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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
166/222

165:魔王の外殻

右舷(みぎげん)に飛翔体!」

 観測員の声と共に渦の中心部から跳び上がった幾つかの鱗が、レーダーにはっきりとした影を映す。

 だが、レーダー対応式の四四式対空砲はすぐさまに火を噴き、その鱗が水平飛行に移る事を許さない。


 またアスロック(アンチ・サブマリン・ロケット)が無いため、十インチ(二五四ミリ)砲の火薬を弱装填として、『スキッド』と呼ばれる対潜迫撃砲の様な扱いをしている。

 但し、こちらは着弾後どの深度で爆発するかは信管まかせである。

 近接信管を使っている以上、ラハルの近くで爆発する筈なのだが、全く反応が無いのは実に痛い。

 戦闘が開始されて以来、此方に被害は無いが彼方(ラハル)にもまるでダメージを与えていない事は明確だ。


 SHは四発の魚雷を発射した後、予定通り陸上へ急いだ。

 この海域にラハルを引きつけている内に、フェリシア海軍を急ぎ入り江から脱出させなくてはならない。

 そのSHを追って幾つかの鱗が飛んだが、コッペリアによって全てが墜とされSHは無事に戦闘海域を離脱した。

 まず、戦闘目的のひとつは達したと言って良いだろう。


 だが、問題は発射された四発の魚雷である。


 結局、その全てが攻撃に失敗した。

 まず爆発深度の最も深い一発と次に深度の深い一発、計二発の魚雷を予定域で時差爆発させる。

 強大な体躯である以上、この深度のどちらかで必ず効果が見られる筈であった。

 しかし、敵は頑強な力場に守られているのか撃破どころか破損痕である浮遊物ですら、全く確認されない。


 勿論、山崎はラハルが対抗力場を張るであろう事は読んでいた。

 よって、渦の中心に近付くと残り二発の魚雷の推力を止めさせたのである。

 飛翔鱗の発射時には渦が一旦は弱まる筈だ。そして潮流が再度その勢力を盛り返した時こそラハルは力場の内部に飛び込んだ魚雷を呑み込んでくれるであろう、と期待したのだ。

 ところが海域にまるで変化は現れなかった。

 そうしている内に、目標を失った魚雷は艦と共に渦に沿って走り始める。


 このままではネルトゥス自身がMk54短魚雷の的になりかねず、自爆させるしかなかった。


 最初の魚雷攻撃で成果があるなどと、甘く考えていた訳ではない。

 しかし、せめて敵の深度だけでも掴めるのではないか、と期待したことは全て無駄に終わったのだ。

 何よりの問題は、渦が全く弱まらない事だ。


 おかしいではないか。


 ラハルは海水を吸い込んで渦を創る。

 それは良い。

 しかし、それならば其の間は対抗力場など張れよう筈がない。

 反面、魚雷から逃れようと思えば力場を張って渦は弱まるはずなのだ。

 だが、残存魚雷が爆発しないにもかかわらず渦は存在し、なおも飛翔鱗(リビング・ダーツ)は海面に姿を現し続けている。


 その謎を解かなければ、為す術もなくこの渦から脱出するだけだ。

 そして、またもや睨み合いとなる。

 そうなれば、本来の最終作戦も実行は困難だ。

 いや、決して不可能とは言わないが、かなりの危険の中での実行となる事は間違い無い。


 その焦りが山崎の口から短く発せられる。

「このままじゃ、何の為に突っ込んだのか分からんな!」

『すいません。曲射砲撃(スキッド・シュート)も効果が認められません』

 山崎の苛立ちにCICからは石岡の申し訳なさそうな声が返るが、続いては桜田がそれを庇った。


『石岡君はよくやってくれてます。責めないでやって下さい。

 私の見通しが甘かった、としか言い様が有りません。

 一旦、離脱しますか?』


 殊勝(しゅしょう)な桜田などとは珍しい事も有る、と驚くが、反面、その事実が現在の状況がどれだけ危機的なものかを教えてくれる。

 其処に気付いた山崎は、自分が現在の最高責任者である事を自覚する為にも二人を宥めた。

「言うな、決断したのは俺だ。それに全く無駄って訳でも無い」


 山崎の言葉に嘘はない。

 確かに全くの無駄ではなかった。

 SHを入り江まで送り届ける。この一点が最も重要だったのだ。


 とは云え、果たしてフェリシア海軍はシナンガルの大部隊を抜けるのにどれだけ時間が掛かるだろうか。

 SHの重武装と言えど、相手の数が多すぎて援護にも限界があるのは確かなのだ。


 もう少し時間を稼ぎたい。

 だが、時間切れだ。山崎は離脱を命じる。

 攻撃の失敗を認めた見事な引き際と言えた。

 名将の条件とは勝利の時にのみ現れる訳では無い。

 巧が今の山崎を見たなら手放しで褒めたであろうが、その重要性に気付くものは現在のネルトゥスに多くはない。


 内藤操舵員は渦の一部が高波に変わる瞬間を捕らえた山崎の合図を逃さず、見事な加速操作を見せて、潮の流れから逆方向の空へとネルトゥスを舞い上がらせていく。

 渦は緩やかに向きを変えて艦を追うようだが、次第にその勢力を弱めつつもあった。



「ふう……」

 取り敢えずの脱出に、思わず山崎の口元から溜息が漏れる。

 だが、未だ油断は出来ない。

「コペルさん、後方警戒頼む!」

『はい』


 コペルの返事を受けてマイクを切ると、同時に給仕官が蒸したハンドタオルをトレイごと山崎に差し出してくれた。

 タオルを受け取って礼を言うと顔を拭き、今度こそは一息入れる。


 未だ、敵は海中にある。

 今逃げ切ったとしても、敵は撤退捕虜への『心理効果作戦』に際して、もう一度現れるだろう。

 となれば、再度攻撃を仕掛けるべきか。


 いや、無策の侭の無謀は出来ない。

「撤退!」

 山崎は苦渋の選択を行わざるを得なかった。

 陸上の本隊と連絡を取り、再度スケジュールを構築する事が正しい、と見たのだ。


 だが、その時上層監視員から連絡が入る。

『SH、帰還します!』


 馬鹿な! 早すぎる!

 山崎のみならず、全員が混乱する中SH-80Kは着艦を完了する。


 そして、そのサイドドアが開いた時、山崎は信じられない人物を見る事となったのであった。


 

       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「つまりは、全く無駄な突入だった、と云う訳だな!」

 冷たい声が艦橋操舵室(メイン・ブリッジ)に響き渡る。


 殆どの者が初めて見る少女でありながら、その“気”は艦橋に集ったメインスタッフの表情を凍らせた。

 SHから降り立った人物。


 それは、マーシア・グラディウス。


 陸地に向かったSHは、洋上でネルトゥスに向かう小西隊と遭遇した。

 事情を知った中隊本部はフェリシア海軍の誘導と護衛を小西隊に引き継がせると、SHへは物資集積所に向かう様に命じる。

 そして、彼等はそこでマーシアをピックアップすると急ぎ艦に引き返して来たのである。


「マーシアさん、何故、此方(ここ)に?」

「ん、桜田か。貴様、どう云うつもりだ」

「どう、と言いますと」

「柊の足を引っ張るな、と言っている」


 言っている事は正しいのだろうが、これには桜田もカチンときた。

 “ぼそり”呟く。

「おにいちゃ~ん♡」


 途端、マーシアの顔が爆発した!

「き、貴様! 何故それを!」


「周りが知らんと思ってるのは、あんただけですよ!」

 その言葉に驚いたマーシアが慌てて周りを見回すと、旧分隊の山崎、石岡と桐野のみが目を逸らす。


 後り五名の艦橋・CICスタッフは首を傾げる表情である。

 その光景に状況を理解したマーシアは冷静さを取り戻して桜田に詰め寄った。

「この私をからかうとは良い度胸だな!」

 だが、桜田美月とは、そんな事で(ひる)む女ではないのだ。

 マーシアにしか届かぬ声量で再度呟いた

「杏ちゃ~ん(泣き声)」


「貴様ァ!」

「まあ、そう言うことですから、あんまり偉そうにしてると後が大変ですよ!」


 確かにマリアンの姿が現れなくなって以来、マーシアは昔の凶暴な感性に戻りつつある。

 その様な自分自身に焦って、やや感情的になっているのも事実だ。


 桜田の言葉に其処(そこ)を指摘された気がして、マリアンに申し訳ない気分になった。

 何より桜田はマーシアがマリアンと共に初めて地球に赴いた折、現地生活を円滑に進めてくれるよう手配してくれた多くの恩がある。

 いや、山岳民救出作戦以来の付き合いすらも(ないがし)ろにしたのでは、彼女とて不快になろうと云うものだ。

 そうマーシアもようやく気付いた。


 何より、巧に会えた時、次第に甘えが露骨になっているのは確かだ、と今更ながらに気付いて顔がほんのり赤くなる。


「わかった。お前の言う通りだ。無礼は詫びよう」

 言葉遣いも柔らかにマーシアが詫びると桜田の纏う空気も共に柔らかくなり、場も落ち着ついた。


 少しばかり息を整えるとマーシアは説明を再開する。

「おにい、いや柊少尉はあと二十分もすれば此方に着くだろう。

 それから、再度攻勢を掛ける。

 撤退捕虜への心理作戦は完遂が必要だ。何より、これは中央からの厳命でもある」

 その言葉に全員が頷く。


 その中で、桜田が再度の発言を求めた。

「先程の攻勢は全くの無駄、と云う訳でも有りませんでした」

「フェリシア海軍の撤退が確保できたことか?」

 山崎が“自分の考えも同じだ”と納得するが、桜田はすぐさまそれを否定した。

「違います。(やつ)に関わる情報ですよ!」


 誰もがその言葉に驚く。


 まず相手の深度位置はまるで掴めなかった。

 また、本来なら防御力を代償として攻撃も不可能な筈の『対抗力場』を通し、鱗を飛ばしてきた秘密さえも分からないままだ。


 山崎が首を傾げる。

「どういう事だ?」

 その問いに対する桜田の言葉は、更に全員を驚かせる事となった。

「奴の能力ですが、あれ、本当に“対抗力場”だと思いますか?」


「!」


 桜田の言葉には説得力があった。

 まず、ネルトゥスの乗組員で『本物の対抗力場』を持つ魔獣を相手にした者などいない。

 ビストラント海峡で相手をした飛竜が纏うものですら実際は電子的力場であっただろう。

 つまりは、見たことすらないという事だ。


 だが、敵が高位大型魔獣である、という前提から彼等は魔獣が見つからない理由は『対抗力場』だと思い込んでいる、と桜田は説いたのだ。


「いや、そうは言っても、近接爆発の魚雷がまるで効かなかったんだぞ!」

 山崎の言葉に、桜田はすぐさま反論する。

「単純に外殻が頑丈か、そうでなければ、あの飛翔鱗(ダーツ)が魚雷替わりに水中邀撃(ようげき)をすることで守られているんでしょうね」

「あっ!」


 なるほど、である。

 魚雷が直撃したなら、二百メートル級原潜ですら容易く沈められてしまう。

 しかし、それは深海の圧力も借りての話だ。

 現在の戦闘艦は兎も角、大戦時の戦艦を探すならば魚雷二十発、空爆弾十七発を受けるまで沈まなかったという、文字通りの“化け物”すら存在したのだ。


 人が生み出した『魔王』ですら、其れだけの防御力があった。

『高位魔獣』ともいうべき存在ならば、数発の魚雷如きは単純に“頑強さ”で凌いでしまう事も考えるべきだったのだ。


 だが、そうなると逆に疑問も生まれる。


 それだけ強力な外殻を持つ存在が、何故ソナーに写らないのか、と云う事だ。

 進行泡(バッフルズ)を考慮しても、まるで写らないと云う事はあり得ない。


 いや、ソナーは泡そのものならば捕らえることが出来る。

 通常時に泡は魚群と同じ扱いとなり、戦闘ソナーから反応は切り捨てられるが、状況次第で調整を行えば良いだけだ。

 つまり泡が原因だというならば大量の泡の確認できる位置こそが魔獣の位置と言うことになる。


 しかし、その“泡”そのものが、まず確認できていない。


 頷きつつ桜田は言葉を継いだ。

「仮説ですが、ハティウルフや飛竜(ドラゴン)などと同じタイプの電子的力場なのではないでしょうか?」

 この言葉には誰もが意表を突かれた。

“高位”とも呼ばれる魔獣が纏う力場が、平均的な魔獣と同じものだとは考えられなかったのだ。


 だが、マーシアの反応は違った。

「有り得るな」

 

 マーシアは言う。

 まず、シエネに現れた高位魔獣「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」は、対抗力場のエネルギーを(そら)から受け取っていた。

 そこを柳井始めとする国防空軍レーダー部隊に潰されたことで、最後はマーシアによって滅せられる事となったのだ。

 海中ではあの強力なエネルギーを受け取る方法は無いであろう。


「そうだな? コペル」

 マーシアは鐘楼に陣取ったコペルを自然な口調で呼び出した。


 途端、スピーカーが反応する。

『仰る通りだ。だがね、奴だって持続時間は短いが物理力場も張れるんだよ。

 だからこそ君が此処に居るんだろ?』


「どう云う意味だい。マーシアちゃん?」

 山崎に“ちゃん”と呼ばれて、一瞬は狼狽えたマーシアだが、気を取り直して答える。

「まず、奴は海中から何らかの方法でエネルギーを得るんだろうな。

 それで一時的にだが『物理力場』も張れる。

 と言っても、大したエネルギーではないだろう。そこで私の力場と奴の力場をぶつけて消し去ってしまおうと云う訳だ」


 なるほど、と頷いて山崎は質問を続ける。

「それで奴が丸裸になれば、例の砲撃を喰らわせる、って訳かい?」

 シエネに於ける鉄巨人の消滅は全土に伝わっており、マーシアの砲撃は最早、秘匿されてはいなかった。

 当然、山崎にもその情報は入っていたのである。


 彼が口にした戦法は理に(かな)ったものであり、マーシアの砲撃の前に魔獣は一溜まりも無いであろうと誰もが納得する。

 だが、“そうはいかない”とマーシアは首を横に振ったのだ。

「残念だが、私の砲撃(あれ)は水中では使えん」

 

「どうして!」

 一同の声が揃って大音響となり、マーシアは顔をしかめつつ片耳を押さえる。

「つまりだな、私の砲撃も貴様等の“れーざー”とやらと同じものだと云うことだ」


 これは正確には事実ではない。

 本来ならマーシアは水中でも幅数キロ、射程数十キロに及ぶ荷電粒子砲の通り道を生み出す事が出来る。

 だが、それはマリアンあっての事だ。 

 そのマリアンは今、彼女の中で眠り続けている。

 つまり、力は封印されているのだ。


 マーシア単体の今は『板状の対抗力場』を作り出すのが精一杯であった。



 ブリッジに落胆の空気が充満し、誰もが虚ろな声を出す。

 その様な中で、いち早く我に還ったのは山崎であった。

 指揮官としていつまでも呆けている訳にはいかないのだ。

「いや、ちょっとまってくれ。今、コペルさんは“こう”言ったよな。

『だからこそマーシアちゃんが此処に居る』と!」

 

 またもや“ちゃん”と呼ばれて苦い顔をするマーシアだが、其処は流すことにした。

「そうだ! 私はあくまで露払いであり、戦の本命は柊少尉だ!」

 そう言ったマーシアの声は最初喜びに弾み、それから不意に何かを思い出したように黙する。


 そして僅かにだが、確かに顔を(しか)めたのであった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 物資集積点で久々に顔を合わせたヴェレーネであったが、巧にはその顔立ちからして、以前とは大きく雰囲気が変わったように思えた。

 クリールを見た彼女から何らかの苦言をも覚悟していたのだが、巧の説明を素直に受け取るとその後はクリールに対して特に注意を向ける素振りすら見せずに、現状を報告する。

 やはりネルトゥスは現在戦闘状態に在る、という。


 そして、その中に於いて巧に魔獣撃破の指令が下ったのである。


「俺が!?」

「そうよ」

 それがどうした、と言わんばかりのヴェレーネの言葉に、巧は呆れて声も出ない。

 いや、ようやく言葉を絞り出す。


「無茶言うな! 相手は海中だろ?

 あのコペルさんまで攻めあぐねているものを、どうやって倒せ、って言うんだ?」

 巧の言葉にヴェレーネは、大きく溜息を吐く。


「あのね、あのコペルって奴は、別段魔獣を倒せない訳じゃないの。

 自分で倒すのを嫌がっているだけなのよ」

「どういう事だい? 聞き捨てならないんだが、」

「あっちにはあっちの都合があるようね」


 この様な言葉に巧は弱い。

 巧はこの世界のルールを無視できない。

 仮にそれを行えば、新大陸に攻め込んで既存の文明を崩壊させた白人達と同じ轍を踏む事になりかねない、と無意識にも思うのだ。

 歴史を学んだ者としての矜恃(きょうじ)が、それを許さなかった。


「分かった。しかし無茶はやっても無謀は出来ないぞ。無駄死には御免だ」

「あら、真逆あなたの口から“死にたくない”って言葉が聴けるとはね!」

 その言葉に、驚きと共に少し喜びの響きがあることに巧が気付いた時、後から誰かに抱きつかれ巧こそ驚く。


 いや、驚いたのは抱きつかれたことではない。

 この様な行為をする人間を巧は一人しか知らない。

 そして肩越しに漂うその香りは、その人物が予想通りの彼女であることをはっきりと教えている。

 巧の驚きは“何故彼女が此処に居るのだ”という事だ。


「そう言ってくれなくっちゃね、お兄ちゃん!」

 そう、マーシアであった!

 

 その姿を見てヴェレーネが顔色も赤らに怒鳴り出す。

「ちょ、ちょっとぉ! 何してんのよ! 離れなさいな!」

「ふん、お前に指図される謂われはないな。兄妹のスキンシップというやつだ!」

 そういってマーシアは巧の首にぶら下がり、その肩越しに思いっきり舌を出す。


「いてっ!」

 得意絶頂であったマーシアは次の瞬間いきなり叫んだ。

 横から向こう脛を嫌と言う程に蹴り飛ばされたのだ。


 クリールであった。

「なんだこのガキ!」

 クリールの胸ぐらを捕まえて引き上げるマーシアの姿は、何処(どこ)ぞのチンピラ同然である。

 クリールは両足をばたつかせて逃げようとするが、いつかの物質透過が何故か使えない様であり、マーシアを睨み付けるだけだ。

「マーシア止めろ、相手は子供だぞ!」

「こいつの目が気に入らないよ。お兄ちゃん!」


 だが、そう言った直後、マーシアはクリールから手を離し後方に飛び退(すさ)る。

 それから氷のような表情で唾を呑んだ。

此奴(こいつ)……」

「言うな、マーシア!」


 下手に騒がれて集積基地にパニックを起こさせたくない巧の意図に気付き、やむなくマーシアは矛を収めたが、クリールから目を離さぬまま小声で巧に問い掛ける。

「ねえ、お兄ちゃん。これ何?」

「魔獣の一部なんだが、まあ無害だ」

「ホントに?」


 巧より早くマーシアの問いに答えたのはヴェレーネである。

「柊の言う通り其処は問題無いようね。

 それに、この子は今回の作戦で使用される装備を運用する際に必要になる可能性が高いわ。

 そう云う訳で余計な手出しはしないで欲しいんだけど、駄目かしら?」


「むう……」

 巧の後方に隠れて彼の腰にしがみつくクリールと睨み合いとなり、唸るしかないマーシア。


 それを脇に苦笑いの視線を交わさざるを得ないのは、殆ど同時に息をついた巧とヴェレーネであった。





サブタイトルは、神林長平氏の「魔王の殻」からです。

戦艦武蔵、ラハルの外殻装甲。 そしてマーシアの精神の外殻に引っかけさせて頂きました。


前書きを書かなくなって長くなりますが、お付き合い下さる皆様に毎回感謝します。

次回は、ちょっとマーシアを泣かせてみたいと思っています。

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