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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
173/222

172:鋭い爪で

 ネルトゥスでは、予備機体のAS20が引きずり出されていた。

 二〇〇キロワット・ビームガンは、確かに高速飛来する飛翔鱗には有効だ。


 今の今まで使われなかったのは、パイロットがいなかった為である。

 だが、SH-80Kの銃撃手(ガンナー)である新見(かなめ)軍曹が遂に痺れを切らし、搭乗許可を申し出たのだ。

 コペルからの依頼も彼の希望を後押しした。


 SHの乗員は三名とも二兵研所属であり、ASの試験運用の実績はある。

 何より、SH-80Kという機体が人工知能(AHCDS)を備え、武装や防御に於ける戦闘システムにASと通じる処が多いのだ。


 コペルの依頼の詳細は知らねど、“やってみせる!”とばかりに、新見は嬉々としてAS20へと乗り込んでいく。

 曹長以上でなければ搭乗資格のないASを一度だけだが試験運用して以来、新見は昇進試験に余念がなく、緊急時の運用資格も率先して取得していた。


 だが、コペルが新見に依頼したのは二〇〇キロワット・ビームガンによる対空防御ばかりではなかった。


 艦上に引き上げられた巨大な八八〇キロワット-AS用レーザーキャノン。

 旧来の八〇〇キロワットから一割の増強を施し、88(アハト・アハト)の愛称も根付きつつある艦上兵器が、その運用を『今や遅し』と待ち構えている。

 こちらがコペルからの依頼の本筋なのだ。


 この巨砲には新見も燃える。


(かなめ)! 無茶すんじゃねーぞ! 次は俺も使うんだからな!」

 指名を外れた他の隊員達が、やっかみ半分のヤジを飛ばす中、シートはあつらえたように彼の身体を包んだ。

 レーザーガン発射の手順を復唱しつつ、

「これに失敗したら“あれ”は使わせてもらえんからなぁ」

 と横目でホルダー上の88(アハト・アハト)をチラリと見やる。


 だが、新見の期待に背くようだが、今回発射されるレーザービームは通常の周波数ではない。

 いや、もしかすれば通常の発射以上に難しい注文であった。

 今回の指定周波数はレーザーキャノンとしては、あまりにもエネルギーロスが大きすぎるのだ。

 誰もが不思議に思わぬでもないが、“コペルを信用する”と公言した山崎の命令の下にCIC各員は発射準備を急いで行く。


 その様な中でブリッジ・オペレータの飯島だけが、見覚えのある照射波形のデータに戸惑っていた。

 コペルから指定された発射周波数は先にシエネに於ける戦闘記録、その情報共有通信によって送られてきた魔獣への送電データに酷似しているのだ。

 もしも(これ)が事実なら、このレーザーキャノンの発射は柊少尉を絶体絶命の危機に曝すだけでは無いのか?


 彼女の中にコペルへの疑念が広がっていく。


 渦潮の収まった海域に、ネルトゥスのソナーがラハルの全容を捕らえる事は未だ無かった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「上へ下へと忙しいな!」

 (わめ)く巧と対照的にクリールは自分の意図する処が巧に伝わったことでご満悦である。

 今やスヤスヤと寝息も聞こえるかの如く、体を完全に巧に預けて寝入ってしまった。

 海中ではクリールもエネルギー取得に何らかの制限があるようだ。

 いや、AS内部にいることが原因であろうか。


 それは兎も角として、『核』への攻撃を諦めた巧は下を目指し、遂に目的の場所に辿り着いた。

 先にマッピング・コンピュータから送られてきた重要情報。

 それは、熱源と鼓動からラハルの心臓位置を推定した物であった。

 あの時点で巧は『核』こそが魔獣の本体と考えたため、心臓を後回しにしたのだが、結局はあの情報は、最も適切なタイミングで送られてきた情報であったのだ。

 無視した巧が悪いのか、『核』を先に見つけたタイミングが悪かったのか、であるが、今更言っても仕方のない話であった。


 二発の内、一発のCCBS弾は心臓位置に向かう中で頑丈な骨格隔壁を破壊するのに使用したため、今や弾切れである。

 いや、右腕を犠牲にすればもう一発は打てるが、それは最後の最後に取っておきたかった。


 二本目の大型振動剣(レジナンスソード)も機能を失い、今や只の鉄の棒と化した。

 だが、それを使って最後の骨格隔壁を叩き割る。


 剣は隔壁と相打ちとなって半ばを残して折れた。


 ようやく内部へと入る。

 心臓まで残り百メートル程の距離だ。


 鼓動を打つ巨大な肉の塊。


 そこからは様々な管が伸びている。

 血管だろうか?

 その心臓を取り囲むようにT4ファージモドキの他、アメーバ状の防疫構造体が隔壁内に充満している。

 数百、いや千にも迫ろうかという数である。

 だが、それも当然だろう。何と云っても此処は奴の生物としての心臓なのだ。

 魔獣としての『核』程でなくとも、守りが堅くて当然だ。


『核』が潰せないなら、心臓を潰せ!


 クリールは巧の胸を叩くことで其れを思い起こさせたのだ。


 問題は、目を醒まして虫の群を見た当のクリール自身が両手で顔を覆い、指の間から虫達を見ていると云う事だ。


 巧としては「乙女かよ!」とでも突っ込みたくなったが、今はそれ処では無い。

 天井からアメーバが振ってきたのである。


 しかし、そのアメーバもヴァナルガンドに触れると同時に(はじ)け跳ぶ。

 どうせこんな事もあろう、と巧はヴァナルガンドの全身に電流を流してあった。

 但し余り長く流せば、全身が高温化する。


 別段それは構わないが、心臓を破って血液が降りかかれば水蒸気爆発を起こしかねないため、一発勝負の罠であった。


 だが、それで充分だ。一瞬、虫共が怯む。


 その隙を逃さず、ヴァナルガンドのGEHに火が入った。


 正面から見て全高四十メートル、幅は二十メートルには及ぼうかという巨大な心臓である。

 その心臓に向かって一瞬の飛行を行うと、勢いもそのままに折れた振動剣(レジナンスソード)を突き刺す。

 僅かに血が噴き出したものの、筋肉の塊である心臓はすぐさま収縮し、剣をくわえ込んで離さない。

 だが、此方(こちら)にとっても良い手がかりが出来たのだ、(これ)を手離すつもりは微塵も無い。


 後方から数体のT4がヴァナルガンドに取り付いてくる。

 右肩の盾を外して自らの背中を思い切り叩くと、T4と共にGEHの翼が片方吹き飛んだ。


 脱出が難しくなった、と思うが、今はそれにも構ってはいられない。

 次いで振り向くと、迫り来るT4の群を其の盾でなぎ払う。

 左腕のガトリングの残弾数は二百五十。


 盾を投げ捨てると、“持って行け!”とばかりに、その二十ミリ弾を矢鱈滅多(やたらめった)とばらまいた。


 虫達が大きく下がった隙を突いて、剣にぶら下がったままに左手の共振機構レゾナティック・モードを起動させる。

 同時にモーターパンチのトリガーを引いた。

 高速共振の(やいば)と化した左指。

 その全てを立てた侭に、百二十メートル毎秒の速度で打ち出す。


 時速にして四百キロの速度で手首から先の『抜き手』は三十二センチのレールを滑り出る。

 結果、豆腐を砕くよりも容易(たやす)く、魔獣の心臓壁は破られたのだ。


 左腕を肘まで心臓に潜り込ませると、その腕で機体全体を巨大な心臓の壁にぶら下げる。

 そうしておいて右腕を振動剣から離し、指先で開いた傷口を更に押し広げていく。


 裂けた心膜の上方で大動脈が破られた様だ。 凄まじい勢いで血が噴き出す。


 心臓周りに(うごめ)いていたアメーバがその血の濁流に押し流されて隔壁の向こうへと消えていった。

 T4達はスパイクを床の肉に撃ち込み、自身をその場に留めようと必死だが、それもいつまで持つ事やら、だ。


 傷口を広げると、ヴァナルガンドは遂に全身を完全に心房へと押し込んでいく。


 内部は完全な空洞ではない。


 ヴァナルガンドの腰ほどの高さまで血液が留まっている。

 対面の壁に向かい、最後のガトリング弾を叩き込むと三十発も残数が無かった砲弾は一瞬で音を失った。

 だが、破砕効果は抜群であった様だ。濁流のように心房内を血液が満たしていく。


 サイドフロートに酸素を送り込み、ヴァナルガンドを血の海に浮かせるとポンプジェットを吹かして、奥へと突き進んだ。


 この時になって巧は敵である筈のラハルに対し、“流石は魔獣”、と一種の畏敬の念すら抱く。

 片側の心室を破られたとは云え、心臓が未だ動いている。


 人知を越えた生物なのだ、と今更に思うのだ。


 ならば対角の壁までも完全に破壊するしか無い、と決める。

 凄まじい速度で両腕を交互に心壁に突き込んでは、引き抜くに際して、その肉をむしり取っていくヴァナルガンド。

 その姿を仮に見る者が居たならば、悪魔の晩餐にでも見えたかもしれない。

 鋭角なフォルムを持つ禍々しくも黒い機体は鮮血にまみれ、最早何処からが血液で何処からが電子塗装なのか、まるで見分けが付かないのだ。

 

 壁を破った(てのひら)に乗る(むし)り取られた肉の塊。

 そのどす黒い腕がスクリーンに映ると、クリールが遂に気絶した。 

 いや、多分にエネルギーの欠損からそう見えただけなのだろうが、先程からの行動を見るに付け、まるで目を回したかのようにしか感じられない。


 実際、キューとでも音が聞こえてきそうな見事なひっくり返り様に巧は思わず声を上げて笑う。

 やや、大げさな笑い声だ。


 激しい戦闘と狂気の光景の中で、彼自身、正気を保つことが難しくなっていたのだ。


 その様な異常な心理状況に於いて、既に心臓が止まったラハルの身体に大きな異変が起きつつある事に、巧はまるで気付いていなかった。


 冷静な侭に行える闘いでは無かったのだ……。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「ソナーに反射あり! 巨大! 全長約五百メートル!

 ECCMピンに位置同じ、背面登頂部深度三百十二メートル」

 ラハルの姿がネルトゥスのソナーに映し出される。

 これは巧による内部からの攻撃が成功し、電子的力場が消滅したことを知らせる確かな合図でもあった。

 ラハルの姿を明確に捕らえ、湧きに湧くCIC内部。


 だが、報告を行う響伍長の弾むような声がブリッジの山崎に届いた時、彼は飯島伍長の疑念を聞かされ、単純に喜んでばかりも居られなかった。


 また、ラハルがソナーに写った事に関わりがあるのだろうか、数分前から飛翔鱗が全く現れなくなる。

 数基の鱗を撃墜した新見軍曹からも、このまま対空待機を行うべきか、使用目的が不明な88(アハト・アハト)を担ぎ出すべきか、指示を求められる。


 山崎の決断の時は間近に迫りつつあった。


「CICへ、現状了解! 以後、必要に応じて(情報)送れ!

 それからコペルさんはブリッジへ!」

 山崎が言葉を終える間もなく、コッペリウスがブリッジに姿を現す。

 飯島は(コペル)にどの様な視線を送るべきなのか決めかねる表情であったが、山崎の言葉に迷いはなかった。


「コペルさん。俺は部下を信用している!」

「?」

「多少出来が悪くて、能力として信頼できない奴が一人くらいは居るかもしれん。

 だが人間としては、この艦にいる全員が信用出来る連中だ」

「はあ?」


 いきなりの言葉にコッペリウスは面食らった。

 山崎が何を言いたいのか、まるで分からないのだ。

 彼は山崎程度の思考パターンならば幾らでも読み切る自信が在った。

 だが、今それは完全に狂わされている。


 混乱するコッペリウスを尻目に山崎の言葉は続く。

「そして、その中にあんたも入って欲しい」


『虚勢を張る』

 という言葉の意味をコペルは今の今まで理解できなかった。

 だが、今なら分かる。

 そうして山崎に対処しなくては、今後の主導権を失いかねない程の圧力なのだ。


「此処まではっきりと、“信用ならない”と言われるとは思わなかったね」

 肩を(すく)めて子供の声で答えるコッペリウスに対し、山崎は力むでも無しに語りかけていく。

 だが、その声に妥協は無かった。

「今はそうだ。だからこそ、腹芸無しで話したい。

 あのレーザーキャノンの発射データはどういう意味だ?

 あれじゃあ、魔獣に餌をやるようなものだな。

 それをはっきりさせて貰わない内は、発射命令を出せん。

 あんたを信用したい。だから隠し事は無しにしてくれないか?」


 鋭くコッペリウスを見据える山崎。


 飯島が唾を飲み込む音がブリッジに響くと、それを合図にしたかのようにコッペリウスは観念する事を選んだ。


「騙すとか、隠すとか、そう言うつもりじゃなかったんだ。

 前も言ったよね。

 魔獣については秘匿事項が多い、って」

「それでも話して貰う。あんたと敵対したくはない」

 弱者が強者に掛けるにしては不遜(ふそん)過ぎる言葉である。


 だが、山崎は「男」として、何より「中隊長代理」としての責を全うする事以外に雑念はない。

 コペルとの力の差など計算の外にある言葉だった。


「これだから人間は怖い! 分かった、参った!

 山崎さんは”擬似的に”だが『高度意志決定機能』を持ってる。逆らえそうにない」

「高度意志決定機能?」

「まあ、この段階で分かり易く言うと、『覚悟』とでも言い換えるべきかなぁ」

「そんな大したものじゃない。この艦にいる全員を守りたいだけだ」

「同じだよ」

「で、教えてくれるのかい?」

「必要次第では元々、話すつもりだったんだ」

「必要だ!」

 山崎はそう言って口元だけで笑う。

「分かってる。いや失礼、分かりました」

 答えながら見せたコッペリウスの笑顔は、今までの笑顔と違う何か自然な物だった。


「では、」

 とコッペリウスは話し始めようとするが、一瞬黙り込み、次の瞬間叫んだ。

「拙い!」


 その直後、CICからは桜田の声が響く。

『代理! あのラハルって奴、沈み始めました! しかも!』


 その後の言葉をコッペリウスが繋ぐ。声はコペルのそれに戻っていた。

「縮み始めましたね」

『コペルさん、あんた知ってたの!』

「可能性としての話です」

『もう、何だって良いから、早く何とかして!

 31-Mの圧壊深度はとっくに超えちゃったわよ 奴の中に居るからまだ何とかなってるんでしょうけど、これじゃあ少尉は脱出も出来ないわ!』

 騒ぐ桜田に対して、何処で知ったのかコペルは31-M(ヴァナルガンド)の性能を把握していた。

「コクピット・コアは暫くは耐えられるでしょ? あと、あの機体は操縦席浮上(チェンバー・オフ)も可能な筈だ」


 だが、桜田は其れ以上によく知っていたようだ。 きつい反撃が返る。

『水深も三百を越えたら、幾ら脱出装置(チェンバー)だって自力での脱出は無理よ!

 それに六時間の内に奴の中から出られなかったら、結局は酸素不足でこれもアウト!

 ASの兵装電力と生存電力は電圧が全く違うのよ!』

 荒い息の侭に桜田は言葉を続ける。

『何より! 何で、何だって、あいつは大きさがもう三百を切っちゃってんのよ!?

 水圧より先に少尉は奴自身に押しつぶされちゃう……』


 最後は殆ど泣きそうな桜田の声に山崎も色を失う。

「今、奴の深度は!?」

『四百……、三十です』

 問い掛けに響伍長が応答するが、その後方では桜田のうなり声が響く。


 山崎がコペルを見るのとコペルが山崎を見たのは、ほぼ同時だった。

 視線だけで山崎は事を理解し、その確認を行う。

「つまり、この事は予想されていた。そして、救出の方法がさっきの周波数って訳か?」

「はい」


 二人の会話に飯島が詫び声を挟んできた。

「すいません。私がコペルさんを疑うような真似をしたから……」

 それに対して、コッペリウスはいつもの笑みを浮かべる。

「いや、怪しんで当然でしょ?」

 コペルの慰めに山崎も口を添えた。

「そうそう。何より飯島のお陰で俺はコペルさんと理解が深まった。

 悪いことばかりじゃない。

 ――それより桜田を此処(ブリッジ)に上げてくれ、SHのパイロットは奴の管轄だ。

 何より、奴抜きで事を進めたら、少尉が助かっても俺が殺されちまう」



「あの人、本当に何者なんですか?」

 山崎の言葉にコペルが呆れる中、柊少尉救出作戦は動き始めた。





サブタイトルはハーラン・エリスンの短編集「世界の中心で愛を叫んだけもの」収録『鈍いナイフで』の改変です。


SF好きが良く話題にするのは、「世界の中心で~」という映画かドラマだか、小説だかが大ヒットした時、「こっちが『モドキ』扱いされて頭に来た!」という話です。

確かにあの時はタイトルも口にしにくくなって、実に参りましたw 

ドラマは見ていませんが、なんと言うか、エリスンの話が現実世界でなぞられている様な妙~な気持ちにさせられた一時期でした。

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