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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
174/222

173:ホワイト・セイバー

 クリールは現在、判断を迫られている。


 目の前の上位種個体を生かすべきか、それとも戦闘データの取得は此処までとして、後は自分自身の個体保持確率を上げるべきか、である。

 今までの命令系統から考えた場合、本体が分離されている現在、自分がこの戦闘域に残る必要はない。


 ラハルは、最終的に極限圧縮値までその身体を収縮させることで『敵対存在』、即ちこの上位種個体が『ヴァナルガンド』と呼ぶ戦闘基体を破壊することを狙っているのであろう。


 ラハルの『核』は(なお)も生き続けている。

 つまり、圧縮、崩壊のプロセスを辿り現在の細胞を死滅させたとしても、数千時間の時を必要とするが、後々に再生は可能だ。

 次回の再生時に於いて、ラハルは核を包む数メートル程度の個体からの成長を始めなくてはならない。

 また、姿も今の状態を保ち得ず、波間を漂うクラゲの様な存在としての再生となるだろう。


 だが、それは彼にとって何ら問題となるまい。

 三十七万時間弱、惑星公転時間に換算して五百年もすれば、ラハルは先と同じ体躯を取り戻す。


 彼等デナトファーム達に与えられた使命は、それぞれの指定位置に置いて『威厳有る存在』で在ること、そして“在り続けること”だ。


 デナトファームの中でも特殊な地位を占めるクリールではあるが、彼等に挑む者を止める義務も無い。

 今回、中立を破ったのは別段クリールが中立を義務づけられている存在では無い上に、戦闘データファイルの破損分を取り戻すのに闘う相手としてラハルは丁度良かったからに過ぎなかった。


 よって今後もデータを求めるならば、行動を共にしている此の上位種個体を救うことがあっても良い。

 だが、今はエネルギーが不足しているのだ。

 先に物理衝撃を防いだ段階で、残していた殆どの力は使い切った。


 バードからの高圧縮エネルギー送信でもあればよいのだが、今はそれも見込めない。

 もしや、『ガーブ』は施設に於けるクリールの任務は終了した、と判断したのであろうか?


 ならば、自身の消滅まで計算に入れる必要が在る。

 尚更、データをどの様に処分すべきか、連絡を取ることを優先させなくてはならない筈なのだ。


 しかし、先程から妙なシグナルが体内を駆け巡る。

 目の前の上位種個体は自分自身が消え去る直前でありながら、自身以上にクリールが消えることを認めない。

 盛んに脱出を進めてくる。


 勿論、クリール単体での脱出は可能だ。


 この個体が生命活動を止めた後でも、ラハルの圧縮体から抜け出す程度のことは難しくない。

 量子流体化にエネルギーは差程必要としないのだ。

 よって、クリールは、この『本体が認める上位種』の“生命活動停止”を見届けることにした。


 数十時間前に本体から『意識的に』与えられた命令は、

 “上位種の戦闘を優位に運び、ラハル撃滅を完遂させること”

 である。


 ラハルは十年前後の活動停止にまで追い込まれた。

 よって命令は完遂がなされたと言える。

 また、この個体の生命を守る命令までは本体から受けては居ない。

『具体的には……』


 だが、本当にこの上位種を放置して良いものだろうか?

 今後、本体が戦闘時に於いて必要とするデータを生み出す可能性が高い固体だ。


 はて、今後の戦闘データとは何だ?

 先程の、自身の任務終了の可能性を計算に入れた場合、本当にその様なものがあるのだろうか?

 何故、自分はこの位置からの移動を決定づけられないのだ、とクリールは考える。


 この様な混乱的な信号を、『セム』は何と表していたであろうか?


 そう、確か……、『悩む』と。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 巧は最後の脱出に賭けているが、状況はすこぶる悪い。

 嫌な予感は当たった。

 ラハルの身体が縮み始めた事に巧もようやく気付いた。

 そして、その結果として引き起こされる事態についても、だ。


 もう少し冷静であったなら、と思う。

 だが、ラハルを倒すことに気を取られた巧は、間違い無く『血に酔っていた』

 そうでもなければ精神が持たなかったとは云え、作戦終了まで『冷静』である事を求められる指揮官として、巧は失格だ。


 血に酔った指揮官の辿る道筋は、基本的に破滅である。

 つまりこの決着は正当な結末なのだ。


「山崎に偉そうな事を言っといて、自分はこの(ざま)かよ!」


 ふと気付くと、クリールの様子がおかしい。

「おい、クリール。大丈夫か?」

 反応が無い。慌てて揺り動かすと目を開いた。

 じっと巧を見る。


 だが、どうにも目に力が感じられない。

 巧はクリールがエネルギー切れになった時、どうなるのか知らない。

 しかし、当然だが心配にはなる。

 平原でのナイフ化と合わせて考えるなら、二度も命を救って貰っているのだ。

 恩に感じない方がどうかしているだろう。


「ああ、そうだ! お前、兵装関連の燃料電池からエネルギーを奪えるか?」

 巧の言葉にクリールは首を横に振って、ブレーカーを指さした。

 驚く事だが、この程度の安全装置でもクリールにとっては重大なブロック装置のようである。

 妙な事だとは思うが、今はそれどころでは無い。


「こいつは切る訳にはいかないんだよなぁ、う~ん」

 巧が悩む声を出すと、クリールは伝送端末に手を伸ばす。

 音声を文字表示に切り替える端末だ。


『キョカ モトム』

 いきなり補助ウィンドゥが開いて文字が映し出された。


「お前、喋れたのか!」

『ゲンテイ、かのう』


 少しずつ進化しているのが分かる表示の有り様に驚く。

 要は巧が許可を出せば、燃料電池からエネルギーを奪える、と言っている訳だ。

「わかった許可する。但し、GEHを最低一時間は可動出来るようにして置いてくれ。

 後は、本体可動エネルギーに必要以上に手を付けるのは止めてくれよな」


 ヴァナルガンドの周りには、ラハルの血液と海水がいくらでも有る。

 時間を掛ければ、そこから莫大なエネルギーを引き出すことも出来たが、今は緊急時である。

 クリールはヴァナルガンドの電圧を少しばかり頂くことにした。


 少なくとも、これで『眠る』必要は無くなる。

 後はイオン化した血液や海水から、緩やかにだがエネルギーを吸収していけば良い。


 だが、そうやって得たエネルギーでクリールがラハルの体にこの構造体(ヴァナルガンド)ごと脱出できるだけの貫通孔を空ける頃には、巧の生命活動は停止して居るであろう。

 人間は、炭酸ガス交換を行って生命活動を維持している。

 早い話、圧壊を免れても酸欠に(おちい)る事は確実と云う事だ。

 それを計算するならば、上位種には脱出を急いで貰いたいクリールであった。


 より広い空間と出口を探して口腔部に向かうヴァナルガンド内部。

 巧とクリールの顔付きは実に似かよった物となっている。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 その頃、ヴェレーネはクリールを通じて巧の危機を知った。

 慌てて救出に跳ぼうとしたのだが、クリールからの返信を受け取る。


 『待機する事を望む』


 どういう事であろうか?

 クリールは自我など持たない。

 自身の判断で行えるのは、戦闘活動だけの筈だ。


 送られてきたブロックシェルの情報から見るに酸素は未だ充分に持つ様だ。

 圧壊までも、後二時間程度の余裕はあるだろう。

 巧を救いたい。しかしクリールの変容も気になる。

 彼女は暫し様子を見ることに決めた。


 だが、この決断は三者にとって、果たして良かったのか悪かったのか。

 巧は後々になってこの時の状況を知ると、実に複雑な気分になったのである。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「准尉! バランサー確認完了です。

 発射可能ですが、照準点が空とはどういう事でしょうか?」

 新見は今、八八〇キロワット・レーザーキャノン、通称88《アハト・アハト》を構えたままのAS20を片膝立ちにさせて、空を見渡す。

 一体何処の何を狙ってこの巨大砲を発射しろと言うのだ。


 こうしている間にもオープンとなった回線はCICの混乱を伝えてくる。

 どうやらCICでも目標を掴み切れていないようなのだ。


 ふと、大きな呼吸音が響いてきた。

 桜田軍曹だろうが、その後は沈黙のみが続く。


 新見と桜田は同日に軍曹昇進を果たしているため、どちらが先任というわけではない。

 いや、本来は海軍の実戦部隊からの出向者であり、尚且つ『ウィング持ち』である新見の方が桜田に比べ、断然上位にあると言って良いだろう。

 つまり、本来の新見は桜田の下に付く様な存在ではない。

 何より新見と違い桜田は事務技官であり、実戦部隊である新見達に舐められてもおかしく無い存在だ。

 だが、彼女とこの艦で過ごすうちに、CIC及びSH乗員は自然と桜田に心酔するようになっている。


 何故か、と問われたなら誰もが『当然!』、とだけ答を返すだろう。


 自分たちをこの世界に引き込むように強く進言した『リパー』こと柊巧少尉と言えば、陸軍のみならず過去には空海軍にまで名の知れた男だ。

 その男が全幅の信頼を寄せている(かの様に見える)存在。

 何より、『国防三等勲章』の保持者でもある。

 そうなれば、彼女の指揮下に入って後は、誰もがこの状況に馴染むのも当然と言えたのだ。


 ついでながら、彼等の言葉遣いは暫定指揮官である桜田の色に染まった為か、今や軍人と言うより、まるで何処かの地下組織員の様だ。

 事実、後に桜田配下の彼等は『チェリーブロッサム・マフィア』と渾名される事となる。


(あね)さん……、少尉の跳び込んだっていう魔獣、どれくらいの大きさになりましたかね?」

『……』

「? 姐さん?」

『やかましい! 今、計算中なのよ! 集中させなさい!』


 怒鳴られた新見は思わず首を(すく)める。

 詫びようとする新見にCICの石岡が逆に詫びてきた。

『新見軍曹すまん。姐さん、今、すっごい集中してるんで、滅茶苦茶に気が立ってるんだよ』

「いや、砲術長。こっちが悪かった。“下命あるまで待機”は基本だよな」

『そう言ってもらえると助かる』


 互いに詫びあって更に数分が過ぎる。

 長い数分が過ぎると、呼び出し音(コール)の直後、やけに静かな桜田の声が通った。

『かなめん。データ送るから、基本姿勢はオーファンに任せなさい。

 あんたの仕事は、大気条件の判定とトリガーのみ。後は、マーシアと上手く連携してよ』


 “かなめん”とは桜田が新見の名前である“(かなめ)”を「呼びづらい!」と言って付けた渾名(あだな)だ。

 新見としては、気軽な感じがして気に入ってはいる。

 それは兎も角、“マーシアちゃんと連携”とはどういう事だと(いぶか)しみ、問い掛けた。


 だが、桜田から帰って来た返事に、かなめんこと新見軍曹は心臓が止まりそうになる。

 恐る恐るだが、反論を試みた。

「失敗してマーシアちゃんに傷でも付けたら、俺は少尉に殺されますよ!」

 焦る新見だが、それに対して桜田は自信たっぷりに返してきた。

『大丈夫!』

「何がです?」

『失敗したら少尉も死ぬから、そん時はあんたはあたしが殺るわ!』

「ひ~!」

 本気で叫んだ新見であった。





サブタイトルはヴァン・ヴォークト(ヴォート)の「宇宙船ビーグル号の冒険」収録『黒い破壊者』を捩らせて頂きました。

ヴォークトをタイトルに使うのは久しぶりです。

前回使った時はの話は酷かったですから、今回は良い話に使えて良かったです。


名前をお借りした「かなめんさん」は『小学時代を思い出そう!』というエッセイを500回続けておられます。

どの回も「あった、あった!」という内容で、昭和の男の子達が持つ懐かしさに溢れた話ばかりです。

単発ですので、途中から読んでも面白いですよ。

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