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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
132/222

131:逆檄のサラマンデル(Dパート)

 デフォート城塞の上部通路に現れたミサイル運搬車両を次の目標に決めていたキネティックは、何者かが自分の射程に飛び込みつつある事を知った。

 自動防衛装置が働いたのか、自然とリンジーに向かい一発の熱線が発せられる。

 リンジーがこれを避けたならば、後方のハインミュラーも爆裂死である。

 だが、飛び込んできた熱線はリンジーから上方に軌道を逸らされると、ブラックピークポイントを越えて大気に霧散(むさん)した。


 重力はそのまま磁場を生み出す。

 リンジーは重力場の変換を行い、正面の磁力を自らの上方にずらした。

 それだけで充分だったのだ。

 二発、三発と連続して発射される荷電粒子砲は全て無効化されていく。

 まるで、焦ったかのように粒子砲(キネティック)の基体が揺らめいた。


『跳躍!』


 これを行われれば、拙い。

 慌ててリンジーは自分の持つ重力場の幾つかをキネティックに飛ばす。

 この場にキネティックを固定しようと試みたのだ。


 だが、慣れない戦闘スタイルでは一瞬の遅れが生まれる。

 正面のキネティックは以前と同じに姿を消した。

 対象が消えた事で一瞬、DASシステムの無線が繋がるとハインミュラーからリンジーへの指示があった。

『自分を守って次の行動に備えなさい!』

 その一言だけであるが、リンジーは自分の行うべき次の役割は理解できた。

 

 と、デフォート城塞の西側、シナンガル領上空に空間の揺らぎが見える。

 完全にミサイル中隊を射程に収める距離。


 仮にキネティックに感情が在ったなら、“やった!”とでも言ったのであろうか。

 だが、それこそがハインミュラーの狙う処でも在ったのだ。

 ミサイル中隊は、いつの間にか完全に方向を変え終えており、その照準は、まるで始めから敵が其処に現れるであろうと知っていたかの如く正確なものであったのだ。


 音速の二倍を誇る新鋭の先進精密破壊兵器(APKW)システムは、ハイドラミサイルに四枚の中間翼を取り付ける事で精密照準性と高破壊力の両立を目指した兵器で有る。

 探索装置(シーカー)類は全てその四枚の羽根に収められ、弾頭部は高性能爆薬のみ、という破壊力の高さは追随を許す他の存在を持たない。


 しかし驚く無かれ、ハインミュラーは此の超高性能ミサイルを囮に使ったのである。


 彼は三機のAH-2Sとキネティックの戦闘記録を読み、敵の無駄のない戦闘に一旦は感心したものの、直ぐさま“所詮は機械か、”とやや残念な気持ちにもなった。

 攻撃パターンが出来上がりすぎているのだ。


 そこで、リンジーを囮に敵がどう出るか考えた。

 普通ならリンジーの後方に出てもおかしくはない。

 だが、リンジーは重力場で守られている。狙うだけ無駄と判断するであろう。

 いや、仮にリンジーの後方に廻って彼女との戦闘を続行すれば、其れこそミサイルとの挟み撃ちが可能である。


 それを考えた場合、奴が次に狙うのはミサイル中隊車両。

 これは当然だ。

 それもリンジーに背を向けた状態ではポジションの確保は行うまい。


 残る出現ポイントは城塞向こう側、即ち「西」と云う事はすぐに読めた。


 そこに向かってミサイルを撃ち込む。

 勿論、迎撃は予想されていた。

 実際、発射されたミサイル四発は粒子砲によって容易く撃ち落とされる。

 ミサイルは敵に届く前に爆発、続いてはミサイル運搬車も同じ運命であったはずだ。

 だが実態を知らない者が見たならば、実に不思議な光景が繰り広げられていた。


 爆発したミサイルからは銀色の何かが大量に巻き上がる。

 また、ミサイル発射車両は粒子砲を受けた訳でもないのにも拘わらず、既に猛煙の中にいた。


 城塞の壁の影響から生じる上昇風に乗って、キネティックにまとわりつく銀色の“何か”

 それは電波欺瞞紙(チャフ)である。

 一般にレーダーを無効化するために、先の大戦から様々な改良を加えられて今日まで使われる、レーダー妨害用の(おとり)だ。

 今回使用されたチャフの正体は、最も古いスタイルのアルミ箔を薄く切っただけの物である。

 但し、其れに磁気粉(マグネットパウダー)を大量に混ぜ合わせている“ハインミュラー特製ブレンド”の一品でもあるのだが……。


 兎も角、これでは依頼を受けたミサイル中隊が弾頭に使うように指定されたチャフの種類を聞いてまず驚き、それから代用品を探すのに手間取ったのも仕方ない事であった。


 当然、これだけではキネティックに一切被害は無いが、これは未だ準備の段階だ。

 文字通りの『(デコイ)』である。

 無害なチャフをその身にまとわりつかせたまま、陽光を反射し悠々と飛ぶキネティックの姿は優美ともいえる。


 だが、いくら優美に見えようが、蛇の頭が変形したかのようなその先端の口腔(こうこう)はやはり死の使いであり、そこからミサイル中隊に向かって強力な熱線が連続して発せられる。

 煙幕を張られたとは云え、ミサイルの発射位置は完全に把握している上に、キネティックの集音装置に車両の移動音も届いていない。

 つまり発射ポイントに粒子砲を叩き返せば其れで良いだけなのだ。


 だが、(キネティック)の計算に反して『ミサイル車両の爆散!』は起きなかった。


 城塞上に撒き散らかされた煙、実はこれもチャフである。

 但しこちらは大量の『スモークディフェンダーチャフ』

 正体は煙に紛れる細かな電波反射粒子。


 熱拡散(ブルーミング)


 細かな塵と煙によって荷電粒子砲最大の弱点が引き起こされていた。

 本来、スモークは赤外線センサーや目視による照準を避けるための装備であるが、遠距離ならば熱レーザー砲にも有効だ。

 と言うより、射程が短い上に粒子と粒子がぶつかり合いやすい『粒子砲』に対してこれ程有効な防御兵器もなかった。


 二六式戦車やAH-2Sにも()のスモークディフェンダーは装備されている。

 しかし、初見(はつみ)の敵に対抗装備が予定通り使えるほど甘くは無いのが戦場だ。

 今回の成功も失われた三機、六名の貴い犠牲の上に成り立っていると言えた。


 だが、奴を目くらまして満足する事が亡くなった兵士達への『手向(たむ)け』になる訳では断じてない。

 ハインミュラーの反撃は今、中盤の勝負所である。


 数発の熱線を発するとも決して生じぬ爆炎。

 流石のキネティックも何やらおかしいと気付いた様だがミサイル車両に(こだ)りすぎた。

 煙に紛れて跳躍転移したリンジーは敵の正面に立つ事に成功する。

 その距離約六百メートル。


 自らが発生させた赤外線無効化煙幕の中で各ミサイル隊隊員はリンジーの姿が見えていた訳ではない。

 だが、たっぷりとマグネットパウダーの付着したアルミニウムチャフは自ら発した静電気でキネティックに張り付くと、スモークディフェンダーの猛煙を通してすらマスク越しの隊員達のバイザーに、その位置のみならず姿までもはっきりと写す。

 直接は見えない隊員ですらもDASシステムにより情報が共有化され、キネティック及びリンジーの相対位置は一目瞭然だ。


 両者の対決に注目しつつも、車両を放棄した彼等の一部はスモーク発生装置を引きずりながら走り廻り、煙幕の範囲を拡大させていった。


 めったやたらと方角を変えて粒子砲を発射していたキネティックではあったが、何やらおかしいと、機械らしからぬ焦りが出て来る。

 遂には自分の身体が思い通りに動かぬ事に気付き始めた。

 やはり生物の一部分である事が関係しているのだろうか、動きに『狼狽(うろた)え』が見えるほどだ。


 暴れ回った報いを受ける瞬間が近付いている彼は今、まるで身動きが取れない。


 煙の中から現れたリンジーの重力波に捕まり、自由な飛行どころか、遂には『跳躍』までも封じ込められた。


 但しその身を宙に浮かせているブースターの推力(すいりょく)は思いの外、高い。

 リンジーも動きを封じる事まではできたが、相手を地面に向かって叩き落とす迄には至らなかった。

 キネティックとリンジーの闘いはお互いが一歩も引かない状態で拮抗(きっこう)していると言える。


 ハインミュラーとしては“一撃必殺”が信条である以上、リンジーの重力波で片が付くならば其れが望ましかったのだが、計算上、“そう上手くいかない場合もある”事を前提に作戦を立てていた。


 現在の戦闘は、彼一流の三重に渡る保険の集積を見せている最中のものなのだ。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「リンジーも頑張っているようね。 次はアルバの番かしら」


 残存するキネティック粒子砲五基の全てはデフォート城塞西側に集結した。

 今、現れた最後の一基が城塞に向けて熱線を降り注いでいる様子はヴェレーネにもよく見えている。

 だが、あの一基はヴェレーネの手を通すことなく彼女(リンジー)達の手で墜とさなくてはならない。

 今後の事を考えるならば手を貸す訳には行かないのだ。

 ヴェレーネは自分の仕事に戻る事を決めると、その後、同じ方向に視線を戻す事は遂になかった。


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「アルバ、奴が見えるかね?」

「は、はひ。お爺様!」

「肩の力を抜いて。大丈夫。あいつはもう目が見えない上に体まで縛り付けられた子供みたいなものだ」

「そ、それを殴るのは、それで、“鬼畜”って感じがしないでもないです」

「おまえさん、結構余裕在るな」

 ハインミュラーの本気の笑い声にアルバはブンブンと音が出るほどに首を横に振る。


 煙幕の中でミサイル隊の隊長である高橋までもがそれを見つけて笑い、それから彼は各隊員に最後の仕上げを命じた。


 高橋の命令を聞きながらハインミュラーが呟くとも無しに呟く。

本体(あいつ)に引っかかってもらえるかどうか、其れが重要だ」

 アルバとしては此処で老人には自信のない言葉を発して欲しくはない。

「駄目なら?」

 その不安を素直に顔に出して尋ねたが、老人は彼女の美しい金髪を優しく撫でると

「その時は、ほれ、あのミサイルで奴の子分(キネティック)は叩きのめされる。それだけさ」

 そう言うと二六式ミサイル発射管を指して再び豪快に笑う。

 その笑いに釣られるようにアルバにまで笑みが湧いた。



 ミサイル隊に二基だけ支給された歩兵携行式の無反動対戦車狙撃弾。

 即ち、パンツァーファウストⅣ

 その一基が拡大された煙幕の最も南の(はし)から発射された。

 (ほとん)ど熱のないキネティックではあったが、担当隊員は実に良い腕をしていた。

 側面中央に直撃する。

 勿論、前回のようにマーシアが弾頭に対抗力場を(まと)わせて貫通力を上げてある訳ではないため、その爆発による被害は小さい。

 しかし地球の技術も捨てたものでは無い。

 キネティックの生物的な側面装甲は完全に剥がれ、同じ場所にもう一発も食らえば損害は無視できないものになるであろう。

 金属的な(うろこ)がキラキラと輝きながら弾け飛ぶと、地に向かって墜ちて行く。

 

 流石に装甲を破られたのは(まず)いとばかりに、報復のため弾頭を発射した隊員方向へ緩やかに頭を向けていくキネティック。

 今までの鋭い動きが嘘のように鈍い。

 リンジーの重力場によってその動きを大きく封じられており、それに抵抗しながら向きを変えている為、当然とも言えたが、出来過ぎな程にハインミュラーの思い通りに動いてくれる。

 キネティックが頭を南に向けた事によって破壊された側面部は隊員達からは完全な影となり、一応の防御態勢を取っているとは言えたが、実際の処、ミサイルの(まと)としては更に大きく無防備になっただけである。

 此処で二六式ミサイルを数発から十数発も使って飽和攻撃を行えば全て終わる。


 まずは勝った。


 だが、今のハインミュラーは、まるでヴェレーネの意志が乗り移ったかのようであった。

 今後リンジーやアルバの力が必要になる事態を見越して、今回は彼女達に全てを任せる事に決めたのである。


 丁度その時、狙撃で受けた被害を読み取ったのか、遠方にいた八岐大蛇(ヒュドラ)は自分の分身の異常に気付いた様だ。

 その本体からのエネルギーが送られてきたらしく、キネティックの周りに緩やかに赤い膜が張られてゆく。

『対抗力場』である。


 キネティック周りに張り巡らされてゆく、今は(あわ)く揺らめくほどの弱い光。

 だが、完全に目視できるようになったならば、その防御は相当に強固なものになるだろう。


 だが、これこそハインミュラーが待っていた瞬間でもあったのだ。


 今の老人の瞳、それは二十代の頃にヨーロッパ北部雪原に於いて味方に倍する敵戦車に囲まれつつも、

『馬鹿が! 俺が狩る側なんだよ!』

 と敵を見下し、牙を()いていた時と同じ(もの)である。


「阿呆が……、やはり掛かってくれたよ。 

 アルバ。なあアルバ、可哀想だが奴に(とど)めを指してやっておくれ」

「はい、お爺様!」

 ハインミュラーの囁くような声に対して、最終局面まで見えた事からか、安心したアルバの返事は力強い。

 

 彼女が応えると同時に、キネティックに張り付いて或いは静電気に支えられた風に舞い、(いま)だ浮遊していたものも含めて百数十万のアルミ箔は(ゆる)やかに動き出した。


 全てのアルミ箔はまるで土星の輪の様にキネティックを中心として大きく緩やかに回り始める。 

 その回転直径、約二百メートル。


 アルバの魔法『雷撃』の応用であり、マグネットパウダーによって帯電したアルミ片は彼女の手足の如くにイメージ通りの型を作っていく。

 単純な形だ。

 キネティックを完全に覆う事を狙った球形である。


 小さな隙間はあちこちに有るものの、まるで惑星の周りの周回する人工衛星破片塵スペースデブリを図解化した空間プロジェクタ映像のようにアルミ箔はキネティックを包み込んでいった。

 計算されたかのように緩やかに回転している百数十万のアルミ片が生み出す直径二百メートル程の球。

 表面が磁力コーティングされたその一枚一枚は、数分間だけならば『ライデンフロスト現象』により、数億度まで充分に()()るであろう。


 其処(そこ)に向けて発せられた四十を越える細い閃光は、未だ完成していない対抗力場の隙間を見事に突き抜けた。

 今、アルバの指先から連続して発せられているのは単なる数百度の光源である。

 

 だが其れが浮遊するアルミ箔にぶつかり、一秒間に数千万の分散と反射を繰り返していく。

 最終的にはその全ての光線はチャフボール内部の一点に集まり、熱量は幾何学的に増大してゆく。

 一点とは即ちキネティックの存在域である球の中心点。

 鏡のような基体(キネティック)の鱗までもが皮肉にも反射効率を高めていく。


 アルミ箔は今や完全に球形化してキネティックを見事に包み込んでいる。

 全ての熱を集めた数メートル範囲の中心点温度は一億数千万度にまで達しているであろう。

 隙間の多くなる恐れのあるアルミ箔の集合体であるにも拘わらずハインミュラーの予想通り、一切の熱が漏れる事もない。

 中心が燃えだした瞬間にリンジーの空間魔法で遠方に転移させる事も考えていたが、その保険すら必要なかった。


 その理由は馬鹿な事に本体から送られたエネルギーが生み出した『対抗力場』である。

 完成したばかりの其の力が内部の熱を完全に封じ込めているのだ。

 ハインミュラーの計算以上の熱を保ってキネティックを焼き尽くしながらも、八岐大蛇(ほんたい)が作り出した『対抗力場』は皮肉な事に壁上の隊員達を守る障壁の役割までも果たしていた。


 熱量が極限に達した最後の“それ”は爆発と言うより、一瞬の蒸発であった。


 閃光!


 太陽のコロナが一瞬吹き上がるかの様な強力な光が光彩(こうさい)調整されたDASバイザーの調整限界を超えたため、誰しもが目を閉じる。

 最後まで近距離にいたリンジーなど、間一髪の空間跳躍で城塞の影にまで逃げ込んだ。


 そして全てが終わると、その空域に残る物など何一つ無かったのである。





「恐ろしい女だな……」

 あまりの威力に思わずマーシアまでもが呟くが、アルバがこれを聴いたなら何と言ったであろうか。


 ともあれ、城壁守備ミサイル部隊及びリンジー・アルバ連合軍による『対キネティック戦闘』はこうして終結した。


 此処からは、残る四基のキネティックをヴェレーネひとりででも片付け、城壁を守りつつ八岐大蛇(ヒュドラ)に挑むだけだ。





 だが,発進を終えた国防空軍の存在は予定された状況の全てを悪手の方向へと変えて行く事となった。





次回から、ASが少しずつ出て来ます。

北部に展開している連中が一部でも応援に駆けつけなくっちゃ、おかしいですからね。


誤字・脱字、その他の問題点など有りましたらお知らせ下さると助かります。

後は・・・・・・感想とか(小声)

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