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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
182/222

180:スゥエンで会おう

 国防軍『別地(カグラ)』派遣兵士は現地でひと月を過ごすと、最低でも一週間の休暇を与えられ地球に戻される。

 〇,八Gの軽重力から来る筋力低下を避けるための措置である。

 (もっと)も近頃は()のローテーションに関わらず、それを恐れた兵士達は自主的に戦闘服のあちこちに『錘』(ウェイト)(ほどこ)して平時を過ごす事で筋力低下を防いでいた。


 勿論、基本として個人のカグラ=フェリシア駐留が連続して最大2ヶ月を越えることは決してない。

 そこまでが軽重力に筋力反復が耐えられる限界であるからだ。

 何よりも、ヴェレーネによる転送スケジュールさえ調整可能ならば、兵力の極端な減少は避けられる。

 調整次第だが、シエネから一日しか離れていなかった人物が実際は地球で二週間を過ごしてきた、という事も珍しくはない。


 しかし、その便利さが地球に於いて次第に奇妙な事態を引き寄せ始めた。


 つまり各員の送り出された時間、或いは到着時間に僅かなズレが生じる為、本来ならばカグラで死亡した兵士に別の兵士が(まれ)に出会ってしまう、という現象である。

 そうして自分の死因を知らされた兵士はそれを避けようとし始めた。


 勿論、これは当然の事で有り、最初は死んだはずの戦友に出会った兵士も喜んだものである。

 そうして共に協力して当人の戦死を避けようとしたことすら有った。


 しかし、それらの試みは何一つとして上手く行く事はなかった。

 また、極小の例としてだが、運良く其の人物が難を逃れる事に成功した場合、必ず代わりの死者が生まれるのである。

 下手をすれば、助言を与えた人物が代わりの死亡者名簿に載る羽目になった。


 結局、死亡する人数は帳尻が合ってしまい、兵士達は地球に於いて互いの生死に関わる話を口にする事をタブーとする様になって行く。

 また、ヴェレーネも間を置かずして()の事実に気付き、その様な事態を避ける為に到着、出立の時間調整を行う。

 彼女の努力の甲斐あって、問題の事象の発現数は微少な数にまで減ったものの、完全にゼロとする事は未だ不可能であった。


 時空間という無限の混沌構成(カオス・アトラクタ)

 その『時間発展の場』は、人間が足掻く事で狂わせた筈の因果律を容易く修復する弾力性を見せる。


 お前達にくれてやるものなど“何ひとつ無い”と嘲笑うかの様に……。


 不思議な現象に触れた兵士達は次第に神を意識し、信心深くなっていく。

 つまりは宗教に身を(ゆだ)ねる兵士が少しずつ増えていったのである。


 太田垣(みのる)少尉もその様な中の一人だ。

 彼は歩兵科士官として、最も後発で送られたグループに属する。

 今回も地球に戻った際に信仰する教会を訪れ、熱心に礼拝を済ませた。


 その日は牧師から声を掛けられ、更に熱を帯びて話し込むこととなる。

 教会には第九艦隊所属の米軍兵士も訪れており、同じ宗派の人間として此処では『兄弟』として気安い会話を交わす。

 人種も性別も年齢も関係ない。


 何より彼等の母国に於ける南北戦争は思いの外に長引く様相を見せており、この国に腰を据えざるを得ない現状に焦り始めているのだ。

 同じ“兵士”と言うこともあって、平時には考えられぬほど彼等の繋がりは次第に深いものとなってきていた。


 また彼等の様な兵士達と理由の違いは在れど、現在の世界の混乱は他の人々をも『祈る』事に向かわせている。

 教会内部は静けさの中にも、絶望から逃れたいとでも云う慟哭(どうこく)があちこちから聞こえてくるかの様であった。


 教会を出る間際、太田垣は別の顔見知りの米兵士とも出会う。

 此方は陸軍兵であった。

「そっちはどうだい?」

「まあまあ、だよ」

 などと他愛もない会話をして別れる。


 その様な休暇の最中、彼は自分が何者かに着けられている事に気付いた。

 気配は軍人のものでは無い。

 少なくとも人を殺した事のある臭いが感じられないからだ。


 だが、何らかの“プロ”である事は確かだ。

 何故、自らの存在をわざわざ自分に気付かせるのか理解できぬ程の“手練(てだ)れ”とも感じる。

 相手の狙いが分からぬ以上、迂闊な動きは出来ない。


 この休暇の間に接触があるのだろう。

 取り敢えず太田垣は相手の出方を待つ事に決め、自宅へと足を早めていった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 七月十五日

 前日十四日からスゥエン入りしていたマーシア・グラディウスと、共和国代表アンドレア・ハーケンの会談は城壁内部で行われる。

 二ヶ月前のマーシアの襲撃以来、ハーケンは彼等を城壁の外に留め置いた侭に会談を持つのは逆効果である、と考える様になった。

 マーシアを城壁内部に招くことで、あの恐るべき『鳥』の攻撃を少しでも避けたいと考えたのだ。

 やらぬよりマシと云った程度の小細工だが、城壁内への招待によりマーシアがこの都市の住民に少しでも情を移してくれる事を期待し、また此方がマーシアを信頼しているという明確なメッセージを受け取って欲しいとも考えたのである。

 下手に入城を規制するよりは上策と言えた。



 会談場は『共和国代表執務会館』、即ち旧来は『城塞司令部』と呼ばれていたオレガリオ・ドラークの私邸にて行われる。

 本来の館の主であるドラークは現在、療養の為に別宅に移されている。

 事実上の幽閉と言っても良い状態だが、彼にとって(これ)は幸せなことだろう。


 五階建ての『代表執務会館』はスゥエンで最も高さのある建造物であり、各階の天井までが地球の建物より比較的高いこともあって、登頂部を含めると二十メートルを越える。

 また床面積も地球の平均的な学校体育館程度の大きさはあり、ひとつの建物として見た場合、この世界では巨大建造物の部類に入ると言えるだろう。


 最上階からなら平均高八メートル前後のスゥエン城壁を遙か下方に見下ろすことになる訳であり、会談の場に選ばれた四階南向きの部屋からですら城壁犬走りに立つ兵士がまるで玩具(おもちゃ)の人形の様に見えた。


 南方一面に田園が広がり、見える範囲だけでも小さな集落が七つ、八つと点在している。

 北方であるにも係わらずこの時期の小麦は青々と茂り、城壁周辺には小さな陶器窯の煙突が幾つか散見される。

 消失した丘の跡地も今では雑木(ざつぼく)が息を吹き返し、少しずつ緑が広がりつつあった。

 見える範囲で幾筋か走る小川に掛かる橋は石造りのものが多く、ドラークという人物が庶民から集めた税を広く公共に還元しようとしていたのだとも分かる。

 またその後を継いだ人物も、ドラーク式の行政の有り様を大きく変える事をしてはいなかった。


 

 ドラークの後を継いでスゥエン独立を宣言した彼は四名の供を従え、先に部屋で待っていた。

 マーシア・グラディウスの入室と共に席を立ち、胸元に拳を当てる敬礼で敬意を示す。


 アンドレア・ハーケンである。


 縦に五メートルを越す巨大なロングテーブルの東側が上座に当たるのだろうが、その場に座る者は居らず、その一事を持って互いが対等な立場で話し合いを持つ事をハーケンは示していた。


 そのハーケンがまずは口火を切るが、最初の言葉は相手に対する牽制と言うよりも、実際の困惑が在り在りと見て取れた。

 彼らしからぬ、と言って良い程である。

「お連れの方が三名とはお聞きしておりましたが、その様な幼い御嬢様が必要なのでしょうかな?」

 それは、巧に手を引かれてキョロキョロと室内を見渡すクリールを指した言葉だ。


 予想された質問であった為、マーシアが応える。

「うん、この子は記憶力が並外れていてな、まあ形を変えた書記だとでも思ってくれ」

 そう言って、次に本来の書記役であるヴェレーネに視線を遣り自己紹介を促した。


「書記役のスズネと申します」

 ヴェレーネは地球で使っていた帰化名を今回の偽名に当てている。

 外見も変えた上に服装もいつもの黒ずくめではなく、国防軍の制服に身を包んでいるため正体がばれる心配もあるまいが、巧としては冷や汗ものだ。


 だが、ハーケンの意識はマーシアと鳥使いの指揮官である巧自身に向けられて居たようであり、ヴェレーネを気に掛ける様子は見られなかった。


 早速、会見が始まったものの、初っぱなから巧達は事態が予想を超えて大きく動き始めている事に気付かされる。


「お約束は、覚えておいででしょうか?」

 ハーケンは最初、マーシアにそう問うて来る。

「約束?」

「はい、ふたつ有った筈ですな」


 ハーケンの言葉に首を傾げたマーシアだが、先を促した。

「ひとつは覚えているな。だからこそ、わざわざ此処まで来たのだ」

 これは、先の五月二十四日のマーシアと六羽の『鳥』による襲撃に際して、ハーケンが具体的なシナンガル軍への側面攻撃を掛ける約束をしたことを指す。

 但し、その出撃準備に二ヶ月の猶予をハーケンは貰い受けた。


 そして、遂に出撃までの時間が残り十日を切った為、スゥエンの出兵準備がどの程度整っているのか、マーシアは其れを確かめに来たのであった。


 二ヶ月というのは十万前後の軍が長期の遠征行動を起こすためにはどうしても必要な時間である。

 その為、巧を始めとして中央作戦本部もスゥエンから出されるで有ろう交渉内容として、(これ)を認めていた。

 しかし、同じ条件で計算するならシエネ正面のシナンガル軍が一旦活動を収めてからもほぼ同じ時間で再起が可能な筈だ。

 それどころか城壁前のシナンガル軍は、既に拠点を得ている以上、兵員移動の問題は少ない。

 八十万以上の大軍と云えども容易(たやす)く行動を起こせると考えて良く、此方(こちら)に残された時間は少ないと言えた。


 巧達のシナンガル遠征軍に対する読みは正しく、東征都特であるテレンシオ・ベルナールに依る第三次シエネ侵攻は七月末日を予定している。

 志願兵に依って編制される七十万将兵の再集結は何故か今の処、遅れているようだが、それもすぐのことだろう。


 つまり、今回スゥエンがシナンガルに向けて軍を動かさないとなれば、盟約は破られたと判断するしかない。

 北方戦線と同じく、此処スゥエンでの虐殺もやむを得まいと宣言していた。

 そうしなければ、フェリシア北方の防衛線である『トガ』に対してどの様な陽動作戦が起きるか知れたものでは無いからだ。


 とは言え、フェリシア国内に侵入された訳でも無い以上、必ずしも虐殺が必要な訳ではない。

 この都市が侵攻拠点としての能力を失えば良いのだ。

 因って彼等(ハーケン)が動かないとなれば、此処スゥエンを明け渡して貰い、都市の全てを破壊して引き上げる予定である。


 今、眼前に広がる麦畑、集落、石造りの橋に依って整備された水路、ようやく発展し始めたであろう陶器窯や鍛冶屋の高温炉。

 その全てを破壊し、灰燼(かいじん)()して引き上げる。

 場合によっては、数十年は農作物が育たぬように大規模な土壌汚染を行っても良い。

 北方に銀鉱山がある以上、そこで化学反応を起こさせれば、決して難しいことでは無いのだ。


 ハーケンに甘い考えを起こさせぬ為、最後の最後まで都市人口八十万人、全てを殲滅(せんめつ)すると伝えてある以上、小細工を労するとも思えないのだが、それでも何かしら油断のならない男である。

 その口から出る言葉には注意が必要だ。

 マーシアは睨み付けるように先の条件を示し、答が得られない以上、城塞への攻撃は直ぐさま行われると断言した。


 ハーケンの後方に控える随員達の顔が引きつる。

 だが、ハーケンはマーシアを見据えるだけであり、その表情には駆け引きや媚びへつらいは一切見られない。


 不気味なほどである。


 この男は危険だ。

 それは知っているつもりであった。

 よって充分に警戒し、どの様な陽動の言葉にも揺るぐつもりはなかったマーシアであったが、ハーケンの言葉に思わず声を失う。


 彼はこう言ったのだ。

「失礼ながら、その約束はマーシア殿から持ち出されたものですな。

 私が問題にしているのは今ひとつの方、つまり私の方から願い出た件についてです」


 この言葉にマーシアの形の良い目尻が少しばかり上がった。

「まさか、シナンガル本国からの攻勢が既に起きていると言うのか?!」


 この言葉には巧も確認を取らざるを得ない。

「失礼ですが、お話しがよく分かりません。宜しければ私にもご説明を頂けませんでしょうか?」

 ハーケンが発するであろう言葉は、巧に予想される内容ではあるが確証が欲しい。

 彼は現在、マーシアの部下という扱いでは在るが、同時にルースと直接の取引を行っている立場も取っている。

 話に割り込んでも別段おかしな事では無いのだ。


 勿論、ハーケンとしては“得体の知れぬ自由人(バロネット)如き()が、”という意識も無いではないが、其れを言うならマーシアとて自由人という立場はヒーラギとなんら変わらない。

 巧を(ないがし)ろには出来ず、やむなく返事を返すが、やはり“平民”を相手にする事もあって口調は横柄なものになった。


「先にマーシア殿が訪れた際に、ひとつ確認を取らせて頂いただけだ」

「と、申しますと?」

「ルース殿との最初の約束を貴様も知らぬ訳では有るまい」

 ハーケンの言葉の意味を巧は確認する様に声に出す。

「“独立を行えば街道は『鳥』が守る”という事でしたな?」

「そうだ」

 やはり巧の予想を超えることは無かったが、ハーケンの瞳には何か怪しさすら感じる。

 返答に気を付けざるを得ないが、どう答えて良いかも分からないため基本を守る事にした。


「ですから、この通り我々がこの場に来て居る訳ですが、それに何か問題が?」

「問題はこれから話す」

 そう言われればこれ以上は口を開くことも出来ず、巧はハーケンに一礼するとマーシアに交渉を譲った。


 マーシアに向き直ったハーケンは、再度の確認をしてきた。

「“シルガラ街道を守る”という言葉は、そのままの意味なのか、それとも象徴的な意味なのか、ということですな」

「象徴?」

「街道そのものを守っても、スゥエンが陥落(おち)たなら意味はありますまい」


 なるほど、確かに言う通りだ。

 シルガラ街道は大陸中央道とスゥエン城塞を結ぶ重要な主幹道である。

 だが、倍の時間と労力を惜しまなければその他にも道は存在する上に、何処かに新たな道筋を作り出されないとも限らない。

“街道を守る”イコール“スゥエンを守る”とはならない。


 つまりハーケンはマーシアに対して、スゥエンという独立国の“安全保障”の確認を再度ながらに行って来たのだ。

 勿論、マーシアも直ぐさまそれに気付いたからこそ、

 “シナンガル本国からの攻勢は既に起きているのか?”と問い返した訳である。


 話を戻したハーケンは、そのシナンガルからの攻撃であるかどうかが問題なのだ、と言う。

「どういう事だ?」

 首を傾げるマーシアに対してハーケンは、“それが分からぬから自分も困っているのだ”、と前置きしつつ、言葉を継いできた。


「つまりですな、我がスゥエンに対して“魔獣による攻撃”が開始されております。 

 これに対してもルース殿からの応援を求めても良いのか、と尋ねております」




サブタイトルは、いしかわじゅん氏の「東京で会おう」(姉妹作に「ロンドンで会おう」がありますので、どっちでも良いかな)

SFというのかすちゃらかハードボイルドというのか、まあそんな感じの良く分からん話ですが、80年代らしい、実に自由奔放な作風が今でも新鮮味を失いません。

機会があれば是非御一読をお勧めします。

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