を数秒ほど押し当てると、表層のインクは自動的に分解してしまう様になっているのだ、と小田切は説明してくれた。


 話を聞きつつ、巧はヴェレーネに写真を廻す。

「まあ、それは分かりましたが、この人物がどう致しまして?」

 写真の男を見ていた彼女にも、特に思い当たる人物ではない様子だ。

 だが、軍服を着ている以上軍人であることに間違いは無い。

 この国で警官と軍人の制服を複製して着用することは大きな罪に問われる。

 その様なリスクを負う人間はそうそうには居ないだろう。

 そうかと言って二兵研の人間で無い事も確かである。

 ヴェレーネが唯の一人と云えども二兵研所属の職員を覚えていない等、あり得ない話だからだ。


 彼女は二兵研所属者については、全ての名前や容姿どころか個々人のあらゆるデータをその頭脳に収めている。

 職務上のデータは勿論のこと、その人物の係累、交友、或いはネット上のリンク相手まで直ぐさまデータとして引き出すことが可能だ。

 職務データは兎も角、プライベートな問題に自分の能力を好んで使おうとは思わないのだが、その気になれば所員の行動追跡は決して不可能ではない。

 つまり、この人物は一般の方面軍指揮下の士官と云うことになる。


「この男はカグラ派遣旅団の所属です」

 二人を見据えた小田切の言葉は短いが、先程までと違って緊迫したものに変わる。


「名前は?」

 そう、名前さえ分かれば旅団員の転移スケジュールを管理するヴェレーネには、そこから個々の人物までも追える。


「太田垣 実」


 小田切の示した名前を聞いて記憶を掘り下げていたヴェレーネだが、差程時間を必要とはしなかった。

「最終転属組の尉官。二十四才、階級は少尉。

 今度のカグラ派遣で繰り上がった急造士官ではなく、国防大卒のエリートですわねぇ」

 人物の素性に容易く辿り着いたにも係わらず、ヴェレーネの眉根は曇りがちである。


「どうしたんだい、大佐! あんたが将兵相手にそんな顔を見せるのは珍しいな?」

 巧が訝しむのも(もっと)もである。

 ヴェレーネの表情は、どう見ても“厄介者を見つけた”という目付きを備えたものなのだ。


 その表情に対して、小田切は巧とは全く逆の反応を見せる。

「話が早く通じそうで有り難いですね」

 彼にしては珍しいほどに心底ホッとした声色が響く事で、巧は益々置いてけ掘りにされた気分だ。


「二人ともどうしたんですか? さっぱり分かりませんね?」

 巧の言葉にヴェレーネは肩を竦める。

「あたしだって確証がある訳じゃないわ。でもね、小田切さんの話はあたしが考えているよりずっと厄介事になる気がするの」

 そう言った彼女が小田切に向き直ると同時に、彼は一礼して申し訳なさそうに口を開いた。

「いや、全く持って仰る通り。下手をすると『別地』に係わる問題としては国防軍、初の逮捕者が出かねません」

 

 巧もこの言葉には跳び上がる。

「逮捕!? 一体、何の犯罪だい?」

「”それ”を決められない事が問題なんですよ。結局“別地”は法的に“バーチャルな世界”です。

 其処(そこ)で何が起きても、地球の法や逮捕権が及ぶかどうかは実に怪しいんです。

 問題が起きた場合、地球の法に照らし合わせて逮捕するしか無いんですが、罪に問われない可能性が高い。

 そうかといって問題を放置したままだと彼方(あちら)の世界にどの様な影響が出るか、私達にもまるで予想が付かない。それが問題なんです」


「悪いが小田切さん。やっぱり、あんたの言ってる事はまるで分からないなぁ」


「順を追って話させて下さい」

 そう言って伝えられた小田切の話は、巧のみならず内閣までもが恐れていた事が遂に起きつつあると云う内容であり、今、カグラに於いて大きな問題を抱える巧とヴェレーネの手に余る話としか言いようが無かった。


 話し終えた後、小田切からひとつの案が()げられる。

『餅は餅屋に』という言葉ではないが、二人は小田切からの提案を素直に受け入れる事にした。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 カグラ七月二十五日


 先のスゥエンでの会談から予想されていた事態とは云え、やはり()の急展開には驚かざるを得ない。

 重力リハビリを終えた巧達が地球からカグラに戻ると、シエネ城壁から遙か彼方に見えたシナンガル軍キャンプは今や撤退準備の真っ最中であった。


 七十万の志願兵を集め、第三次の決戦を挑む処では無い大きな問題がシナンガル内部で起き始めている事が分かる。


 ハーケンからの情報に依れば、これまでフェリシア国内だけで暴れていた魔獣達が遂にシナンガル内部にも現れ始めたという。

 それも、南部からの北上という分かり易い形ではないため、シナンガルとしては全土に軍を配置し、その対策に手を付け始めたらしい。


 少ない数ではあるが各地に配されたヴェレーネ直属のスパイ網からの情報もそれを裏付けており、国防軍は新たなステージに移行せざるを得なくなっていた。

 だが、この事態はあまりにも予想を超えた為、『次のステージ』については、直ぐさま結論が出る内容でも無い。


 シナンガル内部の各地で魔獣が現れフェリシア侵攻処では無い、となれば和平交渉まではもう一歩であり、国防軍の撤退は間近に思える。

 そう『別地』ことカグラに於ける国防軍の作戦行動は終結に向かうと考えるのが当然だ。

 最終撤退時期については、南部の魔獣戦線の進行度合いに左右される事には変わりないが、状況が大きく変わった事にもやはり違いは無い。


 だが、ここに来て楽観論だけでは済まない別の事態が引き起こされている。


 ひとつは先のハーケンとマーシアの会談に係わる事だ。


 新生スゥエン共和国の西の国境には、シーアンと呼ばれる街がある。

 首都スゥエンから西に五百キロ程、シナンガルの副首都ロンシャンからもほぼ同じ距離に当たる。

 国土を小さく固める事を考えて、もう少し東側を国境にしたかったのだが、位置的に最も防衛に向いた段丘地帯の頂上部に当たるため、此処を西の国境として宣言せざるを得なかった。


挿絵(By みてみん)



 そのシーアンに於いて去った五月二十四日に大きな地震が観測されたのは、丁度マーシアがスゥエン城壁をAH(コブラ)のミサイルで吹き飛ばしたその日のことであった。

 それから日を置かずして、同地点から北に僅か三十キロほど進んだ山塊地の(ふもと)に幾つかの空洞が現れる。

 今、其処(そこ)を始めとして、他の地域をも含めたかなりの広範囲に、小型ながらも様々な魔獣が姿を現しているというのだ。


 そしてヴェレーネを伴った先のハーケンとの会談に於いて、スゥエン独立を工作した『鳥使い』こと国防軍はその魔獣と闘う義務を負っている事が確認されたのである。


 無論、約束を反故(ほご)にして無視を決め込むと云う手もある。

 だが、この魔獣の跋扈(ばっこ)が一時的なものであった場合、そちらを選んだならスゥエン分断工作は無に帰す。

 少なくともルースとの契約を偽装した二年。

 いや、昨年の十一月十日の独立宣言から既に過ぎた八ヶ月を契約期間に加えるにせよ、せめて残り一年四ヶ月だけでも国防軍はスゥエンを守る義務を持っていると考えなくてはならない。


「南部戦線の問題が有る以上、直ぐさま国防軍がカグラから撤退する事は出来ない。

 と云う事は、スゥエンとの約束は守る方向で話を進めるのが得策だろう」

 これは池間の言だが、中央作戦司令部の一致した意見にもなりつつ有る。

 スゥエンを切り捨てるのは何時でも出来る。

 また、シナンガルに現れた魔獣の活動規模によっては、別の戦争が起きないとも限らない。

 此方(こちら)は更に厄介な問題だ。


 つまり難民の流入である。


 フェリシアのライン山岳地に於ける稜線(りょうせん)結界は侵入者の『恐怖心』をその壁としている。

 だが仮の話だが、『シナンガルに残るより、敵方のフェリシアに逃げ込んだ方が生存率は高い』と考える者が山越えを行った場合、結界はまるで力を失ってしまうだろう。

 そうした行為が続く中からシナンガルが結界の秘密に気付かないとも限らず、そうなればフェリシアの山岳防衛線は瓦解しかねない。


 今、すぐにでもシナンガルに於ける魔獣跋扈の規模がどの程度のものなのかも調査する必要が生じている。

 対応するにしても魔獣そのものの他に、人的気質、地勢、地方社会の特性、方言、或いは風習などシナンガル内部に於ける様々な情報の再確認を進めなくてはならない。


 また魔獣に係わる情報は、当然だがバルコヌス半島部へも流れ始めており、場合によってはルースがこの機に乗じての『反乱決起の宣言』をフェリシア側に求めてくる可能性も高い。

 現状の準備は整っていないことを理由に、第二騎兵中隊第一小隊の山代少尉がルースを押さえ込んでいてくれてはいるものの、現場のタイミングについてはルース主導であることに間違いは無い。


 今や両面に於いて、慎重にも慎重を重ねた対応が求められる事態となっていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 その頃、シーアンの南六百キロに位置する育成要塞から西に一キロと離れていないシェオジェ魔法研究所では、『軍師』が困った顔をしてその掌中のカップを(もてあそ)んでいる。


「軍師殿、今回の魔獣の出現はどういう事なのでしょう?」

 ルナールの問い掛けに、『軍師』は表情と併せて“実に困った”という声で答えた。


『今の状況は計画上いずれ訪れる事態だった訳だから、その点の問題は無いんだけど……。

 でもね、タイミングが大きくずれちゃったのよ。

 地殻活動までは私にだってどうしようも無いしねぇ。

 そのせいか、どうやら私の動きをアクスが勘違いしちゃったみたい……』


 さっぱり要領を得ない言葉にルナールは戸惑うが、質問を続ける。

「アクス? 勘違い? いや、その前に“この状況に問題は無い”とは、どういう事でしょうか?」


 その問いに答える代わりに、彼女はルナールに問い掛けてくる。

『今、例の鉄兵士はどれくらい増産できているの?』

「はあ、確か、三百は完成しましたね。

 次回の攻城戦に間に合わせるとすれば、更に五十は追加できたはずでしたが、」


『実戦が行われていたとしたなら、どれくらい効果が見込まれた、と思う?』

「そうですね。 四~五日ではシエネの城壁を突破できたのでは?」

『何言ってるの、三百も一点集中で活用すれば数時間で四~五千名は倒せるわ。

 竜を使って運び込む予定だったんでしょ?』

 ルナールは慎重である。

「相手は空に手が届きます。それは難しいのでは?」

 だが、ルナールの慎重論を『軍師』は一蹴した。

『それは最悪に最悪を重ねた場合の話ね。

 普通に考えれば、次の攻撃でシエネは陥落(おち)ていたわ』


『軍師』の言葉に間違いは無いだろう。

 如何にマーシアやヴェレーネが手を尽くしても四方八方からの竜を全て一度に対処することは出来ない。

 鉄兵士は一体で数十人分の力が有る。


 間違い無い、と思うルナールでは有るが矛盾も感じる。

 つまり其の程度の敵ならばシナンガル内部に逆侵攻も出来ないでは無いか、という事だ。

 そう尋ねると、軍師はまたもや首を横に振った。

『あの鉄兵士がまともに動けるのは、あなた有ってのものよ。

 攻守が入れ替わった時、シナンガル内部に散った全ての鉄兵士をあなた一人でコントロール出来るの?』


 なるほど、確かにそう言われれば、そうである。

 あくまでルナールが能力を確保できる直径五キロという縛りの中でこそ鉄兵士は強靱(きょうじん)だ。

 平野に分散して各部隊に配属された鉄兵士の映像中継をルナール以外の魔術師が行えば、防御力は兎も角、攻撃力は極端に落ちるだろ。

 そうなれば、数人の魔法士と剣士が組めば、あれを倒すことは容易い。

 鳥使い達の火器が出るまでも在るまい。

 シエネ城壁上の犬走りや、切り通しのような閉鎖空間でこそ鉄兵士の力は最大に発揮できるのだ。


 軍師の言葉で、鉄兵士とは“戦場を限定した兵器”で有る事に今更ながらに、気付かされる。


「まあ、相手の侵攻能力に問題が無い事は分かりましたが、それでもこの状況は拙いのでは無いでしょうか?

 魔獣とフェリシア、双方を相手にしていては混乱が広がるばかりです。

 また彼方も、逆侵攻の方針を決めかねるのでは?」


『其処は心配ないわ。彼等はスゥエンの魔獣を倒す義務がある。

 そうなれば、副首都、いえ新首都ロンシャンは動かざるを得ないでしょうね。

 いよいよ、シナンガル内部での闘いが始まる事になるわ!』



 なるほど、と頷くルナールに対して『軍師』はいきなり話を変えてきた。

『処であなた、自分の母親から聞いた“過去に係わる話”を覚えてる?』


「ええ、まあ」


『その中で、今の状況と似た話が無かったかしら?』

 今の状況とは、シナンガル内部に魔獣が現れた現状を指しているのだろう。

 現在、魔獣の確認されている地域は十一箇所である。


 スゥエンに四箇所

 ルーファンに二箇所

 その他、五箇所は新首都ロンシャンを取り囲むように分散している。

 また未確認であるが、本来の首都であるシーオム周辺にも魔獣が現れたとの報告があった。

 種類はユニコーンラビットやトリクラプスドッグ、後は希にだが蝙蝠のような姿の“インプ”、ナメクジ型の“シムラス”、更に希にではあるが強力な魔獣である猪型の“ヘルムボア”も見られる。

 いずれも小型から中型のものばかりではあるが、魔獣との闘いに慣れぬシナンガル人に取ってはどの様な小型の魔獣も脅威に間違いは無い。


 ユニコーンラビット単体でも三人からの男手を必要とし、ヘルムボアともなれば、普通の農民は逃げ惑うだけである。

 今やシナンガルの東半分は戒厳令の如き有様だ。


「今の様な状況の話、ですか?」

 顎に手を当てて、暫し首を傾げていたルナールだったが、不意に“あっ!”と声を上げる。


 確かに母から聴いた話を思い出しながら軍師に過去の歴史を語った際に“この様な状況”があったではないか。

 記憶の中の母は確かに“こう”語っていた。

『人々は妖精種、人類種、獣人種それぞれが好みの者で手を組んでは、五人から十人ほどの“小さな軍隊”を作り魔獣を狩っていた』


 あの時、話を終えた後のルナールは、無意識にだが言葉の意味を今の世界に当てはめてしまい、

 “小さな軍隊は、ビストラントに近い南部や不可侵域に於いて活動していた”

 と捕らえていた。

 不思議な事だが、思考を自分自身で自然にその方向に誘導していったのだ。


 だが、思い起こせば、母は確かに“こう”も言っていたではないか。

 “過去において魔獣は世界に溢れかえっていた。人々はその魔獣と闘いながら生活していたのだ”と。

 また『軍師』が常々口にしている、“自分は世界を『有るべき姿』に戻す”という言葉を何故今までこの言葉に結びつけられなかったのだろうか。


 何という事だ……。

 頭がどうにか成ってしまいそうであり、身体までも自然に震えてくる。

 止めようにも止められない震えは、怒りからなのか、恐怖からなのかも分からない。


 結局、彼は怒鳴るしかなかった!

「魔獣が人の住む世界を闊歩する此の状況こそが、世界の『有るべき姿』だと仰るのですか!?」


 ルナールの怒りと恐怖に気付いているのだろうが、『軍師』は其の怒声をものともせずに、

『そうよ』

 と軽く返す。


 世界を自由にいじくり廻すだけでは飽きたらず、此の世に“魔獣の跋扈する地獄”をもたらすことが当然、とでも言う台詞にルナールは沸騰直前である。

 こいつの本体を探し当ててスーラから叩き出した後、完全に消滅させてやりたい。

 だが、その殺意は今、目の前にいる『存在』に向けられながらも指一本触れる事は出来ない。

 言うまでもなく『スーラ』という人質が、その身体を完全に取り込まれてしまっているからだ。


 この『存在』

 そう、人とは言い難いこの『何者か』の本当の目的を知らなくては成らない。

 また、その正体もだ。

『軍師』なる存在をスーラの内部から追い出すことに成功したとしても、他の誰かに乗り移られたなら、結局は同じ事だ。

 この『存在』が根本の処で何を狙いにしているのかを知らなくてはならない、と根源からの疑問に戻る事の重要性に気付く。


 取り敢えず表面だけでも怒りの表情を抑えることに成功したルナールは、まず“目的”を探る事にした。

 目的が分かれば、其処からこの存在の正体、或いは全ての能力を知る事も可能かも知れない。

 そこから進めて、この存在を倒すか、滅するかする方法も掴める可能性はあるのだ。


 一呼吸置いて、出来るだけ丁寧に尋ねていく。

「何故、人の住む世界に重なって魔獣が存在する必要が在るのでしょうか?」

 ルナールの言葉は『人は人同士、魔獣は魔獣同士、それぞれの世界で生きていけば良いではないか』と云う素直な疑問である。


 だが、『軍師』は困った様に頭を振ると、こう言ったのだ。

『人は群れてしまうと、唯生きているだけでも必ず互い同士の闘争に向かって突き進む生き物なのよ。そしていずれ破滅の時を迎えるわ』




サブタイトルはフレドリック・ブラウンの代表作「発狂した宇宙」からの改変です。

で、ここまで書いてどんな本だったのかすっかり忘れている自分に気づきました。

段ボールを漁るとすぐに見つかったので20ページほど読んでいくと、読むほどに確かに読んだ記憶が明確になるのですが、どうしても先が思い出せない。


まあ、2度読めるので得してるんでしょうね。

(1949年の作品にも関わらず、出だしの20ページだけでも充分面白い!)

今日は頭痛が軽いのでこの本を楽しむことにします。

そんな訳で自分が投稿するお話も、読んで下さる皆様の楽しみになりますように祈るばかりです。

それでは、また次回も宜しくお願いします。

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