133:リドル
riddleとは謎・判じ物(名詞)や、ふるいに掛ける、言い当てる(動詞)と云う意味があります。
さて、ご報告です。
なろうコンは残念ながら、2次審査を通る事はありませんでした。
しかしながら、今回の事で読みに来て下さる方も増え、大変感謝しております。
これから佳境に入っていきますが、スタイルは相変わらずです。
今後ともよろしくお願い致します。
「……見つけた」
ひとりのレーダー監視員の声は呟きであった。だが、その場に居た全ての者がその声に反応する。
「本当か!」
「コードよこせ!」
「全端末送信にしろ! 後はこっちの計算結果に合わせる!」
彼が掴んだ“もの” それはマイクロ波によるエネルギー送電の周波数である。
暗号化された周波数は囮のパルスを周りにまき散らし、本物のエネルギー受信周波数を見事に隠しきっていた。
そしてレーダー通信員八割近くは、今の今まで、所謂“雑音”除去の作業に血道を上げるが如き状態だったのである。
エネルギーの発送源は高度約三万八千キロメートル。
おそらくは人工衛星だと思われた。
十六世紀前後の技術しかない、と思われていたこの惑星の静止衛星軌道上に人工衛星など存在するものだろうか?
だが、その正体が『自然物』であるか『人工物』であるか、と云う疑問は今、問題ではない。
問題は、あの魔獣が動くエネルギーが全て上空からマイクロ波送電を使って行われているという事実のみであり、最優先の確認事項は此処であった。
地球時間をも合わせると今から四年前の事である。
「武装難民流入事件」の衝撃から、政府、国防省は揃って首都防衛の為の一大実験訓練を立ち上げた。
期間は二十日とされていたが、状況によっては総合火力演習並みの期間と予算を消費する事まで認められた、巨大実験であった。
その中に於いて、国土防衛の大きな問題点が発見される。
その問題とは当時、実験的に稼働開始されていた人工衛星によるマイクロ波送電システムに関わる事柄である。
地球や月の影に邪魔されることなく発電可能な“ラグランジュポイント”や、或いは月面などに設置された太陽電池により発電された電力は、電力衛星によりリレーされた上で、巧達の国の様な先進工業諸国の山中や人口過疎地域に建設されたマイクロウェーブ受電装置によって電力が受け取られる事となる。
その発電量は実に高い。
十キロ四方の受電設備を地上に一ヶ所でも設置する事が出来れば、年間では原子力発電一機分にあたる一ギガワット(百万キロワット)の電力を受け取ることができる。
人類が長年夢に見て来た“クリーンで無尽蔵”のエネルギー源の誕生であった。
だが、最大の問題点はやはり、その広大な受電用施設の設置場所である。
よって当時、実用化が始まったばかりの電力受信施設の多くは山中に置かれていたのだが、四年前の演習もその受電地区を挟んで行われた。
そして、その偶然からふたつの大きな問題が見つかったのだ。
書類上の報告者は当時の階級で言うならば『池間勲中尉』であるが、事実は違う事を知る者は多い。
そして、それは此処カグラに派遣された尉官も同じで、やはり少ない数ではない。
但し池間少佐が本来の報告者から功績を奪い取った訳ではない事も、現在の二人の関係性から良く知られている。
自分の功績を全て放棄した男。
『柊巧』
彼の発見が翌年の『国防大綱』を大きく見直す事になった。
内容のひとつは、マイクロウェーブ無線送電が周囲の地形によっては大きく無線通信を阻害する事。
そしてもうひとつ、こちらこそが重要だが、漏れ出しだ電力は受電設備から百キロ以内ならば、周波数プログラムが高度に暗号化されていない限りは任意に使用する事が出来る、と云う事だ。
「電力の只飯喰らい」、つまり『盗電』を行う者が居るという程度の話では無い。
場合によっては、巧達の母国に攻め込んできた敵の艦船に使用される推進ジェットの電力、同じく敵の長距離電磁砲に使われるエネルギーは、全て侵略される側である巧達の国が準備してやる事になりかねない処であったのだ。
まるで一昔前の大陸国家へのODAが全て核ミサイル開発に回されて、挙げ句完成品がこの国の首都に照準を向けられていた事実と何ら変わらない。
これが国防の一大事と言わずして何と言おうか。
池間少佐は此の功績により現時点では既に中佐、いや下手をすれば大佐心得並みの位にあってもおかしくは無い。
しかし、この一件以来、何らか考える処があり「現場主義」に固執したのか、或いは上層部との話し合いの結果からか、名目上の『国防の英雄』という割に昇進は遅れた。
当然、そこに『柊巧』の影を覗う者も幾分かは存在するが、互いに黙して語る事もない。
巧や池間の過去については此処までにして、レーダー官制室に視点を戻す。
現在、計算結果と周波数の一致に関わる確認作業が完了した。
時を同じにして、周波数の違いは有るものの同様の情報がゴースからも届いた。
これで予測は間違い無い事が確実となったのだ。
これから彼等は、このマイクロウェーブを遮断する事に施設の全ての能力を使う事になるが、この行為は下手をすれば「自殺」も同義語である。
今までは「パッシブ」つまり受信的なレーダー使用だけであったため、こちらの位置が相手に知られる危険性は殆ど無かった。
だが、これからは「アクティブ」な電子戦闘を行う。
即ち、こちらから「進んで」妨害電波を出すと言う事に対して、相手がそれを黙って見ているなど考えられない事だ。
上部のJTPS22レーダーに対する攻撃だけではなく、この官制室そのものが攻撃対象になる可能性は格段に高いのである。
「普通、レーダー官制室って地下のシェルター内なんだよね」
誰かがぼやく。
確かにぼやきたくもなろうというものだ。
真逆、此の様な事態が起きるなど考えられず、安全な城塞最上階ならば地球の先進設備の秘密も守りやすい、などと考えたのが裏目に出てしまったのだ。
だが、彼の言葉は全員に無視された。白い目で見られなかっただけ、彼は全員に感謝すべきであろう。
誰もがその様な事には疾うの昔に気付いているのだ。
「何を今更」としか言いようが無い泣き言など聞きたくもない。
それよりも目の前の仕事に集中する事。
何より、この戦闘に於ける“覚悟”を決めたかったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一時は、キネティックの撃破、マイクロウェーブ解析に成功して沸きに沸いた官制室だが、今はこれから起きる事態を考えて誰もが無口になる。
其処へ、当のキネティック撃破の立役者三人が戻って来た。
誰もが、慰労と賞賛の言葉で彼等を迎えるが、その表情はすぐに暗くなる。
「どういたしました?」
リンジーは柳井に単刀直入に訊いてきた。
柳井の返事を聞いたハインミュラーは、彼の肩を軽く叩く。
「なるほど、しかし、心配はいらんだろう」
「と、言いますと?」
身を乗り出す柳井に限らず、ハインミュラーの返答に室内の誰もが聞き耳を立てた。
「まず、リズが此処への直撃を許すはずもない。それに君らも見ていただろ?
ミサイル隊の“スモークディフェンダーチャフ”を」
”ああっ!”、とあちこちから感嘆の声が上がり、官制室に少しの落ち着きが戻った。
挙げ句はリンジーまで少々の虚勢はあろうが、
「私も、あれなら頑張ってねじ曲げて見せます!」
そう言い切ったため、官制室には更に安堵と自信の雰囲気が広がっていく。
チャンスを逃さず柳井が全員に活を入れ、「大佐からの攻撃開始命令を待つ!」と宣言すると官制室は再び活気付いていった。
その喧噪の中ハインミュラーは部屋の隅のソファに寝転ぶ。
彼は暫しの間は睡魔に身を委ねる。
老人は今の自分の仕事が休む事だと知っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ああ、見ろ! あの魔獣の子分どもが全て墜とされたぞ!」
狼狽する征東都督の声が実に鬱陶しい、と感じるのは別段ルナールだけではないだろう。
現場の魔術師達もやや眉根を顰める。
ルナールの仕事は、鉄巨人、鉄兵士の操作の『補助』なのだ。
「戦場全体に関わる責任は貴様のものだろう」
とも言ってやりたいが、この若い将軍様が今の処ルナールに悪感情を抱いていない以上、こちらとしても言葉をきつく仕辛い。
ルナールとしても“良くない事だ”、とは分かっている。
だが、人間関係とは合理性や論理性を越えた処に、そのキーがしばしば存在してしまう。
何より、ルナールが甘くなる理由はそれだけではない。
征東都得はきちんと物事の下準備の出来る男であり、決して無能ではない。
今は少し浮き足立っているだけなのだ、と思いたかった。
取り敢えずルナールは、柔らかい言葉で上司を落ち着かせる事にした。
「確かに今の攻撃に驚くのは分かります。しかし、魔女達は魔獣本体にすら手が出せなくなるでしょう。
いえ、勿論それが確実とは御約束はできませんが、一応手は打ちました」
ルナールの言葉にベルナールは興奮を隠さない。
「本当かね!」
「戦場では何が起こるか分かりません。会議での都督の弁舌は確かにご立派でした。
しかし、失敗した際の回復方法について一切の言及が無かった以上、勝手ながらこちらで準備は進めさせて頂きました」
「う、うむ……」
ここに来てベルナールも自分の指揮の問題点が分かってきたようだ。
素直にルナールに意見を仰いでくる。
「では、私はどうすればいい?」
「この作戦は本来、北の部隊に対する『囮』です。その基本に立ち戻って頂きたい。
南部も無理に攻める必要などなかったのですよ」
「そうだな。しかし、あの十五万の将兵はどうなる?」
「ピナー将軍も無駄に死にたくは無いということですので、話は通してあります。
今より、フェリシアの『国是』を最大に活用させて頂きます。
つまり此処からは外交戦です」
「外交戦?」
「閣下の書記のひとりに、私の『案』をお渡ししてあります。まずは其れをお読み下さい」
ルナールは都督に向かって無礼にも「邪魔だから此処から出ていけ」と言ったのだが、どうやら彼はその事には気付かなかったようだ。
ルナールに礼を言うと一目散に本陣へと駆けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リンジー達の成果を見終えたヴェレーネであったが、暫く動く事はなかった。
彼女の予定ではシナンガル軍十五万が、中立地帯を越える時点まで動く気は無かったのだ。
だが、レーダー官制室からの不安を隠さぬ報告により、マーシアやフェリシア人、或いは二兵研の六十名とならば兎も角、国防軍旅団全員と自分との間に無条件の信頼関係を求める事は不可能だと判断し、やむを得ず動く事にした。
我ながらえげつない理由だとは思うが、レーダー官制室に『祖父』が未だ残っている事も彼女の意志決定の理由になったのだ。
「自分で自分に反吐が出そうね」
そう言いつつ、その怒りを残るキネティックにぶつけていく。
四基のキネティックはヴェレーネの重力魔法にあっさりと捕まった。
彼女を“熱線に耐えるだけの無力な存在”、と判定していた事からキネティックは迂闊にもヴェレーネに近付きすぎたのだ。
ヴェレーネが開いていた自らの右掌をゆっくりと閉じると、対抗力場も持たぬキネティックはひとつ、又ひとつとまるで見えない巨人の手に握りつぶされるかのように押しつぶされていく。
『重力圧崩壊』=グラビティショナル・コラプス・プレッシャー
擬似的なものではあるがブラックホール形成の前段階の現象である。
ヴェレーネは其れを片手で易々とやってのけたのだ。
物体が保持熱量を瞬間的に全て奪われた為、周りの『空気』までもが凍っていく。
その結晶の中心では全長十メートルを越えていたはずのキネティックが二十センチ程の氷に包まれたボールと化していた。
勿論、同じ重力子を含むダークマターに守られた、遠方の魔獣に聞くかどうかは怪しい手である。
だが、場を戦慄させるには充分であり、地下要塞の水晶球からその様子を見ていたベルナールがパニックを起こすのも当然の光景だった。
「お前は、びっくり箱か!」
マーシアが呆れたように言うが、ヴェレーネはわざとらしく肩を竦めただけに見えた。
「あなたの方がよっぽどやばいのよぉ」
ヴェレーネの呟きは彼女の口の中で咀嚼されて呑み込まれるだけに終わり、マーシアの耳に届く事はなかったのだ。
ソフトボール大にまで押しつぶされたキネティックをヴェレーネは先の貫通孔に投げ込む。
「何をしている?」
マーシアの問いにヴェレーネは、そのうち分かる、としか答えなかった。
実のところ、彼女も何故そうしたのかは知らない。
そうする必要が在った、と感じた事からその様に行動しただけなのだ。
記憶が無くとも後で意味の分かる行動を取る事はこれが初めてではない以上、無理に考える事ではない。
自分を誤魔化す意味もあって、やや投げつけるようにマーシアに指示を出す。
「まあ、ゴミも片付いた事だし、本体を始末しに行きましょうか」
ヴェレーネの行動は兎も角、その言にはマーシアとて異論はない。
だが、行動を縛られている身としては確認して置きたい事もあった。
「マリアンは何処まで自由に動いて良い?」
「マーシアの戦闘に同調した補助行為以外は駄目よ」
「何故だ?」
「あのね、これから言う事をよくお聞きなさいな」
ヴェレーネがマーシアに何事かを説明しようとした時、二頭の翼飛竜が遠く視界に入って来た。
その翼飛竜に騎乗する兵士、即ち騎士が槍を立てて居る。
そこまでは良いのだが、問題はその槍に縛り付けられた『白布』だ。
それはこのフェリシアに於いても、地球と同じく『軍使』の証であった。
サブタイトルは(何処にでもある=UBIK)からです。
ユビキタスの語源とも言われますね。(ラテン語のubiqueからの造語がUBIKだそうです)
ディックのユービックを逆転させると共に、あの小説のテーマ不確定性を現在の状況に合わせてタイトルとしてみました。
この作者は、タイトル遊びしている暇があれば一行でも書けば良いのに、と自分でも思います。
こんな事してるから同じ系統の小説に負けるのねw
あれ、真ん中あたりの1話だけ読みましたが、実に読みやすかったなぁ。
2次を通るのも納得です。
ああ、みなさ~ん。こっちを見捨てないで下さいね。
あと、「日本ふかし話 弐」の方も新作入りました。