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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
153/222

152:廃坑の声(後編)

 剣に風を纏わせ、風向きを決めてから対象を切るのは魔獣への一般的な対応である。

 初見の場合、どの魔獣が血中に毒を含んでいるか分からないからだ。

 だが、この基礎が出来ずに死ぬ自由人(バロネット)は意外に多い。


 魔法と剣を同時に使いこなすのは矢張(やは)り難しい事であり、だからこそチームを組む必要が出て来る訳だ。


 日頃はのんべんだらりとした男ではある。

 だが、魔獣退治で財の基礎を築いただけ有って、単独(ソロ)での戦闘も堂に入ったものがあった。


「ドラッグ・センチピードだが普通の倍はあるぞ、此奴(こいつ)!」

 坂崎の前で剣を構えるのは、雇われ警備員の一人、“トマス”である。


 地球の人間が見れば信じられぬ光景であったが、彼は風を(まと)って洞窟内の壁を二十メートル以上は横走りに走り切ると、そのまま壁を蹴った勢いで坂崎の頭を真後ろから飛び越えつつ、『ドラッグ・センチピード』と彼が呼んだ大ムカデを一刀のもとに切り捨てたのだ。


 一瞬の出来事であり、(まさ)に神速の妙技と言えたであろう。


 その“神速のトマス”の背中に守られた坂崎は完全に膝が笑っている。

「あ、あ、あれ、な、なま、名前、あ、あったん、だ?」


「南部の土が弱いところで時々出るんだよ。こうやって集団で現れるから厄介な相手でなぁ」

 そう言いながら、もう一頭切り捨てる。

 切った直後に()の巨体に蹴りを入れると、バランスを崩した大ムカデは、かなり離れたところで痙攣(けいれん)し始めた。


 足下で未だに牙をカチカチと鳴らすにピードの頭部に剣を突き立てて地面まで貫き通すと、その剣を引き抜くに際して、トマスは靴の底でムカデの血が吹き出ぬ様に傷口を押さえる。

 とは云え、剣を引き抜く際の反動を完全に消すことは出来ず、ポンプで押されたかの様に少量の血が首の付け根側から噴き出した。


「坂崎さん、余り息を吸い込んじゃあ(まず)いんだ。スカーフかバンダナで口を押さえてて欲しいね」

 そう声を掛けてくるトマス自身も、まるで山賊の様にバンダナを口元に巻き付けて顔を半分隠している。

 彼の灰色の髪はLEDライトの光を反射し、坂崎とならぶ背の高さもあって洞窟入り口側に居る国防軍兵士からは、彼等の位置を良く把握できた。

 坂崎は、兵士達にハンドサインで全員無事を伝え、トマスに質問を続ける。


「吸い込むと死ぬの?」

「いいや、ちょっと(しび)れるだけだ。

 だが、この数じゃ、そいつが命取り! 特にこう云う洞窟の中では、な。

 それより、あんたの其の『(つぶて)』、こっちに向けないでくれ。あっさり死ねそうだ」


 トマスの言葉に、坂崎は慌てて銃口を彼の背中から別のムカデに向けつつ、更に疑問を口にした。

「じゃあ、普通はどうやって倒すの?」

「見ての通り! 一匹切り捨てちゃあ、逃げる。そうすりゃ、少しの間に毒は空気と反応して無害化される。それから次に向かうんだ」


 それを聞くと坂崎は、相田に向かってレシーバーを繋いだ。

「相田さん! 一頭ずつ殺してって下さい。少し待てば血液が空気で無害化されるそうです。それから次を倒して下さい」


 すぐに返事が戻って来た。

「分かりました。その彼にもうひとつ訊いて下さい。

 どれくらい間隔を置くべきか、と」


 坂崎がそれを尋ねると、トマスは一瞬困った顔をする。

「こんな大物は初めて見る。南部の奴なら二十秒くらいだが、こいつは1分は見た方が良いんじゃないかな?」

 答えながらも襲い掛かるムカデの頭を剣の腹で叩くことで、相手を大きく下がらせた。

 彼自身も、今(しばら)くは次のムカデの血を流す訳には行かないのだ。


『ドラッグ・センチピード』は名前の通り、その血液が『薬』になる。

『薬』とは早い話が、『麻薬』だ。


 一頭生け捕りに出来れば、その虫が死ぬまでの間に抜き取れる血で二~三年は豪遊できる金を作る事が出来る。

 それを狙って死んだ者の如何(いか)に多いことか。


 また、この血から作られる薬は上手く使えば『麻酔薬』にもなる。

 その為、その効用、害悪から政府管理の品だ。

 だが、素直に公的な機関に卸す自由人(バロネット)は皆無と言って良い。

 先にも言った通り、『麻薬』として莫大な冨を生むからである。


 首の骨の違法取引を『死罪』としてある以上、滅多に出回らないドラッグ・センチピードの血液に関してはやや罪が軽くなり、人類種当たり二十年に相当する懲役刑が最高刑となっている。

 獣人種なら四十年前後、妖精種なら七十~八十年相当である。

 頸骨(けいこつ)密売に比べて罪科は“軽くなった”とは言うが、微罪とも言い難い。


 しかし、一般人では使い道のない『首の骨』と違い、上手くいけば莫大な冨を得ることの出来るドラッグ・センチピードの血液を違法に売買する者はどうして出てしまう。

“死罪を加算すべきではないか?”との声もあるが、犯罪数が少ないことと、卸した先で安く正当な薬剤にも使用されることも重なって、法の制定は未だ慎重なままであった。 


 それはともかく、今は目の前の敵である。

 トマスが二頭、国防軍で五頭ほど倒したが、それでも未だ三十近くの数が洞窟内に(うごめ)いている。

 しかも、四~五頭は国防軍兵士に向かった壁となっているため、坂崎達は洞窟中央部に取り残されたままだ。


「M2はまだか! スパスも有ったはずだろ!」

 二兵研からの貸し出しにより、“小型の大砲”の異名を取るフランキ・スパス15散弾銃を持っていた兵士が居たはずだ。

 あれなら、面制圧で蟲どもを位置的に押し込むことが出来る。

手元に無いならベネリ散弾銃(M1014)でも構わない 

 

 そう考える相田が怒鳴った瞬間、目の前の蟲達が掻き消す様に消えた。


 あっけにとられる兵士達の前で、中央、或いは奥に潜む蟲までもが次々に姿を消して行く。

 いや、LEDライトに照らされた中央部から少し奥に、全ての蟲達がボールの様な固まりとなって浮いていた。


「何だか分からんが、坂崎さん! 今です。こっちへ!」

 相田が呼び掛ける。

 全く訳が分からないが全ての蟲が1箇所に集まって空中でもがいているのだ。

 トマスを殿(しんがり)に、作業員全員が入り口に向かって走る。


 その中で坂崎は見た。

 カレルである。


 相田の斜め後ろに立った彼は、何らかの印を組む様に軽く指を合わせている。

 蟲達を一箇所に集めているのは間違い無く彼の仕業なのだ。


「皆さん、無事ですね」

 印を組んだ状態で、カレルは坂崎に呼び掛ける。

 あっけにとられながらも、ようやく坂崎の声が出た。

「カレルさん。何、やってんですか?」


「ああ、これね」

 カレルはにこやかに笑うと国防軍全員を後退させ、右の掌でボールを撫でる様な動きを見せた。

 途端、蟲のボールに火がつく。それはそのまま火炎と化して一瞬の光と共に消滅した。

 熱は全く伝わってこない。


 カレルは転移魔法を使って蟲達を一箇所に集めると、そのまま対抗力場で包み込んで燃やしてしまったのだ。

 煙草に火を付けるが如き気軽さであった。


 全員が呆然とする中、ひとり出口に向かう男が居る。

 トマスである。


 それに気がついたカレルが、彼の肩に手を当てた。

 跳び上がったかの様に驚いたトマスであるが、笑顔を張り付かせて振り向くと、カレルもにこやかな表情を見せる。


「いや、よく守りきって下さいました。ありがとうございます!」

 カレルがそう言って差し出す手をトマスは軽く握った。

 だが、カレルはトマスの手をしっかりと握って、ブンブンと振る。


 それからトマスの手を離すことなく相田を振り向いて、

「この方のお陰ですよね?」と訊いてきた。


 当然ながら相田は同意する。

「ええ! もし彼が居なかったら、坂崎さん達を守りきれませんでしたよ!」


 カレルはその言葉を聴くと嬉しそうに、もう一度トマスの手に力を込めた。

「ありがとう御座います。ミスター、ジゼッペル・グリッド」


 顔から血の気を引かせた“トマス”改め、ジゼッペルが、逃亡を諦めた瞬間であった……。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 同じ頃、シエネではようやくヴェレーネが目覚めた。

 看病していたアルバが喜んで声を掛けたのだが……、


 次の瞬間、とんでもないことが起きた。


「いやあああああああああああぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 目を開いたヴェレーネは凄まじい叫び声を上げると、シーツを頭から被り、そのまま丸まってしまう。


 何事かと、駆けつけたマイヤが近寄ると、シーツを被った(まま)のヴェレーネはアルバとマイヤを力尽くで部屋から追い出してしまった。

 怒濤(どとう)の突き押しで土俵外まで相手を叩き出す力士の如き行動である。


 後は呼べど叫べど、部屋から彼女が出て来る気配は無い。


 ハインミュラーまで駆り出されて説得に当たったが全ては無駄に終わった。


 結局、ヴェレーネが部屋から出て来るのを見るには、それから二日を待たなくてはならなかった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 今、クリールは不安定な状態に在る。


 彼女?は自分の存在の意義を知っている。


 与えられた使命は三つ。

 ひとつ、命令があるまでリーディング・マテリアル・ワンに敵対してはならない。

 次いで、命令があればリーディング()マテリアル()ワン()を一定の条件下で破壊すること。

 最後に、破壊条件を満たすために『本体』或いは『本体の認める固体』と共に行動する事である。


 数年前クリールは本体との接続を切られた。

 その時点で与えられた命令は、“待機” 唯それだけである。


 とは言え、いずれ下される命令に対応するためには全ての要素を身に付けておく必要がある。


 単体でRMOを倒すことは出来ない。

 よって本体の候補を探す必要が在る。

 本体は命令によって与えられる可能性も有るが、自ら見つける事を命じられる可能性も高い。

 これはミッションナンバー次第だ。


 また、戦闘に於いては地形、地質、植生、季候、天候、そして微少な確率ではあるが、偶然居合わせたカスタマーの存在など、全ての環境要因が勝敗を左右しかねない。

 つまり、新しい環境情報を常にアップデートし続ける必要が在るのだ。


 よってクリールは“施設内”を巡回し続けた。


 その中で、今回、内部に飛び込んできた本体は最高のものであった。

 前回分離された本体に不満を感じることはなかったが、それもこの本体を知らなかった為である。

 今、いずれかを選べとの命令が下された場合、クリールは迷わず新規の本体を選ぶであろう。


 いや最早、自分の意志でこの本体のコントロールから離れることは不可能である。

 元々クリールは自分の意志では動けない以上、そこに不満はないのだが目的を達成できないのは困る、と感じる意志ぐらいは認められている。


 これも一種の安全装置的プログラムなのだが、重要な意志である。

 その意志は今、幾つかの問題点の解決を希望している。


 まず、この本体はやや不安定な処がある。

 戦闘に向かない訳では無い。しかし自分を使った戦闘行為を忌避(きひ)する傾向に有る。

 その為、自身の中のセッション・データも相当数破壊された。

 これは問題である。

 それに加えて此の本体はエネルギーが強すぎる。

 反面、これだけのエネルギーを持ちながら戦闘コントロールに関するデータを次々と破壊していくのは困ったことである。


 だが、一つだけ“ありがたい”事があった。


『別固体』の存在で有る。


 本体はこの別固体を”無意識ながらも”自らの『上位種』と認めている。

 よってクリールは『上位種』と行動を共にし、出来るだけ多くのデータを集めることにする。

 この上位種は戦闘に関わる行動を取ることが多い。

 破棄データの修復にも繋がるであろう。


 また上位種に関わるデータ収集は『本体』も望んでいる以上、クリール自身の行動プロテクトも弱い。


 しかし、何故かを知らせないが、本体は矛盾的に上位種への接近を妨げる指令を出すこともある。


 今こそが、正しくその状態である。


 当然だが、本体とのリンクは切れていない。

 その為、本体の意志を優先して行動を行わなくてはならないのだが、本体からの命令が常に変化するのだ。


『上位種に近付くべし』、『上位種に近付くべからず』


 この命令が交互に繰り返される。


 どう対応すべきであろうか?



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 五月十九日


 シナンガル軍キャンプを見下ろす丘の上で、巧はどうにも落ち着かない。


 まずクリールの行動がおかしい。

 いきなり纏う雰囲気が変わったのだが、其処からは巧に数歩距離を置いて行動するのだ。

 まあ、邪魔にならなくて良いのだが、それならそれで良かろうと、巧の方から距離を取ろうとすると、今度は凄まじい勢いで追いかけて来ては彼の軍服の端を“はっし”とばかりに捕まえる。


 巧が驚いてクリールを見ると、クリールも驚いた表情で巧を見返し、慌てて手を離しては、また三歩ほどの距離を取るのだ。

 それから、やはり近付いてきては、また離れる。


 昨日からこの繰り返しであり、巧としては訳が分からない。


 次いでカレルである。

 作戦を進める為にも、出来るだけ早く合流して欲しいのだが、発射基地で何らかの問題が有ったらしく、首都に一旦戻る必要が出た、と連絡があったのだ。

 結局、こちらへの到着は明日の朝になると言う。


 そして更に心配事が起きる。


 シエネに通信を繋いだ処、『ヴェレーネが倒れた』と聞かされたのだ。

 (もっと)も倒れたのは数日前のことであり、今は()うに回復したと聞いて少しだけホッとする。


 だが、それでも“面会謝絶”とは尋常ではない。


「命に関わる病気なのか!?」

 焦り気味の巧の問いにマイヤが妙な答を返してきた。


「いえ、命にも身体(からだ)にも別状はありません。それは保証します。

 唯、何と言いますか、よく分からない精神的なダメージを受けてるんですよ。

 巧さんなら分かるかも知れませんので、早めに戻って下さいませんか?」


 困り切ったマイヤの口調からは要領をさっぱり得ない答しか返って来ず、巧としても首を傾げるばかりである。

 また、その通信の間は何故かクリールが酷く邪魔をして来たのにも参った。


 なにやら、訳の分からぬ事が起き始めているようで気に掛かる。


“不安”とまでは言わないが、不快感は大きい、と云う妙な感覚であった。





評価点数が850点を超えました。

皆様、ありがとうございます。

1,000点の大台に乗れる日をのんびり楽しみに待ちたいです。

いつになるか、本当にその日が来るのか分かりませんけどねw

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