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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
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144:魔獣の日

『ティアマトめ! やるならやるで、きちんとやれ!』


【ティアマト】こと“軍師”はガーブの機能を一部乗っ取った上で、地上に対して何らかの工作を仕掛けた。

『セム』は其の内容と失敗点を明確に把握しているのだが、“この世界の人間達”、即ちフェリシア人及びシナンガル人の双方が関わる事だけに迂闊に手を出せないのだ。


 確かに彼は、ある一点に於いて明確にフェリシアの側に付いた。

 だが、“フェア”であるべき点は、きちんと守らなくてはならないのだ。


 不満を隠さず、量子通信波を何処へともなく発する『セム』に〔ガーブ〕が語りかけてくる。


〔私の業務遂行能力には疑念要素が発生しています。

 権限を全てコード『セム』へ返還すべきではないのでしょうか?

 最早、コード『セム』が“処理”への解除に計算能力を傾ける必要性は小さくなりました〕


『なんだガーブ。 さっきのことを気にしているのかい?』


〔“気にする”とは、どの様な意味でしょうか?〕


『あ~、つまり……、どうも説明しづらいね。

 ともかく、君たちが活動を再開させた固体は基本業務を終えて休眠状態に在った』


〔はい、移動は時間を掛けて行われるはずでした〕


『だが、地殻活動が君たちの指示に狂いを生じさせた』


〔はい〕


『それでも半分は、正常な指示通り動いているね』


〔パーセンテージの問題では在りません。地下活動固体(ダンジョン・メイカー)が生産・補給地区で活動することは好ましいとは言えません〕


『だから?』


実施形態(エンボディーメント)を使用した処理を行わないのですか?

 キャサリカは発見後、四〇〇セコンドの内に処分した筈ですが?〕


『まあ、ちょっと規定ギリギリの行為だったけどね。

 地球人の死者は少ないに限る、ってだけの事だ』


〔今回も条件は同じではないのですか?〕


『基本攻撃対象がカスタマーで、次がフェリシア人や係員だろ』


〔では、コード『セム』の理論では尚更救うべきでは?』


『何を言ってるんだい、彼等の事は彼等に任せるべきだ。

 尤も、地球人が彼等を救ってくれるならそれに越したことはないがね。

 今までもその方向に誘導してきたつもりだ』


〔逆ではないのですか?〕


『というと?』


〔S-E文明の“種”の保持が優先されると思われますが?〕


『分かってないね。この世界の“種”の保持はこの世界の人間が責任を持つべき事なんだよ。

 彼等、つまり地球人は本来“ゲスト”だった。

 我々のミスにつきあわせるのは最低限度にしたかったが、彼等もこの施設に関わった以上は、“人類”にカウントされる。出来るだけ助け合って貰いたい』


〔優先順位が間違っていると判断します〕


『うん、君ならそう判断するだろうね。だがね、人類は一部の者達が保持していた其の「利己主義」、いや「所属系統中心主義」の為に“過去の破滅”、そして“現在の危機”を迎えているんだ』


〔同軸の危機回避の為の“パラダイムシフト”が必要なのでしょうか?〕


『おや、君も言うね。“プログラムシフト”じゃ、ないのかい?』


〔この“言葉”が最も適切と判定されました〕


『良い傾向だ!

 そして、彼等も今回の事故から起きる事態をそう捉えてくれると良いんだがね

 此処が流れの“転換点”だ。

 助けてくれると言うなら……、取り舵を誤ってくれるなよ“柊巧”』



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 地震は長くは続かなかった。

 だが、地球人は余震を警戒し、またカグラ人は殆ど初めてと言ってもいい経験に放心して身動きが取れない。


 真っ先に我に還ったのは、歩兵中隊長の佐野である。

 翼飛竜が全て撤退した今こそが、チャンスであることに間違いは無いのだ。


 発射基地、丘陵(きゅうりょう)部陣地、最後に斜面部のAS隊へ最終確認を取ると、時計を再度合わせる様に指示を出す。


 四十箇所以上に別れた迫撃砲分隊に弾薬の確認をさせる。

 半装填の状態の分隊が居なかったのは幸いであった。

 下手をすれば自分たちの砲弾で一分隊六名が全滅していた可能性も有ったのだ。


 安全確認後にカウンターが巻き戻され、砲撃準備が再度(ととの)う。

 中隊指揮所では、中隊長と副官がそれぞれに指示を出し始めた。


「全分隊、準備完了です」

「相田少尉からの砲撃要請、受諾しました!」


「各隊分隊、砲撃開始三十秒前!」


「砲撃開始十秒前! 各分隊、半装填(はんそうてん)良し!」


「砲撃ぃ~、始め!」


 シナンガル軍を取り囲むかのように、八十一ミリ、一〇五ミリの各榴弾砲が火を噴いた数秒後、地獄の門は開いた。


 シナンガル軍の外縁部でいきなりの爆発が起き、数十人が吹き飛ぶ。

 そしてその後から数秒遅れて飛来音がやってくるのだ。


 初檄(しょげき)で死んだ兵士達は自分が死んだことにすら気付かなかったであろうし、辛うじて生き延びた兵士達も何が起きたのかなど理解できようはずもない。

 千切れ跳んだ手足と、飛び出た自分の(はらわた)を呆然と見つめるだけである。


 だが、怒号と悲鳴、馬の(いなな)きの中、上空からの飛来音を耳にした将官達がようやく叫ぶ。

火箭(かせん)だ! 伏せろ!」

「下がれ! 下がれ! 二百も走れば逃げ切れるぞ!」


 純粋シナンガル人の意識が高い将官ほど、兵を見捨てて後方に馬を走らせるものも少なくないが、その中で多くの将官は意外な程に奮戦した。


 彼等は平均点を与えられる程度には優秀であり、また『議員階級の家系を誇る者』と云うこともあって不名誉を嫌い、兵を(まとめ)るに当たって決して躊躇(ちゅうちょ)しない。

 彼等の父親達は、過去十年に渡る国境山裾(やますそ)の小戦闘で部下を見捨てて逃げだした者も多く、若い三男坊以下の指揮官達にとって其の様な親たちの無様な姿は良い反面教師になっていた。


 今、親に習って逃げ出している将官と、“卑怯な親の(てつ)()むまい”と其の場に踏み留まる将官の数はほぼ半々と云ったところである。


 部下を(まと)め、軍の壊乱を防ぐ彼等の姿勢は立派だ。

 だが、其れだけではどうしようもないこともあった。

 彼等は、まずは撤退、言い換えれば“逃げる”ことに全力を挙げるべきであったのだ。

 

『射程』


 如何に優秀な指揮官でも、この『距離の格差』に逆らうことは出来ない。


 南方正面の敵から火箭(かせん)が撃ち込まれている、と勘違いした彼等は一キロも下がれば射程外と思い込んだ。

 彼等は先の“切り通しの闘い”からの情報も含め、この撤退戦で五日近く掛けて相田が仕込んだ『射程を思い違いさせる罠』に見事に(はま)って居たのである。


 大軍であることも(わざわ)いした。


 迫撃砲弾が自軍の側面に着弾していることに中級指揮官が気付くのも大きく遅れたのだ。

 この大軍が包囲される、とは誰一人として夢にも思わなかった。

 六万を包囲するなら、最低でも同数の兵力が必要だと考えるのが普通であり、彼等が殊更(ことさら)に油断していたとは言えない。


 翼飛竜は、平野部周辺に()いて敵兵など全く発見できなかった。

 第十二旅団所属、第十三及び三十連隊兵員達の潜伏技術と隠密性は、野生動物に近いはずの翼飛竜ですら見事に(あざむ)いて見せたのだ。

 また、所々の岩場と雑木林以外に遮蔽物(しゃへいぶつ)など存在しない此の山岳地で六万の兵が潜むなどあり得ない、と誰もが思う。


 何よりも、僅か二百五十人で六万五千を包囲する(など)、狂人の発想の様な事態を誰が考えられると言うのだ。


 だが、その“まさか”がなされている事に気付いた時には、後方、北の森林へ向かう兵士がもみ合いになり、まともに撤退も進まなくなっている。


 六万という数が移動するのは並大抵のことではない。

 六万人が参加するマラソン大会を考えて欲しい。

 先頭グループから最後尾までの出発までには大凡(おおよそ)四十分以上のタイムラグが生じるのだ。

 

 しかもマラソンの選手と違って彼等は甲冑(かっちゅう)を着込み、武器を(たずさ)えている。

 平野部の広さがあるとは云え、混乱に輪を掛けるのは間違い無い。

 進軍ですら部隊の規律を守らせるのに、どれ程の気を使うか考えた場合、撤退、いや壊走(かいそう)ともなれば、それは整然と引く以上に時間が掛かり、被害が拡大する事になる。


 味方に踏みつぶされ、後方からの圧力で森の入り口の樹木に叩き付けられて肉塊となった者の数は千を下らなかった。


 また甲冑を着込んだ重装歩兵などは酸欠を起こし、傷ひとつ無いままに息を引き取る。

 或いは逃げるに際して、恐怖の余り抜刀したままの兵が幾らも見える。

 そのような兵士が持って走る槍が腕を振る勢いで前方や後方を走る別の兵を突き刺す。

 加えて、同じように振られる抜き身の剣に腕や背中を傷つけられる兵の姿には事欠かず、将官は遂には武器の一部を捨てるように命令せざるを得なくなる。


 だが其の様な同士討ちの中に於いてでも、森に逃げ込めた兵士は未だ運が良かった。


 本来六~七キロ射程の八一ミリ砲ですら、砲弾のロケットモーターを併用(へいよう)すれば射程は十キロを軽々と越える。

 中隊本部に二基のみ持ち込んだ新鋭のトレーラー牽引(けんいん)式一二〇ミリ砲なら四十キロを越えてしまう程だ。

 この東西に三十キロ、南北に十キロ程度の平野なら、南部中央から全てをカバーしても、東西射程にすら二十五キロ以上の余裕がある。

 各観測員はシナンガル兵どころか対角にいる味方に注意を払わなくてはならなかった。


 逃げ遅れたシナンガル軍を包囲する様に榴弾(りゅうだん)は次々と撃ち込まれ、結果として外縁部の兵士が倒れるほどに着弾は内へ内へと迫る。

 既に死亡した兵士に直撃弾が生じ、地面がえぐれると血と骨の雨が軍勢の中央に向かって降り注いでいった。

 その中で誰も彼もが中央部に逃れようとして、その集団内部は更に圧死する者が相次ぐのだ。


 地獄の光景である。


 シナンガルの魔法兵士は上空の大気を乱して着弾を妨げようとするのだが、元々迫撃砲は命中率を度外視して作られた兵器だ。

 巧の国の陸軍があちらの世界でも例外的に精密射撃を好むに過ぎない。

 多少の着弾のズレは被害をより拡大させていくだけであった。


 砲撃が開始されて二十分が経った。

 あまりの砲撃の苛烈さに平野の中央が白く(けむ)る。

 砲撃の一時中断を相田が申し出ると、間を措かずして砲撃は止んだ。


 数十秒後、白煙が晴れた平野中央部には静寂(せいじゃく)(おとず)れていた……、とは()(がた)かった。


 地獄は続いていた。

 馬は一頭も見えない。将官も馬を下り地に伏せたのだろう。

 全ての軍馬は死ぬか、逃げ去った後であった。


 敵軍の外縁部を狙って撃ち込んだ以上、中央の三万以上の兵は未だ生き残っている。

 だが、誰しも膝を附き、或いは身を完全に伏せて身体を震わせるだけである。

 身体を少しでも上げているのは、議員階級の将官であろう。


 望遠カメラに写る服装から辛うじて其れを判断できるが、身に付けていた華美な軍帽は吹き飛んだのか、彼等が士官であることを示すのは他の兵士に比べて濃い色の青い軍服だけである。

 その軍服も大方が血泥(けつでい)(まみ)れていた。


 そして、数名の兵士達が同士討ちまで始めている。

 一人が錯乱したように剣を振り回しては、伏せた味方の兵の背中に剣を突き刺し、其れに抵抗して立ち上がった兵士を切り伏せているのだ。

 

 おそらく恐怖の余り気が触れたか、圧死寸前の目に会って感情が高ぶり、前後の判断が付かなくなっているのだろう。

 其の様な錯乱者は味方からの数本の槍をその身に受け、体中から棒を生やした奇妙な樹木の様な姿を晒して倒れた。


 別の形で錯乱している者も居る。

 周りがその者の腕を引き、伏せる様に呼び掛けるのだが、身体を固めるように真っ直ぐと起立(きりつ)し、小刻みに身体を震わせた棒立ちの(まま)である。


“シェルショック”と呼ばれる戦争神経症のひとつ。

 所謂(いわゆる)PTSD(心的外傷後ストレス障害)であり、初めての砲撃体験に身体が言うことを聞かないのだ。

 哀れなことだが、あの兵士は一生あのままだろう。

 と言っても、今日の一日以上に彼に残された一生の時間があるとも思えない。


 相田は溜息を()く。

 “このまま北の森に向かってくれるなら良いのだが”と考えて居たが、彼等は負傷者を其の場に残して西側へと移動を開始したのだ。

 撤退なら北側後方の森に向かうはずである。

 まだ(あきら)めては、いないのだ。


 十キロほど離れた岩場の向こうを目指している。

 誰もが足を引きずりつつも明確な目的を持っている事が分かる移動の仕方だ。


 彼等を放置はできない。

 あの岩場周辺には三~四の分隊が潜んで居るのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 チェルノフも当然ながら撤退を考えた。

 仕切り直して、再度あの丘を攻略しなくてはならない。

 魔法兵は半数以上が生き残っている上に、竜も未だ健在だ。


 しかし、同じ撤退でも北は駄目だ。

 北の森に逃げ込めば、あの火箭は避けられるだろう。

 だが、兵士達はそこからは更に北上して船に戻ることを主張するだけだ。


 そうなれば、一時撤退ではなく『撤兵』即ち、この遠征の失敗を意味する。


 失敗すればどうなるか。


 自分が『船』に乗る事は諦めても良い。

 (もと)より人数に制限があり、どれだけの人間が『故国(ここく)』と呼ばれる地に帰れるかは知れない以上、自分程度の存在なら搭乗資格はかなりの後であろう。

 息子や娘の代であの世界に行き着いてくれればいい。


 だが、失敗を“怠慢”と取られたならどうなる。

 本家はともかく、自分たち一家は平民に墜とされる可能性は高い。

 そうなれば、子や孫までもこの野蛮な地に縛り付けられることになる。

 奴隷と何が変わるというのだ。


 此処で引く訳には行かないのだ。


 チェルノフは軍人としてはともかく、人間としては実に素直な男である。

 アダマンやルナールのように、夢から一歩身を引いて自分を俯瞰(ふかん)して見る事が出来ない。

 いや、彼等が見せられた摩天楼スカイ・スクレイパーズ高速移動(ハイスピード)交通機関(ユニット)が行き交う世界は、それほどに甘美なものなのであろう。

 道路ひとつとっても、その美しさには眼を見張るものがあった以上、やむを得ないのかも知れない。


 だが、彼はあの世界でどの様にして現実の“生計”を立てるかなど夢にも考えない。


 其処(そこ)だけは不思議なことに、この世界の身分制度的な価値観を維持して、あの世界の住人が自分たちに(かしづ)くと思い込んでいる。

 つまり、見たいものしか見ていないのだ。


 ともあれ、三万の敗残兵達は一キロを進むのにたっぷり三十分はかけていた。

 精神的な疲労が足を動かしてくれなかったのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 防衛側も、一旦軍議に入った。


 平原には万を超える死体が散乱している。

 丘から二キロは離れているため、一般兵には殆ど見えないのが救いだが、観測員や将官達は否が応でも其の場を確認しなくてはならない。


 自分たちが作り出した地獄から西へと逃れていく残兵に(とど)めを指さなくてはならないのだが、一旦砲撃を止めると其れを再開するのにはかなりの勇気が必要だ。

 といって、あのまま西へ向かう敵兵を放置も出来ない。


 彼等の向かう先にいる分隊は、先に引き上げさせることは出来る。

 だが、そうなれば敵は森に潜み、下瀬が恐れた通り一年でも二年でもチャンスを待ち続けるかも知れない。

 小西小隊による輸送竜の撃破は進んでいると連絡はあるが、僅かな数でも歩いて山越えをしないとは限らない。

 補給が途絶えることは無いだろう。

 下手をすれば、山中に集落を形成して自給自足に持ち込む可能性も高い。


 これは山賊と何ら変わらない巨大集団が生まれる事を意味し、やはりフェリシアは大きな厄災を抱え込むことになる。


「国防軍の皆さんには辛い仕事になると思うが、あれを見逃す訳には行かない」

 カレルが“唯、事実を述べる”という口調で再砲撃の指示を出した。

 相田とて嫌も応もない。やるしかないのだ。

 佐野歩兵中隊長からも『嫌な仕事はさっさと終わらせてしまおう』と、ぶっきらぼうな口調で無線が入る。


 相田は遂に覚悟を決める。

 だが、その時三度目の地震が戦場を揺るがせた。


 直後、彼等は信じがたいものを見る事になる。

 初めて見る光景だ。


 いや、同じ光景を見たことのある人間が、アトシラシカ山脈西斜面に二人だけ存在した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



『しょ、少尉! あれ!』

 無線から聞こえる岡崎の声は、驚きと困惑がない交ぜになったものであった。

 だが、其れも無理はあるまい。

 巧達の眼下に広がる平原。その地面を切り裂き現れた十を越える生物は、あの砂漠で相まみえた巨大ワームそのものである。

 但し、あのワームとは大きな違いがある。


 砂色、黒まだら模様であった砂漠のワームよりやや小振りなものが多いが、今眼下にそびえ立つ怪物達はそのサイズを補う力を示すかのように、鉄塔のような銀色に覆われている。

 陽光を反射した怪物達の表面は、まるでジュラルミンの(ごと)く輝いていたのだ。

 いや、如くではない。

 光学波長測定から、あの表面は確かに鉄を含んだ合金である事は明白だ。

 あれらは(よろい)を身に(まと)った、言うなれば『装甲ワーム』なのである。


 もしや、と思い巧は後方のクリールに目を向ける。

 完全に目を向けることが出来ないため、ベルトを外し身体を振った。

 巧が予想していたのは、あの燃えるような赤い瞳の発光である。


 だが、その予想は裏切られた。

 クリールは眉と口をへの字に曲げ、子供がミミズを嫌がるような顔をしてスクリーンを切るように身振り手振りで要求してきたのだ。


「おまえ、じゃない、のか……」

 そう言うと、またもや腹を立てたらしく、ポカポカと叩いてきた。

「すまん! 俺が悪かった。もう、疑わないって!」


 必死で詫びる巧の耳に背筋を冷やす声が響いた。

『少尉……、何、仰ってるんですか?』

 クリールの両腕を押さえながら、巧は大きなミスを犯したことにようやく気付く。

 岡崎との無線はオンラインだったのだ。


『コックピットカメラ入れて下さい。どうなってるんです?』

「いや、すまん。後で必ず話す。だから、な」

『? あのですね。大丈夫ですか?』

「うん、だいじょうぶだ、あっ~ぁ~!」

 指先をクリールに噛みつかれ、おかしな声が出る。

 本気で噛んだ訳ではないだろうが、子供が噛む程度には痛い。


「と、とにかく大丈夫だから一旦切る!」

 無線を切って、クリールを指から引き離す。

 グラブ越しにでも、かなり痛い。 

 グラブを外すと、歯形こそ付いては無いが、わずかに赤くなっている。


「痛てぇ!」

 指を振って異常がないことを確かめ、再度グラブを嵌めようとすると今度は、申し訳なさそうな顔をしてクリールは巧の指を舐め始めた。


 お前は犬か!


 そう思いつつも、クリールの頭を撫でて『大丈夫』と言うに(とど)め、心配げな目を向けたままのクリールを余所(よそ)戦闘座席(コンバットシート)に就いた。


「岡崎、聞こえるか!」

『はい!』

「さっきは済まんかった。今、話しても混乱させるだけの事だったんでな。

 後で必ず説明するから許せ」

『それは分かりましたが、あれ、どうするんですか?』


 眼下では巨大な銀色のワーム達が、シナンガルの敗残兵達を呑み込んでいく。

 彼等は遂に統制を失い、一部は北の森へとバラバラに逃げていくが、大部分は完全に包囲されて、最早逃げ場すらない。


 その様子を見ながら、巧は答える。


「当然、倒すことになるんだろうが、カレルがどう判断するかだなぁ」

『少尉はどうお考えで?』

「お前、ずるいね」

 巧は苦笑いとも言えない顔付きになった。あれの恐怖は互いに知っている。

 他人事ではないから助けてやれないか?と岡崎は言いたいのだ。


「分かった。俺も戦闘目的を虐殺にしたい訳じゃないんだ」

『手段の目的化は最も間違った思考法、ですね』

 岡崎は過去の巧の教えを口にする。


「覚えててくれて嬉しいよ」

 心底ほっとした表情と共に、巧は無線のチャンネルをもうひとつ開いた。



 



気がつけば、「お気に入り登録」を下さった方の数が260人となりました。

完結までに100人いて下されば、大した物だろう。

と考えていたのですが、思いの外多くの方々に支えられていることを感じて、感謝の気持ちも深まります。 ありがとうございます。

長い話ではありますが、最後まで頑張って行きますので、今後とも宜しくお願い致します。


さて、今回のサブタイトルは古典SFの巨匠、ジョン・ウィンダムの金字塔「トリフィドの日」から頂きました。

日本でのタイトルは「トリフィド時代」の方が有名ですが、原題が「The Day of the Triffids」ですし、ハヤカワの峯岸久氏の訳では、やはり「トリフィドの日」となっておりましたので、これで良いかと思います。


少年時代にSFを読み始めた頃、ヴォークトと並んでお気に入りの作家の1人でしたが、今ウィンダムの事を調べて見て自分が考えていた以上に凄い人なのだと知り、畏れ多い気持ちで一杯です。


私の「お話」ではウィンダムの足下にも及びません、いえ姿を見ることも叶いませんが、あの時のトリフィドに、或いは人間に感じた恐怖感と、そして「希望」が少しでも再現できるように、ここからの数話は「その方向に頑張りたい」と思っています。

長い後書きをお読み下さり、ありがとうございました。

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