171:魔獣内部のヴァナルガンド
ラハルの内部に侵入したヴァナルガンドは、数百のT4ファージを潜り抜け、ようやく脊椎をCCBSの射程に捕らえた。
現在位置までは海水が侵入していないため、衝撃が周囲に伝達するにしても海中ほどではない。
僅な距離を取っただけで、殆ど圧着するようにCCBS弾を撃ち込めば、当然の如く打撃音は轟き、呆れるほど見事に脊髄は吹き飛ぶ。
これでもう動く事も出来まい。
「水晶球、通じるかな? 任務完了だ。報告を」
その時、クリールがいきなり巧の胸を叩く。
それから、いつの間に操作を覚えていたのか、アンカーウィンチのセレクタレバーをふたつ、みっつ跳ね上げた。
ポイント装填、射出!
『何事!』と思った矢先、機体が振り回される。
クリールの動きによるアンカーウィンチ固定がなければ“巧の背骨が粉砕されていたか”、と云う程にラハルは無茶苦茶な動きを見せたのだ。
「糞! どうなってやがる。 背骨をへし折ったんだぞ!」
巧が怒鳴るのも尤もだが、それに対して落ち着き払ったクリールは巧の鼻先を指で突くと、それから自分の左手で右手を指し示した。
三本の指を水平に伸ばすと、その内の一本を折り曲げる。
曲げた一本が今破壊したばかりの脊椎を示すのだと云う事は……、
「脊椎が三本有るのか!」
驚く巧に、クリールはコクコクっと首肯の姿勢を見せた。
「なるほどね。人間の前腕が尺骨と橈骨から出来ている様なものか。
しかし、一本砕けりゃ、動けなくなりそうなもんだがねぇ」
巧の言葉にクリールは顔の前で掌を横に振る。
人間如きと同じに考えるな、という意味であろう。
「お前、随分感情表現が上手くなったなぁ!」
やや呆れ気味だが、このままでは埒が明かない。
「なあ、魔獣は骨に『核』があるんだよな?」
頷くクリールに巧は更に問い掛ける。
「もしかして、お前、その位置が分かるんじゃないのか?」
巧の言葉にクリールは、にっこりと笑って左上を指した。
『クリール』
巧の世界で、ロシア語に当てはめた場合は『聖職者』を示し、転じては“案内人”、“教導者”という意味になる事もある。
今、クリールは正しく此の闘いに於ける勝利への教導者であった。
ラハルを外側から見た時に得たデータと、体内に飛び込んでからのヴァナルガンドの動きを簡易化すると、不完全ながらラハルの体内マップが出来上がる。
ウィンドゥ・スクリーンを開き確認作業を行う。
今たたき壊した脊椎を左脊椎と入力し、脊椎数を三本にセットすると、地図は更に明確になった。
「どの辺りか分かるかな?」
巧の問いにクリールは迷い無く中央脊椎の首から僅かに後方を指した。
最も動きが激しくなる箇所だ。
危険ではある。だが、行くしかない。
此処さえ破壊すれば、電子力場も消えるであろう。
そうなれば、短魚雷も信管反応を引き起こされて直前で誘爆させられる事も無い。
如何に頑丈とは言え、先にCCBSで傷を負ったラハルだ。
場所次第だが、魚雷の直撃効果は充分に期待できた。
目標が決まった処でラハルの動きまでもが、やや小さくなる。
動くなら今。
そう思った時、マッピング・コンピュータから警戒が発せられた。
いや、正しくは警戒ではない。
だが注目すべき情報だ。
「う~ん。どうする?」
悩んだが結局、巧はその情報を『保留』のホルダーに収め『核』を目指す事とした。
振動剣の威力は凄まじい。
電源をヴァナルガンドの掌から受け取り、高速での振動を可能としているが、その振動は刃先のみであり、機体に影響はない。
思い切り振り切ることが出来る。
幾つかの隔壁を楽々と打ち破る。
しかし、流石に高位魔獣の骨は硬い。
此処ばかりはドラゴン如きと、訳が違うのだ。
何度目となるであろうか。
網目状に組まれた骨組みがまたも行く手を遮った時、流石の振動剣にも反動が返った。
こうなると最早通常の剣と変わりない。
それでも力任せにぶったたく。
CCBSは残り三発。
最後まで使い切った場合、右腕は使い物にならなくなるだろう。
そうなると脱出の妨げになりかねない。
つまり、実質は二発しかない訳だ。
遂には振動剣の一本が砕け散った。
「全く! 一応はCCBSの外殻と同じ素材で出来てる筈なんだがな」
あきれ果ててものも言えないが、ラハルの骨格が同じものだとしても、質量差で砕けるのはやむを得ない事なのだ。
盾の裏側から、もう一本の剣を引き出す。
先に砕けた一本は、決して無駄死にでは無かった。
首回りを守る隔壁骨の殆どを破壊している。
まっさらのスペアを取り出し、先へ進んだ。
そこに再び数頭のT4が現れるが、唐竹割、横一文字と中央から分割する。
勢いの付いた巧とヴァナルガンドにとって、虫共は最早何の障害にもなっていなかった。
それでも、複雑な生物内の移動には、当然だが時間は掛かる。
進行方向を決めてから核に辿り着くには、結局、数十分を要した。
また、このパイロットは流石に国防軍でも指折りに体力のない男である。
海中突入以来の戦闘疲労がたたり、既に肩で息をしている有様だ。
しかしながら、その荒い息の下で、彼は呆れた声を出さざるを得なかった。
「なんつー、分かり易い弱点なんだよ……」
そう、『核』はまるでルビーのように赤く輝いていたのだ。
「まさか、あれは囮で、本物はふたつ、みっつ隣、とか?
そんなんじゃないよな?」
一応、クリールに確認を取った。
だが、彼女は『あれあれ!』とでも言うかのように、メインスクリーン正面の赤い発光体に人差し指を押しつける。
「う~ん。ま、取り敢えず、行くか!」
CCBSに次弾が装填される音が『ゴトッ』、と鈍く響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、お嬢様は読書ですか? 珍しいですね!」
館に戻り、すぐさまスーラを訪ねたルナールは、中央テーブルの光景を見ては目尻も下がる。
今まで本を読むことを嫌っていたスーラが、自ら書を取って一生懸命に文字を追っていたのである。
ルナールが入ってきたことにスーラは気付いていた。
いや、ルナールが帰って来たと聞き付け、部屋に来るように言いつけたのは彼女自身なのだ。
だが、彼女は一瞬だけルナールに目を遣ったかと思うと、すぐさま本に目を戻す。
その目は文字を追ってはいるが、読んでは居ない。
再びルナールに声を掛けられるのを待っていた。
期待には応えねばなるまい、とルナールは彼女に声を掛ける。
「お嬢様、本を好まれるようになりましたか?」
ルナールの声にスーラは、顔を上げたが少し不機嫌だ。
いや、不機嫌と言うより不安げな顔をしている。
こんな顔を見るのは初めてであり、ルナールまでもが不安になる。
「どう、なさいました!?」
驚きは、その表情に留まらなかった。
焦り声も隠せず事を尋ねるルナールに対し、スーラは今までの無邪気さが嘘のような言葉を返してきたのだ。
「あたし、馬鹿だからルナールあたしの事嫌いでしょ?」
そう言って俯く。
表情は見えないが、その声が涙を堪えていることをはっきりと伝えていた。
きつく結ばれた唇の奥では奥歯を噛み締めているのだろう。
頬が僅かに痙攣している。
「な、何、仰ってるんですか!? お嬢様!」
焦るルナールにスーラは首を横に振る。
「嘘吐かなくていいよ。あのお姉さん、凄く頭が良いんだってね。
あたしなんか、凄いパーだから、頭に妖精さんまで住み着いちゃうし……」
スーラはルナールが鉄兵士改良の状況を確認するため、シェオジェの研究室に足繁く通うことに焼いているのだ。
十才になったとは云え、年の割に幼い彼女は仕事とプライベートの区別が未だ付かない。
それに気付いたルナールは思わず笑いそうになったが、それこそ彼女を傷つける行為だと思いとどまった。
替わりに、円卓の椅子をスーラの隣に引き寄せ、並ぶように腰掛ける。
顔を上げたスーラは驚きつつも瞳を輝かせてルナールを見た。
「今、何をお読みですか? 宜しければルナールにもお聞かせ下さい」
「う、うん! あのね、勇者のお話!」
「勇者、ですか?」
尋ねるルナールにスーラは開いた本のページを指す。
子供向けの童話だ。
スーラよりみっつよっつ幼い子供向けだが、彼女には丁度良いようだ。
話の内容は、魔王が復活することから、選ばれた共和国騎士が『勇者』の称号を得ると同時に、仲間と共に魔王の配下の魔獣を倒して行く。
そして最後は魔王そのものをも倒して世界に平和をもたらす、と云うおきまりの内容だ。
魔王の配下の魔獣はいずれも強力であり、七頭の魔獣を倒す事無く魔王を追い詰めることは出来ない。
配下の魔獣の名は、それぞれにムッシュマッヘ、ムシュフシュ、ウガルルム、ウリディンム、ウム・ダブルチェ、ラハム、クリールである。
ルナールは『軍師』が操る魔獣のひとつ、現在南部でシムル・アマートが率いる魔獣にこの内の一頭の名を付けた事を知っている。
『軍師』がスーラの記憶から得た情報なのだろう。
その本をスーラは大分読み進んだ様であり、今は海の支配者ラハルと勇者の闘いの場面のページが開かれていた。
ラハルはこの童話では他の魔獣と比べても大きな部類に入る。
大きさは八十メートルを越える。
特筆すべきはその口の巨大さであり、勇者は其れを逆手にとってラハルの口に飛び込むと、神剣を使って内部からラハルを倒すのだ。
だが、実はラハルは他の魔獣と違い、倒されることで勇者を檻に閉じ込める事を役割としていた。
仲間は海底深く沈んだ勇者を助けるために随分と苦労をする事になるが、それにより最後の魔獣クリールとの闘いでは、勇者は仲間をより強く信頼して、チームは更に強くなるという筋書きである。
子供向けながら良くできた話であり、油断を戒め、一人ではなく仲間との連携や友情を強く訴えている。
戦乱前に書かれた話だという。
今のシナンガル人こそ、誰もが読むべき本ではないのだろうか、とルナールは思うのだが、貧富の差の激しいこの国では何処までもおとぎ話の範囲を出ない『子供だまし』と言われてもやむを得ないものがあった。
「この本は私も子供の頃、良く読みました。一緒に読みましょう」
ルナールの言葉にスーラの表情が輝く。
「ほんとっ!」
「ええ、もちろん」
「じゃ、じゃあね。ちょっとわかりにくい所があるの。教えて!」
「ええ、勿論ですとも!」
ルナールの返事にスーラは指を動かすのももどかしいとばかりにページを捲り、ようやくお目当てのページを探り当てた。
「これ! この“ググレカス”って『賢者』なんだけど?」
「ああ、彼はですね……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「洒落にならん!」
心臓が跳ね上がるとはこの事を指すのだろう。
嫌な予感がしていた為、最大距離を取ってCCBSを発射したことが全ての命運を分けた。
そうでなければ、今頃ヴァナルガンドはバラバラになっていた事は間違い無い。
最大距離と言っても密閉された隔壁内部であり、距離は二十メートルも無かった。
だがその二十メートルが全てを変えたのだ。
発射されたCCBSはAPFSDSの如く、対象に突き刺さることで衝突衝撃を自身の融解力に変え、ラハルの『核』を突き抜けながら自身も融けつつ、最後は爆発を引き起こす筈であった。
だがCCBSが発射された直後、クリールが消えた。
同時にラハルの『核』にぶつかったCCBS弾は見事なまでに弾き返され、ヴァナルガンドに向かってきたのだ。
あまりの距離の近さに、避けようも無かった。
弾頭が潰れ、回転しながら迫るCCBS弾がまるでスローモーションのように巧の目に写る。
必死で位置をずらそうとするが、止まった時間の中でも流石にこれは間に合わない。
直撃! そう思われた。
いや、実際直撃したのだ。
しかし、爆煙の晴れる中、信じ難い事にヴァナルガンドは無傷であった。
クリールによる対抗力場である。
「あっぶ、ねぇ……。なんつー硬さだ……。反則だろうがっ!」
怒鳴る巧だが、気付くことがある。
一瞬だが、『核』の周りに消えてゆく“揺らぎ”が見えたのだ。
「物理対抗力場……」
その通りであった。
ネルトゥスでコペルが言っていた通り、ラハルは短時間ではあるが『物理的力場』を張ることが出来た。
だが、今までその力場が表に現れたことはなかった。
つまりは『此処』だったのだ。
ラハルの口腔部は巨大である。
武器にもなるが、反面弱点になる事は当然だ。
ラハルはその物理的力場を口腔部と『核』の保護のみに使っていたのである。
他の部位は強力な鱗に守られているのだ。攻撃する側ならば其の程度のことは、充分に考えて置くべきだったのだ。
迂闊であった事は認めねばなるまい。
だが、もう遅い。
どうする?
悩む巧に追撃が迫った。
ラハルの『核』から一筋の光が発せられる。
熱ビームだ。
「こんなものまで!」
距離の近さに避けようもないが、これもクリールが中和してくれているようだ。
此なら、再度攻撃を考えられるか、そう思った時、半透明のクリールが巧の正面に現れると両腕を使ってバッテンを作った。
顔付きがやけに疲れている。
どうやらエネルギー切れ直前の様だ。
「分かった。あれなら盾でどうにでもなる。戻れ!」
そう言ってビーム方向に盾を向ける。同時にクリールは巧の膝に戻った。
戻ったクリールは今にも眠りそうに目をこすっている。
これ以上の援護を期待するのは難しそうだ。
盾に当たった熱線温度は三千三百度前後とアシスタント・ボイスが知らせてくる。
自身の体内で使う熱線である以上、あまり高温は出せないのだろう。
20型以来、改良を続けて来た機体の耐熱効果は盾に於いて特に強化されており、安物兵器のASと言えど、一回ぐらいなら瞬間温度三万度までは軽くカバーできる。
だが、同じ面に何度も攻撃を喰らい続けていれば、耐熱コーティングにも限界はある。
どうすべきか早急に答を出すしかない。
頼みの綱のCCBSも最早一発のみ。右腕を犠牲にしても二発しか無い。
また何より、発射した処で効果は期待できず、それどころか返り討ちに遭うのは目に見えているのは痛い。
「詰んだな、こりゃ!」
盾に身を潜め隔壁に追い詰められた巧がぼやくと、クリールが半眼となって彼を睨む。
それから、巧の胸を強く叩いた。
サブタイトルは、なろう作家「たまりしょうゆ」様の「腐朽世界のレイハーネフ」改変です。
いつも、コメントを頂いているからヨイショする訳ではありませんが、紛う事なき名作です。
短いですので皆さんにも是非読んで頂きたいです。
なんというか、ファンタジックSFなんですよねぇ。
この作品には未だに思い入れがあります。




