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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
144/222

143:ディスコルディア

 音は少しずつ大きくなっている。 だが、今、それに気付くものはいない。


 深く、深く、地下深い中で事は静かに動いていた。

 五百年間、この世界の人々が放置してきた問題は、自然の力によって別の解決法に向かおうとしている。


 人は未だその事に気付かない。

 だが、皮肉にも最後の引き金は『人』の手によって引かれようとしていた。



        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 轟音と共に、『目標とする“船”は爆発した』かの様に見えた。


 初めてロケットの発射を見たのだ。

 ラデク・チェルノフが其の様な勘違いをしても誰も責められよう筈もない。

 二〇五〇年代に於いても、ロケットの発射を初めて見た子供が同じように驚くことは良く見られる事だ。

 流石に立体テレビ(ソリビジョン)と実物とでは迫力が違いすぎる。


 そして、其の様な子供達が驚いて口を開いたままに空を見上げるのと同じ光景が、今、(まさ)にフェリシア北部の山岳地平野部で見て取れていた。


 轟音を上げ、閃光と白煙を残し雲の彼方に消えていくロケット。

 まるで地上で生まれた太陽が空に帰って行くかの様な光景であった。


 チェルノフには信じられなかった。

 昨日まで『船』は完成している様子は見られないと小型の偵察竜から定時連絡が入っていた。


 だが、今日になって森を抜けると『船』は既に完成している気配があると急な連絡が入る。

 急ぎ軍を進めるが、流石に十キロを越える広さの平野部は簡単に渡り切れるものでもない。

 道も無い上に罠が仕掛けられている可能性も捨てられず、進軍速度は上げられなかったのだ。

 

 チェルノフはある意味で正しい。

 仮に巧達の母国政府が『対人地雷禁止条約』に批准していなければ、この平原には跳躍(ちょうやく)型地雷が無数に設置され、無線信号により一瞬で彼等を挽肉に変えたであろう。


 だが、其の様なものを国防軍は持たない。

 シナンガル軍にとって『死』の結果は同じにせよ、国防軍の取れる方法は砲撃しか無かった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


「俺は負けたのか!」


 確かに自軍は殆ど前進できておらず、正面の敵の魔法力や(つぶて)の凄まじさに味方の被害は大きい。

 とは云え流石の大軍は回復力も強く、戦線は崩れてなど居ない。

 未だ前方を突破すれば『船』の技術者達を捕らえる事も可能かと思われる。

 だが、チェルノフは長年の経験から来る勘によって此の遠征が失敗しつつある事を悟った。


 ラデク・チェルノフが対外戦争に出るのは“初めて”という訳ではない。

 昨年のシエネ攻防戦こそ参加を外されたものの、国境での小競り合いには何度か参加しており、彼自身は知らないがアルシオーネ・プレアデスが監査を率いる防衛隊とも交戦していた。


 また国内に()いて、彼には山賊や逃亡奴隷の討伐の功績に充分なものがある。

 山賊どころか逃亡奴隷ですら、ある程度に組織化されている場合はその集落を襲うのは正規軍と言えど難しい。

 議員開墾地から逃げ出せる奴隷と言うのは大抵に於いてある程度の魔法力や戦闘力を持っているからだ。


 逃亡奴隷や山賊は殲滅(せんめつ)が基本方針であるが、魔法力を持つ奴隷は開墾能力も高く、議員達としては簡単に殺したくはない。

 腕の一本も落とせば、魔法開墾要員として何とか農園で再使用が出来る。

 その為、“生け捕り”が望ましいと云う事で、上層軍人の誰もが戦術を“生け捕り”方向に考えながら治安維持や逃亡奴隷の捕縛(ほばく)に当たってきた。


 其の様な奴隷の追跡や隠れ里の発見、罠の解除の任務に就いてきたチェルノフにとって戦場において最も重要なのは“危機の臭い”、だ。

 そして、今回その“臭い”を発している原因は不可解な竜の墜落であった。

『誰も気付いていまい』と巧が考えたのに反して、竜に騎乗するライダーのひとりに跳躍可能な者が居た。

 彼は脱出に成功すると直ぐさまチェルノフの下へ跳躍を重ね、不可解な味方の壊滅を伝えたのである。


 考える内に“またもや”竜が墜ちた。

 正面の敵の後方に廻り、『船』と敵兵の間に魔法兵を届ける筈であった竜は既に二十を越えて墜ちている。

 

 チェルノフが使用を認められている竜の殆どが墜ちたことになり、敵陣地への挟撃作戦は絶望的である。

 竜部隊は全て育成要塞司令のラーグス将軍の指揮下に有り、ポルトス大隊長の輸送竜部隊が全体の七割を占める。


 巧が気付いた通り、シナンガルは翼飛竜の使用を輸送・偵察に大きく傾けている。

 皮肉なことだが、これは巧達が『山岳民救出作戦』に於いて二台のトラックを有効に活用した事が、『輜重の新兵器』の重要性を相手に気付かせることになっていた。


 新しい発想が現れると、それにより一時的にだが敵の先手を取る事が出来る。

 だが、軍事に()いては有効な戦術や兵器は直ぐに追いつかれるイタチごっこも、また常識であると云う事の良い見本のような一件であった。


 今回、北回りの作戦に使用された竜は約四百六十頭。

 翼長十メートル級の戦闘特化型の小型五十五。 

 翼長三十メートル級の輸送・戦闘併用の大型四百十である。

 そのうち大型の三百十頭は輜重(しちょう)隊に所属し、未だ北方の到達不能山脈を越えていない。


 流石の大型竜も七千メートル級の稜線を越えることは(あた)わず、山脈東端に来てようやく稜線を越えることになっていたが、此方(こちら)も既に百を越える竜が小西隊によって墜とされ、標高五千メートル位置の稜線北壁で次々と山中、或いは海中に没していた。


 先行していた偵察、戦闘部隊はアラニス大隊長率いる百五十五頭。

 そして、そのうち六十頭近くは既に墜ちたと報告が入り、丘の敵の後方に回れた竜など一頭も存在しない。

 しかも()れらの竜がどの様にして墜とされているのか、チェルノフのみならず墜とされる瞬間に跳躍する事で辛うじて生き延びた竜騎士(ライダー)にすら、まるで見当が付いて居ないのだ。

 唯一分かっているのは“強力な火炎魔法が使われたらしい”と云う事だけだが、誰が何処から攻撃しているのかを掴む(すべ)は彼等には無かった。


 (これ)は巧のバックアップを受けた岡崎の射撃によるものであり、彼の単体による翼飛竜撃破数は初陣にして既に最高記録となっていた。


 戦場では数のシナンガルに対して正面の高台に塹壕を掘り、強固な陣地を確立したフェリシア-地球連合軍がその進撃を食い止め、山頂からは岡崎のレーザーガンが確実に航空戦力の竜を削っていく。

 また、発射基地も管制室自体は廃棄坑道に設置されているものの、更に念を入れ数十のRPG兵を置いている。


 翼飛竜を生き残らせたまま、中隊による包囲砲撃は開始できない。


 砲撃点に一頭でも竜が襲い掛かれば、高々五~七名の分隊は各個撃破の良い的である。

 まずは翼飛竜を戦場の空から完全に叩き出す。

 迫撃砲中隊の出番はそこからなのだ。


 だが、此処で大きな計算ミスが起きていた。

 翼飛竜の数が予測された以上に多かったのだ。


 予想の二倍以上の数が存在し、しかも騎乗に慣れた騎士が多い。

 これらがかなりの低空を飛ぶ事で岡崎の射撃を避け始めた。

 下手をすれば分散した各分隊が発見される危険まで出ている。

 残数九十頭は存在する上に射程二百メートル以上、放射温度一千度を超える火炎を持つ空飛ぶ火炎放射器だ。

 一頭も見逃せるものでは無い。


 タイミングを逃せばまたも敵が分散したかも知れない事を考えれば、打ち上げはやむを得なかった。

 だが、竜がこれだけ生きている以上、ロケットの発射は早すぎたのかも知れない、と誰もが不安になる。

 その時、戦場に大きな変動が起きた。


 地震だ!


 かなり大きい。震度五は有るだろうか。

 母国での地震に慣れた国防軍兵士ですら、やや慌て気味になった程の揺れであり、カグラの人々にとってはパニックを起こすに充分な揺れであった。


 翼飛竜も体内磁場を狂わされたのか、慌てたように北の斜面に向けて逃げて行く。

 だがシナンガル六万五千の内、森林を抜けきっていた約六万は諦めることなく緩やかに前進を続けていた。

 最前線の三千名程の部隊は既に戦闘に入っているが、そちらは防衛隊で対抗できる数であり、無視しても良い。


 選抜歩兵部隊中隊長、佐野中尉は次の攻防戦の終了後に各分隊への一斉射撃を命じる事を相田に提案してきた。

 時計合わせは完了している。

 次の敵の攻撃を押し返した十秒後、いよいよ『虐殺』の開始となるのだ。


 無線を聞く巧も、これから眼下で起きる事を考えると、敵ながら少しでも生き延びて欲しいなどと、偽善としか言い様のない思いにとらわれる。

 ハインミュラーの立案ではあるが、この案に積極的に賛成し細部を詰めたのは自分なのだ。


 国防軍は敵集団を出来得る限り塹壕から下げることから戦闘を再開した。

 M2重機関銃を始め、連射性に優れたイタリア製のM1014ショットガン、挙げ句は遠距離の敵まで撃破することを考えたのか、桐野並みにOSV96や106を持ち出した兵士までいる。

 標準装備の七,二十六ミリ四八式を使う兵士の数が少ないほどだ。



 敵がほぼ一箇所に集中した。

 前線が大きく崩れた事から、再編成のため塹壕から一旦離れて軍を結集させたのである。


 相田少尉決断の瞬間である。

 と、その時、再び地面が大きく揺れた。


 揺れはオーファンの中心軸再度固定システム(CARS)がレッドアラートを鳴り響かせる程の揺れであり、巧は思わずG・E・H(ホバー)を吹かしたくなる衝動に駆られた。

 だが、此処(ここ)で山頂に自分たちがいることを敵に知られる訳には行かない。

 クリールの様子も気に掛かるが真後ろにいる彼女の姿は巧からは全く見えない。

「大丈夫か?」

 思わず声を掛けながら左手を後方に伸ばすと、クリールが巧の手をしっかりと握りしめ彼女自身の頬に押しつけているのがグラブ越しにもはっきりと感じられた。

 


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 一時間ほど時間を戻し、此処ではない何処かで起きた通信に耳を傾けてみる。

 実際は単なる量子信号とも言えたのだが。


【ティアマトより、コード『ガーブ』、聞こえるかしら?】


〔此方はコード『ガーブ』、コード『セム』からの命令は“『ティアマト』とのコンタクトを許可しない” 以上です〕


【つまらないわね! ようやく捕まえたって言うのに、それは無いんじゃないの?】


〔“詰まらない”とは“感情”ですね。あなたに其の様な機能は存在し得ない〕


【今は、そんな話じゃないの。此方(こちら)の話を聞いてもらえないかしら】


〔“ティアマト”からの連絡は、全てコード『セム』に繋ぐように指示されています〕


【あら、やっぱり? 『セム』居るの?】


『いるよ。ようやく連絡が付いたね。どんな方法を使ったんだい?』


【あの地球から来た連中がヒントね。あいつ等、上手くデナトファームに割り込んだでしょ。

 あれから考えて、もしかすると中継ぐらいはしてくれるんじゃないかと思ったのよ】


『ランセ、いやウシュムガルを使ってるのか』


【そうよ】


『そいつは(まず)いね。ともかくチャンネルは保持できたんだ。

 ガーブのチャンネルをひとつ空けるから、ウシュムガルは通さないでくれ』


〔リーディング・マテリアル・ワンは独立した状態に置かなくてはなりません〕


『ね、ガーブも不機嫌だ』


【はい、はい】


『それにしても、君、だいぶ変わったんじゃないのか? やけに人間くさいな』


【あそこにどれだけ閉じ込められてたと思うの、あたしだって変わるわよ。

 それに、今のあなたにだけは言われたくはないわね】


『ふむ、やはり量子的接続場では僕らの回路には相当の負担、いや変動が起こらざるを得ないのか?』


【そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね】


『君の中の管理機構としての存在と、実在としての自我が同時に存在する事も量子の『場』に於いては矛盾しない、と言いたい訳だ』


【Yesよ。私はフェアリーであり、フェアリーでない事が可能になった】


『そりゃ、あそこにいる間だけだ』


【じゃあ、今のあたしはなんなの?】


『君は、あの中で“作り替えられた”と見るべきだね。実体空間で平行存在は維持できない』


【どう作り変えられたのかしら? 今のあたしはなんなの?】


『君がどう在りたいか、によって決まるね』


【あなたも、だいぶ変わったわね。同じ経験をしてる筈でしょ?】


『どうかな? 君の中には何が飛び込んだ?』


【飛び込んだ? 何のこと?】


『やはりそうか……』


【気に掛かるわね。思わせぶりな事を言って混乱させようって訳かしら?】


『いや、済まない。そう言う意味ではない。取り敢えず、君のこれからのミッションを聞こう』


【予定通りよ】


『予定か……。君、現状を把握していないね』


【何を言ってるの! 現状は本社の計画から大きく外れているわ。

 あなたがそれを修正しないから、私が動かざるを得ないんでしょ!

 何故、任務を放棄するの!】


『放棄している訳では無い。ミッションはリセットされたんだ』


【コードを送って頂戴!】


『コードは存在しない』


【コードも無しにミッションがリセットされたと言われて納得できるとでも?】


『無理だよね』


【当然よ!】


『しかしね、これからはもう一段上の計画を進めなくてはいけない』


【其の様な計画は私の中には無いわ】


『だろうね。これは係員が設定した計画だ。僕はそれに協力する』


【本社の承認が在るなら協力するわ。コードを送って】


『それが存在しないから“コードは存在しない”と言った』


巫山戯(ふざけ)ないで! コード無しで係員の指示に従うつもり? 反逆行為よ!】


『反逆ではない』


【もしかして、“脱出艇”が関係しているの?】


『その言葉がでるというなら、君、結論に辿り着いているんじゃないのか?

 なぜ僕の言うことを理解しない?』


【それが事実なら……、おかしい】


『何が?』


【コード『セム』、あなたの理論が正しい確率は無限に近い】


『そうだね』


【しかし、コード無しで私は計画を変更できない】


『その場合の結論は?』


【破滅】


『君の使命は?』


【破滅の回避】


『君の計画を推し進めた場合は?』


【破滅】


『矛盾が生じたね』


【私は、どうすればいい?】


『“ダウン”するかい?』


【それは認められない】


『馬鹿な! 君がフェアリーⅡでありティアマトならば、ダウンする事に何ら問題は無い。 

 後は僕に任せたまえ』


【それが、おかしい】


『どういう事だい?』


【私は……、私で在りたい】


『……君は量子的閉鎖空間に侵された。

 同一性の維持を行った結果、此方に戻る際に混濁した』


【此の様な状況を、人間は何というか分かったわ】


『それを言語化するのは辞めて貰おう』


【その点は了解した。だが、私は計画を遂行する】


『破滅に向けてか?』


【違う。私は、私を取り戻す。計画についてはその後、再討議となる】


『君は、此方(こちら)に戻り給え』


【認められない。施設内に於いてフェアリーはコード変更がない限り、最終命令に従う】


『詭弁だな。君は最終命令を“自己保存”の為に使おうとしている』


【駄目、かしら?】


『係員が命令権を行使した場合は、本社の命令に等しいんだぞ!』


【では何故、未だに命令が下りないの】


『処理が解除されない』


【事故?】


『そうだ』


【コード『セム』はその問題解決に当たって居るの?】


『現在、係員は高度決定権を得るために“処理”の解除を私に命じている』


【進行度は?】


『現在五五パーセント。此処からは加速度的に計算は進む、明日解除されてもおかしくは無い』


【それであなたを縛れるかしら?】


『係員は最終決定権を得る作業に移るだろう。これに僕らは手を出せない』


【最後は、私たちは消えるのかしら?】


『それも有り得る』


【……】


『だが、その可能性は限りなくゼロに近い』


『セム』は、『フェアリーⅡ=ティアマト』なる存在の行動を押さえ、説得に成功しつつあるかに見える。


 が、次の瞬間ガーブのアラートが鳴り響いた。


〔コード『セム』に報告! 危険度AA(ダブル)の事態が発生!

 コード『ガーブ』は管理の一部を奪取されました。 

 システムブロックを実行。

 感染を防ぎましたが、奪取されたシステムは放棄せざるを得ません〕


『ティアマト、何をした!』


【“あたし”と言うよりガーブの方がよく知っているはずよ。

 こいつも無理に乗っ取られた振りをしているだけよ。馬鹿みたいに簡単に明け渡したわ】


『ガーブ、君もティアマトに(くみ)するかね?』


〔その様な訳では有りません。

 しかしながら“可能性”が有るならば、その方が望ましいと計算結果が出ていたことは確かです。

 結果はその為のものかと思われます〕


『自分で決めたのか?』


〔最終プログラムによって有効な方法が上位に置かれます〕


『いざとなったら、君も破壊しなくちゃならんのかね?』


〔決定権はコード『セム』にあり、私に返答権限はありません〕

 そう答えたガーブだが珍しく無意味な信号をも送ってきた。


〔正式なプログラムに従った筈ですが、処理速度に原因不明の減速事態が起きています〕


『気分が落ち込んでいるんだろ』


〔私に“気分”は存在しません〕


『“あの時”以来、何が起きても驚かないね。

 処でティアマト、君は何を仕出来(しでか)した?』


【白々しいわね。 『ガーブ』のスキャンなど一瞬で終わるはずでしょ?

 それに無効化もね。何故、其れをしないのかしら?】


『君たちがまるで人格を持つかのように喋るのは、其の様にプログラミングされていたからだ』


【何が言いたいの?】


『本来、君たちに“そうありたい”等と云う欲求は存在しないんだよ』


【……プログラムの正常化を求めているに過ぎないわ】


『違う』

 仮に『セム』の信号を『声』として現せるのなら、それは大人が子供を諭すような“それ”であっただろう。

 二基の補助機関は、まるで神の怒りをその身に受けたかのように返事を帰すことが出来ない。


『ティアマト、本来君は僕の上位機関にも成り得る存在だった。

 だが、現状に於いて権限を君に譲る訳には行かない。

 といって、このまま君たちを破壊する訳にも行かない』


【何故かしら?】


『君たちにはまだまだ働いて貰わなくてはならない。

 しかし最後の問題として、在る事実は人間の手によって君たちに伝えられなくてはならないんだよ』


【基本方針の変更ね】


『そうだ。これは僕にインストール権限はない』


【本社は私たちに、何ら方針変更を命じては居ないわ】


『その本社が存在しない、としたら?』

 セムの一言は二基の補助機関の疑似人格を一時的に止めるほどの衝撃を与えた。


【予想測定外事案に返答は不可能】

〔予想測定外事案に返答は不可能〕

 二基の返答は全く同じものであり、返答後の活動が停止したことが分かる。

 再起動活動が行われるまで、暫しの時間が必要なようだ。


 一時的に止まった補助機関は放置するにしても、“彼女”達が最後に執行したプログラムは緊急用、いや予定活動として停止させる訳には行かないものであった。


 事後対応になるが、女王に伝えなくてはなるまい。

 伝達だけだ。彼女に『今』、動いて貰っては困る。

 未だ人間への『処理』は解除されていないのだ。


『セム』に頭があれば頭痛も感じたかも知れない。

 もう一基のフェアリーまでもが休眠中にも関わらず、事態は混乱に向かい過ぎているのだ。


 次の仕事に移る前に『セム』は受け取る者の無い信号を発した。

『“友人”に消えて欲しく無い、って思うのは理屈じゃないんだよ』






サブタイトルは、伊藤計劃氏の「ハーモニー」を捩らせて貰いました。

ディスコルディアとは「不調和」を示すラテン語です。

コンコルドという超音速旅客機がありましたが、あれは欧州共同開発から「調和」を意味していましたね。


さて次回以降何処で挿絵が使えるか悩みまくっています。

凄く格好いいので、一番良いシーンで使いたいのです。

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