表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
16/222

15:ダーク・ソネット

地図を少し直して入れておきました。 村の位置が分かればな、と思いまして。

挿絵(By みてみん)


デフォート城塞は、マーシアの生まれ故郷であった廃村トガから南東に川沿いを三百キロメートル進んだ都市シエネから更に南に七十キロ程下ったところにある。

 直線距離で五十キロ前後だ。

 到達までの総距離は四百キロ。大人の足で早くとも丸十六日は掛かる距離となる。

 優秀な魔法士が転移魔法で稼げる距離は一日最大十キロ程、高位魔術師でも倍の二十キロが最大限界である。


 十トンを越える物資を一日で百キロの距離を移送できる転移魔方陣は軍用であり、厳しく管理されている為、一般人が使用できるものではない。

 結局、マーシアは周りの情報を集める為にも歩くことを選んだ。


 十五歳になったばかりの彼女の魔力、戦闘力は普通のエルフの三割り増しには達するであろうが、彼女は正確には未だ完全な魔術師とはいえない。後、一歩ではあるのだが。


 周りの大人が使っていた『魔法』を素直になぞって居るだけであり、そう云った意味では結局強力な『魔法士』に過ぎない。

 上手く魔法の使用量をコントロールして最小のエネルギーで最大の効果を出すと云うレベルではないのだ。

 例えば、シナンガルに現れているという魔術師も実際は精々、強力な魔法士と云ったものである。

 では、本物の魔術師とは何かということも気になるが、それは物語の中で追々明らかになっていくことであるので現在は省こう。


 そのような訳で転移魔法は大きく魔力を消耗する、それならば歩いた方が世の中も見て学べるということで、まずは南東の都市シエネに向かった。

 のんびり歩いたつもりだが、健脚であり予定通り十日ほどで着いてしまう。

 国境近くであり、山賊も多い地域である筈だったのだが、運良くそのような被害に遭うこともなかった。


 街道がよく衛士によって巡回されて居る証拠でもある。

 が、同時に彼女の中に沸々と怒りがわき上がってくる。 

 辺境ですらこれだけ安全に保とうと思えば保てるのに、何故私の村には十人の常駐兵も居なかったのだ、と。


 兵を置けば、それだけ税が値上がりする。


 その為、北方は結界という形で安く保安体勢を作り上げ、国民の暮らしに負担が掛からない様にする為の政策であったが、村を滅ぼされた十五歳の彼女にそのようなことが理解できようはずもない。

 次第に王族に対する恨みが膨れあがっていく彼女であったが、未だそのことは自分では意識できていなかった。

 

 人口三十万人を越える都市シエネはデフォート城塞に物資を補給し、万が一、デフォートの北面が突破された際は、敵軍を側面から襲撃する為の重要な軍事拠点でもある。

 この町には、文官も含めて常時三万程度の軍人が駐在しており、デフォート城塞との交代要員の保養地でもある。

 日頃は城壁東部の街や村の街道警備に当たっており、トガの麓のリースの村に駐在した三十人の小隊もここから派遣された。

 フェリシア西部の治安を全てこの街の軍でまかなっていると言って良い。


 デフォート城塞には常時、五万の軍が駐留している。

城塞の総延長は八百キロメートルを越えるが一キロごとに三十人程度の小隊でも充分に守備できるという。 

 本当にそのようなことが可能なのか、普通あり得ないと思われるだろうが、これはマーシアも当地に行って驚くことになる。


 が、これもいずれ語ろう。


 さて、フェリシアの国軍数は十二万人。これは国民の四パーセントが軍人という事であり、とんでもない軍事国家といえる。

 地球における最大の軍事国家、アメリカ合衆国における兵力総数は百五十万人であり、人口比は二パーセント未満であるから、フェリシアはまさしく発展途上国にありがちな国家体制といえる訳だ。

 巧の国も百九十年程前までの封建時代には兵士階級が七パーセント以上存在したが、彼らは同時に文民かつ行政官でもあったので一概に比較は出来ない。


 話が横道にそれた。


 同じ比率で考えてみよう。マーシアが旅に出た頃シナンガルの人口は奴隷まで含めて三億三千万人、その四パーセントが軍人だとしたならば、千三百万人が軍人と云うことになる。戦力比は一〇八:一ということになろうか。

 魔法による結界と南方にある城塞がこの国をその戦力差から守っている。

 


 初めて訪れる大都市シエネはマーシアにとっては見るもの、聴くもの全てが新鮮であり、また、村にはなかった菓子なども楽しんだ。

 グラディウス夫妻が餞別だと行ってかなりの金銭を渡してくれたので半年程は食うにも困らない程であった。


 実はグラディウス夫妻は、このため込んだ金で首都に於いてマーシアを王宮の女官にでもねじ込む為の工作と彼女を教育をする費用に充てるつもりであったのだが、本人が生きていてくれさえすればいいと考え、全てを渡した。

 グラディウス夫妻にとって一度も笑顔を見せなかったマーシアは、それでも大切な一人娘であったのだ。


 それにしても何という人の数だろうか、とマーシアは驚く。

 祭りでもあるのかと思えば、これが日常だという。

 街で珍しい見せ物を初めて見た。噴水という物がある事を知った。彫像とは、オベリスクとはなんと美しいのだろうと感じた。

 そして甘みを楽しみ、宿に戻ると何故か義理の父母のことを思い出してマーシアは泣いた。

 二人と一緒ならもっと楽しかったろうにと思えた時、これほど大切にしてくれた二人から、そこから『また逃げた』

 一人になって今更ながらにそう思える様になってきたのだ。


 義母であるラリサは何故笑いもしない自分に一度も腹を立てなかったのだろう。

 義父であるアーキムは?


 自分は馬鹿だ。


 結局、自分のやりたいことしか考えていない、人の気持ちなど考えない。

 相手に掛ける愛情など持ち合わせていない人間なのだ。  

 焼け落ちた村から逃げたあの時と一緒だ。

 そう思えてきて、泣いた。

 

 もう後戻りは出来ない。幸いにして自分はエルフだ。

 寿命は長い。奴らはいずれ再侵攻してくると言っていた。

 その時は、殺して、殺して、殺しまくってやる。頭の中にあるのはそれだけだった。

 強くならなくてはならない。一人でも多く殺す為に、何よりもう二度と『逃げない』ために……。


 マーシアはその晩、ひとつの決意をする。

 彼女にとっては自暴自棄から来る、子供の決意だった。

 だからこそ純粋で恐ろしい決意だった。


『私は二度と逃げない。逃げるくらいなら今度こそは死のう』


 それが彼女の伝説の始まりではあったが、不幸の色をもまた濃くしていくことには気付いていなかった。


 シエネで三日程過ごした。市場に行き自由人に必要な装備を揃える。

 デフォート城塞周辺にも、多くの街や村があり物は揃っていると云うことだが、少々割高だと、父の部下達から聴いていた。

 彼らから様々な情報を得ていたため、消耗品ではない日用品はシエネで、武器は城塞の南の端の村ゴースの鍛冶屋で求めることにした。


 デフォート城塞に近付くにつれ彼女は常識が破壊されていくことになる。

 最初、四日の道のりだというのに二日目にはもう城塞が見えてきたのだ。

「以外と近いじゃないか」

 と思う。


 この頃彼女の思考や、数少ない口ぶりは、男性的な物になってきていた。

 女の子の言葉遣いは『逃げた自分』を思い出すと云う事から無意識に避ける様になっていたのだろうが、それ以上に義母ラリサの手伝いをする以外の時間を兵士の中で過ごしたことが彼女の人格形成に大きく影響してしまったようである。


『言葉』は文化であり、即ち人なのである。

 言葉遣いが、そのまま性格まで形作っていった。


 さて、目の前に見えてきたデフォート城壁であるが半日経っても着かない。

 結局、野宿となった。

 城塞からの明かりが僅かに見える中、彼女は眠った。


 翌日、昼を過ぎても未だ城塞には届かなかった。

 その頃には、彼女にはこの城塞の巨大さがようやく飲み込めてきた。

 巨大すぎるのだ。


 デフォート城塞。

 高さは地表より二二一メートル、基底部幅六百八十メートル、頭頂部通路幅四十メートル。

 頭頂部の十キロ()きには広がって幅八十メートルを越える場所もある急角度の台形という感じの壁である。

 巧の世界で言うところの『重力コンクリートダム』の形態が八百キロという気の遠くなる様な長さで続いているのだ。


 内部下層には対面まで続く通路は存在せず、頂上に近いフェリシア側内部と基底部には兵士宿舎用の複数の部屋があり窓もあるが、シナンガル側には、指が入る程の多数の通風口以外は一切の出入り口はなく、またシナンガル側の壁の中断六十メートル程の高さに出窓(ペヒナーゼ)が存在するがこれは弓を打つ為の狭間である。

 城壁に取り付く者には油や石でも浴びせることにも使えそうだ。

 

 相手の声が届く距離ではあるので、軍使との会話にも使われるかも知れないが、後程、此処を占領されても痛くもかゆくもない構造であることをマーシアは知ることになる。


 この城塞の最上部に登るにはフェリシア側の内部の階段を登るか、設定が秘匿された移転魔方陣を使用するしかない。


 更に言うなら南部には今でこそフェリシアの城塞ではないが、別の城塞である『ラボリア』があり、その西側にも魔獣が跋扈している。

 これでは五百年間、フェリシアに侵攻できる国がなかったのも当然である。 


 伝説では建国以前からある神々の建造物であり、そこを譲り受けた初代妖精王がフェリシア王国を建国したとも云われている。


 隣国シナンガルとは北側の山脈とのあいだの『ライン』と呼ばれる河川のみが両国を繋ぐ唯一の出入り口であり、この城塞がある限り大軍の侵攻は有り得ないということは一目瞭然である。

 普通のフェリシア国民なら、この城塞を見たならば驚いた後は単純に守りの堅さを喜んでおしまいであろう。


 しかしながら、マーシアも自国を守る城塞の勇姿に有り難みを感じるも、北方山岳地帯は少数の兵なら越えられる事実も知っている。

 此処に駐留する五万の内の五百でも良いから北に向かわせて居てくれたならあの悲劇は起きなかったのに、と又も悔しさをにじませた。



「国の上層部に掛け合える程の力を付ける必要があるのかも知れない」

 ふと、そう感じた。が感じただけで考えとして纏まった訳ではない。

 いま、彼女の頭の中には『一人のエルフ』としてどれだけ強くなれるか、それしか無かったからだ。





 南部不可侵域に近い河川近くの森で、マーシアは狩りを続けていた。

 デフォート南部の村『ゴース』に住み着く様になって、既に一年。


 自由人にはあっさりとなれた。

 城塞内部の登録所に行くと南部で魔獣がいきなり活発化して、百人以上の自由人が死んだというのだ。


 それでも順番待ちではあったが、翌翌日には更に七人の被害が出て名簿の最後の欄にマーシアの名が埋まった。


 自由人とは巧の国の『狩りゲーム』や『RPG』に出て来る様な、ランク制など存在しない。 

 頼まれた事が自分の力量で可能かを計り、自ら判断して仕事を請け負うだけだ。

 自由人達の手に負えなくなるとデフォート城塞から兵士や魔術師が集団で現れ、片を付ける。

 つまりは、常時デフォートの兵士達が南部を彷徨(うろつ)く訳にも行かないので、日頃は自由人に委託している形なのである。


 当然『ギルド』、などという物も存在しない。

 城塞内部の連絡所や町長の家や、町役場、市役所の頼み事の掲示板に貼り付けられた依頼書を持って依頼人のところに訪れるだけである。

 報酬は『魔獣の首の骨』は城塞か役所で買い取ってもらうが、あとは依頼人から金を受け取ることになる。


 人口の少ないフェリシアでは、自由人の数を制限することで無茶をして死亡する人間が極力でない様にはしてはいるが、王国と云えども議会制の国である為、選ぶ仕事に無闇に制限を掛けることは出来ない。

 ギルドを作ろうという動きもあるのだが、魔獣がでる地域は南部の『不可侵域』近くのみ。

 一般人からの需要がさほど多い訳ではないため、これではどうしようもない。




 さて、マーシアはハルベルト(ハルバード)で本日、三匹目のトリクラプス・ドッグを仕留めたところである。 

 この一年の間に最もよく遭遇している魔獣だ。

 彼らは群れで行動する魔獣で、目が左右と中央に有る大型の犬である。

 大型、と一言で簡単に言っても巧の国の土佐犬程は有る上に獰猛(どうもう)さでも負けては居ない。

 気を抜けば殺される。

 しかしマーシアにとっては、撫でる様な物である。


 五頭いたが残り二頭が逃げ出した。マーシアは特に追わない。

 

 普通はチームを組んで対抗し、逃げる相手でも最後の一匹まで狩る。 


 トリクラプス・ドッグは物覚えが良い為、次に数を揃えられた時、その自由人の武器や癖を覚えられたり、場合によっては数を頼んで逆襲に転じるのである。

 その為、群れは殲滅するのが習いだが、マーシアの場合、

「次の獲物があっちから近付いてきてくれるなんて便利じゃないか」

 と言う感覚であるので、いつも見逃す。


 デフォートの南の村『ゴース』から森に入って早一週間、そろそろ引き上げ時ではあるが、もう少し力の試せる相手が欲しい。

 金ならもう充分なのだ。


 更に森に分け入る。ハルベルトは背中から掛けた専用の(シース)に収めた。

 特注で、急ぎの時にはすぐに取り出しやすくしてある割には、激しく動いても肩などの体を傷つけずに収まる様に造ってもらった。


 代わりにバスタードを手にする。黒く長い剣だ。 

 細長ながら芯に厚みもあり、少々の打撃では傷一つ着かない。 

「草を()ぐのには向かんが、仕方ないな」

 よく言う独り言を呟いて森の奥に分け入っていく。


 河川敷まで出た。川まで四百メートル程であろうか。

 右手には広い草原が広がっている。

 左側は陰っているので森かなと意識せずに川辺に進もうとしたが考えを変えた。


 かなり奥まで入り込んでしまった。 

 この川を越えれば『ラボリア』のある所謂(いわゆる)『不可侵域』である。

「今日は首の骨は、さっきの犬っころも合わせて五つ取った。充分かな?」


 ひとり()ちて引き返そうとした時、とんでもない物に遭遇する。

 いや、ほぼ真横にいたのだが、あまりの大きさに気付くのが遅れた。 

 先程、森だと思ったのは此奴だったのだ。


 彼女も特に殺気を放っていなかったし、『そいつ』もマーシアが全く目に入っていなかったのはどちらにとって幸運だったのだろうか。


 初めて見る魔獣である。


「でかいな……」

 さすがのマーシアも驚きを隠せない。

 狼型の魔獣である。体長は二十メートル近い。肩の高さまでは四メートル以上、頭部までなら五メートルと言ったところであろうか。

 街の建物に比較するなら、二階建ての一軒家の大きさである。


 しかし彼女の中の選択肢に『逃げる』という言葉はなかった。


 戦略的に逃げて多数を分断し、一匹ずつ(ほふ)る事は別段珍しくない。

 だが、相手は一頭だ。

 彼女は、あの夜、シエネの街で義母ラリサと義父アーキムを思って泣いた時、決めたのだ。 


『恐怖から逃げない。逃げるくらいなら死ぬ』と。


 目の前にいるのは、久々の『恐怖』だ。自分を試すにはもってこいの相手ではないか。

 運が良ければ此処で死ねる。そうも考えた。


 殺気を隠せなかった。と言うより、不意打ちで倒すのも厭だった。


 当然ながら、相手もマーシアに気付く。

 同時に跳び下がった『狼』は、頭を低くして飛びかかる姿勢を見せている。

 それだけなら当然だが、狼の身の伏せ方を見たマーシアは思わず息を呑む。

「此奴、前足を切られることを防いでいやがる」

 素直に驚いた。

 懐には入って前足の一本でも落としてやろうと思って居たところ、それを見抜いたかの様に飛びかかることもでき、尚かつ、刃物に対する対抗策も考えているのだ。


「自分の力に酔っていない。だからこそ此処まで巨大化できたという訳か……」


 偶発戦闘は見る者が見たならば、とんでもない手練れ同士の一騎打ちだと分かっただろう。

 

「悪いが、ズルさせて貰うぞ」

 マーシアはニヤリと笑う。転移した。狙いは耳の後ろである。

 空間跳躍し、巨大な狼の頭上に現れる。

 『狼』は、一瞬びくっとしたが、その場から横に跳び去った。

 細い木々を五~六本なぎ倒す。


「おい、おい、どんな化け物だよ!」

 剣が空を切り着地すると呆れて物もいえないマーシアである。

 と言いたいところであるが、人前では無口でも独り言としてなら得意な軽口は健在だ。


 唯、ちょっと防御力は計りたくなった。

 ウインド・カッターと呼ばれる空気の刃を造り、二十~三十発程放ってみた。


 風の流れを感じた狼は体を横にして毛皮の一番厚いと思われる部分で受けた。

 幹の直径が三十センチ程の樹なら一撃で切り倒せる威力のものを纏めて放ったのに、その毛はびくともしない。

 それどころか、おかしな音が聞こえた。


 ビヨ~ン、ビヨ~ン

 どこかで聞いた音だ。何処だっただろう?

 そう考えた時、『狼』は攻勢に転じてきた。

 いきなり飛びかかる、などと云う馬鹿な真似はしない。非我の距離二百メートル程を、ジリジリと詰めてくる。


「群れでなくて良かったよ」

 心からそう思うマーシアであった。


 犬と狼の境目ははっきりしない。

 犬は狼の近縁種ではなく、亜種であるという研究結果が近年は主流になりつつある。


 そして、訓練された犬は「地上最強の動物である」と断言する軍人も少なくない。


 犬や狼は以外と弱点の多い生き物だ。

 例えば鋭い牙だが、彼らは大型肉食獣と違い体が小さいのため、口の中にかみ切れない程に大きな物を突っ込んでしまえば無力化できる。

 

 また鼻もそうだ。

 ウサギが狼を殺す、と言えば笑うだろうが実際にそのような事例がある。

 追い詰められたウサギが、後ろ足で狼の鼻を蹴り、千切り跳ばしたことによって、呼吸が出来なくなった狼が死んだ例がある。


 だが、それでも『訓練された犬』が地上最強だと言う根拠はその頭脳である。


『作戦』


 人間だけが持つと思われるその行動を犬は訓練によって身につける。

 そして『狼』のなかには生まれつきこの資質を備え、群れを率いる者が居るのだ。


 ライオンなどは、槍を持った人間を恐れて狩った肉を放り出して逃げ出すこともある。

 だが、野生の狼や犬はそのようなことはない。

 誇り高く、己を踏みにじる者を許さない。


「此奴はヤバイね。本物だよ」

 言葉とは裏腹にマーシアはうれしさを隠せない口調である。


 飛びかかってくる馬鹿なら風でこっちも加速してカウンターがとれた。

 だが、奴は自分の間合いまでギリギリまで詰めて、そこから勝負を掛けるつもりなのだ。


 地面ギリギリに顔を下げ、そのまま口を閉じて突っ込んできた。

 牙を見せるタイミングを計らせないつもりである。


「鼻を切りつけるか?」

 そうも思うが、その瞬間に口を開けられれば其処までである。

 転移しても出現した時の気配を読まれる。

 そう考えた時、彼女は『狼』が絶対に避けられない場所に跳んだ。


 次の瞬間、片眼を潰された『狼』は怒り狂うと思いきや、一気に頭を振るとマーシアを振り落とし冷静に下がった。 

 鳴き声ひとつあげない。

 マーシアは『狼』の鼻の付け根に転移した。そして、左目にバスタードを差し込んだのである。


「まずは一つ取った」

 ニヤリとマーシアは笑う。片眼を潰し死角を造ったのだ。


 転移はそう簡単に何度も使えない。 

 距離は関係ない。

 十キロ飛べる人間でも五メートルしか飛べない人間でも、普通の魔法士や魔術師にとっては疲労度は余り変わらないのだ。


 ここからは、火力勝負、腕力勝負だなと思う。

 手を見る。バスタードは無い。『狼』の目に突き刺さったままだ。


(まぶた)(つむ)って、手からもぎ取っていったのか」

 本気で呆れた。

 ハルベルトを取り出し、構える。

 

 単純に跳躍(ジャンプ)して、左側の死角に跳ぶが直ぐさま『狼』は()の方向を向く。

 凄まじい感覚だ。両目を潰しても勝てるかな?

 少し心配になるが、こうなったら炎を放ってみる。

 

 空気中から『纏める量子』を集める。彼女の魔力は強い。

 空間跳躍と違い、普通の火炎魔法ならならまだまだ何十発かは撃てる。


 しかし今回は、そのようなせこい火炎で倒せる相手とは思えない。

 一撃必殺で行くことにした。

『纏める量子』は連絡用の水晶球(スパエラ)より二回りは大きくなった。

 巧が見ることが出来るなら、バスケットボールよりやや大きいと言ったところだろう。


『纏める量子』の中に燃える元素を集めていく。

 他の魔術師達が『炎の始め』と呼んでいる元素と違い、彼女が集めているのは、墨から生まれる空気中の元素を(いじく)って三重化したものである。

 

 急激に『纏める量子』を絞り込んでいく。

 こうして中身を圧縮して行くと、圧力に耐えきれなくなって遂に内部は火を噴いた。

 筒状にして一方向にエネルギーの逃げ道を造ってやり、一気に解放する。

 次の瞬間、


『狼』は一瞬で火に包まれた。


 地球風に言えば普通の魔法士の火炎は水素爆発。

 それはそれで威力は凄いが、狼が転げ回れば消せただろう。

 だが、マーシアが行なったのはナフサへの点火である。

 もっとわかりやすく言うと、『狼』に五キログラム級のナパーム弾をぶち込んだのだ。


 義父グラディウスが教えてくれた『秘中の秘』の炎の魔術である。



 この世界における、『魔法』のポイントはどのような魔法が使えるかではない。

 どのような威力があるかでもない。

 この『纏める量子』これが何を指すのか、それを知っている者だけが,魔法の本質を知るものなのだ。 

 マーシアは未だその頂の麓にすら立っては居ない。他の多くの魔術師と同じく。



 体中に炎を巻かれてその火は消えることがない。

 さすがの狼もこれには慌てた。その隙を逃がすマーシアではない。


 あの狼の体から発せられた音。あれは金属音だ。

 ハーブの弦で金属が使われている時の音。そう気付いた時から決めていた。


 もう一つの義父からの秘伝『硬化魔法』 これも炭素の合成変換である。

 彼女の持つハルベルトの刃先は、堅く育ちすぎて針金と同じ堅さの様になった毛皮に包まれた『狼』の首筋を見事に切り落とした。 


 唯でさえ鋭く研ぎ上げた刃先をモース高度九、五。第二世代以降の戦車の砲身にも使われていた「タングステンカーバイド鋼」と同じ硬度まで硬化させたのである。


 一溜まりもなく、斧は首筋に突き刺さる。肘までその肉に埋めて彼女は一撃の下に『狼』の首を切り落とした。


『狼』が弱かったのではない。

 力の拮抗した者同士の一方が偶々(たまたま)先手を取ったに過ぎなかったのだ。


 因みに義父アーキムが同じように魔法を使ってもマーシアの半分の威力も生まなかったであろう。  

 彼女の一年での成長は、それこそ「青竹が伸びるが如し」であった。


 息が上がり、座り込むマーシア。

 全力を使った。

 今此処に、ユニコーンラビットと呼ばれる最弱の魔物が来ても、勝てるかどうか分からない程だ。

 肩で息をする。


 と、側に誰かが立っている。

 眼鏡を掛けた白衣の男だ。 

 とは言えマーシアは『眼鏡』なるものを初めて見たので、


「変わった仮面だね。余り意味がないんじゃないの?」

 呼吸を整えながら、それだけ言うのが精一杯である。


 男は首を振って、

「惜しいな」

 そう言う。


 マーシアは思わず『狼』を見てハルベルトを杖に立ち上がった。

 再生する魔獣がいてもおかしくはない、そう思ったのだ。

 だが、男は首を横に振る

「あれなら、見事に死んでるよ」


「?」

 それじゃあ、どういう事。とマーシアは尋ねる顔をする。


「うん、君ね。凄い魔法使いになれるよ」

「お褒め頂いてどうも……」


「でもね」

 男のしゃべり方に少しイライラしてきた。

 自分ならあの程度の『狼』は物の程でもない、という言い方であり、何より実際にも”やりかねない”雰囲気を纏っている。


「はい?」

 つっけんどんに答えるが、男の口調は変わらない。

「力を絞りなさい。針の様に細く。殴る瞬間にだけ拳に力を込めるがごとく。そして当てるのではない、『通す』んですよ」


 それだけ言うと「では失礼」、と言って転移した。

 かなりの魔力が残った。 

「ずいぶん跳んだな。十キロじゃあ済まない距離だ」

 ふっかけて戦ってたら死んでたな、とおかしくなった。


 死ぬのは良いが、ああいうのとは『万全』でやりたい、と思ったのだ。

「後、何かヒントをくれたな。最初の二つは分かる。だが、最後が問題だ」

 ブツブツと呟きながら『狼』の首の骨の回収に掛かった。




 マーシアの報告で砦から駆けつけた騎士団は、

「本当にこの魔獣を一人で殺ったのか?」と驚いた。

 当然である。

 フェリシアで一流と呼ばれている魔術師を十人を含めた騎士団一個中隊百二十名でも倒せるかどうか、と言う大きさなのだ。


 狼には『ハティウルフ』という名が付けられた。

『月を食らう狼』

 と言う意味である。


 この件で、マーシアが一躍名を上げた頃、北部に再び、シナンガル軍が侵攻したと知らせが入る。 


 その総数六千。


 これを聴いたマーシアは育ての親であるグラディウス夫妻の住む村、リースへと向かう。

 軍に義勇兵として志願し、魔方陣の使用許可を得た。




すいません。 謝ってばかりですが、マーシアが本当に恐れられている訳は、この「ハティウルフ」の単独討伐だけではありません。


その点を次回明らかにしたいと思いますので、あと一回マーシア編をやらせて頂きます。 戦闘シーンは難しいです。 ご注文があればどんどんお願いします。


サブタイトルは、前回と合わせて柴田昌弘氏の「ブルーソネット」からです。

自分の中のマーシアのイメージはソネットですね(古すぎて分からないかw)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ