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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
135/222

134:翼を得た思考

 

 ボーエン・ベズジェイクに竜騎士の資質があるなどと、半年前に考えた者などいなかった。

 昨年十月にシルガラ砦がマーシア・グラディウスに急襲された際のヤン・ホルネンの行動がナルシス・ピナーに見初(みそ)められた事が全ての始まりであった。

 ヤンが軍籍を移動する際に従者(バレット)として付いて行く事になったのだ。

 ピナーは議会に対して、優秀な中級指揮官を手放せるかどうかでスゥエンの『偽装造反』が事実かどうか確かめたい、と(もっと)もな理由を付けて話を通し、ヤンを手に入れた。


 その後、ヤンとボーエンは新設の竜部隊の準備の為に、ルーファンで唯一竜の使用権を得たルナール・バフェットの竜部隊に『又貸し』される事となる。

 ピナー直属の竜部隊が認められる際にヤンはピナーの元に戻る事になっているが、現在はルナールの配下で百人長を勤めている。

 とは言っても、現在ルナール部隊に於ける竜の総数は二十頭。

 ならば当然、騎士の数も二十名、となる。

 つまり百人長と言っても、竜の育成員や戦闘魔術師八十名まで含めた百名の(かしら)と云う事だ。

 因みに、今回の侵攻作戦では彼らふたりは久々に部隊ごとピナーの下に戻されている。


 さて、ヤンがその能力を認められる理由は分かる。

 だが、単に「あの時」、一緒の席に着いたと云う縁だけで“自分は随分と身の丈に合わぬ立場になってしまった”、とボーエンは不思議な感覚を持つばかりだ。


 ヤンは、ボーエンに向かって、

『お前は畑に戻っても、またすぐに徴兵されそうだ。 

 なら、俺の側が一番安全とは言わんが、少しはマシな生活が送れるだろう』

 そう言って付いてくるように言ってくれた。


 それは間違った言葉ではなかったと思う。 

 だが、まさか自分が『竜騎士』等と云う花形の地位に就くなど夢にも思っていなかった。

 しかも、現在の立場はヤンの副官として十人長でもある。

 あっという間に『士官』となった。



 しかし、良い話にはやはり其れなりの『責任』がついて回る。

 これもヤンが言っていた通りだと思う。

 配属されてボーエンが直ぐさま竜になじめたのは良いのだが、肝心のヤンの方が騎乗すらおぼつかない。

 いや、二十名の候補者の内、本当に竜を扱えるのはボーエンと,今付いて来て居る部下一人だけなのだ。

 訓練期間は半年貰ったが、配属されて僅か二ヶ月で戦場に出るなど誰が考えたであろう。


 結果として、彼がピナー竜部隊の最高位のような扱いとなり、こうして『軍使』というとんでもない役目を押しつけられた訳だ。


 ピナー直属ではないが北の本陣には竜部隊が幾らでもいる。 

 其方(そちら)にやらせるのが筋だと思う。

 此方(こっち)は素人の寄せ集めではないか。

 だが、本陣の位置を知られたくないのだそうだ。


 不満を押さえて無言で槍を立てて飛ぶ彼の姿は(さま)になっているとも言えるが、実際は恐怖心と自棄糞(やけくそ)な気分がない交ぜになっているだけだ。

 あのマーシア・グラディウスに再見しようというのでは、そうもなろう。

 だが前よりは“マシ”かな、とも思う。 

 今回、軍使に出るに当たって、ヤンから与えられた部下は付き合いは長く、『火炎』と『跳躍』に優れた魔術師である。

 ならば、いざという時には“すっ飛んで逃げる”準備は、充分に出来上がって此処まで来たボーエンであった。


 翼飛竜の二頭は空中で必死に羽ばたき、その位置を(とど)めようとするが、流石に上手くいかない。

 結果としてヴェレーネとマーシアが少しずつ下がって、相対位置を七~八メートルに保ちつつ話を進めていく。


口上(こうじょう)を聞きましょうか?」(口上=申し述べ)


 竜を扱うだけで必死のボーエンとしては、宙に舞いつつも余裕を持ってこちらに声を届かせる魔女に相対した瞬間、自分の考えが如何に甘いか思い知った。

“マーシア・グラディウスを怒らせなければ良かろう”

 それだけを考えていたのだが、目の前の子供のような人物にはマーシア以上の凄みがある。

 “これは逃げ切るのは難しい”と考えを修正せざるを得ない。


「口上が無いなら帰ってもらえるかしら?」

 再度、マーシアの前に立つ少女が口を開く。

 どうやら彼女が、指示書に書かれている『ヴェレーネ・アルメット』らしい、とボーエンは目星を付けた。


 彼は此の様な場が二度目と云う事、何より半年間で様々な変化に対応してきた事から、やや成長している。

 元々、マーシアと初対面の際にも“逃げるを良し”としなかった青年である。

 最初の弱気は消えて、背筋を伸ばして口上を述べる事に成功した。


「方面軍直属竜飛隊のボーエン・ベズジェイクであります」

「ヴェレーネ・アルメット!」

 (おの)が名だけを堂々と告げるヴェレーネにやや怯むが、ボーエンの表情は冷静を保った。

「此処から先は、中立地帯を越えますがフェリシアの国是に変更が有ったと(とら)えて宜しいのでしょうか?」


 この言葉にマーシアがはっきりと眉根を寄せて、ボーエンを睨み付ける。

『侵略者が何を言うか!』と怒鳴りたいのだが、此処はヴェレーネに任せて視線を(くだん)の魔獣に向ける。

 時速にすれば僅か数キロ。

 歩くよりも遅い速度ではあるが、宙に浮くふたりは少しずつ城塞最北点から南方へと後退しているのだ。


 若く気弱な男に見えるが、表情の変化に(とぼ)しい処から、『死間(しかん)』、即ち自分たちの死を持ってでも罠を張る役目を持った者達である可能性を捨てられない。

 特に、後方のフードで顔を隠した竜騎士(ライダー)はかなり手練れの魔術師のように思えた。

 体格から見て子供でない事は確かだ。

 つまりあの『軍師』で無い事は分かるが、代理の魔獣使役者(ティーマー・ヨーマン)の可能性も有る。

 女性的なシルエットも気に掛かる点だ。


 今は項垂(うなだ)れた様な魔獣の粒子砲ではあるが、いつ鎌首を持ち上げるか分からない。

 何より、リンジーとアルバで一基、(なお)もヴェレーネが四基のキネティックを潰したにも関わらず動きがないのはおかしすぎる。


 マーシアの警戒とは別にヴェレーネとボーエンの会話は続いて居た。

「仰っている言葉はどういう意味かしらね。こちらは侵攻してきている(あなたがた)を追い払いたいだけよ」

 ヴェレーネの言葉は当然のものである。

 処が、それに対してボーエンは常識を叩きつぶすが如き一言を発したのだ。


「その事ですが、今、貴国の城塞前に居る兵は我々の預かり知らぬものです。

 また“仮に”我が国の兵士としてもフェリシアは我が国に侵攻する権利を有しません」


 この言葉には流石にマーシアも黙っては居られない。

「そっちがこちらをいたぶる事は有っても、逆は許されんと云う事か?」

 自然な動作でロングソードが引き抜かれる。 

 マーシア自身が驚いた事ではあったが無意識の行為だった。


 一瞬は怯んだボーエンだが、彼はヤンに一度ならず命を救って貰っている。

 “ヤン隊長に命じられた事で死ぬならそれも仕方ないかな”、と無意識に思う様になっていた。

 その為か、内心は兎も角、声はしっかりとしたものである。

「私は、全てを知らされている訳では有りません。 

 唯、質問と伝言に参ったに過ぎません」


「つまり、いまの言葉は意味も分からず発したから見逃せとでも言うつもりか?」

 マーシアは、後退する速度を落として遂にはヴェレーネに並ぶ。

 だが、其処から前に出る事をヴェレーネは認めなかった。

 マーシアを片手で制し剣を(さや)に戻させると、ボーエンに返答を返す。

「あのですね。国是は変わっておりませんわ」


「ならば、中立地帯を越えるのをおやめ下さい。 

 フェリシアの力なら五十万が百万としても我が国の軍など、恐るるに足りませんでしょう、との事です」

「それ、誰の言葉ですの?」


「直接は、ヤン・ホルネン百人長です」

「百人長如きが、この戦場で軍使を出す権限がある訳はないですわね。

 仮に、そのヤンという百人長の独断なら話を聞く必要も有りません。

 と言うより、我が国の権利がどうこう言う以前に、あなたに軍使としての権利が有りませんねぇ」


 軍使としての権利がない、これは即ちボーエンとその部下のふたりは、魔女達に闘いを挑みに来た兵士以外の何者でもない、と断言されたのだ。

 ボーエンとしては、ようやく慌てる。

 死ぬのは()だ良いとして、こんな言い負かされたような死に方は御免だ。

「お待ち下さい!」

「命乞いですの? 良いですわ、可哀想ですしね。お帰りなさい」

 ヴェレーネのこの言葉には気弱なボーエンも怒りで顔が赤くなった。

 確かに彼女から見れば自分など虫けら同然であろう。 

 だが、面と向かってそう言われたも同然では面白い筈もない。 


「いいえ、書状の最も高い階位(かいい)者をお伝えします。 

 ルーファンショイ方面軍司令ナルシス・ピナー将軍及び、軍師殿です」

「軍師?」

 ヴェレーネは一瞬首を傾げる。

「どの様な人物なの?」


 話に乗ってくれたのは有り難いと思うが、ボーエンとて文書にあるがままを伝えるだけで、特に駆け引きに来た訳ではない。

 素直に“誰も知らないのだ”、と話すとヴェレーネは不思議な顔をした。

「誰も姿を見た事がないですって?」

「いえ、数名はお顔を知っているようです。

 唯、今回の魔獣駆除対策軍で連絡が付けられる人物は一名だけとの事です」

 ボーエンの言葉が意味する処をヴェレーネは正確に捉えた。


「魔獣対策? つまりあの魔獣の攻撃や現在の鉄巨人は、あなた方の仕業ではない、と?」

「はい。 “大気の先祖に賭けて”、とピナー司令は仰っています」


 誓いの言葉など一グルドの価値もないが、口上は口上だ。

 受け取るのは筋である。

 だが、受諾の言葉は遂にはボーエンの顔色を『恐怖』の方向へ持って行く事となる。


 ヴェレーネは表情こそ微笑(にこ)やかに、だが全く感情の籠もらない声でこう言ったのだ。

「お話しは分かりましたが、当然それが虚言(きょげん)であった場合、方面軍司令ナルシス・ピナーとやらは生まれてきた事を後悔する程度には苦しんで頂きましょう」


「伝え、置きます……」

 ボーエンとしては、そう答えるのがやっとである。

 魔女ふたりが越境するかどうかの確認が自分の使命であった事を思い出す事も出来ない。


 そのボーエンに今度はヴェレーネから質問が飛んだ。

「先程の軍師と連絡が付く、という人物についてですが、」


「はい」

 はい、いいえ、を答えるだけでも命がけの気がするボーエンである。


態々(わざわざ)そう断ると云う事は、その『連絡の付く人物』は軍司令ではない、と云う事ね」

「はい」

「その人物の名前、教えてもらえるのかしら?」


 ボーエンもヴェレーネの言葉が疑問形である意味は分かる。

 重要人物の名を知らせると云う事は、“暗殺”の対象になりかねないからだ。

 だが、それも命令書の予想の範疇であり、問われた場合は答えても構わない、と書かれていたため素直に答える。

「ルナール・バフェット大隊長です」




 二人の会話が進む中で、マーシアとマリアンは何とも複雑な気分になっていた。

 彼女達は相手の総司令官すら正体を知らないという『軍師』に会っているのだ。

 それも、その“複雑な有り様”まで含めて知っている。


 挙げ句、今の軍師の言葉である『国是は変わったのか?』という問いだ。

 フェリシアの国是は『専守防衛』である。 

 だが、あの鉄巨人の掌の上で『軍師』は確かに言っていた。


 “それが戦争を長引かせている”のだと。


 もっと明確に云うなら、『軍師』はこう言ったのだ。

『戦争を終わらせたいならば女王に国是を変えさせ、シナンガルに逆侵攻すべきである。

 フェリシアが大人しく相手の攻撃を受けて立つだけで反撃の(やいば)を向けないからこそ、我が侭な子供が暴れるようにシナンガルはやりたい放題なのだ。

 真に平和を望むなら、綺麗事だけで済ませようとするには限界がある事を知るべきでは無いのか?』


 その言葉を聴いた時は確かにマーシアも一旦は怒鳴った。 

 だが、『軍師』の言う事は間違っては居ないのでは無いか?

 唯、そうなると疑問も残るのだ。

 何故、『軍師』は“自分の国”を滅ぼそうとするのだ?


 いや、まて、あいつは妙な事を言っていた。

『種』がどうの、と……。


 マーシアが其処まで考えた時、マリアンが恐怖心を(ともな)わせて彼女に呼びかけてくる。

 今までのような、戦闘時の「生命の危機」に関わる恐怖を内包(ないほう)した呼び掛けではない。

 それとは全く異質のものだ。

(ねえ、マーシア)

 “どうした?”

(僕たちがあの時話した相手って、本当に人間だったの?)



 マリアンのその言葉に、マーシアは生まれて初めて『肌が粟立つ』と云う感覚を味わった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



〔コード『ガーブ』よりコード『セム』、聞こえますか?〕


『はいはい、聞こえてますよ。 どうしました?』


〔地区分割域、即ち“エリア0-30”に於いてマテリアル7は護衛機を全て喪失しました〕


『マテリアル7というと“ムッシュマッヘ”か』


〔はい、護衛機の補充は行いますか?〕


『う~ん、今回は君が担当しているA業務とは違うんだよね。それは分かるね?』


〔係員による、Extermination work:エクストラミネーション・ワークと云う事ですね〕


『分かってるじゃないか。あれこそが駆除対象なんだよ』


〔アナイオレーション・ターゲット(殲滅対象)とは違いますか?〕


『係員が奴を倒しても“ポイント”も付かないし、“レベル”も上がらないよ』


〔私は『係員』の存在意義以外は何も知らされておりません〕


『なるほどね。兎も角、係員の判断は“デナトファーム再生は現状の正常化後”、だ』


〔それで、ティアマトにデナトファームの使用権を認めていた訳ですか〕


『その通り、彼等にもプライドはある。 

 “僕らに全て任せて終わり”では、仕事にならないだろ?』


 “それ以上に大きな意味もある”、と言う言葉は呑み込む『セム』である。

 ガーブにはどうやっても意味を理解する事は難しいであろう。


 その『ガーブ』の問いは依然として続く。

〔では、アクスの処理も係員によって行われるのでしょうか?〕


『彼等は今、其処を討議中だね。何にせよ、僕らはあくまで“補助機関”だと云う事を忘れないように!』


〔“アカンパニメント”への対応も同じですか?〕


『そうだね』


〔その件については了承しました。議題を変更します〕


『どうぞ』


〔アクスに使用権のある“アルテルフ7から11までですが、E-LINEの供給も同時に行っています〕


『うん。それが?』


〔現在、エリア0-30に於いてE-LINE切断の為の準備が確認されました。

 またエリア0-80に於いても同様です〕


『それはこちらでも確認できた。物理的破壊の予定は確認できたかね?』


〔いえ、現状はあくまでエネルギー受信の阻害です。

 これはデナトファームの駆除完了までの措置と思われます〕


『なら、先程君に話した内容に合致するだけだ』


了解(カンプリヘンション) 

 コード『ガーブ』は係員による駆除作業に関与いたしません〕


『物わかりが良くて助かる』


〔しかし、問題もあります〕


『まだあるのかい?』


〔マテリアル8の実施形態(エンボディメント)はコード『セム』の実施形態(エンボディメント)に攻撃を仕掛けつつ有ります〕


『あんな、カスに僕の実施形態(ボディ)が負けるとでも?』


〔いえ、そうではありません。 

 本体の方ですが、現在エリア0-30に於きまして攻撃待機行動に入っております。

 つまり『係員』が『シエネ国境線』と名称する地点ですね〕


『は?』


〔本体の方ですが、現在エリア0-30に於きまして、


『いや、いや、それは分かった。で、エリア0-30と言っても多少は範囲があるんだが、フェアリーからどれくらいの距離にいるんだ?』


〔現在レーザー測定が使用不可能ですので、クオーク判定で大凡(おおよそ)ですが相対距離十メートル前後の位置です〕


『フェアリーの側に、別個体が見えるか?』


〔はい。確認できます〕


『確認できる範囲で個体特色の報告! 頼むぞ、違ってくれよ』


〔マテリアルレベル“SSS(トップトリプル)”である事は間違い有りません。

 ほぼ頭上からですので頭髪が『銀』、と云う事しか分かりませんが、身なりは“黒ずくめ”ですね。

 かなり珍しいタイプの係員と判断します〕



『拙い……』






サブタイトルはエドモンド・ハミルトンの短編「翼を持つ男」からです。

ボーエンはこの短編小説の主人公のように不幸にならないで欲しいなぁ、とタイトルを決めた今更ながらに後悔しています。

良い奴だと思うので応援して上げて欲しい様な、そうでないような。

困るなぁ。

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