17:日曜日には異世界人とお茶を
10話ごろ主人公を跳ばすと言っておきながら、跳んだのはおっかさんと弟だけ、しかも今や妹?
初めて書く小説というのは本当にペースが全く分かりません。すいませんです。
「はい、先生質問です!」
元気の良い声と共に勢いよく手が上がる。
「はい、何でしょう。マリアン君」
問われた方も負けじと元気よく応じる。
「その怪獣に見つかった時、ぼくわどうやって逃げればいいのでしょうか?」
「……逃げられませんわ」
「逃げられません……か?」
「はい、その怪獣とはあなたのことですから」
ヴェレーネの書斎で『マーシア』なる人物についての話に耳を傾けていたマリアンは唯今、現実逃避の真っ最中である。
当然と言えば当然であろう。
刃渡り七十センチを越える斧と槍を交えた、柄も含めれば自分の身長以上になる武器を軽々と振り回して二階建ての家程もある魔獣を一人で倒す。
そうかと思えば、山中を逃げ回る三十人を追いかけ回して一人残らず仕留めるという。
しかも殺し方が尋常ではない。大体、人体を『十七分割』とは何なんだ!
挙げ句は一万の敵陣に一人で飛び込んで、爆発するビーム?を叩き込み、二千五百名を越える死者とその半数に迫る負傷者を僅か十数分で出したというのだ。
人間と呼ぶには無理があるだろう。
局地災害でもこれほどの被害が出ることは希だ。
「怪獣ではないわね。勿論人間でもないけど。まあ、『エルフ』よ」
マリアンの思考を呼んだ訳ではないだろうが、話の流れからヴェレーネがそう答える。
「但し『規格外』のね。全部のエルフが『あなた』と同じと思っては困るわ」
彼女が続けざまに付け加えた言葉が、マリアンに『ある事』を気付かせた。
「もしかして、さっきのお姉さん達もこの話は?」
恐る恐ると尋ねる。
「この国、いえ、この星に生きている知的生物で彼女の名前と過去の実績を知らないのは三歳以下の乳児だけよ」
予想どおりの答えが返ってきた。
いや、更に酷い答えもだ。
「少し知恵が付いて、子供が悪さをする様になると、親は必ずこう言って子供を脅すわ。
『悪いことばかりしているとマーシア様が来て体を七七に分けられてしまうよ!』ってね」
そういってヴェレーネは大笑いする。
巧が聞けば「なまはげか!」と返しそうなものだが。
マリアンは涙目になって抗議した。
「『フィッシュ・ストーリー』に成り換わってるじゃないですかぁ」
『フィッシュ・ストーリー』とは欧米での慣用句であり、釣り人が「逃がした魚の話」をして両手でサイズを示す時、話す度にその手の幅が広がってくることから生まれた言葉で、要は『大げさな作り話』という意味だ。
エルフリーデや海外出張の多い穣が使っているうちに、マリアンも身につけてしまった言葉の一つである。
「そりゃ、そうね」
といって更に笑うヴェレーネだったが、その時マリアンはおかしな事に気付く。
彼女は何故、この慣用句を知っているのだ?
「あの、」
とヴェレーネに声を掛けようとした時、ノックの音がした。
かなり慌てた様子だ。
ヴェレーネが、どうぞ、と言うとリンジ―が飛び込んできた。
「じょ、女王様が、連絡を受けた途端、正面玄関に空間跳躍で来ました!
いま、マーシア様、いえマリアン様を捜してあちこちの部屋に飛び込んでいます。
マイヤが宥めて差し上げながら押さえてはいるのですが、いかが致し、」
「ここね!」
リンジーが言い終わらぬうちに、開いたドアからドレスの裾をつまみ上げ、ティアラで髪を飾り付けた女性のエルフが入ってきた。
年は二十歳を僅かに廻った程に見える。
薄い金髪、薄い青い瞳、すらりと高い身長によって日頃はその顔には幼さよりも、若々しさと威厳を備えることに成功しているのだろう。
杏や巧ではひと目では気付かなかったかも知れない。
だが、マリアンには分かった。
「お母さんだ!」
そう言って席を立つ。
女王、いやエルフリーデも喩え臣下の姿をしていても、その場にいる者が別れた『息子』だと言うことに迷いはない。
お互いが飛びつく様に抱き合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴェレーネに頬を叩かれ、一瞬は惚けたものの、諦めきれるものではない。
家に帰して欲しいのだ、ともう一度訴えようとしてヴェレーネの目に気圧された。
怒りではないが、強い意志を感じる目を自分に向けている。
この目は……
そうだ、あの約束をした時の目だ。私もこのような目をしていたのだろうか。
そう思う中、ヴェレーネが口を開いた。
「女王様におきましては、御勘気のこととは重々承知ながら、臣下アルメット、言上させて頂きます」
女王の怒りは承知の上だが、自分に喋らせろと言ってきた。
「この度の計画に於いてこのような結果になったことは残念ではありますが、決して失敗はしておりません。
それはあちらの世界に心残りもおありでしょう。
残してこられた御子様についても、失礼ながら『記憶』は読ませて頂きました。
無論『柊エルフリーデ』なる者の記憶としてでは御座いますが、」
此処で彼女は、一息入れて断言した。
「が、その世界は、陛下の守るべき世界では御座いません」
必死で“違う!”と抗弁しようとするが声が出ないエルフリーデに向かって更に、ヴェレーネの言葉は続く。
「陛下がお亡くなりになるまで御住まいであった国を拝見させて頂きました。
彼の国でなら、残されたお子様も多少の苦難があるとは云え、良き兄、姉に守られ健やかに育ち幸福に生を終えるでしょう。
しかし、明日をも知れぬ『この国』にも八つの子は数多く生きております。
その責任、どうお考えで?」
打ちのめされ、最早返す言葉もなかった。
そうだ、自分は『エルフリーデ』ではない。
この国、フェリシア王国二百八十万人の民の生活に責任を持つ国王なのだ。
精神跳躍前にヴェレーネと交わした約束を思い出す。
どちらが先に死んでも、残ったひとりはこの国の国民を守る。
民の誰一人として『奴隷』になど決して落とさせることはしない、と。
そして、諦めた。
あの世界を、夫を、何より子どもたちを、その中でも特に自分のおなかを痛めて生んだ『マリアン』を。
彼女は『女王』へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その筈だった彼女の耳には正に晴天の霹靂であった。
戻って来たマーシアが、自分のことを『マリアン』と名乗っていると。
あの世界での情報を知るものはマーシアを除けば唯一人。 その彼女が『その名』を冗談ごとに使うはずもない。
女王はいてもたってもいられなかった。
「面会は明日を希望している」
という侍女の言葉など耳にも入れずに、直ぐさま魔導研究所へと跳んだのだ。
走ることすらもどかしかった。
そして、今、目の前にいる近衛隊長は近衛隊長ではない。
目を見れば分かる。
相手が自分を見る目にも確信を持ったものがある。
これほど嬉しいことがあろうか。
抱き合って泣いた。
女王には、いやエルフリーデには今、心の中で冷静に考える部分がある。
マリアンが此処にいると云うことは、この子はあの世界で死んだのだ。
それもまだ幼いうちに。
喜ぶことではない。
どちらかというならば、いや当然ながら悲しむべき事だ。
しかし、それでも人はなんと浅ましいものなのだろうか。
それを無視して、只、自分の息子を抱きしめる事実に浸り、喜びにおぼれるエルフリーデであったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あちらの世界に今日にでも向かわれるとか?」
廊下を歩くヴェレーネにアルスが声を掛けてくる。
「ええ、まあ下準備ってところですけどねぇ」
そう答えたヴェレーネにアルスは、強請る様な表情で、
「私もご一緒させて下されば、お役に立ちますのに」
そう言う。
首をかしげて考え込む様なヴェレーネの姿にアルスの顔は明るくなる。
少なくとも検討はしてくれている様だと思ったのだ。
だが、ヴェレーネは特に何も言わず、彼女を一つの部屋に招き入れた。
アルスも初めて入る部屋であるが、研究所の中にはそのような部屋はいくらでもあるので、特に気にせず後に続く。
が、中に入ってアルスは不思議な気分になる。
何もない部屋なのだ。
四メートル四方の白い部屋。 唯それだけである。
中に入ると、ヴェレーネがアルスに部屋の中央に行く様に促した。
「あの? 此処は?」
アルスがそう訊こうとした。その途端である。
いきなりからだが重くなった。
完全に動けないという程ではないが、体中に錘を乗せられて押さえつけられている。
そんな感じである。
「通常の一.二五倍の重力が掛かっていますの」
そう言うヴェレーネは平気で室内を歩き廻っている。
「これから行く世界の『地球』の重力ですわ」
アルスは息をするのが苦しく質問することも苦痛であるため、ヴェレーネの話すが儘に任せる。
「あちらの人間が、こっちに生身で来たなら〇.八倍の重力で生活することになるって訳ですわね。女王様が戻ってから得られたデータであちらの重力値が分かりましたので、このところ三週間程、此処で体を慣れさせてましたの。
アルスも此処で慣れてからにしましょうね」
そういって笑いながら壁にあるスイッチを切った。
巧の世界に於いて『重力とは何か』について実は未だに明確な答えはない。
高重力を生み出すには、水の入ったバケツを回して水を底に押しつける様に、回転式の重力発生装置で高重力を体験するしかないのだが、この部屋には特にそのような要素は見られなかった。
統一理論の一つである重力子でも見つけているというのだろうか?
まったくもって不可思議な研究所である。
さて、それは兎も角、僅かに息を荒くしながらアルスはやっと声を出した。
「良くそんな事が分かりましたね」
ヴェレーネは事も無げに答える。
「あちらに跳ばした量子の記憶は、無意識下での記憶の保存を行うのよ」
彼女の説明によると、要は意識して覚えたことのみならず、唯『観た』だけの物事から聞いた事、耳に入った情報、それこそ歩いていて道ばたにあった石ころの数から一つ一つの形まで全て記憶して持って来たのだと言う。
体に掛かった重圧など、情報として持ち帰るにはモノの数には入らない訳だ。
そのような会話をしながら、今回の実践活動の中心となる『ホール』へ入る。
バスケットコート半面程ある部屋だ。
こちらのメインスタッフは主任・副主任がドワーフの紳士である。
その他のスタッフに獣人が居るが、男性の狼人の他は女性三名、犬、猫、狐とバリエーション豊かで、地球人が観れば遊園地のアトラクションコーナーの様だろう。
そして壁により掛かって何かを諦めた様な顔をした、エルフのカレルが居た。
医療スタッフとして待機させられているのである。
アルスは入室しても良いのか迷ったが、ヴェレーネが特に何も言わないので、後を附いて入ることにした。
中央には直径三メートル程の魔方陣がある。
ヴェレーネがあちらに跳ぶのは自力だが、使う魔力は少ないに越したことはないと言うことらしい。
ふと、アルスは心配になって尋ねる。
「あちらの世界で魔法が使えなかったらどうしますの? 帰ってこれませんわよ」
そう言うと、ヴェレーネは、
「あっちの世界の物理法則も、物質構成も全部一緒ですのよ。『纏める量子』もちゃんと存在しているわ。
女王様やマーシアが記憶を持って向こうに行っていたら大変なことになっていたかも知れませんねぇ」
と笑った。
壁際のカレルは、
「その一番ヤバイのが向こうに行くんだが……」
と誰にも気付かれぬ呟きを発して首を僅かに横に振る。
「あちらには最初は二年から三年は居ます。
今回は実体ですので、戻ってくるのは三十分程あとで帰れます。
本当は三分後でも大丈夫でしょうが、最初ですからね。
あと、念のため一時間はここの回路を切らない様にお願いしますわね。
アンプはあった方が有り難いですから」
主任が声を掛ける。
「ところで、座標に間違いはないんでしょうな?
タイムマシンじゃないんですから、同じ人物が一度跳んだ座標から遡ることは不可能ですよ。
所長のことですから慎重に選んだとは思いたいのですが……」
「任せなさい。……ですわ」
「なんですか、今の間は?」
「まあ、補助システムの座標と確認をしましょう。時間と場所をどうぞ」
主任の言葉にヴェレーネは明快に答えた。
「現地時間一九八九年十一月十日十八時〇〇分、国名はドイツ民主共和国、場所はベルリン。国境から二キロメートル地点へ」
「セット完了。確認です」
主任の声と同時に、なんら緊張感もなくヴェレーネは消えた。
「クリームコーヒーの本場だって話を聴いているんで、楽しんでくるわ!」
と言う声を残し。
虚空を残す魔方陣に目を向けつつ、カレルが頭を押さえた。
「そりゃ、オーストリアのウイーンだ……」
サブタイトルは、火浦功の「日曜日には宇宙人とお茶を」からです。
機動警察パトレイバーの生みの親?の一人でもあるんでしたっけね。
とにかくナンセンスなSF作家さんですが高校生の頃良く読ませて頂きました。




