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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
17/222

16:敵地は空き地でいっぱい

 廃村トガの近辺に斥候に出ていた兵士二人が、山中に千名程の兵士を見つけたのは、単に幸運に頼り切っただけの出来事では無かった。

 麓の村『リース』駐屯の小隊指揮官であるグラディウスは八年の間、遊んでいた訳ではない。

 山地を見回り、弱くなった結界地点があれば『掛け直し』を依頼していた。

 何より、五百人以上の人間が潜めそうな場所を徹底的に調査して、兵士の巡回ルートに入れてあったのだ。


 彼の中には『自分たちが此処にいることの意味』は戦う事ではなく『敵を発見することである』という明確な目的があった。

 幼いマーシアが話してくれた証言から前回結界を抜けた兵士は六百名。そのうち三分の一に当たる二百名が死んだと聴かされた。


 小隊三十名で六百名と戦って勝てるか?

 不可能である。

 山村トガの民は農業も行うが、幼い頃から野山を駆け巡っていた半農・半猟の民であった。

 弓の腕も確かで、山の狼も彼らを避ける。

 そのような相手だからこそ、兵士並みの戦いが出来たのであろう。

 しかし、結果は皆殺しであった。幼いマーシアを除いて……。


 三百人程しかいないリースの村人。

 力自慢の男を入れても兵力は百に満たない。


 ならば、籠城しかない。

 村はトガの壊滅以来、八年掛けて山側から先んじて村の周りを石壁で覆ってしまった。

 一種の砦である。

 山に猟に行く者達は『南に向いた出入り口からでは、ぐるりと廻って山に登らねばならない』、とずいぶん不平を言う者も多く、これを納得させるのにも骨を折ったが、その甲斐もあった。


 山の窪地に隠れて野営をしていた兵士は、武器の装備も服装もバラバラであり、シナンガルを示す物を身につけていそうな者は一人もいなかった。

 斥候が見ている内に結界があるはずの丘を越えて、更に三百程の兵士が現れる。

しかしリーダーらしき男は新たな集団の到着を喜んだものの、山を下ってもう一つの窪地に潜めとでも言わんばかりに指さしていた。

 そこなら、森の中も含めてもう六百人は野営が可能だ。


 これ以上の見張りは危険と判断して、斥候二名は山を下りる。


「三千は来るものかと思われます」

 斥候の報告を受けたグラディウスは頷いた。苦労をねぎらい休む様に言って、別の兵を呼ぶ。村長と区画のまとめ役、それから分隊長の五人を集めさせた。


「敵兵は六千!」

 断言する。 

 多く見積もり油断させないためであり、魔方陣からの増援もあるため、絶望する必要もないというバランスを込めた言葉である。


「幸い、山からは一本道だ。今日一日だけでもシエネから百名は増援が来る。村の石壁の警備に全力を当てるぞ。 

 同時に魔法に対抗できる様に抗魔法を外壁(がいへき)に掛けておけ!

 二重三重に、だ!」


 リースの村の魔方陣から連絡を受けた第一陣の中隊、百二十人が到着した。

 問題は村の北側が開墾地になっており、大軍が配置できる地形になっていることだ。

 外に打って出る際、門がないのは痛いということでもめたが、籠城を基本として増援は側面から攻撃するという基本方針で決まった。


 翌日シエネの第二陣二百四十名が到着した時、村の中は兵であふれかえってしまった。

 これ以上は兵を中に入れられないため、第三陣以降が現れたならば村の外で宿営して貰うしかない。  と決まった時、西部地区防衛隊長が到着する。


 年齢は五十五歳。

 白髪で真っ白な頭に口ひげを蓄えた彼の印象は柔和で、少なくとも軍服を着ていなければ将軍とは分からない。

 シエネの都市防衛隊長でもある彼がわざわざ現れたと言うことは、前々からこちらの方を意識していたと言うことであろう。


「グラディウス。自分の仕事がよく分かっていた様だな、結構なことだ」

 むやみに突っ込んで全滅する様な『匹夫の勇』を誇るものではなく、自らの役目を知る者をこの村に配置する様に常々、将軍は人員の配置に気を配っていたのだ。


 賞賛されて喜ぶでもなく、グラディウスは将軍の後方に居る人物に目を見張った。


「有り難きお言葉です。ところで将軍、我が娘とどちらで知り合われたので?」

 将軍の後ろにはマーシアが着いて来ていたのだ。


自由人(バロネット)だそうだな。 

 見たこともない魔獣を一人で倒したと、南の方で噂になって居るぞ。 

 お前の娘はなかなかの有名人だ。唯、愛想がまったくないな」

 そう言って笑った。


「申し訳ありません。事情がありまして、礼儀を教える余裕も御座いませんでした」

 と頭を下げるグラディウスを見て、マーシアは心の中で詫びた。


 マーシアがデフォート城塞南部地区の登録所で義勇兵として名前を登録すると、『ハティウルフ』の討伐で既に有名人になっていたこともあり、優先的にシエネまで送ってもらった。 

 城塞のフェリシア側の底部と上部にはそれぞれ百キロごとの転移魔方陣があり、数十分で城塞の最南端から最北端まで一気に跳ばして貰ったのだ。

 あっけにとられて居る内にシエネに着くと、軍本部に呼び出され、そこでアレクシス・バルテン将軍、その人に引き合わされたのである。


 今、マーシアは唯々、グラディウス夫妻を守る事に間に合えたことに喜ぶばかりだが、表情には全く出ない。


 さて、宿舎内で作戦会議となる。

 何故かマーシアまで側に座らされた。


「おまえさん、六千と言ったがあれは嘘だろ。

 この山では三千も潜めれば上手くいきすぎだ」

 バルテンはいきなり、グラディウスの嘘を見破った。

「お怒りですか?」

 そう問うたグラディウスに、バルテンは笑って、

「いや、正解だろ。デフォートの川向こうに大軍を配していれば十里(四十キロメートル)むこうまで丸見えだ。そのような気配もなかったということはこっちが本命、若しくは、じわじわと占領して既成事実で領土化しようという腹なんだろうよ。

 我が国は自分からは仕掛けない、という国是があるからなぁ」


 余分なことだが、実際、惑星カグラの直径と扁平率は地球とほぼ同じであるため、高さ二百メートルのデフォート城塞頂部からなら完全に平坦なら五十三キロ以上の彼方まで見える計算になる

 実際は山あり谷ありなので、バルテンの言葉でも見える範囲は言いすぎの程ではあるが。

                                    

「居座られたらおしまい、という訳ですな」

 参謀の一人が溜息を吐く。


「降りてくる場合と、降りてこなかった場合に分けて考えないと行けませんね」

 グラディウスが言うと全員が頷いた。


 こちらから登って攻めていくのは慎重に行わなくてはいけない。山道は険しい一本道であり、途中で罠でも仕掛けられていたなら、一回で百や二百の損害は確実である。


「まあ、降りてきた場合は、簡単だな。降りきるまで待って、周りと石壁で包囲して、殲滅する。それだけだ。一本道で出口は分かっている。大軍が揃えば一気に逃げることも出来ない」

 

「あの、少し宜しいでしょうか?」

 バルテンの言葉に部屋の隅から声がした。マーシアである。

「どうしたかね?」


「兵はいかほど揃うのでしょうか?」

「五千だな、シエネをがら空きにする訳にも行かない。これが一杯だが充分だろう」


「山で動きがあれば、兵を周りの林や茂みに伏せさせる訳ですね」

「そうだ、場合によっては、村の石壁も内側から壊して三方から取り囲む」


 これは、過去に巧の居た世界でもあった戦の形である。

 甲斐の虎と呼ばれた武田信玄が、細い山道から降りてきた徳川家康を三方原で待ち受け、包囲した訳ではないものの、全軍の撤退を許さずに叩きのめした戦いである。

(包囲説もある)

 

「それですが、実は――」

 マーシアの言葉に、軍議は色めき立った。あり得ない、とするものと、有り得る、との二派に別れて紛糾したのだ。

 斥候が呼ばれ、意見が聞かれることになった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 シナンガルの魔術師三十名は朝日の中、山から下りきる途中のリースの村に近い森の中で目を覚ました。 もうすぐ、味方の兵士達が山を下ってくる。

 彼らは夜襲のための見張りであり、また戦闘が始まればもう一つの目的を持っていた。


 それは、『督戦(とくせん)』である。 

 逃げるものが居れば、山に向かって戻る兵を見つけ次第、「殺す」ことが彼らの役割であった。 とは言っても誰彼無しに殺す訳ではないのだが。


 彼らの周りに続々と兵が集まってくる。シナンガルの正規兵だ。村から見える道を避け、途中からは森を抜け道を切り開いて来たため、ぼやくものが多い。

 上官が静まる様に声を掛ける。 森の中には魔術師を含め二千二百名の兵が居た。


 そして、山道を約千名の兵が五十名程の魔術師に追い立てられる様に降りてくる。彼らは奴隷兵である。


 彼らが突撃すれば、村から打って出るなり、包囲するなりするであろう。

 敵が籠城を続けるなら彼らに戦わせ、守備が手薄であろう裏手に回る。

 彼らが包囲されれば、それこそ好機である。

 彼らを包囲して後ろの見えない敵をたたきつぶす。 

 この村を占拠することで、フェリシアへの回廊を作り上げることがシナンガルの狙いなのだ。

 

 大きな作戦ではなく、奴隷兵のみを使った山賊の襲撃程度に思わせたがったが、どうやら敵には兵力が集まっている様だ。

 この際は仕方ないが、予定通り進めることに指揮官は決めた。

『回廊』さえ造ってしまえばフェリシア占領は時間の問題だ。 

 どれほどの手柄になるか分からない。

 一気に将軍職に昇ることも可能だろう。



 坂を下り終わると、平野が開けている。正しくは収穫の終わった畑だ。

 この時期を狙ったのは、糧秣の奪取も目的としたもので有ったため、指揮官はほっとした。

 後は、奴隷兵どもが死ぬまで戦ってくれればよい。


 進軍する奴隷兵の格好はどれも統一されて居らず、「きちんと」と言うと可笑(おか)しいが「山賊の群れ」に見える。

 その『山賊』どもが村の石壁に近付いた時、その上に一人の人影が見えた。


 白いドレスの銀髪の女性が何かしら叫んでいる。距離が在るため良く聞こえないが、引き上げる様に言っているのであろう。笑止である。

 魔術師に風を読ませて声を聞き取らせようかとも思ったが、それほどの力がある者が居ないことに気付いて止めた。

 喋っているのは、背の高さから見て未だ少女の様である。

 若い女で見目が良いなら戦が終わった後にも生きていて欲しいものだ。

 たっぷり可愛がってやろうと心に決めた、その時である。


 石壁にいた女の側に四十人程の男が現れた。

 全員が手をかざすと一斉に凄まじい勢いで炎が跳び、奴隷兵の後方に居た。五十名の魔術師が全員火だるまになる。


 同時に左右から合計二千はいると思われるであろう兵が、森から、伏せていた草むらから現れた。

 奴隷兵は左右から矢を食らって盾で防ぐも二割程が倒れる。

 その中に左右からのフェリシア兵が突っ込むと乱戦になった。


「これほど上手くいくとはな!」

 魔術師を多数失ったのは痛いがシナンガルの指揮官は笑いが止まらない。

 敵側魔術師どもの攻撃も耐火の盾ならば充分に防げる。さっきの攻撃は不意打ちだったためこちらの魔術師たちが後れを取っただけなのだ。


「おい、塀の上の魔術師に気を付けろ。包囲に持ち込んでいる間は撃てやしまいがな」

 そう言うと百を数えた後に笛を吹かせ、太鼓を鳴らせる様に伝える。

 それを合図に、二千の兵が乱戦の外側から奴隷兵の損害など無視して敵を殲滅できる訳だ。


 笛と太鼓の音に合わせて、乱戦の中に二千の兵が突入する。

 

 と、その時、打ち合う剣の音が消えた。 

 奴隷兵を包囲しているはずの敵兵が全員こちらを向いたのだ。

 

 あり得ない光景に司令官は色を失うが、一度動き始めた集団は簡単には止まらない。

「と、兎も角突っ込め!」そう言って突っ込んだは良いのだが、この兵士どもは何処にも傷を負っている様子すらない。

 いや、それ以前に奴隷兵は何処に消えたのだ?


 何がなにやら分からぬうちに乱戦になる。 

 敵兵はシナンガル人と違い、獣人も居ればエルフも居る。地力が違う。

 その上に魔法士、魔術師も多く、少し距離を取ると魔法の炎を打ってくるのだ。


 これは失敗したな、と思った司令官が逃げようとした時、左右から更に伏兵が現れる。

 二千人のシナンガル兵は四千を越えるフェリシア軍に包囲されたのだ。


「まて、降参だ! 降参する!」

 瞬間、森から火炎が四つ五つ纏めて跳んで来ると、司令官の首が吹き飛んだ。 

 シナンガルの魔術師達は、失敗した時の証拠隠滅も上層部から命令されていたのだ。


「皆殺しにしろ」

 魔術師達の行動から、シナンガルに捕虜の引き取りを求めても応じない事が見て取れると、バルテンは過酷ともいえる命令を下した。

 牢に何時までも入れておくことも出来ない上に、こうも簡単に司令官を殺す様では、他の者も大した情報も与えられていない事は明らかだ。


「しかし、魔獣討伐だけかと思ったら戦術までやってのけるとは、グラディウスの娘は凄まじいな」

 バルテンがそう言って笑った時、側を駆け抜ける者が居る。

 今、口にしたグラディウスの娘ことマーシアだ。 


 残る魔術師達の始末に向かったのだ、と誰もが理解した。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「明日以降、山を下りてくる最初の一隊は囮です。 

 全員が殺されるために山を降ろされてくる者達です」

 マーシアの言葉に誰もが色めき立った。 

 この頃は、まだ、シナンガル内部で奴隷制度が復活したことは余り知られていなかったのだ。


 マーシアは子供の頃に、奴隷兵が死んだという兵士の言葉を聞いた事を思い出しながら話した。

 このような地形で包囲される恐れがある場合、自分が指揮官ならそれを逆手に取る。と言い切った。


 そこで、議事は紛糾したのだが、斥候が呼び出され、

「確かに、武器を持たずに十人程ずつひとまとめにされた集団がいくつも見られました。扱いも余り良いとは思えませんでしたね」

 という一言で、方針が決まった。



 当日、奴隷兵が突っ込んでくると、まず、マーシアが降伏を求めたのだ。

 この国に奴隷制度はないことを訴え、将軍の名で自由を約束した。

 見目良い彼女には自然と人の視線が集まる。その為、着慣れないドレスまで着込んだ。

 その上で、(やじり)のない矢を射るから倒れたふりをしろ、降伏する者は左右から敵に挟まれた時、武器を捨てて石壁に張り付く様に、と呼びかけた。

 それから、後方で『督戦』をしている魔術師たちを片付けたのだ。


 因みにあの時飛んだ炎と石壁に現れた男達には何の関係もない。

 四百メートル以上離れて人を即死させる炎を飛ばせる魔術師はそう多くはない。

 あの五十発以上の炎はマーシア一人が発したものだった。

 

 戦闘が始まるとドレスを脱ぎ捨て、急いでいつもの堅い木綿の綿入れのシャツ、革のベストとズボンを身につけ、ブーツを履き、革の胸当てと小手や拗ね当てを身につける。

 ほぼ全身、真っ黒な出で立ちだ。

 そしていつもの二つの得物、バスタードとハルベルトを持って石壁を飛び越えた。


 奴隷はともかく、正規兵は全員殺す!

 彼女の胸の中にはその思いしかなかった。


 魔力を纏っている魔術師の居場所を知ることは容易い。

 自分の魔力を隠すことも出来ない未熟者など魔術師どころか魔法士とも呼べない。

 マーシアはそう思う。

 南の森の最果てであの妙な男にあってからは特にだ。


 一人ずつハルベルトの餌にしていく。

 と、魔力の流れを感じた。『跳んだ』者が居る。

 行き先は分かっている

「馬鹿が! あそこからでなければ逃げられないというものでもないのに、頭の悪い!」

 と心の中で笑う。 

 彼女は恐怖を感じた時のいびつな笑い以外、笑顔を作ることが未だに出来ない。


 彼女が言う『あそこ』とは、当のシナンガルの魔術師達が結界に開けた穴である。

 シナンガルからは武器を持って通ろうとすると、結界に引っかかる。

 普通に入ろうとしても、軍人の動きを覚えたものには矢張り結界が作用するのだ。


 だが逆はどうか、シナンガルはそのような高度な結界術は持っては居ない。少し分け入る道があり尾根を越えられるなら、どこからでもシナンガルに逃げられる筈なのだ。


 ところが、地形の問題で結界が最も弱い場所を探した彼らはシナンガルに戻るにも『そこ』からしか帰れない。と思い込んでいる様だ。

 

 直ぐさま、マーシアも跳んだ。




「此処まで来れば」

 と、一息吐いた二人のシナンガル魔術師は、互いに顔を見合わせて笑った。

 負け戦は仕方ないが、責任は指揮官にある。 

 しかも自分たちは証拠を残さない様に指揮官も片付けた。

 戻ったところで処罰もあるまい。


 結界まであと少し、と顔を上げて凍り付いた。

 

 全身黒ずくめでハルベルトと呼ばれる戟を持った銀髪の少女が全身血まみれで岩に腰掛けているのだ。

 しかも、ニヤニヤと笑っているかのように唇の橋を上げている。

 実際はマーシアは腹を立てているのだが、表情の作り方が分からないだけだ。


 自分たちの黒いローブを見れば襲いかかってきた()の少女は今、山の麓にいるはずではなかったのか?


 自分たちは此処まで三度跳躍した。そうしなければここに届かなかったからだ。

 ところがその少女は、

「遅かったな。待ちくたびれて寝るところだったよ」

 そう言った、のだろうか。


 彼らは結局彼女の言葉を最後まで聞くことはなかったのだ。




 ガサリ、と木の枝が鳴った。

 (うつむ)いて死体を見ていたマーシアは思わず身構える。

 これほど近付かれるまで相手に気付かなかったとは迂闊だった、と気が立った。


 しかし、山道から現れたのは同じ年頃の少女だった。


「あ、ごめんなさい。驚かせたかしらぁ」


 白いカチューシャで前を留めた肩まである黒い髪、黒曜石の様な黒い瞳。その瞳が大きい。所謂、『魔眼』と呼ばれる目だ。

 黒フレアスカートの上の白いブラウスがうっすら汗を掻いている。 


「しっかし、えぐい殺し方だらけの山ですわよねぇ。笑っちゃいましたわ」

 そう言って本当に笑う。

「数えてみたら十七分割されてる奴まで居るんですから。

 あれ、なんか意味あるんですかねぇ」


「誰?」

 マーシアが問う。


「ああ、ごめんなさぁい。 

 私の名前は、ヴェレーネ・アルメットと申しますわ」

 ヴェレーネがじっとマーシアを見る。


「マーシアだ」

 答えて更に問い返す。

「何しに此処(ここ)に来た?」


 そう訊かれてヴェレーネは少し照れた様に笑う。

「いや、実は私、つい最近まで眠ってたんですよね?」

「?」

「で、目が覚めたら、女王様から『やっぱり此処の結界が破られたんで強化してこい』って言われてすっ飛んできたんですが、ちょっと遅かったようですわねぇ」

 そう言って更にころころと笑う。


 その姿に、マーシアの血液が一瞬にして沸騰した。

 ハルベルトが一閃する。

 が、そこにヴェレーネと名乗る少女の姿はなかった。


「な~にするんですか。危ないじゃあ有りませんか!」

 ほんの僅かに下がったところに同じ姿勢で立っているヴェレーネは余り怒っている様には見えない。 

 彼女がどのように動いたのか、マーシアには全く見えなかった。


 必殺ともいえる一撃をよけられて、しかも笑っている。

 その姿にマーシアは余計に沸騰した。

「貴様が此処の結界の責任者って訳だろうが!」

 怒りを隠さずに問いかける。


「ま、まあ、そうなりますねぇ」


「ならば何故、この弱点を放置した。みんな死んだ。生き延びた者も奴隷にされたんだ!」

 シナンガル人以上にこの女が憎い。マーシアはそう感じていた。


 その時、黒髪の少女の笑みが初めて消えた。

 半眼となった()()はマーシアを射る様に見据えている。

「あなた、トガの生き残りなんでしょ?」


「そうだ!」


「じゃあ、訊くけど……。その時、あなた何してたのよ? 

 人に文句言う前に自分の出来ることはちゃんとやったんでしょうね?」



 その言葉は氷の刃だった。


 マーシアの心が冷えた。 

 触れて欲しく無い記憶。いや誰にも話せない自分の持っていた、あの時の『気持ち』


『シニタクナイ、シニタクナイ、シニタクナイ……』


 それだけ。


 父の名はなんと言った。母の名前は……。


 一緒に遊んだ子どもたちの名前を一人でも思い出せるのか?


 呆然としているマーシアにヴェレーネが話しかける。

「悪かったわね。エルフは見た目では年が分かりにくいけど、あたしも混じってるから少しは分かるわ。 

 あなた、その頃、子供だったんでしょ。じゃあ、どうしようもないわ」

 

 マーシアはヴェレーネを見る、が見続けられない。

「お前に何が分かる!」

 俯きながら怒鳴りつけたが、声には力はなかった。


「わかんないわよ。さっきも言ったでしょ。眠ってたって。 

 此処の結界を強化するのに必要なことだったのよ」

 マーシアを睨み付ける様に更に言葉を続ける。

「あたしはね。自分の能力以上の責任は自分に求めないし、他人にも求めない」

 

 そして、呟く様に言った。

「そう云う事を考えるのをね、『傲慢』って言うのよ」


「じゃあ、作業を始めるから、ここから離れてって頂戴(ちょうだい)な。 

 ああ、あとね。トガには念のため砦を築くことになったわ」

 ヴェレーネは顎をしゃくって、マーシアに下山を促した。


 力なく山を下りると、村ではまた一騒動起きていた。


 戦勝祝いだと浮かれていた最中、使いが入り、将軍が急遽(きゅきょ)シエネに戻ったという。

 他の兵も魔力の回復が行われ次第、魔方陣を使って次々にシエネに帰って行く。

 国境河川の対岸に十万のシナンガル軍が現れたと言うのだ。



 その知らせを聞いた、マーシアは自分も戻るといったものの、義母であるラリサに引き留められた。

「あなたの仕事ではない!」

 という一言は、先にヴェレーネに言われた、『責任を越えた傲慢』に重なる気がして、素直に頷いたのだ。


 その夜、久しぶりで家族三人の食事を取ることになった。

 静かな食事だった。別段、戦の後で気持ちが塞いでいるのではない。

 笑わない、表情のないマーシアに併せてこの家では自然とこうなっただけである。

 いつもすまないと思いつつも、

「表情とはどう造ったのだろうか、どうすれば笑って『おいしい』と言えるのか」

 いつもながらに悩むマーシアであった。


 食事の後で義父アーキムが、珍しくラリサと一緒に酒を飲もうと言い出した。

 村を守れた祝いだと言うことだ。

 本格的な戦勝祝いは後になるが、今日は家族で、と言いだしたのだ。


 ラリサはその席で慣れない酒に酔ったのか、こう言った。

「軍人の妻になった以上、夫の戦死は覚悟していた。 

 自分の様な子を成さない女とも別れずにいてくれる。

 でも、今日は本当に怖かった」

 皆が黙った。


「あの、」

 マーシアが声を出す。マーシアはグラディウス夫妻を父とも母とも呼ばない。

 名前すら呼ばない。

 いつも、こうやって声を掛ける。


「どうしたマーシア」

 アーキムが不思議そうな顔をする? マーシアが話題に入ってくるなど珍しかったのだ。

 

「あの、私が死んだらどう思う……」

 ラリサに対する問いだった。

 

 ラリサが泣きながら、マーシアを抱きしめる。

「馬鹿な事言わないで!」

「ホントはね。本当は、自由人なんてものにもなって欲しく無かったの。

 でも、あたしじゃ、止められなかった……」


 嬉しい、マーシアは本当はそう言いたかった。

 しかし、『逃げた』、『忘れている』その事実が彼女の口を開かせない。


 唯、ラリサを抱きしめ返しただけだ。その暖かみを感じられる様に強く。

 ラリサは驚きのあまりアーキムに顔を向け、同時に喜びに目を見開く。


 一方、見つめられたアーキムも口を開けたままであった。

 酒瓶が倒れたのにも気付かずに。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 


 デフォート城塞の北側、最も渡河のしやすい浅瀬近くに、シナンガル軍一万程が布陣している。その後方一キロ程には更に大軍が居る。 

 十万を超えるであろうか。


 デフォート城塞から、風の魔法を使った拡声器が声を出す、

「軍の進入は認めていない。 

 入国の必要があるなら武装を解除して入国審査を受けたまえ。 

 中立地帯は越えている。軍事行動と見なすぞ」


 かけ声は勇ましいが、フェリシア王国軍は、国王命令で自分から手を出すことは一切認められていない。

 議会の要求にさほど異議を唱えず、サラサラとサインをする女王もこの点だけはどうしても譲らないのだ。


 この一万の兵は奴隷兵ではない。 

 しかし、捨て駒であることも事実である。

 突入して混乱が起きれば、後方の大軍が突入してくる腹なのだ。


 この渡河地点であるデフォート城塞北部側からシエネ方向に向かう五キロ程の区間は山脈との間がありすぎて、どう頑張っても『結界』を掛けることも出来ない。


 どうしても人の手で、軍事力で守るしかないフェリシア王国最大の弱点なのだ。


 しかしながら実のところ此処を開けてあるのは、敵が攻めてくる場所を限定するためだという意見すらある。 

 確かに、北部のトガの様に偶々(たまたま)見つかったから良いが他にも結界が弱くなる場所があるかも知れない。


 少ない人口で長い国境線を守るより、『五キロの弱点』を造っておいた方が良い、と過去の人々は考えたのかも知れない。 

 敵がどこから来るか分かる程、楽なことはないのだ。


 さて、にらみ合って三日目の朝、両陣営に唐突に終わりの時が訪れた。

 シナンガル軍が小舟を人数分用意し終わり渡河の準備を整えたのだが、その時、


 フェリシア側の岸に一人の黒ずくめの人物が現れた。

 銀の髪、青い瞳、背は未だ少女のものであり、戦士と言うには幼すぎた。

 これを見て対岸のシナンガル兵が笑い出す。


 渡河地点はこの流域では川幅が一番狭い、とは言え、それでも四百メートル程はある。

 彼女は風の魔法を使って相手に声を届かせた。


 シナンガル人は総じて黒髪で瞳が金色の者が多い。

 少女、即ちマーシアを見る目は獲物を見つけた猫の様に見える。

 そして彼女の姿以上に、その言葉に大いに笑った。 

 まあ、すぐに笑えなくなるのだが、


「シナンガルの薄馬鹿野郎どもに次ぐ! 我が国の兵士は女王様の命が有るため、貴様らが動かぬ限りは国法によりどうしても動けぬ。 

 ところが私は自由人(バロネット)だ。 

 よって、好き勝手に動かせて貰うぞ! 

 後、言っておくが私は先日、渾身の一撃を掛けた勝負に負けた。

 この国では弱い部類に入る様だ。そこを知っておけ」


 言ったかと思うと、彼女は人差し指で対岸まで一本の線を引いた。

 すると、その動きに合わせて、人ひとりが通れる程の氷の橋が現れたのだ。

 マーシアは文字通りその橋を滑る様に走りながら、再度人差し指を向ける。


「細く針の様に、殴る瞬間力を入れる様に、」

 一筋の閃光が走り、一万の敵陣の前列にいた数百名を吹き飛ばした。

『ハティウルフ』を倒した時の威力はそのままに、魔力の消費は十分の一以下に抑えたものだ。 

 当然余裕がある。もう一発放つ。更に数百名が吹き飛ぶ

 これだけで死者は五百名を越えたのではないかという程の威力である。


 燃えさかる炎の中に風を(まと)って飛び込むと彼女の周りで更に火の勢いは凄まじくなる。

 遂には火災旋風まで巻き起こした。

 生きながら火炎の竜巻に焼かれ空中に放り上げられる者が次々とでる。

 一万の陣の前半分列は地獄であり、後方も軍の様態(ようたい)を成していない程に算を乱す。


 炎に酸素を奪われ窒息して死ぬ者まで出る中で、マーシアは踊る様にハルベルトを振り回す。

 縦に振ることは殆どない。


 横が効率が良い。一振りで沢山殺せる。


 そんな事を彼女は考える。 

 迂闊にも勝負を挑んできた愚か者は最低でも七つ以上に分割した。


 彼女は死ぬ場所にいなくてはならない。過去の罪のために。

 彼女は死んではいけない、何時の日か、ラリサを「お母さん」と呼ぶために。


 炎と鉄は僅か十数分間で二千五百名以上の死者を出し、残りは壊走した。

 

 

 シナンガル軍のフェリシア侵攻作戦は二方面から敗北した。

 たった一人のエルフの少女によって。 


 フェリシア王国歴四六一年のことである。





今日はちょっとマーシア無双させてみました。


サブタイトルは、アジモフ(アシモフ)の短編集、「地球は空き地でいっぱい」からです。

この本、面白いですよ。

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