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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
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167:スキャン・イン・ザ・ダーク

 フェアリーⅡこと『ティアマト』は、アルテルフ9の進行速度を遅らせた。

 次に“あの船”に当たるのなら、陽光の中でぶつかりたい。


 ガーブからコントロール権を幾つか奪った際に『バード』No39、40のコントロールは得られた。

 通常のエネルギー送信ならば、アルテルフでも充分であるが、海中や土中となるとそうはいかない。

 今回は『バード』からのエネルギーが得られる時間帯を選ぶべきである。


 高々二基の『バード』である。

 しかし、アルテルフ十数基分に相当する()の能力は有り難い。


『バード』から得られたエネルギーならば、海中のラハルにも短時間であるが送電可能だ。

 だが、二基のみであるが故の弱点も確かに存在する。

『セム』の実施形態(エンボディメント)に対抗する為には、よりエネルギー受信が効果的な時間帯を選ばなくてはならない。

 つまり、『夜の面』での戦闘は避けるべきだろう。

 タイミングを合わせたバードを昼の面で運用し、万全の体制で対決する。

 これしかない。


 仮に今、スラスタを稼働させたならば、高度三万六千キロの静止軌道に留まることの出来るバードは戦闘海域上空に静止し、その後は時間を気にすることなく戦える。

 いよいよ追い詰められたなら、その様な方法も考える必要が在るかも知れないが、今は未だ早い。

 補給が見込めない以上、燃料の無駄遣いはできないのだ。


 マテリアル・ワンは兎も角、半数以上のデナトファームが消えたなら、運営命令に従って『ガーブ』は補充体を生み出すしかない。

 それは更に強化された基体であることは確かだ。

 自分のコントロール権は依然として破棄されていない事は間違い無い。

 再度それらのコントロールを奪って此方(こちら)は様々な方法を試すことが出来る。


『セム』は自分の敵を自分で作り出し続けるしかない。


 そう、自由になったつもりでも、実際は自分(ティアマト)以上にルールに縛られた『セム』相手ならば、一度くらいの勝機は有る筈なのだ。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ラハルの攻撃は夜明けと共に行われるであろう。

 それがコペルの予測である。


「根拠は?」

 巧の問いに対する答は、単純明快とは言えなかった。

「う~ん、まあ、奴のエネルギーが最大化されるのはその辺りじゃないか、と」


「根拠としては別段悪くはないが、柊少尉が必要以上の危機に陥るなら、作戦を考え直さなければならん!」

 そう言ったマーシアにコペルは直接は答えず、唇の端を軽く上げる。

「“柊少尉” ねぇ……」

「な、何だ! 何が言いたい」

「いや、もう知ってるから、」

 そう言ってコペルはいかにも意地悪そうに笑う。


「お前もか!」

「マーシア、もう諦めろ」

 怒るマーシアに掛けられた巧の言葉に、彼女は遂に俯いてしまった。

 落ち込みつつも、さりげなく巧に寄りかかる辺りがこざかしいのだが、巧としてはそこも可愛くて思わず笑みがこぼれる。


「まあ、事が始まってからは俺たちは予定通り動くだけさ。

 上手く奴を海面に引きずり出せたら、最後はコペルさんが仕留めるんだ。

 だから、あんまり危ない事するなよ」

「杏ちゃんみたいな事を言わんで欲しいな! 第一、囮役が安全な訳がないじゃないか」


 そう言ってふくれつつも笑顔のマーシアに、コペルはさりげなく、だが大きな衝撃を与えた。

「マーシア。君、今の自分の状態を巧さんに話していないね」

「!」


 沈黙が続く中、巧の中にある想いは“やはり”であった。

「マリアンは、消えたのかい……」

 言葉にするのが恐ろしく、今まで訊けなかった問いを遂に口に出す。


 マーシアが巧の首にしがみついた時、本来ならば一緒に現れてもおかしくないマリアンは最後まで現れなかった。

 また、その後すぐさまマーシアは、彼女としては有り得ぬ事に、子供の姿であるクリールの胸ぐらを(つか)んだ。

 マリアンが表に出ないことから巧の注意を()らしたかったのだ。

 そこまでして、巧にマリアンが埋もれてしまったことを隠したがっているのだと巧は気付いていた。


 だが彼も言葉にして確かめる勇気は無かったのだ。



 静寂の中、ようやく顔を上げたマーシアは、まるで子供のような泣き顔だった。

「ちがう……、眠ってるだけ、なんだ……」

「俺は、覚悟は出来ている」

 マーシアに気を使わせないつもりで発した言葉は即座に否定される。

「本当だ! 信じて!」

 真剣な表情に巧は頷くしかない。

「……そうか、分かった。処で今、マリアンはどうしてると思う?」

「確かに“いる”のは分かるんだ。だが、何故か目を醒まさない……」

 

「マーシアは嘘は吐いていません」

 意外な所でコペルから助け船が入った。

 自然と巧は問いかける。

「どういう事だ?」

「つまりですね。マリアン君は何らかの理由を見つけた」

「眠るのに理由が必要なのかい?」

「眠る、と言うより、表に出てこない理由」


 少し考え込んだ巧だが、マーシアに向き直ると優しく髪を撫でる。

「あいつが我が侭をするのも珍しい。暫く好きにさせてやればいいさ」

「いいのか?」

「何が?」

「今、私には前ほどの力は無い。それにお兄ちゃんはマリアンの事をとても大事にしている」

 俯くマーシアに、巧は首を横に振って答える。

「お前のことも同じくらい大事だよ」


 巧に抱きつくマーシアを見るクリールも今度ばかりは責める様子は見せない。

 巧の左側を確保して大人しくふたりを見つめるだけであった。



 マーシアが落ち着くと、食事を取るように促してコペルと二人切りになる。

 クリールもいつの間にか姿を消していた。


「なあ、コペルさん。もう、会えないのかな」

 今頃になって震えが来る。答を聞くのが怖い。


「それは無いでしょうが、」

「が?」

「これからの話はあくまで推測です。ですが、一応は覚悟して聞いて貰います」

 

 頷くしかない巧であった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



『出やがった!』

 

 六月十八日、午前七時二十二分。

 先行するAH-2Sからの報告は単純なものであったが、既に警戒態勢に入っていたネルトゥスの総員が戦闘体勢に移行するのに“秒”を待つ間も必要としなかった。

 CICでは集められた全ての情報が一元化され、全艦・全機体へと再発信されていく。


 エレベータ上に置かれた31-M『ヴァナルガンド』のコックピット内部でデータを受け取った巧は、既に『CCBS』の装着を完了し、発進タイミングを待っていた。


 

 甲板前方に陣取ったマーシアはやや緊張気味だ。

 海中での重力子活用は問題無い。

 地上と同じように、何ら変わらず運用できることは確認済みだ。

 だが、魔獣相手の水中戦闘など、始めての事でもある。

 不安が無かろう筈もない。


 こんな事なら南部で魔獣を狩っている頃、ダニューブ河に一度くらいは飛び込んでおくべきであったとも思う。

 とは云え、当時は水中型の魔獣など存在すら確認できず、飛び込んだ処で狩るべき獲物も無かったのだが。


 装着したDASヘルメット内インカムにCIC担当の若い女性兵士、響伍長の声が届いた。

『マーシアさん。あと三十秒ほどで十インチ砲の砲撃を開始します』

「分かった」


 十インチ砲からマーシアの位置まではかなりの距離があり、大きな影響はないが、やはり砲撃音と空気の振動は凄まじい。

 気分が悪くなるのを感じたマーシアは、聴覚を少し押さえた。


 VLS(垂直発射ミサイル・セル)にアスロック(アンチ・サブマリン・ミサイル)さえ積んでいれば、かなりの楽が出来る。

 だが、カグラに海中型魔獣は存在しない、と言われていた頃に改修されたネルトゥスに、その様なものは全く搭載されていない。


 相変わらず弱装砲撃によって『スキッド』的な対潜砲撃を行うしかないのだ。

 無論、全長が五百メートルを越える魔獣相手ではどれ程効果があるか分からないが、少しでも相手の動きを止める可能性が有るならば、やるしかない。


 六連射された砲弾は緩やかに海面に落下していった。


 轟音と共に水柱が上がる。

 同時に緩やかに渦潮が発生していく。


 今回ネルトゥスは渦には飛び込まない。

 遠距離からマーシアと巧のフォローに廻る事になるが、既にソナーは無効となっており、目視に頼っての攻撃であった。



 ホバーを吹かした巧は、緩やかに水中に飛び込む。

 海面で幾ら渦潮が逆巻こうが、海中では何ら影響はない。

 側面からの攻撃を狙い、まるでレーダーに写らぬ正面の敵に向かい突っ込んでいく。


 進行する機体にすぐさま取り付き、水先案内を行うのはマーシアであった。


 試作31-M型(ヴァナルガンド)のG・E・Hはポンプジェット推進装備を併用する事によって水中でも活動を可能とする。

 しかし、問題は騒音だ。

 G・E・Hとの併用であることから静粛性は大きく犠牲にされている。

 よって、その凄まじい騒音は水中で己の位置を明確に敵に知らせ、戦闘時の命取りとなっていた。

 本来は実戦配備など絶対に不可能な“欠陥品”としか言い様が無い代物だ。


 だが、そこでマーシアの対抗力場が生きてくる。

 自分自身を守る程度の対抗力場や、音響・磁気等に関わる電子力場ならば、今のマーシアでもASを取り囲むほどに全方位に張ることが可能だ。

 これにより隠密に敵に接近する事が可能となった訳である。


 深度二百メートル。

 一キロ程進んだ処で目視出来る範囲に入る。

 勿論、本来の意味での『目視』ではなく、スパエラエコーを使って、敵の魔力を捕らえ、正面(スクリーン)にオーバーラップされたソナー・パネルへ『仮想像』を写し出したものだ。

 緑一色に映るラハルの姿は細部までは分からぬものの、画像の濃淡によって全体の姿やエラの位置、目玉の大きさまでの“その形”を辛うじてだが作り出してくれている。 

「……でかいな!」

『大丈夫、気付かれて無い』


 全高四メートルのASにとって全長五百メートルに迫る魔獣ラハルは海中にそびえる『山』、そのものである。

 だが、だからこそ勝機は在る。

 ラハルとヴァナルガンドの全長比は百二十五対一、体積比で言えば二百万対一となる

 つまりは人間に小さな虫が近付く様なものだ。

 だが地球の巨大戦艦はどれも皆、その程度の小さな魚雷の餌となって歴史を終えたのである。


「メガマウスそのまんまだな」

『あんな生き物が地球にもいるんだ?』

「今度、地球に戻ったら水族館に行くか? 標本ぐらいは有るぞ」

『”でーと”、というやつだね。楽しみだ!』


 緊張感のない会話、という訳ではない。

 ひとつ間違えれば此方がバラバラにされるかも知れない、と云う恐怖からの口数の多さだ。


 二人の右側面を同深度で二発のMk54短魚雷が通り過ぎる。

 洋上から海面を睨むSH-80Kから発射されたあの魚雷こそが、全ての合図だ。

 混成海上中隊による前回を越える総力戦は、今こそ始まった。



 ラハルの身体を覆う鱗がその巨体から離れる。

 緩やかに、しかし次第に加速し四十ノット(時速七十三キロ)を越えて行く。


 遂には31-Mに先行する短魚雷を捕らえた。

 一発に凡そ七~八枚の鱗が襲い掛かり、回避行動を取る短魚雷に対して少しずつダメージを与えていく姿がソナー・パネルに映像化される。

 やがて力尽きた短魚雷は静かに深海へと没し、暗い水底で圧壊からの誘爆を引き起こした。


 ソナーに爆発音が響く。

 音は絞り込んだつもりであったが、一瞬鼓膜が破れそうだ。


 その中で巧は飛翔鱗ならぬ『潜行鱗』の発出点を探る。

「出来れば、今の鱗が飛び出した部分を狙いたいもんだな」

『場所次第だけど、あの口の近くじゃ難しいよね?』


 鱗が飛び出した部分は装甲が薄くなっている可能性が有る。

 だが、口腔部近くは危険だ。

 僅かに頭の向きを変えられただけで、ヴァナルガンドは容易く()の吸引力に翻弄され、あっという間に、体内に吸い込まれる事になるだろう。


 考えるうちに鱗が再度発射される。

 見つかったのか、と驚くが、そうではなくネルトゥスの船底に向かって速度を上げているのだ。


「いかん! マーシア、戻るぞ!」

 ネルトゥスを守らなくてはならない。

 巧がヴァナルガンドを回頭させようとした時、水晶球(スパエラ)に”感”がある。

 コペルであった。

【こっちはご心配なく!】

 それだけで通信は切られる。


 なるほど、先の突入時にも同じ攻撃が有ったのだろう。

 だが、コペルはその全てを何らかの方法で防いでいたのだ。

 悔しいが見事と言う他はない。


「あっちは約束を守っている。なら、今度は此方(こっち)の番、か」

『何だか、力の差を考えるとアンフェアな取引に感じてきたよ』

「そう言うな。いくぞ!」


 暗い海の中、スパエラが作り出した緑の仮想画像のみを頼りに側面から緩やかに突入していく。

 31-Mの左肩に手を添えて共に進むマーシアにはラハルの姿はどの様に映っているのだろうか?

 (しば)水晶球(スパエラ)が沈黙する。しかし、遂に見つけた!

 重なり合った鱗がやや薄くなっている箇所があるのだ。

 有り難いことに、胴体のほぼ中央部分だ。


「中ビレからも大分離れているな。運がいい」

『じゃあ、準備する』


 タイミングが重要である。

 巧は『CCBS』のカートリッジを確認すると、マーシアとタイミングを合わせるカウントを取っていった。

 


サブタイトルは、フィリップ・K・ディックの「スキャン・ダークリー」からの改変です。

深海の暗黒の中で魔獣を探す雰囲気に合っているか、と思って使わせて頂きました。


本日、久々に評価を頂きました。

本当に嬉しくて書く力が入った事を実感し、自分でも驚いています。

ありがとうございました!

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