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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
146/222

145:★ハイブリッド・オーファン

ようやく、巧のオーファン出撃です。

たまりしょうゆ様のイラストもご堪能下さい。

 喰われる。 喰われる。 喰われていく。


 三万の軍は十を越える銀色の巨大な蚯蚓(みみず)に取り囲まれ、一口で百を越える兵士が其の口腔内に消えていく。

 最早、その此処に居るのは軍勢ではない、敗残兵ですらない。

 只、逃げ惑う、いや逃げ場さえも失い絶望の中で死を待つ無力な「餌」達であった。


 丘の上に立つ全ての防衛側兵士は、その光景に声も出ない。

 呆然とその悪夢を見続けるだけだ。


 その様な中、防衛陣地に東側山腹のAS小隊から無線呼び掛けのコールが響いた。


「巧さん?」

 カレルが無線を受け取る際に口にした名に相田が反応する。

 “巧”などと云う名はそう多い名前では無い。

 その上、カレル・バルトシェクともあろう者が“Mr”の敬称を持って対応する男である。

 自分がこの数週間追い求めていた男に間違い在るまい。

 しかしこんな近くに居たとは、と驚くが今はそれどころではない。


 ともかく共に通信を聞く事にした。

 だが、巧の言葉を聴いて其の場に居た誰もが驚く。


 巧はシナンガル兵を救うべきだと言い出したのである。


「巧さん、真面目に言ってるんですか?」

『真面目も真面目、大まじめだよ!』


 カレルとしては納得がいかない。

 この戦闘に置いて、彼等を殲滅(せんめつ)することは既定事項だ。

 其れにより今後、長期に於いて北部からの再侵攻を防ぐ。

 これがこの作戦の基本方針だったではないか。

「どういう事ですか、方針変更を勝手に行えと言うことですか?」

 カレルは巧に全幅の信頼を置いてはいる。

 シナンガル領内への少数での侵入、救出作戦の成功。 

 何より、誰よりも先に手を汚すことで自分たちと同じ立場に進んで立ってくれたこと。

 疑う要素など無い。


 だが、巧が妙なことを言う時、直ぐさまに真意が掴めない自分を腹立たしく感じているのも事実だ。

 もう少し丁寧に説明して欲しい。


『カレル、中央作戦本部は方針を立てた。これは分かるな』

「はい」

『作戦の最終目的は?』

「敵の殲滅です」

 カレルは打てば響くように答える。

 だが、其れに対する巧の声は僅かでは在るが明確に怒りを含んだものであった。


『違う……』

「え?」

 カレルが驚くのも無理はない、側に居た相田も混乱してきた。


『敵の殲滅は、あくまで“手段”だ』

「あっ!」

『この作戦の最終目的は、“敵が少なくとも一年にわたって再侵攻が出来なくなる体勢を作ること” そうだろ?』

「はい……」


 流石のカレルも相田もすっかり勘違いしていたのだ。

 敵の再侵攻を防ぐ、その為には“必ず”殲滅しなくてはならない、と。


「しかし敵が此処で全滅すれば、作戦目的の達成にも繋がるでは無いのか!」

 思わず相田は口を挟む。


『失礼ですが、貴官(きかん)は?』

「第一一八二隊指揮官、相田(りょう)少尉」

『撤退小隊の指揮官殿ですね。失礼しました。第二兵器研究所所属、柊巧少尉であります。

 先任、申し訳ありませんが緊急ですので敬称は省略させて頂きます』

「いや、構いませんよ。それより貴官の意図する処をお聞かせ願いたい」


「私も、其処(そこ)が分からなければ部下を納得させられないんですよ」

 カレルも続く。


 それを聞いて巧はカレルに言葉を返す。

「俺が問題にしているのは、その“部下”なんだよ。周りを見てみな!」


 巧は其の場に居ないにも拘わらず、まるで防衛陣地の兵士の表情を(つか)んでいるかのような言葉を発したのだ。

 その言葉に促され、カレルも相田も部下を見渡す。


 誰も彼もが目を伏せ、うつむき、そして疲れ切った表情を隠そうともしない。


 彼等が行うべきであった虐殺を、突如現れた『(むし)』達が代行している。

 地中から現れたあの蟲達が、今後自分たちの闘う相手になることも理解しているのだろう。


 だが、其れ以上に彼等は「人」が「蟲」の餌になっている光景に苦々(にがにが)しさを隠せないのだ。


『どうかな?』

 巧の声は続く。

 此処まで来れば、カレルにも相田にも巧の言いたいことは分かる。


 彼等を自分たちの手で全滅させるなら、それは初期からの計画である。

 それならば兵士もあきらめが付くだろう。

 だが、人が蟲に食われるのを手をこまねいて見物した挙げ句、最後の最後で“自分たちの手は汚さずに済んで良かった”などという意識が少しでも残れば兵士の受けるダメージは計り知れない物が有る。


 此の様なダメージは、すぐに表には現れない。

 だが、軍という生き物のみならず、兵士ひとり一人の人生に於いてボディブローのようにじわじわと効いてくるのだ。


 つまり巧は、今後この中隊の兵士を兵士として、いや『人』として生き残らせるために、この機会を利用して“兵士の誇り”を取り戻させるべきではないか、と問うて来たのである。


 巧の言葉に同意できた相田だが、それでも疑問が残る。

「それは理解できたとして、その後、敵が我々に感謝するとも思えない。

 何より、あの巨大な蟲をどうやって敵から引き離すのかな?」

(おっしゃ)る事は分かります。

 しかし第一の疑問ですが、別に敵からの感謝など“どうでも良い”んです。

 問題は我が軍の士気(モラール)と、名誉(モラル)の回復です。

 この作戦をこのまま終わらせれば、事実はともかくとして、兵士ひとり一人の中に“何も守るものの無い闘いで在った”という感情が蔓延しかねません。

 其れは我が軍の存在意義にまで繋がる問題ではないでしょうか?』


 此の闘いは、フェリシア王国二百八十万人、地球の祖国一億一千万人を救う分水嶺であり、下瀬の言う通り“最終防衛戦闘”にも等しい闘いだ。

 守るものが無いどころではない。


 だが、一般兵に其の様な高度な政治的判断、或いは戦略判断は求められない。


 勿論、選抜された兵士達である以上、作戦の意義は充分に理解はしているだろう。

 だが結局の処、人間は何処まで行っても“感情の生き物”なのだ。

 そうでなければ『戦争神経症』等と云う病が生まれるはずは無いではないか。


『これは我々にとっての天佑(てんゆう)です。(天佑=天の助け)

 部下達を救ってやりましょう。奴らはその“ついで”です』


 相田に続いてカレルも巧の言葉に納得せざるを得ない。


 だが、やはり敵兵と蟲の距離は近すぎる。

 これが二つめの問題なのだと二人は悩む。


 と、其処へ無線に割り込む者が居る。 


『俺は柊の意見に賛成だな。部下達も喜んでるぜ!』

『佐野中尉! ご壮健(そうけん)でしたか!』

 巧は無線から聞こえる佐野の声に、懐かしさを隠し切れていない。

 佐野裕治郎、今から六年前まで巧の上官であった男である。


 あの、『偽装及び生存率確認演習』において巧の進言を聞き入れ、見事一週間の潜伏に成功した分隊の指揮官だった男だ。


『あれ? でも、どうして砲兵科に?』

『お前、二兵研に行ってから本当に何も知らないんだな。

 俺は歩兵連隊下の砲術要員だよ。

 歩兵の砲術は、あの頃より、ずっと射程を伸ばして現地運用することになって居るんだ。

 俺は相変わらずの“歩兵”さ!』

 

 最後の『歩兵』という言葉に、やや誇らしげな響きがある。

 続いて佐野は皮肉まで帰してきた。

『大体、お前だって、そんな人型戦車(もの)搭乗()っているくせに“歩兵”だろうが!』


『違い在りません』

 一本取られて思わず巧は笑う。

 二人の笑いが重なるが、一通り笑った後で明確に声色も変わった佐野は、現実問題を突きつけてきた。


『さて、やることに異存は無いにせよ。問題は攻撃が通じるか、だな。

 見たところ、鉄のかたまりみたいな皮膚をしてやがる。

 その上、長尾達は未だ交戦中で此処へはこれんのだろう?

 一番の問題は敵軍と蟲との距離だ。確かに俺たちの装備に鉄鋼弾は有る。

 だが、あの化け物が敵兵の真上に倒れ込んだなら、目的と違って“救出”ではなく“殲滅戦の続き”を行うことになるだけだ。 

 奴らがどうなろうが知ったこっちゃないが、部下達にとっては逆効果になるぞ!』

 

 佐野は既にシナンガル兵の救出作戦を決定事項として話し始めている。

 カレルも最早、其れを否定する気にもなれなかった。

 二人の会話の内容は筋が通っており、問題点もきちんと把握しているのだ。

 相田を見ると、少し肩を(すく)めたものの、笑顔を見せることで了承の意を示した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 クリールは今、巧の膝に座り込んでいる。

 ハーネスバーを降ろすため、ASから降りてくれるように頼んだのだが、聞く耳を持たない。

 どうしようか、と悩む巧の目の前でクリールは更に一回り小さくなり、初見の時のように巧の膝に居を構えたのだ。

 今では七~八歳児程度の大きさしかないため、余計に不安感を呼び起こしてしまう。


「なあ、かなり機体を振り回す事になるんだ。怪我するなよ」

 怪我など有ろう筈もないと分かっていても、そう言わずには居られない。

 操作手順をテストパターンに切り替えた後スティックを動かし、フットバーを少し踏み込んでみる。

 クリールを抱え込んだままでも、一応は問題無い。


 いや、問題は大ありなのだが、“戦闘では何があるか分からない”というヴェレーネの言葉が思い起こされる。

 これも戦闘時の状況のひとつ、と割り切った。


 ASから追い出されずに済んだクリールはご満悦であり、其れだけが救い処だろう。


 作戦を開始する。

「推進加速剤、圧力平常! AS20-SWI-12(トゥェルブ)、発進する!」

 SWIは第二兵器研究所(The second weapon research institute)の事であり、12は相変わらずの巧の『影の番号(シャッテン・ナンバー)』である。


「このナンバーを口にするのも久々だな」

 言葉に被せるように巧はホバー・スロットルを大きく押し込んだ。



挿絵(By みてみん)


                   イラスト:たまりしょうゆ様

      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 既に五千近くの兵が魔獣の口に呑み込まれた。


 魔法兵達は火炎を発し、真空、或いは圧縮空気の風斬(ふうざん)を叩き込むが、相手は体高四十メートル以上、胴回りも同じほどにあるのではないかという巨大生物だ。

 まるで効果など無い。


 例え相手を倒すことが出来ぬまでも、少しでも囮となって引き付けることが出来るのなら、幾分かの血路を開くことも出来る。

 だが、巨大な蚯蚓(ワーム)は自身が攻撃されている事に気付いている様子すらもないのだ。

 

 全ての兵士が十を越えるワームの腹の中に収まるのは今や時間の問題と言えた。


「あいつ等は魔獣を操ってやがるんだ! これが本物の魔法なのか!」

「糞! 糞! フェリシア人どもめ!」

「いや、人じゃない、あいつ等は人なんかじゃあ無い!」

「呪ってやる、呪ってやるぞ! この国を呪って死んでやる」

「誰でも良い、何でも良い、助けてくれ! 助けてくれ!」


 様々な怨嗟(えんさ)の声が響き、その声も最後は意味を持たぬ悲鳴へと変わっていく。

 其の様な混乱の中、総指揮官のチェルノフは、他の将官と共に必死で一点突破での脱出口を探し求めていた。

 集団で走り抜け、少しでも生き残ることを目指すしかない。

 そして今では彼も、西を目指す気など全く無かった。


 北の森、其処だけが彼等に残された唯一の希望だ。

 だが、その北側にこそ、他に倍するほどの最も巨大なワームが身を横たえ、低い位置からシナンガル兵という餌を追い求めていたのだ。


 絶望は黒い穴と共に、目の前にあった。



 シナンガル軍の誰一人として気付いていなかったが、数分前から激しい金属音が最も南に位置するワームの巨体に響いていた。


 暴れ廻るワームの(むれ)に最も近い分隊からの選抜射手のペアが、バレットM82対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを使い一千メートル以上先からワームに攻撃を仕掛けていた。

 アスタルト砂漠に於ける桐野の狙撃報告を受け、同じように撃破可能かどうかを試したのだ。

 所謂(いわゆる)、威力偵察である。

 だが、結果はオーファンのセンサーに示された事実と佐野の予想通り、“やはり”と言うべきものであった。


 ルース領に近いアスタルト砂漠に現れたサンドワームに形はよく似てはいるものの、やや小振りな其の表面は桁外れに頑丈であり、装甲トラックのエンジンまで貫通し、弾頭内火薬の爆発によって貫通対象に大きな損害を与える事を目的としたM82のMk(マーク)221弾を殆ど寄せ付けないのだ。

 とは云え、全くの無駄という訳でも無く、多少の効果はあったらしい。

攻撃を受けた方向に身をむけて、鼻の上のピットを振るわせている。

 自分を痛めつけた存在を探しているのだ。


 射手達は狙撃用の体温偽装(サーモ・ギリー)スーツにより発見されては居ないようだが、銃身の加熱によりこれ以上の狙撃は諦めざるを得ない。

 だが、これからの彼等の仕事は着弾誘導に移る以上、無理な攻撃は必要ないのだ。

 待ち()びた音が聞こえる。


 轟音(ごうおん)が空を切り裂く。


 迷彩塗装の機体に装着された翼の背面部は、これまた空に溶け込む航空迷彩に(おお)われており、一見すると翼を持たぬ巨人が蒼穹(そうきゅう)を舞うかのようだ。


 一旦(いったん)は西側に飛び去った巨人は、そこから大きく回頭して真東に胸元を向ける。

 最初の獲物は最も東側に位置し地中から巨体を三十メートル程の覗かせている銀色のワームだ。


 巨人が(かか)げた()の右腕が、いきなり火を噴いた。


 右腕外側に装着されたM197、三連砲身式二十ミリ機関砲(ガトリング)が、ワームの頭部にタングステン複合の高速鉄鋼焼夷(てっこうしょうい)弾を叩き込んだのだ。

 秒数にして二秒、弾数にすれば百四十発。


 結果、頭部は見事に吹き飛ぶも、ワームはそれが命を振り絞る最後の任務であるかのように様に地表のシナンガル兵に向かって倒れ込んでいく。

 

 巨大な体躯(たいく)と重量で何百人が圧死するであろうか。

 あまりの衝撃に悲鳴も上げられず、腰を抜かしてへたり込むシナンガル兵達。

 だが結局の処、ワームの残骸が彼等の上に落ちてくることは無かった。


 低速加圧(ターボ)ラムジェットの最大加速と共に、盾を構えたAS20-Fは十一,四トンの機体を、殆ど死体となったワームの上体部へと叩き付けたのだ。


 凄まじい破裂音と共に地面の生え際から千切れたワームの半身は(はる)か数百メートル先まで吹き飛ぶ。

 (むし)(わず)かに痙攣(けいれん)した(のち)、ようやく動きを止めた。



 唖然とするシナンガル将兵達の前に降り立つ鉄巨人。

 新たなフェリシア防衛作戦の主役が彼等の眼前に現れた瞬間であった。




サブタイトルは、旧プロローグタイトルでした。

良い機会に使えて嬉しいです。

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