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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
130/222

129:逆檄のサラマンデル(Bパート)

分かり易く書く事を心がけて彼方(あちら)を削り、此方(こちら)を削り、と削ってばかりですがまだまだ無駄が多い気がしますね。

AS登場までは後2話ほどお待ち下さい。

「はひ?」

 アルバは自分の声が何処か遠くに聞こえた気がした。


 デフォート城塞北部、最上階に置かれたレーダー官制室の端に置かれた会議用の大テーブル。

 その中央の立体プロジェクタは、官制室に設置された八十近いモニタから随意(ずいい)に選んで立体化された映像を写す事が出来る。

 そして今、そこに写っているのは、最後に残っていた砲兵大隊の最大主砲である二〇五ミリ榴弾砲の残骸。

 上空には其の二〇五ミリの破壊に成功し、塹壕に飛び込む兵などに興味は無い、とばかりに砲身の先を北東の彼方に向けるキネティック粒子砲の姿があった。


 キネティックの砲身の先には陽炎のように薄く、シエネ市の城壁が()らめいて見える。


『シエネ市への砲撃の()るや、(いな)や!』

 と誰もが息を呑んだが、次の瞬間に粒子砲の姿は消えていた。


 誘導範囲か航続距離の問題であろうが、シエネ市に奴が現れる気配は今の処は無い。

 何処(いずこ)に跳んだかは知れぬが、奴は今、次の大型兵器の到来を待って国境城塞の近辺に(ひそ)んでいるのであろう。


 恐るべき相手である。

 その敵に対しての邀撃(ようげき)をヴェレーネから命じられたのはアルバとリンジーであった。


 八岐大蛇(ヒュドラ)からの猛撃を受けつつも、ヴェレーネは一基のキネティック弾頭を破壊する事に成功した。

 その時にようやく気付いたのだが、キネティックから発出される粒子砲の威力は実は差程(さほど)のものでは無い。

 本体から切り離れた小型の独立体は、飛行、跳躍にもエネルギーを回さざるを得ない為か、粒子砲そのものの打撃力は本体からはほど遠いのだ。

 勿論、対抗力場など纏えるはずもない。


 だからこそ四基が一点集中でマーシアを狙った訳である。

 出力はオーファン改の持つ五〇キロワット・ハンドパルスガン以下の力しか無いのではないだろうか。

 つまりシエネ城壁ならば兎も角、デフォート城塞の最も弱い部分ですら貫通は不可能と見て良い。

 デフォート城塞は流石、『神々の建造物』と云われるだけ有って榴弾砲に対抗するシェルター程度の強度とは比較にならないのだ


 先に二基のキネティックがフェリシア領内に飛び込んだが、ヴェレーネが相対する四基の内の一基の破壊に成功した事で、領内に飛び込んだ二基の内の一基は城塞前に戻り、マーシア・ヴェレーネに対する攻撃に参加している。

 つまり、現在フェリシア領内に潜むキネティック粒子砲は一基のみである。


 しかし、いくら本体に比べれば弱いとは云え、あの熱線は充分に恐るべき存在である事も確かだ。


 唯、ヴェレーネに言わせるなら一基だけならば別段怖い相手でもない。

 いや、一基が四基であろうと、やはりどうにかならぬ訳でもない。

 だが、本体からの強力な長距離射撃ロングレンジ・ショットが彼女の動きを阻害するのだ。

 奥の手が無いでもないが、マーシアの前で使いたい方法ではない。

 いずれ、この手を使って暴走した彼女を殺す事も視野に入れているからである。

 今は手の内は(さら)せない。


 正面の敵の砲塔が二基である以上、同時に別の方向に砲身を向けられた場合も含めて、二人の対抗力場によりデフォート城塞は充分に持ちこたえられる。

 また、キネティックの誘導範囲も一昔前の地球の無人機レベルである二十キロ前後が限界のようだ。

 民間人の残る『シエネ市』まで奴が跳ぶ事はあるまい。

 その上、マーシアもマリアンも落ち着いてきた以上、彼と彼女の戦闘力が戻るのも時間の問題だ。


 とは言っても、その(かん)に領内に入り込んだ最後の一基が城壁の兵士に後方から襲いかかった場合、やはり全ては終わる。

 あの砲撃ならば地球の技術で築かれたシエネ城壁は容易(たやす)くとは行かないまでも、数発の攻撃を受けたならば確実に破壊されるであろう。

 後は正面と後方からの挟み撃ちで、城壁はあっけなく墜ちる。


 挙げ句、キネティックに対しては地上からの国防軍の重砲での対応は不可能だ。

 シエネ市の空軍基地から発進するF-3Dにも勝ち目があるとは思えない。

 前回はマーシアとアルスという『秘密兵器』を積んでいたからこそ、奴を撃墜出来たのである。

 普通の魔術師が乗り込んだくらいで、勝てる相手ではない。



 ()しくもネルトゥス艦上でコペルが口にした予言が実現化しようとしている。


 

 要するに現状は陸空からの猛攻により西部国境防衛は“詰み”寸前という訳だ。

 そこでヴェレーネが白羽の矢を立てたのが、アルバとリンジーである。


 レーダー官制室には、まずアイアロスが呼ばれた。

 彼女達の能力を分かり易くハインミュラーに説明し、作戦を練って貰うためである。


「で、二人は何が出来る? 

 レーザ-照準器を狂わせてくれたのは、通信術の応用かな。 

 それから、リンジーの火炎は見た事があるな。

 アルバは随分と目が良い。砲手には最適だが、あれも魔法かね?」


 ハインミュラーは、最初に自分が彼女達について持っている情報を明確にしてから、アイアロスの説明を聞く事にした。

 その姿勢はアイアロスにも有り難かったようだ。

 要点を(つま)んで話を進めていける。


「はい、まず最初(はじめ)に話して置く事は、二人ともアルシオーネ様の弟子だと言う事ですね」

 アイアロスの言葉にハインミュラーは少し驚いた顔を見せた。

「ほう、アルス嬢ちゃんの弟子か。 

 まあ、嬢ちゃんも近頃は随分丸くなった様だが、修行は随分と厳しかったろうな」


 そう言って笑うハインミュラーに、アルバは何度も首を縦に振る。

「そうです! そうです! 流石はお爺様です。私、何度血の涙を流した事か!」

「アルバ。馬鹿、言ってるんじゃ有りませんよ」

 柔らかい口調だがリンジーがすぐさま(たしな)める。


「ハインミュラー様、余り此の子を調子に乗せないで下さい!」

「すまん……」

 近頃のリンジーは随分強くなった。ハインミュラーにも物怖(ものお)じしない。

 いや、元より無理矢理レオパルトの操縦桿(そうじゅうかん)を握った少女だ。

 思いの外、胆力(たんりょく)はあるのだろう。


「まあ、アルバの冗談は兎も角として、」

 アイアロスが話を元の軌道に戻す。

「リンジーは、炎の中級魔法の他に高位の空間魔法が使えます。それと重力魔法ですね。

 但し、最後の魔法は研究中ですので、本人もヴェレーネ様立ち会いの下でしか使った事はありません。単独使用ではぶっつけ本番になります」


 ハインミュラーはふたつの魔法についての説明を求めた。

「いずれも珍しい魔法です」

 アイアロスはそういって説明を開始する。


 リンジーについての話を一通り聞くと、続けてはアルバの魔法についての教えを受ける。

「アルバは、まず雷撃ですね。これもまた珍しいタイプです。

 フェリシア軍、戦闘魔術師五万人の中にも三桁居るかどうか、と言えるでしょう。

 土魔術師並みの少なさと言えます」


「雷撃?」

 ハインミュラーは“雷撃”と聞いて、一瞬は航空機による魚雷攻撃を思い浮かべたが、その様な筈もない。

 言葉通りの『電撃』を使った攻撃能力の事である。

 それに気付き一人納得したように頷くが、最後の『光』も気になった。

 そこを尋ねると、アイアロスも“どうにも言い辛いのだが”と前置きして説明を開始する。

「アルス様も使われますが、この子の場合は一寸(ちょっと)ばかり方向性が違いまして……、威力も……」


 アイアロスの説明が終わり、ハインミュラーが二人の扱い方を考えていると、レーダー員の一人が、レーダー官制室の指揮官である柳井(やない)に報告があると言ってきた。

 話し合いには、シエネ・レーダー部隊指揮官の柳井大尉も同席していたのだ。


 地球のレーダー官制室で大尉と言えば、通常は『ヒラより少しマシ』と云った立場である。 

 だが、此処(ここ)カグラに送られてきた兵士は若手だらけだ。

 おかしな支配欲を持つ佐官以上の官位を持つ人物をヴェレーネが嫌った事や、連隊規模であるにも関わらず、混成部隊であることから誰もが階級以上の職責を押しつけられている。

 階級に似合わぬ参謀長の職を持つ巧のような存在は、実は目立たぬだけで他に幾らもおり、柳井もその一人なのだ。


 それはさておき、レーダー員が知らせてきた“異常”について柳井(やない)は思わず息を呑む。

 打開策が見つかるかも知れない。


 情報のひとつは今の処、“想定の範囲”と言った程度であり、明確なものでは無かった。

 多分にキネティックの誘導電波であろう。

 この強力な電磁波が軍用無線すら阻害しているのだ。 

 かなり高度に暗号化されているため対抗措置(カウンター・メジャー)も難しいが、一瞬でも対抗妨害電波(ECM)が出せるのなら、あのキネティック誘導砲を数秒だけでも止められるかも知れない。

 無理とは思いつつも、直ぐさまパターン及び暗号の解析に入らせる。


 だが、もうひとつ、回答付で回されてきたデータこそ注目すべきものであった。

 

 “これだ! これこそが、奴の“力の正体”なのだ!”

 信じられない事だが、報告された数字と電波波形は、それを明確に示している。


 柳井は書類を握りしめると、会議のテーブルに戻った。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「ほう! そいつはSFの世界だなぁ!」

 ハインミュラーの驚きの声に柳井は一瞬首を傾げたが、直ぐさま思い至った。

「そう言えば、ハインミュラー中佐殿は一九九二年からおいでとお聴きしました。

 しかし、我々の二〇五〇年代では既に実用化されております。

 今は民間使用エネルギーの一五パーセント程ですが、後十年以内には百パーセントが“これ”に置き換わるでしょう」


 黒いカーボン製の対衝撃眼鏡フレームの下に在る茶色掛かった柳井の目は、老人に恥を掻かせていないかとやや心配げである。

 上背のある体を折り曲げるようにして痩せぎすの老人の機嫌を伺っていたが、別段階級から来る卑屈さではなく、彼の人の良さから来る態度であろう。


 ハインミュラーは陸軍少佐、若しくは中佐待遇ではあるが、相変わらずのフェリシア義勇兵である。

 国防空軍の兵士が彼にそこまで敬意を示さなくてはならない理由は無い。

 柳井の言動は、この作戦に於いてハインミュラーを主導者と認める意識から自然に生まれたものであった。


柳井(やない)君、と言ったね」

「はい」

「そうもでかい体を無理に折り曲げられると、こっちの首が痛くなっちまう。

 普通に座ってくれ」

 ハインミュラーの言葉に全員が笑い、柳井は恥ずかしそうに椅子を引いた。


 柳井により今回の攻撃後の方針が決定したにもかかわらず、彼がフェリシア人やハインミュラーを主導とする姿勢を崩さない事も場の雰囲気を明るくするのに一役買っている。


 ハインミュラーは知っている。

 空元気(からげんき)でない()の様な雰囲気が実戦部隊に有る時、(あせ)りさえなければ必ず勝つと云う事を。

 そう、この段階以降の彼等の敵は“(あせ)り”のみである。


「池間は良く粘っているようだ。兵を生かす事を優先させておる」

 老人は耐える事を知る若い友人に敬意を払いつつも、“いつ間違いがあってもおかしくない”と判断して池間に向けて伝令を跳ばせる。

 無線はシエネまでは、完全に通じている訳ではない。

 その為、跳躍魔術師にシエネへと急いで貰ったのだ。 

『今、下手に航空隊を動かして貰っては困る』と、この場に居る誰もが気付いていた。



 だが、それはほんの僅かに間に合わず、戦場の空は大きく混乱する事になっていく。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ハインミュラーの指揮でリンジーとアルバが動き出すには未だ時間が必要であった。

 ヴェレーネに確認を取った処、“一時間は充分に耐えられる”との返事が返ってくる。


 となれば、後は『レーダー管制官』達の出番である。

 ()しくも同じ頃、磯谷から小笠原に繋がった情報によって南部ゴースのレーダー官制室に於いても、シエネと全く同じ作業が開始されていた。

 一旦は森に潜んだゴース侵攻軍は、体勢を立て直して再侵攻してくる事が予想されており、一刻の猶予もない事はシエネと全く同じ状況である。


 シエネとゴース。

 両レーダー官制室で進められている作戦、それは、


『魔獣の動きを止める・或いは弱める』事を狙いにしている。


 その為のヒントは両官制室に於いて一通り出そろった。

 管制官達は必死に『最後の詰め』の作業を行っている。

 此処には銃弾や砲弾が飛んでくる訳でもない。また、兵士が血を流している訳でもない。

 しかし彼等の計算が遅れる程に、自らを含めた多くの兵士の死の確率は高まっていくのだ。


 今、官制室で進められている計算の数々は、間違い無く『戦闘行為』であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 

 銀色の毛並みに軽甲を着込み、シエネ城壁の右翼を指揮するローク・ブランシェット。

 彼は国防軍機関銃中隊指揮官、三田村准尉と相談の上、M2重機関銃を解禁する事にした。

 上空を飛び去った何者か(キネティック)が戻ってくる事は充分に考えられる。

 結果として後方からシエネ城壁は墜とされる可能性は高い。

 となれば、武器の使用を禁止していても意味がないだろう。


 後方からは榴弾砲四門の全てが、あの物体に破壊されたとの伝令も届いた。

 つまり、正面の敵に力押しで潰されるのを待つか、それに耐えきれずにRPG-7やパンツァーファウストⅣを使うことで奴に後方から襲い掛かられる、かである。


 反面、複合弓(コンポジット・ボウ)の先の爆薬に、あの飛行物体は全く反応しなかった。

 と云う事はそれ以下の打撃力のM2までなら相手を刺激する事もないのではないか?

 そう考えたのだ。


 オレグもその意見には賛成であった。

 シエネのバルテンの判断を待つ余裕は無い。現場主義で行かせて貰う事にする。

 

 とは云え、失敗したならどうする。

 その考えが三人の脳裏に(よぎ)るのも当然である。

 あの粒子砲の光を浴びてしまえば、その時は射手の肉体処か、その人物が立つ城壁諸共に消し去られてしまう事は確かだ。

 そんな想像すらしてしまう程に、報告される熱線の威力は恐ろしい。

 また、城壁の殆どをも諸共(もろとも)に消し去られてしまうと云う事は、防衛がより困難な状況に陥る事を指す。


 つまり賭と言うにはリスクが大きすぎるのだ


 だが、機関銃中隊の兵士達の意見が最後の一押しとなった。

 彼等はこう言ったのだ。

『やってもやらなくても最後は同じだ。なら一発でも撃たせてくれ』


 池間がこれを聴いたなら『死なせるために装備を与えている訳では無い』と激怒した事であろう。

 しかし、機関銃中隊の多くは此処を死に場と決めていたのだ。

 如何(いか)に兵の信望(あつ)い池間の(げん)と云えど、この場に()いては紙切れ一枚の重さもなかった。

 

 理由は城塞の最下層部に置かれた六十以上の部屋にある。

 此処には総員八八名の医療要員が、負傷者を残したままの脱出を(いさぎよ)しとせず、未だ業務に当たっていたのである。

 また医療要員はフェリシア人だけではない。 

 地球から派遣された米谷紘子を含む八名もその中に含まれている。


『負傷兵と彼等を守る』

 その意識が機関銃中隊の意志を固めていたのだ。


「やりましょう。池間少佐は確かに腹を立てはするでしょうが、我々が無事ならばそれ以上の問題にする方でもありません。

 何より、今、後方の塹壕で防衛計画を立てている中隊は我々の判断が間違いだと分かれば別の対策を立てる事が出来ます」


 そう言った三田村は、名簿を確認すると一番若い兵士を呼び出した。

 これから自分たちが行う戦闘計画を伝え、()の場が全滅した場合は、直ぐに別個の対応に入って貰う事にしたのだ。

「俺は旧軍で『バンザイ突撃』を命じた指揮官と変わらない無能さだな」

 と三田村は自嘲(じちょう)する。

 だが、それしかない時に()れを選んだ人々の気持ちも分かった気がして大きく息を継いだ時、伝令兵が到着した。

 


「兵長の堀口です。お呼びにより参上しました」

 カチカチに固まっている兵士は未だ若い。年を聞くと十九歳だという。

 近頃の若者にしては背が低く、百七十センチは無いだろう。

 だが二重の明るい眼差しと、あどけない表情が三田村には眩しい。

「全く、伍長以下はカグラに派遣されていない、と思っていたんだが、真逆(まさか)、兵長が居るとはね」

「はっ、末席を(よご)させて頂いております」

「堀口兵長、君の階級で何故カグラへの派遣が認められたと思う?」

「はい、こちらに来る前に昇進試験を受けました。 

 其れに受かったのではないのかと思っております。(もっと)も未だ辞令も有りませんが」


 堀口の言葉はおかしい。そんなはずが在る訳も無い。

 此処(ここ)カグラですら平時の組織運営は『書類が全て先』、なのだ。


 上層部も汚い真似をする、と三田村は思う。

 確かに昇進試験に彼は受かったのだろう。つまり彼の本来の階級は伍長だ。

 だが今回、彼はわざと不合格にされている。

 これは間違い無い。

 要は、彼が死んだ時、階級が高ければ支払う弔慰金(ちょういきん)や年金の額が大きくなる。


 新兵は、初陣で死ぬ確率が高い。

『一戦生き延びたなら、そこで昇進は考えてやる』

 国防軍会計事務局はそう言っているのだ。兵士の命を恩給の額で計って居やがる。

 反吐(へど)が出そうだ。 


 “俺は馬鹿げたバンザイ突撃を命じる馬鹿な指揮官だが、此の若い兵士だけは死なせてはならない”

 三田村はそんな意地が自分の中にわき上がるのを感じた。

 その怒りが表情に表れたのであろう。 

 正面から三田村の目を見てしまった堀口は、(あわ)れな程に(すく)み上がってしまっている


 それに気付いた三田村は(あわ)てて相好(そうごう)を崩した。

「ああ、すまん。少し難しい頼みなんでなぁ、君には申し訳ないと思うと顔付きまでも、ついつい(きつ)くなるよ」

 そう笑って堀口の肩を叩く。 

 親愛の情が()もった行為に堀口の緊張も和らいだ。


「君な、普段の魔術師達が水晶球(スパエラ)で連絡が取れる範囲はどれくらいか分かるかね?」

 取り敢えず堀口をどう騙すか考えなくてはいけない、と三田村は頭を巡らせた。

 若者は『逃げた』と考える事を極端に嫌がるのだ。


「え~、優秀な(かた)で五~六キロは跳ばせると聞いております」

 この返事で、三田村はこの少年が更に好きになった。

 彼がフェリシア人に『敬意』を持って接している事が分かったからだ。


 勿論“他の兵がそうでない”とは言わないが、若い兵士程、近代兵器や地球のテクノロジーを過信する傾向にあるのだ。

 これが大尉以上になると、今度は“年齢から来る思考の硬直化”で更に酷い事になる。

 三田村は、この時になって初めてヴェレーネがカグラの地を踏む人間の選定に気を使っている理由に気付いて、『心中、お察しします』と心の中で(こうべ)()れざるを得なかった。


 それは、兎も角として三田村の質問は続く。

「今、デフォート城塞の影に隠れているという魔獣と、目の前の鉄巨人の影響で通信が全部駄目だよな?」

「はい」

「無線は?」

「完全に使えません」

水晶球(スパエラ)はどうかな?」

「魔術師の方に()るようですが、映像は兎も角、音声は六百メートルから一,五キロぐらいが限界と聞いています」

「うん。実際はもっと短い。一キロが限界だな」

 三田村は少し嘘を交えた。 

 状況が良ければ二~三キロは届く。不確実なため、城壁や城塞では『有線電話』を使っているだけだ。

 

 だが、そこを無視して話を進めると、彼を後方の伝令へと送り出した。

「我々の作戦から問題点を洗い出して欲しい」

 伝令内容は其れだけであったため、堀口にその意味は分かるまい。

 だが、後方の中隊長達は直ぐにその意味に気付いてくれるだろう。


 此処が全滅した場合、次の防衛線を塹壕戦に切り替えて欲しいという伝達なのだ。


 これで、ひとまずの仕事はふたつとも済んだ。


 自分たちがどの様にして全滅するかを記録に残して、今後の(いまし)めにする事。

 そして、ひとりの若い兵士の寿命をほんの僅かでも延ばす事。


 特に本来の目的には存在しなかった後者の仕事が上手くいった事を何故か喜ぶ三田村であった。


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 気球は次々と高度を下げてくる。

 シナンガル工兵によって風向きや距離を測って気球を降下させる計算力は(あなど)りがたくなるほど正確さを増してきた。

 スクロースの燃焼密度が高まった事を知らせるアラートが鳴り響くと、直ぐさま魔術師や魔法士の出番だが、あまりの数の多さに彼等も疲弊(ひへい)が激しい。

 今までにシエネ城塞に届いた気球の数は優に二千を越えたものの、未だ其の数が途切れる気配を見せないのだ。

 人口比というものは、後方の生産力にまで大きく影響する事を今更ながらに思い知らされる。


 唯一、有り難いのは、バンザイ突撃も同然とばかりに使い始めたM2重機関銃を幾ら発射しても、あの飛行物体(キネティック)が現れる気配が今の処は無い、という事である。


 念のためRPG隊はシナンガル側に背を向けて、フェリシア領内を見張り続ける。

 塹壕に入った兵士達の一部が、指揮系統が分断されていた事もあって一~二キロの距離を走り、或いは兵員輸送車(APC)に乗り込んでそれぞれに城壁に集まってきた。


 だが、犬走りに余分な兵を入れて混乱させれば、効率が悪くなるだけでなく、兵士の疲労も溜まる。

 少なくともロークやオレグ、三田村はダミアンのような能無しでは無かった。


 集まった兵士から中隊長に率いられていた二百五十人のみを交代要員に選抜すると残りは元の塹壕に戻らせる。

 万一にも此処が抜けられた時、次の戦場は塹壕線になるのだ。

 三田村の説得に折れた兵士達は、ようやく追いついた伝令達に絞られると素直に塹壕へと戻っていった。


 M2の打撃力は、鉄巨人に対して充分に効果を上げていた。

 複合弓(コンポジット・ボウ)の爆薬は威力はあるが精密性に欠ける。

 だが、高速弾は狙った部分を性格にそぎ落とし、対象を一時的に止めるのではなく、完全に破壊してくれる事が有りがたい。


 敵は巨人と呼べるだけ在ってサイズはあるが素材の質が良いとは言い難いようであり、高速弾が削り取るように関節部分を吹き飛ばしていく様子を観測員が次々と報告してくる。

 

 いや、報告前に腕、或いは肘が吹き飛ぶ光景が遠目にも分かる程だ。

 特に関節部分に集中打を浴びせると差程(さほど)の時間も掛からずにあっさりと腕は落ちていく。

 歓声を上げる兵士達ではあったが反面、誰もがある事に気付いていた。


 足下(あしもと)の装甲が堅い!


 そう、先の“切り通しの闘い”で膝を潰され行動不能にされた経験からか、シナンガルの鉄巨人達は膝や足首に斜めの避弾径始(当たった弾の衝撃を逃がす角度)を持つ防弾板を貼り付けていたのだ。

 勿論、原始的な作りであるため充分に破壊は可能だ。

 だが厚みも充分なため、切り通しでなら破壊には二十~四十発で済んだ弾数が今は倍以上の百発近くを必要としている。


「あんなに重い物を良くもあれだけ動かせるものだ……」

 オレグが呆れると、国防軍左翼部隊長の平木准尉はヘルメットに標準装備されたDASシステムから、相手の特徴を読み取って行く。


 城壁下の地面や城壁そのもの、又、無線の届く範囲である切り通し入り口にはカメラが設置されており、彼が見たそれは必要に応じて兵士達に情報として送られるシステムになっている。

 今まではルナールと魔獣の影響で無線のみに頼るこのシステムは全く作動しなかった。

 勿論、国防軍は最初、その理由を全く掴めておらず、故障かと慌てたほどだ。


 だが、マーシアが六十体の鉄巨人を消滅させ、その後ヴェレーネと共に八岐大蛇に対峙し始める間の数分間だけは、カメラにも無線にも動きがあったのだ。

 これならどんな馬鹿でも、鉄巨人なり魔獣なりの影響である事は分かる。


 現在は凄まじいEC(妨害電波)が起きているため、再びカメラの使用は不可能になったが、鉄巨人が川から這い上がるのを見た平木は、急ぎ切り通し入り口のカメラを有線化させ城壁まで情報を得られるように施設兵に指示を入れたのだ。

 デフォート城塞上部やシエネ城壁各所のカメラも戦闘情報指揮所を城壁内に設置し、収集したデータから分析されたデータを元に平木は作戦司令であるオレグに助言を行っていた。


「確かに良くできていますね」

 平木の呟きに、オレグがやや不快な顔をする。

 これだけ苦しめられている相手に高い評価をすれば、其の様にもなろう。


 とは言っても、オレグとて無能ではない。

 愉快、不快に関わらず敵の情報は少しでも得て置くに限ることは当然と、平木に示されてモニタを覗くが平木の感心する意味が分からない。


 説明を受けて納得したのだが、その時、先程とは違う根本的な疑問が口を突いた。

「なあ平木准尉。あいつ等は重さ以前に、いったいどうやって動いているんだ?」

「言われてみるとそうですね? オレグ守備隊長には何か予想が?」

「うん。少しは思いつくんだが確信が持てなくてね。

 でも、平木君。君が示しているこの部分だけど、――は埋め込めるかな?」

 

 オレグの問いに、少し考え込んだ平木だが、

「……地球では考えられない方法ですが、あの鉄巨人の動きがオレグ大隊長の仰る通り『人間』の筋肉を真似ている、と言うのなら充分有り得ますね。

 マーシアちゃん、失礼、マーシアさんが破壊した鉄兵士も、同じ構造でしょうね。

 調べる価値は在ると思います。あの『鉄兵士』の残骸は今、何処に?」


「真下の倉庫に放り込んであるよ。持ってこさせようか?」

 オレグの申し出は有り難いが、切り通しから現れる鉄巨人の数は増えた。

 何より、その影に隠れてあの恐るべき『弓射兵』が数百人上陸を開始しているのだ。

 魔術兵中心であるフェリシアの人手を、今は割く訳には行かない。

 平木はオレグに礼を言うと、手空(てす)きの地球人の部下を階下に走らせた。


「少しは弱点の解明に繋がってくれると良いんですがね」

 そうウィンクした平木に向かって笑おうとしたオレグは何気なしに左手を見たが、見る見る内にその表情が凍ってゆく。


「どうしたんですか?」

 不思議そうに問い掛ける平木の言葉には答えず、オレグは塹壕後方の空中を指さした。

 平木は最初オレグが何を指しているのか分からなかった。

 弱いながらも魔力を持つオレグと彼との間には視力に差が有りすぎるのだ。

 だが、DASのバイザーを降ろしカメラに写った其れを見た途端、平木までも大きく口を開けたまま固まってしまう。


 小さく、そう南の空の遠くにではあったが、『それ』は、確かに其処(そこ)に居た。



 あの跳躍誘導式荷電粒子砲(キネティック)が……。





次回は、いよいよリンジーとアルバに勝負を賭けてもらいます。

戦闘能力と頭脳戦が上手く咬み合う事を祈るばかりです。

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